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    甘美と抑圧 机上にある金属製の籠の中、大量に積まれた様々な果実からは腐臭にも似た甘いにおいがする。その中の一つ、一番鮮やかな赤色が特に目を惹いた。
     男によればこの果物と籠は主からの貰い物らしいが、その籠に施された凝った意匠は何かしらの植物を模しているらしく繊細な様子は鮮やかな果実によく似合っている。
    「和泉守はその赤いのが好きなのか」
     悠久を知る男はやや伏し目がちなあけぼのの空を細めてから目尻を下げると、口角を上品に上げた。弧を描いた口許の薄桜色は今日も艶めいており瑞々しい。
    「いや……そういう訳じゃねぇんだが、なんというか、一番惹かれる」
     己の身に付けているものとは少し質の違う赤色、淫靡を纏う赤楼の女のような色には目線を奪われる。本当に妖しげな魅力だ。
     あまりにもじっと見ていたからか、オレのために緩められ慈愛を向けていた優しい顔に合わない熱っぽい目線がオレの中心を射る。
    「そんなに気に入ったのなら持っていってもよいぞ。そのままでも食べられるらしいがあとで堀川にでも皮を剥いてもらえ、その方が美味いと主が言っていた」
    「要らねぇよ。あんたが貰ったんだ、あんたが食えばいい」
     確かに見た目麗しい果実なのだが、口を付けてはならないと本能が警鐘を鳴らしている。根拠など無い。だが何かから戻れなくなるという恐怖を覚えて申し出を拒んだ。
     しかし男は俺の恐れなど解せずに閃いたとばかりに目の奥に浮かばせた月を輝かせていった。
    「もしや堀川には言いづらいか。よし、なら俺が用意してやろう」
     特別だぞ、そう言いながら指を唇に寄せて片目だけを瞑り沈黙の合図を送ってきた。つくづく絵になる男なもので、所作一つ一つが美しい。凝った籠の端から小さな刃物を取り出して片手に構え、もう片方の手にはあの赤い果実を手にした。表面の艶めいた淫靡に鋭い刃が当てられると表現しがたい罪悪感を覚えていく。
     男が果実の方をゆっくり、くるくると回せば赤い鎧が剥がされていき、手首に流れていった果汁を拭うこともせずに半分程を剥いたところでオレの前へ差し出した。
    「ほれ、できたぞ」
     繋げられたまま薄く剥かれた皮は元の形状のためであろう蛇を思わせる螺旋を描いている。それはまるで男の刀を振るものらしい流麗な線の腕に絡み付いて誘惑しているようも見えてぞっとした。
    「どうした、やはりいらないか」
     じっと眺めるばかりでオレが食べようとしないものだから男は不思議そうにし、少し首をかしげて情事に見せる魔性の誘惑と同じように緩やかに上げていた弧の端を挑戦的に釣り上げていく。その表情につい繰り返された蜜夜を思い出し目を逸らした。昨夜も男は綺麗だった、何度見ても慣れない月下に照らされる肌の色がオレの奥に焼き付いており思い出した光景に体温が上がっていく。
    「せっかく用意してくれたところ悪いがそいつを食っちまったら戻れなくなりそうで怖いんだ」
    「戻れなくなりそうで怖い?」
    「どうしてそう思うのか、何から戻れないのかはわからねぇ」
     熱を冷ましながら慌てて答える。男がふむ、と少し考えてから横目で見ていた顔は思い当たることでもあるような顔つきに変わり果実を持ったままあいた方の手で頬づえをついた。
    「なるほどな。和泉守は博識そうだが、こういったことには疎いのか?」
    「何を言っているんだ」
    「よくこれは知恵の証と結び付けることがある。まあ分からないのならそのままでよい、とにかく食え」
    「あ、あぁ……」
     優美な男特有の耳から落ちてくる甘い低音に囚われる。この優しいはずなのに逃げ道を断たれたような支配者の声で命じられると考える力を奪われていき、自然と唇は剥き出しになった果実の地肌に向かっていった。顔を寄せれば甘い匂いが肺いっぱいに広がり、そのまま齧れば滴った果汁がオレ達を汚した。咀嚼する度に音を立てて背徳の甘味が瑞々しく広がっていく。控えめな一口を嚥下した後も花のように広がっていった香りが忘れられず、はしたないと思いながらも男の指に舌を丹念に這わせていく。男は生娘の口婬を思わせる拙くもいじらしい動きに満たされているようで刃物を持っていた方の手でオレを撫でた。
     それを一通り受けると奇術が解かれたようにオレは三日月から離れた。月光を浴びているときの妖しい笑みが男の顔には浮かんでいる。
    「やっぱり甘い、な」
     普段は甘いものを好んで食べるわけではないのだが、歯止めが利かなくなるほどに体があれを求めた。好奇がいつしか渇望の要求に変わっている。
    「こうして他の者に懐かない和泉守が俺の手から直接食べてくれるだけで嬉しいものだな」
    「オレは犬か何かか?」
    「いや、どちらかといえば好奇心に負ける所は猫だろうな」
     まだあるぞと言い、向けられ続けている魅惑に抗いもせずまた一口唇を付けていく。一心不乱に甘楽を求め続けるオレに笑みを向ける男はさっきから何かを視線に孕ませている。
     三日月はそれからも結局、オレが最後の一口を飲み下すまで含みのある笑いを浮かべて続けていた。
    弥月 Link Message Mute
    2022/06/17 16:06:04

    甘美と抑圧

    支部再録。

    ただ三日月の手から和泉守が林檎を食べるだけの話です。

    #みかいず
    #三日和泉

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