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    Twitterまとめ3黄金色が射し込む部屋ネンネコ流れる雲に出来れば5cmでつごもりの夜に二人で語らって夜明け待つよな冬もあり気持ちの良い昼下がりに甘えるということについてみをささぐ月の上に雪が降る1083秒の夜間散歩(復興後または現パロ)あのころ(モブ視点)ペトリコールたべてはいけないもの一番好きなカードと彼女が言った黄昏時、語源を知っているかい?二月十四日(学パロ)三月十四日(学パロ)祭りのあとはいつだって(学パロ)背に負うた、背に追うた君と俺と世界に乾杯(復興後if)水の音の話をしよう平らけく安らけくただ呼ぶだけのその声が居ない夢を見るある朝の出会い(復興後if)おれのもの「図々しい」復興したら何食べたい? ラーメン以外で敵わない「和むな」「うるさいよ」「わかんないってば」「高くつくよ」黄金色が射し込む部屋 傾いた日が、彼の横顔を照らしていた。
     空は昼間の澄んだ青色から、やわらかなオレンジ色へと移り変わる頃合いだ。俺が近づく物音に気付かないのか、それとも気にしていないのか。黄水晶の光を浴びながら、瞳にはめ込んだ柘榴石を輝かせ、自動筆記のごとく無心で何かを書き連ねている。
    (目の前に、透けたカーテンでも下がっているみたい)
     飴色に染まる室内は、三次元の現実だというのにまるで映画でも見ているかのような錯覚を起こさせた。
     キレイなもんだわぁ、なんて思いながら手の届かない距離の彼を俺は眺めている。惹かれている、魅せられている、そういうのとは多分違う、けれど目が離せない。声も掛けずに、眺めている。非現実的な美しい生き物を。

    (……、あ)

     ふと、その頬に落ちた睫毛がついているのを見つけた。それに気付いた途端、ぱちんと夢から覚めた心持ちになる。

    (良かった、君も人間だった)

     我ながら何とも口に出せない感想だなと苦笑しながら、近寄る為に踏み出した。
     手が届く距離まで近付いて、わりと柔らかい頬に指を伸ばす。親指の腹でそっとくっついていた睫毛を払うと、ひくりと彼が身動ぎした。そのまま指を滑らせ顎先をすくって軽く口付けて離れれば、ようやくこちらに向いた赤い目が驚いた色を湛えて瞬いている。

    「お疲れさま、千空ちゃん。ゴイスー集中してるとこメンゴ、もう日没だけどまだかかりそう?」
    「あ゛? あ゛ー……もうそんな時間か」
    「そんな時間だねぇ。俺は食事の仕度のお手伝いに戻るから、適当なところで一度切り上げてご飯食べに来てね~」
    「おう、……」

     何かを言いたげな様子はあえて無視して、じゃあまた後で、とヒラヒラ手を振って俺は踵を返した。外はもう随分と暗くなっていて、広がる空の藍色と色濃い朱色のグラデーションがなんと見事なことで。
    (……千空ちゃんが困惑してるのってレアだな)
     そういう顔は、ホントに年相応だよねえ。ああ、よかった。
    (君があんまりキレイな生き物みたいだったから、ただの人にまで引きずり下ろしたくなったんだと言ったら何と返してくれるだろうか)
     きっとドン引きした顔で、男にキレイだとか何言ってんだテメー気持ち悪い、くらいは言うかな? そうならいいな、そういうのでいい。
    「……俺が偶像化しちゃダメだよねぇ。ハァ、あれに慣れろってか……」
     何が三日だ、一生だって慣れる気がしないよ俺は。やれやれと溜め息を吐く。ああ、願わくば君がただの人のままでありますように、見えた一番星にそんな事を呟いた。
    ネンネコ 人があまり寄りつかないポイントを、どうやら彼は熟知しているらしい。
    「おつ~、羽京ちゃん」
    「……ゲン」
     ひとりになろうと思って此処にやってきたのに、何でそれを見透かした上で寄ってくるのかなぁ。君は。
    「喧嘩の仲裁してくれたんだってね。ありがと」
    「あはは……ゲンみたいに上手く出来たとは言えないけど」
    「そんなことないと思うけど? でももし羽京ちゃんにヘイト集まりそうな予徴あったら何とかしとくよ」
    「さらっと言うね。心強いな」
     隣にしゃがんだ彼は首を傾げて僕を見て、そのまますとんと地面に腰を下ろした。膝を抱えて座り込み、何を言うわけでもなくじっとしている。
     何も言われないから、僕も何も言わないでいた。
     諍いの種なんてどこにでもある。疲れて苛ついて、それで喧嘩が起きるのは良くあること。僕がやったのは、明らかに体格差のある二人が一触即発という場面で強引に引き離しただけだ。仲裁なんて言えるもんじゃない、何も解決はしていないから。話をもう少し聞いてやるべきだっただろうかとか色々と後から気になって、けれど話を蒸し返す真似は今更すぎるし。
     モヤつく気持ちをひとり宥めすかそうと、やってきたのが、此処だったんだけれど。
     ちらと隣を見やる。彼は僕を見るわけでもなく、ただ、居る。
    (……知ってるなあ、この感じ)

    「宿舎の近所にさ」
     僕の声に振り向いた彼は、続きを促すようにぱちりと瞬きをして、じっと見た。うん、この感じ、やっぱり。

    「野良猫が住んでたんだ、何匹か。その中の一匹と僕、ちょっと仲が良かったんだ」
    「うん」
    「狭い人間関係の中だし、上下関係も厳しいし……自衛隊を目の敵にする人たちとかも、ほら、ね?」
    「あ~……ねえ?」
    「まぁそんな生活だったし、たまには僕もウンザリする時もあって。自由時間にちょっと宿舎の裏とか、人の少ない所で一人になるとね、ひょこっとやってくるんだ。猫が。来たって別にその辺でゴロゴロ寝てたり、毛づくろいしてたり、たまには額擦り付けて甘えてきたりもしたけど。ただ、居てくれたんだよねえ」

     まるで今の君みたいにさ。声には出さずに目を見て笑えば、彼もまたニンマリと笑い返した。

    「白黒のブチ猫だったりした?」
    「ううん、痩せっぽちで目つきの悪いサビ猫だった」
    「そう」
    「うん」
     あの猫は僕のことを気に掛けていたなんてことはなかっただろう。何をしてるってこともなく、ただ寝そべって居ただけ。それでもあの時の僕は、その猫を見て確かに心を労られて救われていた。
    「ゲン」
    「なぁに? 羽京ちゃん」
    「もう少しだけ、いい?」
     今、あの猫よりは僕を気に掛けてくれている友人が、ただ此処に居てくれる。
     返事の代わりに彼は、芸達者振りを発揮した猫の鳴き真似で答えてくれた。
    流れる雲に バタバタと走るその姿を見て、

    「クロム!」

     あ、と思うより先に名前を呼んでいた。

    「おう、ルリ! 元気か!?」
    急いでいた筈だろうに足を止め、彼は笑顔で振り返った。
    「はい!」
     ちょっと前までは、こうして出歩くことも出来ず、人から問われる言葉も『大丈夫か?』なんて心配されるものばかりだったというのに。肯定されると分かった上で問われる元気かという言葉に肯ける今が、嬉しくて仕方がない。
    「何かあったか?」
    「あ、いえ、そういうわけじゃ……」
     姿が見えたから名前を呼んでしまった、なんて言えるわけがない。なんと答えていいか分からず口籠もっていたら、クロムに不思議そうな顔をされてしまった。
     どうしようかしら、と思って視線を巡らせた時、ふと白い雲の流れが目に入った。
    「……あ」
    「あん?どうした、ルリ」
    「あっ、いえ。……雲の流れが、早いなぁって思って」
    「んー?おー、ホントだな。早い」
     ここはそんなに風強くねーのになぁ、なんて、私の言葉を受けてクロムも振り返って空を眺めた。

    「……空の上」

     しばらく眺めていたクロムが、ぽつりと私に呟いた。
    「空の上より山の上のが寒かったんだよな。気球って飛ばすのに火ぃ燃やしてるだろ? だから思ったより寒くなかった」
    「へぇ……」
    「まあ、それでもちょっとは気温下がるしよ。ルリなら厚着した方が良いかもな」
    「……私が乗るの?」
    「いつか乗るかもしんねーだろ?」
     目を見開く。それは、私が乗る機会なんて無いんじゃないかしら、よりも、確かにいつかそんな事があるかも、と思った自分への驚きだった。
     そうだ。私はもう『いつかこんなコトをしたい』を無限に考えたって良いんだ。大丈夫なんだ。
    (あなたたちのおかげで、私は)

    「そうね。……いつか、そんな事も、あるかもしれないわね」
    「だろ?」
    「ええ! ふふ、教えてくれてありがとう、クロム」

     あなたはいつだって私に色んなことを教えてくれるのね。
    巫女さまー! と遠くから私を呼ぶ子どもの声が聞こえた。あら、行かなくっちゃ。
    「それじゃ、また」
    「おう。あんま無理すんなよ!」
    「クロムもね」
     手を振って、彼はまたバタバタと走り去っていく。その後ろ姿を見送ってから、私も子供たちの元へ歩き出す。
     目まぐるしく生活が変わっていく。あなたたちが変えていく。その未来を、私は見ることが出来る。
     流れる雲を見上げながら、明日はどんな日になるかしら、と笑いながら独りごちた。

    あまり言葉のかけたさに あれ見さいなう 空行く雲の早さよ(閑吟集・235)
    出来れば5cmで「あら、ま~た何だかややっこしそうな……」

     斜め後ろから呟きが聞こえた、と思ったら、ひょいと横から白黒頭が覗き込んでくる。背を丸め、首を伸ばし、見上げるようにウンザリした顔で俺を振り返ったゲンは
    「それで? 千空ちゃんは今度はどんなドイヒー作業を俺に回すおつもりで?」
    なんて嫌そうに聞いてきた。
    「あ゛あ゛、流石はメンタリスト様だ。お察しの良いこって」
    「こんなのメンタリズム関係ありませ~ん、千空ちゃんの人使いの荒さ知ってるだけです~!」
     まぁやりますけどね、と言いながら彼は少し身を離し、寄越せと掌をこちらへ差し出した。その手に指示書をぺらりと渡す。
    「んー、と? ……うーん……うわぁ、地道ぃ~……いや、まぁ、でもマシな部類か……? 量もそんなに無さそうだし、これなら大体……」
     ブツブツと呟きながら作業時間の概算を始めたゲンへ、うるせーなと横目で窺い、
    (……うっ)
    何故かその唇に視線が吸い寄せられた。いや、ちがう、顎に手を当て、指で唇を触っていたから視線が誘導されただけだ。他意はない。
     俺が見たのに気付いたのか、ゲンが顔を上げこちらへ振り返る。僅かな伏し目で俺を見る、その顔は余り見る機会のない顔だ。
    「うん? なに?」
     こてん、と首を傾げたゲンと目の位置が合う。……ああ、そうだ、コイツのが少し背が高いんだった。いつも意識していないから忘れていたが。
    「いや。んじゃ、早速それ頼むわ。材料はそこの籠と、あとはカセキのとこで貰ってくれ」
    「はーい。じゃあ行ってくるね」
     数センチの差、それならば横を振り返って口元に目がいくのも当然だ。大体目線の高さで視界に入りやすいのがその辺りなのだから。それだけだ、それだけ。
    (……気に食わねー)
     何とかその数センチが埋まれば、あの薄く開いた唇に目が行くこともなくなるだろう。脳裏に焼き付いてしまった横顔を追い払うように溜め息を吐いて、俺は作業を再開させた。
    つごもりの夜に二人で語らって夜明け待つよな冬もあり「一発屋じゃなくって年末とか正月の特番とかに毎年呼ばれるような立ち位置狙ってたのよ、俺」

     熱い白湯をすすりながらゲンがそんなことを言う。
    「そんで、あいつのマジック見ると年末だなって思うよなーって言われんの。そういうイメージついたら安泰じゃん?」
    「何の話だよ」
    「在りし日のお正月の話」
    「手ぇ動かせ」
    「いいじゃん、ちょっと休憩~。今夜は時間あるから大丈夫。ああ、千空ちゃんは普通に寝なよ?」
     その言葉にぱちりと目を瞬かせ、千空は手元から顔を上げてゲンを見る。どういうことか、と問おうとして気付く。なるほど。
    「夜明け待つつもりか、テメー」
    「正解」
     千空の言葉にゲンが笑う。だって起きられそうにないんだもの、と。
    「神社もない、寺もない、米がないから餅もない。俺、昔は初詣も適当なタイプだったけど、こうも何もないと逆に何かやりたくなるよね」

     気分一新、切り替え大事。そう告げられて引っ張り出された日を思い出す。クロムが石を集めていなかったら、スイカがずっと石を見ていなかったら、それから、コイツが夜明けに人を連れ出さなければ、今に繋がらなかった。

    「……え、何よ、千空ちゃん? 何をまじまじと……」
    「俺も行く」
    「うん? えっ、初日の出見に行くの?」
     何をそんなに驚くことがあるのか、と千空は憮然とした顔をする。
    「悪いかよ」
    「いや、誘うつもりではあったけど千空ちゃんから進んで言われるとは思わなくて……」
    「あ゛ー……まあ、縁起も良いしな」
    「何!? どうしちゃったの、一番そういうもん気にしない人間でしょ千空ちゃん!? 眠いの!?」
    「何でそうなんだよ、……あ゛ーいや、やっぱいいわ、それで」
    「えええええ、何を誤魔化したの千空ちゃん!?」
    「うるせー」

     お前の誘いに乗ると不運らしい自分でも幸運に恵まれるそうだから、などと言えるわけが無い。代わりに、
    「俺も起きてっからな。サボんなよ」
     そう言えば彼は
    「ええー、休み休みやろうと思ってたのに!」
    と悲鳴を上げる。
    「とんだ大晦日だよ」
    「正月休みもねーしな」
     言い合い、顔を見合わせて、ひどいもんだ、と二人で笑った。
    気持ちの良い昼下がりに 暖かな日だった。気持ち良く晴れた日だった。なので、気持ちはとてもよく分かる。分かるが。
    「獣が寄ってきても気付かず食われそうだな……」
     野っ原で無防備にすよすよと寝息を立てて眠る子供と男を見つけたコハクは、呆れた顔でため息を吐いた。

     決して暇なわけではない、事実コハクはこの男、ゲンを探しに来たのだ。見かけたらラボに寄るよう伝えてくれと頼まれ、言付けなくともいつでも君の所に顔を出すじゃないかと思いつつ了解したのがついさっき。待つ相手が居るのだからさっさと起こすべきなのだけど。
    「なかなかいい寝顔じゃあないか、スイカともども」
     自分の右腕を枕にして横向きになって眠るゲンと、その胸元に軽く引き寄せられるようにして丸まって眠るスイカ。よく見たら上着を広げて下に敷いてやっているようだ。面倒見が良い男だ。それにスイカも、よくぞこんなに懐いたものだ。
    (まあ……分からんでも、ないか)
     村の子どもたちの中でどこか浮いた、変わった子どもだったスイカだ。少ない大人たちは皆の面倒をみるが『子どもたち』をみても一人一人に向き合うわけではない。そんな余裕はない。役に立ちたいとはりきる子へやれることを頼み任せる千空や、スイカという個を見て構ってくれるゲンの存在は彼女にとってうれしいものなんだろう。

    「……、ん……?」
    「おお、起きたか? ゲン」
    「ん~……? コハクちゃん……?」

     流石に気配に気付いたのか、ゲンがうっすらと目を開けた。なんだ、その警戒心の欠片もない締まりがない顔は。
    「ハッ、ずいぶんと気持ち良さそうだな?」
    「ぁー……はい、ど~ぞぉ~」
    「は?」
     寝惚けたまま、彼はごろりと仰向けに寝返りを打った。自分の枕にしていた右腕をスイカに添え、今まで添えていた左腕は身体の横に投げ出して。
     ……、つまり?
    「腕しびれちゃうから、ほどほどで起きてね~……」
    「……いや、君なぁ」
    「ここ、地面わりと、かたいからねぇ、……」
     それだけ言い残し、スイカの寝る側へ顔を背けてゲンはまた眠ってしまった。

    「……、まぁいいか」
     どうせこの男は起きて戻ったら真っ先に千空の元へ行くのだし、こんな無防備に寝てしまうほど疲れているというなら急き立てて起こすのも忍びない。一緒に寝ているスイカまで起こさないといけないのはかわいそうだし、何よりとても気持ちが良い天気なのだ。
     隣に腰をおろし、腕を枕に背を向けて寝転がる。確かに地面に直接頭を置くよりは寝やすそうだ。

    (そういえば、ずっと、本当にずっと、小さいときに)

     父上とこんな風に眠ったことがあった気がする。ルリ姉と並んで。あれはどんな季節だっただろうか、暖かかったか、寒かったか、昼寝じゃなくて夜だったのは覚えているのに。
    (今度、話してみようかな)
     ルリ姉も覚えているだろうか、覚えていたら良いな。渡る風の心地よさを感じながら、そっと意識を手放した。

     結局、日暮れ近くまで眠ってしまい三人で平謝りすることにはなったが、それもまたいつか良い思い出となることだろう。
    甘えるということについて「ねえ」
    「なんだよ」
    「……そろそろ機嫌直して欲しいんだけど」
    「別に機嫌悪いわけじゃねー」
    「うっそだぁ~……いや、ジーマーでね? 居眠りしてサボっちゃったのは悪かったと思ってんのよ、俺も」
    「わぁってるよ、しつけーな」
    「千空ちゃ~ん……!」

     情けない声でゲンは千空の名前を呼んだ。非があるのは自分にもあると自覚があるので謝ってはいるが、正直そろそろ許してほしい。
     やることがあったようだというのに、スイカとコハクとの三人で暢気に昼寝をしていたのだ。忙しくしている千空からしたら腹立たしいのは理解はできる。できる、けれど。
    「……誰のせいで寝転けるほど疲れてたと思ってんだよ、もう……」
     思わず小声で呟いた。
     昨日の、より具体的に時間を言うなら昨夜の疲れが朝になっても取れていないのは、自分一人の責任ではない。断じて、ない。
     そうは言ってもぶっ倒れた人の鼻にアンモニア嗅がせて起こさせるような奴だもんなぁ、それはそれコレはコレで斟酌はしてくれないか、とゲンは溜め息を吐く。夜の共同作業で疲れているのは自分ばかりじゃないのだし、興が乗った相手へノーと言わずに甘やかしたのは自分の責任だ。
     仕方がない、俺が折れて機嫌をとろう。そうゲンが決めたところで、
    「あ゛ー……だから、」
    何故か頭をガシガシとかき混ぜながら、千空が呻くような声を上げた。
    「……だから、呼んだんだろうが」
    「はい?」
    「その辺ほっつき歩いてたら掴まって仕事振られんだろ、ラボでならちったぁ休める、から……」
    「あ、ぁ……ああ~……じゃ、俺たちが戻ってきた時の用事はもう済んだってのは……?」
    「あ゛あ゛、そういうことだ」

     千空は千空で、朝になっても気怠そうな顔のままの相手を見て、やってしまったと内心頭を抱えていたのだ。外ではそんな様子をおくびにも出さないのは流石と思ったが、何かと人から頼られる男だ、休めていない身体であちこち走り回させるのは申し訳ない。
     しかし、無体を強いた詫びもかねて呼び出そうとしたというのにゲンは一向にやってこなかった。コハクに頼めばすぐに見つかるだろうし、声を掛ければ最優先で来るだろうと思っていたのに。何か手のかかる相談でも受けているのだろうか、それならまだいいが大して力も無いくせに力仕事の手伝いをしている時もあるからな、と一日中気を揉んでしまった。

     だというのに、その当人が結局やって来たのは日暮れ前、しかも来なかった理由は『三人でうっかり寝てしまった』からだという。いや、休んでいたならそれでいい、呼び出しの理由は休ませたかったからなのだから。
     ……一日気を揉んでいたのに肩透かしをくらって持て余した気になるのは、筋違いというものだ。

    「えーと……つまり拗ね……えー……? かっわいー……」
    「おい」
    「いや、だって、ねぇ……? ゴイスーやさしいじゃん、どうしちゃったの?」

     機嫌が悪いわけではなく単に感情のやりどころに困っていただけらしいと知ったゲンは、ほっとしたように破顔して千空の傍らへ擦り寄った。そのまま千空の顔を覗き込むがバツが悪いのだろう、背けられてしまった。覗く、背ける、覗き込む、身を捩る。面白いが、埒があかない。仕方がないなとゲンは千空の顔を両手でガシリと固定した。
    「あ゛!?」
     モヤシとミジンコ、さして力に差があるわけではない。だが手指の力については別だ。びくともしない手に顔を固定され、観念して千空はゲンと目を合わせた。

    「千空ちゃん」
    「……なんだよ」
    「君の心遣いを上手く受け取れなくて御免ね」
     眉を下げてゲンが告げる。その言葉に千空は渋面を作り、呻くような声を上げた。離してくれと言うように顔を抑える手を軽く叩けば、素直に指から力が抜ける。その手を握りしめたまま退かし、自由になった顔をゲンの肩口へと埋めた。
    「立つ瀬がねーから謝んの止めてくれ……」
    「そ? じゃ、気遣ってくれてうれしい、に言い替えるね」
     顔を隠してくれていて良かった、とゲンは顔をニヤけさせる。ああ、かわいくて仕方がない! 手は掴まれていて撫でられないので、代わりに頭へ頬ずりをした。
    「……、次からは適度に止めろよ」
    「ん~? いやぁ、アレは最初に俺が煽りに煽ったからじゃん? 前から間も空いてたし」
     頭の横から聞こえてきたあっけらかんとした声に、千空は思わず呆れた顔を上げた。
    「テメーなぁ……」
    「実際いーのよ、俺は別に。そうだねぇ、少しだけ朝寝坊は許してほしいかな」
     だって気怠い目覚めに『参ったなぁ』と思いはしても、前夜を後悔するかと言えば……しない。

    (熱をはらむ君の瞳を間近で覗く価値に比べたら、そんなモノは、ねえ?)

    「あんま甘やかすな」
    「それは難しい相談だなぁ」
     いつの間にか力の抜けていた拘束から手をするりと引き抜く。立てた人差し指でぐいと千空の眉間を押し、ゲンがへらりと笑った。
    「俺、甘え上手を甘やかすのが楽しくて仕方ないの」
     ぐりぐりとそのまま押してたら、嫌そうな顔で振り払われる。
    「そりゃ気が合わねーな」
    「うん?」
    「あまえたがらねー甘え下手を何とかして甘やかすほうが唆るがな。……今回は失敗したが」
     振り払った手でヒビの跡をなぞり、ぐに、とその頬を抓む。軽く引っ張ったら思いの外よく伸びて、千空はぷっと吹き出して笑った。咎めるように伸ばされるゲンの手を避け、千空も抓んでいた手を離す。
    「そりゃまた相性ピッタリだこと」
    「あ゛あ゛、まったくな」

     くすくすと笑う。くつくつと笑う。次第に堪えきれなくなって、互いを叩き合い笑い声を上げる。
    「んじゃ次に腰抜けたらシクヨロ~」
    「おう、作業詰まってなかったら甘やかしてやるわ」
    「ドイヒー! そこは何を置いても優先すべきでしょ~?」
     笑い合い、じゃれ合い、押して、引いて、横たわる。
    「ん? 今夜も?」
    「いや、違う。コハクに自慢された」
    「添い寝以上のことアレコレしといて妬かないでよ、そんな俺を嬉しがらせてどーすんの?」
    「どうなるんだ?」
    「腕枕でも膝枕でも何でも差し出しちゃう」
    「抱き枕」
    「りょ~」
     抱きしめ、抱き返され、頬を寄せる。こんな固い床で寝転がっていないで、さっさと離れて布団を敷くべきだ。分かってる。こんなコトで睡眠時間を減らすのは無駄である。分かってる。
     それでも、甘えるのも甘やかすのも楽しくて仕方ないのだから、恋愛脳というのは困りものなのだ。
     そろそろ放せ、と言いだすのははたしてどちらが先となるだろうか。思いながら、共に抱きしめる手に力を込めた。
    みをささぐ「俺、ね」
     ついと手を伸ばし、彼の前髪の一房をくるりと指先で弄ぶ。
    「自分だけの為に生きていくつもりだったんだよ」
     邪魔くさそうに目を細めた彼は、鼻で笑いながらゆるりと俺の手を掴み指を絡めた。
    「奉仕の精神にでも目覚めたってか?」
    「そうかもねぇ?」
     くつくつと笑い、首を傾げてみせる。もちろん、福祉と奉仕を掲げる聖者になったつもりは毛頭ないけれど。
    「なあ」
     く、と絡んだ指に力が入った。
    「何が言いたい」
    「んー?」
     指の絡みあう手を、俺は持ち上げる。
    「俺の為だけだった俺を君に捧げるのは、案外悪くない気分だなぁって」
     笑ってその傷だらけの指先に恭しくくちづけを落としたら、彼はとても苦々しい顔をした。
    「碌でもねえこと言いやがる」
     そうして吐き出されたその心底からイヤそうな呟きの優しさがあまりに愛おしくて、俺はそっと笑みを深めた。
    月の上に雪が降る「ねーえー、ゲンー」

     羽織の裾を掴んで、村の子供がゲンを呼んでいた。いつの間に子供らの所へ逃げやがったんだアイツ、またサボってんのか? いや、カセキも居ないし休憩か。
    「はいはい、なぁに~?」
    「あれ何?」
     掴む手と反対の手が空を指差し、つられて俺も空を見上げた。澄んだ空、指差された先にあったのは。
    「月だねぇ。いつも夜に見てるでしょう?」
     ゲンの言葉に、子どもは更に不思議な声で聞く。
    「夜じゃないのに?」
    「夜だと目立つだけで昼間にも月はあるんだよ~。今日は見える日なのかな」
     ふぅん、と納得したのかしていないのか、そんな風な声が聞こえる。

    「俺あのくらいのガキの時、もっと何でだ何でだって言ったのにな」
    「ガキの時どころか今でもそうじゃねえか、テメーは」
    「まあな! んで千空先生よ、何で見えるときと見えねーときがあるんだ?」
    「あ゛ー、月が明るくて空の大気中に水蒸気やらチリやら見えにくくする邪魔なモンが無い時は見えやすいってだけだ」
     話を聞くとはなしに聞いていたクロムも気になったのだろう、手を動かしながらも雑談がてら声を掛けてきた。

    「何で白いのかな」
     キレイだねぇと子どもが笑っている。そうだねえ、と彼も笑っている。

    「月にも雪が降ったとか」

     何をホラ吹いてやがんだ、コイツは。呆れて思わず奴を見る。その言葉にパッと顔を輝かせた子どもを慈しむように、彼は見下ろしていた。

    (――お前のことが好きなんじゃないか?)

     ふと甦る、幼い頃の記憶。何故月が自分にどこまでもついてくるのかを問いかけた時のこと。そういえば、百夜はどんな気持ちであの冗談を言っていたのだろうか。
    「えっ、降んのか!? 雪」
    「降らねーよ」
    「なんだよ、降らねーのか」
     俺はきっと今後も問いかけへ百夜が言ったような答えを返すことはないだろう。
    「ホントに降らねーかどうか、どんな場所なのかは、いつかテメー自身で確認しに行けばいい」
     だが機会があれば、例えばこんな風に必死にクラフトをせず暇をもてあますような時がやってきて会話のネタもなくなった、そんな機会がいつかきたならば。百夜が何を思っていたのか、メンタリストに意見を貰うのも悪くない。
    (答え合わせは出来ねーけど)
     子どもの頭を撫でる男を見ながら、そんな事を、思ってしまった。
    1083秒の夜間散歩(復興後または現パロ)
     午前一時三十八分。電話が鳴った。
     急を要する悪い連絡でないのならば、こんな時間ですら平気でかけてくる相手を俺は一人しか知らない。
    「……、はい」
    「やっほー千空ちゃん、コンバンハ」
    「コンバンハ、じゃねえわ。何時だと思ってやがる」
    「あら、今日は論文とかで夜を明かしている日じゃなかった?」
    「あ゛あ゛、寝てた」
    「メンゴ」
     切ろっか? と言われたが、大丈夫だと答えながら身体を起こす。昨日からゲンはお笑い芸人のライブのゲスト出演だと言って地方へ出張していた。テレビ番組で共演した縁で呼ばれたのだというが、アイツもピン芸人みたいなもんだしな。
    「飲み会帰りか?」
    「うん。参っちゃったよ、酔い潰れたのが居てさぁ、その子がまた縦にも横にもデッカくて! 相方さん一人じゃタクシー乗せられなくって、俺も手伝ってホテルどころか部屋まで行く羽目になったよ~」
    「ククク、そりゃご苦労なこった」
    「ジーマーでねぇ~。部屋に押し込んでる間にタクシーも帰っちゃうし。まぁ俺の泊まってる所、そのホテルから歩ける距離だから手伝い申し出たんだけどさ。酔い覚ましも兼ねて今歩いてるとこ」
    「同じホテルまとめてとったりするもんじゃねえのか? そういうのって。呼んだ側が」
    「ああ、テキトーな理由つけてこっちで別のホテルとったのよ」
    「ふぅん、……く、ぁ゛」
     相槌のあと欠伸をかみ殺したら、聞こえたのかゲンが忍び笑いを洩らす。そのままあちら側は無言になったが、代わりにピッという電子音とガコンッと何か重さのある物が落ちる音が聞こえた。
    「何飲んでんだ?」
     話しながら自動販売機で何やら買ったらしい、続けて聞こえたカショッっという金属音は缶を開ける音だろう。
    「あったか~い缶コーヒー」
     喉を鳴らし、ほうと息を吐く。その表情を想像しながら、背中にあたる枕の位置を調整した。
    「テメーこの前、番組ですげぇ高いコーヒー試飲して『もう他のコーヒーが飲めなくなっちゃう』とか言ってなかったか?」
    「いやぁ、コレはこの安っぽさが良いのよ」
    「テキトーなこと言いやがって」
    「あはは。いいじゃない、肌寒い中で歩きながら飲む缶コーヒー、乙なもんよ?」
    「そうかよ」
    「そうだよ」
     そう言って、また静かになった。車の通る音。風で揺れたのだろう、閉じたシャッターらしき音。時折混ざる、コーヒーを飲む喉の音。信号ガ青ニナリマシタ、というのが聞こえてきた時にはうっかり笑いが洩れてしまって、どうかしたの、と不思議がられてしまった。
    「何でもねーよ」
    「うっそ~、千空ちゃんは何を隠したのかなぁ~?」
    「何でもねえって」
     あれは多分、押しボタン式の横断歩道用信号機の案内音声だろう。前後に車の音などしなかったというのに、この男は人も車も通らない真夜中の横断歩道の前で律儀に待っていたらしい。たまに垣間見える、この男のこういう品の良さを俺はわりと気に入っている。
    「急に機嫌良くなっちゃって、まぁ……」
     呆れたとも揶揄しているともとれる声が返るが、追求するのは止めたらしい。きっと肩を竦めて、わざとらしく溜め息でも吐いて(ほら来た、今、聞こえた)それから空でも見上げるんだ。
    「千空ちゃん」
    「どうした」
    「今日って……ああ、いやテッペン越えちゃったけど、今夜ってさ、満月だったの?」
     そら見たことか、当たった。
    「いや、満月は昨夜だな」
    「そっか。あれでも欠けてんのか、一日分くらいは」
    「よく見えんのか?」
    「うん。明るいもんだねえ」
     夜だからか、嬉しそうに声を弾ませながらもその声量は穏やかだ。息づかい、コーヒーを飲む音、足音、カロンと鳴る缶の音、ああゴミ箱を見付けたのか。
    「あ」
    「あ゛?」
    「猫。あっ、逃げた」
     悪いことした、というぼやきに忍び笑いを洩らす。そんなに残念がることじゃないだろうに。
    「……、あ、ホテル見えてきた」
    「そうかよ」
    「うん。悪かったね、眠いところを付き合わせて」
    「今更かよ。……今日のライブどうだったんだ?」
    「ちょっとスベったとこもあったけど、なかなか笑い取れてたよ~。俺も頑張って盛り上げたし、成功の部類でしょ」
     くつくつと、笑い声がする。
    「大丈夫よ~、心配ご無用。悪いことは何もなかった」
    「ほーん、何もねーのに睡眠時間削ってくれたわけか、テメーは」
    「ハハッ! うん、そう、理由、そうね、強いて言うなら。月がきれいだったんだよ、千空ちゃん」
     あ゛あ゛、そうか、それは。
    「そりゃあ、仕方がねーな」
    「そう、仕方がないの」
     仕方がない仕方がないと、二人で繰り返して笑う。
    「明日には帰るよ。お土産、なにがいい?」
    「別に何も……あ゛ー、いや、」
    「うん?」
    「……コーヒーに合う、何か」
    「……んふふッ、りょ~かい」
     楽しみにしていてね、という声に被さるように聞こえた物音。あれは自動ドアが開く音だろう。どうやら無事に目的地へ到着したようだ。
    「それじゃ、付き合ってくれてありがとう。おやすみ、千空ちゃん」
    「あ゛あ゛」
     ツー、ツー、と通話の終わった音を聞いてから電話を放り出し、布団の中に潜り直す。あの男の声があんまり穏やかだったから、眠くて堪らないのだ。
    (明日、起きたら、コーヒーを買いに行かなくては)
     確か切らしてた。アイツも買ってくるかもしれないが、まあいい、どうせ消耗品だ。
    (帰ってきたら、)
     缶コーヒーのように甘ったるいヤツを淹れて、それに合う茶菓子と共に、月の話でも、しよう。
    (――おやすみ、千空ちゃん)
     あ゛あ゛。おやすみ、ゲン。
    あのころ(モブ視点) クラスメイトに浅霧という奴が居た。友人じゃない、クラスメイト。

     話したことは多分ある、内容は記憶に無い。人当たりの良い話し方をする奴だったことだけ、覚えてる。同級生たちの噂に疎い俺だったから詳しい話は知らないけれど、彼はいつの間にか学校から居なくなって、気が付いたらテレビで売れっ子になっていた。そういえば卒業式で誰かが、いつか同窓会するときには浅霧も呼ぼう、卒業まで一緒に居られなかったけどクラスメイトなんだから、と話しているのが聞こえた時にはあからさま過ぎてこっそり笑ってしまったっけ。芸能人と同級生だった、というステータスはけっこうデカいもんな。
     テレビで見る彼は薄ボンヤリ記憶にある雰囲気とも違って、俺から見たら『芸能人あさぎりゲン』でしかない。こいつが俺の同級生だった時期があるだなんて信じられないな、なんて思ってた。

     そんな事を考えていた日から、ざっと三千七百ン十年。
     俺はあの頃よりは退行した世界で生きている。なんと俺たちは石になって、世界は一度ほぼ滅んで、何やらかんやらして石化から戻った有能な人間たちの頑張りによりやっとここまで復興した、らしい。全部伝聞だ。俺が起きてから三ヶ月しか経ってない。斡旋してもらった仕事をこなしながら、なんとか日々を過ごしている。
     そんなある日、休みに町を歩いていたら人混み(もちろん昔の渋谷みたいな多さはない、ちょっと人が目立つなくらいの数だ)の中に、俺よりぐっと大人っぽくなった浅霧を見つけた。そういえば、彼は初期に起きて尽力したメンバーの一人なのだと聞いたっけ。ただの芸能人が?とは思ったけど、売名の嘘にしてはリスクが大きすぎるからきっと本当に何かを頑張ったんだろう。
     歩きながら隣に居る誰かと楽しそうに話している、その姿は、芸能人あさぎりゲンよりも、同級生だった浅霧によく似た……けれどやっぱりそれとも違う、俺の知らない男だった。こちらに気付くこともなく(当たり前だ)彼らは人波に紛れて去っていく。
     同窓会は、もう無いだろう。前に起きた奴、最近起きた奴、まだ起きてない奴、もう起きない奴、みんなバラバラだ。連絡だって取れないから、同窓会も開けないし芸能人あさぎりゲンを呼ぶ話も、もうない。

    (今の浅霧となら、会ってみたかったかもしれない)

     ひとつだけ、彼との会話を思い出した。校舎内の二つ並びの自販機で、同じタイミングでお金を入れて、同じタイミングで買って、取り出したら同じ物だった。俺の持つ缶を見て、彼は
    『被ったね』
     そう言って、小さく笑ったのだ。彼は今でもコーラを買うことはあるだろうか。俺がそれを知ることは無いんだろうけれど、ふと、いつか会うことがあったなら聞いてみたい、そう思った。
    ペトリコール 風に乗って、ふと鼻をくすぐる匂いがした。埃っぽいような、土臭いような、この水気ある匂いは……
    「ありゃ」
     同じタイミングで顔を上げたゲンは外を眺めて呟いた。
    「降ってきちゃった。ねえ、これ濡れちゃダメなやつ?」
    「だな」
     首を傾げて机の端に乗せていた籠を指差す。次に頼んだ作業の材料だ。本当は別にそうでもない、濡れたって布で拭けばいいだけのこと。だが、堕落を正当化する口実に人は飛びつくものなのだ、というのはお前の教えだったよな?
    「うーん……空わりと明るいし、すぐ止むかな。てことで千空ちゃん、ここじゃ材料も広げられないので俺は休憩タイムとります! 通り雨が止むまで! 致し方なく!」
    「ククク、サボりの言い訳がお上手なこって」
     なるほど、お前の教えは正しいらしい。
    「そりゃあもう達者なおくちがウリなもんで~」
     ケラケラと笑いながら行儀悪く机の上に腰掛けると、向かい側から身を捻り乗り出すようにして俺の手元の筆記具を取り上げた。
    「はい、というわけで千空ちゃんも俺に付き合って休憩タイムで~す」
    「あ゛!? オイ返せ」
    「あら? あらららら? 一体どこへ消えてしまったんでしょ~?」
     一瞬で手の中から筆記具を消し去った男は、ムカつく顔で空っぽの両手をヒラヒラと見せ付けてくる。どうせ袖の中に落としたんだろ、と腕を掴み引き寄せたら、ゲンは然したる抵抗もせずにされるがまま上体を机の上に伸ばした。設計図の上に乗るな。
    「作業の邪魔する猫みてえな真似すんなよ」
    「ネコではあるから合ってんじゃない?」
    「あ゛? ……、似てる動物の話かなんかか?」
    「メンゴ、今のは俺が悪い。聞き流して。あと猫に似てるは確かに言われたことある」
    「狸の間違いだろ」
    「えー? 俺、狐のが好き。なんで狸?」
    「初めて会った時、縁取るみてーに、隈が」
     逆さまに覗き込んで、今はもう薄くなった隈の在処を指でなぞる。硬い指先がくすぐったいのか、目を細めて笑う、その口が薄く開いて、白い歯が、少し、覗いて。
    「ン……っ、……」
     瞬きの合間に、覆い被さって口付けた。
     顎を持ち上げ、口を割り、舌を捻じ込む。こちらの性急な行動に躊躇うことなく、迎え入れた口内はやわらかな熱を絡み付かせて歓迎の意を表した。息継ぎに少し距離を開ければ下方からは追うように舌が伸び、するりと指先は俺の耳朶を撫ぜる。そのままぐしゃりと後ろ頭の髪をかき混ぜた掌の重力に従って、再び角度を変えて口を塞いだ。
     鼻にかかった甘い声と洩れる吐息と濡れた音。それに紛れて、入口から吹き込んだ風が水の匂いを運んでくる。触れたまま唇が、弓形を描いた。
    「……熱烈~」
    「テメーが悪い」
     顔を離せば、案の定の笑みが見えた。こちらの濡れた口を指先で拭いながらゲンは茶化した風に言う。応じながら、俺も光る唇を親指で拭ってやる。
    「何でよ?」
    「……雨が降った時に香る匂いの名前は?」
    「ペトリコール」
     即答して男はにんまりと笑った。
    「……やっぱりテメーの所為じゃねーか」
     その名前を教えたことは、まだ記憶の浅いところにある。聞かれたことも。いつ、どこで、どんな風に、聞かれたのかも。よく、覚えている。
    「ひとン中に地雷仕掛けやがって」
     雨の匂いを嗅いで、ペトリコールの名前がすぐに浮かんだ。何故か、同じ名前を近々に話題にしたから。そこからズルズルと記憶は引き出され、水の匂いに塗れた男の瞳が鮮明に甦った。抗い方を忘れたように衝動のまま寄せられた顔、伏せられた目蓋、指に絡まる濡れた髪、掌に触れる冷えた肌、熱い舌。間近で覗き込んでいた閉ざされた目は、ゆるりと開いた瞬間だけは蕩けていて、瞬きの後に冷えていた。あの律する瞳の鮮やかさは、今も脳裏に残っている。
    「不発のまま処理も出来たんじゃないの?千空ちゃんなら」
    「リームーだわ」
     お前が与えた口実に俺が乗らない訳がないと、お前なら知っているだろうが。寝転がったまま、ニマニマと腹が立つ笑みでゲンは俺を見上げている。
    「ねえ、あと何分間で雨は止むと思う?」
    「……、三分」
    「そう。じゃあタイマーよろしく」
     しなやかな腕が伸ばされる。抗わず、引き寄せられる。
     これから先、もう忘れることは出来ない。パブロフの犬の如く、雨の香りの度に記憶を思い出すのだろう。何度も上書きされ、塗り替えられる記憶を。
    「三分経ったらペン返せよ」
     そうしてまた、ペトリコール香る口吻を繰り返すのだ。
    たべてはいけないもの 気が付いたら良く分からない場にいた。
     無駄に広い、白い部屋。窓どころか扉もない。どうやって俺は此処に来た?わからない。何も。なのに気にならない、この俺が。
     白い部屋にはポツネンと白い机が置かれている。椅子も、一脚。それから、湯気の立つラーメンが、一杯。
     おかしい。あやしい。何だコレは。そう思う自分が居る。居る筈なのに、その意識は奥底に押し付けられ、身体は机へと近付く、何故、椅子を引き、何故、腰掛ける、ちがう、箸を、やめろ、手にし、待て、
    丼に手を伸ば

    「だあああああああ!?!? 待て待て待てストォォォォップゥゥゥ!!」
    「あ゛あ゛!?」

     後ろから羽交い締めにされて、椅子ごとテーブルから引き離される。ガリガリと椅子の脚が床を擦る悲鳴が聞こえる。
    「ハァ!? なんっだよ一体!?」
    「ダメダメ駄目だ何やってんだお前はぁ!」
     聞き覚えがありまくる声、ぎゃーすかと喧しい、これは
    (誰だ)
     名前が、出てこない、知っているのに。
    「ダーメだって! 手ェ出すな!」
     ひょろい俺の力じゃ振り解けない、知っている、多分ガキの時に似た感じで何かから引き離された事がある。この腕に。誰だ。知っている、知らない筈ない、俺が忘れる筈がないのに。
    「何言ってんだ、冷めるし伸びんだろうが」
    「あっコラ! めっ! 良いんだよ冷めて伸びて食えなくなりゃあ!」
     ギチギチに固定されて振り向けもしない、椅子から立ち上がれない。
     なのにまだ俺は動こうとしている。手を伸ばそうとしている。机の上に(ちがう)温かな湯気を立てて(コイツの言う通りだ)かぐわしい(生臭い)スープの(何の)香りが(いやだ)こちらを(やめろ)誘うように、
    「お前が食うってんなら、」
     後ろから、仕方がねえなと笑うように
    「俺が代わりに食う」
    「ッそれは駄目だろ!?」
     何故、知るか、反射で叫ぶ。でも駄目だ、駄目だ駄目なんだテメーは食うな食っちゃ駄目だあれはあんな物は
    「いやぁ、お前にだけ食わせるわけにゃあいかんだろ? お前が食うってんなら」

    「うるせーな! わぁったよ、食わねえよ! 食わねえから!」

     叫んだら、
    「おう、それでいい。ま~だまだ、お前が食うにゃ早すぎんだよ。千空」
     ばりん、と、丼は真っ二つに割れて、どろりと麺が流れ落ちて、


    「……起きた?」
     静かな声が聞こえた。誰だ。ゲンか。辺りが暗い。今は夜か。身体が汗まみれで気持ちが悪い。何でだ、ああ、そういえば熱が上がって、倒れたような。
    「……俺はどんだけ寝てた」
    「半日くらいかな、熱が下がって良かったよ~」
     汗まみれの額を拭われる。やけに冷たい指先だ。俺の身体が熱いのか。
    「……うん、下がってる」
     安堵の声が聞こえた。そうか、これでも下がったのか。
    「なあ」
    「何?」
    「変な夢見た」
     どんな? と聞き返しながら、ゲンは俺の背を支えて上体を起き上がらせる。差し出された水を飲み干して、話す。
    「……置いてあったラーメン、食いそびれた。百夜に羽交い締めで、止められて」
     そうだ、何で名前も呼べなかったんだ。百夜だ。あれは俺の、父親だ。
     俺の言葉を聞いて、ふぅん、と聞き流した風だったのに、何かを思いついたのか彼は一瞬で顔色を真っ青に変えた。
    「せ、千空、ちゃ……、君もしかして、相当ヤバかったん、じゃ」
     震える声でそう言って、痛いくらいの力で手を握られる。
    「それ……ヨモツヘグイ、じゃないの……?」
     ヨモツヘグイ。あれか、黄泉の食い物を食べたら帰れなくなる、とかいう。……、マジか? まさかだろ、いや、しかし。
    「それパパさん止めてなかったら熱病でアウト! だったんじゃ!? うわああああああパパさんありがとうジーマーでありがとううううう!」
    「うるせえ、頭に響く」
    「あっ悪い、いやごめ、メンゴ」
    「落ち着け、キャラぶれてんぞ」
     いや、分かるが。正直、俺も心拍数が上がっている。痛いほどに握りしめられている手を俺も手放せず握り返している互いに震えそうな手を、掴んで何とか耐えている。
    「……他の奴らには言うなよ」
    「言えないよ、こんな……ああ、良かった……」
     お帰り、ありがとう、それだけを繰り返してゲンが啜り泣く。ただいまと俺も言う。
    (帰されたんだ、なら)
     まだ、ここで、やらなければ。

     もう一度眠っても、今度は何の夢も、見なかった。
    一番好きなカードと彼女が言った ええ、ええ! 本当に素晴らしかったわ! 何で私の選んだカードがそこから出てくるのかしら……本当に、不思議ねえ。楽しい時間をありがとう! まだ他のテーブルへ行かなくても大丈夫? そう、それなら、もう少しだけお話させて下さらないかしら?

     亡くなった主人もね、手品をしていたの。ふふっ、もちろん貴方のようにプロなんかじゃあないわ。貴方の倍の歳になってもまだまだ下手くそだったもの。新しい手品グッズを見かけちゃコソコソ買ってきてねえ、こっそり練習しては私と子どもにお披露目してくれるの。もう押し入れ一杯よ! それで子どもが喜ぶからって何度も同じ手品を得意気に見せるもんだから、そのうちタネもバレちゃうんだけれどね。
     懐かしいわあ、ええ、懐かしい。あの人が一番最初に見せてくれたのもトランプの手品だった。あの人ったら可笑しいのよ、緊張し過ぎて失敗しちゃったの! まだ最後までやってないのに「あっ間違えた!」って! あらやだ、貴方たちからしたら笑えないわよねえ。冷や汗ものだわね。ふふ、ええと、何の話だったかしら、ああトランプよね。あのね、私が選んだカード、今のと同じだったのよ? 偶然って凄いわねぇ。だから、色んな事を思い出しちゃったのよ。ねえ、このカードって貰って帰っても良いかしら? 目印を書いてしまったから、もうこれは使えないでしょう? ふふ、ありがとう。これは貴方へのチップよ、新しいトランプはこれで買って頂戴な。
     そろそろ貴方を送りださないと、他のテーブルの方に怒られちゃうわねえ。最後に握手してくださる? ありがとう。若い手ねえ、とってもスベスベ、私のしわくちゃになった手とは大違い。キレイな手。貴方、あの人にはちっとも似てないけど、あの人と手の温かさはそっくりだわぁ。すっかり遠くなった思い出だけど、思い出させてくれてありがとう。貴方の今後の成功を祈っているわ。



    「──どうした?」
     貰ったトランプの使用感確認と練習も兼ねて千空ちゃんにカードマジックを見せながら、ふと、とある小さなレストランの貸切イベントでテーブルマジックを披露した昔が頭を過った。俺の幸先を祈ってくれたあの老婦人は石化の時、まだ元気だっただろうか。どこかに埋まっていたりするんだろうか。
    「んーん、何でもないよ」
     カード当ては見事に成功、だというのに何も言わない俺を千空ちゃんは不審そうに見ている。誤魔化したからか、今度はなんだか不満げな顔。
    「ちょっと良い思い出を思い出しちゃったのよ~。そんだけ」
     俺の言葉に千空ちゃんはぱちくりと目を瞬かせて、そうか、と少しだけ穏やかに目を細める。ははっ、優し~いお顔だこと。
    「話していい?」
    「あ゛あ゛、聞かせろマジシャン」
     リラックスした様子で話を待つ、君がうれしい。当てたカードを場に出したまま、俺は手慰みに残りのカードをシャッフルする。

    ──ああ、私きっとこの人とこんな風に寄り添うのねと思ったのよ。これを選び取ったとき。

     老婦人がそう言った、あのカードが其処にある。その話をしたら君はどんな顔をするんだろう。
     小さな思い出話を待つ君から視線を落とす。置いてあるのは、ハートの2だった。
    黄昏時、語源を知っているかい?「黄昏時、語源を知ってる? 千空ちゃん」

     集中して設計図に没頭していたからだろう、声をかけられるまで部屋の中が大分と薄暗くなっていることに気が付かなかった。訪れたこの男の顔がやけに見えづらいなと思い、初めてもう日が暮れたのだと知ったのだ。
     目ぇ悪くするよー?と咎めるような声音を出してはいるが、どうせそこまで叱責の意図はないだろうと無視を決め込む。代わりに、先ほどの問いかけの答えを返した。

    「誰そ彼、だろ。有名すぎて誰でも知ってるわ、そんくらい」

     正解~、と無駄に明るい声でゲンが拍手と共に言う。それが一体何なんだ。持っていた筆記具を机に置いて、顎をしゃくって続きを促した。
     うんまぁ大したことじゃないんだけどね、と前置きして、いまだ入口付近の離れた場所に立つ彼は話し出す。

    「石化前と違ってさぁ、今ってほら、夜はびっくりするほど暗いじゃない? 黄昏時の『誰そ彼』ってのもジーマーだったんだなー、って思って。それだけ」
    「……は? そんだけかよ、マジで大したことじゃねぇ話だな」

     もう少し何か有意義な話題なのかと思っていたが、本当に大したことじゃない話だった。あまりの他愛なさすぎる話に呆気にとられていたから、

    「うん、だからさ」

    何てことのないように続けられたゲンの言葉に、咄嗟に反応できなかった。

    「明かりをありがとう、千空ちゃん」

     どうやらすっかりと日は落ちきってしまったらしい。僅かな会話の間にも部屋の中は暗さを増して、もう相手の表情など見えやしない。普段とも違う穏やかな声のその男がどんな表情で言ったのかも、見えやしない。

    「……そりゃ俺じゃなくってエジソン大先生に御礼申し上げるべきだろ」
    「んー? でもエジソンせんせーは今ここに居ないじゃない、代わりに千空ちゃん受け取っといてよ」
    「おー、それなら先生に代わりまして言っといてやるよ、どういたしまして」

     押し殺したような声と小刻みに動くシルエット。きっと以前に見たことがある、記憶と相違ない風に笑っていることだろう。
     相手の中で、もうこの話題は終わったらしい。先程とは違う、さっぱりとした雰囲気の声で(それにしてもこれだけ感情が乗っているように聞こえる声を出すのも一種の技術なんだろうか、よくよく多芸なヤツだ)ゲンは

    「コハクちゃんたちが食事の用意してくれてるから、それ一旦切り上げて行こう。もうそろそろ出来上がるから」

     そう言って踵を返し、さっさと出ていった。元々はこれを言いに来ただけなんだろう、だから入口付近にずっと居たのか。

    (ちぃっとばかしどんな顔してたのか見てみたかった気もするが……今さら言っても仕方ねぇな)

     そもそもまだ潤沢に使えるほど電気も無いのだ、少しの薄暗さで明かりをつける無駄遣いはしたくない。
     ……したくないだけで、やろうと思えば出来るのだ。この世界はもう松明以外で暗がりを照らす術を得た。誰そ彼はと問わねばならない暗がりの中でお前の顔を曝くことも、出来る。

    (明日は、早めに灯りを使うか)

     こんな形でエジソン大先生の偉大さを再確認するとはなぁ、と内心で笑いながら、離れた場所で振り返って待つシルエットのあとを追った。
    二月十四日(学パロ) 部活終わりに上級生の教室へ立ち寄れば、ひとり居残る目当ての男は板チョコ片手にまだプリントへと向かっていた。
    「まだ補習代わりの課題終わってねーのかよ、浅霧センパイ?」
     こんこんと教室の扉を叩きながら揶揄すれば、振り返った男は
    「いやぁ? 早く終わりすぎても暇で待ちくたびれちゃうから、終わるペース調節してただけよ~」
    と事もなげにそう言って、サラサラと書き足してすぐにペンを置いた。
    「部活楽しかった?」
     お疲れさまと笑いながら、パキリと音を立てて板チョコをかじる。コイツ割って食わない派か。
    「いつも通りだな」
    「じゃあ楽しかったってことだね」
     話し掛けながら教室へ足を踏み入れ、傍に寄る。肩口からプリントを覗き込み、確かにコイツなら時間も掛からずに終わってしまうだろうと思った。
    「出席日数足りねーなら留年すりゃいいのに」
    「何言ってんの千空ちゃん!? フツーに困るよ、俺は!卒業するもんとして四月からガッツリ営業スケジュール組んでんだから!」
     本来なら在籍したままで芸能活動なんかしていられないというのに、お得意の舌先三寸で学校からの許可をもぎ取り、自分が芸能活動で売れたら受験率アップの為の客寄せパンダとして使ってよいと青田買いをさせ、なんとか目こぼしを貰って最低限の出席で三年間を乗り切ったのがこの男だ。
    「まさか肺気胸の入院がこんなとこで響くなんてなァ……先生の恩情にジーマーで感謝だよねぇ~」
     予定外のアクシデントで出席日数が足りなくなったという彼は、相談という泣き落としで補習、というか課題の提出でなんとか認めて貰うことになったらしい。何だかんだ、うちの教師たちというのは教え子に甘い。
    「とっとと終わらせて先に帰りゃ良かっただろうが」
    「さみしいこと言うねぇ。残り少ない時間、ちょっとでも仲良しの後輩と交流を持ちたいって気持ち分かんない?」
    「ほーん」
    「うっわぁ興味ない声~」
    「興味ねーからな。さっさと片付けて提出して帰んぞ」
     はいはい、と言いながら彼は首を反らして背後の俺を見上げると
    「ちょっとコレ持ってて」
    徐に板チョコを俺の口に差しこんだ。そうして直ぐさま手を離すもんだからうっかり落としかけ、慌てて片手でチョコを掴む。勢い余ってパキリと割れたチョコが、口の中に落っこちた。
    「テメーなぁ……」
    「んー? っし、オッケー。お待たせ千空ちゃん、チョコありがとね」
     素早く身支度を整えた彼は、立ち上がって俺の手からチョコを取り上げる。
     流れるような動作でするりと扉へ向かうその背中へ、訊ねた。
    「それ、貰いもんか?」
    「まさか。義理でも板チョコ渡す子は少ないっしょ~、同じ安いチョコにしたってもうちょいカワイイものにするんじゃない?」
     にんまりと笑った男は、またひとくち、パキリと板チョコをかじる。
    「そーかよ」
    「そうそう」
     普通は義理でもあげないようなチョコレートに他意はない、そういう風に誤魔化した、でも本心は別にあるかもしれない、そこまでを伝えるための見え透いたもの。
    「ゲン」
     クッソ面倒くせーな、コイツ。
    「どしたのよ、早く帰、っと……えっ、何これ?」
     数歩離れた相手へ、鞄から取り出した小箱を投げ付ける。俺から渡されるには些か不似合いだと自覚のあるような、カラフルにラッピングされた箱。
    「広告見てテメーが食いてえって言ってたヤツ」
    「ハァ!? えっジーマーで!?てかまさか千空ちゃんバレンタインのチョコ売場行ったの!?」
    「通販」
    「あっ良かった、そこはイメージ通りのままだわ……」
     うろたえる男へツカツカと歩み寄り、目の前で立ち止まる。
    「えーと……これ、どういうこと?」
    「どうとでも受け取りやがれ。テメーの思いたいように」
     プリントを持っていた手で焦って受け止めたからだろう、ぐしゃっと皺が寄っていた。叱られねーよう適当に言い訳してくれや。
    「あ゛あ゛、だがひとつだけ言っておくが」
     反対の手で持っていた板チョコを抜き取り
    「テメーが留年してまだココに居りゃいいのに、ってのは本心だ」
    パキ、と、かじった。
    「……先に昇降口で靴履いてっから、さっさと出してこいよ」
     目を見開く男へそう言いおいて、横をすり抜ける。果たして彼は、昇降口へやってくるまでにどんな答えを出すのだろうか。
     どんな答えを見出そうが俺のやる事は変わらないが。こんだけ分かりやすい意思表明したんだ、腹を決めて受け取るなら遠慮なく押すし、はぐらかして流すというなら外堀から埋めていくまで。
     卒業だの仕事だので物理的に離れるのは許容するが、心理的に手放すつもりはサラサラない。先に寄ってきたのはテメーの方だ、諦めて捕まれ。
     寒々しい廊下に足音が響く。チョコレートをまたかじる。上がった体温のせいなのか、チョコレートは随分と柔らかくなっていた。
    三月十四日(学パロ)「あげる」
     部活終わりの時間帯、今まで何処に居たのか部室の施錠をする俺の元にやってきたと思ったら、卒業間近の男は振り返った俺の口の中に何かを突っ込みやがった。
    「……ッ!?」
     甘ったるくて安っぽくてふわふわした食感のそれは、口の中で溶けた途端にパチパチと弾けて刺激を与える。
    「テメーなぁ……!」
    「わりと好きなんだよね~俺、こういうのも」
     何が『わりと』だ、テメーしょっちゅうコンビニで売ってる駄菓子まとめ買いしてんじゃねーか。
     悪戯に顔を顰めた俺を、まあまあ、なんて笑って肩を叩いて宥めた男は、一緒に帰ろうよと鍵を手で弄びながら言う。
     鍵。今、俺が持っていた筈の。
    「……、あ゛!?」
    「なぁに?」
    「待て、それいつ抜き取ったテメー!?」
    「フツーに今だけど~?」
     片方だけ長い髪を揺らして、にまりと笑う。ちゃり、と音を鳴らして鍵を見せ付けてから俺の目の前に突きつける。
    「何も難しいことはしてないよ、気が逸れた時にとっただけ。気が逸れてたから気が付かなかった、ね? ただそれだけ」
     確かに言葉にしたら『ただそれだけ』なんだろうが、それを相手に違和感持たせないままやるのがどんだけ難しいと思ってやがる。分かってて言ってるのがまた小憎らしい。
     舌打ちしながら鍵を奪い取りポケットに突っ込み……待った、なんか入れた覚えのないもんが入ってる。
    「ククク、ご丁寧にコーラ味かよ」
     ポケットから登場したのは、どこぞのシュルレアリスム画家がロゴをデザインした逸話を持つ棒付きキャンディだ。
    「フルーツ系のが好きだった?」
    「そもそもあんまり食わねー」
    「あら、そ」
    「……うっわ、逆サイドにも入ってんじゃねーか。マジかよ、テメー技術の大盤振る舞いだな」
     もしやと白衣の反対側ポケットに手を突っ込んで確認をすると、そちらにも駄菓子が入っている。僅かな隙に仕込みすぎだろ、それとも俺に隙がありすぎたのか?
    「この程度。何でもないんだよ、千空ちゃん」
     呆れたような俺の言葉に、ふと真面目な声が返った。普段は意識させない四センチだけ高い位置から俺を覗き込み、彼が言った。
    「こんなもんじゃない」
     かと思えば平坦な声から、やおらやわらかな笑みと普段と変わらぬ声音に戻して、一歩足を引いてから
    「先月は美味しいチョコレートをありがとう」
    などと言いだす。
    「これはホワイトデーのお返し」
    「この駄菓子がか?」
    「まだ見てないポケットあるでしょ?」
     とんとんと自分の胸を叩く仕草につられて俺の胸元を見下ろす。その胸ポケットには、一枚の。
    「……いつ入れた?」
    「それが一番先。口にお菓子突っ込んだ時、同時に反対の手で」
     卒業後の一番初めの大仕事だと、公演のチケットを指差しながら、笑う。人の食えない顔をして。
     そうして、立ち話もなんだからいい加減帰ろう、と踵を返す奴の後ろをついて行く。
     いつもは隣か、コイツが少し後ろに居て。けれど今、俺はコイツを追っていて。
    (この背を遠いものにしてたまるか)
     大股で歩いて距離を縮める。腕を掴む。引き寄せる。驚きもせず分かっていたと言わんばかりの顔を覗き込み、言う。
    「聞け」
    「うん?」
    「後にも先にもチョコレートやりてえなんて浮かれたコト思う相手はテメーしか居ねーんだよ、俺には」
    「決めつけるのは早くない?」
    「早くない。金輪際テメーだけでいい」
    「熱烈~! でも千空ちゃん自分で言ったじゃない、あのチョコはどう受け取ってもいいって」
    「あ゛あ゛、言った」
     明らかな好意の塊だとテメーが分からない筈のない代物を、分かった上で処遇をどうするのかなんか好きにしたらいい。少なくともあの時に俺はそう思っていたし、今でも思っている。
     だが。
    「その返礼がコイツって言うんなら――テメーが用意できる中で、何よりも自信のあるもん渡してきたっていうなら。俺は自惚れるからな」
     俺が渡したものにそれだけの価値を見出したってことだろう、つまり、それは。
    「好きに受け取ったらいいんじゃない?」
     くつくつと笑い出した男は、俺が言ったのと似たようなことを告げてそっと俺の手を引き剥がす。
    「見に来てね、千空ちゃん。俺がどんなところで生きてこうとしてんのかを」
     とん、と二の腕あたりを叩かれ、歩こうと促された。大人しくその隣で歩きだす。
    「俺、千空ちゃんの進路とはあんまり被らないとこに一足先に行くようなもんなんだけどさ」
    「あ゛あ゛」
    「それでもいいの?」
    「何か問題あんのか? それは」
    「千空ちゃんだけのあさぎりゲンじゃいられないけど」
    「俺の前で芸能人サマのまんまで居続けられるってんならそうだろうな」
    「どっから出てくんのよその自信!?」
    「テメーが積み重ねた結果だろ」
     甘やかしすぎた~、などと大袈裟な素振りで嘆く彼は、次の瞬間には、まぁいいかと笑い。
    「じゃ、捕まったげる」
     あっさりとそう告げ……ダッシュで逃げ出した。
    「あ゛あ゛!? 待てやテメー!!」
    「いやいやいや、やっぱリームー!! はっず!!」
    「ふざけろ逃げんな!! 捕まれ!!」
    「そんなことより千空ちゃんさっさと鍵返してきなよ!」
    「テメーの首に縄引っ掛けたらな!」
    「あはははは! 縄抜けも得意よォ俺ぇ!」
     ゲンが転びかけるまであと三十秒。転びかけたゲンを庇おうと掴んで引き寄せるまであと三十二秒。もつれ合って転ぶまであと三十三秒。床に倒れたままゲラゲラ笑い、妙なテンションの勢いで目の前の顔に口付けられるまであと四十秒。
     そんな未来を露知らぬ俺は、バカ騒ぎをしながらその背中を追いかけた。
    祭りのあとはいつだって(学パロ) 祭りの後の余韻は充足と淋しさが入り交じって浮き足立つものである。それは俺も例外じゃなく。

    「ま~だこんなとこ居たの? 千空ちゃん」

     居るなら此処だろ、って化学室を覗きに来れば案の定千空ちゃんはそこに居た。
     片付けだってもう終わってるし、部員の皆だってクラスの打ち上げに行くからってもう居ないってのに。

    「テメーか」
    「お疲~。いやぁ、大盛況だったねえ『家では出来ない科学実験教室』」
    「あ゛あ゛、リアクション芸人並みの反応しやがるどっかのメンタリスト様の司会のお陰さまでなぁ?」
    「いやいや、少なくともあのメントスガイザーのピタゴラ装置については素の爆笑だかんね?」

     コーラにメントスを放り込むと爆発的に噴き出す、っていう、あれ。やってみたいけど家では片付けも面倒だし気軽にはやれない、あれを今回使ったピタゴラ装置のようなものを作って演し物のひとつにしたのだ。
     その他にも爆発するようなやつとか、話に聞いてやってみたいけど実際に家でやるには躊躇うような実験をここぞとばかりに屋外で披露するっていうのが今回の科学部の文化祭活動だ。ちな俺はまったく科学部とは関係ないんだけど、千空ちゃんに頼まれたんで司会進行役をさせてもらいました。

    「ま、いいや。はい、缶コーヒー」
    「おう。いま小銭……」
    「いーよ、コレは俺の奢り」

     ぱち、と目を瞬かせ、そうか、と呟いて千空ちゃんは白衣のポケットから手を抜いて冷えた缶コーヒーを受け取った。

    「……行かねーのか?」
    「ん? ああ、クラスの打ち上げ? 行くよ、遅れるって伝えてある」
    「そーかよ」
    「千空ちゃん行かないの?」
    「あ゛ー……今回あんま手伝いしてねえしな」
    「そう? 準備についてはかなり手伝ってくれたっしょ? オバケ屋敷の仕掛けの設計、ほぼ千空ちゃんやってくれてんじゃん」
    「つっても作んのまでやってねーからな。そういや近所のガキが入ってギャン泣きしたって聞いたんだが」
    「こういうのにも心理トリックって大活躍するもんだよね~」
    「ククク、悪い奴」

     カショッ、と缶コーヒーが開く音がする。俺も自分のを開ける。コーラじゃねえのか? って顔でそれを見てくる千空ちゃんに笑ってしまった。俺だってコーラ以外も飲むってば。

    「楽しかったね?」

     椅子に座る千空ちゃんの横に立ち、そのまま机に腰掛ける。笑って上から覗き込んだら、千空ちゃんも愉快そうな顔で頷く。

    「あ゛あ゛」
    「来年は何をする? 部長さん?」
    「さあな、ピタゴラ装置のバージョンアップでもすっか?」
    「いいねえ、面白そうで!」

     そろそろ下校の鐘が鳴る。見回りの先生も来てしまうかもしれない。
     多少は文化祭終わりだから、片付けだなんだで大目に見てくれるかもしれないけど、もう、帰らないと。日常に。

    「一緒に行こうよ、千空ちゃん。打ち上げ」
    「予約人数変わったら店の迷惑になんだろうが」
    「大丈夫、連れて来いって言われてるし連れてくって言ったから」
    「テメーな……」

     呆れた顔をする千空ちゃんへ、にんまりと笑みを見せる。そのまま俺をじっと見ていたと思ったら、ボソリ、と。

    「行くな」

     もう少し居ろ、そう呟いた。

    「うん」

     君も惜しんでくれていたんだね。祭りの終わりを。浮き足立つ、この時間を。
     なあ、さっき言ったろう、千空ちゃん。俺、皆に遅れるって言ってあるって。

     開いたまま口をつけていなかった缶コーヒーを軽く掲げる。俺のやりたいことを理解した千空ちゃんは、にやりと笑って同じように掲げてくれる。

    「乾杯」

     きっと俺は十年経っても、この缶コーヒーが甘かったことと化学室の窓から見えた夕焼けが真っ赤だったこと、それから君が穏やかな顔で俺に手を伸ばしてきたことを忘れないだろう。
    背に負うた、背に追うた「よっし、ノルマ達成~!」
    「おー、お疲れさん」

     日中のトラブル解決やらのアクシデントで進まなかったドイヒー作業が夜中までずれ込んだとある日。もし終わらなくてもあと一時間で切り上げてやると話してはいたが、その前に何とかやり切ってゲンは快哉の声を上げた。だって持ち越したくはない、どうせ明日は明日でまた別のドイヒー作業が待っているのだから。
    「そっちは?」
    「……流石に切り上げるか」
    「終わりそうにないわけね」
    「徹夜コースだな」
    「なるほど、そりゃ店終いで正解よ~」
     やれやれ肩凝ったねぇ、などと笑いながらゲンは首を回し――ゴキッ、と静かな室内に不似合いな音が響いた。
    「…………」
    「…………」
     鳴ってはいけないような音が出た気がする、と言いたげな顔でゲンは千空を見る。鳴ってはいけないような音を聞いた気がする、と言いたげな顔で千空もゲンを見ていた。
    「びっ……くりした」
    「あ゛あ゛、俺も」
     すげえ音だな、と半笑いで言いながら千空も何気なしに肩を回し――こちらも、ベキッ、と大きな音を響かせた。
    「…………」
    「…………」
     すっと表情を消してゲンは真顔で千空を見据え、同じく無表情の千空がゲンを見つめる。数秒間見合ったあと、そっと互いににじり寄り相手の肩に手を伸ばした。
    「テメーこんな凝ったら腕の可動域も悪くなんだろ、商売道具のメンテどうなってんだ?」
    「千空ちゃんこそ何よこれ、石化光線の亜種でも浴びた? 中に石か鉄板でも入ってんじゃないの?」
     やいやいと自分を棚に上げた発言をしながら、互いの凝り固まった肩を触りあう。そうして現況を把握した二人は、サッと互いに手を出してじゃんけんを始めた。
    「はい、俺の勝ち~」
    「へえへえ、わぁったよ」
     にまりと笑ったゲンは、勝利の手をひけらかしながら背中を向ける。面倒くさそうな顔をしつつも千空は大人しくその背に近寄った。
    「あだだだだだ! 千空ちゃん待って、もうちょい手加減して!?」
    「あ゛!? たいして力なんざ入れてねーぞ、テメーどんだけだよ」
    「うっそ、そんな凝ッ、てぇー……ッ、くぁあ、そこ、ぉ……!」
    「押したら指まあまあ入ってくな、表面の凝りだけか。肩甲骨の動きが悪いと他にも影響でっから気をつけろよ」
    「ふっ、く、うぅぅぅ……、ぅあっ」
    「……うるせーな、さっきから」
    「いや……だって、我慢して力むより、この方が、力抜けて、いいじゃあたたたたたた……!」
     騒ぐゲンに呆れながらも、千空は手を止めずに肩と首のマッサージを続ける。ひと通り凝っていた部分はほぐしただろうか、と千空が思うのとほぼ同時に、ゲンはありがとうと言いながら肩に乗る千空の手を叩いた。
    「交代するよ」
    「頼む」
    「おまかせあれ~」
     へらりと笑いながらゲンは振り返り、千空は背中を彼へ向ける。千空の背後で膝立ちになったゲンは、存外と大きな手をその肩へと載せた。
    「……いや千空ちゃん、ガチでバイヤーだよコレ。ちょい待ってて」
     しばらく確認をするように触っていたかと思ったら、頭上から副音声で『うわぁ……』とでも聞こえてきそうな声音が降ってきた。テキパキと寝床を設えるとうつ伏せになるよう指示をされる。
    「そこまでかよ」
    「そこまでだよ」
     有無を言わさぬ様子に渋々と身体を寝かせ、腕で顔を庇いながらうつ伏せになった。触るよ、と声をかけられてから、ぐっと背骨の横へ指が沈んだ。
    「いっ……て…………!」
    「だろうねぇ、かたいもん。こりゃキツいわ。時間ある時ならやったげるから言いな~? 無理しちゃダメよ~」
    「あ゛ー……そうするわ……」
     力を加減しながら、ゲンはゆっくりと千空の背中の凝りをほぐしていく。右側、左側、肩、と癒す手が移動していく。肩甲骨の間を押されてバキッ! と鳴った時には流石に二人して渇いた笑いが出てしまった。
    「なんか手慣れてんな、テメー」
    「そう? 整体とかたまに行ってたから何となく分かるってのはあるかも。千空ちゃんは? お父さんの肩叩きとかしてそーだけど」
    「チビん時、背中に乗って踏んでくれってのはあった」
    「あはは、ガチガチに凝ってたら確かに子供の力じゃ足りないもんね~」
    「んでその後マッサージ器作った」
    「うーん、揺るぎない」
     どんなおチビさんだよ、とくふくふ笑いながら首の凝りをほぐし、ついでのように頭皮もマッサージしてからようやく手は離れていく。
    「はい、おしまい」
     言葉と同時にくしゃと後ろ頭を撫でられた。抗議より先に手は離れ、すぐ背後にあった気配の距離が少しだけ開く。
    「ちょっとはマシになった?」
    「あ゛あ゛」
     返事をしながら千空は身体を起こし、ゲンの方へ振り返ろうとして、……押し留めるかのように背中へ触れる掌の体温に気付いた。
    「ひょろい背中だねえ、千空ちゃん」
    「人のこと言える体格じゃねーだろうが」
    「こんな背中で……よく、背負ってるねえ」
     とん、とん、と。座る背中の真ん中を、あやすように手が叩く。君はえらい、よくやっている、そう褒めるように、あやすように。
    「俺に肩代わりは出来ないし、そもそもそんなこと千空ちゃん欠片も思わないだろうけど。疲れたかな~? って時にちょっと疲れマシにするくらいは、俺にもやれるからね」
    「おー、そりゃおありがたくて涙が出るわ。……んで、そのテメーが疲れた時はどうすんだ」
     先程より明らかに動くようになったな、などと思いながら後ろのゲンを振り返る。目が合った彼はゆるりと小首を傾げると、
    「そこは千空ちゃんがマッサージ器でも何でも作ってくれるでしょ?」
     片側だけ長い髪を揺らしながら、にまりと笑った。
    「テメーも手伝えよ、そん時ゃ」
    「ええ~? 俺自分でやんの?」
    「当たり前だろ。人手足りねえからな」
    「はいはい、わかりましたぁ、やらせて頂きます~」
     ウンザリと投げやりな言葉でわざとらしく肩を竦めて見せたあと、二人で顔を見合わせる。
    「まあ、でも? 材料とかも今は足りないし?」
    「お~、他にも先に作んねーといけないもんも多いしなあ?」
    「暫くは、お互いマッサージしあう他はないよね?」
    「あ゛あ゛、仕方がねえな?」
     溜まる疲れを癒す道具がないというのならば作ればいい、だがすぐに作れないというのなら、代わりに互いに癒し合うのが次善だろう。
     そんなあからさまな建前を仕方がないと言い合って、彼らはまたひとつ、二人で居るための言い訳を手に入れたと肩の力の抜けた顔で笑い合った。
    君と俺と世界に乾杯(復興後if)「ニンニクマシマシは正義だと思うんだよね」
    「明日は?」
    「休みじゃなきゃこんなこと言いません~」

     鋳物の小鍋を手に入れたと報告をしたのが昨夜のこと。そして今、右手にニンニクが入ったネット、左手にオリーブオイルのボトルを掴んで仁王立ちした男は
    「今日の! ツマミは! アヒージョ以外は認めない!!」
    と宣言をした。

    「別にテメーが作るんだから好きなもん用意すりゃいいだろうが」
    「何も言わずに用意始めて『何だ今日のツマミそれか』って顔されたら嫌じゃん?」
    「しねーし」
     出された料理に文句を言うような真似をするつもりはない、と不満顔を見せたらそういう事ではなくて、と笑われる。
    「飲もうと思った酒とは合わないかもとか、別に用意してたツマミと相性どうかとか、そっちの方だよ」
    「あー……」
    「なきにしもあらず、でしょ?」
     だから宣言するのは大事なわけよ、とへらりと笑ってから彼は風呂場を指差した。
    「先に入ってくる? 千空ちゃん早いし」
    「いや。飯の後に入るわ」
    「あ、そう?」
    「……飲むんだよな?」
    「うん、飲む。……えっ、何? 何かあんの? 俺今夜は飲むつもり満々よ?」
    「へいへい、好きなだけ飲みゃいいだろ」
     どうせ先に入ろうと、あとで酔っ払いまくってんのに風呂に入りたがるコイツの介助する羽目になるのだ。その時に一緒に済ます方が光熱費も浮くし合理的だろ。
     俺の考えがイマイチ分かっていない目の前の男は不思議そうな顔をしていたが、まあ良いかと切り替えたらしい。手にしていたニンニクと瓶を作業台へ一旦置くと、鼻歌交じりに小エビを冷蔵庫から取り出した。
    「いやぁ、背わた取るって何? ってレベルだった俺が自宅でアヒージョ作るようになるんだから分かんないもんだよねぇ」
    「器用で勘が良くて舌がバカじゃなけりゃそこそこ上手くもなんだろ」
    「褒めてるのは分かるんだけど、もう一声ほしい、もっとシンプルに」
    「テメーが作るもんは美味い」
    「ウェーイ!」
     どこぞの素行不良警官乗り移ってんぞ、おい。適当な会話をしながらも、ゲンの手元は動き続けている。海老の下処理をし、うわぁうわぁと騒ぎながらニンニクを手際よく刻んでいく。
    「ひぃ~臭いがこも……あっ、換気扇!」
    「あーつけるつける、待て」
    「メンゴ、忘れてたわ回すの。流石にこの手で触りたくない」
    「あと何使う?」
    「安売りしてたプチトマトとあさり~。ほら、砂抜きしてるやつがそこに」
    「ほーん……お、でけぇ」
    「でしょー!?」
    「これ入りきんのか? スキレットん中」
    「…………」
     どう見ても海老とトマトだけで埋まるだろ、と問いかけた俺の疑問に、ゲンはすっと真顔になって俺を見つめた。俺もその顔を見返す。
    「……鍋に対する分量、考えてなかったんだな?」
    「…………うん」
     うん、じゃねえわ。何だその素直なガキのような反応は。悄気た顔をすんな、テメーいい歳の俺より更に上だろうが。
    「いや、だってさあ!? 海老と貝の入ったアヒージョ美味しそうじゃん!? そんでいいサイズの海老といいサイズのあさりあったらさあ! 買うじゃん!?」
    「そりゃ次回に持ち越せ。海老だけでいいだろ」
    「ぐっ……じゃあどうすんのコレ、日持ちしないのに」
     眉を下げそう聞いてくるゲンの頭をぽんと叩いてから俺もエプロンをつけて手を洗う。
    「コンロこっち使うぞ」
    「うん?」
    「ネギまだ残ってたよな?」
    「千空ちゃんのラーメン用に刻んだ分葱なら冷凍庫に補充したばっかりだけど」
    「ククク、そりゃ手間が省けておありがてえ」
    「え、何?」
     珍しく察しが悪いな。きょとんと間抜けた顔で首を傾げる相手の顔を覗きこみ、ニヤリと笑ってこう告げた。
    「酒蒸し」
    「天才じゃん」
     はっとして告げた後、彼は嬉しそうに棚を振り返る。曰く料理用に残していた使い掛けの白ワインがある、と。
    「ジーマーでグッジョブだよ千空ちゃん! 最高! 天才! 抱かれても良い!」
    「今更」
    「ふはは、確かに! よっしゃ、早いとこ作って食べよ~!」
     ケラケラと笑い、すっかり機嫌を戻した男はさくさくとアヒージョの用意を進めていく。俺もそれに合わせて酒蒸しの準備を始める。と言っても、あさりの下処理も既にしてあるから楽なもんだ。
     貝を水洗いし、オリーブオイルと刻んでいたニンニクを少し貰ってフライパンに入れて加熱をする。あとは貝を炒めて白ワインと塩とコショウをぶち込み、蓋をしておわり。仕上げにネギでも散らせば、作るのに難しいこともない、だが美味いツマミの完成だ。
     隣ではくつくつとオリーブオイルが煮立ち、食欲をそそる匂いが立ち上ってきた。
    「手がニンニク臭くてバイヤー」
    「ステンレスでも触っとけ」
    「はーい」
     盛り付けなど残りは任せ、机の上を片付ける。
    「白だよな?」
    「白!」
     グラスを用意し、白ワインのボトルを用意し、取り皿にカトラリーに、あといるものは何だ?
    「鍋敷き~」
    「思考を読むな」
    「こんくらいなら朝飯前!」
    「いま夜」
    「揚げ足とりは止めてくださーい」
     馬鹿らしいやりとりをしながら笑う男が熱されたスキレットと酒蒸しを入れた深皿を手にテーブルへやってくる。
    「我ながら美味しそうに出来たんじゃない?」
    「だな」
    「千空ちゃんの作ってくれた酒蒸しもおいて~!」
     嬉しそうな声を上げる相手のグラスに酒を注ぎ、代わろうとする手を制して自分のグラスへは自分で注ぐ。
    「んで、今日は何かあったのか?」
    「何もないけど? ただ今日は美味しそうなもん千空ちゃんと飲み食いしたい気分だっただけ」
    「そうかよ」
     なら、楽しく飲み食いを始めようじゃないか。誰の前でも弱いからと酒を控えるお前が唯一好きなように酩酊できる時間の始まりだ。
    「乾杯しよ、千空ちゃん」
    「何に?」
    「んー……じゃあ、君と俺と世界に」
    「スケールでけぇな」
     どこまでも適当なことを言う男へ呆れながらも、俺は軽くその手のグラスを打ち鳴らした。
    水の音の話をしよう 雨音に耳をそばだてるだけの時間を持つなんていつぶりだろうと呟いたら、隣から小さく笑う声が聞こえた。
    「何?」
    「いや、別にぃ?」
     さすが仕事人だと思っただけよ、と言いながら笑う声には確かに揶揄いの様子もなく、僅かばかり穏やかな色さえ見えるようだった。
     木々に落ちる音、地に落ちる音、水溜まりに落ちる音、風、鳥、雨は種々に音を変え、まじり、幾重となって耳に届く。
    「ねえ、」
    ――それなら今まで聞き分けてきた水の音の話をしてよ、水底の音はどんなだった?
    「……君ほど喋るのは上手くないんだけどなあ、ゲン」
     それでも君ほどの聞き上手なら、僕の拙い表現もうまく形にしてくれるのかもしれない。
    「もう少し止むまで暇だしね」
    「そうそ、こんな緩い時間の使い方だってたまには必要よ~」
    「そうかもね。確かに」
     あの頃に嗅ぎ慣れたものとは違う水の匂いを吸い込んでから、僕は3700年と少し前に聞いた音を思い起こした。
    平らけく安らけく「……クッソ眠ぃ」
    「いや寝りゃいいじゃん」
     ぼそりと吐き捨てられた呟きが聞こえた。うっかり突っ込んでしまったら、怪訝な顔がこちらを向いた。
    「……あ?」
    「寝れば? それともちょっとの仮眠する余裕もない感じ?」
    「……、いや」
    「うーん、至高の頭が回ってないね~……寝な?」
     首を傾げそう勧めると、彼はじっと俺を見た後、素直にひとつ頷いた。
     やけに幼い仕草をするなとかわいく思いながらも、いってらっしゃいの意味を込めて手をひらひらと振る。ラボじゃ横にもなれないし。
    「……ん?」
     だけれど何故だかこの男は俺の手首をしっかと掴み、そのまま俺も連れ出した。
    「ええと?」
    「今寝落ちて数分後に起きられる気がしねえ」
    「あー……モーニングコール係?」
     いや、言うて俺、千空ちゃんほど時間わかんないからね? 数字のカウントなんかしてたくないし。
    「それもある」
    「それも」
     じゃあ何よって思いながらもいつもの天文台に辿り着き、やっと俺の手を離した千空ちゃんが僅かばかりふらふらしながら梯子を登る。俺はその後ろをちょっとハラハラしながらもついていく。
     のろのろとした動きではあるけれども、千空ちゃんはマット代わりの毛皮を床に敷き、それから俺へと振り返り、無言のまま手招きをした。
    「はいはい?」
    「そこ、座れ」
     そこ、は今敷いた毛皮ですね。座んの? 寝るんでしょ君、ここで。ええと? まさか?
    「……うわ、ジーマーで?」
     ちょん、と座った俺の隣に腰をおろした彼は、そのままぽすりと俺の正座した膝の上に頭を投げ出した。もぞもぞと収まりの良い位置を探した後、ちょうどの場所を見付けたのか明らかに脱力したのが見て取れる。
    「千空ちゃん」
    「……足痺れたら、我慢しねーで叩き起こしてくれ」
     多分それくらいでちょうど良い時間だろ、と。すっかり眠くなったのだろう、やけに平坦な声でそう告げた。
    「何かあった、とかではない?」
    「……何か」
     薄らと開けた目が、下から俺を覗き込む。
    「何かないと、だめなのか」
     そっと、その目元を掌で覆い隠して、俺は答えた。
    「いやぁ? 何もないのなら、嬉しいなあと思っただけよ」
     かたい床と比べればマシ、って程度だと思うけれどね。俺の膝枕なんかさ。でも、まあ、あれよ。
    「……まだ、肌寒い風も吹いているからねえ」
     人肌のあたたかさがある分だけ、きっと少しくらいは、君の眠りを安らかにしてくれることだろう。
     あっさりと眠りに落ちたらしく、静かな寝息が聞こえてくる。目元を覆っていた手をそっと退ければ、年相応の寝顔があった。
     指の背でそっと頬の産毛を撫でる。意識などないだろうに、指を追い擦り寄るように顔が動く。
    「ごゆっくり」
     甘え上手な俺の科学少年よ。どうか今しばらくの間だけでも、平らけく安らけく眠っておくれ。
     祈るように、俺は彼の髪を撫でていた。
    ただ呼ぶだけのその声が「千空」
     晴れやかで穏やかで力強い響きを覚えている。
    「千空ー!!」
    「千空くん!」
     いっそ笑えるほどに賑やかで楽しげな声はいつものことだ。
    「オウ! 千空!」
    「千空」
    「千空~!」
     親しげに迎え入れる声だって随分と馴染んだもんだ。

    「……どうかした? 千空ちゃん」

     けれど、この男のものばかりは未だに慣れることが出来ないでいる。
     言葉と声音を操ることに長けているからなのだろうか、たかが俺の名前を呼ぶだけのことにすら多彩な色を乗せてくる。
     共に事を為す協力者のように。馬鹿な真似を企む悪友のように。何も知らぬ子供が不思議を問いかけるように。物を知る大人が理解を投げかけるように。あの頃の百夜が家の中で俺に呼びかけたように。あの日の大樹と杠が科学部の部室にやってきて俺に呼びかけたように。いまクロムやコハクやスイカ、村の奴らが姿を見かけては俺に呼びかけるように。
     あさぎりゲンという男は、俺を呼ぶのだ。
    「ゲン」
    「ん~?」
     そうして俺が呼び掛ければ、多種多様な手札を持っていながらも彼は、
    「なに? 千空ちゃん」
     決まって、愛しむように呼ぶのである。俺の名前を。
    「……テメー俺のこと好きすぎだろ」
    「ゴイスー傲慢なこと言うね~、否定しないけど」
     けらけらと笑い、いくらでも隠せるくせに人をかわいいと思う目を隠そうともせず、小首を傾げて。
    「自惚れていいよ」
     ねえ、千空ちゃん。そう、また俺を呼んだ。
    ――やっぱり、慣れねえな。
     この甘ったるさも、むず痒さも、それを悪くないと思ってしまう自分にも。
     胡乱な目で見返す俺を見返して、ゲンはとうとう堪えきれぬと声を上げて笑いだした。
    居ない夢を見る 学校に居た。クラスメイトが居て(足りない)部活の仲間が居て(足りない)大樹と杠が、居て。

    (足りない)

     いつも通りの毎日だ、論文を読む片手間に授業を受けて、クロムたちと部活やって、同じく部活帰りでタイミング被ったコハクや司たちと帰宅して、電話でスポンサー様である龍水へ進捗状況を報告しながら論文まとめて、百夜からのメールに返信を書いて。
     普段と何も変わらない筈だというのに、何かが足りない。足りない。
     何が。
    ――いや、ちがう、そうだ。
    (テメーが居るわけないんだった)
     ここにゲンはもう存在しないのだから。



    「……んだ、コレ」
     変な夢だ。司や龍水はまだしも、コハクとクロムがあの頃の学校に居るとかおかしすぎんだろ、気付けよ夢の中の俺。
     舌打ちしながら隣を見る。そこに寝ている筈の男は居なかった。既に寝床も片付けられ、人が居た痕跡はもうない。
    (馬鹿馬鹿しい)
     そう思いながらも、じわりと胃の腑が不快感を訴える。寝床を片付け、昨日より三十八分程早く外へ出る。視界の中に特徴的な白黒頭は入ってこない。挨拶を寄越す村人へ応えながら歩き回る。見えない。居ない。足りない。お前が居ない。
     せり上がる焦燥感を宥めながら、散歩のように、歩く。見渡す。
     居ない。居ない。居ない。居ない。

    「ゲン」
    「あ、おはよう千空ちゃん。早いね」

     居た。

    「何やってんだ、朝っぱらから」
    「この前ローズマリーっぽいやつ見付けたから摘みに。朝の方が香り強いって聞いたことあってさ、そんでお茶にしようかと」
    「そうかよ」
    「千空ちゃんこそ、朝っぱらからどしたの?急ぎの用事あった?」
    「あ゙あ゙」
     一歩大きく踏み出して、目の前の男に手を伸ばす。五感すべてを使用して実在を確かめた。
     よし。間違いなく、この男は此処に居る。
    (ようやく、足りた)
     目を見開き硬直する男の涎を指で拭ってから、足もとに散らばる香草を拾い上げる。
    「戻るぞ、朝飯だ」
     手元から立ち上る清々しい香気と我に返った男の喧しい声を背中に受けながらさっさと歩き出す。
     今朝の夢は、もう遠い。俺は小さく息を吐いた。
    ある朝の出会い(復興後if) 目覚まし時計の音に何とか目を覚まして起き上がる。現在時刻、午前四時。夜ではないけど朝とも言いたくない時間。
     今日の集合時刻は午前五時、ロケバスに拾ってもらう集合場所までは歩いて十五分。
    「……ねっむ」
     でもそうは言ってられないから、大きな欠伸をしながらも顔を洗って身支度を整えて、コーヒーだけ飲んでから家を出る。
    「…………、あれ」
     玄関で靴を履こうとして、あるはずのものが足りていないことに気付いた。
    「まぁた泊まり込んだんだ~、千空ちゃんてば……」
     朝早いからと帰宅を待たずにさっさと寝たから知らなかったが、どうやら我が愛しの同居人は帰宅していなかったらしい。なんだ、居ないって知ってたら起こさないようにってコソコソ準備しなくて済んだのに。
     それならと遠慮なくドアを閉めて鍵を掛け、足早にマンションの廊下を通り抜ける。誰も起きていないような時間だからか、エレベーターの駆動音や到着を知らせる音がやけにうるさく聞こえるなぁなんて思った。
     マンションのエントランスを抜け、人通りがない歩道を大股で歩く。ありがたいことに今日は天気が良さそうだ。日の出前の朝焼け空が美しい。この色は晴れる方の色だと千空ちゃんに教わったのはいつのことだったっけな。
     それにしても車すらあんまり通らないものだな、人ももう少し居ても良いくらいなのに。反対側の歩道にひとり居るくら……い?
    「あ、」
     両手を白衣のポケットに突っ込んでスタスタとあっちから歩いてくる、あの特徴的なシルエットは。
    「千空ちゃ~ん!」
    「……あ゛?」
     ガードレールから身を乗り出すようにして車道を挟んで反対側の道を行く人物へ声をかける。しんとした道に、俺の声はよく響いた。
    「おかえり~」
     どうせ誰も居ないし、と両手をぶんぶんと振ってそう言ったら、何がツボだったのか千空ちゃんはぶはっと笑って顔を背けてしまった。何だよ。
    「おー、ただいま」
     徹夜でナチュラルハイなんだろうか、やけに機嫌の良さそうな顔で千空ちゃんも軽く手を上げて俺へ返事をする。
    「今日休みだっけ?」
    「いや、着替えたらすぐ戻る」
    「無茶もほどほどにね~」
    「そっちは?」
    「多分夜には帰れると思うよー」
     近所迷惑かもなぁ、なんてちょっと思いつつ、道路を挟んで声をかけ合う。ちょっと浮かれてんなぁ、俺。同じ家に住んでしょっちゅう見てる顔だっていうのに、こんな偶然の出くわしが嬉しくて仕方ない。
    「気ぃつけて行ってこい」
     でもそれは、どうやら俺だけのことじゃないみたい。
    「はーい、行ってきまーす!」
     にっと笑って、いつもよりも分かりやすく弾んだ声を返したら、千空ちゃんも楽しそうな顔で笑って手を振ってくれた。俺に合わせて、両手で大きく。小学生みたい、俺たち。
     俺が笑って顔を背けるのと、腹抱えて千空ちゃんが笑うのもほぼ同時で、静かな早朝に重なる笑い声が響いた。何やってんだかねえ、二人して。
     俺が千空ちゃんへ視線を戻した時にはあっちは既に俺を見ていて、俺と目が合ったと分かったら、にやっと笑ってもう一度軽く手を振り歩き出した。俺もまた歩き出す。とんだタイムロスだ、急がなきゃ。
     朝焼けの色は段々と姿を消し、爽やかな青空へと移り変わっている。ああ、本当に。
    「良い朝だねぇ」
     さあ今日も一日はりきって芸能人をやりましょうか、なんてね。にやける口もとを隠しながら、俺は歩くスピードを上げた。
    おれのもの ちょっとした戯れのつもりだった。自分の物には名前を書きましょう。幼い頃によく言われた教え。
     だから、目の前あったその手の甲に名前を書いた。木炭で書いただけ、洗うどころか擦ればすぐに消え落ちると分かってて、そこへ記名をした。
    「え~? ちょっと何やってんのよ、千空ちゃん。かわいいコトしちゃって~」
     にやにやと、へらへらと、笑いながらその男は俺に手の甲を見せ付けた。
     多分、俺は少しコイツを見誤っていた。当然のようにこの戯れを許すだろうと思っていた。笑い飛ばして、からかって、許す、と。
    「せーんくーう、ちゃん?」
     へらりと笑っていた笑みは、にたりとした笑みに変わり、すいと目を細めたと思ったら。
    「残念だけど」
     長い舌でべろり、と、その名前を舐めとり消し去り
    「俺は千空ちゃんのものじゃあ、ないのよね」
     汚れた唾を床へ吐き捨てた。
    「そうか」
    「うん。俺は俺だけのもんなの。千空ちゃんのものじゃない」
     悪いねえ、でも駄目。
     俺から目を逸らさずに、ずいと顔を寄せてくる。俺も目を逸らさずに、額が触れる距離の瞳を覗き込む。
    「所有権は俺。俺は君のもんじゃない、俺は所有されているから君の手元に在るわけじゃない」
    「ああ」
    「そこんとこ、間違えちゃ駄目。ね?」
     近すぎてよく見えないが、きっと窘めるような笑みを浮かべていることだろう。
     瞳を覗き込んだまま、手探りで袖を掴む。退けという合図と思ったのか、顔が離れた。俺はその袖を引き寄せて、まだ汚れの残る手を掴み直す。
    「分かった」
     そうして、先程のコイツと同じく、べろり、と炭を舐めとった。
    「ちょっとちょっと千空ちゃん、ばっちいよ。そんなもん舐めて」
    「あ? テメーもだろうが」
    「そうだけどさあ……」
    「悪かったな」
    「いや、ゴイスーかわいかったし悪い気はしないんだけどね~」
    「そうかよ」
     それでも譲るつもりはない、ということだろう。へらへらと普段の笑みを浮かべているが、有無を言わさぬ強さがある。
    「俺も」
    「ん?」
    「テメーのそういうところ、悪い気はしねえな」
     その強かさが、いい。
    「……甘やかすねぇ~」
    「なんだ、そりゃ」
     唾液に濡れた甲を手首に巻いた布で拭う。痕跡は、もうどこにも無くなった。
    #リプで貰ったセリフでSS書く、というやつ。
    「図々しい」
     やれ疲れただの扱き使われただのメンタリストとしての仕事の範疇超えてるだの、何かしらやいやいと騒いでは
    「だから報酬ちょーだい」
     と奴は臆面もなく言い放つ。大体そう言い出す時は、コイツにとっては大した仕事ではない時だ。よく言うわ、片手間に他の奴らとの会話で情報収集しながら揉め事の芽ぇツブすくらい余力あった癖に。
    「対価は大事って知ってんでしょ? ハグのひとつやふたつ減るもんじゃないじゃん! カモン人肌!」
    「村のチビ共に引っ付いとけ」
    「それはもうした。昼間に堪能した。でも千空ちゃんのハグは別腹!」
     諸手を広げる相手を呆れた顔で俺は見る。なんと、まあ。
    「図々しい」
     お前の言い出す言葉に乗っかったふりをして自分の欲求満たす俺が。
    「問題ある? ないでしょ?」
     知ってか知らずか俺の内心を肯定した男は、まるで全てを見通すようににんまりと笑って、俺の伸ばした手を引き寄せた。
    復興したら何食べたい? ラーメン以外で
    「復興したら何食べたい? ラーメン以外で」
     
     問うたら、
    「テメー」
     とこちらを見もせずに言われてしまった。
    「煮ても焼いても食えないよ~?」
    「素材の味そのまま活かして丸かじりがベストな食材だったと思うが、違ったか?」
    「へえ、随分とワイルドな食べ方するんだねえ」
     くふくふと笑う俺を彼は見ない。どうやら笑い声はいつもと変わらないよう聞こえてるみたいだ。よかった。やだね、頭まで汗ばんできそう。
    「……ところで、千空ちゃん」
     復興前でもソレ食べられるよって言ったら、君の耳の赤は首筋まで広がるのかい?
    敵わない
     毒気を抜かれたみたいな、呆気に取られたみたいな。そんな声音で、ぽろっとこぼれ落ちたかのように彼が呟いた。
    「……敵わねぇな」
     僅かに目を細めて、少しだけ口許を緩めて。それはほんの一瞬の顔ではあったけれど。
    「分かった。従う」
    「へえ、素直だねえ?」
    「あ゙ー、この手のもんはテメーに全面的に任せた方が効率良いわって改めて思っただけだ、メンタリスト」
    「ん~千空ちゃんにそう言われんの悪くない気分だねえ~、インチキマジシャンでも別に構わなかったけど」
    「……根に持ってんのかよ」
    「はは、冗談だよ冗談♪」
     じゃあ仕込みにちょっと行ってくるわ、と俺は踵を返してその場を離れる。一人になってから、そっと息を吐いた。
    (君、そんな表情も出来んのね)
     人の愛し方を知る子供ではなく、人の慈しみ方を知る大人のような、そんな表情。
    「敵わないねぇ……」
     俺にそんな顔を向けてくれるんなら、何だってしてやりたくなっちまうじゃないか。ああメンタリスト形無し、なんて言ってみたりしたけれど、やっぱり悪い気はしなかった。
    「和むな」
     今日も今日とてあのメンタリストは、薄っぺらくて安っぽくて嘘っぽい笑みを顔全面に貼りつけて、ペラペラと喋り倒しては他人を煙に巻き、踊らせ、掌の上でマスゲームを演じさせている。
     何かに気付いたのだろう、近寄っていったクロムがアイツに話しかけている。それを聞いたメンタリストは、薄っぺらくて安っぽくて嘘っぽい笑顔から途端に毒々しくて胡散臭くてゲスい笑みへと変化させ、クロムを下から覗き込むように首を傾げてネタばらしをしたらしい、「ヤベー!!」とこっちにまで聞こえてきた。
     一連を眺めて、思う。
    「和むな」
    「羽京、君たちの時代には『和む』という言葉に私の知らぬ意味合いがあったのか?」
    「いや、無いよ。うん、無い」
    「私の目に間違いがなければあれは和む光景ではないと思うのだが」
    「大丈夫だよ、コハク。僕の耳にもゲンのあの笑い声が和むものとは思えないから」
     うるせえ、心底楽しそうだと思っただけだろ、そんな俺の態度こそ和むみてえな目で見るんじゃねえ!
    「うるさいよ」「わかんないってば」
    「――なんて顔だよ、そのザマは」
    「……、うるさいよ」
     泥濘みに足を滑らせた奴にぶつかられ、踏ん張りが利かず俺も足を滑らせ、咄嗟に後ろ頭から倒れそうだったゲンを無理矢理に引き寄せ……いや、これはもう抱き寄せてと言う方が近いか。とにかく二人で倒れた。べちゃっとした感触が気持ち悪い。
     おい大丈夫か? そう問いかけながら衝撃に閉じていた目を開いて見えたのは、まるで何かに魅入られたような奴の瞳だった。目が合い、我に返った奴の誤魔化しよりも先に告げれば彼は悔しそうに顔を歪めて悪態を吐く。
    「おい」
    「何」
    「そりゃどういう感情だ、メンタリスト」
    「さあね」
    「ゲン」
    「わかんないってば」
     珍しい態度を見せる彼は小さくため息を吐いて。
    「こんなもんに足を取られるなんて、やんなるねえ」
     何かを捨て去るように言葉も吐いた。それから庇ってくれて有難うと礼を告げて俺の腕から抜け出して起き上がる。
    「泥塗れは困るよねえ、ジーマーで」
     それが言葉通りの意味なのかは分からないが、俺はただそうだなと相槌を打って立ち上がる。服に染みこんだ泥が、やけに重たく感じられた。
    「高くつくよ」
     そりゃあ俺は石化前は単なるマジシャンで上手くやり続けなきゃ一発屋でしかなかったかもしれない芸能人だったさ。それが今や日本どころか世界の偉人になってしまった千空ちゃんの相方ですって顔で側に居るのが気に食わない奴もそりゃ居るだろうし、俺が千空ちゃんのウィークポイントになり得るなら利用してやるって奴だって居るでしょう、そりゃ。俺の愛する世界は今日も悪意がいっぱいだ。
    「気ぃつけてたんだけどねぇ……」
     手足を縛られ、床に転がされてため息を吐く。てか猿轡しないんだな、俺の一番の武器なのに。それに身体検査も甘いし。そんなにいつも仕込みしてんの? と同業者にも呆れられる程だと知らないんだろうか。金属探知機に引っかからないから愛用している黒曜石の小さなナイフを何とか取り出して縄を切る。
    「俺に何かあったら、千空ちゃんが凹んじゃうじゃないの」
     そんなの俺が許すわけないでしょう?
    「俺の貸し切り出演料、幾らするか知ってんのかねえ」
     これでも今をときめく売れっ子よ? なあ、俺を誰だと思ってんの。石神千空が認めた男だぜ?
     俺を虚仮にするのは、俺を認めた千空ちゃんも虚仮にするのと同義だ。生憎と俺ら、売られた喧嘩は必要な場合はきちんと買う派なもんでさあ。せいぜい俺を見くびれば良い、その方がやりやすい。
    「――高くつくよ」
     しっかりと驚きおののく準備をしておけ、俺を、石神千空の相方は伊達じゃないと思い知らせてやる。
     さあ盤上ひっくり返すマジックショーの始まりだ。
    桐人 Link Message Mute
    2022/06/02 22:13:17

    Twitterまとめ3

    Twitterで載せた小話たちのまとめです。
    千ゲがメインですが、羽+ゲとかひとつだけクロルリもあります。
    pixivより転載。初出2021.5.5

    #dcst腐向け #千ゲン

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    • そして男は居なくなり、(復興後if)復興後も一緒に暮らしてたのに、ある日ふらっと行方を眩ませるあさぎりの話。大丈夫です、ハッピーエンドです。
      pixivより転載、初出2020.10.29

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • Home,sweet home(現パロ)『その夏に出会った年上の男は親しげに別れを告げて夏の終りに行方をくらませた。あとに死体をひとつのこして』

      という感じの夏と洋館とハーブガーデンを舞台とした現パロです。
      上の通りなので、人は死ぬしゲンは関わってるしモブがとても目立ちます。バッドエンドにはなりませんのでご安心ください。
      pixivより転載。初出2021.8.10

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • そして男は居なくなり、(番外編) # 千ゲン結婚week にかこつけて、本編のあとの後日談を書きました。

      #dcst腐向け #千ゲン

      pixivより転載。初出2021.5.30
      桐人
    • そして男は居なくなり、(書き下ろしweb再録)再録本『そして男は居なくなり、』の書き下ろし等を公開します。
      お手にとって下さった皆さま、ありがとうございました。
      pixivより転載。初出2022.2.28
      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • 彼を見ている彼を見ている男性モブ視点の千ゲン。時間軸は宝島への出航まで。あさゲに惚れてしまった青年が失恋するまでのお話です。 #dcst腐向け #千ゲン

      pixivより転載。初出2021.5.11
      桐人
    • Twitterまとめ1Twitterに載せた小話たちのまとめ。千空さんあさぎりさん多め。
      この頃はまだ左右が決まってなかったのでどっちつかず感があります。
      #dcst腐向け

      pixivより転載。初出2020.8.17
      桐人
    • ハロウィン衣装コラボパロ話ハロウィン衣装コラボにときめいた末のパロ話です。何か物語が始まりそうですが、何も始まりません。 #dcst桐人
    • dcst小話集pixivに個別で載せていた短編類をまとめて掲載します。

      ・健やかなれ、科学の子(石神親子推しぎりゲンが科学少年を尊く思う話)
      ・星空の彼方に歌姫は居ない(唯一残った旧世界でヒトが作りし美を敵を欺くための道具に堕とすことを罪と感じる倫理観を持って地獄に落ちると評したあさぎりとその罪を肯定したにきちゃんの話)
      ・利己主義者のささやかな献身(あさぎりと献身について話す羽京さんの話)

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • いつか居た子は司さんを子ども扱いするあさぎりさんの話と、司さんを子ども扱いするあさぎりさんを子ども扱いする羽京さんの話。
      やや小説2巻のネタが入ってます。

      Twitterにて載せた二編のまとめ。

      初出2020.8.10、pixivより転載

      #dcst腐向け
      桐人
    • アンモライトは光り輝くフォロワーが『アンモライトの異形頭に見えるようになってしまった千kさん』という私の性癖ドストライクなネタをくれたので書きました。

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • title ofTwitterの企画タグ # 絶対に被ってはいけないバソプ千ゲン小説 で書いたもの。
      pixiv初出2021.3.12

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • Twitterまとめ4Twitterにのせていた短文まとめ。カプは千ゲのみですが、羽京さんがよく出ます。
      ひとつ140字から、長くても2800字程度まで。
      # イラスト投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる というタグや、フォロワーさんの短歌やイラストに寄せたss、診断メーカーのお題で書いた作品が含まれています。

      pixivより転載。初出2021.11.10

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • dcst小話集2pixivに個別で載せていた話をまとめました。
      誕生日ネタと、 # 千ゲ歌会 で詠んだ短歌ネタと、初期ぎりネタです。
      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • Twitterまとめ5Twitterに載せていた小話たちのまとめです。
      千ゲが基本ですが、金狼さんがホラーな目に合う話や司+ゲやコハ+ゲや羽+ゲや羽京さん夢風味や冷凍つかさんを想う千(not恋愛)や、とにかくごった煮です。
      pixivより転載。初出2022.2.21

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • Twitterまとめ2TwitterであげていたSSのまとめです。千ゲ多め。司+ゲとか羽+ゲとかもあります。
      pixivより転載。初出2020.12.4

      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • ラーメン食おうぜ!(現パロ)現パロ的な謎時空にて、石神親子とあさぎりが仲良くラーメンを食べに行く話。やや千ゲ。
      pixivより転載。初出2020.11.6
      #dcst腐向け #千ゲン
      桐人
    • 雨音のスキャット石世界で千空さんが目覚めるまでの3700年間で居たかもしれない名前も残らなかった誰かの物語を語ろう、という企画に寄せた作品です。
      左足がまともに動かせない少年とまともに話せないけれど大きな声が出せる子どもの物語

      pixivより転載。初出2022.3.26

      #周縁の人々ウェブ企画 #dcst
      桐人
    • Twitterまとめ6Twitterに載せていた小話たちのまとめです。
      dcst、CPとしての千ゲあるいはReSoの千ゲが中心

      初出2022/2/22~2022/6/6
      桐人
    • dcstホラー 小話まとめ # dcstホラー というタグでTwitterに載せた小話まとめ。
      pixivより転載、初出2020.8.21

      #dcst腐向け
      桐人
    • あの公園には手品師が居たとあるフォロワーへ寄稿したものとなります。
      時間軸は石化前。高校受験を控えた夢主が、公園で出会った『先輩』に勝手に憧れて勝手に失恋するタイプのお話。
      pixivより転載。初出2020.9.1

      #dcst夢 #あさぎりゲン
      桐人
    • それらすべては人間でした5/4 エピソード追加しました

      周縁の人々の概念。
      石像が元人間とは知らない、いつか居たかもしれない村の人の、真実を知ったら後悔しかない行動のお話。
      前に考えた『それらすべては人間でした』という短歌の下の句になぞらえた短編。

      思いついたら増えるかもしれない。 #dcst #周縁の人々
      桐人
    • ワレラ鳥獣ニアラズ(蛇と蝙蝠/異形パロ千ゲ)これは御前試合で八百長を誘うコマでデフォルメに書かれた蛇の千空さんが好きすぎて見えたオタクの幻覚による異形パロです。
      2024年1月インテで薄い本になりますが、全文ここに載せてます。
      桐人
    • I'm here学生時代にやってたサイトが消せないまま残っていることを発見したのでこの際、その時の晒してていこうと思います。

      2006年単行本発売当時に書いた『モブとして登場後に存在するのに居なかった食満と竹谷が「ずっと前から出ています」で再登場するまでの話』
      自分に名前すらないことやサザエさん時空でずっと1年が繰り返されていることをメタ視点で知ってしまった二人がいる、そういうやつです。
      今ほどキャラが固まってなかった時代かつ当時自分がハマっていた別のものの影響も見えるのでいま見ると微妙なところが良くわかる。
      ご笑納ください。

      パスは『ずっと前から出ています』の収録巻数です。
      桐人
    • 彼女はこの地に佇んで(周縁の人々ウェブ再録)2021.11.7発行の合同誌『周縁の人々』より。
      ストーンワールドの歴史の中でもしかしたらあったかもしれない「誰か」の話、として書いたものです。

      こちらにて他参加者の作品全文公開しています。よろしければ合わせてごらんください。
      https://fierce-roll-e0a.notion.site/Web-5bdb898af12f418b9c59761128e4dfdf
      桐人
    • Bonus Track(Home,sweet home再録本書き下ろし)以前再録本として発行した『Home,sweet home』の書き下ろし分をweb公開します。お手にとってくださった皆さまありがとうございました。桐人
    • ひびをおもう千ゲとひびの話桐人
    • 地に足のつく気球に乗る千空さんとあさぎりさんの話。桐人
    • 自分の特徴あげてもらってそれ全部封印したSS書くタグのやつタイトル通りのものです。 #dcst

      ↓封じられたもの一覧↓
      ・ゲが干空ちゃんはつくづくツラがいいなあと心から思ってる
      ・かっこいいゲ
      ・丁寧な背景描写
      ・周縁のひと
      ・いなくなるゲ
      ・プライド高いゲ

      ひとつめはアウト判定がでた話、ふたつめは同じ話にいつもの手癖を足した話、みっつめはアプローチを変えてリベンジして書いた話です。
      桐人
    • Twitterまとめ7TwitterにのせたSSまとめ。
      ~2022/11/27
      #dcst
      桐人
    • 指が踊るマッスルパスができるあさぎりさんが見たい!から書き始めた話桐人
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