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    にほみか





    出陣の帰りは、そのまま風呂場に行くことを習いとしている。
    日本号は血と埃にまみれた重たい体を引きずって、大手門から湯殿へと足を向けた。
    それぞれの自室にも小さなシャワールームは備え付けられているのだが、なにせ狭くて窮屈だ。
    広い湯船に深々と浸かる気持ちよさは、特に戦場帰りともなれば何にも代えがたい。
    汚れた服を洗濯機に放り込み、日本号はいそいそと風呂場に入った。
    全身を泡立てて洗うと、もう気持ちはすっかり平常となる。
    他にも出陣帰りの刀が何振りかおり、それぞれが身体を洗ったり湯船に浸かっている。
    交わす言葉が少ないのは、身にたまった疲労のせいだろう。
    日本号もまた、無言のまま湯船に入った。
    「あー……」
    思わず声が漏れる。
    今回の戦場はまた過酷だった。
    敵がひっきりなしに仕掛けてくるものだから、ずっと走り続けて脚が痛い。
    我が身とはいえ、重たい槍を振るい続けた腕もくたくただ。
    疲労困憊した身体に、熱めの湯はしみじみときいた。
    しばらく堪能してから、日本号はすっぱりと上がって温度の低いシャワーを浴びた。
    生まれ変わったように爽快な気分で、風呂場に常備されている浴衣の中から、一番大きなサイズを探し出す。
    乾いた身体にさらりとした浴衣を羽織ると、このまま一献晩酌でも、という気分になった。
    夕飯までもう間もないが、まぁ少しくらいならいいだろう。
    厨房で乾き物を少々拝借すると、日本号はゆったりとした足取りで自室に向かった。
    ひんやりとした廊下の板が、足の裏に心地よい。
    日本家屋を主とした本丸は広く、しかし霊力やら何やらによって、快適な温度湿度に保たれていた。
    はー、やれやれと、口には出さずとも顔にまざまざと表したまま、日本号は自室の戸を開けた。
    その時。
    「おおう」
    思わず声を上げた。
    「戻ったか。遅かったな」
    部屋の中には先客がいた。
    いや、この部屋の主は日本号であるので、先客がいてはならないのだが。
    「勝手に入らせてもらった。すまんな」
    先客は悠々とした様子で畳に寝そべり、行儀悪くそのまま本を開いて眺めていた。
    それは確かに、日本号が以前、その刀に貸したものだった。
    その刀、三日月宗近は、濃紺の浴衣姿で足をゆらゆらと宙に遊ばせている。
    頬杖をついたまま眺めているのは、日本全国の酒蔵を取材した写真集だった。
    「いい寛ぎぶりだな」
    日本号は苦笑しながら後ろ手に戸を閉めると、乾き物の入った皿を三日月の前に置いた。
    「なんだ、もう晩酌か?」
    「まぁな。出陣帰りに風呂に入ったら気持ちよくてよ。どうしても飲みたくなった」
    「ふふ、お前らしい」
    三日月は床の上から日本号を見上げると、見ているこちらがくすぐったくなるような笑みを浮かべた。
    どうやら三日月は床から動く気はないようで、ふらふらと足を揺らしながらそのままでいる。
    一緒に飲む気でいるのか、しかしそれなら起き上がるだろうしと思いつつ、日本号は部屋の引き出しからぐい呑みを二つ、取り出した。
    それはすっきりとしながら繊細な細工がされた切子のぐい呑みで、一つは灰褐色、一つは鮮やかな青だった。
    この珍しい灰褐色の切子は、以前三日月が日本号に贈ってくれたものだ。
    その時、「ついでだから」と青も買って日本号に渡し、「たまに飲みに行く」と言って置いていった。
    事実その後、三日月は何度か日本号の部屋に遊びに来ては酒を楽しんだ。
    三日月自身は酒は嫌いではないようだが、そうたくさん飲む口ではなく、日本号から拝借するくらいがちょうどいいのだとのたまっていた。
    日本号も、この掴みどころがないくせに、時々こちらをはっとさせることを言ってみたり、存外に博識である刀のことは気に入っていて、それなりにこの気まぐれを楽しんでいた。
    しかし、自分が留守の間に上がり込まれることは初めてだ。
    三日月はいい加減に見えて、実はその辺の線引きはしっかりしている。
    同じ刀派の小狐丸あたりには結構ぞんざいな扱いをすることもあるようだが、こうまで気安い態度を取られるとは思っていなかった。
    「今日はどうにも暇を持て余してな」
    日本号の内心を見透かしてか、三日月は言い訳めいたことを口にした。
    「めぼしい刀は出陣と遠征で本丸を出てしまったし、内番を手伝おうと思ったのだが、どこも手が足りていてな。仕方ないから本丸中を掃除して回ったんだが、それもさすがに限りがあって」
    いい加減やることがなくなってしまい、お前の部屋に上がらせてもらったと、悪戯を恥じる子供のような顔をする。
    すましていると、作った彫刻か描いた絵にしか見えないような顔をするのに、表情を得た三日月宗近は妙に愛嬌がある。
    本人がそれを知ってか知らずかはわからないが、こんな顔をされて「もう二度ととやるな」と言えるほど、日本号も心ない男ではない。
    「そういう日もあるだろうさ。まぁいつでも来な」
    酒も好きに飲んでいいぞ、と日本号が冗談を言うと、三日月は「お前がいないのに飲んでも面白くない」とまた笑む。
    「……そうかい。ってことは、今は飲むってことだな」
    日本号は手持ちの酒の中から、三日月が好きそうな華やかな香りのものを選んだ。
    四合瓶だからと徳利にも入れず、ぐい呑みに直接とくとく注いだ。
    三日月はぱっと顔を明るくすると起き上がり、差し出された青い切子のぐい呑みを受け取る。
    浴衣の裾を華麗にさばき、男らしくあぐらをかく。
    顔立ちは中性的で日本号とは対極にある優美さを兼ね備えている三日月だが、仕草を見るとやはり男で武人なのだなと、日本号は都度思い知らされた。
    ゆったりとした仕草で三日月は香り高い酒に口をつけ、舌先で転がして嚥下した。
    日本号もそれにならい、待ち侘びた酒を口にする。
    「ッカー、沁みるなぁ!」
    思わず口をついて出た言葉に、日本号自身が苦笑した。
    戦場にも徳利を持っていくほどの酒好きだが、今回はそれに口をつける暇もなかった。
    いや、敵につけられたかすり傷の消毒のために一度口に含んで吹きつけたりはしたが。それは飲んだのうちには含まれない。
    「今日は大変だったようだな」
    「ああ、敵側に短刀が多くてな。しかも次から次へと現れて、強さは大したことなかったが、随分と消耗させられた」
    「槍だと特にやりにくかっただろうな。薙刀が一振りでもいれば、話は違ったのだろうが」
    残念ながら、今回は薙刀はいなかった。槍と短刀を中心に編成した部隊だったため、敵をまとめて倒すことが叶わなかった。
    「まぁそれでも無事に戻って来られたんだ。文句は言わねぇよ」
    「おかげで俺も美味い酒が飲める」
    無事で何よりだと、三日月がわずかに頬を上気させて言った。
    気づけば、四合瓶は半分ほどなくなっていた。
    ゆったりとした仕草ながら、三日月もなかなかのペースで飲んでいる。
    こうやって飲む割に、三日月が完全に酔っ払ったところを見たことはない。
    自他ともに認める酒豪である自分と、対等に飲んでいられることを考えると、実は三日月はかなり酒に強い方なのかもしれない。
    そう思いながら、二振りは瓶を空にするまでとろとろと飲み続けた。
    小一時間もしないうちに瓶は空になり、三日月は「世話になった」と立ち上がった。
    「またすぐに夕飯の席で顔を合わせるが……」
    「席が近いかもわからねぇしな。今夜はそのまま広間で飲んでるだろうから、気が向いたら顔見せてくれや」
    「あいわかった」
    三日月はそう言ってふわりと笑うと、部屋を出て行った。
    しばしの沈黙。
    三日月は立ち去ったのだろうか。
    足音が聞こえていない気がするが、存外ここは音が響かないのだ。
    待って、またしばし待って。
    さらに待ち。
    そして日本号は突然、盛大な吐息と共にその場に崩れ落ちた。
    「あんッのじいさんめ、クッソ……油断しすぎだろう……」
    我に返ったかのように激しく脈動する心臓に、血中に散らばっていた酒精が元気一杯になり、日本号は顔を真っ赤に染め上げた。
    一升瓶を開けたって、こんな風にはなりはしない。
    三日月宗近。あの誰よりも美しくたおやかで優雅な刀。
    よりにもよって浴衣という軽装で部屋に上がり込んで、しかも真っ白な脚を見せつけるように揺らめかせるなど。
    「ああ、クソ……今になって急に元気になりやがって……ああ、いや、今になってでいいのか……よく耐えたな、俺……」
    つい親しげに語りかけてしまった先は、安堵と共にもうよかろうと言わんばかりに元気に起き上がってきた足の間の分身である。
    三日月が部屋に寝転がって、すらりとした武人らしからぬしなやかな脚を揺らめかせていた時から、実はもう危険水域に至っていた。
    それを理性でねじ込んで、何事もないかのような顔をし続けた自分はえらいと思う。
    これが尋常の刀であれば、あの匂い立つ色香に惑って襲いかかっていたかもしれない。
    いや、そうしていたとして、どうして責めることができよう。
    少女のような無垢さで男の部屋に上がり込み、浴衣の裾を膝までずり下げて足をひらひらせて、きらきらとした目でこちらを見上げてくるのだ。
    自分に惚れ込んでいると勘違いしても、仕方がない。
    起き上がって胡坐をかいている姿も危なかった。
    先ほどよりも裾は垂れて足は隠れていたが、それゆえにちらりと見える隙間が大層けしからんもので、わずかに見えた内太腿に、むしゃぶりつきたくてしょうがなかった。
    柔らかいのだろうか、見た目よりも硬いのだろうか。
    あそこに歯を立てれば、三日月はどんな声を上げるのだろうか。
    あの足の間には、日本号と同じものがあるはずだが、三日月のそれはきっと生々しい自分のものとは勝手が違うことだろう。
    いや、あの顔をしておいて、日本号と遜色ない男らしいそれでもまた、随分とそそるのだが。
    「俺は男色家じゃねぇはずなんだがなぁ……」
    ぼやいたところで、浴衣の奥でしっかり天を向いている自分の分身は誤魔化せない。
    天女のようでいて武人らしく戦い抜き、子供のように振る舞いながら老成した心を持つあの刀に、日本号はもうここしばらくすっかり参っているのだ。
    三日月はそれを知ってか知らずか、あんな風に無邪気になついてくる。
    どうせ他の刀相手にもこんな様子なのだろう。三日月は人懐こいし、あの顔でにこにこ慕われたら誰だって悪い気はしない。
    もともと刀同士の仲は良い本丸ではあるが、その中でも三日月は顔が広く慕われている部類だろう。
    だから、これにだって他意はないのだ。
    「他意はなくても、こっちにはあるんだよ……盛大な下心ってやつがよぉ……」
    わかってくれ、じいさん、と嘆きつつ、この劣情をあらわにして嫌われる勇気は日本号にはない。
    せめて良い仲間であるために、こうして忍耐を重ねているのだが。
    「頑張ってくれよ、俺の理性……」
    ぼやきながら、日本号は時計を見上げ、夕飯までの時間を計算した。
    あと三十分もない。が、手早くすませばどうにかなるだろう。
    「……風呂、もう入っちまったんだけどなぁ」
    すっかりやる気に満ち溢れてしまった男根を浴衣の裾から引っ張り出すと、ため息と共に日本号はそれを握り込んだ。

    その数秒前まで、しばらく戸の前で真っ赤になりながら呼吸を整えていた三日月がいたとは、つゆ知らず。






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    2021/06/05 22:20:45

    にほみか

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    #三日月宗近 #刀剣乱腐 #にほみか #日本号
    繊細ハートな方からにほみかをヤクザしてしまったので、にほみか返しでございます。

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