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    毎月三日は大包三日の日【2/3】「……まるで悪魔だな」
    背後から聞こえた声に、三日月は振り返る。
    あたり一帯は焼け野原だった。ぶすぶすと火がくすぶる音を貫くように、その声は聞こえてきた。
    鋼色の目。火よりもなお鮮やかな髪の色。煤のついた頰。裂け目の走った戦装束。
    「青い……悪魔だ……」
    その時の大包平の表情を、三日月はいまだに忘れることができないでいる。



    戦いは今をもってなお過酷だが、こうした日毎の出来事は心が和むことだ、と思いながら、三日月は本丸の広場に集う刀達を眺めて目を細めた。
    本丸の表玄関の前は大きな広場となっており、日頃は集会や出陣の準備に使われる。
    そこに置かれた床几のひとつに腰掛けながら、三日月は寄り集まって山のようになっている刀剣男士たちを眺めていた。
    なにせ大所帯だ。大きなものから小さなものまで、数はどんどん増えていくばかり。
    食事をするぞと言ってもなかなかおおごとで、しかし食べなければこの肉の器は弱ってしまう。
    毎日の雑事は審神者によって使役されている式神が活躍してくれているが、審神者の力も限りがある。全てを任せられるほど万能ではない。
    そもそもこれらの式神の主な用途は鍛刀や手入れなどであって、本来は家事炊事に使ってよいものではないと、審神者は言う。
    言いながら、「まぁ背に腹は変えられないよね」と、実は主が一番積極的に雑事をやらせているのだが。
    昨日は出陣の関係で手入れの刀が多かった。多くの式神が手入れに駆り出され、それらを使役した審神者も疲れ果ててしまったらしい。
    今日の食事は自分たちでどうにかしてくれと頼まれた刀剣達は、いっそのことと外の広場に焼き網を持ち出した。
    元はモノ、道具を作るなど慣れたもので、あれよあれよと言う間に出来合いの道具や素材を組み合わせ、バーベキュー用のかまどが出来上がった。
    広場に一つ二つ、四つ五つとかまどができれば、あとは好きな野菜や肉を焼けばいいだけだ。おにぎりや餅も用意され、一つのかまどでは大鍋の豚汁が作られている。
    次々に焼いては食べ、食べては焼いて。取り合ってみたり譲ってみたり、世話を焼いてみたり焼かれてみたり。
    騒々しくも楽しい夕食の様子を見ながら、三日月は思わずにこにこと相好を崩す。
    「おい、何をニヤニヤしている」
    突然頭の上から降って湧いた声に、三日月は思わずびくりと跳ねた。
    「……大包平」
    「ニヤついてばかりで何も食っていないじゃないか。あとから腹が減っても、食うものがなくなったら終いだぞ」
    「う、うむ。すぐに取りに行くから……」
    「もうある」
    ずいと、目の前に皿を突き出された。
    皿の上には焼きおにぎり、山盛りの野菜とほどほどの肉が乗せられていた。ついでに箸も添えられていて、三日月は差し出されたものをぼんやりと眺める。
    「おい、早く取れ」
    大包平のいささか苛ついた声に、三日月は慌てて手を出して皿と箸を受け取った。
    三日月が受け取ると、大包平はさっさとかまどの一つに向かって去っていく。どうして俺に、と思いつつ、親切な刀だから見かねてくれたのだろうか、と首を傾げた。
    ともあれ、渡されたものはありがたくいただかなくてはなるまい。
    三日月はおにぎりに口をつけると、焼きナスやカボチャ、トマトや玉ねぎなどを順番に食べていった。
    野菜はどれも美味しい。畑で採れたもの、他の本丸と交換で手に入れたもの。いずれも丹精込めて作られた命だ。
    だがそれだけでなく、焼き加減が絶妙だった。ナスはとろりと、カボチャはほくほくと、トマトはじゅわっとして、玉ねぎは甘い。
    掛けられたタレの甘じょっぱさがまた食欲を誘い、三日月は気付けばあっという間に皿の上のものを平らげていた。
    おかわりをしようかな、どうしようかな、他の刀達が食べ終わってから、残ったものを貰えばいいか。などと考えていると、また大包平が近付いてくる。
    その手にはまた皿があって、先とは別のものが乗せられている。大包平はつかつかと三日月に歩み寄ると、「寄越せ」と言って三日月の手にしている皿を指差した。
    「う、うむ…?」
    「もう空だろう。ほら」
    大包平は奪うように三日月の皿を取ると、代わりに自分が手にしていた皿を置いていった。
    来た時と同様に颯爽と立ち去る大包平の背中に、なんともいえない目線を三日月は送る。
    そんなにしてくれなくても、ちゃんと食事はする、むしろ食べることは好きな方だ。
    しかし大包平は良い刀だから、ぼんやりと座っている自分を見て気の毒に思ったのだろう。
    いや、本当にそうだろうか。
    三日月は丸焼きのネギをつつきながら、以前大包平に言われた言葉を思い出す。
    「青い悪魔」、大包平は三日月をそう呼んだ。
    何をもって悪魔と称したのか、いまだに三日月はよくわからない。己の振るう強さを指してか、人を死すべき運命に導く老獪さを指してか。
    だがいずれにせよ、大包平は三日月の中に悪魔的なものを見出している。
    大包平にそう言われたことは、三日月には正直こたえた。
    三日月の大包平への評は、「公明正大で実直な刀」というものだった。強く誇り高く、しかし可愛げもあると思う。
    そんな大包平から悪評をいただいたことは、魚の小骨のように喉に突っかかって抜けてくれない。
    天下五剣であることを盾に、己の至らなさを怒られるのは構わない。大包平には大包平の物語があり、それと三日月ら天下五剣は、切っても切り離せない存在だ。
    あの誇り高い刀が天下五剣を己が越えていくべき存在として認識し、好敵手としてかくあるべしと理想を持つことは致し方ないことだ。
    それを押し付けだと三日月は思わない。むしろそのように期待してくれてありがたいと思う。
    だがあの評価は。
    三日月は顔を曇らせた。
    大包平の真意がわからない。三日月を悪魔だと称し、そのまま捨ておくのであればまだわかる。
    それなのにこんな風に親切にするのは、ただただ大包平の心根の真っ直ぐさゆえなのだろうか。
    しかし、考えたところでわかるわけがない。所詮は別の刀、別の心。わかろうと考えを巡らせたところで、読み取れない意図はどうにもならない。
    三日月は皿の上のベーコンをパクリと食べた。これもいい焼き加減だった。それがどういうわけか、無性に切なく感じられた。



    「おい、三日月宗近」
    唐突に呼び止められた三日月は、額に汗をにじませたまま振り向いた。
    季節はまだ肌寒く、ぴゅうぴゅうと北風が吹きすさんでいる。しかし畑で散々体を動かしていた三日月は、額や鼻先に汗を浮かばせていた。
    「どうした、大包平」
    三日月は首にかけた手ぬぐいで顔を拭きながら立ち上がると、自分を呼び止めた刀に顔を向けた。
    内番着に身を包んだ大包平は、腕を組んで仁王立ちをしている。
    そのあまり晴れやかでない顔を見て、自分が何か粗相でもしでかしたかなと、三日月は背筋を冷たくした。
    「お前……どうしてあの包みを持って行かなかったッ」
    「包み?」
    眉をひそめる三日月に、大包平の眉がぐんと角度を険しくする。
    「おい……まさか気が付いていなかったのか?」
    「すまん、まるきり思い当たるものがないのだが……」
    大包平はしばらく三日月を睨みつけていたが、やがて深々とため息をついた。
    「お前な……ひょっとして鈍いのか?戦場ではあんなにも……」
    大包平はそこで言葉を切ると、しばし逡巡する。何事かさっぱりわからない三日月は、ぼんやりとした笑みを浮かべながらただ大包平を待った。
    「……まぁいい。部屋の前に置いておく。あとで確認しろ」
    大包平は、なにごとか承服したらしい。言うだけ言い置くと、畑から去っていった。
    部屋の前に。何か忘れ物でもしただろうか。
    あれこれ考えながら、立ち去る大包平を目で追い続ける。するとどこからともなく鶯丸が姿を現し、大包平の背後に回った。
    歩み寄る鶯丸に何か言われたのか、大包平がうるさそうに首を巡らせた。と思ったら、二振りとも道具置き場を曲がって姿を消してしまう。
    声は聞こえず、気配はない。三日月はぽつんと、畑に取り残された。
    鶯丸は何かわかっていたのだろうか。
    そう考えると、自分の察しの悪さにいささか落ち込む。そう愚かな刀ではないはずなのだが、大包平の意図はさっぱり理解できなかった。
    とはいえ、落ち込んでばかりいても意味がない。
    三日月はぐいと伸びをしてから、畑仕事の続きに取り掛かった。
    畑仕事が終わったのは、それから随分と経ってからだった。やるべきことを一通り済ませ、汚れた体を風呂場で簡単に流して、三日月はようやく自分の部屋に戻る。
    部屋の前には、ぽつんと四角い包みが置かれていた。大包平から言われていた事をすっかり忘れていた三日月は、包みを手に取り首をかしげる。
    誰かの落し物だろうか、自分の忘れ物だろうか。
    だがすぐに、そういえば大包平が包みがどうこうと言っていたなと思い出す。結局、これはなんなのだろう。
    掌よりわずかに大きいくらいのその包みをほどくと、中には見るも華やかな上生菓子が四つ、化粧箱に入って鎮座していた。
    はて。
    三日月はまたも考え込む。
    これは確かに万屋のものだ。つい先日、美味そうだなと店先で眺めたから覚えている。
    ただその時は審神者に言いつけられた用事があったため、個人の買い物はつつしんだ。
    万屋へはその後も足を運ぶ機会があったのだが、時間の都合やちょうど売り切れていたりで買えなかった。
    買えなかったはずなのだが。
    三日月はうんうんと頭を絞る。記憶からすっかり抜け落ちているだけで、昨日あたりこれを買ったのだろうか。買ってどこかに置いてきて、それを大包平が届けてくれたのだろうか。
    大包平が三日月のために買ってきてくれたわけはないから、ひょっとすると小狐丸がくれたのを、自分が話を聞いておらず広間あたりに放置してしまったのか。
    うむ、そうかもしれない、その可能性が高いと、三日月は早速包みを片手に小狐丸を訪ねてみた。
    が。
    「まさか」
    小狐丸が呆れた顔をする。
    「そんなことなどしておりませんし、そもそも、貴方にそんな少量の品を渡したりはしません」
    「うぅむ」
    小狐丸の答えに、三日月は眉を寄せる。
    確かに、小狐丸が三日月に何かくれるときは「高級品をごくわずか」ではない。
    以前、小狐丸いわく、手に入れるのも困難な高級ケーキを、あっさりと短刀たちに分け与えてしまって以降、「安物をたっぷりと」渡されるようになった。
    上生菓子四個は、小狐丸らしからぬ選択だった。
    「では誰が……」
    三日月は首をかしげる。
    こればかりは、考え込んでも答えが出るものではなかった。小狐丸でないなら、もう心当たりがない。
    となると、これはひとつ、大包平に聞いてみるしかあるまい。三日月は、大包平の姿を探すことにする。
    幸か不幸か、大包平はあっさりと見つかった。
    大包平は縁側にいた。そこは三日月もよく日向ぼっこをしている縁側で、隣には鶯丸が座っていた。
    目の前にはこぢんまりとした中庭があり、沈丁花が早くも香りを放ち始めていた。
    「大包平」
    「なんだ」
    三日月は声をかけると、部屋の前にあった包みを差し出した。
    「これは誰のものだ?」
    「は?」
    「いや、自分で買った覚えはどうにもないし、そうなると誰かが俺にくれたものだろう?しかしさっぱり心当たりがない。小狐丸に聞いてみたら違うと言うし……お前が言付かってくれたのだろう?悪いが、礼を言いたいから教えてはくれまいか」
    三日月がそう聞くと、どういうわけか大包平はがくんと顎を落として口をパックリ開いた。
    あまりに豪快な驚きの表情に、今度は三日月がびっくりしてしまう。
    「な、なにか変なことでも言ったか…?」
    「ク、ククククッ……だから言っただろう、大包平。三日月はこういう奴だと」
    「……うるさいッ」
    唖然としている三日月をよそに、鶯丸は全てを承知しているらしい。
    自分だけ蚊帳の外のようで、三日月はどうしたらよいかわからなくなる。とりあえず「手を煩わせた、すまん」と言って立ち去ろうとすると、鶯丸に「まぁ待て」と声をかけられる。
    「これを買ったのは大包平だ」
    「大包平が?」
    鶯丸の言葉に、三日月は当惑をあらわにした。
    「なぜだ」
    「なぜって、お前……」
    「贈り物は口説く時の常套手段だろう?」
    口ごもる大包平をよそに、珍しく鶯丸が三日月に教えてくれる。
    三日月はまたも首をかしげる羽目になるが、すぐにはたと手を叩いた。
    「ああ、何か頼みごとがあるのか?賄賂などくれなくとも、言ってくれれば手助けするというのに」
    律儀な刀だなぁと思いながら言うと、鶯丸がぐふっと妙な声を立てた。
    「ククッ……すまん、三日月。お前、さすがにそれは大包平が気の毒だ」
    「気の毒とは……」
    「賄賂なんぞじゃない」
    不機嫌を形にしたような顔で、大包平が三日月を睨む。その顔を見て、三日月は慌てた。
    「賄賂という言い方が悪かったか?すまん、そういうつもりでは……」
    「だからお前はなぁ……」
    「観念しろ、大包平。三日月に手練手管を駆使したところで、お前は永遠に暖簾に腕押し、糠に釘だぞ」
    その言い方もどうなのだと、三日月は鶯丸にすがるような目を向ける。
    お前はどうやら全部を把握しているようだから、頼むからわかりやすくしてくれないか。しかし、鶯丸にその気は無いらしい。
    「まぁいい、俺は行くぞ。……大包平、ご覧の通り三日月はこういう刀だ。お前の認識を改めることだな」
    そう言い残すと、鶯丸はさっさと回廊を渡っていってしまった。
    頼みの綱がいなくなった三日月は、どうにかこの場を切り抜けねばと頭をめぐらせようとした。
    「三日月宗近」
    「……なんだ?」
    「とりあえず座れ」
    大包平に先手を打たれ、三日月は逃げ場をなくす。渋々と腰を下ろすと、大包平は盆に乗った湯のみに茶を注いで三日月に渡してくれる。
    「ありがとう」
    「ああ」
    茶は程よくぬるくなっていて、三日月は手持ち無沙汰なまま口をつける。
    鶯丸の用意した茶葉らしい。香り高く、味が濃い。
    「それを買ったのは俺だ」
    「うむ」
    「お前にやるために買った」
    「うむ」
    「…………」
    「…………」
    沈黙が降りる。大包平はしばしの後、がっくりとうなだれた。
    「す、すまん」
    「お前……よくわかってもいないのに謝るな」
    「……すまない」
    三日月の返事に深々としたため息をついてから、大包平は中庭をにらみつけながらこう言った。
    「別に目的があったわけじゃない。お前にやるために買った。ただそれだけだ」
    「ただ……それだけ?」
    「ああ」
    「なぜ」
    「なぜって、お前なぁ……」
    大包平は、いよいよ呆れたという顔を三日月の方に向けた。
    「贈り物をする理由など言わずとも知れているだろう。しかも、見返り目当てじゃない贈り物など……」
    「だから、どうしてお前が俺に贈り物などするのだ」
    「それは……いや、勘弁してくれ、本当に……」
    ついに頭を抱えてしまった大包平に、三日月は困らせてしまったと後悔を覚える。
    「すまん、俺の察しが悪いばかりに……ただ悪気あってのことではない。俺を厭んでいるお前が、俺にこんな大層なものをくれるなど、なにか理由があると……」
    「厭う!?」
    大包平の大声に、三日月は思わずびくりと肩を揺すった。
    「俺が?お前を?」
    「ああ。……あ、いや、別に俺を仲間はずれにしているとか、そういう意味ではない。ただあまり好ましい相手と思ってはいないだろうとばかり」
    「なんでそうなるんだ……」
    眉間に指を当てながら、大包平がうめくように言った。一応理由を言え、聞くだけは聞いてやると言われる。
    三日月は仕方なく、大包平と初めて共に出陣した時のことを語った。



    三日月と大包平が同じ第一部隊に任じられたのは、大包平が励起されてから半年余りのことだった。
    大包平もすでに何度か出陣を果たしており、腕前は上々。しかしその時の戦場はいささかややこしく、多少の介入が必要な事態に陥っていた。
    しかも誰か一人を誘導すればうまくいくものではなく、あちらもこちらもそちらも手を入れなくてはどうにもならない、という状態になっていた。
    平素であれば、極力歴史への介入は行わず、人は人のままにただ任せ、遡行軍だけを追っていればいい。
    しかし稀に、すでに歴史改変がある程度されてしまってたり、相手方の介入の結果、戦況が乱れていることがある。
    今回はまさにそれで、慎重に、しかし迅速に事を運ぶ必要があった。
    策を立てたのは、三日月だった。
    どの刀を誰の元に送り、そこでどのように行動させるのか。仔細な作戦を練って部隊員に申し渡した。
    一方で、自分は遡行軍の目当てである武将に近づき、舞の技量でもって魅了する。そのまま召し抱えられ、側近として支えながら巧みに武将を誘導した。
    しかし立場は記録に残らないよう、身分はただの舞い手とし、軍議などには出ない。ただ武将の気が緩んでいる時にふと、さも深い見識があるかのような言葉を口から漏らした。
    そして三日月や部隊員の巧みな誘導の甲斐あって、武将の陣営は歴史通り、灰燼に帰したのだった。武将の名は、柴田勝家という。
    城は長く燃えた。
    秀吉の天下統一をはばもうとする時間遡行軍が、勝家を助けようと城に殺到したが、三日月らはそれを退けた。
    いつまで続くとも知れなかった熾烈な争いだったが、それもやがては終わる。最後の一振りが、三日月の手によって破壊された。
    その時、大包平が言ったのだ。
    「……まるで悪魔だな」
    背後から聞こえた声に、三日月は振り返る。鋼色の目が射抜く。
    あたり一帯は焼け野原だった。火はまだくすぶり、ぶすぶすと不気味な音を立てていた。
    「青い……悪魔だ……」
    その時の大包平の表情を、三日月はいまだに忘れることができないでいる。



    「お前があんな風に言うならよほどのことだろう。だからきっとお前は、俺が天下五剣だからというだけではなく、悪印象をもっているものとばかり思っていたのだが……」
    三日月は、そろりと隣の大包平を伺った。
    大包平は完全にうなだれきっていて、その表情をうかがい知ることはできない。
    何かまた下手を打っただろうかと三日月が戸惑っていると、突然大包平ががばりと顔を上げた。
    「素直だ……」
    「うん?」
    「素直すぎるッ!お前な、少しは行間を読め!あと一つの言動から全てを判断するな!総合的に判断……いやそもそも鈍い!鈍すぎるッ!」
    大包平はひとしきり喚いてから、自分の頭をわしゃわしゃとかき回した。
    「お前、じじいを標榜して老獪ぶるなら、せめてそれに見合った狡猾さを身につけろッ!俺はずっと……あーー、クソッ…!」
    「す、すまんな…?」
    「だから、わけもわかってないのに謝るなッ!」
    「……悪かった」
    大包平は掌で自分の顔を覆うと、深々と息を吐いた。そのあとの沈黙は長く、三日月はどうしたものかと目を泳がせる。
    なにか慰めの言葉をかけるべきだとも思うのだが、結局大包平の真意はわからない。
    自分が想定していたものとは大幅に違うだろうことまでは理解できるのだが、ではどうして大包平が三日月を「悪魔」と呼びながら、茶菓子を贈ってくれるのか。
    嫌悪は少なくともないのだろう。しかし、かといってこれを好意として受け取っていいものか。
    考えあぐねていると、大包平が再び深々と息を吐いた。そして唐突に。
    「……三日月宗近」
    「う、うむ。なんだ?」
    「好きだ」
    「はい?」
    耳を疑った。
    いま自分はなんと言われたのだろうか。ああそうか、じじぃゆえに耳も遠くなったかと、自分の耳をつついてみる。
    これは手入れで治るだろうか。耳が悪いと戦場でも不利だろうに、困ったものだ。などと考えていると、大包平が再び「好きだ」と言った。
    「お前のことをずっと誤解していた。もっと老獪で狡猾で、それこそ最初の出陣の時のように心というものを知り尽くし、上手く転がす刀だと思っていた。だがそれでも惹かれた。人間を……無辜の民を見る目が、優しかったから」
    「お、大包平…?」
    突然の賞賛に、三日月おおいに惑乱した。大包平は、何を言っているのだろう。
    「実際、俺が手を替え品を替え口説いてみても暖簾に腕押し、わかっているのかわかっていないのかもわからんまま、ただその綺麗な顔でふわふわと笑っている。最初は腹が立って仕方なかったし、柴田勝家に向けていた笑みも腹立たしかった。だがあれは嫉妬だ。嫉妬で『悪魔』などと称した。それは……すまなかったと思っている」
    「ちょ、ちょっと……ちょっと待ってくれ」
    「待たない」
    大包平が不意に三日月の方に顔を向けた。鋼色の目が三日月を射抜く。それは、かつて戦場で向けられた目とは異なっていた。
    「千年永らえながら、その中で様々な悲劇や不遇を経験しながら、それでもなお人を愛するその純真さは尊い。戦場においては引かず、諦めない。仕事は最後まで丁寧にする。……最初は天下五剣にふさわしくない刀だと思ってお前を見ていたが、そうして観察するうちに俺は……お前に心を惹かれていった」
    「そ、そんな……まさか……」
    「まさかもトサカもない。俺はお前が好きだ。愛している。お前を俺だけの存在にしたい。……まぁ、審神者がいるから実際には無理なんだが。心情的にはそう思っている」
    三日月はもう、何も考えられなくなっていた。
    新鮮な空気を求めて喘ぎ、胸を大きく上下させる。頰が熱い。燃えるようだ。
    心臓がばくばくと脈打って、躍り上がって口から飛び挿していきそうだ。こんな風になったのは初めてで、どうしたらいいのかわからなくなる。
    「あ、の……その、大包平……」
    「返事はいい」
    三日月をまっすぐに見つめたまま、大包平が言う。
    「すぐに気持ちを返せなどとは言わない。今後も返せなかったとしても構わない。ただ俺が口説く事を許せ。それと、俺が口説いているということを自覚しろ」
    「じ、じかく……」
    「それだ、それ」
    大包平は不機嫌そうに、三日月の膝の上の包みをつついた。
    「お前が甘いものが好きだと言うから、季節に合わせて買ってきたんだ。それをお前は……」
    全くと、大包平は眉間にしわを刻んだ。
    「いいか、俺がお前に何かくれてやるのは求愛の印だと思え。わかりやすいだろうと思ってあれこれ世話を焼いてきたが……お前、本当に鈍いな」
    「そんな……だって……」
    「あと素直すぎる。真に受けすぎる。いや、俺の言葉はもう今後はそのまま受け取ってくれて構わないが……そんな風で生きにくくないのか?大丈夫か?」
    最後は本気で心配している声だった。こんな優しい声など聞いたことがなくて、三日月はそれだけで頭の中が真っ白になった。
    「だ、だいじょう、ぶ、だ……多分……」
    「……まぁいい。今後は困ったことがあったら俺にまず話せ。……小狐丸じゃなくてな」
    三日月はもはや、無言でがくがくと頷くことしかできなくなっていた。
    あまりに予想外の展開に頭がついてこない。感情も麻痺している。
    ただカッカと身体だけ熱くなっていて、いっそ発熱でもしてしまいそうだった。
    「まぁそういうことだ。だからその茶菓子はお前のものだ。いつものように短刀どもにくれてやってもいいが……できればお前が食べてくれ」
    その方が俺が嬉しいと、笑いかけられた。そんな顔をするなと、三日月は大包平に言いたくなる。
    今まではだって、無愛想で尊大で、大包平らしい態度ばかりだったのに。
    どうして急にそんなに優しく柔らかく、さも愛おしいという目で見てくるのか。
    しかしそんな抗議すら、もはや言葉にすることができなかった。
    「う、ぅう……わ、かった……」
    「わかったならいい」
    大包平はそう言ってふと口角を上げると、突然すっくと立ち上がった。そして三日月の頭を数度、わしゃわしゃとかき混ぜ、「今度は洋菓子を探してきてやろうな」と言い残し、去っていった。
    三日月はただ、虚空を見つめることしかできない。
    完全に腰が抜けていた。驚きすぎて、言葉も出ない。ただ空を見つめ、真っ赤な頰を持て余している。

    その周辺には、呆れるくらい大量の桜の花びらが舞い散っていた。




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    Feb 3, 2019 1:57:47 PM

    毎月三日は大包三日の日【2/3】

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    #刀剣乱腐 #大包三日 #大包平 #三日月宗近 #毎月03日は大包三日の日 #大包三日の日

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