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    エピローグ 都市部ではそろそろ花の蕾も見かけ始める時期だが、北方にはまだまだ雪が残る。それでも、極北支部から南下しているうちに、いくらか過ごしやすくなった。ソルが山あいの道路を運転していると、助手席でキースがぼやく。
    「わざわざ遠回りしなくとも、真っ直ぐ帰ればいいだろう」
    「観光しながら帰ろうぜって言ったら賛成しただろ! ブラッドが里帰りしてるらしいし、せっかくだから会って帰……」
     そこでソルは口をつぐんで目を凝らした。この先はY字路で、ソルたちは東に進路を取るつもりだったが、その東向きの道が通行止めになって誘導員が旗を振っているのだった。
     車のスピードを落としたソルが、事故かな、と呟くと、キースがナビを操作して情報を確認してから言った。
    「……山の雪が崩れて道路が塞がっているらしい。西から迂回になる」
    「OK、ちょっと道を訊いてから行こう」
     幸いなことに、見える範囲には他の車も来ていない。ソルがY字の分岐点まで運転して車の窓を開けると、防寒装備にゴーグルの誘導員が寄ってきて、マスクの下で声を上げた。
    「すんません、この先雪で通行止めです! 東方面に行く人は、一旦西から平地まで出てもらっ、て……?」
    「ありがとうございま……って、その声……」
     誘導員が慌てた様子でゴーグルを上げ、ソルもあんぐり口を開けて誘導員を見る。誘導員が顎までずらしたマスクから白い息がこぼれて流れ、その顔があらわになった。
    「ブラッド⁉」
    「ソルさん⁉」
     その防寒ジャケットの腕章には、自警団のロゴマークが印刷されていた。


     山道でブラッドに教わった通り、西から迂回して町に着いたソルとキースは、宿で一休みしてから自警団詰所へ向かった。交代と休憩のため、ブラッドが町に戻ると言っていた時間だ。ソルが自警団を訪ねると、既に話を聞いていたらしい団員たちが一人と一機を歓迎してくれた。
    「お待ちしておりました。旅の途中、ぜひこの町で疲れを癒やしていってください」
     そう言って折目正しく一礼した青年や、キースを興味深く観察している癖っ毛の技師など、見た限りでは人間の団員ばかりのようだ。そのうち、奥のほうからばたばたと足音がして、着替えてきたらしいブラッドが顔を出す。
    「ソルさん!」
    「おう、お疲れ。急なことになっちまって悪いな」
    「いいんすよ、この時期はまだ、約束なんかしたところで大雪でダメになったりするし」
     ブラッドがけらけら笑って、まわりの団員たちも、確かに、とか、ほんとほんと、などと言って笑う。無事に着いたのならそれで充分、とブラッドはまとめた。
     それから、ブラッドがソルを自警団に紹介してくれて、ソルも改めて自分とキースを紹介した。事務所にいる自警団メンバーのこともブラッドが教えてくれて、最後に、ブラッドの後で奥から出てきた長身のアンドロイドに行きつく。
    「……そんで、こっちがオレの相棒! ダークってんだ」
    「!」
     聞き覚えのある名前に、ソルは思わずじっと彼を見た。いつだったか、自警団の過去データで見た顔が、そっくりそのままそこにある。ソルやキースが何か言う前にブラッドが言った。
    「……昔、この町でダークに会った人が、新型へ移植してくれたんだ。全部のデータを引き継いだ、正真正銘本物のダークだぜ」
     ブラッドの言葉と一緒に、ダークがぺこりと頭を下げる。慌ててソルも頭を下げて、その間にクローザと二言三言交わしていたブラッドがソルの背を押した。
    「んじゃ、オレはもう上がりだからよ、町を案内するぜ! なんか見たいもんとか食いたいもんとかありますか」
     ブラッドのその言葉に、まずはゆっくり話せる場所がいいなと返して、ソルたちは自警団を後にした。


     じゃあ、とブラッドが案内してくれたのは、町中のコーヒーショップだった。町を行き交う人々が通りすがりにコーヒーを買っていく小さな店だが、少数ながら店内にも座席があるらしい。
     ソルとキース、それからブラッドとダークが店に着くと、自警団の腕章をつけた二人組が店の窓口で缶コーヒーを受け取っているところだった。
     それを見つけたブラッドが先に声をかける。
    「レニとヨナだ、おーい!」
     ブラッドの声に気づいた二人の自警団員と窓口の店員は、駆け寄ってくるブラッドの姿を見てそれぞれ表情を緩ませた。その様子を見たソルは、ブラッドが慕われている様子が我がことのように嬉しくなる。
     追いついたソルたちが聞くところによると、二人の自警団員はブラッドの後輩で、黒髪のほうがアンドロイドのレニ、淡い色の髪をしたほうが人間で、ヨナという名前だそうだ。アンドロイドのレニも缶コーヒーを手にしているのを見て、キースが首を傾げる。
    「アンドロイドにコーヒー?」
    「ふふ、コーヒーの楽しみ方は、味だけではありませんよ。特に冬は、アンドロイドにとっても心温まるものです」
     レニは微笑んで答えるが、キースはなおも首を傾げた。その隣で、自警団員のもう片方、レニのバディであるヨナがブラッドに尋ねる。
    「ブラッド先輩……は、もう上がり、なんだね……。そちらはお客さん、かな……?」
    「こっちの人がソルさん、K.G.Dのときの先輩だ。んで、あっちのアンドロイドがキース、ソルさんが極北まで探しに行ってたアンドロイド。都市まで帰る途中なんだ」
     ブラッドが紹介すると、ヨナはゆっくり瞬きをしてから、ふわりと微笑んだ。
    「そう……K.G.Dの、先輩……ふふ、会えて良かったね、ブラッド先輩……。山道は、まだ雪が残っているでしょうから、ソルさんたちはお気をつけて……」
    「わたしたちはパトロールがあるので、これで失礼します。キースさん、ソルさん、良い旅を!」
     そうして、レニとヨナはパトロールの続きへ戻っていった。軽く手を振ってその二人を見送ったブラッドは、コーヒーショップ窓口の店員に缶コーヒーを人数分頼んで代金を支払う。それから、店内の席を使うことに店員の了承を取ると、二人と二機は店内に三つある丸テーブルのうちの一つを囲んで席に座った。
     缶コーヒーを受け取ったソルは、開ける前にラベルをあちこち見て面白そうに眉を上げる。
    「初めて見る銘柄だ」
    「ローカルもんなんですよ。オレは向こうに住みはじめの頃、見つけらんなくて探しました」
     ブラッドが笑いながら肩をすくめておどけると、窓口の店員が振り向いて陽気に茶々を入れてくる。
    「ただのローカルもんじゃないぜ! うちのオリジナルブレンドが缶になってんだ、他の缶コーヒーとは一味違うからな」
     明るい色の髪をヘアバンドで留めたその店員は、名前をウェルズと言って、このコーヒーショップの看板息子なのだそうだ。また、さっきのヨナとは幼馴染みで、地域密着型の自警団は、ヨナのこともウェルズのことも、幼い頃から知っているらしい。
     店員――ウェルズのことをソルに教えてくれたブラッドは、最後に少しだけ眉を寄せてぼやいた。
    「ウェルズのやつ、知らない間にオレよりでかくなっててよお」
    「そうなのか? ……でもそうか、K.G.Dに入った頃のブラッドが、ヨナくんやウェルズくんくらいの歳だったもんな。そのくらいにもなるか」
     指折り数えたソルは小さく笑って、その数えた指を改めて見つめた。
    「……もう五年、まだ五年……ロイの反乱から、怒涛の五年間だったなあ」
     ロイの反乱から二年でケインが蜂起し、なおかつそれを鎮めてイーサンを逮捕した後にアレックスが一年間の研修を終えた。そこからさらにしばらく経つ。ソルは、しみじみとした気持ちで缶コーヒーを開けた。その隣で、ずっと胡乱な顔をしてブラッドを眺めていたキースが眉を寄せる。
    「……だからって、そいつは様子が変わりすぎじゃないか? ブラッドと言ったらあいつだろう、考えなしにランチャーの前に飛び出してアレックスに回収されてきた脳筋」
    「ぐ」
     思わず噎せたブラッドにキースは畳み掛ける。
    「アンドロイドと違って人間は識別コードも出せないし、同一人物だとはとても思えないな。どこかで別人と入れ替わってないか? 俺が『ブラッド』という名前で知っている男は、もっと擦れてひねくれていたが。あれがそんな短期間でここまで能天気になるか?」
     キースは、ソルが少年の頃に弟妹が観ていた古いアニメに出てくる黄色いクマのような顔をしてじろじろブラッドを見ている。隣のダークに背をさすられて復活したブラッドはキースに言い返した。
    「言うほどオレのこと知らねえだろ! 二、三回顔見たかどうかでそこまで言うか」
     ブラッドが言い返しても、キースはつーんとそっぽを向いている。ソルは苦笑交じりに間へ入った。
    「でも、雰囲気はずいぶん変わったよな。元気そうで安心したよ」
    「ソルさん……」
     その節はご心配おかけしました、とブラッドはその場で頭を下げた。その声に芯が通っていることや、頭・上半身を上げ下げする動作に淀みがないのを見て、ソルは温かな気持ちで目を細める。
     療養のため帰郷したブラッドが昏睡状態に陥ったことも、その後の昏睡から目を覚ましたという報も、エンドーを通じて極北支部のソルの耳に届いていた。キースと一緒に町へ着く頃にはまだリハビリ中だろうか、病院への見舞いになるかと思っていたから、山道で会えたのもこうして一緒に出歩けるのも嬉しい誤算だ。
     ソルは、香りも楽しみつつ缶コーヒーを飲みながら訊ねる。
    「腕の調子はどうだ? 新しい義手になったのか」
    「おう! ランベルさんたちが、自警団仕様の義手を新しく造ってくれてよ。それに、ダークもいてくれるし……今はもう、薬で眠らなくても平気だ」
     ブラッドは右肩をぐるぐる回して、それでソルにも義手の接続が良好だと分かる。ダークの隣で元気に笑うブラッドの姿は、いつかソルが願った平和のかたちそのものだ。
     ソルはダークにも水を向けた。
    「ダークくんから見て、今のブラッドはどうだ? 前と、何か変わったか?」
     ブラッドが心なしかドキッとした顔をして、その隣の席でダークがくつくつと笑う。
    「そうだな……少しは、慎重になったかもしれないな。きっと、成長というやつだろう」
     ダークはほのかに目を細めた。
    「それでも、前と同じように笑ってくれる。平和になって、ブラッドが回復して良かった」
     当のブラッドは隣でむずがゆそうにしているが、ダークは心底からの言葉なのだろう、堂々としたものだ。
     やがて、ブラッドとソルがコーヒーを飲み終わって、一行は席を立つとコーヒーショップを後にした。アンドロイドのダークが未開栓の缶をジャケットの内側に入れたのを見て、キースがまた首を傾げる。
    「飲まないのに、何故受け取ったんだ」
    「受け取ること、渡すことに意味があるのさ。コミュニケーションのひとつだからな」
     ダークがそう答えると、キースはまだ不思議そうな顔をしながらも、ダークに倣って自分の缶コーヒーを懐にしまった。その後、ソルたちが乗ってきた車をダークが運転して町を回る。
    「どこか、行きたい場所はあるかい、アニさん方?」
     運転席のダークに尋ねられ、ソルは後部座席で顎をつまんだ。
    「そうだな……休憩したら小腹が減ってきた気がするから、何かおすすめのスイーツがあれば食べたいな」
    「それなら、街道沿いのカフェがいいんじゃないか。ブラッドもよく行ってるだろう」
     そう言ってダークはアクセルを踏み、二人と二機が乗った車は、より人通りの多いほうへと繰り出した。


     人間たちがカフェで飲食する間、アンドロイドの二機はカフェの少し先にあるモールで過ごすことにした。スポーツやゲームができるフロアもあるし、服屋も本屋もある。食事が終われば、ブラッドがソルを案内してくる予定だ。
     別行動の分かれ際にブラッドがまごついていたのが引っかかったが、キースはモールのアクティビティフロアに着くと早速ダークに尋ねた。
    「乱暴にされてはいないか、損傷箇所は」
     キースの視線がダークの機体を上から下まで滑る。ダークは苦笑して両腕をゆるく広げ、キースの簡易スキャンに応じた。
    「大丈夫だ。……俺を心配してくれるんだな」
    「……」
     簡易スキャンの結果、ダークの機体がきちんと整備されているのを確認したキースは、少し目を逸らしてからぼそりと言った。
    「……俺は、あらゆるアンドロイドの自由を願っている。それに、奴がアンドロイドを何体も壊していたのを知っているからな」
    「そうだな……あの頃のブラッドを知ってるなら、俺が心配されるのも道理だ。でも、大丈夫だぜ、本当に」
     ブラッドを妙に疑った形となって気まずいキースを、道理だとあっさり流したダークは、胸元から自警団の支給端末を出して何か操作した。アンドロイド同士の通信ができないのか制限されているのか、どちらにしろ、ハッキングされては元も子もない自警団のアンドロイドであれば納得の仕草だ。スタンドアロン機のアレックスも、通信には別端末を使うなどしていた。
     そう考えながらキースはダークの操作を待って、端末経由でダークのログを受け取った。そのログには、たとえば二人ですぐに酔漢を取り押さえるところだったり、休日にちょうどこのモールへ訪れて一緒に服を選ぶところだったりと、ブラッドとダークの日常が記録されている。また、ログ内のブラッドの様子やデータの解像度を見るに、旧型のログもいくつか入っているようだった。
     旧型分のログも、新型分のログと変わらず、この町で過ごした平和で仲の良い日常が記録されている。新旧含め、日常のワンシーンいくつか分のログを数秒で閲覧したキースは、伏せていた瞼を上げながら言った。
    「……そうか。お前自身が、それでいいなら、いいんだ。俺が心配する必要はなかったな」
     顔を上げたキースは、それはそれとして、と小さく鼻を鳴らす。
    「さっき、分かれ際のあいつの煮え切らない態度はなんなんだ」
    「あー……」
     しっかり心当たりのあるダークは、眉尻を下げて苦笑した。先に人間たちをカフェに下ろすとき、ブラッドはキースやソルとダークを見比べながら歯切れ悪く何か言いかけていたのだ。結局は、また後で、とだけの月並みなやり取りになったが、見比べられたキースにとっては、引っかかる視線だったのだろう。
     ダークは言葉を選びながら答えた。
    「……なんというか、まだ完全に平和に馴染んではいないんだ。キースアニさんに限らず、俺が他のアンドロイドと行動するのが少し怖いみたいでな」
     最初の俺を壊したのがアンドロイドだったから、とダークは付け足した。キースだけでなく、自警団後輩のレニと行動するときもかつては同様だったこと、そちらは時間とともに解消されたこともダークは伝えて、最後にキースへ頭を下げた。
    「不快にさせてすまない。元はと言えば、最初に俺が不覚を取ったのが原因だから、ブラッドのことは責めないでやってくれ。……いつか、ブラッドの芯まで平和が根づくようになったら、こんなこともなくなるだろう」
    「……」
     キースは少しの間ダークを見て、それから小さく息をついた。
    「……分かった」
     その声で、ダークが顔を上げる。キースは続けた。
    「それなら、俺が口を出す相手はブラッドではないな。……警察補助、準戦闘型のアンドロイドでは限度もあるだろうが、二度目がないよう精々励め」
    「はは、耳が痛いが、言ってくれるじゃねえか。それじゃひとつお手合わせ願おうか、エアホッケーもパンチングマシーンもあるぜ」
     モールにも通い慣れた様子のダークは、キースをゲームコーナーへ誘う。キースはその誘いに乗って、ダークと一緒にパンチングマシーンの前に並んだ。


     その頃、ソルとブラッドは、件のカフェでパンケーキを待っていた。ダークとキースがモールへ向かってすぐのうちは何だか落ち着かない様子だったブラッドも、カフェでメニューを選んでいるうちに調子が戻ってきた。注文を終えて、ソルは笑いながら問いかける。
    「ポイントカード持ってるってことは、ブラッドもよくパンケーキを食べるんだな。もしかして元からそうだったのか?」
    「そう……すね、こっちにいた頃は、よく食ってたっす。義手になってから、ナイフもフォークも面倒になっちまって遠退いてたんすけど」
     今はけっこう慣れたかな、と、そう言いながらブラッドは胸元のペンダントに触れた。技術の発達やランベルの微調整、ブラッド自身もじっくりリハビリに取り組んだこともあって、今はカトラリーの扱いもアクセサリーの取り付けも自由自在なのだそうだ。ソルの知っているブラッドがペンダントをしていなかったことや、カトラリーを軋ませてパンケーキを食べていたことを思い出し、ソルは嬉しくなって笑った。
    「そうか、それなら安心だな。また今度、俺もおすすめの店を教えるよ。旅行の予定があったら言ってくれ」
    「うす! ……そうだ、アレックスとも似たような約束をしたんだよな……雪がなくなったら、計画立ててみます」
     話しているうちにそれぞれの注文したパンケーキが運ばれてきて、二人は焼きたてのパンケーキに舌鼓を打つ。半分ほど食べたところで、ブラッドがソルに尋ねた。
    「他は、どっか行きたいとこあります? 観光スポットとか、夕飯はどこの店がいいとか」
    「そうだな……星がよく見えるところがあれば、夜はそこに行きたいな。キースは星が好きなんだ」
    「星……んじゃ、夕飯はどっかでテイクアウトして見ながら食べるのがいいすかね。ホットドッグとか」
     そんでちょっと山を登れば、とブラッドは続けた。元々が田舎なので、少し人里を離れればすぐ夜空が綺麗に見えるという。ブラッドとダークも、時々二輪を飛ばしてそこで星を見るそうだ。
     それは楽しみだ、とソルがまた笑って、パンケーキへさらにナイフを入れる。ブラッドもまた自分のパンケーキを一口切り分けて、それから口を開いた。
    「キースっていえば……あいつも、機体がちゃんと見つかったんだな。良かったですね」
    「ああ。大変だったけどなあ……極北支部から、さらに海の方まで出てパーツを探したんだぜ」
    「そりゃすげえ、あっちはもっと寒いでしょうに」
     目を丸くするブラッドがドリンクを飲んだ後で、ソルもドリンクを片手に何気なく尋ねる。
    「ダークくんや、自警団の人たちとはうまくやれてるのか? 自分で言うのも何だが、K.G.Dの捜査課じゃ、俺たちはずいぶん遠巻きにされてたろ」
    「そんなこともあったなあ……でも、ダークが帰ってきてからは、昔に戻ったみたいな感じだぜ」
     いつぞやのことを思い出して苦笑し合った二人だったが、ブラッドはすぐに目元を緩めた。
    「つっても、オレもダークも、自警団のみんなだって、昔と変わったところはたくさんあって……でも、それもお互いの一部なんだって、新しいところをちょっとずつ知っていってる。昔は、ダークが介護型になったのが許せなかったりしたけど……今は、新しい型のダークとも、楽しくやってるぜ」
     一緒に料理ができるようになった、とブラッドは嬉しそうに笑った。GB型の頃は、そのようなプログラムは入っていなかったが、今のGA型はDA型のログと機能も受け継いでいるため、料理や介助もできるのだとか。ブラッドもまた、義手での調理に慣れてきたそうだ。
    「そうか、料理を始めたのか。新しい趣味になりそうか?」
    「うす! ちょっとずつレパートリーも増やして……うまくできたら、自警団のみんなにもお裾分けしてんだ」
     ブラッドがにぱにぱと笑って、ソルも相槌を打ちながら和やかに笑い返す。それから二人は食事を再開した。パンケーキとドリンクに改めて口をつけ、他愛ない話をしながら食事を終える。
     その後、二人はモールのアクティビティフロアでダークとキースとも合流して、ついでに二対二でエアホッケーをしてから再び出発した。
     ソルとブラッドがパンケーキを食べている時間をアクティビティフロアで過ごしていた二機は、様々なゲームで対戦して案外打ち解けたようだ。合流したときにはずいぶん親しげになっていた。
     そこからまたダークの運転で、そして今度はキースが助手席に座って、人間たちの夕飯を買いに行く。後部座席で膝の上にホットドッグのテイクアウトセットを抱えた二人を乗せ、車は町を出て山を登った。
     途中の展望台から町を一望して、それからもう少し上のほうまで登って町の反対側へ出る。すると、ささやかな自然公園とキャンプ場があって、なるほど綺麗に星が見えそうな空が広がっていた。
     ソルとブラッドは自然公園のベンチに座って、まだ暗くなりきらないうちにピクニック気分でホットドッグの夕飯を済ませる。それから、あたたかな缶コーヒーで手を温めた。
    「ホットドッグを食べると、エンドーさんのことを思い出すなあ」
    「ですね。オレも、長官にホットドッグもらったことあります」
     穏やかに話している二人の口元には白い息が漂い、公園の端には、まだいくらか雪が残っている。だがアンドロイドは、温度センサこそ内蔵されていても、その温度を暑いだの寒いだのとは感じない。公園の真ん中に立ち、ひらけた空の中心を見つめているキースは、雪を撫でた冷たい風が木々を揺らしても微動だにしなかった。
     そのキースに、車内のドリンクウォーマーで温められたコーヒーの缶が差し出される。車のほうから近づいてくる足音を察して振り向いたキースは、眉を少し八の字にしながらもダークから缶を受け取った。
    「あったまるぜ」
    「アンドロイドには不要だろう……」
    「不要なものを楽しんでこそ、贅沢ってやつなのさ」
     ダークはくつくつ喉の奥で笑って、缶コーヒーを大きな手の中で転がす。末端パーツである手足の温度が多少変わったくらいでは、アンドロイドの機構や駆動に影響はない。だが、人と触れ合う機会が多いのであれば、手を温めておくと都合がいいこともある。
    「町の人に手を差し出すとき、外装が冷えてると相手を飛び上がらせちまうからな。特に、こんな雪国じゃあ、思ってるより自分の表面が冷たいってのも珍しくない」
    「……なるほど」
     ウェルズの店で買ってから時間は経っているが、自動車内のドリンクウォーマーで保温された缶は買ったときと変わらず温かい。キースは、その温度を自分の手へ移すように何度かゆるく缶を握った。
     そうしてキースが手元へ視線を落としていると、ベンチのほうからソルの弾んだ声が上がる。
    「お、一番星! 暗くなってきたし、これからってとこか?」
    「そうすね、もうちょい夜になれば、空いっぱいになりますよ」
     声につられてキースが空を見上げると、夕の赤みが去った夜の空に、まばゆい星が一つ鮮やかに輝いている。キースはその一つ星と、周囲に続々と光り始める星々とを見上げて、そっと目を細めた。


     その翌日、ソルとキースは二人でゆっくり町の観光をした。前日にブラッドたちから聞いた観光名所や美味い店、キースと一緒に楽しめるアクティビティなどを片っ端から回って、仕事中のブラッドや他の自警団メンバーのパトロールとも時々すれ違いながら町を満喫する。それから、町の民宿で一晩ぐっすり眠ると、翌日の昼食をブラッドと一緒に食べてから町を出発した。
     ソルの運転する車は、キースといくらかの土産物を乗せて山道へと入る。来るときに雪で塞がれていた道は、もう除雪されて復旧しているらしい。ソルたちは町を抜けてさらに南へ向かうから、北方面へ向かうその道へは戻らないけれども、それでも復旧や復興というのは良い知らせだ。
     ソルが鼻歌まじりに運転していると、山々の隙間から町を振り向いてキースが言った。
    「……あいつは、もうK.G.Dには戻ってこないのか?」
    「ああ、元々、自警団の一員だからな。K.G.Dには、一時的に移籍してただけさ」
     キースが誰のことを言っているのかすぐに察して、ソルは何でもないことのようにあっさり答える。キースは助手席に座り直し、ソルの様子を一瞥すると問いを重ねた。
    「お前は、惜しくないのか」
    「……」
     ソルは運転席で少し苦笑して、それから言葉を選び選び答えた。
    「……まあ、少し、寂しい気はするけど……。俺たちが、良い思い出だけの仲間じゃなかったのは確かだから」
     かといって、悪い思い出だけの関係でもないけれど。それでも元はといえば、怒りと悲しみで繋がった仲間だ。だからきっと、会うたびにいくらかの傷痕を掘り起こしてしまう。忘れたい傷痕ばかりではないから、それもけして悪いことではないにしても、懐古ばかりでは時間がもったいない。懐古よりも、新しい明日へ進んでいってほしい。特に、幸運にも戦乱の前の幸せを取り戻すことができたブラッドには。
     そう言って、ソルは山道のハンドルを切りながら笑った。
    「ブラッドにとってこの町が大切なら、そこへ戻れたのは良いことだろ? ……それに、俺にも、新しい友人がいるからな」
     寂しがってる暇なんてないさ、とソルはフロントガラス越しに空を見て、それから南へとアクセルを踏んだ。K.G.D本部へ戻ったら、極北支部からの異動手続きをして、今度は、キースと一緒に捜査課へ移るつもりだ。捜査課にはアレックスもいるから、今日のブラッドの話をしてやろう。
     しかし、キースは不満げな顔で口を挟んだ。
    「おいソル、K.G.Dに入るなんて、俺は一言も言っていないぞ」
    「入らないのか⁉ K.G.Dほど軍用アンドロイドの特性が活かせる職場なんてそうそうないぞ」
     てっきりキースと一緒にこれからの道を歩んでいくものと思っていたソルは、驚いてミラー越しにキースを見た。そのキースは、喉パーツの奥でぐうと唸って顔をしかめる。
    「……確かに、軍用アンドロイドとしては……しかし、俺は誰かを取り締まるつもりは……」
     行き場のないアンドロイドや困っているアンドロイドの手助けがしたい、K.G.Dでそれができるのか見当がつかない、などをぶつぶつ言っているキースを横目に、ソルは笑ってハンドルを握り直した。
    「……まあ、ゆっくり考えたらいいさ! 大丈夫、きっと見つかるよ。誰もがキースらしいって思う、そんな道が」
     自警団みたいに市民と身近な仕事がいいなら、K.G.Dにも屯所勤務の班があるから見学させてもらおう。あるいは、市民役所や相談所などの仕事を紹介してもらったり、自分たちで何でも屋のような仕事を立ち上げたりするのもいいかもしれない。
     ソルがそうした提案を口にすると、キースも今度はおとなしく傾聴して、ふむ、と真摯に思案顔だ。その様子は、かつて対立していた頃からは考えられない姿でもある。
     かつては、アンドロイドと和解なんてできるはずもないと思っていた。けれども、今はこうして、同じ車に乗って同じ場所を目指している。そしてこれからの道も、ずっと並んで行くのだろう。一緒に前を向いて歩く、そんな道を。
     一方で、これまでのソルの道には、たくさんの困難や壁、谷、回り道があった。憎しみの沼に嵌まったこともあるし、正しい道が分からずに堂々巡りをしたこともある。決して正しいことや誇れることばかりではなかったけれども、それでも、あの戦いを乗り越えて今、これからキースと歩いていく平和な日々は、これまでのソルが選んできた道の続きなのだ。
     ソルは、山あいの坂道でアクセルを踏みながら小さく呟いた。
    「……俺は、もう見つけ出していたんだなぁ」
     誰もがソルらしいと思う、そんな場所を。
     だからきっと、ソルはもう間違わないし、一人で沼に嵌まって沈むこともない。助手席で思案に耽っていたキースがソルの声に気づいて、何か言ったか、と瞬きをしたが、ソルは何でもないぜと笑った。
     車窓の外、山麓の尾根にまだ少し雪は残っているけれども、その雪の合間からは、野生のニリンソウが顔を出している。南も春も、もう近い。

     今日はいい日だ。
     ソルとキースの乗った車が、山々の中へ小さくなっていく。ブラッドとダークは、町はずれの山の中腹までバイクを飛ばして、展望デッキからその姿を見送っていた。
     彼らの車が見えなくなっても、しばらくそこから山々を見ていたブラッドは、やがて展望デッキの柵の前で伸びをする。
    「んん~じゃ、町へ戻るかぁ……今日は、昼寝してから事務所だな」
    「んにゃっ!」
     ブラッドのライダースジャケットの首元から頭を出した子猫が、元気よく鳴いて返事をした。冬場は家の中で丸くなっていることが多いが、今日のような日差しの暖かい日は、子猫のにゃこもブラッドと一緒に出かけるのだった。
     この子猫は、ブラッドの実家にいるふくよかな母猫の子どもだ。ブラッドが退院してからしばらく実家で過ごしている間で随分と懐いたものだから、ブラッドは実家を出る際、改めて一人と一機、そして一匹が住める家を探して自宅と定めたのだった。
     バイクで山を下り、ダークとにゃこと一緒にその自宅まで戻ったブラッドは、予定通り昼寝をしてから夕方に自警団へ顔を出した。かつてのGB型は自警団本部を拠点としていたが、今のGA型は、DA型から引き続き搭載されている介護機能を十全に活かしながらブラッドと一緒に暮らしている。ブラッドとダークが揃って顔を出すと、入れ替わりで退勤となるシフトのユアンとギャレンが同時に報告書から顔を上げた。
    「おはよ、ブラッド、ダーク!」
    「ソルさんたちは、今日出発だっけ。見送りに行ってたの?」
    「おうっ! この町も楽しんでくれたみたいでよ、笑って出発してくれたぜ」
     和気藹々と挨拶を交わして、それからブラッドとダークはロッカーでジャケットを着替えた。今日のブラッドのシフトは、夕方から夜半までとなっている。要するに夜勤だ。過眠症も改善されたブラッドは、自警団のシフトにも柔軟に対応していた。
     しばらくして、報告書を書き終えたユアンとギャレンが退勤していき、町もとっぷり日が暮れる。やがて、いくらか夜が更けてから、ブラッドとダークもパトロールに向かった。昼過ぎからシフトに入っていたレニとヨナ、それから肩の上にはにゃこも一緒だ。
     その後輩コンビと連れ立って町の見回りをする途中、ヨナがふと口を開いた。
    「そういえば……この前は、俺は仕事中だったけど……。俺も、ソルさんと話してみたい、な……。このガジェットが、開発されるきっかけになった人……なんですよね……?」
     ヨナがブラッドを見て小首を傾げ、ブラッドは、そうだぜ、と歩きながら頷いた。
    「K.G.Dで、捜査課から解析課に移ったソルさんが、ADAMの腕からウィルス治療プログラムを解析して……他の研究班の人たちも巻き込んで、世界中でウィルス治療プログラムが使えるようにって、すっげー頑張ってたんだ」
     自警団に入ったヨナの両腕には、クローザや以前のブラッドと同じように籠手型のガジェットが装着されている。ただ、先述の二人や他の自警団メンバーのガジェットと一線を画すのは、接続した機器を修復・治療する機能を持つという点だ。
     以前、ダークが自警団の計器と自分とを繋いでジャミング修復をしたことがあるが、ヨナのガジェットでもそういった修復ができるほか、ADAMのプログラムを応用することで、理論上はあらゆる電子ウィルスの除去・治療ができるように設計されている。これらの機能は、既に世界中へ広がっていた。
     今はもうイーサンも逮捕されて、彼が開発した暴走ウィルスが広まる心配はないが、その上でこれから先、誰がいつどこでどんなウィルスを作り出そうともすぐに治療してみせる、という意志が、ADAMの治療プログラムと一緒に世界へ広まっているのだ。ブラッドもまた瞬きをして、ソルさんも知ってたらヨナと話してみたかったかもなあと夜空を見上げた。
     二人の会話を聞いていたレニが、しばらくデータを遡ってから提案する。
    「……では、我々で今度の全国講習に参加してみますか? 二人一組、バディ単位での参加ですし、シフトや他の参加希望者がいないかなど、皆で相談して、になりますが」
     開催地が開催地ですし、研修と休暇を組み合わせて観光や会食をして帰るのも良いのでは、とレニは微笑む。春加入の新人たちも少しは職務に慣れてきただろう初夏の頃に、警察関連機関の新人とその教育担当者向けに講習会が行われるのだ。地方会場と首都会場があるが、首都会場のほうで受講すれば、そのついでにソルたちとも会えるかもしれない。
     ダークもその講習告知を思い出しながら笑った。
    「成程な、いいんじゃねえか? 確か、ブラッドも都市のほうで約束があるとか言ってたろう。せっかくだ、皆で顔合わせと行こうぜ」
    「そうか、講習ってのがあったなぁ……パトロールと報告書が終わったら、みんなで参加希望出すかぁ」
     ブラッドが感心して息をつくと、その吐息がうっすら白くなって夜闇に溶けていった。そこでふと、ブラッドは肩の上のにゃこを見る。
     日中はいくらか春の気配も強くなってきたが、夜ともなればまだ冷える。町のパトロールにもついてきたにゃこは、ブラッドの肩の上で寒くはないだろうか? そう思ったブラッドが仔猫を懐へ入れてやろうと義手を伸ばすと、にゃこは、ん゛に゛ゃ゛ー‼と毛を逆立ててダークの二の腕に飛び移った。
     自警団のジャケットをわしわし登って肩まで来た仔猫の姿に、同じ講習を自分が受けたときのことを後輩たちへ話していたダークが目を丸くする。
    「にゃこ? おいおい、どうしたってんだ」
     ダークの肩でわおわお鳴いて何事か文句を言ったにゃこはしかし、ブラッドがちょっと眉を下げて手を引っ込めるとすぐに、自らブラッドの胸元へ潜り込んだ。一連の流れを見ていたヨナが少し笑う。
    「義手が冷たい、って……分かってるんじゃない、かな。にゃこは、賢いから……」
    「あー、そっか……今まで、義手の温度なんか気にしてなかったからつい忘れちまうぜ。ごめんな、にゃこ」
    「にゃぁ」
     ブラッドのジャケットからぴょこんと顔を出したにゃこがご機嫌で一鳴きして、ブラッドは少し笑ってから義手の手のひらを自分の首筋に当てた。駆動中とはいえ外気に晒された板金は、確かにひやりと冷たい。ブラッド自身がそれで困ることはないが、にゃこや町の人たちとの交流を考えると、冷たくないに越したことはないだろう。
     義手を首筋から離し、どうすっかな、と呟いたブラッドに、レニが笑って提案する。
    「温かいものを手に持つと、板金にも温度が移りますよ。熱いコーヒーなんて、いかがです?」


     町をくまなく回るパトロールでは、当然ウェルズのいるコーヒーショップも通過する。夜遅くまで遊んでいる子どもや怪しい大人はいないか、日中に融けた雪の再凍結で困っている人はいないか、町を見回りながらコーヒーショップのある通りまでやってきた二人と二機は、窓口のウェルズから缶コーヒーを一本ずつ購入した。
     今日はこれで店仕舞い、と笑ったウェルズは、閉店の作業をしながら陽気にブラッドたちへ話しかける。
    「そうそう、この前ブラッドさんたちと一緒に来てくれた、旅行の兄さんたちがいたろ? 今朝、うちにもまた買いに来てくれたぜ。まだしばらく旅があるとかで、缶コーヒーをちょっと多めに買ってってくれたんだ」
     店の味を気に入ってくれたみたいで嬉しいぜ、とウェルズが笑う。幼馴染みとしてウェルズ親子と店とをずっと見ていたヨナも、相槌を打ちながら嬉しそうだ。
     やがて作業を終えたウェルズは店舗のシャッターを下ろして鍵をかけ、防寒着とボディバッグを身につけて外へ出てきた。そのウェルズは、飲みかけの缶を持っているヨナとブラッド、未開栓の缶を握っているレニとダークを順番に眺めてから、すすす、とダークの背中側へ回ってくる。
     ウェルズの幼馴染みであるヨナと、そのバディのレニは、二人で空中にマップを表示してここから先のパトロール経路を確認している。てっきり幼馴染みにでも一声かけるのかと思っていたダークが、なんだなんだ、とウェルズを振り向くと、ウェルズは声を潜めてダークに尋ねた。
    「あのよー……もしかしてコーヒー、迷惑だったりするか? 差し入れなら、バッテリーか何かのほうがいいのかな……?」
     この店のコーヒーにいつも世話になっているダークは、目を丸くしてウェルズを見た。そのウェルズは顔をくしゃっとさせて早口に言う。
    「オレらが子どもの頃は気を遣って受け取ってくれてたかもしんないけど、今はもう大丈夫だから!」
     それよりもちゃんと気持ちの伝わる差し入れがしたい、とウェルズは言って、ヘアバンドで留めた髪を少し掻き回した。
    「レニもいるし、差し入れはちゃんと考えなきゃって思うんだけど、でもレニもヨナも笑ってコーヒー受け取ってくれるからさー……」
     もごもごと珍しく言い淀むウェルズに、ダークは思わず目を細めて微笑む。幼いウェルズたちは、純粋な応援の気持ちからアンドロイドにもコーヒーを手渡してくれていた。ダークはそれで十分嬉しかったが、こんなふうに渡す相手のことを考えて悩むのも、ウェルズの成長の証だろう。
     ダークは、初めて缶コーヒーを受け取った日のことを思い出しながら、一言ひとこと大切に答えた。
    「迷惑だなんて、一度も思ったことはねえさ。仲間たちと過ごす、大切な時間だったぜ」
    「!」
     くしゃくしゃになっていたウェルズの表情がぱっと晴れて、つられてダークの目元も緩む。ダークは、まだ温度を保っている缶をウェルズに見せながら言った。
    「アンドロイドだからな、飲めるわけじゃねえが、手のセンサーで温度は分かるから」
     人間と変わらぬ見目をした自警団のアンドロイドは、ブラッドの隣でそう言って微笑み、大きな手でゆっくり包み込むように缶を握った。だからこれからも変わらずに宜しく頼む、とダークは柔らかに目を細め、それを聞いたウェルズが嬉しそうに誇らしそうに笑う。その様子を静かに見ていたブラッドもまた、自身の義手で缶コーヒーを握った。
     機械の手にもじんわり伝わるその温度は、ウェルズたち町の人々が自警団へ向ける気持ちだ。そして、ダークたち鋼の機体を持つ者が、町の人々を思う温度でもある。
     不意にそれを実感したブラッドは、これまで使ってきたいくつかの義手と、それらと共に歩んだ道筋を振り返り、そっと息をついた。
     選んできた道は、ときには取り返しのつかない間違いにすら思えたけれども、それでも今この場所へ、この瞬間へ繋がっていたのだ。生身の腕のままでは、飲まずとも缶コーヒーを受け取るダークの気持ちを、こんなふうに知ることはなかっただろう。



     今日は、そして明日も、きっといい日だ。
    浅瀬屋 Link Message Mute
    2024/01/14 16:57:04

    エピローグ

    『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
    web版 エピローグです。

    紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
    (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

    #DA-190 #サイバネ2

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    • DA-190 SS集24/1/12 SS「Fluorescent Oil」追加しました。

      ミラフェス32内 一魂祭 (神速プチ)新刊
      『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 SS集です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)



      ※支部に投稿していたSSのまとめです。
      CP要素はほんのり。読んだ人が好きなふうに解釈してもらって大丈夫です。
      ただし全然幸せじゃない。しんどみが強い。

       サイバネ・ブラッドくんとアンドロイドの話。
       ブラッドくんの欠損・痛覚描写、アンドロイドの破壊描写有り。
       細かい設定の齟齬は気にしない方向で1つ。

      #サイバネ2  #DA-190
      浅瀬屋
    • DA-190 自警団編24/1/12
      『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 自警団編です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      DA-190短編集再録その2。過去編(自警団編)2本です。

      ・もしもその声に触れられたなら
       支部からの再録。ブラッドが相棒と両腕を失った日
       ※捏造自警団メンバー(彩パレW)あり。お察しの通りしんどい。

      ・ひとしずく甘く
       べったーからの再録。平和だったころのある日、ブラッドと相棒のバレンタイン。
       ※ほっこり系。恋愛色強めだけど左右までは言及なし。曖昧なままで大丈夫なら曖昧なまま、左右決めたいなら各自で自カプ変換して読んでください

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • あとがき/ノートあとがき、プラス裏話集。あそこのあれはどういう意図で選んだとか、このときこんなことがあって大変だったとか。
      2P以降の裏話はネタバレとか小ネタ解説とか浅瀬屋の解釈とかなので、読むならご自身の解釈の邪魔にならないタイミングが良いかも。

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 人物一覧『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 人物一覧です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 幕間-ダーク編『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 幕間(ダーク編)です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 幕間-クローン編『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 幕間(クローン編)です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 第Ⅲ章-揺れ動く人々『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 第Ⅲ章です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 第Ⅱ章-平和を掴むために『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 第Ⅱ章です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • 第Ⅰ章-集いし者たち『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 第Ⅰ章です。

      紙版は2024/1/28 ミラフェス 東4ホール・コ44b 『浅瀬屋』で頒布予定です。
      (A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき 会場頒布価格:3000円)

      #DA-190 #サイバネ2
      浅瀬屋
    • プロローグミラフェス32内 一魂祭 (神速プチ)新刊
      『人機黎明闘争 Cybernetics Wars ブラッド異聞 DA-190』
      web版 前書き・プロローグです。

      製本版:A5判2段組 244ページ(背幅14ミリ)しおり紐2本つき
      通販→https://www.b2-online.jp/folio/19012500006/002/
      全文webにアップ済ですので、お手元に紙が欲しい方は上記FOLIOへどうぞ!


      #DA-190 #サイバネ2 #一魂祭 #MIRACLEFESTIV@L!!32
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