無名の約束 2猛スピードで転がる鉄の球が、行手を阻む白いピンを残らず弾き飛ばした。
「よっしゃストライク!」
ガッツポーズをするロナルドを横目にショットが舌打ちをする。
「チッ、結局ロナルドの一人勝ちかよ」
「ショットもいいとこ行ったじゃないか」
「俺あれでも自己ベストだったんだぜ?こいつのコントロールがチートなんだもんなぁ」
「へっへー、じゃあ昼飯はお前らの奢りな!」
師走も後半に差し掛かったその日、久しぶりにオフが重なった退治人同期の三人はボウリング場にいた。
「ボウリングなんて久しぶりだけど面白かったな」
「な、カラオケよりこっちがよかったろ?」
「面白かったけど腹が減ったよ。飯何にする?」
仰々しいコスチュームや鉄の腕がないと、凄腕の退治人も冬休み中の大学生にしか見えない。
「さみぃしラーメンかね?」
「お、ラーメン食いたい」
「俺も」
「辛いやつとこってり系のやつどっちにする?」
「「こってり系!!」」
今日は横浜まで出ている(新横にはボウリング施設がない)ので、店はよりどりみどりだ。
わいわいと話しながら荷物をまとめていると、隣のレーンから若い女性の黄色い声が聞こえた。
ゲーム中は気づかなかったが、どうやら両隣ともカップル客らしい。
「お、おい、二人ともそんなにジロジロ見るなよ」
「ジ、ジロジロなんて見てねえよ!」
「そうだよ!別に羨ましくねえし!」
「わかったからもう行こう、ほら」
サテツに促されて三人はそそくさとレーンを後にした。
腹減った腹減ったと言いながら遊戯施設を出てラーメン屋に向かって歩き出すと、途中にあるショッピングモールが目に入った。
「あーもうそんな時期か」
ショットが見上げた先には、外壁を飾る大きなクリスマスツリーの絵。まだ昼間だというのに電飾でチカチカと光っている。
「えっ今日何日だ?もう下旬?」
「クリスマスまで一週間もないのか…早いなぁ」
クリスマスか…と思いながら周りを見渡すと、何故だか妙にカップルの姿がロナルドの目に入る。毎年この時期に現れるこの症状は一体何なのだろうか。
隣を見ると連れの二人も似たような心境のようだ。
感情のない目をしたまま、ショットが無言で歩き出した。
「なあ!彼女ってどうやったら出来んの!?」
背脂豚骨トッピング全部のせラーメンを3つ注文した後、ショットは頭を抱えてテーブルに倒れ込んだ。
「んなもん俺が聞きてぇよ…」
同じくテーブルにべったり頬を付けて、消沈したロナルドが言う。
この時期は毎年こうだなあ…と思いながら「まあまあ」とサテツが二人の肩を叩いた。
「お前去年いい感じの子いるっつってじゃん、なんでムダ毛の似合う彼女になってくんなかったの?」
「その話はするな」
「察し」
「うるせぇ!」
「まあまあまあ…」
「はぁ…お前らはいいよな、彼女できなくても家族いるじゃん?クリスマスから年末年始の一人暮らしキツい…寂しい…心が寒い…」
「でも実家も結構気を使うぞ?力仕事系の大掃除押し付けられるし、親戚が来たら小さい子もいるからお年玉もあげなきゃいけないし。おせち続くとちょっと飽きるし…」
「マウントにしか聞こえない」
ショットの抑揚のない声にサテツは冷や汗を流した。
「俺なんか家にいるの砂だぞ砂。何が悲しくて顔色の悪いおっさんとM-1や紅白見なきゃいけないんだよ」
「あのな!むしろ一番羨ましいのはお前だっての!」
「うえぇ?」
「あー、それはちょっとわかるな」
「ええ…サテツまでなんだよ…あんなんでよけりゃ冬の間ショットに貸してやるぜ?ジョンはダメだけど」
「もうこれ以上俺の心を追い詰めるな!泣くぞ!泣くからな!」
ショットが耳を塞いで心を閉ざしたところで、タイミングよくラーメンが来た。
「はぁ食った食った」
「あったまったなぁ」
店を出て幸せそうに腹をさするサテツ。
ショットも空腹が満たされて機嫌が直ったらしい。
「この後どうする?せっかく出てきたしその辺ブラブラするか?」
そうロナルドが聞くが、ショットは無表情に首を振った。
「イルミネーションが灯る前に新横に帰ろう。ここは危険だ。ここには中華街もランドマークタワーも遊園地もある」
「そ、そう…」
静かな迫力に気圧されて、ロナルドとサテツは黙って頷いた。
駅を出たところでショットのスマホが鳴った。ギルドからの着信だった。
『休暇のところすみません、普段使われていない倉庫に吸血カマドウマが発生したそうで、明るいうちに駆除をお願いしたいのですが』
「了解」
ショットは嫌な顔ひとつせず電話を切った。
「俺たちも行こうか?」
「いやいいよ、ただの害虫駆除だし。サテツはさっきのラーメンじゃ全然足りないだろ?二人でなんか食ってけよ」
じゃあまたギルドでな、と言い残しショットは新横の人混みに消えた。
「…なんであいつ彼女できないんだろう。いい奴だしハンサムなのに」
「やっぱあっちの趣味のせいじゃないか?」
彼と同じくモテない自分達では答えは出せそうにない。
サテツの腹の虫が鳴ったので、二人は駅のそばのファミレスに入った。
「そういえば、さっきのあれどういう意味だよ」
「あえっへ?」
口いっぱいにパフェのソフトクリームを頬張ったサテツが首をかしげる。
「ショットが俺のこと羨ましいって言ってたやつ」
「ああ…」
もぐもぐごくんと飲み込んで、サテツは思案顔をした。
「ショットに聞いたわけじゃないからあくまでも俺の意見だけど…家族でも一緒に住んでると結構気を使うだろ?でもロナルドとドラルクさんにはそういう遠慮とかも無さそうだし」
「まああいつは俺に全く遠慮しねえな」
「しかも料理作ったり洗濯したりしてくれるわけだろ。一緒にバカ騒ぎしたり映画見たりして美味しいものも食べさせてくれて、仕事にも付き合ってくれるような相手が家にいつでもいるって、結構楽しそうだし、ちょっと羨ましいよ」
「ど、どこがあぁぁ〜?あいつが勧めてくるの全部クソ映画かクソゲーだし、仕事じゃ8割砂になってるし、全然楽しくないですけどぉぉ〜?ま、まあ飯は美味いけど…」
「はは、そんな照れなくても」
「照れてねえよ!事実だ事実!」
ロナルドが渾身の力でテーブルを叩いて抗議すると、店員が慌てて駆け寄ってきた。
「…申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になりますのでお声を落としていただけますか…」
「「ごめんなさい」」
「いやほんとに、別に全然楽しくねぇし、飯は美味いけど、そんなあれじゃねえし」
声を落としてなおもぼそぼそと抗議するロナルドに、サテツが首を振った。
「ロナルド、照れ隠しだとしてもあんまり酷いこというもんじゃないよ。最近はドラルクさんの仕事も順調らしいし、完全に居候ってわけじゃないんだろ?」
「ぐっ…」
「食費はほぼドラルクさん持ちだって聞いたぞ?料理は自分の趣味だから金を出すのは構わないって言ってたけど、あの人ほぼ食べないんだから結局ほぼお前の胃に入るんだろ?いくら向こうが好きでやってるからって甘えすぎちゃダメだって」
「お前らいつもそんな話までしてんの…?」
何故かドラルクに寛容な退治人ギルドの面々の中でも、特にサテツはドラルクに好意的だ。
ギルドに連れて行くとよく話しているなとは思っていたが、うちの台所事情まで喋られているとは…。
呆気にとられているロナルドに、サテツは眉根を寄せて言った。
「今のうちにもうちょっと感謝しといた方がいいんじゃないか?むこうは吸血鬼なんだから、いつまで事務所にいるかもわからないだろ。他に面白いことがあったらひょいっと出ていって何年も帰って来なかったりしそうだしさ、あの人」
「ただいまァ」
「ヌヌンヌー」
「おや?おかえり。ずいぶん早いな、今日は夜中まで遊んでくるものと思ったが」
帰宅して居住スペースのドアを開けると、ドラルクはすでに起きて身支度を整えていた。
ドレスシャツとベスト姿で、いつものマントはまだソファの背もたれに掛けられている。
その足元でジョンがおかえりと手を振ってくれた。
「ショットが急な仕事で抜けちまって。サテツは家で夕飯食うって言うし」
しゅるり、とクラバットを結ぶ衣擦れの音を聞きながら靴を脱ぐ。
「なんだ、てっきり食べて来ると思ってたから何も用意していないぞ」
「あー、だよな。いいよ、軽く外で…」
ハンバーガーかコンビニにでも…と再び靴を履こうとしたが、聞こえなかったらしいドラルクが袖をまくりながらキッチンに入っていった。
「ありもので用意するから文句言うなよ?今日はジョンのリクエストでホットケーキの予定だったんだが、ゴリラには足りないかな。卵はあるからシーザーサラダとソーセージと…」
ブツブツ呟きながらドラルクの長い指が次々と冷蔵庫から材料を取り出していく。
レトルトカレーとエナドリと水しか入っていなかった冷蔵庫は、今はいつも食材でいっぱいだ。
『ちょっと感謝しといた方がいいんじゃないか?』
ファミレスでサテツに言われたセリフが耳にこだました。
「ヌッヌヌーヌ♪ヌッヌヌーヌ♪」
ロナルドの足元に寄ってきていたジョンがホットケーキの舞を踊る。
『いつまで事務所にいるかもわからないだろ』
「あのさぁ」
「えーとクルトンはまだあったかな…ん?なんか言った?」
今忙しいんだけど?と眉を跳ね上げる憎たらしい顔に一瞬怯んだが、ゴホンと咳払いをしてロナルドは続けた。
「あの…今度の休み、暇か?」
別に感謝してるとか出てったら困るとかいうわけじゃない。
でもまあ、たまにはそういうのもいいかと思ったんだよ。
だってもうすぐクリスマスだしな。
そんだけ。