逢瀬 開いた窓から吹き込む風に揺れるカーテン。
誰もいない教室。
窓の外から届く放課後の喧騒と、凭れ掛かる壁の向こう側から聞こえる、見知らぬ生徒たちの話し声。
何の変哲もない、取り立てて述べるべきこともない放課後だった。その日常の片隅で「秘密」を守るべく、声が外へと漏れないように、両手で己の口を押さえていること以外には。
──秘密に出来たらご褒美を差し上げますよ。秘密にできたら、ですが。
左の人差し指を唇に当てたバルバトスは、そう囁いて口の端を妖しく持ち上げる。
バルバトスには稀にそういうときがあった。私を日常と薄壁一枚を隔てたこちら側に突然連れ込んで、言葉と深碧に色を纏わせてみせるときが。
紳士然とした普段の言動からは想像もできない妖艶な誘いが、どこから来ているのかは分からない。嫉妬か独占欲、あるいは支配欲によく似た何か、もしくは悪魔としてのプライドかもしれないが、それは私の関知するところではなかった。
唯一分かるのは「恐らく私は試されている」ということだけ。一度こうなってしまえば、後はバルバトスの気が済むまで応え続けるより他に、私に為せることなど何もない。ひたすらに声を押し殺すしか道は残されていないのだ。
白手袋に包まれたままの長い指が、すりすりと私の耳朶耳朶を弄ぶ。
するりと滑り落ちた手がまるで血管を辿るように首筋を撫でれば、ぞわりとした快感が電流となって背骨を伝い下りていった。
「んっ……」
眉根を寄せて声を耐える。快感から逃げるように身を引くと、図らずもバルバトスに首筋を晒す姿勢になった。くすりと小さく笑う音に顔を上げれば、そこには愉しそうに深碧の目尻を緩めた悪魔がいる。
「やはりあなたは『いい子』ですね」
嬲られた耳に「どうかそのまま『秘密』にしていてくださいね」と吐息が吹き込まれる。
恋人たちの逢瀬はまだ始まったばかり。艶めいた秘密が、またひとつ増えていく