毎月3日は大包三日の日【5/3】令和元年、初の二次創作だ!
あとで書き直すかもしれない。
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「小片を集める」
「あ、んん……ぅ、ふぅ……」
か細い声が響く。
衣擦れの音。
濡れた肌がこすれ合う音。
粘膜が立てる湿った音。
荒く、深く、小刻みな呼吸。
部屋は薄暗く、ぼんやりとした常夜灯だけが手がかりだった。
広がった敷布が白く浮かび上がる。
その上で、しなやかな肢体が泳いでいる。
ほっそりとしているのに、頼りなさは微塵もない。
筋骨がみっしりと詰まった固そうな肉体は、上に薄く一重の凝脂をまとっており、触れれば驚くほどに柔らかい。
それを知っているのは、この上質な肉体を組み敷いている男、名刀大包平のみ。
「お、ぉお、おぉかねひら……」
甘えた声が、桃の唇から漏れる。
三日月宗近の声は、どこか鼻にかかっていて柔らかい。
いつもはただ優しげなだけのそれが、いまは艶に濡れて妙なる色香を放っている。
「あぁ、あ、あ……だめ、そんな、ゆっくりしたら……」
「なんだ、激しくして欲しいのか?」
「ち、ちが、そうではないが……あん、あ……」
もうたまらないのだと、腰を揺らめかせながら三日月は大包平の腕に爪を立てた。
「いやらしい奴だ、早く出して欲しいのか?」
ここをたっぷり濡らしてやろうかと、大包平が笑いながら三日月の下腹をなで回した。
「や、あ……」
恥ずかしげに顔を歪めた三日月のなかが、きゅうと大包平の雄にまとわりつく。
早く注いでと言わんばかりの反応に、大包平が片眉を跳ね上げにやりと笑う。
「ああ、そうだな……俺も早く出してしまいたい」
だがまだだと、大包平はことさらゆっくりと三日月の中をこする。
時間をかけて抜き、それ以上の時間をかけて奥を貫く。
その間に角度は常に微妙に変わり、三日月の熟れた肉を余さず可愛がった。
ゆるくかき回されながら成される抽挿は、極めを得ることなくただただ官能の濃度を上げていく。
自我を失わんばかりの濃密な快楽に、三日月はいっそ恐ろしさすら覚える。
「やぁ、あん、あ……あぅ、ふ、んぅう……」
我慢ならず、涙があふれる。
顔を歪ませすすり泣くと、大きな掌が頭を撫で頬をさすってきた。
その手つきは優しいのに、なにもかもが優しいのに、ひどく残忍だと三日月は泣いた。
奥まで埋め尽くされる。内壁をこすられる。入り口をこじ開けられる。そしてまた奥まで。
熱塊の脈打つ感覚まで、感じやすいそこは余さず伝える。
熱を与えられるたび、三日月の目から涙があふれ出た。
その涙が涸れるかどうかという頃、大包平はようやく三日月の中に放った。
*
不思議な感覚だと、大包平は思う。
大包平の視線の先で、三日月宗近が鯉にえさをやっていた。
その姿をひどく美しいとも思うし、同時にいかんともしがたく憎々しいとも思う。
穏やかな笑みは春の日差しに溶け込んで、三日月の持つ儚げな優美を引き立てている。
この欠けたるものなき光景は、大包平をひどくざわつかせた。
あれが、自分のものなのか。
未だに信じがたく、またあり得ないことのように思う。
それは単に三日月のまとう、清冽な神聖ゆえの不可侵性に対してではない。
己の心情としてもまた、名伏しがたい葛藤がある。
あれに触れる己は正しいのか。
触れることを許すあれは正しいのか。
あれを己のものにする己は正しいのか。
誰かのものになるあれは正しいのか。
いや、本当はもっと単純な感情なのかもしれない。
だがそれを大包平は掴めない。掴めないから、思いあぐねている。
昨夜もまた、この薄い実感を少しでも明白にしようと、三日月を抱いた。
だが、抱けば抱くほど遠くなる。
丁寧に、時間をかけて。すべての感覚が己と一致するようにと抱いた。
それなのに、あの一瞬は確かに重なりあったはずの心身が、いまは既に無惨にもばらけている。
「……ままならんな」
吐き出すように呟いた一言は、誰の耳にも入ることはなかった。
春はただ長閑に、美しい三日月宗近を祝福していた。
*
「お、い。こら、なにを……」
「うん?」
夜。風もなくほんのりと暖かさを残す、春の夜。
三日月と大包平は同じ部屋の中にいた。
どちらも酒を少々飲んでいる。頬がわずかに染まり、心地よくあたたまった肌が夜気に艶めく。
三日月は大包平にすり寄ると、思わせ振りに腕や胸元を撫でていた。
ほうっと、三日月の口から悩ましげな吐息があふれる。
そのまま頬を大包平の首筋に寄せた三日月は、むき出しのそこをかりりと噛んだ。
かすかな痛みは、むしろ気分を煽り立てる。
「お、お前……」
いつになく積極的な様に、大包平はただ戸惑う。
対処できない大包平の無骨をいいことに、三日月はなおも歯を立て、あまつさえ舌を這わせた。
ねっとりとした感触。熱い温度。湿り気、唾液、ざらつき。
大包平の眉間に、深いしわが刻まれた。
「……大包平」
耳元で囁かれた声に、大包平はくらりとめまいを覚えた。
なんという蠱惑。己を戒めている鎖を全て引きちぎってしまいそうだと、大包平は息を荒くした。
「……大包平」
声音に懇願が混じる。三日月の指先が、大包平の襟元を乱した。
「やめろ」
慌てた大包平が止める。手を掴むと、しかしどういうわけか強く握り返された。
訝しく思い三日月を見ると、思わぬ強さで見返される。
鋭く、清らかで、鮮烈だ。
「まだ、俺を置物だと思っているのか?」
そんな馬鹿なと、大包平は笑い飛ばそうとして、できなかった。
「……お願いだから」
三日月が、掴んだ手に頬をかたむける。
「お願いだから、俺を置物と思ってくれるな……」
「俺は……」
言い訳は、見つめてくる深い青に吸い込まれていった。
「……大包平」
呼ぶ声に、大包平は天を仰いだ。
元より、勝てるものでもないのだろう。
おそらくこの刀に惹かれてしまった時点で、自分こそが掴まったのだ。
「……置物でないなら、なんだ」
大包平はうなった。
「お前がなにかは知らないが、俺はただの獣になるぞ」
牙を剥いて威嚇しても、当の獲物はただ笑うだけだ。
「お前を食うだけの獣だ。刀剣の最高峰を、美の結晶を、お前は獣に落とすのか」
「大丈夫さ」
俺も共に落ちるのだからと、三日月が大包平の頬を両手ではさむ。
そのまま成された濃密な口付けに、大包平は諦めて人の皮を脱ぐ。
咆哮にも似たうなり声がもれる。
しなやかな獣が、美しい肢体を押し倒す。
その晩。大包平は、三日月のことを初めて手酷く抱いた。
*
ほうっと、三日月宗近がため息をついた。
それは愁眉と呼ぶにふさわしく、潤んだ色香を孕んでいた。
しかし残念ながら、その香りにどうこうなるような刀はこの場にはおらず、鶯丸はいつも通りに茶をすすり、数珠丸恒次は庭の若い雀を熱心に観察していた。
「雀は可愛いか?」
憂い顔のまま、三日月は優しく数珠丸に聞いた。
数珠丸は、励起してからまだ半年にも満たない。四季を経験しつくしていないこの刀は、他の刀と同様、目にするもの全てが物珍しく、楽しく映るようだった。
「失礼しました。鳥獣の類いにも、それぞれ異なった気性があるのかと感心しているところでした」
低いがよく通る声で、数珠丸が答える。
開いているのかいないのかわからない目で、果たしてどれほど見えているのかと訝しんでいた三日月だが、そう答えるのならば見えているのだろうなと納得する。
そしてつられたように、三日月も庭のほっそりとした雀に目をやった。
「弱いものも強いものも、一様に懸命に生きている」
「ええ、命というものがどれほどに愛おしいものか。この身を得て、初めて執着という観念を理解したように思います」
仏が棄てよと述べた煩悩は、言い換えれば執着だ。
愛するものへの、金銭財産への、命への執着。
物語として自然と仏の教えを体得してきた数珠丸にとって、人の身を得ることで初めて感じる諸々の感覚は、あるいは己の有り様さえ揺さぶるほどのものかもしれない。
「恐ろしいか?」
「いいえ。……戸惑いは、あるのでしょうが」
数珠丸が微笑んだ。
「より深く御仏の教えを理解し、人々に寄り添えるようになれると思えば、恐ろしさも消えます」
「そうか。羨ましい境地だな」
寄る辺をひとつ、はっきりと持っているからかなと、三日月は目を細めた。
己はまだその域に達していないと、珍しく三日月は拗ねた気持ちになる。
それはおそらく、相手が数珠丸恒次であったからだろう。
これが鶯丸であれば、なんということもなく聞き流したに違いない。
「兄弟が世話をかけるな」
ふと、件の鶯丸が言った。
数珠丸は首をかしげ、三日月は苦笑いする。
相変わらず、人の話を聞いているのかいないのか、顔色を見ているのか見ていないのかわからない刀だ。
「あれは木の棒のようなものだからな」
「木の棒?」
三日月が目を丸くすると、鶯丸がニヤリと笑った。
「固いし曲がらんし、その上なかなか気もきかない」
鶯丸の言い様に、三日月は思わず吹き出した。
数珠丸は相変わらずよくわからないようで首をかしげている。
「仏法も恋路には役に立たんということか」
「三日月殿なら、慈悲深い恋をなさりそうですが」
笑いながら言う三日月に、数珠丸は至極真面目に返した。
「いやはや、これがなかなか」
三日月は頭を振りながら、悟りから遠く恐れも捨てきれぬ自分は、はてさて、今度はどんな手で木の棒を構ってやろうかと策を巡らせた。
庭では、雀が相変わらず好き放題に踊っていた。