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    楼閣と纏足の話 オレが望みさえすれば、あの男が用意できない物など存在しないだろう。それほどの豊かさがあっても満ちるのは物だけだった。楼閣の最上階で囚われている身というのは常にオレの心を削り取っている。
     しかし人というのは案外頑丈なもので、いまだに削れるだけの心が存在している。
    「はぁ……」
     鬱屈な思いの反射で窓の外、塔の下を覗けばにぎわう人々が行き交う。光景に端的な感想を述べるなら、今日も何時も通りだ。
    窓から下の様子を見るなど、足の発達を阻害されたあの頃には既に飽きていた。すっかり大人になった体には男への恐れと自由の利かない小さな足が残されている。
    「どうしたの、じっと外なんか見て。そろそろ三日月さん来るよ」
    「ああ、そうだな」
     オレの身の回りを世話している少年が昨夜の汚れ物をいそいそと籠に放りながらオレを促す。
     三日月、この楼閣の持ち主でありオレをここに閉じ込めている張本人だ。しかしその理由など、大したものではない。男にとってオレは都合のいい道具か他の宝物と同じなのだろう。しょせんは所有物に過ぎず、ここに来てはオレを好きに扱う。抱かれたとも犯されたとも言いがたい行為を何と呼べばいいのだろうか。
    「それじゃあ、そろそろ行くね。また明日の昼に起こしにくるから」
    「おう、おやすみ」
     軽く手を振り少年を見送る。小走りで駆けていく小さな背中が愛らしい。その姿はもしオレに弟がいれば、といったささやかな妄想をさせた。
     そんな下らないことを考えていれば三日月が入ってきた。
     地位相応のきらびやかな衣服に負けることのない美麗な容姿はどれ程三日月に嫌悪を覚えようとも見とれてしまう。
    「和泉守は今日も変わりないな」
     弧を書く唇の色っぽさと、柔らかに細められた目がオレに向いている。しかし根底にあるのは人に向けている愛ではなかった。
     そのまま頬に触れようとしたのを振り払うように三日月から目線を外せば、向こうも深追いはせずに手を引っ込めた。
    「つれないな。今日はどうした」
    「別に。そういや今の世話係、あいつも売り飛ばすのか」
    「さあな、美とは減少する価値だ。美しい者を世話する花として役割を果たせないのならばそれまでだ」
     ここにオレの世話をしに来るのはいつだって少年だった。
     しかし皆長続きはしない。どういった法則なのか不定期に入れ替わる。今の世話係は長く続いた方だが、またいつ入れ替わってもおかしくはない。
     以前、少し気に入った世話係が来なくなった時に理由を聞けば短く売ったとだけ言われた事がある。
     あの時の事はよく覚えている。主人に口出しするとは何事だと、もっともらしい理由をつけてずいぶん手酷い折檻をされたものだ。オレが他者を気に入るのがそれほどまでに嫌なのだろう。
     それを素直に言えれば可愛げがあるものだ、とは言わなかったが。
    「嫌になるな」
     ぽつりと呟いたそれは抑揚もない短いものだが、オレのありったけの心情があった。
     三日月にとっては他者の人生などその程度の価値だ。使い捨てるものか何かだと思っているのだろう。
    「そんなにあれが気になるなら和泉守が俺の機嫌でも取って愛らしく乞えば良い」
    「んっ」
     拙く、うわべだけの心で唇を奪ってからかえば三日月は子供が拗ねるように頬を膨らませてみせる。
    「つまらん、本当につまらん」
    「はいはい、そう拗ねんなよ」
     更に応えるようにこちらもわざとらしく呆れてみせれば三日月は満足したらしく、いつもの麗しくも寂しい目に戻った。
    「こんなに愛していようと和泉守の心は手に入らぬのか。上質な生地の服も、底のない財も、この国最上の地位もどれもが心を射止めるには足らぬとは。星でも取ってこねばならぬだろうか」
     うわべの愛も知らねぇやつがよく言う、と内心悪態をつく。
     そして声に出さない代わりに一つ、つき飽きたため息を吐く。
     三日月は昔から変わらない。これが正しいと信じて、そうやって生きてきた。尤も、環境がそうさせたという表現の方が正しいのかもしれないが。
    「いったい何が欲しい、何をやればお前が手にはいるというのだ、俺はこんなにも苦しいというのに。ああ、そうかあの少年か、あれが欲しいのか」
    「それは自分で気がつかねぇとだめだ」
     一つの領地を統べる者らしからぬ弱々しさで、うわ言のようにほしいほしいとオレにすがる。
    「あんたは、可哀想だ」
     それを可哀想以外に何と表現したものだろうか。欲しいと嘆く言葉にはこの男が上手く表現できない愛が確かにあった。
     哀れみ寄りの愛おしい気持ちのままに三日月の頬に触れれば少しばかり暖かい。
    「可哀想なぁ……この世で最も俺に程遠い言葉だなぁ。何をとっても誰もが羨ましいと思うほどだというのに」
     不思議そうに話してこそいるが、どこかでは言葉の意味に気がついているのだろう。それでも、感情で理解ができていない。
     三日月がオレの手にそっと手を重ねる。重なった手のひらは鍛練を怠らない努力家らしくも優美さがある感触だ。少しばかり深爪となっているらしく爪の当たる感触はない。
    「いいから、早くやることやれよ」
     それを払いのけるように、オレは頬から手を離した。
    弥月 Link Message Mute
    2022/06/17 16:46:39

    楼閣と纏足の話

    支部再録


    #三日和泉
    #みかいず

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