【VVV夢】かっこうのむすめ 1話 ツェーツェンはハーノインに憧れていた。イクスアインを慕っていた。カイン大佐に焦がれていた。
……極端な話、
ツェーツェンは年上の男がとても好きだった。もしかしたら幼い頃、年下だが妙に意固地な王子様の遊び相手をしていたからかもしれない。
同胞の子供達と恋人ごっこをした事もあったけれど――残念ながら皆カルルスタインの教練を修了出来ずに散っており、やはり恋愛を楽しむならドルシアの強い戦士でなければという意識がいつの間にか芽生えていた。
そんな経緯でお分かり頂けたかもしれないが。彼女がカルルスタイン時代、本来組んでいたチームメイト達は残念ながら全員ドルシアの発展に殉じてしまっていて。生き残りは
ツェーツェンただ一人だけとなっていた。
たったひとり残った
ツェーツェンは同期のクーフィア、何より昔馴染みのアードライが居るチームへと組み込まれパーフェクツォン・アミーの一員となった。
ジオールの学園モジュールが秘密裏に開発する戦術兵器を奪取する事……その任務は至極簡単なはず。だが突入一番に無防備かつ無抵抗な研究員達相手に銃撃を浴びせ、よもや射殺し損ねるなど予想だにしていなかったのだ。
目と鼻の先で静かに佇んでいたはずの特一級戦略目標――ヴァルヴレイヴは虫の息のジオール人が操作したコンベアで地上へと運ばれて行った。
「生きてるぅ!」
「こらクーフィア!!」
目標など知った事かとらんらんと目を輝かせ、クーフィアは唯一の生存者であったジオールの研究者に続けざまに無駄玉を打ち込む。
ツェーツェンが注意を向けるのも既に遅く、憐れなジオール人はほんの少し痙攣をした後に天へ召された。
「研究スタッフは捕虜にするのが一番良かったのに! なんで殺しちゃうかなあ!?」
所詮尖兵として遣わされただけの末端兵士である自分達は知る由もなかったけれど、どうもこのジオールの秘密兵器は未知の技術が駆使されているらしい。だからこうして転校生になりすましてひっそり潜入し、技術者共々強奪出来るのが一番望ましかったというのに……。
「最初に皆殺しにしようとしたのはエルエルフだよお?」
「でもまだ生きてるのに張り切ってトドメ刺したのはクーフィアだよね!?」
「えーじゃあ捕虜になりそうな奴殺したの、
ツェーツェンは大佐に黙っててくれるでしょ?」
ぺろりと見せられる赤い舌は、何も年上の
ツェーツェンに甘えているからだけではない。むしろ少々年齢が上だろうが、同期の言葉に従う気はないという意味だ。つまりナメられている。
「……あとでイクスアインにも叱って貰うよっ!」
しかしクーフィアの言う事も一理ある。そもそも捕虜にすべき関係者らを真っ先に射殺するというエルエルフの行動自体が不自然であった。
その日の我らが最優秀エージェントの様子がおかしいのは誰もが気付いていた。無駄を嫌い口数が少ないはずの彼が、何故かジオールの学生に難癖をつけ絡んでいたのを仲間達は訝しんだ。
作戦が終了した際には誰かが意味を問うたかもしれない。だがこの作戦自体、失敗という可能性を目前にしていた。
「無駄口はその辺にしろ! 今はヴァルヴレイヴの確保が先だ!!」
アードライの声を合図に全員がたった今乗って来たばかりのエレベーターへと走る。
当初の予定ではこの開発室からもゆっくりと情報を持ち帰る予定であったのに、何もかも想定外の事態であった。
「ヴァルヴレイヴさあ、上で学生サンにでも乗り込まれてたら厄介だよなあ?」
「ジオール人は人型ロボットを好むというからな……」
息が詰まるような狭い空間で誤魔化し紛れに発したハーノインの冗談にイクスアインが真面目に反応を返す。
過失は焦りを一同の心に掻き立てる。だいぶ地下に作られた研究フロアから地上までの移動時間は実際より長く感じられた。
「学生ならまだいい。それより厄介なのは操縦方法を心得た開発関係者に持ち去られる事だ」
険しい表情で狭いエレベーターの壁を睨むエルエルフは、きっと地上に出た後に起こり得る事象を何パターンも想定し、その際の行動を練る事に思考を費やしているのであろう。――彼は本来、そういう人間であった。
作戦中に一般市民に因縁めいた喧嘩をふっかけたり、捕虜にすべき研究員を有無を言わさずに射殺するようなエージェントではないはずだ。
「もしさあ、本当に学生に乗られちゃってたらどうするぅ?」
脳天気なクーフィアの声がエレベーターの中に響く。もし見つけたのがクーフィアであったなら、持ち主は誰かなんて考えずに間違いなくコックピットに入るだろう。
「そうしたら降りたところを奪取すればいい。どうせ訓練など受けていない学生に兵器などロクに動かせまい」
仮に誰かが乗り込んだとしても、ドルシア軍本隊からの一斉侵略行動は既に開始されており、精鋭達の駆るバッフェ隊も投入済みだ。このモジュール77の外には出られまいというのがアードライの考えである。
「なら今度こそさ、地上に出てヴァルヴレイヴを一番乗りで確保した英雄は皆から焼きそばパン奢ってもらうってどう?」
そんな余裕綽々の提案を投げる
ツェーツェンは、あと僅かでお別れするこの変装用の女子制服を割合気に入っていた。想定外のアクシデントがいくつか発生したにせよ、アードライの推測した通り容易に巻き取りだと考えていたのだ。
「いいねえ、ジオールっぽいじゃん」
一等賞には景品を――なんて、この時はまだ彼女も軽口程度の気分であったと認めよう。
まさか本当に、学生に乗り込まれ空高く取り逃がしてしまうなんて思ってもいなかったのだ。