従属の口づけ 室内を満たす淡い光は行儀よく座っている和泉守の姿を切り出した。静寂は身じろいでいる布地の擦れ音や幾度の密夜を重ねようと焦燥の抜けきらない呼吸を伝え、目の前で少しばかり小さくなっている男への愛おしさを抱いた。
「たまにはお前からしてくれ」
ほんの些細な気まぐれに、そういってとんっと数回唇を指した。
「オレからか」
「嫌か?」
「嫌ってか、なんかなぁ」
突然の事になぜ、と疑問を発した和泉守は自らすること自体を悪とするわけではなく、あくまでもなにかが引っ掛かるようで腕を組んだ。
「俺が嫌いか?」
肉体から陥落させたのだから嫌いなはずなどない、心が後追いだからこそ意地悪にそう聞いた。一方言われた方は面倒なことになったと言わんばかりにため息混じりに問いに返した。
「何でそうなるんだよ」
そんなことがあるはず無いじゃないかという反射の返答に満足し、それを顔に出さないよう押し殺して催促をする。
「なら良いではないか」
俺からせずともどうせするのだ、再び唇をとんとんと指しながら笑みを返す。そもそもほんの思い付きで和泉守の忠誠を試したかっただけなのだ、少しばかりいやがるのは想定のうちにすぎない。
「でもよ」
「和泉守」
やれ、そこまで声に出さずとも名を呼ぶだけでよく躾けられた従順は先の言葉を察し、身を一瞬だけこわばらせる。そして平生の調子に戻り返事をした。
「あーわかった、わかったから」
「うむ」
和泉守は神妙な面持ちで間を置いてゆっくりと目を伏せると肩を強張らせながら顔を近づけ、柔らかな唇が頬に当たった。
「これで──」
「そうかそうか、お前はこれで良いと思うのか?」
俺が教えたのはこんな子供騙しの遊戯でも下らない愛でもない。教えたのはまやかしと一夜の愛欲を売る女のような、もっと欲望に満ちた淫靡な行為だ。
「俺はお前にどうしろと教えた。まさか、忘れたのか?」
逃げることを許さなかった。不平をぶつければぎこちなく俺の腕を掴んで顔を寄せてくる。啄むような、とはよく言ったもので初めは触れるだけの行為が数度続いた。今一歩踏み切れず、躊躇っては離れてまた触れる。
「っ……」
とうとう覚悟を決めたらしく、きつく目を閉じて口を薄ら開きにした。こちらへ迫ってくるのを流れのまま受け入れれば恐る恐る口内への侵入があった。それもこちらからは何もせずにすべて和泉守に委ねると、普段自発的にやらないこともあり男を知っているとは思いがたい拙い動きに探られた。羞恥か理性のどちらかが動きをよりぎこちないものにしているのが肉の接した箇所らから伝えられている。
「ん、ふぅぁ、あ、んむっはっ」
息づかいの酷く下手なもので、呼吸を求めて一度離れては再び重ねられる。それをただされるがまま受け入れてやれば和泉守は時折体を震わせた。柔らかな肉同士が絡みあう淫猥な水音が官能を刺激し、幼子は孕まされた雌性をゆるやかに開花させていった。
「んぐぅ、ん、ふぅっ」
和泉守の舌使いは熱に浮いてやっと大胆になり始めた。搾取される、奉仕者の使い方でありながら縋りつくような必死さは愛おしさと共に憐れみさえ覚えさせる。
「ん、っむ、んぁ、はぁ」
最後には名残惜しみ、厚みの無い唇が柔らかさの余韻を感じさせながら離されていった。互いの濡れた色同士に糸がかかる。
間近で感じる浅い息づかいは熱を持っており、高揚さえ伝わってきそうだった。
「たまには、良いだろう?」
そう言ってやれば目の前で息を乱しながらも表情をとろりと綻ばせた男は少しばかり恥じらいながら幸福を噛み締めた。そろそろと手が重ねられて指先の絡み合うのをいじらしくねだる仕草がどうしようもなく愛らしい。