狼狩りについて カイン、と呼ばれた気がして、俺は目を開ける。そこはひやりとした空気に包まれた、知らない野山だった。知らない、といっても現実に訪れたことがないだけで、夢の中では何度も来ている。現実にある場所なのか、俺の頭の中だけに存在する場所なのかは分からない。
薄青いひかりの中を、ざくざくと地を踏みしめながら進む。すると灰色のかたまりが見える。四つ足の獣。狼だ。
狼は俺に対して背を向けて、うつむいていた。
俺は近づき、狼が目を落としている地面を見る。
そこには、狼と同じ灰色の毛に包まれた、なにかが落ちていた。
俺は狼の頭を見て、ぎょっとする。
狼には耳がなかった。
地面にあるのは、狼の耳だった。自然に落ちるものではないから、切り取られたものなのだろう。
狼の茶褐色の瞳は、静かにみずからの耳を見つめていた。俺はどうしていいか分からなくて、立ち尽くす。
そういう夢を、ここ最近見る。
今日は、任務のない休日だった。
日課のトレーニングを終え食堂で昼食をとっていた俺に、オーエンがふらりと近づいてきていた。
「ねえ、騎士様。今日暇だよね」
オーエンに話しかけられたが、俺は口にものが入っていたからすぐに応答できなかった。咀嚼して飲み込むあいだに、オーエンがぺらぺらと喋り続ける。
「新作のケーキが出たって聞いた。どろどろに甘いらしいけど、ほんとうかな。食べてみたい。ほら、騎士様は僕に借りがあるだろ、それを返す機会だよ。おまえの財布を空っぽにして僕を喜ばせて?」
菓子を奢れ、ということだろう。オーエンは甘いものが好きだから、オーエンになにかを頼むときやオーエンの機嫌を取るときには、甘いものを対価にすることがたびたびあった。というか、そうしないとオーエンは動いてくれない。
俺はごくんと飲み下して、オーエンを見た。
「少しあとでもいいか? 昨日の任務の報告書を書かなきゃいけないのと、ヒースに相談が……」
「は? 報告書なんか昨日のうちにやっておけよ。僕はすぐ食べたいんだ。さっさと出かける準備して。僕は先に行ってるから、早く来てよね。……あと、ヒースクリフなら外出したみたい。騎士様は僕と過ごすしかないんだよ。観念するんだね」
オーエンは早口にそう言って、姿を消した。俺はため息を吐く。こっちの都合は一切無視されて、オーエンに予定を決められてしまった。まあ、報告書については、すぐ取りかからなかった俺が悪いのだけど……。
俺はオーエンへのせめてもの抵抗として、昼食の残りをゆっくりと食べてから部屋に戻った。それに、急いで食べるなんて、せっかく作ってくれたネロに失礼だ。
俺の部屋の扉に紙切れが貼ってあって、見ると店の名前と住所が書いてあった。今回のオーエンのお目当ての店の情報だろう。着替えた俺はそのメモを持って街へ出る。
外は晴れているのに、なんとなくすっきりしない気分だった。財布がすっからかんにされるのが憂鬱なのではなくて──もちろんそれも嫌だが──原因は別にあった。
最近見る、狼の夢だ。
すごく嫌な気持ちというわけではないが、心に引っかかる感じがあって、そのせいで少し眠りが浅い。今日ヒースクリフに相談しようとしていたのが、この夢のことだった。
実はヒースクリフには以前にも話はしていて、お守りをいくつかもらったのだった。安眠に効くもの、悪夢を食べてくれるもの、災いから守ってくれるものなど、ヒースクリフはいろいろなお守りをくれた。その心配ぶりに、俺が笑ってしまうくらいだった。優しいやつだ。
でも、せっかくくれたお守りたちも俺の夢には効果がないようで、改めて相談しようと思っていたところだった。オーエンの言うとおりならヒースクリフは今日不在だから、相談は先延ばしだ。
オーエンを待たせているから急いだほうがいいかなと思い、路地に入った。近道で目的の店へと向かう。建物と建物に挟まれた路は、光が入りにくくて暗い。
じめじめとした陰鬱な空気が路地を漂っている。いくら空気の通りが悪いとはいえ、淀みが濃い感じがした。
「……⁉︎」
ぐわん、と一瞬頭が揺れるような感覚を覚えて、俺はやっとおかしいと気づいた。
足を止めて、辺りを窺う。
路地だから人通りはあまりないが、それにしては嫌な静けさだった。俺の視界には、人の姿を含めて動くものはなにもない。
見えないけれど、なにか、動く気配がした。とっさに振り向こうとしたとき──
ばちん! と弾けるような音がして、俺は目を見張る。
俺の周りに結界が現れていた。結界がなにかを防いで、それで音がしたようだった。
「な、なんだ……?」
俺には訳が分からない。
結界を出したのは俺ではないし、結界が効果を発揮したのは──誰かが俺を攻撃したからだ。
俺の左腿が光っている。たしか、ポケットにヒースクリフからもらったお守りが入っていた。このお守りが結界で俺を守ってくれたようだった。
「あれ、きみ、オーエンじゃないのか?」
前方から声がして、俺は剣を構えた。厄災の傷のせいで姿は見えないが、誰かがいる。俺を攻撃したやつだ。
「オーエンの気配を辿ってきたのに。なんか変だと思ってはいたけど」
俺を攻撃したやつは、不思議そうにつぶやいた。そして、呪文を唱えた。黒い煙のようなものが、もくもくと現れる。
「……!」
俺は剣を握る力を強める。相手は魔法使いだ。それにおそらく、魔力は俺より強い。
黒い煙が、俺に向かってきていた。
だが俺が対処する前に、結界が煙を防いだ。煙が結界に触れると、ばちばちと爆ぜる音がして、煙が消える。
「意外と手強いな」
俺を襲った魔法使いは、結界を見て煙を引っ込めた。別の魔法を使おうとする。俺はその隙を縫って、魔法使いに斬りかかった。
「!」
攻撃は弾かれたが、魔法使いの姿が見えるようになった。
その魔法使いは見た目では俺より歳下で、若者とか学生みたいな風貌だった。髪は暗い色でゆるくウェーブがかかっており、肩くらいの長さがある。体躯は頑強とは真逆の、つまり騎士団にはいない感じだ。だがその眼光の鋭さから、生きてきた年月の長さと、積み重ねた哀愁や怒りのようなものを感じた。俺よりずっと長生きで、強い魔法使いだ。
魔法使いは俺の顔を見て驚いていた。
「きみ、その左目──もしかしてオーエンのものか?」
「……だったら、なんだ?」
「私はオーエンに用があったんだよ。それでオーエンを追ってきたのに、なぜかきみに辿り着いた。その目のせいだ。どうしてそんなことになっているんだ?」
魔法使いは攻撃の手を止めて、首をひねっていた。
俺が黙ったままでいると、魔法使いは興味津々な瞳で俺に迫ってきた。俺は剣を構えつつ、仕方なく質問に答える。
「どうしてって言われても……。俺の意思でこうなってるわけじゃない」
「オーエンに目を与えられたのか?」
「違う。俺の左目をオーエンが奪っていったんだ」
「……? それって、目玉を交換したのか? なぜ?」
「俺に聞かないでくれ……。こうなったのも合意じゃないからな」
オーエンがなぜこんなことをしたのか、俺には分からない。魔法使いは不思議そうな顔をして、俺をまじまじと見ていた。
「あ!」
なにかに合点がいったように、魔法使いが声を上げた。
「きみ、カイン・ナイトレイか! オーエンが襲った中央の国の騎士団長だろ」
「……」
「にらむなよ。オーエンに襲われたのに生き残っているなんて、大したものじゃないか」
魔法使いはもう俺を攻撃しようとは思っていないようだった。だが、オーエンを追っていると言っていたから、俺がオーエンの行方を知っていることを気づかれたらどうなるか。
「あの、人違いってことならこれで……」
俺が一旦この場を去ろうと試みると、魔法使いは俺を引き留めた。
「いや、待て。むしろ、ちょうどいい。なあ、カイン・ナイトレイ」
魔法使いは俺の目を見てこう言った。
「一緒にオーエンを殺そう」
オーエンを殺害しようと誘われて、なぜそんなことをとか、どうやってとか、どうして俺をとか、いろいろな疑問が俺の頭の中を駆け回った。はっきりしているのは、俺はその誘いには乗らない、ということだ。だから、最初は断ろうと思った。だが、俺が断ったところでこの魔法使いはひとりでオーエンを殺しに行くだろうし、おそらくオーエンが返り討ちにしてしまう。命を無駄にするのはよくないと俺は思った。
「オーエンは強いぞ。殺すなんて簡単じゃない。オーエンを殺したいってことはなにか理由があるんだろうが、それって、殺さないと解決しないことなのか? ほかの方法で──」
俺は途中で言葉を切った。
魔法使いの背後に禍々しい色の霧が現れたからだ。
「無策でオーエンに挑むわけがない」
魔法使いは冷たい目で言った。
こういう目を、俺は見たことがある。北の魔法使いたちが殺し合うときにする目に似ていた。本気で、オーエンを殺そうとしている。
「!」
俺の身体が急に強張った。手から剣が落ちる。身体が固まって、動かせない。頭と口だけは動かせそうだ。俺を守っていた結界は、お守りの効果が切れてしまったのか、すでに消えてしまっていた。
「殺すと言ったら殺すんだよ。平和な時代の、中央の国生まれの若造には分からないかな」
魔法使いは腕を組んで、小さく息を吐いた。しばらく地面を見ていたが、顔を上げて俺を見る。先ほどの、殺気に満ちていたときよりは、幾分か穏やかな表情になっていた。
「まあ、きみには非現実的に聞こえたのかな。とりあえず話を聞け」
「……」
殺す、という意思はなかなか変えられそうにないなと思った。話を聞いてほしいようなので、まずは相手のしたいことを探ろうと俺は思った。
「じゃあ、話を聞くよ。だがその前に拘束を解いてくれないか? 俺の身体が動かないのは、あんたの魔法のせいだろ? 一緒になにかをやろうってときに一番大事なのは、信頼じゃないか。こうやって、俺を抵抗できない状態にして話を聞かせようっていうのは、脅しみたいでよくないよ」
張り詰めた空気を和らげようと、俺は笑顔で言った。
こういった魔法による拘束は、力づくで解こうとしても無理な代物だ。たまにオーエンのいたずらで魔法で縛られたり動けなくされたりするから、解くのが難しいのは身に沁みている。中途半端に抵抗すると、逆に拘束が強くなったり、仕込まれていた仕掛けが発動してより厄介なことになったりするのも経験済みだった。
「そうだな……」
魔法使いは俺の言葉にうなずいた。
「これは脅しだ。きみに断るという選択肢はない。このことがオーエンに露呈したらこっちが先にオーエンに殺される。きみが反抗しないよう拘束はそのまま」
魔法使いははっきりと俺にそう告げた。なんとか拘束だけでも解いてもらえないかと思っていたので、俺は落胆した。
「──……分かったよ。おとなしく聞いてる」
俺は脅されているらしいので、拘束されたまま魔法使いの話を聞く以外に現状できることはない。ただ──あのオーエンをどう殺そうとしているのかは、興味があった。いつか俺がオーエンから目玉を取り返すときの参考になるかもしれない。
魔法使いが布製の小さい袋を取り出した。
「オーエン殺しには、このマナ石を使う」
袋からマナ石が出てくる。マナ石は魔法で空中をふよふよと浮かんでいた。
「このマナ石には毒性がある」
「……えっ?」
俺は目を凝らしてマナ石を見た。俺には普通のマナ石に見えたし、毒性のあるマナ石なんて聞いたことがなかった。
「北の国の、東の国との国境近く、そこに毒のマナ石が採れる洞窟がある。このマナ石を食べた魔法使いは死に至る」
「……いま目の前にあるそれが、食べたら死ぬ毒のマナ石だって言うのか」
「そうだ」
魔法使いは少し誇らしげな、でもどこか恨めしそうな顔をした。
俺はどうにも信じ難かった。
「毒って……」
ふと、魔法使いを嫌悪していた村のことを思い出した。とある任務で訪れた人間の村で、魔法使いへの憎悪から、魔法使いには毒性のある花を村中に植えていた。だがそれでも、香りにかすかに毒性があるくらいで、せいぜい魔法使いの心を乱して魔法を使いにくくしたり、弱っている魔法使いの回復を妨げたりする程度の効果だった。魔法使いをただちに殺せるほどではない。
「そんな便利なマナ石があったら、もっと知られているはずじゃないか? それこそ……魔法使いを憎んでいるやつが真っ先に欲しがりそうだ」
「はっ……」
魔法使いが笑い出したので、俺はぎょっとした。魔法使いが笑ったことに驚いたのと、その笑い方が痛々しかったからだ。魔法使いは笑いを収めると、また口を開いた。
「……毒のマナ石が採れる洞窟の近くには村があって、そこでは魔法使いが消えると言われていた」
「消える?」
「殺していたんだろうな。毒のマナ石で」
「……」
魔法使いを憎んでいる者たちの話を聞くのは、正直気分のよくないことだった。俺は魔法使いであること隠すよう親に言われて育ったから、そういう魔法使いへの嫌悪は、人によって、あるいは地域によって現在も続いているのは知っているし、経験もしている。
「北の国では過酷さゆえ、人間たちが魔法使いの庇護を求めることがある。でも、毒のマナ石の洞窟近くの村は、北の国の中では比較的過ごしやすい気候で、人間だけで生活を営んでいた」
魔法使いの目が細められる。俺は黙って魔法使いの話に耳を傾ける。
「その村は、人間たちだけで暮らしているのが誇りですらあった。わがままで意地の悪い残虐な魔法使いに頼らずとも、自分たちだけで生きていけるってね。……私はその村の出身なんだ」
「──え?」
「村では、魔法使いであることを隠して生きていたんだ」
魔法使いが俺を見る。同じだろう、と言われているようでどきりとした。
「私は赤子のときに村の外で拾われたらしい。養親は私が魔法使いであることを知らなかった。物心ついたときには、その村では魔法使いは憎むべき対象であることを理解していたから、必死に隠した。自分はみんなから憎まれるような悪いやつじゃないって証明するために、周りの誰よりも真面目に働いた。魔法なんか、一度も使わなかった」
魔法使いがふうと息を吐いて、目をつむった。当時のことを思いだしているのかな、と俺は思った。
俺は息を呑んで魔法使いの話を待つ。魔法使いはまぶたを開くと、話を再開した。
「ある日、オーエンが村に訪れたんだ」
「……!」
「毒のマナ石に興味があったらしい。村のみんなはオーエンを追い返した。村に魔法使いを入れるわけにはいかない、と言って」
「……それで、オーエンはどうしたんだ? 大人しく帰ったのか?」
「村には立ち入らなかったようだった。だが──」
魔法使いが言葉を切った。俺は魔法使いを見つめる。
「去る前に私を指して言ったんだ、『そこに魔法使いがいるじゃないか』と」
魔法使いは、俺の目の前まで歩いてきた。俺と目を合わせる。
「オーエンに魔法使いであることを暴露された。私はおまえと一緒なんだ」
魔法使いの濃い琥珀色の瞳は、悲しみと静かな怒りを宿していた。俺は乾いた喉から声を絞り出した。
「あんたはそのあと、どうなったんだ……?」
「村の人間に暴力を振るわれたり、他にもいろいろされたりして、最後は殺されることになった」
でも、魔法使いは俺の目の前にいて、生きている。
「私は毒のマナ石を食べさせられてもなぜか死ななかった」
魔法使いはそのあとどうなったのかを俺に語った。
毒のマナ石で死ななかった魔法使いは、毒のマナ石の洞窟に閉じ込められることになった。毒のマナ石からは毒の瘴気が出る。弱い魔法使いであれば、マナ石を食さずとも瘴気だけで死ぬ。瘴気を浴び続ければ、魔法使いもいずれは死ぬのでは、ということで長い間洞窟に封じられた。
だが、それでも魔法使いは死ななかった。どれくらい時間が経ったのか分からないまま、ずっと、それからもずっと、洞窟の中で、毒のマナ石と瘴気に囲まれて魔法使いは生きていた。
ある日、洞窟に光が差した。なんてことはなく、地震で崩落が起こって、洞窟の入り口が偶然開いたのだ。
魔法使いは日光のまぶしさに目を細めながら、洞窟を出る。
だが、もう村はなかった。滅びたか、住人が別の場所に住処を移動したのか──たとえ村が存続していたとしても、百年以上が経過していた。
「オーエンに魔法使いだとばらされたせいで、私の人生はめちゃくちゃになった。親も友人もなくし、故郷すらなくなった。きみも一緒だろう? オーエンに人生を壊された元騎士団長……」
「……」
魔法使いであることを隠して、それをオーエンに暴かれたのは、この魔法使いと共通している。でも、俺は魔法使いであることをきっかけに騎士団長の任を解かれたものの、家族や友人、故郷がなくなったわけではない。ただちに処刑されそうにもなっていない。もちろん、周りの人々を驚かせたが、故郷である栄光の街に帰れば皆温かく迎えてくれる。
果たして、目の前の魔法使いと俺は一緒だろうか、と思う。俺は、この魔法使いほど失ったものが大きかっただろうか?
魔法使いは咳払いをした。
「身の上話をし過ぎた。しばらく東の国の森の奥にこもってひとりで呪術の研究をしていたから、人と話すのは久しぶりで、つい長々と喋ってしまった。じゃあ、オーエンの殺し方について話す」
「ああ……」
上の空みたいな声が出てしまって、俺は気を引き締め直す。
「毒のマナ石をオーエンに食べさせるのか?」
「それが一番いいけど、毒があるマナ石だってすぐ分かるだろうから、無理だろうな」
俺には普通のマナ石と区別がつかないが、強い魔法使いには分かるものらしい。
「じゃあ、どうするんだ?」
「これさ」
魔法使いが、空中に浮かんでいる例の毒のマナ石に向かって呪文を唱えた。すると、マナ石のまわりに煙のようなものがもくもくと現れた。
「私は毒のマナ石を食べても、瘴気を浴び続けても死ななかった。生まれつきなのか後天的なものかは不明だが、耐性があるんだ。そして、研究と修行の結果、マナ石の瘴気を操る術を身につけた」
マナ石のまわりの煙が瘴気なのだろう。瘴気は黒かったが、ときどき紫とか桃色がちかちか光っていた。見た目にも毒々しい。
「でも、その瘴気だけでオーエンを殺せるのか?」
「ただの瘴気では弱い魔法使いにしか効果がない。私の魔法で、毒のマナ石の瘴気を凝縮した特別版を作る。で、きみにも協力してもらう」
「え?」
「きみが、オーエンに傷を作る。そこに、私が瘴気を流し込む。これなら、マナ石をオーエンに食べさせなくても、傷口から毒で殺せるはずだ」
「……」
俺は毒や呪術に詳しくないから、オーエンにその毒が効くのかは正直分からない。それに、オーエンに傷を負わせるのもそう簡単ではない。
「オーエンに傷を作る役割を、なぜさっき会ったばかりの俺に? 俺より強い魔法使いはほかにもいる。大して親しくもない俺と組もうとするのは、なぜだ?」
魔法使いは瘴気を引っ込めると、腕を組んでむっとした顔になった。
「親しいやつなんて、誰もいない。魔法使いの知り合いもいない。だから、誰に頼もうが正直一緒だ。金で動かすか、力で脅すか。──きみは、少し違う。境遇が似ている。魔法使いであることを隠して騎士団長をやって、オーエンにそれを暴露されたことで任を解かれたんだろ、噂に聞いたよ。きみは、オーエンに恨みを持っている。共通の目的のもとに協力できる可能性がある。そして」
空中に浮かんでいるマナ石が、ゆっくりと俺に近づいてきていた。俺は身構える。魔法使いが手をかざすと、マナ石はそこで動きを止めて、空中に静止した。
「きみはオーエンより弱くても、オーエンに挑む胆力がある。オーエンに殺されそうになっても、逃げずに立ち向かったんだろ?」
「……」
「私は単純な魔力でいえばきみよりは強いけど、それでもオーエンには全然敵わない。だから、きみと私で、協力してオーエンを殺さないか」
力に満ちた目が俺を見下ろしている。俺が承諾すると確信しているようだった。境遇が似ていることへの共感や、俺を評価してくれていることへの奇妙な感慨のようなものを、俺は覚える。
それでも、オーエン殺しに協力する気は俺にはない。この魔法使いは、俺とオーエンのことをどれだけ知っているのだろうと思った。
「俺はオーエンに恨みがあるが、あんたの計画でほんとうにうまくいくかは不安だ。失敗したら、オーエンに殺される。リスクが大きすぎる」
俺がそう言うと、魔法使いは眉をひそめた。
「中央の国の騎士ってのは、もっと勇気にあふれているものなんじゃないのか」
「……無謀と勇気は違う」
魔法使いの顔が歪んだ。魔法使いの計画を無謀と断じたようなものだから、怒るのも致し方ない。俺は柔らかい表情を魔法使いに向けた。
「もう少し、作戦を練り直そう。やるなら確実にやりたい」
時間を稼ぎたかった。いま承諾してしまうと、すぐにオーエンを殺しに行くつもりだろう。
俺はオーエンを倒して奪われた片目を取り返そうとしているが、それはいまではない。そして、オーエンから目を取り返すのは誰かの手を借りて成し遂げるのではなく、自分の実力でやらなければ意味がないと、俺の心が言っていた。あと、なんとなく──オーエンもそれを期待しているような気がした。
魔法使いは、じとりとした目で俺を見た。
「いや。すぐに取り掛かる」
「急ぐ必要があるのか?」
「オーエンに感づかれる前にさっさとやってしまいたい。それと、ここ数日は厄災の気配が濃い。この機を逃さないほうがいい。成功する確率が高いから、リスクでいえば、いまが一番低いと思う」
「……」
魔法使いはなんとしてでも強行するようだった。俺は足止めをしようとする。少しでも時間稼ぎをすることで、その間に魔法使いを止める案が浮かぶ可能性もある。
俺は協力者として頼りない風を装った。
「それでも、オーエンは強いから殺すってなると身が竦んじまう。その……報酬はあるのか? 報酬でもないとやってられないよ」
「報酬……」
「あんただって、オーエンを殺しても、失ったものが帰ってくるわけじゃないだろ?」
オーエン殺しで得るものがないと思わせれば──と俺は考えたが、復讐なんて大抵はそういうものだった。
魔法使いは少し考えたあと、口を開いた。
「報酬は、名誉だ」
「……」
「オーエンを殺して、私たちの名誉を挽回する。失われた命も時間も戻らないが、名誉なら、奪い返せる。それにオーエンの石は、さぞ極上のマナ石だろう」
ほう、と俺は感心した。名誉という言葉は俺に響いた。
魔法使いも手応えを感じたのか、自信に満ちた顔をしていた。
「やるだろ? 中央の国の騎士よ」
魔法使いは、俺になにかを差し出した。
「それは……?」
「解毒薬。といっても少量だが。オーエンに瘴気が回ったら、目を通じてきみも毒に侵されるかもしれないから、一応持っておくといい」
俺は薬を見つめた。これを受け取れば、オーエン殺害へ同意したことになるのだろう。
それでも、受け取るしか道はなさそうだった。とりあえず協力したふりをすれば、拘束は解いてもらえる。そして、すぐにオーエンに会うことになる。会ってから、オーエンに事情を説明しようと俺は考えた。
俺が魔法使いと目を合わせると、腕だけ拘束が解かれ動かせるようになった。
俺の手が魔法使いへ伸ばされた、そのとき。
「⁉︎ 熱っ……!」
俺の左胸が急に熱くなった。
ジャケットの内ポケットから、熱を発している物体を急いで取り出す。魔法使いも困惑していた。
「なんだ……?」
「これは……」
紙片が燃えていた。今日オーエンと行く店の情報が書いてあるメモだった。
──急に、怖気が走る。周囲の気温が下がったように感じた。
異様な雰囲気に、俺も魔法使いも一瞬硬直した。メモはちりちりと音を立てて燃えていたが、やがて灰になって音が止む。
「騎士様のくせに、僕をこんなに待たせるなんて」
聞きなじみのある、あの嫌味っぽい声が路地に響く。
「どこで油を売ってるんだろうと思ってたら、楽しくおしゃべりしてたの? ずるいなあ……僕も混ぜてよ」
こつん、と軽い靴音が俺の背後から聞こえた。
オーエンはゆっくりと歩きながら、俺の横を通過して、俺と魔法使いの間に立つ。俺の横を通るときに、オーエンは指の背で軽く俺の頬を叩いていった。からかっているのだろうが、オーエンらしい仕草に俺は少しほっとしていた。
「オーエン……!」
魔法使いはオーエンを見て、恐れるどころか笑っていた。強敵を前にして歓喜するなんて、北出身の魔法使いらしいなと俺はのんきなことを思う。
「ふふ、でも僕はこれから用事があるから、あんまり遊んであげられないんだ。残念だったね」
オーエンが片手を上げた。
あっという間に片がつくのだろう。圧倒的な力量差を見せつけられて俺は悔しくなるが──オーエンの魔法の鮮やかさには、つい、見惚れてしまう。
オーエンは魔法使いを倒したあと、お目当てのケーキがあるカフェに俺を連れて行った。体力的にというよりかは精神的に俺は少し疲れていたのだが、オーエンはお構いなしだった。
オーエン殺害を企てた魔法使いの処遇は、オーエンを含めた賢者の魔法使いの一部で決めるらしかった。事件自体、公にはしないそうだ。
「オーエンがあの魔法使いを殺さなかったのはよかったけどさ。中央の国の街中で起きたことなんだから、中央の国で裁くべきなんじゃないか。死んでも生き返るオーエンをとはいえ、殺そうとしたわけだし……」
「魔法舎で僕はオズやミスラを殺そうとしてるし、殺されることだってある。騎士様は、僕やオズやミスラを中央の国の法律で裁こうと思うの?」
オーエンにそう言われて、俺はなにも返せなかった。ブラッドリーは囚人として扱われているけれど……と考え始めたところで、オーエンがケーキを追加で注文した。俺は焦る。
「なあ、もうたくさん食べたよな……?」
「まだ財布が空っぽじゃないでしょう?」
オーエンは意地悪な笑みを浮かべた。俺は項垂れて、ため息を吐く。
「俺、酷い目にあったのに、容赦ないんだな……」
「ふふ」
オーエンは満足そうにケーキを頬張っていた。俺はオーエンを見ながら、コーヒーをすする。
「オーエンはあの魔法使いのこと、覚えてた?」
「まあね」
「……俺にしたのと、同じことしたんだな」
オーエンは心外だ、という顔をした。
「は? 僕が目玉を奪ったのは騎士様しかいないけど?」
「そっちじゃなくて。……人間のふりしてるやつを、魔法使いだってばらしたこと」
「ああ……」
オーエンは皮肉っぽく笑った。
「毒のマナ石もそうだけど、あの村、魔法使い狩りの噂があったから面白そうと思って行ってみた。そうしたら、人間に混じってる魔法使いがいたんだ。そいつらにとって憎いはずの魔法使いがいるのに、誰も気づいてないんだもの。おかしくってさ」
「……魔法使い狩りって? 毒のマナ石を使うのか……?」
「そうだね」
オーエンがケーキをぐしゃりと潰した。ケーキの苺の赤さがやけに生々しかった。
「弱い魔法使いはさ、毒のマナ石と普通のマナ石の区別がつかない。だから、その辺に撒いておけば、勝手に食べて勝手に死ぬ。毒餌だ」
「……」
「面白いのは、あの洞窟さ。毒の魔法が得意な魔法使いがあの洞窟で死んだのか、あるいはなにかの怨念からなのか、いろいろ噂は聞いたけど、とにかく、あの洞窟のマナ石には毒が宿る。普通のマナ石も、あの洞窟に放り込んだら瘴気を浴びて毒のマナ石になるんだ」
「へえ……」
「だから、毒餌で死んだ魔法使いのマナ石を回収して、洞窟に放り込む。それで毒のマナ石に変化したら、また撒く。そうやって、毒のマナ石を増やして、弱い魔法使いを狩っていた。……あと、あの村は、魔法使いを憎んでいるやつらに、毒のマナ石を売って稼ぐこともしてたみたいだった」
俺は苦い気持ちになる。
「それって、今日オーエンを殺そうとしていた魔法使いも知ってたのかな……」
「どうだろ。知ってたかもね?」
知っていたとしたら、あの魔法使いはどんな思いで、村人が魔法使い殺しの石を売るのを見ていたんだろう、と俺は思った。
オーエンは興味なさげにケーキを口に運んだ。
「そういえば、さらに面白い話があって」
オーエンは機嫌がいいのか、ケーキを食べながらも今日はよく喋っていた。
「あいつが魔法使いだとばらして少し経ったあと、僕が村の周りをうろついてたら、村のやつらが僕に頼みごとをしてきた」
「頼みごと?」
「魔法使いに毒のマナ石を食わせたけど死ななくて、それで困って洞窟に閉じ込めて瘴気で殺そうとした。でも、そうなると洞窟に入れなくて毒のマナ石が採れなくなっちゃうだろ? 馬鹿だよね。洞窟の封印を解いて、中で魔法使いが死んでたらいいけどさ、生きてたら復讐されるに違いない。だから、もし生きてたら僕に殺してくれって村のやつらが頼みにきたんだ」
「……」
魔法使いへの憎悪から殺そうとしたのに、復讐を恐れてほかの魔法使いに殺害を頼むなんて、めちゃくちゃだと思った。胸がぎゅうと苦しくなった。
「魔法使いだからって、そんな目に遭ったのか……」
俺は暗澹としてつぶやく。
オーエンは俺をじっと見たあと、思い出したように言った。
「あ。でも、あの村の人間の中にも、魔法使いの味方がいたみたい」
「……え? そんな話、俺は聞かなかったが……」
「魔法使いが食べさせられた毒のマナ石を、普通のマナ石にすり替えたやつがいたんだって。親なのか友人なのか──。それで、あいつは一命を取り留めたんだ。まあ、そのあともいろいろあったんだろうけど、元気に僕を殺しに来れるようになった」
魔法使いは、「毒のマナ石を食べたけど死ななかった」と俺に言っていた。だから、魔法使いを助けようとした者がいたことを、本人は知らないのかもしれない。
「それをあの魔法使いが聞いたら、少しは救われるかも……」
「おい。まさか同情してるの? あいつ、おまえのことも殺す気だったよ」
「えっ?」
目を瞬かせる俺に、オーエンはフォークを突きつけた。
「どうせ、僕を殺すのに協力しろって言われたんだろ。でもうまくいかなかったら、おまえを左目ごと呪い殺すつもりだったよ。左目を通して僕を殺せるかもしれないから。一つ目の策が失敗したとき用の保険だよ」
「そうかな……? 瘴気を防ぐのに解毒薬くれようとしてたけど」
「その薬も、毒か、もしくは呪いなんだって。使った直後はなにも感じないけど、遅効性であとから効いてくるやつ」
「……」
口をつぐんだ俺に、オーエンは得意げに笑った。
「だから、感謝してよね」
「感謝?」
「おまえを死なないようにしてやった」
オーエンは俺を守ってくれた、らしい。あのタイミングでオーエンが来てくれなかったら、オーエンの言うとおりまずいことになっていたかもしれないし、オーエンが現れた瞬間は、正直かなり安心した。
「じゃあ……オーエン、ありがとう」
「ふふ」
オーエンはまぶしそうに目を細めた。嬉しそうな顔に俺には見えた。甘ったるいケーキのせいか、それとも。
だが、俺はふと気づいた。
「……ん? あれ? でも俺が今回巻き込まれたのって、俺の左目がオーエンの目玉だからって理由なんじゃないのか? そうだとしたら、これってオーエンのせい……」
オーエンはにやりと嘲るように口角を上げた。
「まあ、またこういうことがあったら助けてあげなくもないけど?」
「おい……」
「僕から目を取り返すなら、こんなこと簡単に解決できるくらい強くならなきゃ。ああ、でも、『助けて!』って泣いて僕にすがる、情けない騎士様の顔は面白かった」
「……泣いてすがってはいないぞ」
そんな話をしながら、オーエンは菓子を食べまくって俺の財布を空っぽにした。
店を出たあと、オーエンは俺を見て変な顔をしていた。まさか、さすがに食べ過ぎて腹の調子を悪くしたのだろうか、と俺は思った。
「オーエン、大丈夫か? 好きだからって、食べ過ぎるのはよくないぞ」
「は? なんの話? ていうか、大丈夫じゃないのは騎士様のほうでしょう」
「ん? 俺……?」
疑問を返した俺に、オーエンはみずからの前髪をいじりながらぼそっと言った。
「いつもは馬鹿みたいに能天気で、鬱陶しいくらいなのに、なんか暗いだろ」
「そうかな。まあ、今日はいろいろあったからな」
「違う。最近ずっとそうだった」
オーエンの言葉に、俺は首を傾げた。
「あー……」
だが、「最近」というところで思い当たった。たぶん、不可解な狼の夢のことで少し悩んでいたから、それを言っているのかもしれない。
「変な夢を見るんだ」
「夢?」
オーエンは俺をじっと見た。
オーエンは俺の金でケーキを食べ終わったから、もう俺に用事はないはずだが、俺が歩き始めると横に並んだ。オーエンは俺と会話をする気があるようだった。せっかくだから、俺はオーエンに狼の夢の話をしてみた。
「──って感じで、耳を切り落とされた狼の夢を見る。ここ最近、何回も。これってなんなんだろう……」
「……」
オーエンは俺の話を聞いて黙りこんだ。しばらく、俺たちは無言で歩き続ける。
オーエンがつぶやいた。
「精霊かも」
「えっ?」
俺は目を丸くしてオーエンを見た。
「精霊が、おまえにそういう夢を見せている。少し古い時代の精霊が、騎士様にまとわりついてるのが僕には見える」
「……そんなことがあるのか? なぜ?」
「知らないよ。思いつきで言ってみただけ」
オーエンは拗ねるみたいにそう言った。オーエンは俺を騙すために嘘を言っているわけでも、からかっているわけでもなさそうだった。
「そっか。でも、なにも分からないよりは、そういう可能性の話だけでも聞くと楽になるかも。ありがとう」
俺が礼を言うと、オーエンは居心地が悪そうにしていた。
オーエンはしばらくうつむきながら歩いていたが、ひとりごとのように話し始めた。
「──この土地の古い精霊が、おまえの夢に影響を与えているのかもしれない。……狼って聞いて僕が思い出したのは、ここは何百年か前、森や山ばかりで、まだ街はなくて、動物たちがたくさんいたってこと。鹿とかうさぎとかでかいネズミとか、あと──狼がいた」
「狼……」
俺は王都や付近の街をたびたび訪れるが、狼がいるとか狼を見かけたとかいう話はあまり聞いたことがなかった。
オーエンは詩を朗読するみたいに話し続けた。
「森や山ばかりだったこの土地に、やがて、人間が外からやってきた。人間たちは土地を開拓し、家畜を育て、狩りをしながらここで暮らすようになった。人間たちは狼を嫌った。人間が育てた家畜を食べることがあるし、人間たちが狩ろうとする草食動物を狼も狩るから競合するし、あと、恐れていたんだろう。人間たちは狼を必要以上に嫌悪し、憎んでいた」
「……」
「狼に家畜を食べられたって、家畜が病気で死ぬことと一緒で、ある程度はしょうがないことだと思わない? ていうか、狼は草食動物を見て家畜と野生を区別しないだろ。野生の草食動物だって、人間たちが毛皮を外に売るために自分たちの食料以上にたくさん狩ったのに、狼が狩るせいで数が少なくなったとかほざくやつがいた。狼は、人間の都合のいいように悪者にされてたんだ。それで、人間たちは狼を討伐することにした」
オーエンの語りは、なんだか実際に見てきたことを話しているみたいだった。
「人間が狼を狩る方法としては、銃とか罠とかいろいろあったけど、一番楽なのは毒餌だった。人間が鹿を狩って、毛皮とか肉とか必要なものを剥ぎ取ったら、残った鹿の死骸に毒を仕掛けて放置する。時間を置いて戻ってきたら、そこで狼が死んでるんだ」
「……毒餌」
俺は毒のマナ石のことを思い出した。あれも、魔法使いを狩るために毒餌として使われたんだったな、と暗い気持ちになる。
「地域や時代によっては、狼狩りに報奨金が出たんだ。一頭殺したらいくらって。狼を殺した証拠に狼の身体の一部を持っていくわけだけど、そこで使われたのが狼の耳だった」
「……!」
オーエンの話と、俺の夢との繋がりが見えた。夢に出てくる耳の切り取られた狼は、かつてこの土地で人間に狩られた狼の姿なのかもしれない。
「なるほど! ……で、精霊はなんで俺にその夢を見せるんだろう……?」
俺がこの辺りで狼を見たことがないのは、おそらく過去の狼狩りで生息数が減ってしまったからだろう。
「俺に狼狩りのことを伝えたかったのかな? 歴史の授業みたいな……?」
俺がうーんと唸っていると、オーエンがぼそっと言った。
「おまえが狩る側だったから、とか」
「……え? 狩る側? 俺が?」
俺が聞き返すと、オーエンは眉根を寄せた。
「……だから、僕は思いつきで喋ってるだけだってば。僕がなんでも答えを知っていると思うなよ」
「悪い。狼のこと教えてくれてありがとな。知らなかったから、勉強になるよ。北の国の話じゃないのに、オーエンはすごく詳しいんだな……。でも、俺は狼を狩ったことなんてないから、狩る側って言われると、釈然としないっていうか……」
俺は窺うようにオーエンを見つめた。オーエンはうざったそうな顔をする。俺が眉を下げて「だめか?」と懇願の表情をすると、オーエンは長いため息を吐いたあと、俺に続きを話してくれた。
「おまえは、中央の国の騎士だったわけだろ。中央の国の王に忠誠を誓ってた。もしさ、国王が魔法使いを憎んでいて、王都にいる魔法使い全員を討伐しろと騎士団に命じたら、従わなきゃいけないでしょう」
「……さすがに、めちゃくちゃな命令だったら意見するとは思うが。いい臣下ってのは、主君が間違ったときに諌めるものだからな」
「……」
オーエンはなぜかふっと笑った。
「へえ、そう。じゃあ……魔法使いの部分を別のやつに置き換えてもいい。盗賊、反乱者、侵略者……。王様が悪者認定したやつを、騎士団は倒していくわけ。その悪者認定が、ときには間違っていたとしても、ね」
オーエンが帽子を目深にかぶり直した。オーエンの制帽の正面には、北の国の紋章がついている。国の紋章があるということは、官吏の制服なのだろうが、オーエン自身がかつて官吏だったのか、あるいはどこかから奪ったり拾ったりした帽子を身につけているだけなのか俺はよく知らない。
「狩る側っていうのはそういう話。権威に従って力を振るう。……別にカインが、罪もないやつを殺しまくってるとか、偏見のせいで動物をたくさん狩ってるとかってことじゃないからな。その……」
オーエンは珍しく、歯切れが悪かった。
「もちろん、騎士であることが悪いとかでもない。そんなことを僕は言いたいんじゃない……。──ていうか、そもそも精霊がなにをしたいかなんて、ここでぐだぐだ喋ってても結局分からないんだよ」
オーエンはなぜか俺の脛を蹴った。
「痛!」
「たかが夢ごときで、いちいち悩むなよ。あれだ、騎士様が精霊に聞けばいいんだよ」
「精霊に聞く……?」
「聞くっていうか、精霊を感じ取って、こう……ああ、もう、おまえはまだできないんだっけ」
「えっと……」
「オズはなにやってるの。赤ちゃんの騎士様くらい、さっさと一人前に鍛えろよな。くそ……」
きょとんとしている俺を置いて、オーエンがひとりで焦っているみたいだった。なんだか、俺は笑えてきてしまう。
「はは……痛っ。また蹴った!」
「おまえのために考えてるのに、なに能天気に笑ってるんだよ」
「悪い。……ああ、でもなんか、いまのオーエン見たら、すごく気が楽になった」
「……?」
「あ。あと俺のために考えてくれてたんだな。ありがとう」
オーエンが目をかっと見開いた。オーエンは、びっくりして威嚇する猫みたいになった。
「違うからな! おまえものんきに僕に礼言ってるなよ。僕はおまえの目玉を奪った悪い魔法使いなんだから」
怒っているオーエンに向かって、俺は微笑んだ。オーエンは意地悪だし性格が悪いけれど、そういった面だけのやつでもないと俺は徐々に知った。たぶん、オーエンなりに心配してくれているんだろうなと俺は思った。誰かが俺のために心を砕いているところを見ると、ふわっと温かい気持ちになる。
「別に、礼くらいそのまま受け取ったらいいのに」
「……」
オーエンは落ち着かない様子で、しばらく自分の髪の毛をいじっていた。
俺をあの魔法使いから助けたことについては「感謝して」と言っていたのに、いまは気まずそうにしているので、オーエンは礼を言われるのに慣れていないのかなと俺は思った。
俺たちは人通りの少ない道に出る。するとオーエンが俺に身を寄せてきて、肩を触れ合わせながら言った。
「明日の夜のデザートは、騎士様が生クリームを作ってよね」
「……ん?」
「それでお礼ってことにしてあげる。おまえの財布、空っぽになっちゃったから、それで許してあげるって言ってるんだ」
「……んん⁉︎」
いまケーキをたくさん食べてきたところじゃないか、と俺は愕然とする。
ぎょっとしている俺が面白いのか、オーエンはぱっと笑顔になった。にやにやと楽しそうに、オーエンは笑っていた。
オーエンの笑顔を見ると苦々しくなったり腹立たしくなっていたものだが、この頃はそこまで不快に思わなくなってきた。
でも、俺の財布をすっからかんにしたのに生クリームまで所望するなんて、そこはやっぱり意地が悪いよな、と俺は思う。