毎月3日は大包三日の日【7/3】デキてない大包平と三日月のニアミス事故記録
戦時である。
しかしながら、常に気を張り詰めていればいくら刀剣といえども息が詰まる。
人であるがゆえに、人の心の脆さと弱さを知る審神者は、刀剣たちをねぎらうため、定期的な宴会の開催を推奨していた。
やれ誰かに特がついた、やれ誰かが新しくやってきたと、ことあるごとに宴会は開かれた。
これら、酒好きの審神者が堂々と酩酊するための口実なのではと、いまではほぼ全ての刀剣が察しているが、そこはそれ。
自分たちの楽しみを減らすようなことは誰もしないため、その日もやんややんやと夜遅くまで宴会が催されていた。
広間はそれぞれの私室から離れており、先に寝てしまった刀たちを気遣う必要は全くない。
そのため宴会場はいまだ随分と騒がしく、またその騒がしさに負けじとそれぞれ声を張り上げ、さながら戦場のような様相を呈していた。
騒々しく浮かれたその宴会場に、名刀大包平は身を置いていた。
手元には涼やかな硝子の猪口。その隣にはあぶったエイヒレ。
ちびりちびりと冷酒をやりながら、近くにいる刀剣たちの会話を、聞くともなく聞いている。
先ほどまで、刀工たちのこだわりや鍛刀手法の変遷について、元気よく語り合っていた。
いま話題は戦国武将たちの野戦時の食事事情に移っており、門外漢である大包平には語ることがない。
散々しゃべって乾いた口を酒で潤し、硬くなったエイヒレを歯の先で噛みながら目線を泳がすと、ふとある刀が目についた。
三日月宗近。
天下五剣の一振りにして、この本丸の要。
大包平よりも一年ほど早く励起しており、出会ったときにはすでに最強であった。
その悔しさから研鑽を重ね、最近になってようやく手合わせで星を取れるようになってきた。
とはいえ未だに余計な力が入ってしまうのか、勝率は満足いくものではないのだが。
三日月は、浴衣姿でくつろいでいた。
今日は珍しく、随分と深く飲んでいるらしい。肌が赤らんでおり、頰もつややかに紅潮している。
いつも相当量を飲んでもけろりとしていることを考えると、今日の酒量が自然と察せられるというものだ。
大包平の眉が、ぴくりと動く。
三日月は大太刀連中に混じって談笑しており、男らしく膝を立ててあぐらをかいていた。
浴衣のすそが大きく割れて、ほんのりと染まった太腿が垣間見える。
さすがに危ういところまでは見えていないが、それでもいつもの三日月からしたら随分な露出だった。
当の三日月は気にした様子もなく、おそらく次郎太刀が言っただろう冗談にけらけらと笑っている。
澄ました顔をしているときは人形のように無機質なくせに、感情がのるや、その美貌は素朴な親しみをまとう。
案の定、転げるように笑う三日月に気を良くした次郎太刀は、二度三度と冗談を重ねているようだった。
ついには太郎太刀にたしなめられていたが、その太郎太刀ですら頰がゆるんでいる。
散々笑ったせいか、あるいはそれで酒が回ったのか。暑くなったらしい三日月は、不意に懐に腕を突っ込んだ。
大包平がはっとして思わず声を漏らしそうになったときには、三日月はすでに襟元を大きく開いて胸元をあらわにしていた。
いや、別に悪いことではない。他の刀もそのようにしているものはいるし、三日月の隣に座る祢々切丸などは、腹が見えるほどに前を開けていた。
だがそういう問題ではないと、大包平は深く眉間にしわを刻んだ。
不快だ。ああ、そうだ、不愉快だ。
汗ばんだ肌も、鎖骨が作るおうとつも。割れた裾から見えるしなやかな脚も。
そんな風に安易に人目に晒していいはずがない。
なにせ、三日月は天下五剣なのだ。
しかもその中で最も美しいと言われている。三日月の美しさは、そうそう滅多に衆目に晒されていいはずがない。
大包平は猪口に残っていた酒を一気に飲み干すと、隣に座っていた小竜景光にエイヒレを押し付けた。
そして立ち上がると、脇目も振らず三日月の元までずんずんと歩いていく。
「おい、飲みすぎだ」
腕を掴んで言うと、三日月はきょとんと目を丸くした。
「そうでもないぞ」
「十分すぎるだろう、そんなに赤くなって」
実際、掴んだ三日月の腕は布ごしでもわかるくらいに熱かった。
間近で見ればますますわかる。いつもは涼やかな肌が、剥きたての白桃のように潤んでいる。
目にもうっすらと涙の膜が張っていて、赤らんだ目元と相まって妙になまめかしい。
こんな姿、そうそう目にしていいわけがないのだ。自分とても、本来は。
「いいからもう寝ろ、ジジィは夜が早いもんだ」
「まぁ……そうだな。それはその通りだ」
年寄り扱いすると、三日月は存外に素直に頷いた。
そして「邪魔をする」と言い置くと、残っていた酒を飲み干して立ち上がった。
「おっとっと」
「ほら、言わんことないだろう」
立ち上がるや足をもつれさせた三日月を、大包平は呆れた顔で支えてやる。
掴んだ肩は、はっとするくらいに細く感じた。
この細身が、ときにこの大包平を吹き飛ばすくらいの力を発するのかと思うと、なんとも不思議な心地になる。
実際、戦場で三日月に危うさを感じたことは一度たりとてない。むしろ心強ささえ感じるのだが。
「すまんな、世話をかける」
「そう思うなら、もっと早くに部屋に戻れ」
口うるさく説教をしながら、大包平は三日月とともに騒がしい広間を後にした。
別に部屋まで送ってやる義理はない。そんな義理は、微塵もない。
しかし、この刀を一振りで出歩かせたくなかった。
「やれやれ、夜はさすがに涼しいなぁ」
「そのうち夜も蒸し暑くなる。……いささか気が重いがな」
「おお、昨年の経験が生きているな?」
「馬鹿か。刀剣のときもそれくらいは理解していたぞ」
いくら人心を持たない刀剣の身とはいえ、冬の寒さと夏の暑苦しさは知っている。
特に冬の乾燥は刀剣にとっては大敵であるし、一方、夏の湿気も錆つきの原因になる。
家宝としてしまいこまれていた大包平とて、その身に迫る密やかな恐怖は感じていた。
ましてや長く市井にあり、一度は質屋にまで身を落とした三日月であれば、どれほど恐ろしかったことだろう。
いや、それすらもこの刀は、ふわふわと笑って受け流していそうだが。
「……いまは錆びつかないだけましだな」
「ああ、安心して水を浴びられるぞ。はっはっは」
ふと漏らした大包平の独り言に、三日月はころころと子供のような笑い声を立てた。
回廊は続く。
三日月の部屋は、広間から一等遠い場所に位置していた。
斜面に続く軒の先にあるその部屋は、眺望こそ随一だったが、いささか移動には手間取る場所だ。
そこまでゆったりと、二振りきりで歩くのか。
大包平の胸が、ざわりと波立った。
そのときだった。
「お、おい待て。どこに行く」
三日月が、ふいと向きを変えて角を曲がった。
この先にも確かに私室はあるが、三日月の部屋に行くにはここで曲がってはいけない。
こんなところでも寄り道癖かと、大包平は慌てて三日月を追った。
「まったくお前はふらふらと…!」
酔っている割りにすたすたと先を行く三日月の腕を掴むと、大包平は呆れかえって眉を寄せた。
遠征先でも、三日月はまれにこうして変な道に分け入ることがある。
それにいつも振り回されているのだが、大概はその先に敵がいたり苦しむ民がいたりするため、強く叱ることも結局できない。
だがここは本丸だ。
敵も民もここにはいない。ではどうしてと三日月を見ると、にこーっと笑って、すぐ近くの部屋の戸を開けた。
「え!?……おい!」
目を剥いた大包平は、しかしすぐに諒解した。
あれこれ考えていたことと、似たような風景ばかりで失念していた。
ここは誰であろう、大包平の部屋だ。
確かに、三日月もよく遊びには来るし、それを拒んだこともないが、まさかなんでどうしてと思っているうちに、三日月はするっと部屋のなかに入ってしまう。
「お前なぁ、ここは俺の部屋だろうが!」
「知ってるさ」
ふわぁとあくびをしながら、三日月が答えた。
「ん。布団を敷いてから宴会に出たのか。感心、感心」
「なにが感心……おい!こら!寝るな!」
なにを思ったか、三日月は敷いてあった布団にごろりと寝転がった。
猫のように身をしならせ、またふわぁと伸び上がってあくびをする。
そのなまめかしい身のこなしに、大包平はかっと体温が上がったことを自覚した。
「お前の部屋は向こうだろう!」
「遠い」
「さしたる距離ではない!歩け!」
「んー………………いやだ」
にこり。
無邪気なと言えば聞こえはいいが、有無を言わさぬ笑顔でもあった。
「お前なぁ……」
呆れた大包平は天を仰ぐ。
まったくこの刀は。少しは相手を疑うべきだ。
ここまで根っから信じられると、さしもの大包平もわずかに傷付く。
「俺になにをされるかわからんぞ」
「うん?なにかするのか?」
三日月はそう言いながら布団の上で寝返りを打った。
仰向けになると、元よりゆるんでいた襟元が大きく開く。
繊細な鎖骨も、薄く盛り上がった胸元も、浅く筋を刻んだ腹部も。
隠されることなく大包平の前にさらされる。
薄い胸元に並ぶほんのりと色づいた乳首が視界に入り、大包平は血が沸騰するのではないかと思うくらいに熱を上げた。
思わず食い入るように見ると、三日月はさすがに戸惑いを覚えたのか、ことりと首を傾げた。
そのいとけない様子が腹立たしい。
自分とて男で、しかも目の前のお前に懸想しているというのに。
日常的にべたべたと触ってきたり部屋に入り浸ったりするのみならず、こんな痴態を恥じらいもなく見せつけるのか。
「ああ、するさ。されて後悔しろ」
やはり自分も、少々酩酊しているのだろうか。
この血気は、ただの恋情や欲情ゆえのものではない気がする。
酒精を理由に不埒な真似をすることは下劣の極みであるが、しかし相手は三日月宗近だ。
本気で嫌ならば、大包平に一発蹴りを入れれば済むだけだ。
できれば、その一発はせめて股間ではなくみぞおちで勘弁してもらいたいところだが。
大包平はそんなことを胸中でつぶやくと、三日月の上に覆いかぶさる。
額同士がこすれ合うほどの距離まで顔を詰めても、三日月はただぽかんと大包平を眺めていた。
「……本当に、どうしようもないな」
どうしようもないのが、自分なのか三日月なのか。あるいは双方なのか。
自嘲を込めながら呟いた大包平は、大きな掌を三日月の胸元に添えた。
肌は、しっとりと汗ばんでいた。
おそらくは酒のせいだろう。どくどくと伝わってくる脈拍も早い。
吸い付いてくるような肌の感触を楽しむように、大包平はゆっくりと手を動かした。
いくら鈍い三日月でも、こんなことをされたらさすがに面食らうだろう。
そう思ってのことだったが、三日月はやはり抵抗ひとつしなかった。
それどころか、与えられる感触を味わおうとでもするかのように、長いまつ毛をそっと伏せる。
色づいた唇の隙間から、震える息が吐き出された。
そのかすかな吐息の音に、大包平の中で何かがぷつんと途切れる。
ああ、ここに、ここにむしゃぶりつきたい。
思うままに唇を貪って、口の中を隙間なく舐め回し、自分の匂いを移したい。
唾液を注いで喉まで溢れさせ、飲み込みきれないそれで唇を湿らせ、濡れた肉に噛みつきたい。
一気に凶暴になった気配をまとったまま、大包平はぐりぐりと三日月に額を押し当てた。
溢れ出す願望を抑えるために、思い切り唇を噛む。
眉間には、これ以上ないくらいに深いしわが刻まれた。
だが目は逸らさない。
三日月の見せるほんのわずかな変化も見逃すまいと、ぎらつく目のまま大包平は三日月を睨む。
まぶたを伏せたままの三日月から目線が返ることはないが、それでも構わない。
悩ましげな息を吐く唇と、思わせぶりに震えるまつ毛が、三日月の感覚を大包平に伝えてくれる。
手は、変わらず胸元をまさぐっていた。
はじめは筋肉のかすかなふくらみを辿り、やがて肌に明瞭な刺激を与えようとし始める。
指を立てて肉をえぐり、爪を淡く立てて肌を引っ掻く。
触れていた下腹が、大きく波打つように動いた。
酒を飲んでいてよかった。などということが頭をよぎった。
押し付けあった下肢は、ひどく熱を帯びていたが硬さはない。
そこそこに酩酊していたおかげで、血が全身に回ってそこに集まってくれないらしい。
まだ勃起はしていない、という事実が、大包平に一条の逃げ道を示してくれてる。
そう、まだ大丈夫だ。まだ引き返せる程度だ。
大包平はそう自分に言い聞かせながら、三日月の大きく上下する胸元に目線と落とした。
いままで控えめに並んでいた乳首が、心なしかぷっくりとし始めている気がする。
指先でそっと撫でると、そこはさらに硬さを増して性器のようにしこり始める。
まるで花がほころぶようだ。甘い蜜をはらんだ、淫靡の花。
その蕾を、大包平は指先で幾度も撫でてさすって、育てていく。
舐めたい。
これを舐めたい。
指よりも敏感な舌先で触れたい。
自分の唾液にまみれたここは、きっと何よりも美しく卑猥だろう。
そこに歯を立てれば、この刀はどんな声を上げるだろうか。
細く泣くのか。低く呻くのか。あるいは懸命にこらえるのか。
その妄想に目をくらませながら、大包平はぷっくりとしたそこを強くつまみ上げた。
「ん、ぅ……」
三日月は、細く、かすかに鳴いた。
胸板がわずかに反り返り、そしてすぐに脱力した。
まぶたは相変わらず伏せられているが、わずかに頰の赤みが増した気がする。
感じているのだろうか。もしここが好きならば、触れていれば更に乱れるのだろうか。
「――――はぁ……」
溜め込んでいた息が、大包平の口から一挙に吐き出された。
空気の塊は熱く、三日月の肌をなぶるように撫でる。
三日月はその感触にすら感じるのか、ゆるりと全身をしならせた。
「ぅ、う……んん……」
漏れた声に、大包平はもう無理だと首を振る。
こんな真似をされて、そしてこんなにも許されて、止まれる男がいるだろうか。
お前だ、お前が悪いんだと心中でわめきながら、大包平は三日月の胸元に額を擦り付けた。
「三日月……すまん……頼む、後生だから……」
抱かせてくれ、とかすれた声で懇願しようとした時だった。
「――――ぐう」
「………………うん?」
いま誠に呑気な声が聞こえてきたような。
嫌な予感に大包平が顔を上げると、そこにはすよすよと寝息を立てる三日月がいた。
そのあまりにも平和な寝顔に、大包平の思考は一瞬、完全に停止する。
「…………おい」
「ふ、むぅ…………ぐぅ……」
むにゃむにゃと口元を動かしながら、すっかりと寝入っている三日月に、大包平は無言のまま身を起こし、ゆっくりを頭を抱え、そしてゆっくりと仰け反った。
そのまま横倒れになって床になだれ込むと、拳を強く握りしめて床にぐりぐりと押し付ける。
本当は思い切り床を殴りつけたかったのだが、そんなことをしたら近所迷惑だし、三日月も起きてしまう。
なけなしの理性でこらえながら、大包平は無言のまま悶絶していた。
めちゃめちゃに恥ずかしい。
そして気まずいことこの上ない。
しかし、同時に安堵もしている。
あと数秒遅かったら、自分は三日月に本当に嘆願していただろう。
いや、嘆願で済んでいたかどうか。
たとえ断られても、止まれる自信はなかった。
もしあと一度でもあの濡れた目で見つめられていたら、問答無用で服をはぎとって、無垢であろう場所に自分の欲望をねじ込んでいたかもしれない。
そんな暴挙をせずに済んだのだから、今度ばかりは三日月の能天気さに感謝せねばなるまい。
「……はぁ」
ひとしきり悶絶した大包平は、疲れ切ったため息をつくと身を起こした。
三日月は相変わらず呑気に寝ている。
その無邪気な寝顔をしばしじっと見つめた大包平は、やがてふっと笑みを漏らした。
「本当に……しようもないな」
愛おしげにそう言うと、大包平は三日月の襟元を正した。
そして押入れから冬用の敷布団を引っ張り出すと、三日月の隣にべろんと敷く。
未だに熱は身体の芯でくすぶっているが、さすがにもはや理性を飛ばすつもりはない。
大包平はごろんと寝転がって、しばらく三日月の寝顔を堪能した後、静かに眠りの淵へと落ちていった。
寝たか。
規則正しくなった呼吸音に、三日月は大包平の眠りを察した。
瞬間。今まで抑え込んでいた動悸が一気に激しくなる。
「ふ、は……」
あまりの激しさに、思わず息が乱れてあえいでしまう。
大包平が起きてしまうかもしれないと不安を覚えたが、酒のせいか大包平は深く眠っている。
安堵すると心臓はますます容赦無く脈打ち、顔どころか手先足先までしびれるように熱くなった。
背中をだらだらと伝うのは、血の巡りのせいか、あるいは冷や汗か。
おそらくその双方なのだろう。
まさか、こんなことになるとは。三日月は、頭の中で時間を遡る。
事の発端はいつになるのだろう。大包平がここにやってきてすぐの頃か。
何かにつけて突っかかってくる大包平という存在がなんだか新鮮で、試しに三日月の方からも構ってみた。
まさかこちらから寄って来るとは思いもしなかったのだろう。
三日月が差し出した芋虫に目を丸くした後、「お前は子供か」と呆れる顔が妙に嬉しかった。
その後もあれこれ理由をつけて部屋に遊びに行ってみたり、無理難題をふっかけてみたりしたが、その度に大包平は、文句は言うが三日月を無下にはしなかった。
これは甘やかされているのだろうか。
そんな風に思いながら、大包平の作ってくれたロールケーキを頬張るのは、なんとも幸福な気持ちがした。
それから後、まるで限界を確かめるかのように、三日月は大包平に甘え倒した。
結局大包平は、三日月を叱ることはあっても突き放すことはなく、むしろこちらの想定を超えようとすらしてきた。
その上、時折ひどく優しい目でこちらを見てくるのだ。
あんな目で見られたら、女性であればいちころだっただろう。
いや、違う。
素直に認めよう。三日月とても、いちころだった。
ころんと坂を転げるように大包平のことを好きになって、しかし何をしても許してくれる大包平にとって、自分はむしろ大事な相手ではなく些事に分類されるのではと、気付いた時からが苦悶の日々だった。
三日月が何をしても、何を言っても、大包平は受け止めてくれる。
それが嬉しかったはずなのに、いまは妙に切なく思う。
だから、いっそとことん甘えてしまおうと思ったのだ。
そうすればきっと、大包平も三日月に愛想を尽かすだろう。
そう思って、わざと煽るようなことをしたのだが。
「き、聞いてない……聞いてないぞ……」
まさか、あんな展開になるなんて。
とっさに寝た振りをして誤魔化したが、大包平が騙されてくれてよかった。
三日月のことを相当な能天気だと思ってくれているからこそ、騙されたのだろう。
いままで散々にわがままを言い倒してきてよかったと、三日月は変なところで安堵する。
もし騙されてくれていなかったら、きっと自分はあのまま大包平に抱かれていたと、三日月は確信する。
場合によると、自分の方から抱いてくれと懇願していたかもしれない。
三日月は、敷布をぎゅっと握りしめた。
合間に見た大包平の表情が、頭にこびりついて離れない。
発情した雄の顔。欲望をむき出しにして、目の前の獲物を貪ろうとする顔。
それはひどく魅力的で、思い出しただけで身体の芯が熱くなる。
どうして大包平は、あんな真似をしたのだろう。
ひょっとすると、自分と同じかそれに近い感情を抱いていてくれるのだろうか。
いやいや、それはあまりに三日月にとって都合が良すぎる。
だがそうでなくては、ただの男の半裸に発情したりしないはずだ。
いやしかしそれでもと、三日月はまとまらない考えを頭の中でこね回した。
「うぅ……明日……明日、どうすれば……」
泣きたい気持ちで、三日月はうめく。
一番良いのは、何も知らない顔をして、忘れてしまったことにすることだ。
だがもしも、万が一、ひょっとして、もしかして、大包平が三日月に好意を抱いてくれているとしたら。
素知らぬ顔をすれば、機会を完全に逸してしまうかもしれない。
それは嫌だ。
しかし期待しておいて、大包平の方が忘れていたり、なかったことにしようとしたら。
多分、思い切り落ち込むことだろう。
そんな風に振り回される自分も嫌だし、第一、大包平に申し訳がない。
「どう、すれば……うぅ、どうすればいいんだ、俺は……」
布団の中で途方にくれながら、いっそこっそり自室に帰ってしまおうか、という考えが浮かんだ。
浮かんだのだが。
この大包平の匂いのする布団からは出たくない。などと思ってしまうあたり、自分はもう相当におかしくなっているなと、三日月は自覚する。
答えは出ない。
悩みばかりが深まる。
そうしてひとしきり悶絶していた三日月だが、ふと隣で眠る大包平に目線を移した。
大包平は、少年のようなあどけなさで眠っている。
綺麗な顔立ちだと思った。
三日月とは異なる、鋭角と直線で成り立っている男らしい輪郭、鼻筋と、目元。
いずれもが、精緻な彫刻のような出来映えだった。
その端正な顔をしばらくじっと見つめていた三日月は、なんだか全てがどうでもよくなってくる。
そしてもぞもぞと布団の上を移動すると、大包平の腕にこつんと頭を寄せた。
うむ、気分がいい。
三日月はにこーっと笑うと、全ての思考を止めて、そのまま眠りの淵へと落ちていった。
さて翌朝。
同じ部屋で目覚める二振りは、どのような顔で相手を迎えるのか。
その真相を知るのは、当の二振りだけである。