枷 赤の中、影は淡く浮き上がってオレに注ぐ光を引き裂いていた。いつもなら檻のある男の私室には障子からほどほどに届くそれの具合が日の高さを伝えているが、今日はしっとりした空気が届いていた。
一度深々と斬り付けられた足は傷がある程度落ち着いてもなお酷く重い枷でも付けられたように動かせず、逃げるどころか立ち上がることさえ許されない。足早にここを脱せねばという焦燥ばかりがオレを駆け抜けていった。早く、また男が来る前に。ここから抜け出す足掛かりを見つけておかなければ。
ここまで、身を持って思い知らされたのはふたつ。ひとつは思う通りに動かせない人の身では格子のひとつさえまともに調べるのは困難で、ここから仮に出られても男にばれず逃げるのは不可能だということ。そしてそれを避けるもうひとつの脱出手段、男の意思で出してもらうのは性質を考えても絶望的だということ。いずれにしても再び己の半身を握れる日は来ない。
付けられたはじめは重さと息苦しさを意識させられていた首輪に触れても今はもう何も感じられずにいる。この扱いに最後に憤りを覚えたのはいつだっただろうか、もはや思い出せないほど昔のような感覚に証に慣れた自身への嫌悪さえもう沸かない。そんな空しい焦燥の中にかたん、と部屋の障子が開いて和紙を介さない光が眼孔に刺さった。薄ら逆光の優美な影の表情までははっきりと伺えない。しかし再び外界の光を薄紙越しにすれば男の影は人形のように均整を取られた貌が鮮明に変わっていき、檻の前まで近づいてきた。
「何をしているのだ、此方によれ」
優しい言葉とは裏腹に、顔に似合わない執着を持って首輪に繋がる鎖を捕まれた。招く手を拒むことなど許されず、そのまま格子のぎりぎりの所まで引き寄せられると器官を締め付ける動きが緩んで短く鎖を持たれた。
「いい子、いい子」
繊細な細工のような均整の手は刀を握る男の物とは思い難いが、頬を撫でる堅い皮は確かに戦う者の手だった。倒錯的な行為に堪えるよう、体を強張らせて身勝手な手付きを受けていればそのうちに満足してやがて手は離れていく。
「ほれ、今ここから出してやろう」
その代わり次には弄ばれるためだけに引きずり出されるのだ。檻の戸を開いてこちらのことなどお構いなしに今度は首輪を直接引っ張るものでより呼吸を奪われていく。抵抗するには得策ではないと、ただ男のしたいようにさせてやればそれ以上のことはされない。オレの浅葱色の目はそれでも逃げようとして捕らわれてしまい、細く尖ったあけぼのの月に射貫かれて標本のようにぷつりと留められてしまいそうだった。
「和泉守」
こんなことをするくせに何よりも大切なもののように扱い、耳元では冷たい愛をちぐはぐに謳う。理解しがたい男の穏やかな怒気は絶対的な従順を強いているわけでもないというのに、どうしても身を竦ませて求められる一言が言えないでいる。
「まだ駄目か、ならば仕方がない」
長い前髪を弄んでいた手がするりと頬を撫で抜けてからオレを強引に上向かせるとまっすぐと目の中の欠けが獲物を捉えた。そのまま向かってくる昨夜に飲まされた愛欲の味が焼けついてしまった不快感が舌に蘇っていく。
「こんなにも──なのになぁ」
とろけるような声が響いてじゅん、っとオレの奥にすっかり孕まされた浅ましさを震わせた。この枷が消えたならその時オレは一体どうなってしまうだろうか、ふと脳裡に描いた影を折った。