2025/7/13東京「凍星(いてぼし)のきらめく夜がそれだった」サンプル 厄災みたいだ、と誰かが言った。
今夜の月は大きかった。空を見上げた少年は、大いなる厄災を知らない。かつて、この世界を襲っていたという大いなる厄災は、賢者の魔法使いたちが倒して跳ね返して、それから、上空の月はただの月だった。
——厄災は、滅んだ思いや失われた情念を蘇らせるって聞いたことがある。大きい月って、なんか嫌な感じだよな。
大人がそんなことをつぶやいているのが、少年の耳に入る。大人だって、長く生きている魔法使いでもなければ厄災を知らない。厄災が倒されたのはずっとずっと昔の話である。
金色の瞳に月を映した少年は、背中をどんと押された。
「早く寝ろ。明日の仕事に障る」
「……」
少年は背後をにらんだ。少年より背の高い男が、下卑た笑みで少年を見下ろしていた。
少年は文句を言わず寝所へと向かう。はあ、とため息を吐けば寒空に白く浮かんで、すぐ消える。うんざりしたところで明日は来る。少年は赤い髪の頭をぶんぶんと振って、無理やり
憂鬱を振り落とそうとした。
翌日、少年は川辺まで大きな袋を引きずってきた。袋の中には、鉱石やマナ石が詰まっている。
少年の仕事は、採掘した石を川で洗浄することだった。ここは、北の国では比較的南方に位置している鉱山だが、それでも川で石を洗うのはかなりつらい。だから、魔法使いである少年の仕事だった。
少年は魔法で袋から石を取り出す。空中を浮かんだ石は、川の流れへと運ばれていく。そうして、石に付着した土や汚れを川の水流で落とす。
少年は川をぼうっと眺めていた。そのうち、頭ががくんと落ちて、少年は慌てて顔を上げる。寝そうになって、ひやりとした。昨晩は寒さのせいであまり眠れなかったのだった。
うっかり石が川下に流されて石を紛失してしまったら、少年はきつい罰を受けることになる。
少年は川で洗っている石を確認しようと、慌てて川へ近づいた。
「⁉︎ うわっ……」
だが、雪で足が滑って少年は体勢を崩す。斜面を転がって、このままでは川に突っ込んでしまいそうになった。少年は目をぎゅっとつむる。冷たい水に耐えるように、身体を縮こませた。
——クアーレ・モリト。
少年は遠くで、誰かの声を聞いた気がした。
「……?」
数秒経っても、少年の身体が冷水に浸ることはなかった。おそるおそる、少年はまぶたを開けた。
「え……?」
少年は空中を浮かんでいた。戸惑っていると、ゆっくりと地上に身体が降ろされる。
なんだったんだろう、と少年は呆然とする。ぺたりと座りこんだまま、しばらく動けない。
ざあざあと勢いよく流れる川の音が少年の耳をなでていく。視界の端に、一瞬なにかがいたような気がして少年は我に帰った。
人影のようなものが見えたように思えた。少年は目を凝らしたが、もう動くものの気配はなかった。
少年は混乱していた。
——もしかして、ほかの魔法使い?
少年は簡単な魔法しか使えず、空を飛ぶなんてできない。少年と生活を共にしている魔法使いたちも、ほとんど少年と同じようなもので、大した魔法は使えなかった。
だから、少年の知らない魔法使いが偶然通りかかって、少年を助けたのかと思った。だが少年は首を傾げる。なんのために自分を助けたのだろう? 助けた代わりに、金銭や食料などを求めることはしないのだろうか?
ふたたび少年が辺りを見回しても、なんの気配もない。不可思議だったが、対価を求められないなら、それはそれでよかった。なにか要求されても、正直少年にはどうしようもなかったから。
明くる日も、そのまた次の日も、少年は川へ大きな袋を引きずっていく。日を追うにつれて、袋が重くなっていた。採れた鉱石やマナ石が多いのは喜ばしいことだけれど、少年が洗わなければならない石の量も増えることとなる。作業時間は変わらないから、少年の負担がただ増えるだけだった。
川で汚れを落とした石は、川から出したあと、水分を飛ばす。きれいにした石は袋に詰めていく。
なかなか作業が終わらなかったせいか、川辺に監視役たちがやって来た。数人連れ立って少年に近づいてくる。
「おい、チンタラするな」
監視役が少年に向かって怒鳴った。
少年はうんざりした顔で監視役たちを見る。
「怠けてるわけじゃなくて、今日は量が多くて——」
言い終わる前に、少年の顔に監視役の拳がめり込む。少年は殴られて、雪の中に倒れた。
「っ……」
「魔法使いは性格が悪くて、不真面目だ。
性根を叩き直さなきゃなあ」
監視役たちが、笑いながら少年を取り囲む。少年は腕で頭を隠して、できるだけ身体を丸くした。蹴られても、頭や内臓を守るためだった。
そのとき、ひゅうと清涼な風が吹いた。なぜかあまり寒くは感じなくて、清々しさがあった。少年が腕の隙間から目をのぞかせると、雪の粒がきらきらと風に乗って舞っていた。
「性格が悪くて、不真面目? それって僕のこと?」
嘲笑う声が、冷えた大気に響く。
いつの間にか、白い
外套を着た何者かが少年と監視役たちの近くに立っていた。
「⁉︎ な、なんだ……?」
監視役たちが後ずさっていく。
白い
外套の人物は、監視役たちのほうに向かって進んだ。
「ほら、性根を叩き直すんでしょう?」
謎の人物は、白い制帽に白い外套をまとっていた。外套の襟が高くて、地面に転がっている少年からは顔は見えない。少年の視界に入ったのは、汚れひとつない革靴だった。革靴は黒を基調としているが、切り替えのある靴の先だけ白い。
監視役たちは困惑していた。
「なんなんだ? こいつ……」
「気味悪いし、関わらないほうがいいんじゃないか?」
「面倒だし見なかったことにしようぜ……」
監視役たちはそそくさと立ち去っていった。少年は身体を起こし、白い外套を見上げる。
「あ、あの……」
「……」
紅の瞳が、少年をちらりと見た。
血の色だ、と少年は思う。あるいは、甘そうな果物の色だと思った。
少年はじっと見つめていたが、強風が吹いて思わず目をぎゅっと閉じる。まぶたを開ければ、もう誰もいなかった。
少年は監視役たちに暴力を振るわれずに済んだ。なにかと理由をつけて、殴られたり蹴られたりするのは日常茶飯事だった。
偶然、あの謎の人物が現れたおかげで助かったらしい。
ぼうっとしていては時間を無駄にしてしまう。少年は深く考えるのはやめて、仕事に戻った。
大きな袋を抱えて鉱山と川を往復するのが少年の毎日だ。だがその日の少年は珍しく、手ぶらで川へとやってきた。川辺に座って、ぼんやりと景色を眺めた。
「うっ……」
横腹がずきりと痛んで、少年は手をやる。
石を採掘していた坑道が崩落して、今日は作業ができなくなった。腹いせに、または暇つぶしに、作業場の人間たちが少年に暴行を加えた。少年は隙を見て逃げ出してきた。自分の担当している仕事がないときは、本来はほかの仕事の手伝いをしなければならないのだが、あの場にいては暴行が続いただろう。逃げたことについて後に
叱責があるにしても、どうしたって、あそこにはいたくなかった。
「はあ……」
少年は膝を抱えて、顔を伏せた。
ざくざくと雪を踏む足音が聞こえて、少年は顔を上げる。作業場の人間たちが、少年を追いかけて来たのだ。
「見つけたぞ」
「どうせここから逃げられないのに、手間かけさせやがって」
「……!」
少年は逃げようと立ち上がったが、腹の痛みで膝をついてしまった。少年を取り囲むように人間たちが立つ。人間の手に握られているツルハシの先が鈍く光って、少年はぞっとした。
「っ……」
「今度はどういたぶろうか」
人間たちは下品に笑って少年を見ていた。少年は、この腹の痛みを抱えたままでは逃げてもすぐに追いつかれると思った。諦めるしかないか、と少年は奥歯を噛む。
だが、川辺に響いたのは少年の悲鳴ではなかった。
「ぐええっ……」
野太いうめき声をあげて、人間のうち一人が腕を押さえた。
人間の握っていたツルハシが、雪の上にどさりと落ちる。——握った人間の手首ごと。
「っ⁉︎ どうなってる⁉︎」
「なんなんだ、一体……」
人間たちはざわめき立つ。
辺りを警戒する者もあれば、怯えることしかできない者もいる。
少年は上空を見た。
こちらを冷たく見下ろしてくる視線があった。
「いい趣味してるね、おまえら。いつもそうやって遊んでるの?」
降ってくる声で人間たちも気づいたらしく、皆一様に空を見上げた。
空に浮かんでいるのは、トランクケースに座ってこちらを見下ろしている人物だった。
「……!」
少年は目を見張った。はためく白い外套は、見覚えのあるものだった。
「魔法使い……」
人間たちが息を呑む。
少年が以前、監視役たちに暴力を振るわれそうになった際に現れたそのひとだった。
人間が叫んだ。
「おい、ちょっと強そうだからって、人数はこっちのほうが多いんだ。おまえら怖がるな。捕まえてやろうぜ」
「お、おう……」
人間たちは魔法使いに立ち向かうつもりらしかったが、魔法使いは宙に浮かんだままだ。空を飛べない人間が捕まえられるはずもなかった。
「おらあっ!」
無謀な人間が、小さいナイフを空に向かって投げた。だが魔法使いには当たらない。
魔法使いが、指をくるっと回した。
すると、ナイフが向きを変えて人間に飛んでいく。
「⁉︎ な……うわあ!」
高速で飛んでくるナイフは、人間の胸に刺さった。
「もうちょっと楽しませてよ」
魔法使いが、退屈そうに足をぶらぶらと揺らした。子どものような仕草とは逆に、声にはおぞましい響きがあった。
「ひい……!」
恐怖に耐えられなくなった者が逃げ出した。それをきっかけに、ほかの人間たちも逃げていった。この場に少年と魔法使いだけが残る。
少年はじっと魔法使いを見た。
「えっと……」
どう声をかけたらいいか、少年は分からなかった。でも、前のように魔法使いがすぐに去ってしまうのは嫌だった。
「待ってくれ……!」
少年はしぼり出すように声を出した。魔法使いは驚いたように少年のほうを見た。
少年がもごもごしていると、魔法使いは少年のそばに降りてきた。
ちゃんと顔を見たのは初めてだった。青白い顔に真っ赤な瞳。一見病弱そうに見えるのに、幽霊みたいな、得体の知れない感じのほうが強かった。
「その、あんた、俺を助けてくれたんだよな……?」
「……」
魔法使いは顔をそらした。顔の動きに合わせて銀色の髪が揺れる。
魔法使いはみずからの髪の毛をいじりながら、ゆっくりと口を開いた。
「おまえ、魔法使いのくせになんで人間ごときにいじめられてるの」
「……! あ、その」
「みじめで、弱くて、見てるとむかむかしてくる」
魔法使いがぼそっと言った。少年は上着の裾をぎゅっと握る。唇が震えた。
「……っ」
「……どうして、泣きそうなの。あいつらにいじめられてるときは泣いてなかったのに」
魔法使いの口調は静かで穏やかだった。少年は慌てて顔を腕で覆った。
「っ……ぁ、うう」
「ちょっと……。泣くなよ。なんなの、僕が怖いの?」
「ちがっ……ひっく」
勝手に涙が出てきて、少年自身にもどうしようもなかった。こんなに泣くのは久しぶりだった。しゃくり上げるのが止まらなかった。
やっと涙が止まって、落ち着いてから少年は顔を上げた。頬を伝った涙が凍ってぱりぱりしていた。濡れたまつ毛も凍って、目の前が見えづらかった。
「クアーレ・モリト」
「え?」
少年は暖かさに包まれて驚く。凍った頬もまつ毛も元に戻った。
「あったかい……。これ、魔法?」
「……こんな魔法も知らないで、この地でどうやって生きるの」
魔法使いは呆れたような顔をしていた。
少年は、自分が泣いているあいだに魔法使いがずっとそばにいたのを不思議に思った。
「俺、あんたによくしてもらった……んだよな? でも、俺にはなんにもないんだ。なにも持ってない、あんたにあげられるものがない……」
「……なんの話?」
「え、助けたからなんか寄越せってことじゃないのか。対価目当てに俺を助けたんじゃ?」
魔法使いはぱちぱちと
瞬きをした。小さくため息を吐いて、魔法使いはつぶやく。
「別に、そういうんじゃない」
「そうなのか……?」
少年は首を傾げた。なにかをしてもらうためには、対価が必要。優しい顔をして近づいてくるやつは、親切の見返りになにかを要求してくる。それが少年の常識だった。
魔法使いの目的が少年には分からなかった。少年は魔法使いの真意を探ろうと、じっと魔法使いの顔を見た。
魔法使いは少年の視線を浴びて、決まりが悪そうに顔を歪めた。
「で、さっきはなんで泣いたの」
「あ……なんでだろう……」
少年は考えた。魔法使いに「みじめで弱い」と言われて涙が出たのだった。
「……悔しかった、から?」
「悔しい? おまえが弱いのが?」
「っ……。うん……」
少年は、自分を弱いと認めるのが怖かった。情けないのもあるし、弱いと言ってしまったら、つらいことに耐えられそうにないからだ。少年を支えていた柱が、ぽきっと折れたように感じた。また泣きそうになる。
「弱いやつは、強いやつの餌食になる。だから、強くいようって思ってた。誰になにを言われても、なにをされても、頑張って耐えた。心だけは強いつもりだった。でも……俺は多分強くなくて、弱い。さっき、あんたにみじめだって言われて、悲しくて、つらくて、それは、ほんとうのことを言われたからだ。弱い自分が、すごく悔しくなった……」
少年は手で涙を拭った。先ほどみたいにしゃくり上げることはなくて、深呼吸をしていたらすぐに落ち着いた。
少年は魔法使いを見上げた。
「あんたは強そうだ。いいな……」
言葉だけで監視役たちを追い払い、指先ひとつで人間を倒す。それくらい強かったら、誰に服従することもなく、自由に生きていけるんだろうなとまぶしくなった。
魔法使いは目を細めて少年を見た。
「強くなりたい?」
「! うん……!」
「じゃあさ、僕と一緒に来る?」
「え?」
驚いた少年に、魔法使いは銀色の髪を触りながらつぶやくように言った。
「僕がおまえに魔法を教えてあげるって言ったら?」
「……!」
少年は目を見開いた。強い魔法使いに魔法を教えてもらうなんて、願ってもないことだった。すごくわくわくして——でも、それは無理なことだと気づき、少年は肩を落とした。
「俺、十六歳になるまでこの鉱山の頭領の言うことを聞かないといけないって約束をしたんだ。だから、あんたと一緒に行きたいけど、行けない……」
厳しい労働を続けて数年。鉱山にいる三人の子どもの魔法使いのうち、カインより年上の魔法使いが十六歳を迎え、鉱山を出て行くことになった。カインと年下の魔法使いは、はなむけに祝福の魔法を贈って見送った。
カインはあと一年で十六になる。身体が大きくなるにつれ、仕事もきついものに変わっていったが、ここを出られる日が近づいていると思うと、嬉しくなる。
ある日、カインは雪の中に見覚えのある布製の小さい袋が埋まっているのを見つけた。鉱山を出て行った年上の魔法使いが使っていたもののように思えた。
中身を確認してみると、袋の中は空だった。
この袋は年上の魔法使いが肌身離さず持ち歩いていたもので、おそらく金銭など大事なものを入れていた袋だった。カインと一緒に働いている年下の魔法使いにも確認したが、カインと意見を同じくしていた。
その数日後、仕事が終わったあとに人間たちがいつもより豪華な酒盛りをしていたのをカインは見る。
カインが眉をしかめて通り過ぎようとすると、人間たちはなにがおかしいのか、カインの姿を見て笑い声をあげた。かなり不快に感じる笑いだった。
身体が小さかった頃と比べると、カインが人間たちから暴力を振るわれることは少なくなった。カイン自身も身体が大きくなったから反抗できるし、オッドアイを気味悪がられて避けられることもあった。また、カインは仕事の合間を縫って魔法を練習していたから、殴られても魔法で対抗することができた。
カインに向けていた暴力を振るえなくなった人間たちは、ターゲットをもっと小さい子どもに変えた。カインが暴行の現場を見たときは助けに入った。カインのせいで、人間たちが暴力を発散できる場面が減っていく。だから、人間たちはかつてとは違う意味でカインを蔑み、憎く思っていたようだった。
「こいつは目玉を犠牲にして、オーエンを追っ払ったんだ。この鉱山のために!」
酔った頭領がカインを指してそう言ったことがある。あの一件で頭領はカインを評価したようだった。カインとしては目は奪われただけで、この鉱山や頭領のために差し出したわけではない。カインが身を捧げたような口ぶりは、カインとしては好きではなかった。だが、カインを嫌っている人間たちは、カインが頭領から目をかけられているように感じたらしく、それもカインを憎む理由になっていた。
いよいよ、カインは十六を迎え、鉱山を出て行く日になった。さっさと出て行きたかったので別れのあいさつはそこそこに、カインは鉱山を飛び出した。
近くの村の店で腹いっぱいに食べ、カインは幸福感を覚えながら眠りについた。鉱山では満腹になるまで食べられることはほぼなかった。自由を得て最初にすることはこれだと決めていた。
金の節約のため、野宿である。寝ているあいだに荷物を盗まれないよう、カインは荷物を抱えて丸くなって眠っていた。
——物音と、人の気配がした。
自由になって初日で一文なしになったら、たまったものではない。カインは忍ばせていたナイフを手に、眠ったふりをして様子を伺った。
数人が、カインを囲んでこそこそと話している。
「どうだ?」
「ぐっすり眠ってやがる」
「よし。じゃあ、せーのでいくぞ。……せーのっ!」
襲われるその一瞬、カインは目をかっと見開いて、魔法を使い地面を蹴り上げた。
先ほどまでカインが寝ていたところに、ツルハシの刃が刺さっていた。
「⁉︎ おまえたち、なんで……!」
カインを襲ったのは、鉱山で働いている人間たちだった。人間たちは襲撃が失敗して焦っているようだった。
「逃したぞ⁉︎ どうする?」
「おい、慌てるな。あれを使うぞ」
人間たちは、長銃のようなものを取り出した。銃身がかなり太く、通常の銃ではないように見えた。
「なんだ……⁉︎」
カインは警戒した。人間たちが持っている武器はよく分からなかったが、カインを傷つけようとしているのは分かる。
「させるか!」
カインは魔法を使って走り、すばやく人間たちの背後にまわる。武器を持っている人間の背を蹴り飛ばして、武器を奪った。
人間たちは武器が最後の頼りだったのか、腰を抜かしてカインを見上げていた。
「えっ、あ……」
「俺はやろうと思えばいつだっておまえらを殺せた。……で、これはなんだ?」
カインが問い詰めると、人間は震える声で答えた。
「魔法使いを捕えるための、魔法科学兵器だ……」
「……⁉︎」
カインは武器を見て困惑に包まれた。カインは約束をさせられて鉱山での労働に従事していた。約束があるので逃げられようもなかったし、そもそも約束は果たした。なぜ鉱山の人間たちがカインを追いかけ、傷つけたり捕らえたりしようとするのか不可解だった。
カインは人間たちを縛って、鉱山に戻ることにした。
「頭領! どういうことだ。魔法科学兵器を用意できるなんて、あんたくらいしかいないだろ……⁉︎」
カインは頭領に武器を突きつけた。
頭領は諦めたようにため息をついて、カインに説明した。
「おまえを殺してマナ石にするつもりだった」
「は……⁉︎ なんで? 俺は約束を守って、ここでずっと働いていたじゃないか。どうしてそんな仕打ちを……」
「最初からそのつもりだったんだよ。子どものうちは働かせて、大人になる前に殺してマナ石にする。ここは、マナ石を採って金にする場所だぞ?」
頭領の言葉にカインは呆然とする。
十六になるまで頑張って働けば自由が手に入ると信じて耐えてきた。それだから魔法使いにとってリスクの高い約束をしたのだ。ショックで事実が飲み込めず、カインはやっとの思いで絞り出すように言った。
「ひどいじゃないか……」
「俺らに逆らえないうちはこき使って、逆らえるくらいの力がつく前に石にするつもりだったんだがな。おまえは思ってたより強くなるのが早かった。あいつと違って」
「? ……まさか」
あいつ、というのが誰なのかカインは考えて、気づいた。子どもの頃は約束で縛って働かせて、大きくなったら殺してマナ石として売り飛ばす。カインの頭がかっと熱くなる。
——カインより先に鉱山を出た年上の魔法使いは、人間たちに殺されてしまったのだ。石にされて、働いて貯めた金を奪われて、その金で人間たちはわいわいと酒を酌み交わしていた。カインを見て笑っていたのは、「いつかこいつも、こうしてやる」という意味だったのだろう。カインは怒りで拳を握りしめる。
頭領は諦めたように手を広げた。
「さあ、どうする? 俺を殺すか?」
どうしてこんなに頭領はあっさりしているのだろう、とカインは思った。人間たちがカインを仕留め損なった時点で、カインに敵わないと悟ったのか……。
「うっ」
カインは急に左目が痛くなり、手で押さえた。少しよろけてしまう。
——ひゅっ、となにかがカインの右耳のそばを飛んでいった。
「え?」
「ちっ! まさか外すなんて!」
頭領の怒鳴り声を聞いて、カインは急いで体勢を整えた。
カインは頭領と向かい合って話していたところだった。カインは後ろをすぐさま振り返る。
「ドクター……?」
カインの背後には、鉱山で医者をしている魔法使いがいた。
頭領が医者の魔法使いに向かって叫ぶように言った。
「おい! ヘマしてんじゃねえぞ! なにやってる……!」
「違う! 私は悪くない! 急にこいつが動いたから……」
頭領と医者の魔法使いが言い合っていた。カインは状況の把握に努める。
カインが頭領と話している隙に、後ろから医者の魔法使いがカインを攻撃しようとした——そういうことなら、頭領のあの謎の余裕の説明がつく。
カインは、どうしようもないなと思った。子どもの魔法使いを徹底的に食い尽くそうとするやり方に、怒りが沸いた。
「グラディアス・プロセーラ!」
「うわあっ」
カインは魔法で頭領と医者の魔法使いを拘束した。
頭領はへらへら笑いながら喚いていた。
「はっ、俺たちを殺すのか? そうだよな。ああ、おまえなんか早く殺しておけばよかった。てっきりオーエンに殺されるか、さらわれるかだと思ってたのに、戻ってきて、結局こうなるとは。俺も読みが甘かったな、ははっ、ひひ……」
カインは頭領と医者の魔法使いを冷たい目で見た。医者の魔法使いは無言でうつむいている。
カインは頭領たちに言った。
「俺はおまえたちを殺さない……」
カインが頭領を殺さないのは、私利私欲のために殺すようなやつらと一緒になりたくなかったのと、鉱山に残っているカインより年下の魔法使いのことを考えてのことだった。年下の魔法使いもカインと同様、十六歳になるまで頭領に従わないといけない約束をさせられている。ここでカインが頭領を殺してもその約束は破ったことにならない可能性もあるが、万が一を避けたかった。
カインは忌まわしい鉱山をすぐに去ることもできたが、もう少し鉱山に残ることにした。自分と同じような孤児の魔法使いが、希望を打ち砕かれて無残に殺されるなんて嫌だったし、なんとかしたかった。年下の魔法使いが十六になって無事この鉱山を出るまで、カインは鉱山にいると決めた。