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    #1.5 百年ぶりの香辛料「悪い、やっぱ吸血鬼は飼っちゃダメだってさ」

    そうしてドラルクは子供の靴底に溜まった砂のように玄関先に掃き出された。

    「ヌァ───!コラ!生き物を連れ帰る時は最後まで責任を持たんか!」

    「そんなことより早めに泊まるとこ探した方がいいんじゃない?この辺田舎だから選択肢少ないし」

    「クッ…覚えていろ!あと一応助けてくれてありがとう!」

    さっさと閉められた玄関ドアに悪態をつきながらぞぞぞぞ…と人型に戻ると、見慣れたシルエットの球体が胸に飛び込んできた。

    「おおジョン!よかった!無事だったか!」

    「ヌヌヌヌヌヌー!ヌヌッヌー!ヌヌヌヌッヌー!」

    「そうか毒ガス部屋の避難口から避難していたのか…うん、ごめんごめん、心配かけたね。すまなかった」

    「ヌェーン!」

    クラバットにしがみついてわんわん泣き続ける使い魔をそっと撫でる。
    ずいぶん怖がらせてしまったようだ。
    住居は吹き飛び主は陽に灼かれて完全に死ぬところだったのだから無理もない。

    「本当にごめんよジョン。もう大丈夫だからね。さあ、あの子供の言う通り、早くどこか朝日を凌げる場所を探さなくては。とりあえずインター沿いのホテルまで歩こうか」

    ジョンが財布とスマホを取ってきてくれていたので、当座の資金は問題ない。
    他にも城の瓦礫の中に無事な家財が残っていないか確認したいが、まずは今日の宿だ。
    まだしゃくり上げているジョンの背を宥めるようにさすりながら、ドラルクは目当てのホテルに向かって歩き出した。

    「城、壊れちゃったなあ。どうしようか。私のせいじゃないし怒られはしないだろうけど、やっぱり一人暮らしは危ないからって実家に連れ戻されそうだねえ。お父様もお母様も過保護だから…」

    そしてあの退治人もただでは済まないだろう。
    何しろそもそもの目的が自分の討伐だったわけで、母に訴えを起こされれば何の申し開きもできまい。
    まだ若く、軽薄そうな見かけに反して仕事には真面目な男のようだったのに、気の毒なことだ。

    最近は城に篭ってゲームに興じていたから、月光浴も久しぶりだ。
    時折高速道路をヘッドライトが走っていく他は人影もない、いつもの静かな田舎の夜だった。
    もう何十年も城の窓から眺めてきた、馴染みの景色。

    くふふ、とつい笑みが漏れ、ジョンが不思議そうにドラルクの顔を見上げた。

    「いやなに、ひどくうるさい日だったなと思ってね」

    あんな風に走ったり怒鳴ったりしたのはいつぶりだろう。
    ジョンや血族以外の誰かと会話したのは何年振りだろう。
    極力死なないように穏やかに暮らしていたから、急激に上がった肺活量に腹筋がびっくりしている。

    「危なかったけど、ちょっと面白かったねえ」

    「ヌヌヌ!?ヌヌヌヌン!」

    なんて事を言うのとジョンがドラルクの胸をぽこぽこ叩いた。

    「あたた、ごめん、ごめんってばジョン」

    「ヌンヌン!」

    ジョンが気を揉むのは当然だ。
    父以外には尋ねる者もない城での暮らしは静謐そのもので、私たちはもう何十年もそうしてひっそりと平穏に生きてきた。
    あんな風に誰かに立て続けに殺されることも、ジョンと離れ離れになることもない、平和でこぢんまりとした愛しい日々。
    それを、嵐のような退治人がけたたましい靴音をたてながらめちゃめちゃに踏み荒らしていったのだから。

    元の生活に戻るのは簡単だ。
    御真祖様に事の次第を説明すれば一晩のうちにも城は再建してもらえるだろう。
    事後処理を母に任せればおそらくもう自分を退治しようなどという輩も現れまい。
    そうしてまたジョンとふたり、100年、200年と続く静かで穏やかな日々に戻ればいい。

    ……本当に?






    「……ねえジョン、次の住処が決まるまでの間、彼のところに厄介になるのはどうだろう」

    「ヌ!?」

    信じられないという顔でジョンが硬直するが、ドラルクはその鼻を楽しげにつついて話し続ける。

    「城が吹き飛んだのはまあ不幸な事故だろう?あの退治人もそこまでするつもりはなかったようだし」

    退治に来たと言う割に、ゲームを壊して気まずそうにしたり、ドラルクを連れて城を脱出したり。押しにも弱そうだったし、実はかなりのお人好しなのではないか。

    「いずれにせよ住むところは探さないといけないからね。全額弁償は無理でも仮住まいと初期費用くらいはあちらに負担してもらう権利があるはずだよ」

    本来なら母に身包み剥がされ廃業に追い込まれかねないところをその程度ですませてあげようというのだから、むしろ感謝されてもいいくらいだ。

    「名前はたしかロナルド様とか言ってたな…本も出版してるそうだし、ネットで調べればすぐに見つかるさ」

    そうと決まれば明朝はゆっくり休まねば。城の跡地の片付けは業者に頼んでおこう。ついでに単身引越しパックにしてあの退治人のところに送ってしまえばいい。

    「引っ越しなんて何十年ぶりだ。わくわくするねえ」

    フンフンと鼻歌混じりに歩く主人の顔を、ジョンはただ呆然と見上げるしかできなかった。
    suzudz Link Message Mute
    2022/07/18 20:00:00

    #1.5 百年ぶりの香辛料

    #ロナドラ
    何番煎じの第1死のあとの話。
    いずれロナドラになっていく予定…
    (pixivから転載)

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