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    手のひらサイズのメッセージ ポケットの中でD.D.D.が震えたとき、バルバトスは魔王城のキッチンにいた。夕食のスープを煮込む間に使い終わったキッチンツールを洗ってしまおうと、スポンジに洗剤をつけて泡立てたところだった。
     真っ白な泡に塗れたスポンジを持つ手を止めて、バルバトスは考える。
     ポケットから伝わった振動は一回だけ。ということは、グループではなくバルバトス個人宛てにチャットが届いたのだろうとは容易に想像がついた。
     一度泡を流して返事をしてもいいが、もしその後もやりとりが続くようなら、手を流して水気を拭ってを都度繰り返すのは効率が悪い。返事を待たせるのは申し訳ないが、先に洗い物だけ終わらせてしまう方がいいだろうと結論づけて、バルバトスはシンク横のワークトップに置いていた計量スプーンと、調味料を混ぜるのによく使う小さなボウルを手に取った。

     泡を流したキッチンツールを水切りラックに立てかけて、スポンジに残った洗剤も流水で流した後、両手の水気を拭ったバルバトスはようやくポケットからD.D.D.を取り出す。スリープを解除すれば、画面中央に浮かぶ通知には留学生の名前と『今日、嘆きの館の夕食当番だから、』との文字が表示されていた。
     彼女の方から連絡をくれるとは珍しいこともあるものだと理性では思いながら、どこかこそばゆいような気持ちがバルバトスの胸の奥をくすぐる。
     『夕食当番だから』の後に、果たしてどんな言葉が続いているのだろう。

    『マーケットで思わず買いすぎてしまった』? 
    『自分の好きなものだけを作ろうと思う』?

     いずれにせよ雑談の域を出ないような内容には違いなく、日頃から多忙を極めているバルバトスにわざわざ送るほどのものでもない。一方で、そんな「雑談」を送る相手に選ばれるほどの信頼をようやく彼女から得られたのだと思えば、バルバトスは緩む頬と持ち上がる口角を自分の意思で水平に戻すことができなかった。執事バルバトスといえば鉄壁のポーカーフェイスが売りのはずなのにと、内心で自分に指摘をしても効果はない。
     メッセージを読むために、画面をタップしてチャットアプリを立ち上げる。
     いくつも並ぶトークルームの一番上。そこに愛らしい羊のアイコンがついたトークルームが表示されており、未読を示すピンクのバッジがついている。バッジに記された数字は一。一件の未読メッセージは果たして、バルバトスの予想したとおりの内容だろうか。
     答え合わせのためにトークルームを開こうと、右手を動かしたその瞬間だった。バルバトスの手の中で端末が振動して、ぱっと画面が更新される。あ、と思ったものの一度動かした手を急に止めるのは非常に難しく、結果としてバルバトスが開いたのは最新のチャット──レヴィアタンが作ったグループチャットだった。

    『ねぇ、誰かあいつから連絡来てる人いない?』

     バルバトスが見ているそばから、メッセージ横に表示される既読の数字が増えていく。
     その問いかけに最初に反応したのはサタンだった。アイコンの横に吹き出し枠が表示され、鉛筆マークがゆらゆらと揺れる。

    『来てないな』
    『ぼくは来てない』
    『俺様にもねえな』
    『何かあったのか?』
    『来てない』
    『俺のところにはないよ』

     ぽこん、ぽこぽこんと泡が生まれては弾けるような音とともに、次々と会話が更新されていく。
     グループチャットはいつも返信が早いが、今日はいつにも増して反応がリズミカルだ。やはり彼女のこととなると皆気になってしまうらしい。『どうしたの?』『もしかして迷子とか?』『迎えなら行くぞ』と矢継ぎ早に交わされるメッセージに『来ていますよ』と打ち込んだ文字を送信するタイミングを逃したバルバトスの見ている前で、レヴィアタンの鉛筆マークが揺れた。

    『いや、とにかくこれ見て』

     直後、トークルームに共有されたのは一本の動画だった。サムネイルに写った人物を認識して、送信ボタンをタップしようとしていたバルバトスの指がぴたりと止まる。
     それは嘆きの館のキッチンに立ち、大鍋をレードルでかき混ぜる留学生の後ろ姿だった。さきほど彼女から受信したメッセージにも『夕食当番だから』とあったことを考えれば、おそらく今しがた撮影されたものなのだろう。そう見当をつけるのと、送信ボタンから離れた指がまるで吸い寄せられるように動画の中央に表示された白い三角マーク――再生ボタンに触れるのとは同時だった。

     恋しちゃったんだ たぶん
     気づいてないでしょう?
     星の夜 願い込めて cherry
     指先で送るキミへのメッセージ

    「!」
     カメラの存在に気づく素振りなど一切ないまま、鍋の中身をくるくるとかき混ぜながら甘酸っぱい恋のはじまりを歌う留学生の声が手のひらから響いて、バルバトスは思わず目を瞠る。どきりと心臓が大きく鳴った。

    『え』
    『ちょっと待って!?』
    『それってつまり』
    『あの子に好きなひとがいるってこと!?』

     アスモデウスが画面上で叫べば、すかさずマモンが反応する。

    『はぁ!?』
    『俺様あいつからメッセージ来てねぇけど!?』
    『ありえねぇ!』
    『マモンなわけないでしょ!』
    『ぼく以外ありえないんだから!』
    『え?』
    『ぼくにだって来てないけど』
    『おかしいな』
    『俺にメッセージが届いてないなんて』
    『俺もだ』
    『は?』
    『ここは俺じゃないのか?』
    『どうして俺じゃないんだ?』
    『ここは俺だと思うんだけど』
    『やらかしたな、レヴィ』

     まるで滝のような速さで流れていくチャットの中に、今まで静観していたルシファーが混ざった。

    『どうして先に全員の返事を確認しなかった』
    『この動画を見た後で、素直に名乗り出るやつがいるはずないだろう』

     ルシファーの言葉にはっとして、バルバトスは画面上のクリアボタンを長押しする。
     このままずっと黙っていては怪しまれる。会話に混ざるのであればここしかないと、入力していた文字を消して別の言葉を打ち込んだ。あの一言を送信しなくて良かったと思いながら、そのまま紙飛行機をタップしてトークルームに送信する。

    『そうですね』
    『それに、彼女がその歌をただ口ずさんでいただけの可能性もあるのでは?』

     そう。ただ口ずさんでいただけかもしれない、彼女からメッセージが届いているのはただの偶然かもしれないとバルバトスは自分に言い聞かせる。これだけで判断するのは早計が過ぎると、冷静な自分がとにかく落ち着けと高鳴る心臓に手綱をかける。

    『そうかもしれないけど!』
    『だって!』
    『突然こんなの聞かされて冷静でなんていられないでしょ!』

     レヴィアタンが吠えたところに、遅れて登場したのはディアボロだった。

    『おや』
    『なにやら楽しそうな話をしているね』
    『殿下!』 
    『ねえ! 殿下にはあの子からメッセージ届いてない!?』

     すかさず問いかけるアスモデウスにルシファーが言う。

    『おい』
    『ディアボロを巻き込むな』 
    『私かい?』
    『私には』
    『坊ちゃま』

     いつもの鷹揚さで返事をしようとするディアボロに、ちょうど良かったとバルバトスが声をかけた。

    『間もなく夕食のお時間です』
    『バルバトス!』

     やや間があって。

    『わかった、すぐに戻るよ』
    『また抜け出していたのか』

     額に手を当て頭を振ってそうなルシファーの返信を確認して、バルバトスはトークルームを閉じた。
     残る未読は一件のみ。本人の与り知らぬところでこんな騒動を巻き起こした雑談とは一体何だったのかと、バルバトスは留学生とのトークルームを開いて。



    『今日、嘆きの館の夕食当番だから、この前バルバトスに教えてもらったスープ作ってみる! 上手にできたら写真送るから待っててね!』


     
     これは果たしてどちらなのかと、バルバトスは天を仰いだ。



    『自分では上手にできたと思ったんだけど』
    『食事の間、みんなずっと気まずそうに黙ってて』
    『もしかして、美味しくできたと思ったのは自分だけだったのかもしれない』

     その日の夜、バルバトスのD.D.D.は再び振動していた。
     せっかくバルバトスが教えてくれたレシピだったのに、いつの間にか料理音痴になってたらどうしようと不要な心配をしている彼女に、裏事情を知るバルバトスは短く返事をする。

    『考えすぎではありませんか?』

     すぐに既読がつく。ふわふわと柔らかそうな羊のアイコンの横に鉛筆マークが揺れた。

    『だって!』
    『みんな何か言いたそうに私の顔を見るのに』
    『目が合うと視線を逸らすんだもん!』
    『ソロモンに料理の感想を求められたときの反応と一緒じゃん!』

     ひとりで空回りしている彼女の結論の着地場所が面白くてバルバトスは思わず吹き出した。兄弟たちは誰があの歌の真相を彼女に聞くかと互いの出方を伺っていたのだろうが、何も知らない本人にはそう見えたのかと思うと、なるほど、ダイニングルームにはよほど神妙な空気が漂っていたに違いないと容易に想像がつく。



     彼女の反応を見る限り、恐らくあの歌に深い意味はないのだろう。
     だというのに、たったひとりの人間にあの地獄の七大君主たちが揃いも揃って振り回されている様はおかしくもあり、またバルバトスにしてみれば絶好の機会でもあった。本人にそのつもりがないのに兄弟たちが勝手に牽制し合って身動きが取れずにいるのなら、このチャンスを逃す手はない。今は彼女の恋愛対象でないとしても、彼らが手をこまねいている間にここから育てていけばいいのだから。

    『なるほど。では、魔王城でもう一度作ってみるのはいかがですか?』
    『皆様はあなたと一緒に暮らしていますから言いにくかったのかもしれませんが』
    『私でしたらきちんと指摘して差し上げられます』
    『善は急げと言いますし』
    『さっそくですが、明日の放課後はいかがでしょう』

     痺れを切らした誰かがネタばらしをする前に約束を取り付けたかったのだが、少々急すぎただろうか。
     バルバトスがそう心配をしたのも束の間、彼女からは飛び跳ねて喜ぶスタンプが送られてくる。

    『ありがとう!』
    『あ』
    『でも』
    『お手柔らかにお願いします』
    『バルバトスにバッサリ言われたら立ち直れなくなりそうだから』

     送られてきたのはほろりと涙を零すクログロのスタンプ。それこそ彼女が本気で勘違いをしていることの証拠のように感じて、バルバトスはくすりと小さく笑った。人間にとって素直は美徳なのかもしれないが、こんな悪魔に付け込まれてしまうのであれば考えものである。

    『大丈夫ですよ』
    『あなたの料理の腕ですから、実はまったく心配していません』
    『明日お会いできるのを楽しみにしています』
    『それでは、どうぞよい夢を』

     恋を育てるのに、ドラマティックな始まりも、スリリングな展開もいらない。
     必要なのは会えない時間を乗り切るための小さな約束、なのかもしれない。
    S_sakura0402 Link Message Mute
    2023/02/26 18:37:10

    手のひらサイズのメッセージ

    執事留♀
    思わせぶりなチャットの話

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