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    遅めのクリスマスプレゼント(プランツドールパロ)目蓋が、上がる。凍りついたような温室、その奥にある豪奢なソファ。びろうどの座面は深い臙脂色、猫脚よりも優雅な白いパンツにジョッキーブーツ。小さな身体に設たような──いや、確かにその身体に合わせ誂えた紺色のドレッサージュコートは、ターコイズのパイピングが上品に入れられている。長い睫毛は柔らかく伏せられて、暗金色の髪がふわふわと外側へカールしていた。珍しい、少年体のドールだ。ミルクと砂糖菓子で生きる、と知識では知っているが実物を見るのは初めてだ。ちょっとおそろしいぐらい、それは美しかった。


    「いらっしゃいませ。…プランツドールのお求めでしたか?」
    「ああ、いや。…こんにちは。納品に参りました。いつもの者が休みを取っておりまして」
    「ああ、なるほど、『Le Petit Prince』の。そうでしたか。道理で初めてお見かけする顔だと」
    「こちらがご注文の品です」
    「ひい、ふう、みい……。はい、確かに」

    蔵内が『その店』に足を踏み入れたのは、初めてだった。
    蔵内は、菓子職人(パティシエ)である。最上級の和三盆だけを使った砂糖菓子をはじめ、小さな焼き菓子を扱う新進気鋭のパティスリー。その店の主が、蔵内だった。

    発注は週に一度ほど。数こそ多くないが、法外な値段で買い取ってくれる謎の店がある。正直、気にはなってはいた。普段、蔵内自身が納品に行くことはない。だが配達担当がちょうど休みを取ったのをいいことに、実際にその謎の店を自ら訪れることにした。

    プランツドール。大変高価な、生ける人形。
    花屋と見まごう、豪奢な廃墟じみた店内には植物が溢れ、所々に人間用のと同じ設えの、だがほんの小さなソファが並んでいる。ソファの主人はいたりいなかったりするようで、椅子に座るドール達は死んだ様に──いや、人形であるから当たり前なのかもしれないが──とても生きているようには見えない程、静かに瞳を閉じていた。
    普段見ない光景に蔵内は息を呑む。

    と、そこへ店主が受領書を片手に戻って来た。
    「プランツドールを見るのは初めてでしたか?」
    「ええ。噂には聞いていましたが。卸している砂糖菓子を、このようなドールが食べているんですね」
    「そうです。頻度は週に一度、それから日に3度のミルクで生きるのです」
    綺麗なものでしょう。そう説明する店主に蔵内は頷く。
    「この世のものとはとても思えない。きっと、高いんでしょうね…」

    蔵内が豪奢なドール達を見渡した、その刹那。
    店の奥、一段開けた場所に据えられたプランツの目蓋が天使のささやかな羽ばたきもかくや数度瞬いて、ふ、と持ち上がった。
    店主が目を見開く。
    先程までまるで人形然としていた少年がうーん、と、言わんばかりに伸びをする。欠伸をし、そして。

    宝石のようなつやつやの瞳だった。
    深い海色のネオンブルーが蔵内を捉え、柔らかく細められる。まるで奇跡のような光景だ、と、蔵内は思った。

    「おやおや、どうやら選ばれてしまったようですね」
    「え?」
    「彼女らは持ち主を選ぶのです。波長の合う方を持ち主と見定め、目を覚まします」
    「目を覚ます…?」
    「ええ。その人以外に興味がなくなる。目覚め、持ち主からの愛情が得られないと、プランツは枯れてしまいます」
    「枯れる……」
    呆然と呟く蔵内に、人形は未だじっと視線を注ぎ続けている。猫のようなまるい瞳が、ぱちぱちと瞬くがそれだけだ。
    不意に、彼のさっきのリラックスした姿をもう一度見たい、と蔵内は思った。小さく美しい彼は今はよそゆきの、澄ました顔でただ仄かに微笑むのみである。

    「お幾らですか」
    気づいたら、そう口にしていた。パティスリーの売り上げは決して莫大なものではない。それでも、彼に光栄にも選ばれたのならば、彼の世話をしなければならない、と自然と思えた。
    「これは…、試作品、通常は少女を形取るプランツの少年体ですからねえ……、少々、お値段は張りますが」
    店主がぱちぱちと電卓を弾いた金額に蔵内は思わずクラクラした。だが、一生掛かっても払えない額、ではない。
    「とは言え、貴方にはお世話になっていますからねえ。特別に、この金額で結構です」
    次に提示された金額に、蔵内はホッと胸を撫で下ろした。これならば、何とか手が届く。

    「分かりました。お支払いします」
    「良いんですか?」
    「元より、彼が俺を持ち主と定めてくれたのなら、応えるのが筋でしょう」
    「フフ、…そうですか」

    店主は微笑む。陽射しが差し込むと、ネオンブルーの瞳がいっそううつくしく煌めいた。

    「クリスマスはよく働いたので。少し遅い、自分へのクリスマスプレゼントと思うことにします」

    目を細める蔵内へ店主が飼い方を説明する。
    主食は特別なミルク。日に三度与え、肥料として砂糖菓子を週に一度与えると色艶が保てること。ビタミン・ミネラルを豊富に含んだ合成肥料もよいこと。それ以外のものは変質してしまうので与えないこと。

    注文書に几帳面な字で名前と住所を綴る蔵内に、店主が話しかける。
    「そうだ。せっかくですので、名前もつけてあげてくださいね」
    「名前…ですか」
    「ええ」
    ペンを止め、蔵内が彼を見る。相変わらず笑っているんだか笑っていないんだかのアルカイックスマイルが、顔に張り付いていた。
    僅か、首を傾ける。
    それだけで世界が色づいたように、蔵内は感じた。


    「そうですね、」




    蔵内の店の名前は、『Le Petit Prince』──星の王子さま、だ。
    蔵内は少し口角を持ち上げて、柔らかく彼に笑いかけた。


    「『王子』、と」
    「王子」
    「はい。これほど相応しい名前も無いでしょう」



    店主は蔵内に何も言わず、くすくすと笑った。
    12月末の寒さだ。『王子』の頬がばら色に色づいている。

    彼のために、薔薇の花を象った砂糖菓子を作ろう。そう、蔵内は思った。
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    2022/12/25 12:12:25

    遅めのクリスマスプレゼント(プランツドールパロ)

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    プランツドールパロ蔵王です。
    パティシエの蔵内がドールの王子に名前をつける話。
    #王子一彰 #蔵内和紀 #蔵王

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