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    三日月さん、愛してる
    三日月さん、愛してる
    審神者×三日月宗近








    「お姉さん、綺麗ですね」
    その刀を初めて見た時、開口一番に俺はそう言った。
    我ながらIQゼロな発言だと思う。自覚はある。でも仕方がないと思う。その刀は本当に綺麗だった。
    しかも今まで見てきたタイプとは全く違っていたんだから、そりゃIQゼロになって、脳直で発言もこぼれるってモンだろう。俺は悪くない。
    なお、目の前の刀に完全に見とれている俺の背後で、近侍にして初期刀である山姥切国広が凄まじい顔をしていたわけだけど、この時はぶっちゃけ全然気がつかなかった。
    「あんなに見事な『なに言ってんだコイツ』顔は見たことなかったぜ!」と、ちょうど通りすがっていた薬研藤四郎があとで教えてくれたけど、それ、別に教えてくれなくてもよかったよね。
    つか、まんばちゃんは基本的に俺に対する敬意が足りないと思うんだよな、初期刀のくせに。ちょっと顔がいいくらいで生意気なんだよ。
    そう、まんばちゃんは顔がいい。
    っていうか、刀剣男士っていう連中は軒並みもれなくイケメンだ。
    初期刀選ぶときにまんばちゃんの布めくって「え?どこの王子?」って言ったらめっちゃ怒られたんだけど、別にこれ、普通の反応だよな?
    そのあと「作ってください」ってこんのすけに言われて鍛刀して出てきた薬研藤四郎も、普通じゃちょっとお目にかかれない美少年だったし、自分で初めて鍛刀して出てきた燭台切光忠も「ウッソ、どこのトップホスト?」って感じだった。
    もっとも、薬研は中身がオッサンだったし、光忠は天然だった。
    そう言うと光忠は否定するけど、野菜に真剣に話しかけるとか、割と天然だって俺は思うんだよね。
    それはさておき、そんなイケメンたちもこれだけ人数がいて、しかも毎日のように囲まれてたらさすがに慣れる。
    つか、そもそも美形は見慣れてるんだよ。いままで付き合ってきた子、みんな読モやってたりするような子たちだし、俺自身も、渋谷とか原宿歩いてると声かけられる程度の顔面ではあるし。
    だから、今まで新しい刀が来ても「へ〜、イッケメーン」を棒読みで言えるくらいには耐性できてたわけ。
    そんな俺が、みとれている。
    俺が、刀剣男士に、みとれている。
    ってとこまで考えて、おや?と思った。そうだ、このひと刀剣男士じゃんか。お姉さんじゃないぞ。
    と思ったと同時に、その刀がふわりと微笑んだ。
    「ジジィでも、褒められると嬉しいものだな」
    嬉しいかーー。そっかーー。喜んじゃうかーー。
    やだもー、ちょーかわいーじゃーーん。
    「……おい主、顔が壊れているぞ」
    背後から近侍殿の低い声が聞こえてきたけど、無視無視。
    つかいまジジィって言った?ジジィ?なんで?
    「では改めて、挨拶をさせていただこう」
    柔和な笑みを浮かべたまま、綺麗なお姉さん、もとい綺麗なお兄さん……いや自称ジジィのその刀は、自ら「三日月宗近」と名乗った。
    聞けば、十一世紀の中頃に打たれたからジジィ……十一世紀っていつだ?とまんばちゃんに聞くと、「平安時代だ」と呆れた顔で返された。
    そんな数字なんか覚えてないっつの。歴史の知識なんて、大学入試が終わったその日に忘れたし。
    でも平安生まれなら、それこそ獅子王とかいるけど、獅子王は絶対にジジィではないよな。「じっちゃん」のことは好きみたいだけど、本人は断じてジジィではない。
    「そん、なに?お綺麗で……ジジィとか、言わないし?」
    「そうか?まぁ、天下五剣のひとつにして、一番美しいとも言うな」
    「ですよね!?」
    思わず前のめりになった瞬間、めっちゃいい匂いが鼻先に漂った。一瞬膝から崩れ落ちそうになって、俺は慌てて身を後ろに引く。
    その勢いでちょっと後頭部をまんばちゃんの顔面にぶつけたような気がしたけど、まぁいいや。
    「いえ、その……納得、です。はい。えっとそれじゃ……」
    まんばちゃん、まんばちゃんと、俺は背後の近侍の布を引っ張った。
    「だから、布を引っ張るなといつも言っているだろう…!」
    「だって掴みやすいんだもん。えっと、こちらの、三日月さんの案内、してあげてよ」
    「別に……別にいいが」
    「なにその間」
    「主がやりたいんじゃないか?」
    「なんで」
    「ひどく気に入ったように見え」
    「ひょーーーーッ!」
    俺の奇声に、まんばちゃんは思い切りのけぞった。悪かったな、目の前で大声上げちゃって!でもまんばちゃんが悪いと思う。
    「そそ、そういうこと言わない!言うな!わかる!?」
    「……わからん」
    まんばちゃんは心底げんなりした顔で首を振ると、俺の肩越しに声をかける。
    「とりあえず、本丸の中を案内するぞ、三日月宗近。……ついてこい」
    「あいわかった」
    俺を無視するなよ、まんばちゃん!俺、主だよ!
    いやそんなんどうでもいいや!三日月さぁん、なにその「あい」って!可愛くない?可愛くない?
    いや、昔の人がそういう言い方するって古典の授業かなんかで見たことある気がするけど、本当に耳にすると、なんていい響きなんだ。
    でも「あい」って遊郭とかにいる女の人の言葉だったような気がするんだけどって、あとで歌仙兼定に聞いたら、「主、三日月殿は『相分かった』と言ったのであって、遊女言葉を話されたのではない」ってめっちゃ怖い顔で教えてくれた。そっかー、違うかー。
    いやでもいいんだ、「あいわかった」っていうその響きが可愛いからいいんだ。
    それに俺をガン無視して去っていくまんばちゃんと違って、俺の脇を通り抜けるときにちゃんと会釈してくれたしな。
    いやぁ、さすが平安刀、動きがたおやかだし身のこなしも優雅だね!
    しかもいい香り。しかも三日月さんが鍛刀部屋を出た後も、香りが残ってる。
    えー、なにこの幸せな空間。これから三日月さんがこの本丸で生活するってことは、今後この本丸全体が幸せ空間になるってこと?最高じゃん?最高だ……。
    遠くから「主殿は大丈夫か?」「大丈夫じゃない。だいぶおかしい」って会話が聞こえたような気がしたけど、気のせいだよな。うん、気のせいだ。
    いや、やっぱダメ。まんばちゃん、失礼すぎない?
    俺、一応ここの審神者なんだけど?
    これは一言言わねばと慌てて鍛刀部屋を出た時には、もうまんばちゃんたちの姿はなかった。
    でも廊下には……三日月さんの残り香が……。はぁ……すごい……。
    同じ生き物と思えない……。この匂いを辿ってストーカーしたい…。
    俺はふらふらしながら執務室に戻った。
    執務室、いい響きだよな。めっちゃカッコイイ。できる大人ってカンジ。
    でも実際のところ、俺はまだ大学二年生の若造で、この本丸を出たらただの青少年だ。
    少し説明すると、俺はこの本丸の審神者、刀剣男士たちの主だ。
    でもこれは副業……というかアルバイトみたいなもんで、本業は大学生。
    だからさっきまで授業受けてました。そういや来週レポート提出だっけ、忘れてた。早く図書館に本借りに行かないと。
    で、大学に通ったり友達と遊んだり、普通に普通のバイトもしたりしつつ、毎日数時間この本丸にやってきて、手入れしたり出陣や遠征の指示を出したりする。
    俺、結構マメだよな。朝と夕方と寝る前に様子見に来てるしさ。
    割と真面目に審神者やってるよ。大学の授業だってちゃんと受けてるし、小遣いは自分でバイトしてるし。
    ちなみに、本丸運営は全く稼ぎにはならない。
    なんか、本丸維持に使う霊力を、政府から支援されているみたいで?それが報酬がわりだって。
    つまり俺の刀剣たちが日々健やかに過ごせることが、政府からの報酬。
    なんか騙されたみたいだけど、まぁまんばちゃんをはじめとするみんなが元気ならいっかなって。
    あとやっぱ、歴史を変えられちゃうと困るしね。
    俺なんか、運悪いから絶対に消えちゃうもん。俺のご先祖、別に有名な人いないし。
    裏を返せば、ちょっと歴史が変わっただけでも死んじゃったりすると思うんだよね。
    そういうわけで、俺は審神者をそこそこ頑張ってやっています。
    そこそこ頑張っているので、刀剣男子の数もそこそこいます。
    でもやっぱ、いわゆるレア刀は揃いきってない。
    まぁなんてったってレアだからね。リラルラック低めの俺には縁がないわけよ。
    とか言ってる最中に、「主、四時間だ」とか言われたら、「はい?」ってなるじゃん?
    いやだって四時間って言ったら三日月宗近か小狐丸でしょ?ウチにはどっちもまだいなかった。
    そう、いなかった……。今はもう過去形だ……。
    なにせ、いまはいる。
    あの三日月、三日月宗近が。あの綺麗でいい匂いがする三日月宗近が。
    「はーーーーーーー、幸せか!?これ幸せだな!?」
    「おい」
    存分に感動に浸っていると、ポカンと後頭部をはたかれた。
    「いって」
    「案内が終わったぞ。同じ刀派の岩融と今剣に会って、そのまま拉致されていった」
    それでまんばちゃんだけ戻ってきたらしい。
    「部屋入る前に声かけてよ!」
    「かけた。二度も三度も呼びかけて、奇声が聞こえてきたから中に入っただけだ」
    奇声て。主の満を辞した感動の吐息を奇声て。
    「なな、三日月さんどんな感じだった?嬉しそうだった?楽しそうだった?」
    「は?」
    はい、まんばちゃんの「なに言ってんだコイツ」顔いただきました〜。でももう慣れたし。
    「いいから教えてくれよ!本丸に来て、なんかこう……楽しそうか知りたいじゃん」
    三日月さんがこの本丸にどんな感想を持ってるか知りたい。
    だってここは俺が維持してる場所なわけで?ここが三日月さんにとって居心地よくなかったらダメじゃんな。
    きらっきらした目で見上げてくる俺に根負けしたのか、こんなところで意地を張っても無駄だとわかったのか、まんばちゃんは深々とため息をついてからしぶしぶといった様子で口を開いた。
    「まぁ……嫌そうな顔はしていなかったぞ」
    ……。
    …………。
    ………………。
    「そんだけ!?」
    「そんだけってどういうことだ、十分だろう!?」
    「いやまだなんかあるでしょ!?庭を見て綺麗だなって言ってくれたとか、自分の部屋を見て嬉しそうにしてたとか!」
    「なんでそんなに詳細に知らせなきゃいけないんだ!」
    「俺が知りたいから!」
    間髪入れず断言した俺に、まんばちゃんはまたもや「なに言ってるんだコイツ」顔をした。
    「はぁ……。まぁ、なんだ……居心地がよさそう的なことは言っていたな」
    「居心地良さそう!?なにそれ大勝利じゃん!」
    「アンタはなにと戦っているんだ……」
    「なぁなぁなぁなぁ、まんばちゃん!他になんかなかった!?こういうものが好きとか、こういうことは苦手とか……」
    まんばちゃん、すっげ面倒臭そうな顔してるけど、ウソはつかないからな。
    だから信用できる、三日月さんはここを居心地良さそうだと思っている。
    三日月さんは、ここを、居心地、良さそうだと、思っている…!
    ……ッカー!いままでマメに手入れしてきた甲斐があった!
    どの辺がいいと思ってくれたのかな、お気に入りの場所とか、なんか要望はないかな。
    俺が食い気味にまんばちゃんに畳み掛けると、まんばちゃんは思い切り眉をひそめやがった。コンチクショウ。
    「励起して初日にそんなことがわかるわけないだろう」
    ……あ。
    そっか……。俺は唐突に納得してしょんぼりした。
    確かに、三日月宗近という刀剣男士は数多くあちこちの本丸にいるけど、この本丸の三日月さんは一振りだけで、本日さきほど初めて肉体を得たわけだから、好きも嫌いもよくわかっていないはずだ。
    ……うん?ちょっと待って?俺いまめっちゃいいこと言った。
    この本丸の三日月さん。
    この、本丸の、三日月さん。
    この本丸は俺の本丸。
    ということは、あの三日月さんは、俺の三日月さん…!
    「なにそれめっちゃいい響きー!」
    「なんだ突然!?」
    いきなりひっくり返って叫んだ俺に、まんばちゃんが心底驚いた顔を見せた。
    というか、驚き通り越して心配されているな、これ。めっちゃ不安そうな顔で俺のことを覗き込んでくる。
    「あ、いや。大丈夫。あの三日月さんを励起したのが俺だという喜びにひたっているだけだから」
    「……アンタ、一回病院で頭を診てもらったほうがいいぞ」
    まんばちゃん、まんばちゃん。せっかくの美形が台無しなくらいにひどい顔になってるよ、まんばちゃん。
    「誰のせいだッ」
    「え?俺?俺のせいなの?」
    「それ以外になんの可能性がある!……ええい、用事がないなら俺はもう行くぞッ」
    まんばちゃんが、布を翻して部屋を出ようとする。
    「あ、待って待って。俺ももう少ししたら戻らないとだから。えーと、このあとの出陣予定と、内番は……」
    そうだ、遠征もそろそろ戻ってくるから編成し直してまた別部隊に行ってもらわないと。
    俺はあれこれ考えて、まんばちゃんにいまからやること一覧を手渡した。
    「出陣は俺が夜に来てからにしような、なんかあったらヤだし。いまは内番とか、本丸のこと優先で。ほんで遠征組が戻ってきたら、こっちの編成に変えてまた出てもらって」
    「わかった」
    どうだ。俺もなかなかちゃんと仕事するんだぜ?
    というわけで、出すべき指示を出した俺は現世に戻ることにした。
    「最後にもう一回三日月さんを見て帰ろっと!」
    ただし遠くからな!近いと俺が無理そうだから!
    そう言った俺を、まんばちゃんはいよいよ「手がつけられん」という顔で眺めていた。失礼な初期刀だよな、ホント!



    三日月宗近さんはお美しい。
    と思わず口に出すと、「けったいな表現を使うなぁ、大将は」と薬研にツッコミを入れられた。
    あのね、わかってる。わかってるよ。
    だって三日月さん、俺の刀なんだけど俺の刀って感じがしないっていうか…。
    三日月さんがこの本丸に来ておおよそ三ヶ月ほどが過ぎた。もう遠征だけじゃなくて出陣もしてもらってて、天下五剣らしくめきめきと実力をつけていっている最中だ。
    内番や本丸の雑事も積極的にこなしてくれてるし、三日月さんほんとに良い刀。
    でもなんか、俺の刀ー!って実感はまだないんだよね。まんばちゃんとか薬研とかは俺のだなって思うんだけど。
    あ、いや俺の言うこと聞いてくれないとか、お高くとまってるとか言いたいわけじゃないよ?なんていうか、おそれおおい?そんな感じなんだよ。
    俺のものって思っちゃいけないっていうか。俺だけの三日月さんじゃないっていうか。
    「だってさ〜、あんなに綺麗で美しくて優美で感動的に優しいのに、好きなものが甘いものなんだよ?めっちゃ可愛くない?いや、可愛い。聞くまでもなく可愛い」
    俺は思わず膝を打って語ってしまった。
    薬研はこういう時、口を挟まないで聞いてくれるからいいヤツなんだ。
    まんばちゃんはダメ。アイツすぐに顔に出すから。「コイツ終わってんな」って心の声がダダ漏れだから。
    「しかもさ、好きだからって独り占めとかしないじゃん、三日月さん。こないだ羊羹を買っていったら、すぐに台所に行って切り分けて、俺にもくれたし他の子達にもあげてたし……」
    最後、三日月さんの分がなくなっちゃってて。
    「あぁ、あの時の大将は見ものだったな」
    見もの?いま見ものって言いましたか?
    「顔を真っ赤にしてゆでダコみてぇになってたな。初々しいもんだ」
    クソッ、あの時の失態をしっかり覚えられているとは!
    いや、本当はもっとスマートに渡そうと思ったんだよ。
    「三日月さんの分がないじゃないですか。はい、どうぞ」とか言いながらさ、自分のお皿を渡して……。
    三日月さんはきっと遠慮するから、「それなら半分こしましょう?」って笑ってあげて、俺のためにちょっとぶ厚めに切ってくれた羊羹を半分に割って、三日月さんにアーンてしてあげて…。
    「全部、大将の妄想だけどな」
    「短刀の容赦ないツッコミ!!」
    理想の過去を瞬時にぶった切られて、俺は思わずこぶしを握った。
    確かに薬研の言う通りなんだけどね?スマートを目指したけど全然だめで……。
    「おお、俺、俺の、よよ、よければ…!」って差し出したら「これは主の分だろう?」ってふんわりと……微笑まれて……。
    「あーーーー、三日月宗近うっつくしいッ!!」
    「恋だなー」
    頬杖をつきながら薬研が言う。
    「…………うん?」
    「うん?」
    聞き慣れない言葉に、俺はふと首をかしげた。薬研も一緒になって首を傾げている。
    いやいや、じゃなくて。いま君、なんて言った?
    「恋だなーって言ったぜ?」
    ………………恋?
    ……………………恋ですと?
    「恋じゃねぇのかよ」
    いやいや。
    いやいやいや。
    いやいやいやいや。
    そんな、そんな。
    ははは、いやそんなまさか。
    「だって、前に出たらまともにしゃべれなくなって、顔ぉ真っ赤っかにしてたら、そりゃもう恋じゃねぇのか?」
    まともにしゃべれなくて。
    顔が赤くなって。
    めっちゃ意識しまくって。
    いつもいつも考えてて。
    ……。
    …………。
    ………………。
    恋だな?
    「恋だな」
    「わ、わーーーーッ!」
    思わず大声を上げた俺に、薬研は「はっはっは、鈍いなぁ、大将は」とか言って笑っている。
    いやいや、笑ってる場合じゃないでしょ。
    これが恋!?うっそ、マジで。そんなまさか。
    だって相手は刀剣……だけど、見た目は人間だもんな。
    うん、生身の刀に恋をしたら異常者かもしれないけど、見た目が人間なら仕方ないな?
    「男同士だがな」
    「それもやむなし」
    だって三日月さんお美しいし。
    「あんなに綺麗だったら、好きになっちゃっても仕方なくない?」
    「お、認めたのか?」
    ああ、認めるさ。おお、認めたさ。
    俺は三日月宗近に恋をしている。好きで好きで、一目惚れで。
    あのきらきらした目も、ふわっとした口元も、つるんとした頰も、全部みんなすごく綺麗で。
    でも実際に扱ってみて、それだけじゃないってことがすぐわかった。
    三日月さんは、すごく素直で優しい刀だ。なんでもかんでも受け入れて、しかもそこに無理がない。
    だからもっと好きになった。こんなに綺麗で可愛い相手を、好きになるなって言う方が難しい。
    「だよな?好きにならないでいる方が無理だよな?」
    「大将がそう言うんならそうだろう」
    俺には恋愛なんぞよくわからんがなと、薬研がからりとした声で笑った。
    「仕方ないよ、人間二年生だもんな。人間歴では俺の方が上だし」
    「余計なもんをあれこれ見すぎてるってのもあるかもしれねぇな。感情ってモンがどうにもわからん」
    「そんなの、俺にもわかんないって」
    だから気にするなよと、俺は薬研の肩をぽんぽんと叩いた。
    「でもなぁ。チュートリ鍛刀の薬研でも恋愛ってなんぞや状態ってことは、人間三ヶ月の三日月さんなんか、赤ちゃんじゃんね」
    「まぁそうなるな」
    赤ちゃんな三日月さん可愛い〜とか思いつつ、三ヶ月人間にどうアプローチしたらいいのか。俺には皆目見当がつかない。
    「とりあえず贈り物作戦…?いやでも三日月さんにだけっていうのも、なんか悪いよなぁ」
    三日月さんのことは好きだけど、他の刀たちがどうでもいいわけじゃないし。
    あからさまにえこひいきするのは、俺が嫌だし、三日月さんも喜ぶ気がしない。
    「近侍に据えたらどうだい?」
    「きんじ?いま近侍とおっしゃいましたか!?」
    はー、なにアホ抜かしてんですか〜?
    俺が三日月さんと執務室で二人きりとか、耐えられると思ってるんですか〜?
    「お、なんだ?押し倒したりでもするのか?」
    チクショウ、にやにやしやがって!俺が腕力でかなうわけがないことを知っている!
    いやでもそうじゃなくて。そんな無体なことはしませんし。合意のない合体はご法度ですし。
    でもそれはさておき、その前に。
    「同じ空間にいたら、俺、死ぬじゃん」
    「死ぬ?」
    「緊張と喜びで心臓止まるっていう話。むりむり、近侍は絶対にダメ!」
    あー、だから一回も近侍にはしてねぇのかと、薬研は一人で納得していた。
    そうだよ、近侍とか危険極まりない。
    俺はさ、俺なんかはさ、三日月さんが通り過ぎた後の残り香を楽しめてれば十分なんだよ…。
    「いやそっちの方がヤバくないか?」
    「……言うな。わかってはいるんだ」
    わかってはいるけど。それでどうこうできるモンじゃないんだよ!
    「大将のお気に入りが三日月さんってこたぁ、この本丸の誰もが知ってることだし、いまさら贈り物程度を気にすることもないと思うがな……。
    アンタが俺たちを大事に扱ってくれていることは、もうよくよくわかってるし」
    「え、ほんと?」
    そこ伝わってた?伝わってたなら嬉しいなぁ。
    ガチな人たちに比べたら全然のんびりペースだけど、俺なりに頑張ってるし、みんなのことは大事に思ってるし。
    そのへんがちゃんと伝わっててくれてるなら、俺も審神者として安心だぜ。やったね。
    「でも大将が気にするってんなら……散歩にでも誘うとか?」
    「三メートルくらい離れてていいならできる」
    「それ、むしろ三日月が気ぃ遣わねぇか?」
    あー、だめかー。いい案だと思ったんだけどなー。
    「とりあえず自覚はできたんだ。あとは当たって砕けるだけだぜ、大将」
    ……ん?砕ける前提なんだな?
    やっぱりお前も、まんばちゃん並みにひどいな?
    がっくりと肩を落とした俺の背中を、薬研は大笑いしながらバシンバシンと叩いてきた。うーん、むごい。



    それからしばらくあとのこと。
    「なぁ、宗三〜。男を落とすイイ方法教えてくれよ」
    その日、俺は宗三左文字の部屋でゴロゴロと転がっていた。
    畳の上の俺を、宗三はゴミを見るような目つきで見下ろしている。おい、仮にも主に対して失礼だぞ。
    うーん、コイツも方向性としては「美人」の部類なんだけど。でも宗三を見てても特にドキドキはしないんだよな。
    宗三も初期からいるから、なんていうか家族?悪友?そんな感じ。
    いや、別に三日月さんと心の距離があるわけじゃないですけど?ちゃんと仲良くやってますけど?
    ……だめだ、ちょっと落ち込んだ。
    しかしそんな俺の内心など知ったこっちゃない宗三は、わざとらしくため息をついくる。やめろ、普通に傷つくぞ。
    「なんで僕に聞くんですか」
    「だって傾国の刀なんだろ?それなら男もイチコロってなもんで」
    「あなたのその無神経さには、いっそ清々しさを覚えますね」
    やだ、なにその心の底から軽蔑した目つき。
    でも俺、その程度じゃ引き下がらないもんね。こっちだって必死なんだ!
    「わかってるよぉー!宗三がそんな自分の来歴にウジウジしてることくらいわかってるよぉー!それでもすがりつきたいくらいに万策尽きたッ」
    「あなたが主じゃなければ、素っ首搔き切ってやっているところでしたねぇ」
    穏やかな声でめっちゃ怖いこと言われた気がする。
    でも無視してうるうるした目で「お願いッ」と見上げると、宗三は呆れた顔でため息をついた。いぇーい、これは教えてくれる流れ!
    と思いきや。
    「曲がりなりにも主なので、これくらいで済まして差し上げますね」
    俺は華麗にケツを蹴り飛ばされて部屋を追い出された。ひどいや、ひどいやっ。
    「って感じだったんだよ、まんばちゃん!ひどくない!?」
    と、俺はどこかののび太がどこかのドラえもんにすがりつくように、まんばちゃんの布にしがみついた。
    「ええい、鬱陶しい!」
    そんな言い方しないでよ。だってまんばちゃんに「どうしたら三日月さんと付き合えると思う?」って聞いたら「俺に聞くな!」って言うから宗三のところに行ったのに。
    ほんのり痛む俺のケツの責任は、宗三にだけじゃなくて、まんばちゃんにもあるはずだ。
    「どうにかしてよ、んばえも〜ん」
    「誰がんばえもんだ!」
    まんばちゃんは憤然と布を引っ張って俺を振り払ったけど、そのまま床に転がって動かなくなった俺に、ちょっと心配そうな顔を見せた。
    まんばちゃん、優しい。俺まんばちゃんのそういう押しに弱いところ、わりかし好きだよ。
    「そんなにしおらしくするな、主。気持ちが悪い」
    前言撤回。やっぱ失礼な刀だ!
    「あのね、言っておくけど俺、こう見えてかなり落ち込んでるんだぜ?」
    「そりゃそうだろうな」
    呆れ返った顔をしながらも、まんばちゃんは俺の隣に腰を下ろしてくれた。
    まぁ今日はまんばちゃんが近侍だから、俺が出陣の命令をしない限り、執務室から出てくことはないんだけどさ。
    「落ち込んでるんだから慰めてよ」
    「慰めてもいいが、俺が慰めたところで過去は変わらないぞ」
    「クッ…!歴史改変してやりたい…!」
    あきらめろと、まんばちゃんは俺の頭をポンポンと撫でた。
    「三日月宗近の前ですっ転ぶ、茶をこぼす、挙げ句の果てに三日月にそれをぶっかける、謝ろうとして舌を噛む。
    こんな華麗なコンボを決めたら、歴史改変したくなる気持ちはわかる。だがやめておけ。アンタだって一応は審神者なんだからな」
    一応は余計だよ!まぁまぁ真面目にやってるよ!
    ていうか、俺の恥を再確認しないで欲しい!普通に悲しい!
    「うう……しかも三日月さんに優しく心配された…。悲しすぎる…」
    「思い切り噛んでたからな。物理的に」
    「噛みちぎるんじゃないかと思った…」
    いやでもお茶が冷めてて本当によかった。
    三日月さんに火傷なんかさせようもんなら、俺はまんばちゃんの本体を使って切腹していたよ…。
    「おい、縁起でもないことを言うな」
    まんばちゃんが思いきり顔をしかめた。
    「第一、アンタが死んだらあの三日月宗近は消えるぞ」
    「まんばちゃんもね。……わかってるよ。そんなことしないって」
    刀のまんばちゃんに対してちょっと不謹慎な言い回しだったなと、俺は少々反省した。
    そうなんだよな、俺がいないとこの本丸まるっと消えちまうんだもんな。そう考えると責任重大だ。
    うん、死なない。俺は死なないぞ。
    「わかったらもう少し自重しろ。もともと様子がおかしかったが、最近はとみに狂ってるぞ」
    「まんばちゃんって容赦ないよね?」
    俺、もっといたわって欲しいです。こう見えて傷つきやすいんだからな!
    「だってさー、こんな風に好きになったこと、今までにないんだもん」
    「付き合っている相手はいたんだろう?」
    「まぁいたけど……」
    正直に言うと、人生において彼女いない期間の方が短いくらいだしな…。
    俺は自分の恋愛遍歴に思いを巡らせた。
    最初に付き合ったのは小学生の時で、クラスでいいなって思ってた髪の長い子が相手だった。
    名前はなんだったかなぁ。忘れてるわ。
    その時は一ヶ月くらいしか続かなかったんだけど、別れたってなったらすぐに次の子が告白してきた。
    別に嫌いじゃなかったから付き合ったけど、小学生の「付き合う」ってよくわかんないよね。
    登下校一緒にするにも住んでる方向違うし。休みの日は家族か友達と過ごすじゃん?
    まぁデート的なものはしたな。ショッピングモールに行ってご飯食べたり…。
    でもお小遣いだってそんなにあるわけじゃないし。
    「そんな調子が中学高校まで続いて、大学も……まぁ似たようなモンか」
    告白してくるのはいつも向こうからで、俺が誰かを好きになる前に誰かが俺に告ってくる。
    んで、嫌いじゃないから付き合う。普通に数ヶ月とか半年続くこともあったし、数週間でダメになることもあった。
    まぁ俺にはあんまこだわりないし。どうせ付き合うなら可愛い子がいいとは思ってたけど。それくらいだし。
    だから口説くって経験はまるでない。そんなことしなくてもよかったし。
    自分からすごい好きになったこともない。好きになる前に告白されてきたし。
    って説明したら、まんばちゃんに「クズだな」と端的に言われた。
    「いやいや、そんなもんでしょ、恋愛って!?」
    まんばちゃんは刀だから夢を見てるんだよ!恋愛っていうものにドラマ性を見出し過ぎている!
    「実際はタイミングだって!告られたら、相当嫌いじゃない限り付き合うでしょ!?」
    そんで、俺はたまたま告られやすかったってだけでしょ。
    そりゃまぁ確かに、顔も学校の成績も人並み以上だったとは思うけど。
    「平安時代が何世紀かもわからなかったのに?」
    「そこ頭に突っ込んでおかなくても、点数取れるもん」
    学校のテストって、みっちり覚えてなくてもまぁまぁ答えられるもんなんだって。
    特に歴史は順番が分かってればどうにかなるし。年号分かってないと答えられないのは近現代だけだし。
    「古い時代もちゃんと勉強しろ」
    「みんなの歴史は勉強してるし」
    「一般的な教養の話をしている!……いや、今はそれはいい。話題が逸れた」
    「そうそう!いまは俺の恋愛の話!」
    つまり、今まで口説かれたことはあっても口説いたことはないんだよ、俺。
    「だからどうやって好きって伝えたらいいかわかんない」
    「そのまま言えばいいだろう。好きです、付き合ってください」
    「ッカー!これだからまんばちゃんは!」
    畳をばしばし叩く俺を見て、まんばちゃんは「めんどくさ」という顔をした。
    「だからさ!そんな風に言われて頷く刀じゃないでしょ、三日月さんは!?それにだって平安生まれだよ!?もっとこう、情緒ある口説き方じゃないと……」
    「それでお茶をひっかけてたら世話ないじゃないか」
    はい、撃沈。俺、撃沈。
    あまりの正論にぐうの音も出ません。畳にめり込むばかりです。
    「お、おい……」
    思い切り頭を畳に擦り付ける俺に、まんばちゃんは戸惑いの声を上げた。
    「ただでさえ足りない頭がもっと減るぞ……」
    「いたわり!俺にいたわりの心を!」
    涙が出ちゃうぞ。
    「いやほんとさ、経験ないんだよ。こんな風におかしくなっちゃったり、三日月さんのことで頭いっぱいになったり」
    別にヤらしいことでじゃないぞ。いや、その成分も入ってるけどさ。
    「三日月さんは今日何時に起きたのかなとか、朝ごはんは何食べたのかなとか。お散歩好きだって言ってたけど、今朝は行ったのかな、どんなもの見たんだろうとか思って、大学の前に本丸に来るじゃん。
    でも結局……三日月さんにはそのどれも聞けなくて」
    あ、マジで涙腺にくるなコレ。
    自分の情けなさと、三日月さんとの関係の一歩も進んでなさ……どころか、他の刀と比べた時のマイナススタートぶりがヤバい。
    ぶっちゃけ、その後にやってきた髭切膝丸の兄弟との方が、めっちゃ近しい関係築いてる気がする。切ない。
    「まんばちゃんに今日の仕事頼んで、それから授業受けてる間も、三日月さんはちゃんと楽しんでるかな、お昼ご飯やおやつは美味しかったかなとか、今日は遠征部隊に入れてたけど、遠征先で困ったこととか起こってないかなとか。
    一緒に行った刀とはどんな話をしたんだろう、なにか新しいものを見つけたり、気が付いたこととかあったかなって考えて、でもやっぱ夜に本丸来た時には聞けないし、聞けないどころかお茶ひっかけちゃうし」
    ヤバイ、声が震えてる。鼻の奥がツンとして、目の前の畳の目がぼんやりと焦点を失っていった。
    「本当はお土産とかあげたいけど、他の子と比べて贔屓になるのは嫌だし。
    そうなったらもう話術しかないじゃん。でも三日月さんを前にするとろくすっぽ話せなくなるし、舌は噛むし。
    三日月さん優しいから心配してくれるけど、内心では変な男だって呆れてるんだ、きっとそうだ……。俺がどんなに仲良くなりたくても、そんなのきっと、叶わないんだぁ……」
    うう、ダメだ。本気で泣けてきた。鼻はぐじぐじするし、目からはしっかり涙が出てる。
    こんなんで顔を上げられるわけがない。畳よ、俺の涙を飲んでくれ。
    「……だとよ、三日月」
    「なんと、主……」
    ……。
    …………。
    ………………。
    ……………………。
    ……Pardon?
    俺はガッバと顔を上げた。
    そして見た!見たので顔を下げた!思い切り下げた!
    ゴツンッッッといい音が響く。畳ってこんな音しましたっけ!?
    いやそれどころじゃない。
    「なんッッッでェエ…!」
    声が思いっきり裏返った。クッソ、まんばちゃん!俺はお前を許さんぞ!
    顔を上げて見えた一瞬の風景の中には、開け放った執務室のドアの向こうに立つ三日月宗近……三日月さんの姿があった。
    は、はかられたー!
    どこからが計略だッ。宗三が俺を蹴り出して、俺がまんばちゃんに泣きつくところからか!?
    だとすると宗三もグルか!?いや、グルじゃなかったとしてもダメ。
    宗三が俺に冷たくした結果としていまこの瞬間があるなら、アイツもまんばちゃんと同罪だ!
    ええい、審神者権限で簀巻きにしてやるッ。
    耐えきれずに手足をバタつかせてから、この様も三日月さんに見られているのだと気付いて俺はさらに深く撃沈した。
    だめだ……もう立ち直れない……。
    こんなん付き合うどころの話じゃないじゃん……。
    だめ、泣けてきた。さっきに輪をかけて泣けてきた……。
    鼻を鳴らしながら畳に額を擦り付けていると、何かが俺に近づいてくる気配がした。
    鼻先に漂ういい香り。これは……これは三日月さんの匂いだ。
    三日月さんが部屋の中に入ってきて、俺の側に膝をついた。そんな気配がした。
    「主」
    優しい声だ。すごく優しい。
    思わず顔を上げそうになるくらいに優しい声。でもダメ。いまひどい顔してるもん、俺。これ以上嫌われたくないです、本当。
    「た、のむから……で、出てってくだひゃイッ……」
    そして裏返る声!なぜ!?
    「そんなことを言わないでくれ、悲しくなるぞ」
    え、それはダメです。三日月さんが悲しくなっちゃうのはダメ。
    「なら、側にいてもいいか?」
    「う、ぅう……」
    いいですとは言えませんよ、そりゃ。言えません。
    でも悲しくなっちゃうなら出てってもらうこともできない…。なんだこの艱難辛苦…。
    「主は、ちゃんと俺のことを大事に思っていてくれたのだなぁ」
    大事!?ったりまえでしょ、そんなのもう!すごく!大事!!
    いや別に他の刀たちも大事だけど!すごく大事だけど!
    でもそれはそれとして、惚れた相手は別っていうか?大事さ極まって宝物になるじゃんね!?
    「主はどうも、他の刀には普通なのに、俺相手のときだけは様子がおかしくなるから……」
    「いや、コイツはいつもおかしい」
    まんばちゃん、それいま言うこと?それいま言わなきゃダメだった?
    「そうか?親しくよい関係を築いていると俺は思っているぞ」
    ああん、三日月さん優しい。三日月さん素敵。
    「だが、俺を相手にするとどうも話すことも難しいようだったから……あるいは嫌われているのか、そうでなくとも苦手な部類なのだろうと思っていた」
    「そんッ!」
    そんなことないです、と顔を上げかけて、目の前にあった美しすぎる姿に俺はまた轟沈した。
    無理、無理無理無理。なんでそんなゼロ距離なんですか。無理極まってる。
    「大丈夫か、主?」
    「ち、ちかいでひゅ……」
    近いと目が、目が潰れてしまう。心臓がドキドキで爆発してしまう。
    「ふむ。俺が近くにいない方がいいか」
    三日月さんはそう呟くと、俺から離れるためか立ち上がろうとした。
    その服の、服のどこかはわからないけど、どこかの裾を、俺はとっさに掴んでいた。
    「……主?」
    「あ、あの……近いけど、近いとめちゃくちゃ緊張するけど、その……離れなくていいです……」
    「いいのか?」
    いいの。あの、なんかさ。三日月さんが寂しそうだったから…。
    「俺が?」
    「あ、はい、その……勘違いだったらすみません……」
    消え入りそうな声で俺が言うと、「そんなことはない」と、三日月さんが弾んだ声で言った。
    「俺はこうして主の側にいることも、一緒に話せることも嬉しいぞ」
    やぁん。
    もぉお。
    やだぁあ。
    そんなこと言われたらもっと好きになっちゃうぅうん。
    「主は俺のことが好きなのか」
    「ふぁ、ふぁい……」
    あ、でも別に恋人になろうとか、そんなことはまだ考えてないです。
    っていうか、そこまで三日月さんに好きになってもらえてるって思ってないです。
    「そうなのか?」
    「え、えっと……だって俺、まだ三日月さんの前で普通にしてられないし……」
    そもそも、畳に向かって話しかけてる状態だからね、俺。いい加減おでこが痛いです。
    でも三日月さんの顔を見るのはもっと無理!
    「そんな、普通じゃない状態の俺で、好きなってもらおうとか無理だし……三日月さんだって、まだ人間三ヶ月の赤ちゃんで、そんな恋愛がどうこうとかよくわかんないと思うし……」
    「まぁ、そうだな」
    「それに俺、主だから……俺の方がすごい好き!付き合って!って言っちゃったら、きっと三日月さん優しいから逆らわないし……」
    「そんなことはないが」
    え?ないんだ、意外。
    あ、あれか。勘違いとか若気の至りとか、そう言ってのらりくらり交わす系か。
    恋愛ドラマの年齢差カップルとかでよく見るやつだね、りょーかい。そっちのがタチ悪いんだぜ、俺知ってる。
    でもそれで諦める俺じゃないんだなー。
    だって好きだし。好きな限りは好きだし。
    「だから、ちゃんと……三日月さんの方から俺のこと好きになってもらえるように、俺が……俺が、頑張ります」
    「ふふ、そうか」
    ふわっと、俺の後頭部に何かが触れた。なんだろうか、あったかくて、心地よい……。
    「主の髪は綺麗な色をしているな。自然の色ではないのか?」
    ひゃぁああん?あぁあああんんん??これ?三日月さんの手!?
    三日月さんが俺の頭を撫でている!?なんだこれ奇跡か、明日俺は死ぬのか!?
    「死なれたら悲しいなぁ」
    「あ、はい、死なないです!生きます!全力で生きます!!」
    そうそう、俺が死んじゃったらみんないなくなっちゃうからね!どんなにハードモードでも生きるよ!
    「うむ、主のそういう前向きで素直なところは好ましいと思うぞ」
    「ほんと!?」
    思わずまたガバッと顔を上げてしまって、また慌てて額で畳を殴りつけた。
    痛い。俺も手入れされたい。あのシステム本当に羨ましい。
    「だから、少しおかしくても構わんから、俺ともちゃんと話をしておくれ」
    「ふぁ、ふぁい……」
    三日月さんはそう言うと、立ち上がって部屋を出て行った。
    ていうか、三日月さんもおかしいとは思ってたのね。うん……わかってはいたけど、事実として突きつけられると結構つらいなこれ…。
    三日月さんは去り際に、「気遣い感謝するぞ、山姥切」と言い残していった。
    静かな足音が去っていく。わずかな衣擦れの音。遠のいていく気配。
    そして沈黙が降りる。それは長い長い沈黙だった。
    三日月さんの足音はとっくに聞こえなくなり、おそらくはもう俺とまんばちゃんしかここにはいない、という時になって。
    「まんばちゃんのバカーーーーッ!!」
    俺は存分に腹の底から絶叫した。



    そのあと、時間をかけてなんとか三日月さんに話しかけられるようになった俺は、三日月さんを落とすべく必死になって口説きに口説くわけだけど、果たして落とせたかどうかは別のお話なのだった。
    「……まだ落とせてないだろ」
    「うるさい、薬研!」
    「落とせる気配もないがな」
    「失礼だぞ、まんばちゃん!」
    俺は!あきらめないからなッ!!




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    2019/04/28 0:48:12

    三日月さん、愛してる

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    #刀剣乱腐 #三日月宗近  #さにみか  #審神者

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