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    最後の晩餐「バルバトスは最後の晩餐に何食べたい?」

     それはふたりで昼食を摂っている最中にふと思い浮かんだ話題のひとつで、私は何の気もなしにその話題をバルバトスに振った。
     私とバルバトスの間に横たわる魔王城のダイニングテーブルには暗黒鶏のふわふわとろとろオムライスと三色デビルプチトマトと純黒レタスのサラダ、慟哭たまねぎをたっぷり使ったオニオンスープが並んでいる。よくよく見ればところどころ卵が破れていたり、カットしたトマトの大きさが不揃いだったりする今日の昼食を作ったのはバルバトスではなく実は私で──いつもお世話になっているバルバトスにお礼がしたいと、これでもベルゼブブに付き合ってもらいながら練習に練習を重ねた渾身のメニューである。
     元々料理が得意というわけでもなく、どんなに練習をしたところで家庭料理以上のものを作れない私が、人間界のどんな有名シェフよりもずっとたくさんの料理を作ってきたバルバトスに食事をふるまうことに対して一切の躊躇いがなかったかと聞かれれば、答えはもちろんノーである。それでも自分なりに自信を持って出せるものが作れるようになったことと、感謝はきちんと形にして伝えなくてはとの気持ちから、今日こうして魔王城に押しかけるに至っていた。

     なお、バルバトスをもてなしたいと事前にディアボロに相談した際には「それはいいね、バルバトスもきっと喜ぶよ。彼には私からそれとなく話を通しておこう」とディアボロは破顔していたが、どうやら当の本人には「彼女が魔王城を訪ねてきたらキッチンを貸すように」としか話していなかったらしい。光り輝かんばかりに磨かれた鏡のようなワークトップに立つ私に、眉尻を下げたバルバトスは「本当にお手伝いは不要ですか?」と何度も声をかけてきた。最初は単純に親切心かと思っていたが、こう何度も問われると私がここに立っているのがそんなに不安かと苦笑が漏れてしまう。

    「これでも嘆きの館の食事当番はちゃんとこなしてるんだけど。私にキッチンを貸すの、やっぱり不安?」
    「いいえ、決してそうではありません。あなたの料理の腕を不安に思っているのではなく、」

     フライパンに卵を広げながら問えば、きっぱりと否定した言葉がそこで切れ、バルバトスの視線がふいと逸れる。
     一度右下に視線を逃がすのは何か言いにくいことを言おうとするときのバルバトスの癖だった。まあ、バルバトスが本気を出したなら感情なんて完璧なポーカーフェイスできれいさっぱり隠してしまえるだろうから、バルバトスが「見られても構わない」と思っている証拠でもある。この完璧が服を着て歩いているようなひとに気を許されているのだと思うと、どこか胸の奥がくすぐったい。

    「せっかくあなたが魔王城ここにいるのに、お傍にいられないのは寂しくて」
    「──え」

     それを聞いた私は思わず卵を破いたし、修復も不可能になってしまったそれは自分用にせざるを得なかった。


       ◇◇◇


    「最後の晩餐、ですか?」

     尋ねられたバルバトスがオムライスを掬おうとしていたスプーンをぴたりと止める。

    「そう、人生最後の食事」
    「……あなたはもう、最後の食事のことを考えているのですか?」

     静かに尋ね返す深碧の視線はこの場にそぐわないほど真剣で、私は笑って首を横に振った。バルバトスを「真面目が服を着て歩いているよう」と評したのは果たして誰だったか。こんなことでそんなに真剣にならなくてもいいのに。

    「そんなに本気で考える話じゃないよ。人間界ではよくある話題でね、人生の最後に食べたいと思うくらい好きな料理は何? って意味」 
    「考えたことがありませんでした」
    「じゃあ人間界特有の文化なのかも。ね、教えてよ。私、料理はそんなに得意じゃないけど、作れるように練習するから。あ、やっぱりマカロンとか? マカロンかぁ……マカロンに限らずお菓子全般そうだけど、でもマカロンは特に難しそうなんだよね……」

     同じ食べ物のくせに、どうしてお菓子というものはああも難しいのだろう。定番のケーキだってまずスポンジを上手に焼ける気がしないし、メレンゲは途中で手を止めたら失敗するとか言うではないか。そんな自分がマカロンとか、作れるようになるまで果たして何年かかるのだろう。
     自分から聞いておきながら「どうかお菓子と言われませんように」と内心で必死に祈っている私をじっと見て、バルバトスは口を開いた。

    「そうですね……私が最後の晩餐にいただくのなら、今日と同じメニューがいいです」
    「へ?」
    「ええ、それがいい。最後に今日とまったく同じ食事をいただいて眠れるのなら悔いなどありません。それを幸福と呼ばずして何と呼びましょう」

     さっきまでの真剣さは一体どこに行ったのかと思うほどの笑顔を湛えて話すバルバトスと卓上のメニューとを交互に見て、今度は私が首を傾げる番だった。その道のプロよりもよほど上手に料理をするバルバトスが、まさかこんな普通の料理を好んでいたなんて、俄には信じ難い。

    「えっと、オムライス? の、半熟具合? それともスープかな? じっくり炒めるとたまねぎ甘くなるもんね。……あ、実はサラダのドレッシングの味が気に入ったとか!」

     思いつくものを手当たり次第に挙げてみるが、バルバトスの笑顔は変わらない。

    「練習してくださるのでしょう?」
    「え? あ……うん」
    「ではぜひ、たくさん練習して、私にたくさん食べさせてくださいね」

     ニコニコと嬉しそうにしているバルバトスの好きな料理が何なのか結局わからないまま、私は尋ねた。

    「もしかして、もっと練習して上手になれってこと?」
    「ふふ、それはどうでしょう。答え合わせは最後の晩餐でいたしましょうか」 
    S_sakura0402 Link Message Mute
    2023/04/15 22:55:24

    最後の晩餐

    執事留♀
    料理が得意ではない留学生がバルバトスと一緒に手料理を食べる話

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