世界が夏になると、夏の街は途端に活気を失う。
一年の内、4分の1のシーズンオフ。賑やかな屋台も見当たらず、一つ二つが営業中。
リューは、こんな静かなところが好きだった。
いつもうろつく港の街は、今は夏祭りで大賑わい。事務所にいても喧騒が聞こえるくらい、多くの人が訪れている。
他のメンバーはそんな喧騒が風物詩のようで、まるでセミの声と同じように扱うのだ。
「あって当たり前のものだ」と。「これがなければ夏ではない」と。
リューにはあまり理解できなかった。
静かな水底で暮らしてきたのだ。元々、騒がしすぎるのは得意ではない。
そんなリューに夏の街を勧めたのは、意外にもニルだ。
「どーしても静かなとこっつったら、今の時期だと夏の街じゃねーかな。人狼の村もアリだが、あそこは見るトコあんまないし、つまらんと思う」
「そーなの?夏の街って、ずーっとお祭りじゃあなかった?」
「この時期だけは、他で夏祭りやるからな。シーズンオフってヤツだ、シーズンオフ」
「長休期暇ってヤツ?リックがやだって言ってたヤツ・・・」
「あいつまーだそんなこと言ってるのかあ・・・うん、でもそうだよ。長い休みだな。ずっと働いてたら疲れるだろ?リックは例外として」
「うん、疲れちゃう。適度なキューソクは効率のイイ仕事に繋がりマス!だね」
「そう、それ。いい機会だし、リューもちょっとお休み貰ったら?カキキューカください、ってバンに言ってみ?」
「カキキューカ、だね」
「そう、カキキューカ」
そうしてリューは、夏の街へ来ていた。
所長のバンには「好きなだけ遊んでこい。でも、危ないことはしちゃだめだぞ」、との言葉を貰っている。
見渡す限り、青い湖。
古代、この天上街が地上にあった頃の、「海」という景色を再現したものだそうだ。
リューはこの景色が好きになった。まるで、空の上から、水下街を見ているかのような景色・・・
砂浜に足跡を残す。暗くなってきた空は、きらきらと星が瞬いてきれい。
まるでプラネタリウムみたいだ、と思う。
でも、この星空が原典であることを、リューは知らない。
「よう、お嬢ちゃん。こんな夜中に出歩くのは、感心しねーぞ」
「あれ。もう、そんな時間なの?」
気がつくと、そこに立っていたのは男性。
背の高さはニルと同じくらいか、ちょっと小さいくらい。
青い髪が空に溶けていて、これが迷彩か、と納得した。
「おー、そろそろいい時間だよ。夜は物騒だぜ、最近じゃあ殺人鬼もいるしな」
「さつじんき・・・人を殺してる人?」
「そーだよ」
どうでもよさそうな言葉に、ちょっとだけ違和感を抱いた。
なら、なぜ、この人はここにいるんだろう?
「んー・・・」
「おー、どうした。帰らんのか」
「リュー、ひとつ、探したいものが出来たから」
「探したいものか。言ってみ?もしかしたら、俺、知ってるかもよ?」
人のよさそうな顔で、聞いてくる。
夏だというのに黒い服の男性は、リューに目線を合わせて首を傾げた。
探したいもの、それは出かける前にライオに聞いたものだ。
「この辺にね、「砂の星」っていうのが、あるんだって」
「砂の星、ねえ」
「あのね、あのね。砂の星って言うのはね、ライオが探しててね」
「や、知ってる知ってる。地元の人間だしな、俺。運が良けりゃあ、その辺に・・・」
おお、という言葉と一緒に、波打ち際まで歩いていく。
リューもそれに倣って、見つけた。
砂浜に打ち上げられた、きらきらと光る石。
「運がいいな、お嬢ちゃん。ほれ、記念に持って帰るといい」
「わあ・・・」
男性が、石を拾い上げた。綺麗な赤色に光るその石を、湖の水で軽くゆすぎ、ポケットから取り出した厚手のハンカチで拭き、そしてリューに手渡した。
手のひらで、青く光る石・・・
「色・・・変わるんだね」
「らしいな。俺も実物見たの初めてだし、半分都市伝説みたいなもんだったし」
「そうなんだ。でも、ありがとう。リュー、お土産、ちゃんと持って帰れそう」
「おお、そりゃ良かったよ・・・あー、でも、早めに宿に戻りな」
えへへ、と笑うと、男性は踵を返した。
どこへ向かうのか少し気になったけど、じっと見ているとちらりと振り返る。
「夜は、物騒だからな」
それだけ言って、男性は夜に溶けていった。
なんだか、少し含みのある言葉だったけど、リューは気にせずに宿に戻ることにした。
結局のところ、すぐに帰るつもりだった。
どんなに騒がしくても、みんなのいない一日なんて、虚しくて寂しくて、つまらないだけだったから。
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「リュー、夏の街へ行くのなら、「砂の星」っていう石を、探してくれないかな」
「すなのほし?」
「うん。持つ人によって、光る色の変わる不思議な石だって。一説では、ベガっていう女の子と、アルタイルっていう男の子が、一緒に遊んで作られたもの。らしいよ。デネブっていう二人の友達が、夏の街の砂浜へ置いてくるんだって」
「夏の街の、砂浜・・・」
「三人の友情を誓うものなんだけど、毎年二人が会える日に新しいものを作って、古いものを夏の街に置いていくんだってさ。それを拾った人が、仲良く暮らせるようにって」
「へえー・・・リュー、それはちょっと、興味ある、かも」
「うん、だから、もしも拾うことができたら見せてほしいんだ。どんなものなのか、純粋に興味があるし・・・ニルさんの資料がある今なら、仕組みの解明も出来るかもしれないし」
「おんなじもの、作るの?」
「まさか。作れても、作らないよ。だって、作ってしまったら、ベガとアルタイルとデネブが、怒ってしまうかもしれないだろ」
「リューもそう思う・・・ライオは、チテキコーキシンのカタマリ、なんだな」
「へへ、そういうこと」
「わかった、リュー、覚えとくね」