こんなはずでは 4ロナルドが慌ててギルドを出ると、ドラルクはさっさと事務所の方向へ歩き出していた。
涙で腫れぼったい目に冷たい夜風が気持ちいい。
どうやらここ数日でかなり精神的に追い詰められていたらしい。我ながら、いくらなんでも大の男が人前で泣くのはどうかと思う。
あの二人にも悪いことをした。
おそらくショットかサテツに呼び出されたのだろう。ドラルクにもまた迷惑をかけてしまった。
今晩、ドラルクはたしかオータムで缶詰と言っていたはずだ。こんなに早く原稿があがったのか、それともやはり方便だったのだろうか。
ロナルドはヒラヒラとマントの裾をはためかせながら前を歩く吸血鬼に駆け寄った。
「迷惑かけて悪い…」
隣に並ぶのは憚られて、少し後ろから蚊の鳴くような声でそう言うと、ドラルクはこちらをちらりと一瞥して肩を竦めた。
「まったくだよ、この5歳児め。ちょうど脱稿したところでフクマさんに送ってもらえたからよかったものの…号泣してママをお迎えに呼び出すなんて、今日び保育園児でもやらんだろうね」
ぐうの音も出ない。
肩を落として黙り込んでしまったロナルドを流石に不憫に思ってか、「後で彼らにも謝っておきたまえよ」と言ったきりドラルクからそれ以上の追撃はなかった。
ロナルドはいつも通りに口をきいてくれるドラルクの態度に一安心しつつも、彼の真意がわからず戸惑っていた。
元々ロナルドは例の催眠についてはボカしつつセクハラの件だけを謝るつもりだった。ましてや自分の気持ちを告げる気など毛頭なかった。
しかし既にドラルクは例の催眠のことを知っているらしい。
ということは、ロナルドがどういう心理からああした行動に及んだのかも察しているはずだ。
最近避けられていたのもきっとそのせいだ。
なのに、今こうして普通に接してくれるのはどういうわけだろう。
もしかして、もしかしたら。
最悪の可能性が脳裏に浮かび、ロナルドの顔からザッと血の気がひいた。
もしかしたら、彼は今日を最後に出ていくつもりではないか?最後くらいと情けをかけて、二人の空気が気まずくならないように知らんぷりを決め込んでいるのではないのか?
帰宅して自分にいつも通り夜食を振る舞い、部屋を整え、明日自分が目を覚ました時には姿を消している算段なのではないか?
そう考えれば全て合点が行く気がした。
目の前が真っ暗になった。
事務所に帰り着き、ドラルクは大きく伸びをした。
「やれやれ、缶詰原稿からゴリラのお迎えとは。いい運動にはなったが、ギルドがもう少し遠かったら歩き疲れて死ぬところだったよ。ロナルドくんは先にシャワーでその汚い顔を…って何でまた泣いてんの!?」
遅れて事務所のドアをくぐった同居人を振り返ると、彼は滔々と滝のような涙を流して立ち尽くしていた。
腕の中のジョンもあんぐりと口を開けている。
「うう…ズビッ…ううう…」
「どうしたのほんとなんなの今日は!君本当に5歳児にでもなっちゃったの!?」
「どらこ…ごめん…謝るから…出ていくなんて言うなよ…ズズッ…」
顔をくしゃくしゃにして涙を流しながら意味のわからないことを言う。右手に握られたドラルクのチーフは再起不能なほどぐしょぐしょになっていた。
「いや別に誰も出ていくなんて言っていないのだが!話が飛びすぎてて意味不明だ君何かキメてるのか!?」
ニュードラルクキャッスルの建設資金も貯まっていないし、オータムの仕事も入っている。来週には新作クソゲーもここに届くし、今のところ全く転居の予定はない。身に覚えのないことで引き止められても困る。
ドラルクの返事を聞いて、ロナルドの顔が少し明るくなった。
「ほんとか?グスッ…ほんとに出ていかないか?」
「行かないってば。なんで突然そんな話になったの。まあまた自己肯定感海抜0メートルドくんがなんか拗らせたんだろうとは想像がつくが…」
面倒臭すぎて砂になりたい気持ちを奮い立たせ、ドラルクは「とにかくシャワーを浴びてさっぱりしてこい、話は後で聞いてやるから」と告げ、ロナルドは素直にそれに従ってバスルームに行った。
シャワーを浴びてほかほかになったロナルドは、普段通りに供された温かい夜食でいくらか元気を取り戻した。
今日は疲れたからさっと作れるものだけだぞ、と不本意そうにドラルクは言ったが、数日ぶりの出来立ての食事は十分なご馳走だった。
「はあ…腹一杯…」
「そいつはよかった」
夜食を平らげてロナルドが食器を洗っていると、ドラルクがジョンの寝かしつけを終えて戻ってきた。
いつの間にかシャワーも既に済ませていたらしい。自分の前で前髪を下ろして楽な格好をしているのを見ると、なんとなく本当に出ていく気はないんだろうという気がして、ロナルドの心は少し軽くなった。
「それで?」
ロナルドが洗った食器を水切りカゴに入れ終えるのを待って、ドラルクは聞いた。
「なんであんなことになったんだね?ていうか出て行くって何」
いつも以上に瞼を下げて、呆れたような怒ったような顔でドラルクがロナルドを見ている。
ロナルドは申し訳ないやら情けないやらで肩をそびやかして小さくなった。
どこから説明すればいいのだろうか。どこまで説明してもいいのだろうか。
俯いてもごもごと口を動かすだけのロナルドに苛ついたか、ドラルクの右眉が跳ね上がった。
無言でロナルドの脇を通り過ぎて冷蔵庫を開け、牛乳を取り出す。それをグラスになみなみと注いで一気に飲み干すと、ドラルクは長々と深いため息をついた。
「どうせこの間私の胸を揉んだ件で悩んでるんだろう」
「ヴェッ!?」
先制攻撃を受けてロナルドは心臓が止まりそうになった。
慌ててドラルクがロナルドの口を抑える。
「バカ、大声を出すな!ジョンが起きるだろうが!」
「ふぉ、ふぉえん…」
一応謝ったが、ロナルドの心臓は壊れそうなほどに早鐘を打っていてそれどころではない。
ドラルクは動揺のあまり固まったロナルドの口を塞いだまま、事務所へと引っ張っていった。
事務所は月明かりで青く照らされている。
夜目の利くドラルクは明かりをつけないまま応接ソファに腰を下ろした。
ドアの前に立ったままそわそわと手を組み替えている男に向かい顎をしゃくって「座れ」と促すと、ロナルドはのろのろと向かいのソファに収まった。
一呼吸置いて、ドラルクが重々しく口を開く。
「催眠のことは聞いたよ」
俯いたロナルドの肩がびくりと震える。
気の毒な若者に気遣わしげな視線を送り、ドラルクは慎重に言葉を選びながら言った。
「まあなんだ、長いこと童貞拗らせてたら見境がなくなるのも無理からぬことだし、聞けば現場の女性達には手出ししなかったと言うじゃないか。その代わりに家にいた手近な男を襲ってどうにか気持ちを萎えさせようとしたのだとすれば、賢明な判断だと思うよ。そんなことで怒って出て行くほど私も狭量ではな」
「ちっがぁぁあう!!!!」
沈痛の面持ちでなんてことを言うのだこの男は!
向かいに座って聞いていたロナルドは、あまりの言い草に思わず身を乗り出して怒鳴った。
そしてドラルクは砂になった。
ぞぞぞぞ…と砂の塊が集まりながら不満の声を上げる。
「ちょっともー急に大声出さないでよ死んじゃうじゃないの…………えっ違うの?」
「違うに決まってんだろうが!俺をなんだと思ってんだ!そんな酷いことしねえよ!」
それ以外の理由など想像もつかないとでも言うように目を丸くするドラルクに無性に腹が立って、ロナルドは畳み掛けるように怒鳴りつけた。
「俺、あん時は自分でもよく分かってなかったけど!お前だから触ったんだよ!仕事で疲れて帰ってきてお前が待っててくれたのが嬉しかったの!嬉しくて触りたくなっちゃったの!!わかったかバーカバ──カ!!!」
「いやヤケクソか」
「ヤケクソだよ!同意もなく触ってすみませんでした!」
「キレるか謝るかどっちかにしたらどうだ」
「いやお前こそ俺が一世一代の告白してんのになんでそんな冷静なの!?傷つく!」
「ええ…だって唐突すぎてまだ事態が飲み込めてないんだもん…君もちょっと深呼吸したら?」
「うっせぇ今我に帰ったら羞恥心で死ぬ!!とにかく悪かったよ!もう二度とあんなことしねぇし気持ち悪いってんなら距離も置くし全部忘れるから!だから今まで通りここに…」
「えっ、私別に嫌じゃなかったけど?」
「は?」
怪訝な顔をするドラルクの言葉に、今度はロナルドが目を丸くする番だった。
「いや、たしかにびっくりしたし何事かと思ったけど、別に嫌じゃないしそれくらいで出ていかないよ」
ドラちゃんやっさしー、などとのたまいながらピースサインをする吸血鬼を衝動的にぶん殴りそうになり、ロナルドはすんでのところで自分の掌で拳を止めた。
え?嫌じゃない?嫌じゃないってどういう意味だ?
「でも…このところ俺のこと避けてたろ?」
恐る恐るそう聞くと、心外とでも言うかのように眉を顰められる。
「はぁ?身に覚えがないな」
「だって全然帰ってこねぇし、会えねぇし」
「用事があると連絡したつもりだが?」
「それはそうだけど…」
「大体私は絶対夜明け前に帰宅するんだから、どうしても会いたければ夜通し待ってればよかっただろう」
「それは、急ぎの仕事とかあって、朝帰りになっちまって」
「つまりただタイミングが合わなかっただけじゃないか」
呆れた、と言う顔でドラルクがジロリと睨んでくる。
確かにそうかもしれない。避けられているというのは考えすぎだったのか。
だとしても、あの時嫌がっていたのは間違いないはずだ。だって…
「でも気持ち悪かっただろ?俺が触ったの…」
「私そんなこと言ったかね?」
「言った!」
ロナルドの中ではあれが決定打だったのだから間違いない。
ドラルクは面倒くさそうに目を閉じて額を指で押さえた。
「よく覚えていないが…まあ明らかに正気じゃなさそうな奴に何の説明もなく体をベタベタ触られたら誰でもそう言うのではないかね」
全くその通りだ。しかもあの時のロナルドは無言だわ突然おっぱいおっぱい言いながら泣き出すわで傍目に見れば大変気持ちが悪かった。
「それは本当にゴメンナサイ………待てよ、それだけか?」
「それ以外に何が?」
「いやそれはほら…俺みたいなムキムキの男に触られるのがキモいとかさ」
「うーん…我々の生殖はヒトとは違うからな。君たちほど雌雄の区別に拘りがないというか」
「そ、そうなの…?でもお前の好みはうなじのきれいな美少女だろ」
異性が好きなはずだろうと言い募ると、ドラルクはこめかみを抑えてため息をついた。
「君がそれ言う?じゃあ私のどこに巨乳のお姉さんみがあるんだ?歳上ってとこしか共通点ないぞ」
「あーうん、それは自分でも思ったけど…」
それ見ろ、とドラルクが右の眉を跳ね上げた。
待ってくれ、それじゃあ。
期待でロナルドの鼓動が早くなる。
ごくりと生唾を飲み込んで、聞いた。
「じゃ、じゃあ…俺、お前のこと好きでもいいの?」
「それはだめ〜」
「なんでだよ!」
「ウア───!」
ベロベロバ〜、と舌を出した吸血鬼を、ロナルドは今度こそ拳で沈めた。
「君ねえ、仮にも好きだとか言ってる相手をバカスカ殺すってなんなの!?サイコパスなの!?」
「重ね重ねゴメンナサイね!でも今のは俺悪くなくねぇ!?俺の純情が弄ばれたんだけど!?振るなら普通に振れよぉ───!!」
ウェーン!と泣き出してしまった若者が不憫になり、ドラルクは向かいのソファに座るロナルドの隣に立った。
「…私は君のために言っているのだよ」
両手で顔を覆って泣いているロナルドの頭にぽんと右手を乗せる。ふわふわの銀髪はジョンの腹毛に勝るとも劣らない触り心地だ。
洗いざらしのその髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、ロナルドの啜り泣きが止まった。
「私はいいんだよ。永遠に近い時を生きる私はね」
戯れに人間と情を交わしたとて、自分にとってそれは永い生のほんの一瞬を飾る一場面に過ぎない。
「しかしだ、まだ若く美しい昼の子よ、君の一生は我々に比べればあまりにも儚い。その刹那の人生を吸血鬼などに捧げるのは感心しないね。死が間近に迫ってから『やっぱおっぱいのでっかいお嫁さんもらって子供は3人欲しかった〜!』とか言って泣いても取り返しがつかないのだから」
もちろん世間には異種族のカップルも数多いるが、彼らも皆、寿命の違いに苦悩している。
一時の気の迷いでそんなものを抱えなくとも、私たちは今のままでも毎日楽しいじゃないか。だから考え直したまえ。
そんな思いで、ドラルクは子供を諭すようにロナルドの頭を撫でた。
「…なんだそれ。そんなん人間同士だって同じだろ」
ドラルクの手首を大きく無骨な手が掴んだ。
頭蓋骨を伝わって手のひらに直接響くその声には苛立ちが滲んでいる。
「結婚して何年も一緒にいても別れることだってあるし、後悔だってすんだろ。そんなの振られる理由になんねぇぞ。ふざけんなよ!」
掴まれた手がふわふわの頭から引き剥がされ、美しい碧眼がドラルクを見上げた。いや、睨みつけた。
「今の俺はお前がいいんだ」
仕事のターゲットを射竦めるような凶悪な顔で、彼がドラルクを睨んでいる。
「永遠を生きる吸血鬼なんだよな?5年も10年もお前に取っちゃ大した時間じゃねぇんだよな?じゃあそれ、俺に寄越せよ」
でなければ握り潰してやるとでも言うかのように、掴まれた手首が締め上げられる。
おおよそ愛の告白とは程遠い怒気を孕んだ声に、ドラルクは息を飲んだ。
どれくらいそうしていただろうか。
先に音を上げて目を逸らしたのはドラルクの方だった。
「…蛇に睨まれた蛙だな」
いや、退治人に睨まれた吸血鬼か。これは口説き文句というより脅迫だ。
20年そこそこしか生きていない若造に脅されている自分が急に滑稽に思えて、ドラルクはくつくつと笑った。
「あ?お前、俺の話聞いてた?」
気分を害したか、険のある声でロナルドが言う。
「もちろん、これでも感動してるのさ。君、意外と情熱的なんだな?」
わざと茶化すように舌を見せても、手首を掴む力は緩まない。
向こう見ずな若さには勝てない。ドラルクは天を仰いだ。
「うーん、まあ君の言い分にも一理あるね。いいよ、わかった」
「エッッッ!?」
ロナルドが奇声をあげて跳ねるように立ち上がった。
急に顔が近くなる。
「なんだその反応は。色良い返事が欲しかったんじゃないのか?」
「いや欲しいよ、欲しいけど…でもお前、別に俺のこと好きじゃねぇよな?」
「そりゃまあ、君のそれとは多少温度感が違うがね。言っただろう、我々はさほど性別に拘りがない。君は大変見目がいいし、誠実でお人好しで腕力も人気も持っているのに妙に自信のない可愛い奴だ。私は元々わりかし君が好きだよ」
「ぐっ…そ、そう…」
褒められ慣れていないロナルドは、顔を真っ赤にして奥歯を食いしばった。
期待を裏切らない反応がおかしくて、ドラルクがニヤニヤと笑う。
「どうした、それじゃ不満か」
「不満じゃないこともないけど、とりあえず今はそれでいいです…アリガトウ…」
「どういたしまして」
先ほどの殺気立った顔はどこへやら。
もじもじと手を組んで視線を泳がせる様子はすっかり普段のシャイな小心者ルドくんである。
自分の言葉が彼を一喜一憂させていると思うとひどく愉快だった。
「そうだな、まずはお試し期間ということでどうだね?その間に君が冷静になるならそれでもいいし、その気で過ごしたら案外私の方が君にメロメロになるかもしれないよ。面白そうじゃないか」
ロナルドの鼻先で長い人差し指を指揮棒のように揺らし、名案だろうとドラルクが言う。
ロナルドは不快そうに眉根を寄せた。
「なんも面白くねぇよ…吸血鬼の倫理観ってどうなってんの?」
「そんなもの今更だろ」
「それもそうか…わかった、黙って勝手にどっか行かねぇならそれでいい」
「よし決まりだ」
パチンと両手を合わせると、ドラルクは満足げに笑った。
「ということで君はもう寝たまえ。最近あまり眠れてなかったんじゃないか?黙ってたがクマが酷いぞ」
「えっ!?あー、うん、そうだな…えと………ね、寝る前に一回ぎゅってしていい?」
「幼児か」
「ぐっ…幼児でいいから、頼む」
成人男性としてのプライドはないのか?とドラルクは首を傾げるが、多分彼は安心したいのだと思い直した。
身も世もなく人前で号泣するくらいだ(まあ彼は比較的カジュアルに人前で号泣する方だが)、会えない間に余程神経をすり減らしていたのだろう。
「まあいいけど」
仕方ないな、という顔で緩く両腕を広げた枯れ枝のような吸血鬼を、ロナルドは壊さないようにそっと抱きしめた。数日前と同じように、高い線香のような防虫剤のような匂いが鼻をくすぐる。
何かがおかしい気がする。普通の展開ではないと思う。でもとにかくロナルドは腕の中でその匂いがすることに心底ほっとした。自分達が普通でないなんて、それこそ今更だ。
「今日は圧死させるなよ馬鹿力」
「だから気をつけてんだろ。俺だってシャワーの後に砂ひっかぶりたくねぇよ」
悪態をつく声が硬い。緊張しているらしい。
ドラルクは恐々と自分を抱く男の肩に腕を回し、とん、とん、と軽く叩いた。
そういえばこの間はこれで殺されたのだった。彼のツボはよくわからないが、多分幼児だから抱っこでトントンが嬉しくてはしゃいで力加減を間違えたのだろう。
しばらく抱っこトントンを続けていると、緊張がほぐれてきたのか、ロナルドがドラルクの頬に額を擦り寄せてきた。
「あ、あのさ、お試し期間ってその…ちゅうはアリでしょうか…」
「うわ…童貞って本当にがっつくんだな…」
「エェーン!だってしたくなっちまったんだもん!」
「ええい耳元で喚くな!死ぬ!私はそれくらい別にいいけど、君いま多分告白ハイかなんかになってるだろう。あんまりはしゃぐと後で」
「いいの!?」
「食い気味に来るな!必死か!」
「必死だわ!こっちは可能性ゼロだと思ってたのが奇跡的に上手く行っちゃって舞い上がってんの!夢見心地なの!」
「開き直るな…。まあいいよ、どうぞ」
ドラルクはそう言うとクイ、と尖った顎をそらした。
自分から言い出したくせに、巨躯の童貞はたじろいで硬直している。
ごく、と喉が上下するのが見えた。
「おい、するの?しないの?」
「する、します…」
大きな手がするりとドラルクの頬に添えられる。
「あの、目、閉じて」
「ん」
閉じた瞼に影が差し、少しかさついた皮膚が唇に一度、二度、と押し当てられて離れていった。
目を開けると、ロナルドは顔をドラルクの首元にうずめて悶絶していた。
「…ママの寝かしつけみたいなキスだな」
「うっせ!俺は実地で成長すんだよ。今に見てろよ」
拗ねたようにそう言うと、ロナルドはぎゅうと腕の力を強めた。
照れくさいのか、鼻先をドラルクの首筋にぐりぐりと擦り付けてくる。
頬に触れるロナルドの耳が熱くて火傷しそうだ。
「はあ…」
鎖骨にかかる甘ったるいため息に嫌な予感がして、ドラルクは体を捩った。
「おい…さすがに今日はこれ以上は勘弁してくれよ」
「しねえよ。胸いっぱいで熱出そうなだけ」
「子供の知恵熱だな」
「なんとでも言え。…ドラルク、好きだ」
熱い吐息混じりの囁きが耳をくすぐって、
「おい!なんでこのタイミングで死ぬんだよ!!傷つく!!!」
ドラルクはお試しの恋人の足元で砂塵の山になった。
「ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃってさぁ」
ドラルクが砂山から再生しながらカラカラと笑う。
「俺が好きだっつったら死ぬほどびっくりすんのかよ…先が思いやられるな…」
「君にというより、私にびっくりしちゃってね」
「あ?」
意味がわからないロナルドは眉を顰めながら、上半身まで再生したドラルクに手を差し伸べた。
昨日までならきっと差し出されなかったそれを見ながら、ドラルクは苦笑いを浮かべた。
参ったな、こんなはずじゃなかったんだがねえ。
差し出された手を取って立ち上がりながら、すぐ死ぬ吸血鬼は「なんでもないよ」と嘘をついた。
(了)