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    2025/7/13東京「凍星(いてぼし)のきらめく夜がそれだった」サンプル 厄災みたいだ、と誰かが言った。
     今夜の月は大きかった。空を見上げた少年は、大いなる厄災を知らない。かつて、この世界を襲っていたという大いなる厄災は、賢者の魔法使いたちが倒して跳ね返して、それから、上空の月はただの月だった。
     ——厄災は、滅んだ思いや失われた情念を蘇らせるって聞いたことがある。大きい月って、なんか嫌な感じだよな。
     大人がそんなことをつぶやいているのが、少年の耳に入る。大人だって、長く生きている魔法使いでもなければ厄災を知らない。厄災が倒されたのはずっとずっと昔の話である。
     金色の瞳に月を映した少年は、背中をどんと押された。
    「早く寝ろ。明日の仕事に障る」
    「……」
     少年は背後をにらんだ。少年より背の高い男が、下卑た笑みで少年を見下ろしていた。
     少年は文句を言わず寝所へと向かう。はあ、とため息を吐けば寒空に白く浮かんで、すぐ消える。うんざりしたところで明日は来る。少年は赤い髪の頭をぶんぶんと振って、無理やり憂鬱ゆううつを振り落とそうとした。
     
     翌日、少年は川辺まで大きな袋を引きずってきた。袋の中には、鉱石やマナ石が詰まっている。
     少年の仕事は、採掘した石を川で洗浄することだった。ここは、北の国では比較的南方に位置している鉱山だが、それでも川で石を洗うのはかなりつらい。だから、魔法使いである少年の仕事だった。
     少年は魔法で袋から石を取り出す。空中を浮かんだ石は、川の流れへと運ばれていく。そうして、石に付着した土や汚れを川の水流で落とす。
     少年は川をぼうっと眺めていた。そのうち、頭ががくんと落ちて、少年は慌てて顔を上げる。寝そうになって、ひやりとした。昨晩は寒さのせいであまり眠れなかったのだった。
     うっかり石が川下に流されて石を紛失してしまったら、少年はきつい罰を受けることになる。
     少年は川で洗っている石を確認しようと、慌てて川へ近づいた。
    「⁉︎ うわっ……」
     だが、雪で足が滑って少年は体勢を崩す。斜面を転がって、このままでは川に突っ込んでしまいそうになった。少年は目をぎゅっとつむる。冷たい水に耐えるように、身体を縮こませた。
     ——クアーレ・モリト。
     少年は遠くで、誰かの声を聞いた気がした。
    「……?」
     数秒経っても、少年の身体が冷水に浸ることはなかった。おそるおそる、少年はまぶたを開けた。
    「え……?」
     少年は空中を浮かんでいた。戸惑っていると、ゆっくりと地上に身体が降ろされる。
     なんだったんだろう、と少年は呆然とする。ぺたりと座りこんだまま、しばらく動けない。
     ざあざあと勢いよく流れる川の音が少年の耳をなでていく。視界の端に、一瞬なにかがいたような気がして少年は我に帰った。
     人影のようなものが見えたように思えた。少年は目を凝らしたが、もう動くものの気配はなかった。
     少年は混乱していた。
     ——もしかして、ほかの魔法使い?
     少年は簡単な魔法しか使えず、空を飛ぶなんてできない。少年と生活を共にしている魔法使いたちも、ほとんど少年と同じようなもので、大した魔法は使えなかった。
     だから、少年の知らない魔法使いが偶然通りかかって、少年を助けたのかと思った。だが少年は首を傾げる。なんのために自分を助けたのだろう? 助けた代わりに、金銭や食料などを求めることはしないのだろうか?
     ふたたび少年が辺りを見回しても、なんの気配もない。不可思議だったが、対価を求められないなら、それはそれでよかった。なにか要求されても、正直少年にはどうしようもなかったから。
     明くる日も、そのまた次の日も、少年は川へ大きな袋を引きずっていく。日を追うにつれて、袋が重くなっていた。採れた鉱石やマナ石が多いのは喜ばしいことだけれど、少年が洗わなければならない石の量も増えることとなる。作業時間は変わらないから、少年の負担がただ増えるだけだった。
     川で汚れを落とした石は、川から出したあと、水分を飛ばす。きれいにした石は袋に詰めていく。
     なかなか作業が終わらなかったせいか、川辺に監視役たちがやって来た。数人連れ立って少年に近づいてくる。
    「おい、チンタラするな」
     監視役が少年に向かって怒鳴った。
     少年はうんざりした顔で監視役たちを見る。
    「怠けてるわけじゃなくて、今日は量が多くて——」
     言い終わる前に、少年の顔に監視役の拳がめり込む。少年は殴られて、雪の中に倒れた。
    「っ……」
    「魔法使いは性格が悪くて、不真面目だ。性根しょうねを叩き直さなきゃなあ」
     監視役たちが、笑いながら少年を取り囲む。少年は腕で頭を隠して、できるだけ身体を丸くした。蹴られても、頭や内臓を守るためだった。
     そのとき、ひゅうと清涼な風が吹いた。なぜかあまり寒くは感じなくて、清々しさがあった。少年が腕の隙間から目をのぞかせると、雪の粒がきらきらと風に乗って舞っていた。
    「性格が悪くて、不真面目? それって僕のこと?」
     嘲笑う声が、冷えた大気に響く。
     いつの間にか、白い外套がいとうを着た何者かが少年と監視役たちの近くに立っていた。
    「⁉︎ な、なんだ……?」
     監視役たちが後ずさっていく。
     白い外套がいとうの人物は、監視役たちのほうに向かって進んだ。
    「ほら、性根を叩き直すんでしょう?」
     謎の人物は、白い制帽に白い外套をまとっていた。外套の襟が高くて、地面に転がっている少年からは顔は見えない。少年の視界に入ったのは、汚れひとつない革靴だった。革靴は黒を基調としているが、切り替えのある靴の先だけ白い。
     監視役たちは困惑していた。
    「なんなんだ? こいつ……」
    「気味悪いし、関わらないほうがいいんじゃないか?」
    「面倒だし見なかったことにしようぜ……」
     監視役たちはそそくさと立ち去っていった。少年は身体を起こし、白い外套を見上げる。
    「あ、あの……」
    「……」
     紅の瞳が、少年をちらりと見た。
     血の色だ、と少年は思う。あるいは、甘そうな果物の色だと思った。
     少年はじっと見つめていたが、強風が吹いて思わず目をぎゅっと閉じる。まぶたを開ければ、もう誰もいなかった。
     少年は監視役たちに暴力を振るわれずに済んだ。なにかと理由をつけて、殴られたり蹴られたりするのは日常茶飯事だった。
     偶然、あの謎の人物が現れたおかげで助かったらしい。
     ぼうっとしていては時間を無駄にしてしまう。少年は深く考えるのはやめて、仕事に戻った。
     
     大きな袋を抱えて鉱山と川を往復するのが少年の毎日だ。だがその日の少年は珍しく、手ぶらで川へとやってきた。川辺に座って、ぼんやりと景色を眺めた。
    「うっ……」
     横腹がずきりと痛んで、少年は手をやる。
     石を採掘していた坑道が崩落して、今日は作業ができなくなった。腹いせに、または暇つぶしに、作業場の人間たちが少年に暴行を加えた。少年は隙を見て逃げ出してきた。自分の担当している仕事がないときは、本来はほかの仕事の手伝いをしなければならないのだが、あの場にいては暴行が続いただろう。逃げたことについて後に叱責しっせきがあるにしても、どうしたって、あそこにはいたくなかった。
    「はあ……」
     少年は膝を抱えて、顔を伏せた。
     ざくざくと雪を踏む足音が聞こえて、少年は顔を上げる。作業場の人間たちが、少年を追いかけて来たのだ。
    「見つけたぞ」
    「どうせここから逃げられないのに、手間かけさせやがって」
    「……!」
     少年は逃げようと立ち上がったが、腹の痛みで膝をついてしまった。少年を取り囲むように人間たちが立つ。人間の手に握られているツルハシの先が鈍く光って、少年はぞっとした。
    「っ……」
    「今度はどういたぶろうか」
     人間たちは下品に笑って少年を見ていた。少年は、この腹の痛みを抱えたままでは逃げてもすぐに追いつかれると思った。諦めるしかないか、と少年は奥歯を噛む。
     だが、川辺に響いたのは少年の悲鳴ではなかった。
    「ぐええっ……」
     野太いうめき声をあげて、人間のうち一人が腕を押さえた。
     人間の握っていたツルハシが、雪の上にどさりと落ちる。——握った人間の手首ごと。
    「っ⁉︎ どうなってる⁉︎」
    「なんなんだ、一体……」
     人間たちはざわめき立つ。
     辺りを警戒する者もあれば、怯えることしかできない者もいる。
     少年は上空を見た。
     こちらを冷たく見下ろしてくる視線があった。
    「いい趣味してるね、おまえら。いつもそうやって遊んでるの?」
     降ってくる声で人間たちも気づいたらしく、皆一様に空を見上げた。
     空に浮かんでいるのは、トランクケースに座ってこちらを見下ろしている人物だった。
    「……!」
     少年は目を見張った。はためく白い外套は、見覚えのあるものだった。
    「魔法使い……」
     人間たちが息を呑む。
     少年が以前、監視役たちに暴力を振るわれそうになった際に現れたそのひとだった。
     人間が叫んだ。
    「おい、ちょっと強そうだからって、人数はこっちのほうが多いんだ。おまえら怖がるな。捕まえてやろうぜ」
    「お、おう……」
     人間たちは魔法使いに立ち向かうつもりらしかったが、魔法使いは宙に浮かんだままだ。空を飛べない人間が捕まえられるはずもなかった。
    「おらあっ!」
     無謀な人間が、小さいナイフを空に向かって投げた。だが魔法使いには当たらない。
     魔法使いが、指をくるっと回した。
     すると、ナイフが向きを変えて人間に飛んでいく。
    「⁉︎ な……うわあ!」
     高速で飛んでくるナイフは、人間の胸に刺さった。
    「もうちょっと楽しませてよ」
     魔法使いが、退屈そうに足をぶらぶらと揺らした。子どものような仕草とは逆に、声にはおぞましい響きがあった。
    「ひい……!」
     恐怖に耐えられなくなった者が逃げ出した。それをきっかけに、ほかの人間たちも逃げていった。この場に少年と魔法使いだけが残る。
     少年はじっと魔法使いを見た。
    「えっと……」
     どう声をかけたらいいか、少年は分からなかった。でも、前のように魔法使いがすぐに去ってしまうのは嫌だった。
    「待ってくれ……!」
     少年はしぼり出すように声を出した。魔法使いは驚いたように少年のほうを見た。
     少年がもごもごしていると、魔法使いは少年のそばに降りてきた。
     ちゃんと顔を見たのは初めてだった。青白い顔に真っ赤な瞳。一見病弱そうに見えるのに、幽霊みたいな、得体の知れない感じのほうが強かった。
    「その、あんた、俺を助けてくれたんだよな……?」
    「……」
     魔法使いは顔をそらした。顔の動きに合わせて銀色の髪が揺れる。
     魔法使いはみずからの髪の毛をいじりながら、ゆっくりと口を開いた。
    「おまえ、魔法使いのくせになんで人間ごときにいじめられてるの」
    「……! あ、その」
    「みじめで、弱くて、見てるとむかむかしてくる」
     魔法使いがぼそっと言った。少年は上着の裾をぎゅっと握る。唇が震えた。
    「……っ」
    「……どうして、泣きそうなの。あいつらにいじめられてるときは泣いてなかったのに」
     魔法使いの口調は静かで穏やかだった。少年は慌てて顔を腕で覆った。
    「っ……ぁ、うう」
    「ちょっと……。泣くなよ。なんなの、僕が怖いの?」
    「ちがっ……ひっく」
     勝手に涙が出てきて、少年自身にもどうしようもなかった。こんなに泣くのは久しぶりだった。しゃくり上げるのが止まらなかった。
     やっと涙が止まって、落ち着いてから少年は顔を上げた。頬を伝った涙が凍ってぱりぱりしていた。濡れたまつ毛も凍って、目の前が見えづらかった。
    「クアーレ・モリト」
    「え?」
     少年は暖かさに包まれて驚く。凍った頬もまつ毛も元に戻った。
    「あったかい……。これ、魔法?」
    「……こんな魔法も知らないで、この地でどうやって生きるの」
     魔法使いは呆れたような顔をしていた。
     少年は、自分が泣いているあいだに魔法使いがずっとそばにいたのを不思議に思った。
    「俺、あんたによくしてもらった……んだよな? でも、俺にはなんにもないんだ。なにも持ってない、あんたにあげられるものがない……」
    「……なんの話?」
    「え、助けたからなんか寄越せってことじゃないのか。対価目当てに俺を助けたんじゃ?」
     魔法使いはぱちぱちとまばたきをした。小さくため息を吐いて、魔法使いはつぶやく。
    「別に、そういうんじゃない」
    「そうなのか……?」
     少年は首を傾げた。なにかをしてもらうためには、対価が必要。優しい顔をして近づいてくるやつは、親切の見返りになにかを要求してくる。それが少年の常識だった。
     魔法使いの目的が少年には分からなかった。少年は魔法使いの真意を探ろうと、じっと魔法使いの顔を見た。
     魔法使いは少年の視線を浴びて、決まりが悪そうに顔を歪めた。
    「で、さっきはなんで泣いたの」
    「あ……なんでだろう……」
     少年は考えた。魔法使いに「みじめで弱い」と言われて涙が出たのだった。
    「……悔しかった、から?」
    「悔しい? おまえが弱いのが?」
    「っ……。うん……」
     少年は、自分を弱いと認めるのが怖かった。情けないのもあるし、弱いと言ってしまったら、つらいことに耐えられそうにないからだ。少年を支えていた柱が、ぽきっと折れたように感じた。また泣きそうになる。
    「弱いやつは、強いやつの餌食になる。だから、強くいようって思ってた。誰になにを言われても、なにをされても、頑張って耐えた。心だけは強いつもりだった。でも……俺は多分強くなくて、弱い。さっき、あんたにみじめだって言われて、悲しくて、つらくて、それは、ほんとうのことを言われたからだ。弱い自分が、すごく悔しくなった……」
     少年は手で涙を拭った。先ほどみたいにしゃくり上げることはなくて、深呼吸をしていたらすぐに落ち着いた。
     少年は魔法使いを見上げた。
    「あんたは強そうだ。いいな……」
     言葉だけで監視役たちを追い払い、指先ひとつで人間を倒す。それくらい強かったら、誰に服従することもなく、自由に生きていけるんだろうなとまぶしくなった。
     魔法使いは目を細めて少年を見た。
    「強くなりたい?」
    「! うん……!」
    「じゃあさ、僕と一緒に来る?」
    「え?」
     驚いた少年に、魔法使いは銀色の髪を触りながらつぶやくように言った。
    「僕がおまえに魔法を教えてあげるって言ったら?」
    「……!」
     少年は目を見開いた。強い魔法使いに魔法を教えてもらうなんて、願ってもないことだった。すごくわくわくして——でも、それは無理なことだと気づき、少年は肩を落とした。
    「俺、十六歳になるまでこの鉱山の頭領の言うことを聞かないといけないって約束をしたんだ。だから、あんたと一緒に行きたいけど、行けない……」
     
     少年は自分の親について、よく覚えていない。自分を置いて立ち去る、実親なのか養親なのかの背中だけがおぼろげに記憶にある。おそらく、親に売られたのだった。
     そのあとはいろいろなところを転々とした。別のところに売られたり、さらわれたり、逃げ出したり。
     いまは、北の国のマナ石採掘の鉱山にいる。宿と食事付きで、報酬は少ないが出ると頭領から聞き、少年は行くことを決めた。これまでいたところは眠れる場所と食事があればいいほうで、報酬は出ないことが多かった。魔法使いと知られれば命の危険すらある世界である。魔法科学装置のためのマナ石需要は高い。弱い子どもの魔法使いは、役に立たなければ殺されてマナ石になり、闇市場で高額で売られるのが関の山だ。少年はこの鉱山で金を貯めて、いずれは自立するつもりだった。いまは子どもだけれど、大人になれば舐められなくなるし、自由になれると信じていた。だから、約束を交わすのはリスクが高いと知りつつ応じたのだ。十六になるまで頭領に従わなければならないが、裏を返せば十六を越せば自由が手に入る。
    「だから、ここをすぐ離れるのはできなくて……」
    「じゃあ、その頭領ってやつを僕が殺してあげてもいいよ」
    「え! ……いや、だめだよ、そんなこと。だって、約束を破ったことになって、俺は魔力を失うんだろ……⁉︎」
     少年は青くなった。魔力を失ったら、魔法を教えてもらうどころではなくなる。
     魔法使いは少年に対して一瞬むっとしたが、そのあと目を伏せて微笑んだ。
    「はは……」
    「……?」
    「僕の好意を踏みにじるところ、そっくりだよ」
     魔法使いは制帽を目深にかぶり直した。少年はおずおずと魔法使いを見上げる。たぶん、魔法使いの申し出を断るのは失礼にあたる。自分の行ないを振り返って、少年はさらに青くなった。
    「あの、ごめ——」
    「自分が約束を破ったって認識しなければ、大丈夫だと思うけど」
    「……えっ?」
    「自分の心に背かなければ、約束を破ったことにはならない。おまえは約束を守るつもりだったけど、悪い魔法使いにうっかり殺されてしまった——そういうことだったら、しょうがないんじゃない?」
     魔法使いはそう言った。
     でも——ほんとうにそうだろうか、と少年の不安は消えなかった。
     少年が魔法使いの顔をうかがうと、魔法使いはいたずらっぽく笑った。
    「あーあ。おまえの約束の話を聞く前に、殺しちゃえばよかったかな?」
     魔法使いの機嫌を損ねていないことに少年はほっとしたが、魔法を教えてもらうせっかくの機会を失ったことは残念で、少年はうなだれていた。
    「おまえ、名前は?」
     魔法使いに名前を聞かれて、少年は顔をあげた。
    「えっと、ここでは八番って呼ばれてる」
    「は?」
     少年は親のことを覚えていなければ、生まれたときに与えられた名も覚えていない。売られたときには、できるだけ高く売れるよう仰々しい名前をつけられた気がする。さらわれて農地で働かされたときには、以前その農地で働いて衰弱死した子どもの名と同じものをつけられた。そのような形で、これまで属した場所でそれぞれ名を与えられていた。だが、所詮その場限りの名でしかない。このマナ石採掘の鉱山では、番号で人員を管理しているので、少年は番号か、あるいは髪の毛の色だとか特徴にまつわるあだ名とか、そういうもので呼ばれていた。
     少年には、これが自分の名だと思える名はない。これまでの名前はどれもしっくりこなかったし、場所とともにいずれは捨てる名だから、愛着も湧かなかった。
    「ふうん。じゃあ、僕がおまえに名前をつけてもいいわけだ」
     魔法使いが、少年のあごに手をやって魔法使いのほうを向かせた。
    「カイン。おまえの名前はカインだよ」
    「カイン……?」
    「僕の好きな絵本に出てくる騎士の名前。おまえ、文字は読める?」
    「読めない……」
    「ふふ。絵本、今度僕が読んであげる」
     魔法使いはそう言って、機嫌よさそうに去っていった。
     残された少年は、しばらくぽかんとしていた。
    「……カイン」
     魔法使いが与えた名前を少年は口にする。
     強い魔法使いが与えた名だからか、強そうな響きがした。
    「……あ!」
     少年は、魔法使いの名前を聞いていないことにいまさら気づいた。今度、と魔法使いが言っていたから、また会えるのだろうか。
     会いたいな、と少年は思った。
     少年はこれまで生きるのに精いっぱいで、その日のことしか考えられなかった。だから、おそらく初めて、明日が来るのが楽しみに思えた。
     
     少年は、それからカインと名乗るようになった。
     カインは毎日、鉱石やマナ石の入った大きな袋を抱えて川へ行く。袋は重いが、カインの足取りは軽かった。
     カインは川辺で魔法使いの姿を見つけて、手を振った。
    「オーエン!」
     白い外套に白い制帽。銀色の髪に真紅の瞳。その魔法使いの名がオーエンと知ってから、カインが川辺に行くとたいていオーエンもいて、自然と川で落ち合うみたいになっていた。
     カインにとってオーエンは、変な魔法使いだった。
    「カイン。シュガー、作ってみて」
    「うん!」
     カインはオーエンから教えられた呪文を唱える。
    「グラディアス・プロセーラ」
     カインの手のひらに、星型の砂糖菓子が現れる。オーエンが一粒取って、自らの口に放り込んだ。
    「前よりはましだけど、形が均等じゃないし、あんまり甘くない」
    「う……」
     魔法使いが初歩的な訓練として行うシュガー作りを、カインはオーエンと出会うまで、まったくやったことがなかった。
     そして、なぜか——オーエンは川辺でカインに魔法を教えてくれることになった。当初はオーエンについてくれば魔法を教えてくれるという話だったような……とカインは首を傾げるが、魔法を教えてもらえるなら、細かいことはどうでもよかった。
    「クアーレ・モリト」
     オーエンは、鉱石やマナ石の入った袋に向かって魔法を使った。石に付着した汚れを取って、きれいにする魔法だ。カインの仕事は石を洗浄することだけれど、石をきれいにするのが目的ならば、わざわざ川の水を使わなくてもいいだろう、とオーエンは言っていて、カインもたしかに、と思った。とはいえ、オーエンが使ったような、大量の石の汚れを一瞬で取り除く魔法はカインが使えるほど簡単なものではない。オーエンが魔法でさらりとカインの仕事を片付たあと、オーエンがカインに魔法を教えたり、絵本を読んだり、おしゃべりしたりするのがふたりの川での過ごし方になった。
     オーエンが魔法で絵本を取り出す。
     絵本の表紙には、馬に乗って剣を振る青年の姿があった。
    「今日は絵本の日ね」
    「また、『騎士の魔法使いカイン』?」
    「そうだよ」
     カインとオーエンは横に並んで腰掛けて、カインの膝の上で絵本を開く。
     オーエンが文字をなぞりながらゆっくり音読し始めた。
    「カインは、騎士を夢見る男の子」
    「カインは、きしをゆめみるおとこのこ……」
     オーエンが読んで、それをカインが繰り返す。同じ絵本を何回も読むのは、この絵本がオーエンのお気に入りなのもあるが、カインが文字を読む練習のためでもあった。
     『騎士の魔法使いカイン』は、騎士であり魔法使いでもあるカイン・ナイトレイの一生を描いた絵本である。栄光の街で生まれたカインは、めきめきと剣の腕を上げ、若くして中央の国の騎士団長になる。カインには秘密があった。魔法使いであることを隠して、人間のふりをしていたのだ。それは、魔法使いは騎士になれないという決まりがあったためだ。だが、カインはあるとき悪い魔法使いに襲われ、負けてしまう。しかも、カインが人間のふりをしていたことが悪い魔法使いによって明かされてしまった。魔法使いであるカインは、騎士団長をやめさせられることになった。
     カインはそこで夢を諦めなかった。その後カインは、賢者の魔法使いに選ばれて、大いなる厄災と戦う役目を与えられる。カインは、魔法を使って戦う騎士として、大いなる厄災から世界を守り、また、困っている人々をたくさん助けた。
     カインは大いなる厄災との戦いで命を落としてしまうけれど、カインの頑張りが評価され、魔法使いも騎士になれるようルールが変わった。カインは亡くなったあとに、騎士の魔法使いとして王子様から勲章くんしょうを与えられたのだった。
     この絵本でカイン・ナイトレイは、赤い髪で黄金の瞳を持った人物として描かれている。
    「オーエンは、俺の髪の色と目の色がこの絵本のカインに似ているから、俺をカインって名前にしたのか?」
    「秘密」
     オーエンはいたずらっぽく笑った。
     カインは唇を尖らせる。
    「どうして秘密なんだ? 俺にだけ教えてくれたっていいのに」
    「知りたい? なら、教えてあげてもいい。でも……おまえは僕の言うことを信じないと思うな」
    「そ、そんなことない……!」
     不誠実と言われた気がして、カインはむっとした。オーエンは楽しげににやりと笑った。
    「ふふ、じゃあ確かめてみよう」
     オーエンがカインの耳元に口を寄せた。ここにはふたりしかいないから声をひそめる必要はないのだが、内緒話をするみたいでどきどきした。
    「おまえはね、カイン・ナイトレイの生まれかわりなんだ」
    「……へっ?」
    「カインは何百年も前に死んだけど、またこの世界に生まれてきたんだ。それがおまえ」
    「……?」
     生まれかわり、というのがカインにはよく分からなかった。ぐるぐる考えて、オーエンに聞いてみた。
    「生まれかわりって——だって、魔法使いは死んだら石になって、そこで終わりじゃないのか」
    「僕も、僕以外はだいたいそうだと思ってたんだけど」
    「それに、俺、絵本のカインって魔法使いのこと、なにも知らないぞ……」
    「記憶をなくして生まれかわったんじゃない?」
    「というか、生まれかわりって、ほんとうにあるのか?」
    「さあ」
    「え、『さあ』って……」
     困惑するカインに向かって、オーエンは微笑んだ。
    「おまえに会って、生まれかわりってあるんだって、僕はそのとき思ったんだ」
     オーエンの髪が、雪が日光を反射するみたいにきらっと光った。
    「騎士様……」
     オーエンはカインを見てそうつぶやいた。だが、オーエンの目はカインではなく、どこか遠くを見ているようにカインには感じた。
     
     カインも、『騎士の魔法使いカイン』の絵本は好きだった。魔法使いがかっこよく描かれているからだ。
     カインが働いている鉱山では、魔法使いはカインのほかに、同年代の者が二人、大人が一人いた。同年代の魔法使いはカインと同じように、頭領と約束させられてここで働いている孤児だった。
     カインを含めた子どもの魔法使い三人は、鉱山で働く人間たちからぞんざいな扱いを受けていた。魔法が使えるから危険な仕事を押し付けられたりするし、待遇面でも、出される食事の量が少なかったり、報酬も人間より少なかったりした。子どもの魔法使いはちゃんと魔法を学んだことがないから、大した魔法は使えない。人間よりできることが特別多いわけでもないのに、魔法使いのくせに怠けているだとか、不真面目だとか、そういうふうに人間からさげすまれて暴力を振るわれる。この北の国の鉱山での労働は、未熟な魔法使いにとっても、人間にとっても、過酷なものだった。そのストレスのはけ口として余計に子どもの魔法使いたちが痛めつけられるというのもある。
     だから、誇りを持って活躍する『騎士の魔法使いカイン』は輝いて見えた。オーエンの言っていた、生まれかわりというのはぴんとこないけれど、『騎士の魔法使いカイン』のようになれたら——と、カインにとって密かな憧れでもあった。
    「おい、頭領が呼んでる」
     作業場のリーダーが、カインに言った。
     カインは頭領のいる部屋へ向かう。
     頭領は人間である。カインやほかの魔法使い、そして人間たちを集め、この北の国の鉱山へ引き連れてきた。通常、マナ石の採掘は、国の許可が下りている限られた場所で、なおかつ認可を得た者しか行うことができない。マナ石は魔法科学装置に必要だから、誰もが欲する。際限なく採掘してしまわないために国の制限があるが、新規参入は難しく、実態としては少数の者しかマナ石の採掘ができなかった。
     ただ、北の国は環境が厳しいために国の監視が行き届いておらず、しかも品質のよいマナ石が多く採れるというので、違法でマナ石の採掘が行われていた。
     頭領は、その状況に目をつけて北の国でマナ石採掘事業を始めた。北の国での採掘はリスクが高いが、マナ石は裏市場での取引価格も高いので、利益もかなりあるようだった。
     カインが頭領の部屋に行くと、頭領と、その横に医者が控えていた。この医者は大人の魔法使いである。鉱山で怪我人が出た際に魔法で治療を行っている。子どもの魔法使いとは違って、医者は人間たちからも一目置かれているらしかった。
     頭領は威圧するような口調でカインに言った。
    「おまえ、最近魔法使いのオーエンに気に入られているようだな」
     オーエンは以前に、カインをらしめようと川に来た人間たちを脅したことがあった。それから人間は川には近づかなくなったし、カインがオーエンと交流していることについても、報復を恐れて黙認しているようだった。だが、頭領の耳にも入ったらしい。
    「俺とオーエンに関係があったとして、それがなんなんだ。仕事はちゃんとしてるし……」
     頭領が、ばんと机を叩いた。カインはびくりと肩を縮こませる。
    「はっ。そうじゃないから呼んだんだろうが。おまえ、オーエンに石を触らせたな?」
    「……」
    「この頃、採掘したマナ石の品質が少し落ちてる。上等なマナ石をオーエンがくすねて、代わりに質の悪いマナ石を混ぜてるんだ。おまえと会ったときにな」
     真実はともかくとして、可能性としてはあるだろうなとカインは思った。それに対してカインに罪悪感はない。——こんな過酷な環境で働かされて、報酬も少なくて、真面目にやるほうが馬鹿らしいからだ。真面目にやったって、不当に難癖をつけられて人間たちに暴力を振るわれることもある。それなら、多少手を抜いたり、不正をしたり、ばれない程度にやるのは普通だった。
     だが、カインには頭領と交わした約束がある。頭領から下される命令によっては、カインは危機的な状況に追い詰められる可能性があった。
     カインは慎重に頭領に聞いた。
    「オーエンから石を取り返せって?」
    「いや。それは無理だ。なんたって、あのオーエンだからな」
     ひっひっと、頭領は気持ちの悪い笑い声をあげた。
     それまで黙っていた医者の魔法使いが、カインに向かって口を開いた。
    「おまえはオーエンのことをなにも知らない」
    「……?」
     眉をしかめたカインに、医者は続けて言った。
    「オーエンは、かつて大いなる厄災と戦う賢者の魔法使いの一人だった。そして、同じく賢者の魔法使いだったカイン・ナイトレイの目玉を奪った魔法使いでもある」
    「……⁉︎」
     カインは、オーエンが賢者の魔法使いであることをオーエンから聞いたことがなかった。それに、カイン・ナイトレイの目玉の話も知らなかった。絵本『騎士の魔法使いカイン』にはそんな描写はなかったはずである。
    「カイン、って呼ばれて可愛がってもらってるんだろう?」
     下品な笑みを浮かべて、頭領がカインに近づいてきた。
     頭領はカインの前に立ってカインを見下ろした。
    「オーエンは強い魔法使いだ。そのオーエンが、どうしてチビで弱いおまえに構っていると思う?」
    「……」
    「馬鹿なガキだから、騙されてるってまだ気づかないのか」
     カインは頭領をにらんだ。
    「騙されてなんか……!」
    「ま、なんでもいい。とにかく、オーエンと手を切れ。これ以上関わるな。正直、オーエンがこの辺をうろついている目的は分からん。だが厄介なやつだから、関わってもこの先、俺らやこの鉱山にいいことはないだろう……」
     その頭領の言葉に、医者の魔法使いはうなずいていた。
     頭領の命令なので、カインは逆らうことはできない。「頭領に従う」という約束を破ってしまうおそれがあるからだ。
     それに——もし、オーエンがカインを騙しているのだとしたら、そんな状態でオーエンとこれまで通り関係を続けたいとはカインも思わなかった。
     
     翌日、いつもの時間にカインが川辺へ行くと、オーエンがいた。
     オーエンは振り返って、カインに話しかけてきた。
    「今日はマナ石ないの?」
    「オーエン……」
     カインは着ている上着の胸部分をぎゅっと握った。
    「オーエン。あんた、賢者の魔法使いだったのか? しかも、騎士の魔法使いカインの目玉を奪ったって、ほんとうか?」
     オーエンは驚いたように少し目を見開いて、それから軽薄に笑った。
    「ふふ。誰かから聞いたんだ?」
    「答えてくれ……」
    「うん。ほんとう」
     カインの胸がずきりと痛んだ。頭領が言っていたように、オーエンは騙していたのだろうか、とカインは頭の中がぐちゃぐちゃになった。
    「騎士様——ああ、騎士様っていうのはカイン・ナイトレイのことね。騎士様と僕はいろいろあったんだ」
     オーエンは目を閉じて、思い出に浸るみたいな顔をした。カインに対して悪いとは思っていなさそうなオーエンの様子に、余計カインは傷ついた。
    「俺を騙したのか……⁉︎」
    「は? なんで?」
    「だって、俺に言わなかったじゃないか」
    「わざと言わなかったわけじゃない。一気に言ったって、混乱するだろ。僕と騎士様の因縁は複雑なんだ」
    「……」
     カインはもやもやした。オーエンは騙す意図はなかったと言っているが、カインには裏切られたような気持ちがあった。
    「なに、その顔。僕と騎士様の話をしたらいいわけ?」
    「……違う」
    「じゃあ、なに」
     オーエンはいらいらした口調でカインを問い詰める。カインだって、どうしたらこの胸の痛みが消えるのか分からなかった。
    「分からない、分からないよ」
    「……おまえ、誰になにを吹き込まれた?」
    「えっ?」
     オーエンの声が冷たく低くなって、カインは急に怖くなった。
    「ほら、教えてよ。誰に、なにを言われたのか……。僕だって、おまえにいきなり『騙したのか』って責められて、傷ついてるんだ」
    「あ……」
     カインは喉がきゅっとしまった感じがした。自分の心臓の音がやけに早く、大きく聞こえる。
    「っ、頭領に、オーエンと関わるなって言われたんだ。それに、オーエンみたいな強い魔法使いが、弱い子どもの魔法使いの俺に構うなんて、騙されてるんだろって……」
    「ふうん。それで、カインは僕との関係を断つつもりなの?」
    「……。そうしなきゃ、俺は頭領との約束を破ったことになるから」
     カインは震える声で言った。オーエンの顔が怖くて直接見られなかった。
     オーエンがカインの顎をつかんで、無理やりカインの顔をオーエンのほうに向かせた。カインは小さく悲鳴をあげた。
    「ひっ……」
    「ねえ、カイン。おまえはそれでいいわけ?」
    「え?」
    「人間と交わした馬鹿みたいな約束のせいで僕とさよならしても、おまえはそれで納得するの?」
    「……」
     カインは目を泳がせた。これまでオーエンと過ごした時間は楽しかった、と思う。魔法を教えてくれたのも、絵本を読んでくれたのも嬉しかった。でも、いまのオーエンはカインの知らないひとみたいで、なぜだかすごく嫌だった。逃げたい、と思った。目の前にいるのは、カインの好きだったオーエンじゃない感じがした。
    「しょうがないだろ……」
     カインはオーエンから目をそらしたまま、そう答えた。
    「……」
     オーエンは黙りこんでいて、すごく不気味だった。カインはこの空気に耐えられなくて、目を閉じる。
    「う、わあっ⁉︎」
     だが、変な感覚がしてカインはすぐに目を開けた。自身の身体が宙に浮いていた。
    「そうだね。約束しちゃったから、しょうがないもんね」
     オーエンもカインと向かい合うようにして空中に浮かんでいた。
     オーエンの表情は穏やかだった。
     でも、カインはどこか落ち着かなかった。
    「オーエン……?」
     オーエンの手がカインの頬に触れていた。優しい手つきなのに、カインは嫌な予感がした。
     オーエンの指が、カインの左目の辺りをなでる。
    「ふふ……」
     オーエンが目を細めて顔を赤らめた。その瞬間、カインは激痛を感じた。
    「——っ! いッ、うう……!」
     焼けるような痛みがカインの左目付近を走る。
    「な、なに……⁉︎」
    「はは、あははは!」
     オーエンの笑い声が響く。
     楽しそうで、悲しそうで、聞いていて不安になる笑い方だった。
     カインが左のまぶたに手で触れると、血で濡れていた。
    「は……?」
    「クアーレ・モリト!」
     オーエンの魔法で、氷の壁が数枚、カインたちを囲うようにして現れた。
    「見て、カイン」
     オーエンが愉悦に浸った声で、氷の壁を指す。
     氷の壁は、鏡のようにカインとオーエンの姿を写していた。
    「え……なっ」
    「ふふ、おそろい」
     カインの左目のまわりは血で汚れていて赤かった。——いや、赤かったのは目の周りだけではない。カインの左目の虹彩も、血のような赤色になっていた。
     カインが混乱していると、オーエンは屈んでカインの顔をのぞきこんできた。
    「僕の左目も見て?」
    「……!」
     オーエンの左目は、金色だった。
    「それって……」
    「僕とおまえの目玉を交換した。僕たち、目の色がおそろいだね」
    「っ、な……なんだそれ⁉︎」
     オーエンはカインの身体を魔法でゆっくりと地上へ降ろした。
     オーエン自身は宙に浮遊したまま、カインに語りかける。
    「僕はもうこの川に来ない。ここでおまえと会うこともない」
     オーエンは踊るみたいに空中をひらめいた。
    「おまえが目玉を取り返すなら、十六を過ぎて、人間との馬鹿みたいな約束を果たしてからだね」
    「はあ⁉︎」
    「大きくなったら会いに来てね」
     オーエンはそう言い終えると、きらきらした光の粒になって消えた。光の粒は上空の突風にさらわれていって、すぐに見えなくなった。
    「……なっ……」
     カインは困惑に包まれたまま、空を見上げていた。目の痛みはいつの間にか消えていて、眼前は嘘みたいにきれいな青空だった。
    「……」
     いろんなことが一気に起こって、カインはわけが分からなかった。ただ、オーエンが去るときの最後の表情が——笑顔なのにすごく寂しそうな顔で、それがカインの心にこびりついていた。
     
     カインのオッドアイを見て、鉱山の者は皆、気味悪がった。医者の魔法使いは、オーエンの影響を恐れてカインから赤い左目を取り出そうとしたが、左目に危害が加わろうとすると不思議の力で弾かれるようで、左目には手を出せないようだった。
    「オーエン相手に目玉一つで済んだんだから、いいほうだろう」
     頭領はそう言って、カインの赤い瞳はあまり気にしていないようだった。
     カインは魔力を失っていないことで、頭領の命令にちゃんと従ったことを示している。カインの左目はオーエンのものだから、完全にオーエンと縁を切れたわけではないが、カインの意思でこうなったのではないからなのか、約束を破ったことにはならないらしい。
    「う……こら、勝手に動くな」
     左目が勝手にきょろきょろ動いて、カインは戸惑った。ときどき、こうして左目の制御がきかなくなる。
     カインの目を気持ち悪がった鉱山の人間が、カインに絡んで暴力を振るいそうになったことは何回もあった。だが、左目が人間をぎょろりとにらむと人間は腰を抜かしたり、気が動転したり、あるいは呪いらしきものを受けたり、そういうことが続いたのでカインが暴力にさらされることは少なくなっていった。
     そういう意味ではカインにとって得ではあるが、勝手に目玉を交換させられたことには怒りと困惑があった。
     カインは毎日仕事のために川に行く。そこにはオーエンはいない。
     それでも、魔法を使うたびオーエンを思い出す。
    「グラディアス・プロセーラ」
     この呪文もオーエンから与えられたものだった。やっと慣れてきたところだし、新しいものを考えるのはカインには難しいので、呪文を変えるつもりはなかった。
     ——大きくなったら会いに来てね。
     オーエンはカインとの別れ際、そう言っていた。
     カインの第一の目標は、十六まで働いて金を貯めて、ここを出ることである。そのあとに、オーエンに文句を言いに行こうと思った。やられっぱなしは腹が立つし、ああいう形でオーエンと別れたのは後から思い返すと悔いが残った。
     オーエンはどうしてカインを助け、魔法を教えたのか。
     オーエンはなぜカインの目玉を奪い、代わりにオーエンの目玉をカインにはめていったのか。
     カインがオーエンに関係を切りたいと言ったとき、オーエンは怒っていたのだとカインは思う。でも強い魔法使いのオーエンにとって、カインを殺すことは簡単なはずで、殺さず目玉を奪ったのはどういう意図があるのか……。
     オーエンについては、分からないことだらけだった。
     だがカインは十六になるまではここから動けないのだから、頭を悩ませたところでどうしようもない。
     カインにとってオーエンとの日々は、束の間の、子どもらしく過ごせた時間だった。その日々は過ぎ、もとの日常が戻ってきた。重苦しい気持ちで明日を迎えるのは慣れていたつもりだったけれど、あの日々を思い出すと、カインは少し寂しくなる。
     厳しい労働を続けて数年。鉱山にいる三人の子どもの魔法使いのうち、カインより年上の魔法使いが十六歳を迎え、鉱山を出て行くことになった。カインと年下の魔法使いは、はなむけに祝福の魔法を贈って見送った。
     カインはあと一年で十六になる。身体が大きくなるにつれ、仕事もきついものに変わっていったが、ここを出られる日が近づいていると思うと、嬉しくなる。
     ある日、カインは雪の中に見覚えのある布製の小さい袋が埋まっているのを見つけた。鉱山を出て行った年上の魔法使いが使っていたもののように思えた。
     中身を確認してみると、袋の中は空だった。
     この袋は年上の魔法使いが肌身離さず持ち歩いていたもので、おそらく金銭など大事なものを入れていた袋だった。カインと一緒に働いている年下の魔法使いにも確認したが、カインと意見を同じくしていた。
     その数日後、仕事が終わったあとに人間たちがいつもより豪華な酒盛りをしていたのをカインは見る。
     カインが眉をしかめて通り過ぎようとすると、人間たちはなにがおかしいのか、カインの姿を見て笑い声をあげた。かなり不快に感じる笑いだった。
     身体が小さかった頃と比べると、カインが人間たちから暴力を振るわれることは少なくなった。カイン自身も身体が大きくなったから反抗できるし、オッドアイを気味悪がられて避けられることもあった。また、カインは仕事の合間を縫って魔法を練習していたから、殴られても魔法で対抗することができた。
     カインに向けていた暴力を振るえなくなった人間たちは、ターゲットをもっと小さい子どもに変えた。カインが暴行の現場を見たときは助けに入った。カインのせいで、人間たちが暴力を発散できる場面が減っていく。だから、人間たちはかつてとは違う意味でカインを蔑み、憎く思っていたようだった。
    「こいつは目玉を犠牲にして、オーエンを追っ払ったんだ。この鉱山のために!」
     酔った頭領がカインを指してそう言ったことがある。あの一件で頭領はカインを評価したようだった。カインとしては目は奪われただけで、この鉱山や頭領のために差し出したわけではない。カインが身を捧げたような口ぶりは、カインとしては好きではなかった。だが、カインを嫌っている人間たちは、カインが頭領から目をかけられているように感じたらしく、それもカインを憎む理由になっていた。
     いよいよ、カインは十六を迎え、鉱山を出て行く日になった。さっさと出て行きたかったので別れのあいさつはそこそこに、カインは鉱山を飛び出した。
     近くの村の店で腹いっぱいに食べ、カインは幸福感を覚えながら眠りについた。鉱山では満腹になるまで食べられることはほぼなかった。自由を得て最初にすることはこれだと決めていた。
     金の節約のため、野宿である。寝ているあいだに荷物を盗まれないよう、カインは荷物を抱えて丸くなって眠っていた。
     ——物音と、人の気配がした。
     自由になって初日で一文なしになったら、たまったものではない。カインは忍ばせていたナイフを手に、眠ったふりをして様子を伺った。
     数人が、カインを囲んでこそこそと話している。
    「どうだ?」
    「ぐっすり眠ってやがる」
    「よし。じゃあ、せーのでいくぞ。……せーのっ!」
     襲われるその一瞬、カインは目をかっと見開いて、魔法を使い地面を蹴り上げた。
     先ほどまでカインが寝ていたところに、ツルハシの刃が刺さっていた。
    「⁉︎ おまえたち、なんで……!」
     カインを襲ったのは、鉱山で働いている人間たちだった。人間たちは襲撃が失敗して焦っているようだった。
    「逃したぞ⁉︎ どうする?」
    「おい、慌てるな。あれを使うぞ」
     人間たちは、長銃のようなものを取り出した。銃身がかなり太く、通常の銃ではないように見えた。
    「なんだ……⁉︎」
     カインは警戒した。人間たちが持っている武器はよく分からなかったが、カインを傷つけようとしているのは分かる。
    「させるか!」
     カインは魔法を使って走り、すばやく人間たちの背後にまわる。武器を持っている人間の背を蹴り飛ばして、武器を奪った。
     人間たちは武器が最後の頼りだったのか、腰を抜かしてカインを見上げていた。
    「えっ、あ……」
    「俺はやろうと思えばいつだっておまえらを殺せた。……で、これはなんだ?」
     カインが問い詰めると、人間は震える声で答えた。
    「魔法使いを捕えるための、魔法科学兵器だ……」
    「……⁉︎」
     カインは武器を見て困惑に包まれた。カインは約束をさせられて鉱山での労働に従事していた。約束があるので逃げられようもなかったし、そもそも約束は果たした。なぜ鉱山の人間たちがカインを追いかけ、傷つけたり捕らえたりしようとするのか不可解だった。
     カインは人間たちを縛って、鉱山に戻ることにした。
    「頭領! どういうことだ。魔法科学兵器を用意できるなんて、あんたくらいしかいないだろ……⁉︎」
     カインは頭領に武器を突きつけた。
     頭領は諦めたようにため息をついて、カインに説明した。
    「おまえを殺してマナ石にするつもりだった」
    「は……⁉︎ なんで? 俺は約束を守って、ここでずっと働いていたじゃないか。どうしてそんな仕打ちを……」
    「最初からそのつもりだったんだよ。子どものうちは働かせて、大人になる前に殺してマナ石にする。ここは、マナ石を採って金にする場所だぞ?」
     頭領の言葉にカインは呆然とする。
     十六になるまで頑張って働けば自由が手に入ると信じて耐えてきた。それだから魔法使いにとってリスクの高い約束をしたのだ。ショックで事実が飲み込めず、カインはやっとの思いで絞り出すように言った。
    「ひどいじゃないか……」
    「俺らに逆らえないうちはこき使って、逆らえるくらいの力がつく前に石にするつもりだったんだがな。おまえは思ってたより強くなるのが早かった。あいつと違って」
    「? ……まさか」
     あいつ、というのが誰なのかカインは考えて、気づいた。子どもの頃は約束で縛って働かせて、大きくなったら殺してマナ石として売り飛ばす。カインの頭がかっと熱くなる。
     ——カインより先に鉱山を出た年上の魔法使いは、人間たちに殺されてしまったのだ。石にされて、働いて貯めた金を奪われて、その金で人間たちはわいわいと酒を酌み交わしていた。カインを見て笑っていたのは、「いつかこいつも、こうしてやる」という意味だったのだろう。カインは怒りで拳を握りしめる。
     頭領は諦めたように手を広げた。
    「さあ、どうする? 俺を殺すか?」
     どうしてこんなに頭領はあっさりしているのだろう、とカインは思った。人間たちがカインを仕留め損なった時点で、カインに敵わないと悟ったのか……。
    「うっ」
     カインは急に左目が痛くなり、手で押さえた。少しよろけてしまう。
     ——ひゅっ、となにかがカインの右耳のそばを飛んでいった。
    「え?」
    「ちっ! まさか外すなんて!」
     頭領の怒鳴り声を聞いて、カインは急いで体勢を整えた。
     カインは頭領と向かい合って話していたところだった。カインは後ろをすぐさま振り返る。
    「ドクター……?」
     カインの背後には、鉱山で医者をしている魔法使いがいた。
     頭領が医者の魔法使いに向かって叫ぶように言った。
    「おい! ヘマしてんじゃねえぞ! なにやってる……!」
    「違う! 私は悪くない! 急にこいつが動いたから……」
     頭領と医者の魔法使いが言い合っていた。カインは状況の把握に努める。
     カインが頭領と話している隙に、後ろから医者の魔法使いがカインを攻撃しようとした——そういうことなら、頭領のあの謎の余裕の説明がつく。
     カインは、どうしようもないなと思った。子どもの魔法使いを徹底的に食い尽くそうとするやり方に、怒りが沸いた。
    「グラディアス・プロセーラ!」
    「うわあっ」
     カインは魔法で頭領と医者の魔法使いを拘束した。
     頭領はへらへら笑いながらわめいていた。
    「はっ、俺たちを殺すのか? そうだよな。ああ、おまえなんか早く殺しておけばよかった。てっきりオーエンに殺されるか、さらわれるかだと思ってたのに、戻ってきて、結局こうなるとは。俺も読みが甘かったな、ははっ、ひひ……」
     カインは頭領と医者の魔法使いを冷たい目で見た。医者の魔法使いは無言でうつむいている。
     カインは頭領たちに言った。
    「俺はおまえたちを殺さない……」
     カインが頭領を殺さないのは、私利私欲のために殺すようなやつらと一緒になりたくなかったのと、鉱山に残っているカインより年下の魔法使いのことを考えてのことだった。年下の魔法使いもカインと同様、十六歳になるまで頭領に従わないといけない約束をさせられている。ここでカインが頭領を殺してもその約束は破ったことにならない可能性もあるが、万が一を避けたかった。
     カインは忌まわしい鉱山をすぐに去ることもできたが、もう少し鉱山に残ることにした。自分と同じような孤児の魔法使いが、希望を打ち砕かれて無残に殺されるなんて嫌だったし、なんとかしたかった。年下の魔法使いが十六になって無事この鉱山を出るまで、カインは鉱山にいると決めた。
     
     ざっ、ざっと雪を踏み、カインはひとり、雪深い森の中を進んでいた。外気で身体が冷えないよう魔法を使っているが、魔力を温存したかったので最低限だ。吐く息は白く、風は頬を切るかのように冷たい。
     しばらく歩き続け、やっと森を抜けた。開けた場所は、青空と一面の白。風が雪の表面をなでて、舞った雪がきらきら光った。
     カインは一度止まって、軽く休憩をする。武器や装備に不備がないか確認して、気を引き締める。
     カインは左目がうずうずするのを感じた。眼球が実際動いているわけではないが、目がそれ自身で興奮しているような、奇妙な感覚だった。
    「よし」
     カインは準備を終えると、再び歩き出した。
     一歩進むごとに、風がびゅうびゅうと強くなる。空は晴れているが、風が雪を乗せながら吹くので、視界がだんだん白に染まっていく。
     そうして吹雪の中を進んでいくと、強い魔力の気配がした。
     カインは足を止めて、武器をすぐ取り出せるように構える。
     いよいよだ、とカインは思った。当初の予定よりは少し遅くなってしまったけれど、かつて奪われたものをここで取り返す。
     突然吹雪が止み、晴天のまぶしさにカインは目を細めた。そして、空にはためく白い外套がいとうを視界に捉える。
    「目を返してもらうぞ、オーエン!」
     カインは空に向かって言った。
     空に浮かんでいた白い影は滑るように飛行して、カインの眼前に降り立った。帽子のつばを軽く上げて、その魔法使いはにやりと笑う。
    「やあ、カイン。待ちくたびれたよ」
    「オーエン……!」
     数年ぶりに見たオーエンは、カインの記憶と変わらない姿をしていた。異様だったのはその双眸そうぼうである。
     真紅色の右目に、金色の左目。
     オーエンの左の眼窩がんかにあるのは、もとはカインのものだった瞳だ。
     カインがオーエンをにらむと、オーエンは恍惚として笑っていた。
     
     カインは雪の上で仰向けになっていた。晴天と、トランクケースに座っているオーエンの姿が見える。
    「はあ……。ぐっ」
     カインは起き上がろうとしたが、力が入らなくて雪の上に背中からぼすんと倒れる。
     完敗だった。
     オーエンが強い魔法使いだと分かってはいたが、ここまで歯が立たないとは思っていなかった。オーエンから目を取り返すためにカインは自分なりに魔法を練習してきたはずだった。
    「ふふ、ぼろぼろだね」
     オーエンには一片の疲労も見えない。カインとは対照的に、余裕たっぷりに微笑んでいた。
     カインは少し休んで再度オーエンに挑んだが、全然敵わなかった。
     空が暗くなり始めて、このままがむしゃらに攻撃しても無理だと悟り、カインは一時撤退することにした。
     真っ暗な森の中、動物が寝床に使っていたらしい穴をカインは見つけた。成人がひとり丸くなるのにちょうどいいくらいの穴で、カインはそこに潜りこんだ。オーエンとの戦闘で疲れたため、すぐにでも眠れそうだった。
    「ねえ」
    「⁉︎ へ? うわあ!」
     急に誰かの声がして、カインは驚いた。穴から出て声の主を見上げて、カインはまた驚く。
    「えっ? オーエン……?」
     オーエンがカインを見下ろしていた。
    「これからずっと、そうやって野宿するつもり?」
    「まあ、家がないからそうなるかな……」
    「……」
     オーエンはなにを思ったのか、カインを穴から引っ張り出した。カインは戦闘の疲労で抗えず、オーエンのされるがままだった。
    「オーエン? なにしてるんだ? ——お、おい⁉︎」
     オーエンはカインをオーエンのほうきに乗せて、空を飛び始めた。
     わけが分からなかったし色々聞きたかったけれど、カインは気力がなくて、ただ飛ぶままに風景を眺めていた。
     人も建築物もなく、人工的な灯りは見えない。月の光と、瞬く星が美しくて、カインはため息をもらした。
     木々がなくそこだけぽっかりと空いている空間にオーエンは降りた。
    「クアーレ・モリト」
     オーエンが魔法を唱えると、一軒の家が現れた。魔法で隠していたらしい。カインは家の中のソファにぶん投げられた。
    「っ……。なんなんだ……」
    「家がないんなら、ここにいれば?」
    「え?」
     カインはぽかんとオーエンを見て、そのあと室内を見渡した。
     カインが転がされたソファ以外にも一人がけの椅子があり、椅子の前にはテーブルがあった。壁際には本棚や戸棚があって、向こうにはキッチンらしきものも見える。そして暖炉が暖かい。明らかに誰かが生活している家だった。
    「ええと、ここはオーエンの家か……?」
    「そうだけど」
     オーエンは自身の髪の毛をいじりながら、そっぽを向いて答えた。
     カインは困惑する。
    「え、なんで俺をここに……?」
    「土の中の穴よりましだろ」
    「そうだけどさ……」
     鉱山で寝起きしていたところは寒かったから、暖かい場所で寝られるのは嬉しい。だが、オーエンがなぜそんなことをするのか意味が分からなくて、カインは混乱していた。
     オーエンがいらいらしたようにカインを見た。
    「嫌なの?」
    「嫌ってわけじゃなくて。その……オーエンはどうして俺を連れてきたんだ? オーエンの意図を教えてくれないか」
     オーエンは口を尖らせて、カインから顔を背けた。
    「それは……おまえがあまりに弱いから」
    「は⁉︎」
    「そんなんじゃ、何百年経っても僕から目玉を取り返せないし、ほかの魔法使いにマナ石にされるよ。それどころか、魔法科学兵器を持った人間にやられちゃうかも」
    「……」
     オーエンにこてんぱんにされた後だから、カインは自身が弱いということに反論ができない。
     黙ってしまったカインが面白いのか、オーエンはにやにやした顔をカインに向けた。
    「ふん。あのまま土の中の穴で寝てたら、寝てる間に襲われてたよ。声をかけるまで僕が近づいていることに気づいてなかったし?」
    「ぐ……」
    「おまえが襲われて、僕の目玉に被害があったら困るもの。おまえ、図体はでかくなったのに、魔法は全然上手くなってない。ほんとうにちゃんと練習した? サボってたんじゃないの?」
    「練習したってば!」
    「ふふ……」
     カインがむきになると、オーエンはさらに笑顔になる。カインが言い返してもオーエンがべらべらと長く喋るので、カインはそのうち眠くなってきて、いつの間にか眠ってしまった。
     はっ、とカインが目覚めると室内は暗くなっていた。
     カインは痛む身体をさすりながら、家の中を歩いてみる。
     暖炉の火は小さく灯っていた。ふと、暖炉のそばに、木で作られた剣が飾られているのがカインの目に入る。あまり大きくないのと、作りが雑だったので、子どもが作ったおもちゃの剣かもしれなかった。
     カインは奥に扉を見つけた。ゆっくりと開けると、部屋の中にベッドがありオーエンが眠っていた。
     ずいぶんと無防備だな、とカインは思う。
     ベッドに近づき、眠るオーエンの顔を見る。静かに寝息を立てていて、今日戦ったときの凶悪さとは真逆の印象だった。
     戦った相手を家に招き入れ、のんびり寝ているなんて、カインはオーエンにとってまったく脅威ではないのだな、と悔しくなる。
     ——寝首をかかれるとは思わないのだろうか。
     悔しさと悪戯心で、カインは眠るオーエンから目玉を取り返せないか試みた。
    「グラディア——わっ」
     だが呪文を唱え終える前に、身体がなんらかの力で引かれて、カインはベッドにつんのめった。
    「寝込みを襲うなんて、騎士の風上にもおけないね?」
     オーエンがカインの両頬を手で挟んで、カインに言った。動けないカインに対して、オーエンが迫る。
    「襲うなら襲われる覚悟で来なよ」
    「っ、う……」
     カインはオーエンに鼻を軽く噛まれた。カインの眼前でオーエンが微笑んでいる。
    「ふふ。下手くそ」
     オーエンはくすくす笑いながらカインを引き寄せ、オーエンの隣に横たわらせた。
     オーエンがカインの頬を、つうと指でなでる。
    「やっぱり、僕が鍛えてあげなきゃだめだね」
    「——それは……また、俺に魔法を教えてくれるのか?」
    「うん。だって、仕方ないだろ。おまえひとりで鍛錬しても弱いままなんだから」
    「俺って弱いんだな……」
     張り詰めていた気持ちが切れたからか、カインの口から気弱な言葉がもれた。
     オーエンは低い声で楽しげに笑った。
    「まあ、生き抜いたことはめてやってもいい」
     そう言って、オーエンは胸元にカインの頭を抱き寄せた。
     カインは額に温かいものが触れたのを感じ、数秒経ってからそれがオーエンの唇だと気づいた。今まで誰からもそんなふうに身体に触れられたことがなく、また「死ね」と言われたことはあっても生きたことを褒められたことはなかったから、きゅっと胸がつまる感じがして、泣きそうになる。
     泣きたくないなとカインは思った。オーエンと初めて話したときに泣いてしまったので、ここで涙を流したらオーエンに泣き虫だと思われそうで、なんだか恥ずかしかった。
     カインがオーエンに抱いている感情は複雑だ。なぜ目を奪ったのか、オーエンはカインにどういう目的で近づいてきたのか、オーエンは『騎士の魔法使いカイン』とどういう関係だったのか——聞きたいことはたくさんあったけれど、カインはいまはただ、この温もりに身を預けていたかった。
    うー🍤 Link Message Mute
    2025/04/27 1:33:37

    2025/7/13東京「凍星(いてぼし)のきらめく夜がそれだった」サンプル

    人気作品アーカイブ入り (2025/05/10)

    #オーカイ #まほやくBL

    記憶なし転生カインのオーカイ。
    厄災戦でカインが亡くなってから数百年後、なんにも知らない孤児のカインにオーエンがまた目玉交換して、『騎士様』に育てようとする〜みたいな話です。

    タイトルは眞鍋せいら様(X ID:@biscuitfortess)に考えていただいた短歌からいただきました。
    表紙デザインは、ヤスミヤ様(X ID:@yasumiyasumi0)に依頼させていただいきました。

    全年齢/文庫/312P

    注意
    ・孤児のカインが劣悪な環境で働かされています
    ・暴力描写あり(例:モブキャラの手首が切り落とされる、子どもが殴られたり蹴られたりする)
    ・本編後半に性暴力に関しての描写あり(加害者はモブキャラ)(サンプルには含まれていません)。
    該当エピソード前に注意書きがあります。また、該当エピソードを飛ばしても本編を読み進めるのに支障はありません。


    2025/07/13(東京)星に願いを 2025 -day2- 内 縁海バカンス(オーカイオンリー)星願2025 で頒布しました。

    ※追記 とらのあなにて通販開始してます
    https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031257625/

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    • popping the questionオーエンへのプロポーズに悩むカインの話です。
      2025年7月発行の『凍星のきらめく夜がそれだった』のその後のオーカイです。
      『凍星〜』を読んでいなくても、
      ・ゲーム原作から数百年後、北の国でカインとオーエンは一緒に暮らしている
      ・オーカイがなかよし
      だけ把握してもらえたら読めると思います。

      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • 2024/08/25東京 『ひとさじの砂糖じゃ懐いてやらないよ』サンプル #オーカイ #まほやくBL
      2024/08/25 COMIC CITY VEGA(東京ビッグサイト)
      賢者のマナスポット VG2024
      スペース 東3ホール ヒ56a

      上記イベントで出す予定の新刊のサンプルです。
      全年齢のオーカイ小説です。44P。

      魔法舎軸のオーカイです。
      メインストーリー2部やら4周年イベストやらを経て、オーエンって嫌なだけのやつじゃないのかも…?と思うカイン。
      オーエンのことを変に意識するようになってしまったので、オーエンと出かけたり話したりするなかで、自分はオーエンのことをどう思っているか改めて考えるカインの話です。


      ◆内容や注意点など◆
      メインストーリー2部、2周年イベスト、4周年イベスト、他イベストの内容をふまえていますが、未読でも「そういうことがあったんだな~」程度で流して読めます。
      ネタバレ絶対NGな方はご注意ください。
      また、終盤ちょっとセクシャル(性的)な雰囲気になるので、苦手な方はご注意ください(終盤なのでサンプルには含まれていません)。

      (追記)とらのあなで通販開始してます!➡︎ https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031182525


      あと別の本ですが同じイベントで出した漫画本も通販してるので、よかったら合わせてご確認ください➡︎ https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031182538
      うー🍤
    • 俺たちは賢者様の国だと結婚できないらしいオーカイって実質結婚じゃない?とか、賢者の国の結婚制度(今回の話では賢者は2024年あたりの日本から来たことになっています)ってどう?というような話をしています。ムルとシャイロックが出てくる。
      全年齢。1万2000字くらい。

      #オーカイ  #まほやくBL
      #PrideMonth2024 #PrideMonth
      うー🍤
    • 狼狩りについてオーカイwebオンリー展示作品です。
      オーエンに恨みを持っている魔法使いに、カインがオーエンの目玉を持っているせいで殺されかける話です。

      ※話の都合上、オリジナル魔法使いがかなりでしゃばってます。
      ※いろいろ独自設定が出てきます。

      カインの「こうなったのも合意じゃないからな」は、イベスト「痺れる愛をドルチェに託して」3話(2023年2月15日)に出てくるセリフです。イベストではまったくやらしい文脈ではないはずなんですが、なんか、こう……いいなと印象に残っていたので使わせていただきました
      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • #まほやく #魔法使いの約束
      オーエンの練習と色塗りの練習で描いた
      色塗り分からない~~……
      (下書き投稿のつもりが普通に投稿になってしまっていたので後から差し替えたりコメント追記したりしてます)
      うー🍤
    • メイドオーエン掃除してくれないしなんならクリームこぼしまくるメイドさん
      #まほやく
      うー🍤
    • 2026/5/31大阪「投票行こ!」サンプル #オーカイ #まほやくBL

      カインとオーエンが投票に行く現パロです。
      カインとオーエンは幼馴染設定。
      年齢操作あり、カインの両親の設定に変更ありです。

      2026/5/31大阪のイベントで頒布予定の合同誌「魔法使いのポリティクス」に収録予定です。よろしくお願いします。
      うー🍤
    • #まほやく #魔法使いの約束
      ネロ~~ すきだ~
      うー🍤
    • #まほやく #魔法使いの約束
      まほやく、衣装が凝っててかわいいな~といつも思ってます
      うー🍤
    • My favorite things #オーカイ #まほやくBL
      オーカイなのにオーエン出てくるのは1/4過ぎてからです。鹿に困らされたりオーエンにどつかれたりする騎士様の話。
      相手に出会ったためにそれまでの人生ががらりと色を変えたのはオーエンのほうかなと思うんですが、カインにとっても変化というか、オーエンと関わることで初めて知る感情とか、そういうのがあったらいいな〜と思いました。
      うー🍤
    • #アサオズ #まほやくBL
      この前公開されてた犬バラとメインストーリー2部12章読んでアサオズにどぼんしました。
      うー🍤
    • 花冠とぬいぐるみと昔日ログスト(3)ネタです
      オズには魔法を反射(?)されそうだな~と…
      #まほやく
      #魔法使いの約束
      うー🍤
    • イカロス #オーカイ #まほやくBL
      騎士様に思わず優しくしちゃってあれ?となってるオー工ンの話。
      これ書いた後にメインストーリー2部を読み、ムントの法則と齟齬が出ていたり変な感じになってるかも?と不安になりましたが、まあいいや……の気持ちでそのままにしてます。もっとまずいのは、寝てるときに人近づいてきたら職業軍人のさがでカは目が覚めるところですね……修正しようがないのでもうそのままです。

      2022年5月27日にpixivに投稿したものとほぼ同じものです(少しだけ修正あり)。
      うー🍤
    • オーカイSS・クッキーと太陽お題「反復」で書いた習作のSSです。
      オーエンの嗅覚がすごい

      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • 共寝 #オーカイ #まほやくBL
      2022年の5月、魔法使いの約束をプレイし始めたところオーカイに衝撃を受けて書いたものです。目玉交換って何?
      2022年5月21日にpixivに投稿したものとほぼ同じものです(明らかな誤りだけ直したりはしてます)。
      うー🍤
    • ガラシャ!懐かしくなったので描いた〜
      無双系ゲーム楽しくて好きです
      #戦国無双
      うー🍤
    • 2024/03/17春コミ サンプル『まもって騎士様!』 #オーカイ
      2024/03/17 HARU COMIC CITY32
      賢者のマナスポット16

      オーカイ現パロ百合小説の新刊出します!
      サンプルで冒頭部分あげてます。
      『まもって騎士様!』A5/48P/全年齢

      ・女の子になっても一人称はだいたい原作のままです(ラスティカだけ「私」にしている)
      ・今回作中に出てくるmhykキャラは皆女の子です

      ※注意※
      ・痴漢のシーンと虐待を匂わせるシーンがあります。苦手な方、今はそういうの読む気分じゃないな〜という方はご注意ください
      ・ミサンドリー(男性嫌悪)表現があります


      (追記)とらで通販開始してます!→ https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031142244/
      うー🍤
    • #オーカイ #まほやくBLうー🍤
    • 天狼の影(後編)12/24開催オーカイwebオンリー「忘れたって何度でも!」展示作品です。

      前回開催の8/6オーカイwebオンリーに展示していた「天狼の影」https://galleria.emotionflow.com/s/126599/679718.htmlの後編にあたります。
      警察・ヤクザパロのオーカイ小説。
      全年齢。2万字ちょっと。

      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • 2023birthday衣装・オーカイ推しカプを食らいやがれ!ですわ〜〜〜ッ!(shipperお嬢様 )
      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • ジョジョ5部のメローネ&ギアッチョの公式の新作が12月に出ると聞いたので描いた!
      情報聞いたとき、「なんで???? 今!??」ってなりましたね…
      #ジョジョの奇妙な冒険
      うー🍤
    • #まほやく #魔法使いの約束
      夏!!
      冷たくて甘いものがたくさんの季節🍨
      うー🍤
    • #オーカイ #まほやくBL
      警察パロやったらやりたくなるやつ…
      うー🍤
    • 天狼の影(前編)8/6開催オーカイwebオンリー「忘れたって何度でも!Summer Special」展示作品です。

      警察・ヤクザパロのオーカイ小説。
      全年齢。2万字くらい。
      モブがちょくちょく出てくる。

      すみません、未完です…!
      一応、キリのいいところまでは書いております。
      イベント後に加筆か、次回イベントがあったらその時に続き書く感じになるかと思われます。
      よろしくお願いします!

      #オーカイ #まほやくBL
      うー🍤
    • PRIDE MONTH🏳️‍🌈推しカプ結婚して〜〜🏳️‍🌈
      #まほやくBL #オーカイ
      #HappyPride #PrideMonth #PraideMonth2023
      うー🍤
    • キスの日! #オーカイ #まほやくBL
      6月14日は韓国ではキスの日らしい(大遅刻)
      騎士様に冷や汗描きがち〜
      うー🍤
    • オーカイ #オーカイ #まほやくBL
      まほやくBLタグ埋めちゃうの忍びないんですが複数枚投稿が上手くいかないので一枚ずつアップしております、すみません
      うー🍤
    • オーカイ #オーカイ #まほやくBLうー🍤
    • Fling Posse先週のライビュ行ったんですがとても良かった〜!
      シブヤ可愛い、可愛いよ〜〜〜
      #ヒプノシスマイク
      うー🍤
    • #まほやく #魔法使いの約束
      この前のイベント良かった〜〜その2
      (エラー出てしまって複数枚投稿が何度やってもできない……)
      うー🍤
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