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    バレンタイン2023ざわ、ざわ、とざわめきが広がる。だがそれは長身の顔の良い男に対してのみならず。
    鋭い声が飛ぶ。涼やかな顔して押し合う者どもが蠢く。ここは、そんな場所であった。即ちチョコレートの祭典という名の、己の至高のチョコレートを他人に奪われる前に求めんとする者の群れ。草食動物であるヌーも大移動すれば恐ろしい迄の地響きとなろう。つまりそこは女性が大量に殺気立ってひしめく、そのような戦場であった。

    「ねえ、さっきの子見た?」
    「あの背の高い子でしょ?」
    「そう!デルレイとブノワニアンをずっと往復してた子!」
    「見た〜!普通に格好良かったよね〜」
    「分かる〜目の保養〜!」

    その中を顔一つ分、長身の男がうろついていた。センター分けの上品で穏やかな相貌。この場にはいかにも不慣れな様子で、然し真剣な眼差しでチョコレートを選んでいる。少し鷲鼻気味の高い鼻梁、横顔も文句無しに整った男前である。すれ違う人々が時折、その容姿に振り返っては彼のことを口にしていた。さて、彼女にあげるものだろうか、自分で食べるのだろうか。何れにせよ、ピンク色で彩られたイベント会場において、その男──蔵内の存在はいっそ異質にも見えた。

    なにせ、大人びているとはいえ、このようなイベント場には似つかわしく無く、いかにも学生じみた顔だったからである。
    ……と、蔵内本人だけは思っている。

    (色はこっちなんだが、ここの方が人気のようだな…)

    蔵内自身は至って呑気に、いや真剣に、王子へのチョコレートを選んでいる。それもこれも誕生日に突然、「次のバレンタインは蔵内が選んだチョコを食べたいな」などと王子が宣ったせいである。注文の多い料理店もびっくりな、後から後から「チョコレートは現地で買うこと」だの「試食も含めてじっくり検討すること」だの「買ったチョコレートはぼくにプレゼンしてから渡すこと」だのややこしい注文がつき、ため息をつきながら了承したのが三週間ほど前。なんだかんだ王子に甘い蔵内は、指令の通り現地である会場に足を運んでいる、という訳であった。

    蔵内は、モテる。
    学校は勿論のこと、実は電車で連絡先を渡されたこと数度。話したこともない後輩から貰ったガチっぽい本命チョコはかなりの数に上る。そのオーラが出ているのか、チョコレートのイベント会場内でも、蔵内の通った後を時折浮ついた囁きが尾を引いて通り過ぎてゆく。そして、その囁きを気にしない程度には、注目に慣れているのである。
    そんな訳で蔵内はたっぷり二時間ほど、甘ったるい匂いの漂うチョコレートの祭典をうろつき、隅から隅まで検討を重ねた。その結果、これこそ王子に渡すのに文句無しだろうという品を選ぶに至った。つまり、プレゼンが出来るだけの蘊蓄を手に入れたのだ。

    そうして会計を済ませ、大事そうに一袋を提げて会場を後にする蔵内は、当然気づかない。
    己の学校に通う、密かに生徒会長に憧れる生徒がそこに紛れていたことも。
    愛おしそうな目でチョコレートを選んでいたのを(実際には美味しそうで頬が緩んでいただけだ)目撃されていたことも。
    翌日、爆発的な勢いで校内に「会長が幸せそうに本命チョコを買いに行っていた」という噂が広がりまくることも。

    当然何も知らず、ただ王子のリクエストに完璧に応えられた満足感だけを胸に、帰路についたのであった。

    終わり





    少し早く本部に着いた日だった。高校一年、慣れてきた生徒会の仕事を早々に切り上げて、ランク戦に備えて自主練する、そんな金曜日だったように思う。
    蔵内が作戦室を訪れると、先客に王子がいた。右手に湯呑み(給湯室で借りられるやつだ)と、左手にはおやつ。室内全体に紅茶の匂いが広がっている。
    テーブルの上には、紙のマップと急須。その横には可愛らしくラッピングされた袋がいくつか無造作に置かれていた。その中身は蔵内の手にも提げられているそれ――バレンタインチョコだと、蔵内はすぐに分かった。

    「何してたんだ?」
    「明日の対策の総おさらいさ。きみもお茶飲むかい?」
    「いただこう」
    ぼくの飲みさしで悪いけど、と言いながら王子はいちど紅茶を飲み干して、蔵内の分を新しく急須から注いだ。蔵内が椅子を引いてきて、隣に腰掛ける。煌びやかに包装されたチョコレート達がすぐそこにあるのに、何故か、王子はいちご味のガルボを齧っていた。甘酸っぱい匂いが蔵内の鼻腔を擽る。そう言えば、昼を食べ損ねていた。
    湯呑みを抱える蔵内に肩を寄せて、王子が2枚のマップを見下ろす。チョコレートを摘んでいた指をぺろりと(王子にしては)行儀悪く舐め、反対の利き手でマップを指差した。
    「こっちが、市街地A。過去のログからスナイパーが居たと思われる場所をチェックしてある。こっちは市街地Bだね。どう思う?」
    「……なるほど、マップ選択の話か」
    まだ迷ってたんだな、と言いながら、蔵内もマップを覗き込み、気付けば二人、ああでもないこうでもないと作戦の話で盛り上がっている。ここに神田がいれば比較的現実味のある戦術に落ち着いてゆくのだが、王子と蔵内の二人では話は尽きず、空想も含めて様々なプランが飛び出してゆく。

    と、ひとしきり話し終えたところで、蔵内の腹の虫がくうと小さく鳴った。
    ごく近くでマップを覗き込みあっていたせいで、王子にもその音はしっかり聞こえている。
    王子がやわらかく目を細めて、袋に残ったガルボを摘まんだ。
    「はい、クラウチ」
    「!」
    ピンク色のチョコレートでコーティングされた一粒を差し出され、蔵内は数度瞬いてから、顔を近づける。二口かけて、口の中へ放り込んだ。
    甘酸っぱい香りが広がる。
    もぐもぐと咀嚼するその様子を、王子が嬉しそうに眺めていた。
    奇しくも、今日は、二月十四日だ。
    それは人伝のチョコレートを受け取っている王子も、後輩からの告白を断ったばかりの蔵内も、もちろん知っている。
    蔵内と王子が出会って、ちょうど一年ほどになるだろうか。その間にこうして互いの考えに触れ、様々な話を重ね、次第に惹かれていった。恋かどうかは分からなくとも、少なくとも人として。
    (……ぼくからの、バレンタインチョコみたいだ)
    と、王子は心の底だけで、ひっそりと思った。自分が心を許し、好ましいと思う相手へ渡す、一年に一度のそれ。
    無論、蔵内はただのおやつだと思っているだろう。バレンタインチョコを渡したのはただ自分の心の内側でだけの話だ。それでも渡して、受け取られたのだという自分勝手な満足を得て、王子は甘やかな高揚を覚える。現実の蔵内が王子のチョコレートを受け取るかどうかなんて分からない、ただ身勝手な妄想の。

    袋に残ったガルボを、蔵内の指が摘まむ。袋の中身はその一粒で最後だった。
    「ほら、王子」
    「…!」
    蔵内の、何の意図もなさそうな平熱の紅が、王子を見下ろす。差し出されて同じく、王子もチョコレートにかじりつき、ひとくちで口の中へと収めた。
    餌付けのような、チョコを齧る愛らしい仕草に自然と蔵内の頬が緩む。
    口を閉じて暫く、同じく飲み込んでから、王子が気持ち不満げなトーンで言った。
    「お腹が空いていたなら、きみが全部食べて良かったのに」
    「俺もあげたかったんだ、それに悪いだろ」
    少しぶっきらぼうな調子で言葉を返す蔵内の頬は、少しだけ赤い。それを王子は、空腹を恥ずかしく思ったせいだと解釈したようだった。

    二月十四日。
    義理どころか、その意図すらないと分かっている、いちご味のガルボ。
    ただの、おやつだ。
    それでも、
    (……まるで、王子からバレンタインチョコを貰ったみたいだな)
    と思えてしまって、その自分勝手な妄想を恥ずかしく思い、蔵内は赤くなった頬を王子から見えないよう反らした。口元に拳を押し当てる。

    蔵内と王子、互いの舌先に未だ残る、甘酸っぱい味。
    出会って一年、まだ恋を恋として自覚しない、淡く青々しい日の一幕であった。

    リリ Link Message Mute
    2023/05/14 14:23:27

    バレンタイン2023

    バレンタインチョコで二篇。
    #王子一彰 #蔵内和紀 #蔵王

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