無名の約束 3「あんまり遅くなるなよ?帰り道が寒かったら迎えにくるからスマホに電話くれな」
「ヌヌヌヌー!ヌッヌヌヌーン♪」
ジョンはロナルドの肩からピョンと飛び降りると、集合場所へ走っていった。
先に待っていた町内のフットサル仲間から「ヌーくんよく来たね」と歓迎されているのが見える。
今日はフットサル場での練習の後にチームメンバーと小規模なクリスマス会をするらしい。よく見ると子供を連れているメンバーが何人かいる。
楽しんでこいよと手を振って、ロナルドは踵を返した。
あまり観光名所らしいもののない新横でも、この時期はそこここにイルミネーションが瞬いている。
フットサル場にもリースやツリーらしきものが置かれていたし、コンビニやファストフードの店先も思い思いの飾り付けで賑やかだ。
キラキラした街のあちこちから鈴を鳴らすBGMが聞こえてきて、自然と足取りが軽くなる。
祭りに来たような気分だ。
駅前まで戻ってきたロナルドは、スマホの時計を確認した。
もう棺桶の中で目を覚ました頃だろうが、日暮れまでにはまだ少し時間がある。
「あの…今度の休み、暇か?」
そう聞いたロナルドをドラルクは訝しげに見た。
「何?君の休み?私は年末進行も関係ないしゲームしてテレビ見るくらいだけど、確か君はその日が締切の原稿が残って無かったか?」
「アッ」
「…忘れてたな」
パリッ、と音を立ててレタスが千切られた。
ロナルドの顔から冷や汗がどっと吹き出す。
年末年始は印刷所も閉まるので、早めに上げるようにと言われていた仕事があったのだ。
「…いや!あの原稿はもうほぼできてんだ!あとはパソコンに打ち込むだけだから!」
「作家の信用ならないセリフ代表みたいなこと言う」
フン、と鼻を鳴らしてドラルクは視線を手元に戻した。
フライパンに並べられたソーセージがジュワワワ…と美味そうな音を立てる。
「ほんとだもんね!ほんとに明日…明後日には脱稿だもんね!番外編だからそんなページ数ねえし!」
「へーえ、そう」
ロナルドは慌ててスマホを取り出し、事務所公式サイトのブログ編集ページを開いた。
(年内の事務所営業は明日までとなります…休業中のご相談は新横浜退治人組合まで…と、よし!)
明日は事務所を開けつつ原稿、明後日からは休業にして原稿、これで十分間に合うはずだ。
「まあ私の原稿じゃないしどっちでもいいけどね。で?暇だったらなんだって?」
粉をふるったボウルをさっくりと掻き混ぜる手は止めずにドラルクが尋ねる。
「あっ、えー、えっと…」
しまった、勢いで誘ってしまったがノープランだ。
「えーと…そう!たまには外で飯でもどうかと思ってさ!」
「私食べられないけど」
「ウッ…あーでもほら液体ならいけるだろ?ちょっと高い店でいいワイン飲むとかさ」
何言ってんだこいつという顔でドラルクが眉を顰めた。
「君、その日がなんの日だか忘れたのか?ちょっと高い店なんかもうどこもカップルの予約でいっぱいだぞ」
スマホのカレンダーを確認する。24日…
「あっ」
「嘘だろ、ほんとに忘れてたの?いくら自分に縁遠いからって…待て待て殺すな!私が隠し味のホットケーキが食べたいか!?」
「ディナーができたら殺す」
「シリアルキラーか!まったく」
ソーセージを取り出して油を拭いたフライパンに、ぽたんとホットケーキの種が広がる。
甘いいい匂いがしてきた。
「…大体私吸血鬼だよ?そんな日にほいほい外に出かけて駅前でママさんコーラスにでも出くわしてみろ、讃美歌にうっかり殺されるだろうが」
「あー…それもそうか…」
なんだか情けなくなってきて、ロナルドはしょんぼりと俯いた。
こうだから自分はモテないのだ。仲間とのバーベキュー企画だってうまくいかないし、ハロウィンパーティーの飾り付けのセンスもないし、同居人とのたまの外食もリードできない。俺は全てを台無しにする。誰も俺を愛さない。
自己肯定感が地を這っている男がいつものように勝手に落ち込み出したのを見て、「またか」とドラルクは首を振った。
「まあいいよ、讃美歌は念のため耳栓して行けば平気だし。ちょうどおせちの買い出しをしたかったんだ。荷物持ちに付き合いたまえ」
ぱふ、とひっくり返されたホットケーキは、絵本のようにきれいなきつね色をしていた。
ジョンを送った後は日が落ちてから駅前で待ち合わせをして、新横ヴリンスのショッピングモールにある高級スーパーで買い出しをすることになっている。
待ち合わせ時刻まであと30分ほど。
流石に冷えるのでどこかでコーヒーでも飲もうかと周りを見渡すと、同じように待ち合わせしているらしい人や、ちょうど落ち合った男女が駅前広場のあちこちに立っていた。
…あれ?なんか俺達もデートみたいじゃねぇ?
バックンと心臓が鳴った。
待ち合わせをしてイルミネーションの下を歩いて買い物に行き、一緒に帰宅して手料理を食べるクリスマスイブ。
いやこれデートじゃん!完全におうちデートじゃん!
バクバクバクバクと心臓がうるさい。
いやいやいやいや、あんなクソ雑魚砂おじさんとデートとかあり得ねぇし、意味がわかんねぇし、そんなんじゃねぇし!
雑念を追い払おうとブンブン首を振るが、一度上がりかけた体温はなかなか下がらない。
そもそも。
気の弱さと天邪鬼が災いして全く何の進展もないが、思えば一年以上前から、ロナルドはあの吸血鬼にただの同居人としてだけではない感情を持っている。
友情みたいなものだと思ったこともあったが、最近は何故だか妙に可愛かったり色っぽく見えてしまったりして(その度にロナルドは自分の横っ面を張り倒してドラルクにドン引きされているが)、少なくともサテツやショットに対する気持ちとは別のものだということは認めざるを得ない。
でも、一歩踏み出すのが怖かった。
素直になって拒絶されたらどうすればいい?
もうあの邪魔くさい棺桶の置かれていないリビングなど想像もできないのに。
振り過ぎてクラクラする頭を押さえて顔を上げると、色とりどりの大きな包みを抱えた親子が目の前を通り過ぎた。
「あ…プレゼント…」
食事に連れ出すのは無理だったが、プレゼントなら喜んでもらえるかもしれない。
普段そんなことをしたら不信がられるに決まっているが、今日はこれ以上ない口実がある。
と言っても、彼は何が欲しいのだろうか?
ゲームソフト?調理道具?アクセサリー?
どれもロナルドが疎い世界で何を買えばいいのか見当もつかない。
趣味に合わないものを買ってもセンスがどうこうと言って馬鹿にされるような気がする。
毎日顔を合わせるのに、あげたものを使ってもらえないのも悲しい。
待ち合わせまであまり時間もないし、駅周辺で手に入って気軽に渡せそうなものってなんだろうか。
あ、それなら。
とっぷりと日の落ちた12月の冷え込みは油断すると死んでしまいそうなほどだ。
ドラルクは必死にコートの前を掻き合わせ、首を縮めて歩いている。
耳当てと襟巻きで完全防備だが、外気に触れる顔が寒い。見た目を気にせずマスクとスキー用のゴーグルでも付ければよかったかもしれない。
突然食事に行こうなどと一体どういう風の吹き回しだろうか。
あの同居人の考えることはいまひとつわからない。
見るからに消沈しているのが気の毒でつい助け舟を出してしまったが、何だか癪なので高級スーパーで高いワインを買わせるつもりだ。
駅に近づくにつれ、周囲が明るくなってきた。
普段は地味な駅前も、この時期は浮かれた装飾で賑やかになる。
とはいえ流石に駅前でイベントをするほどの人出ではないようで、警戒していたママさんコーラスのゴスペル攻撃もなさそうだ。まあ、そういうものは横浜やみなとみらいでやるのだろう。
この分なら耳栓は不要だな、と胸を撫で下ろす。
駅前のコンコースに遠目にも目立つ銀髪の長身を見つけた。相変わらずダサいジャンパーにジーンズだ。こんな日くらい洒落た格好の一つもすればいいのに。
よく見ると、何か妙に嵩張る荷物を持っている。
これから買い出しだと言うのに一体何を…
「ロ、ロ、ロナルドくん…?」
待ち合わせ時刻からほどなくしてドラルクがやってきた。
しかし様子がおかしい。
ぶるぶると震える手でロナルドを指差している。
「お、ドラ公?なんだよどうかし」
「ダーッハッハッハッ!な、きみ、なに、それなんなの…ヒーッヒッヒッヒッ」
突然腹を抱えて笑い出した吸血鬼にロナルドがたじろいだ。
「な、なんだよ、どれだよなんだよ!」
「その立派な薔薇の花束はなんなのって聞いてるんだよ!っく、ヒヒッ…」
『私食べられないけど』
何を今更という顔で、さしたる興味もなさそうにドラルクはそう言った。
そうだ、あいつの体は基本的に液体しか受け付けない。
きっと本人は何とも思っていないのだろうが、食べられない相手を食事に誘うという失態にロナルドの胸が詰まった。
待てよ、そういえば吸血鬼って薔薇を食べるんだったよな?
きっと一番喜ぶのは血だろうが、この近辺で贈答用の血液ボトルを売っている店に心当たりがない。
探し回る時間もないし、適当に買ってくどいだの不味いだの言われるのも嫌だ。
花なら口に合わなくても眺めて愛でればいいし、すぐに枯れてなくなるから迷惑がられることもないだろう。
名案だ。今日の自分は冴えている。
目についた花屋に入ったロナルドは、店員に尋ねた。
「あの、薔薇の花ってあります?」
「ございますよ。花束ですか?種類やお色のお好みはありますか?」
「種類…はよくわかんねぇけど、色は赤とか紫がいいかな…あとなるべく美味そうなやつお願いします」
「…は?」
「なんだよ!何がそんなおかしいんだよ!」
歯を食いしばってくつくつと笑い続ける吸血鬼に腹が立ってロナルドは声を荒らげた。
「おかしいって!だって君超目立ってるし」
言われてみれば妙にチラチラ見られてる気がするなとは思った。有名人は辛いぜ、なんてマフラーで顔を隠したりして。
「くっそおお!笑うんじゃねえ!」
「おい待った待った!こんな往来で殺すな!ックク…」
怒りに任せて振り上げた拳をすんでのところで止めた。
このクソ砂は今すぐぶち殺してやりたいが、これ以上通行人の視線を集めるのはごめんだ。
内心泣きそうになりながら、ロナルドは笑いを噛み殺している憎たらしい男を引きずってコンコースを後にした。
「にしてもどうしたのそれ」
むっつりとしかめ面で歩くロナルドと肩を並べて、ようやく笑いの収まったドラルクが花束を指差す。
「これはその…なんでもねぇよ」
人前であんなに笑われて、今更「お前にプレゼントだぜ」だなんてどの口で言える。
「何でもないことあるか、花束だぞ」
「うるっせ!なんでもねぇの!」
こんなもの買わなければよかった。
慣れないことをするからこうなるんだ。
やっぱり素直になんてならない方が…。
でも、今日くらいは。
「…なんでもねぇけど。欲しいなら、やる…」
「いや別に欲しくないが?」
「いいから!あれだろ吸血鬼は薔薇なら食えるんだろ!やるから食って!頼むから!」
とうとう涙目になってロナルドは懇願した。
頼むから受け取って今すぐ跡形もなく食べ尽くしてしまってくれ!
ドラルクは訝しげに眉を顰めたが、
「まあ、くれると言うなら貰っておこう」
とロナルドの手から花束を掬い取った。
「花には罪はないからね。ゴリラに握り潰されなくて良かった。ふん、君のチョイスにしては色のセンスも悪くないじゃないか?」
急に風向きが変わって、褒められ慣れていないロナルドは動揺した。
「あ、それはあの、俺は適当に紫っぽいやつって言っただけで、店員さんがいい感じにしてくれたから」
「ふうん。…ん、こちらは君の色だな」
紫色の薔薇の間に、アクセントのように赤い蕾が差し込まれている。
ドラルクは同じ色のマニキュアが塗られた指でそっとそれに触れ、近づけた高い鼻をスンと鳴らした。
「いい香りだ」
「あ、う…そう…」
なんだかわからないがものすごく気恥ずかしくて顔が火照る。
ドラルクを見ていられなくなって、ロナルドは足元に視線を落とした。
最近こういうことが多くて困るのだ。
居心地が悪いような、居た堪れないような。でも側でもっと見ていたいような。
「…しかしうちには花を生けられそうなものがないな。私の城だというのに花瓶のひとつも置いていないとは」
「いや俺の事務所!」
急にいつもの調子に戻ったドラルクについツッコミを入れるが、全く意に介していないドラルクは顎をつまみながら続けた。
「仕方ない、買い出しついでに花瓶になりそうなものを探すか。あそこはたしかインテリアショップも入っていたよな?」
「聞けって!」
「えーと三つ葉にセリに…あ、玉ねぎ取ってきて。ブロッコリーも」
「うおっカマボコたっけ!え?普段90円くらいじゃなかった?」
「先月のうちにカマボコは買ってあるから入れなくていいよ。年末年始は平時の3倍〜5倍が常識だからな」
花束を抱えたままのドラルクの指示に従って、ロナルドはカートの買い物かごにどんどん食材を放り込んでいく。
青果コーナー、加工品コーナーと来て精肉コーナーに差し掛かった。
「お、肉はどれにする?」
「ああ生肉は買い込んでも日持ちしないから今日はいらんよ」
「あれ?今日食うやつは?」
ロナルドが首を傾げると、何故だかドラルクは視線を逸らして、少し小声で言った。
「それはもう買ってある。ネットでお取り寄せの七面鳥をな」
「えっそうなの?わざわざ?すげぇなー」
さすが趣味というだけあって拘っているんだな、と思っていると、何故かドラルクが舌打ちをした。
「…去年君が言ったんだろう、今年も彼女が出来なかったらまたあれが食べたいって」
『その、ら、来年も俺に、か、彼女ができなかったら』
そうだ。言った。確かに言った。
去年のあの寂しいクリスマスイブの日、こいつの料理が妙に恋しくて。
一年後もまた、こいつの料理が食べたくて。
「ドラ…」
「よし大体揃ったな。レジに行くぞ。花瓶を買う暇がなくなる」
ドラルクがプイと明後日の方を向いてしまったので、ロナルドはそれ以上何も言えず黙ってカートを押した。
「いやあ一緒に来てくれてよかったよ!私一人ではこんな量、三日かかっても運べないからな」
カラカラと笑う非力な男は、相変わらず薔薇の花束だけを抱えている。
「ここぞとばかりに買い込みやがって…肩もげそう」
両肩に買い物袋を下げて左腕に花瓶を持ったロナルドがげんなりと言った。
「軟弱なことを言うな凄腕退治人」
「軟弱の権化みたいなやつが何言ってやがる」
軽口を叩きながら歩いていると、ふとドラルクが後ろを振り返った。
「…この景色は去年も見たな」
つられてロナルドも振り返る。
そこはヴリンスホテルの前だった。
去年、ご真祖様謹製のビンゴ大会から逃げてきたと言うドラルクとばったり会った場所だ。
去年と同じようにホテルの外壁には電飾が下げられ、ロビーからは楽しげな音楽が聞こえてくる。
クリスマスの夜ってこんなに明るかっただろうか。
去年は酷く寂しくて、ピカピカの明かりもクリスマスソングも孤独感を煽るだけだった気がするのに。
クスクス…と隣でドラルクが笑った。
「なんだよ?」
「いや……さっきはてっきり愛の告白でもされるのかと勘違いしたよ」
「あー…………あ!?え、い!?」
何の脈絡もなくとんでもない話をぶち込まれて、ロナルドは奇声を上げた。
そんな彼のことは意に介さず、ドラルクがまた笑う。
「だってさ、クリスマスイブに待ち合わせ場所で柄にもなく花束なんか持ってるんだもんねぇ。何事かと思うでしょ」
「バッ…それは!その、おおおお前がその、薔薇なら食えるかと思って!」
「わかってるとも、食事に誘ったのを気にしてるんだろう?脳筋ゴリラにそんな配慮求めてないし、別に気にしてないのに。変なとこ気が小さいよねぇ君」
「てめ、人がせっかく…」
いつもの調子でぐぐ、と拳に力が入る。
ここで殴って砂にして、レジ袋に詰めて連れ帰ってやればいつも通りだ。
そう、いつも通り。
でも、今日くらいは。
「それ、か、勘違いじゃない…かも…」
ああ声が裏返った。カッコ悪い、最悪だ。
「何が?」
予想と違う冷たい声に、ロナルドの喉がヒュッと鳴る。
しまった、失敗した。間違えた。
こいつはそういうつもりじゃなかったんだ。
「あ、いや、別にそういうあれのつもりじゃなくて!サテツがお前にたまには感謝しろとか吸血鬼なんていつ出ていくかわかんねぇぞとか言うから、それで」
ロナルドは慌てて言い訳をする。
「私に感謝してるって?」
「お、おう…まあ…」
「出ていって欲しくないって?」
「いや誤解すんなよ!?ただ俺はお前が夜食作ってくれなくなったら不便だってだけで…」
「おやそうか。なんだ、私は嬉しかったんだが、それは誤解だったんだな?」
「へっ?」
我慢できなくなったのか、ドラルクが吹き出した。
揶揄われていたと気づいてロナルドの肩がだらりと下がる。
「お前…それはずるいだろ…」
「どっちがだ。私に惚れてるのバレバレのくせにいつまでももったいつけて」
「ばっ!ほっ!?えっ!?」
急な爆弾投下にロナルドがキンデメよろしく口をぱくぱくさせる。
「まさかバレてないと思ってたのか?わざと匂わせて様子を窺ってるのかとも思ったが」
「そっ、そんな器用なこと俺にできると思うか!?」
「まあ無理だろうな」
そう断言されると立つ瀬がない。
バレバレ?バレバレっていつから?
恥ずかしいやら情けないやらで赤くなったり青くなったりするロナルドの顎を、ドラルクの長い指がつまんだ。
そのままぐいと顔が引っ張られ、呆れ顔の吸血鬼と目が合う。
「で、どうする。無かったことにするか?」
ロナルドは今ようやく、この吸血鬼が少し怒っていることに気がついた。
多分これは意気地の無い自分への最後通牒だ。
「…しない」
張り付いた喉から絞り出した声は情けなく掠れていた。
空いた右手で細い腕を引くと、ドラルクはあっさりとロナルドの胸に倒れ込んでくる。
恐る恐る薄い背中に腕を回すと、ドラルクの両手もロナルドの背に触れた。
「ど、ドラ公…」
そっと名前を呼ぶと腕の中のドラルクが顔を上げた。
焦点の合わないくらいの至近距離で赤い瞳が光る。
ロナルドは吸い込まれるように顔を寄せ、
デンワワワワワワ!!!
「おっわああああ!」
突然鳴ったスマホの着信音にロナルドは飛び上がった。
「で、でんわ!?公衆電話から…あっジョンか!?」
慌てて電話を取ると、パーティーの余韻からか楽しげなジョンの声がする。
「もしもしジョン?うん、迎えがいるか?さっきのとこでいい?わかった。ちょうど買い物終わったから、事務所に荷物置いてからそっち行くよ。寒くないとこにいるんだぞ」
電話を切ると、足元に落ちていた砂の山がぞぞぞ、と人の形を取った。
「急に至近距離で大声を出すな!死ぬだろ!」
「だっ、だって俺もびっくりしたんだって!」
「ったく…ジョンが待ってるんだな?さっさと帰るぞ」
地面に落ちた花束を拾い上げ、くるりと帰り道の方へ向き直る男。
すっかり普段通りの彼で、さっきまで自分と抱き合っていたなんて信じられない。
「あっおい、なあ、今の話…」
「話は後だ。ジョンも待ってるし私も夕飯の支度があるからな。まったく君に付き合って余計な時間を食った」
「ご、ごめん…」
首を窄めて小さくなるロナルドの様子に、ドラルクはいくらか溜飲を下げた。
全く、気の長い私だからいいようなものの。
通りで顔はいいのにモテない筈だ。
一体どれだけ待たされたと思っているのだ、このヘタレゴリラめが。
だがまあ。
「幸い私には時間が有り余っているのでね、それくらいの方が飽きなくていいよ」
ドラルクは横目でロナルドを見ると、ニヤリと笑って舌を出した。
「一年後も私が飽きていなければ、その時はまた七面鳥を焼いてやるさ」
「ねえねえ聞いて〜!アタシたち昨夜女子会の途中で決定的なシーンを見ちゃったんだけどぉ!」
「めでたいある!あいつらとうとうくっついたね!」
「え?え?そうなの?」
「あいつらやっとかよ…」
「っしゃ祝盃だ祝盃!マスター!酒!」
「退治人の方にはお酒はお出ししませんが…水の代わりに今日はこちらをどうぞ。クリスマス限定メニューです」
クリスマスの日、夜更けのギルドバーにはシャンメリーで乾杯をする退治人達の笑い声が響いていた。