『欲が出てしまいました』 たっぷりとした天鵞絨の天蓋に切り取られたような、ひっそりと静まり返った夜。
まるで世界にふたりきりになったような気分になれるのが好きで、私はいつも目の前の胸板に額を擦り寄せる。僅かに低い彼の体温が、全身を火照らせた私には心地良かった。
ぴたりと頬をくっつければ、どくり、どくりと緩やかに刻む鼓動が耳に届く。それは先ほどから私の頭を撫でるゆったりとした手つきと合わさって、私の意識をとろりと溶かし、眠りの海へと誘うようだった。
「お身体は辛くありませんか」
切り取られた夜を穏やかな声が静かに揺らす。
まるで水面に小石を投げ込んだときのように生まれた漣は、しかし幾重にも重なる夜のドレープに吸い込まれて、どこへ届くこともない。だから私も、こうしてバルバトスと一緒に眠りの繭に包まれているときは、すべてを正直に話すと決めている。
「少しだけ。でもすごく幸せだから、全然気にならない」
「……申し訳ありません。あなたをこうして独占できると思うと、つい……欲が出てしまいました」
悪魔の体力は底無しだ。人間が正面からまともにぶつかろうものなら潰されてしまうことは目に見えている。だからこそ「少し」で済んでいるということは、欲が出たとは言いながら彼の自制と忍耐がきちんと機能していることを意味するのだと、私は正しく理解していた。
全身に広がる心地良い疲れと、三界でいちばん安心できる腕の中──天界にはまともに行ったことがないけれど、どれだけ探したところでここより安心できる場所なんてきっと見つからないに決まっている──にいる安堵から、今まで耐えていた瞼がじわりと重さを増す。
「いつか、一度でいいから……バルバトスの全力であいされてみたい、かも」
「滅多なことを言うものではありませんよ。あなたの身体が持ちませんし、それにもしもそんなことを覚えてしまったら、一度で止まれる自信が私にはありません」
「ふふ。わたし……あいされてるね」
眠気のあまり、妙に間の開いた舌足らずな返事になる。
バルバトスは私がほんの僅かにでも気を抜いたらすとんと落ちる瞼を、無理やりにこじ開けていることに気づいたのだろう。ひやりとした手が目元をすっぽりと覆ったのを最後に、私の瞼は持ち上がらなくなってしまった。
「そうですよ。さぁ、もう眠りましょう。今宵のお詫びに、明日はとっておきの紅茶を淹れて差し上げますから」
「うん……たのしみ。わたし、あれが……のみ、た……」
今夜の続きのような、とびきり甘いミルクティーがいいとリクエストできたかどうかもわからないまま、私の意識はポチャンと小さな音を立てて眠りの海へと沈んでいった。