グリモアハート 目の前に差し出されたのは、魔界の夜空よりも暗い色をした布に包まれた何かだった。
「もしもご迷惑でなければ、あなたに預かっていただきたいものがあるんです」
いっそ厳かとも言えるほど真剣な色をした深碧に応えるように両手を出す。
ペットボトルくらいの大きさだろうか。大きさの割にはずしりとした重さがあって、受け取った拍子にちゃぷんと小さな水音が立つ。布越しに触った感触はつるりと滑らかで固く、液体の入ったガラス瓶か何かだろうかと見当をつけた。
これは何かと問うように見上げれば、目の前の男──バルバトスは深碧を安堵に細めている。
「魔界においては特段珍しいものでもありません。ですが、私の手には少々余るのです」
「バルバトスの手に余るって……」
手の中の黒い包みに視線を落とす。
バルバトスといえば、およそ完璧な執事を体現したような存在である。彼が扱いきれないというものを、特殊な能力があるわけでも、魔法が使えるわけでもない私に預けようとは、一体何事だと言うのだろう。
「私が預かってても大丈夫なの?」
「ええ、問題ありません。あなたなら粗末に扱うこともないでしょうし」
口元に左手を当てたバルバトスは小さく首を傾げて苦笑した。一房伸びた色の違う髪がさらりと揺れる。
「夜毎に喚くので休まる暇もなく、本当に困っているんです」
「喚くって、生き物?」
「生きているか否かで言えば、生きてはいますね。ですが、あなたの傍にある限りはおとなしくしているはずです。たまに我儘を言って困らせるかもしれませんが、そのときは胸に抱えていただければすぐに落ち着くでしょう」
まるで謎掛けのようだった。水の入ったガラス瓶に入れられた、バルバトスの手に負えない生き物。魔界ではありふれていて、夜が来るたびに喚いてバルバトスを困らせるけれど、私の傍ではおとなしい。
水に入っているなら魚かと思ったが、少なくとも魚は喋らないはずだ。いや、魔界産の魚なら夜に騒ぐ種類がいてもおかしくはないかもしれない。
「中に入っているのは〇.九パーセントの塩水です。定期的に替えてもらえればありがたいですが、そのままでも構いません。その程度で止まるほど軟な造りはしていませんから」
しかもただの水ではなく塩水とくれば、ますます魚めいてきた。ある種の確信を持って、私はバルバトスに問いかける。
「これ、もしかして魚か何か?」
「……ご覧になりますか?」
ぴたりと揃えた指先を左胸に当てたバルバトスに、どうぞ包みを解いてくださいと促されて、それをテーブルの上に置く。夜を広げた中から出てきたのは、予想していたとおりつるりと滑らかな透明のガラス瓶と──その中に入れられたものを認識して、思わずひゅっと息を呑んだ。
「醜く腫れ上がっているでしょう? 夜を迎えるたびに『あなたが恋しくてたまらない』と叫ぶものですから、痛くて苦しくて、もうとても耐えられそうにないんです」
私の手の中、一定の間隔でポンプのように収縮を繰り返すそれは、本来ならばバルバトスの指先が示す場所に収まっているはずの心臓であったのだ。