【VVV夢】かっこうのむすめ 13話-1 カイン大佐が見事ヴァルヴレイヴを持ち帰った今、もはや学生達の腑抜けた国になど用はない。ランメルスベルグはモジュール77の居た宙域から離れると、その成果を届けるべく進路をようやく懐かしの地球へと向ける。
特に
ツェーツェンは一度地球に帰還もしていたせいか、やけに長い戦いの日々であったように感じた。歴史を塗り替える脅威的兵器と幾度も相見えたというのに、仲間達と皆生きて帰れるのがささやかだが何より嬉しかった。
だが
エルエルフ欠けてしまった空白は、本来別のチームに所属していた
ツェーツェンよりも仲間達の方がきっと大きかろう。
思えばこの侵略戦争で散って行った所属違いの同胞達も数え切れない。敵となりはしても生きているという事実は、果たして喜ぶべきなのであろうか――。
「ようやく分かったか
ツェーツェン」
「……アードライ様」
ランメルスベルグへと帰還するなり、ぼんやりと星々の海ばかりを見つめていた
ツェーツェンに強い口調が呼び止める。
ヴァルヴレイヴの強奪は任務完了を意味し、今はまだパーフェクツォン・アミーが今後モジュール77に関わるような任務は下されていない。あの作戦はもしかすれば、エルエルフとの今生の別れだったのかもしれなくて。
もう彼と関わる事は無いと悟ったアードライは執念の憑物が落ちたようで、再び誇り高きドルシアの戦士としての顔に戻っていた。ようやく
ツェーツェンの知る王子殿下が戻って来たようだ。
「あれが君の投じられた世界であり、捻じ曲げられた人生だ」
――アードライが言っているのは先のモジュール77の無重力の中を埋め尽くされた、学生達の死体の海の事だろう。先に突入していた彼も、未成年達を相手取ったあの死屍累々を見たという事か。
あの累々と屍の彷徨うすがたはまさに、死の世界そのものとも言うべき光景であった。
「モジュール77の彼らはもっと早い段階で降伏すべきだったのだ」
過去の革命が無ければ彼本人が国政に携わる身であったゆえか、口には出さぬものの今回の暴挙を不本意に考えてはいるのであろうが。しかし一兵卒に過ぎぬ彼は上の人間が決めた事をただただ実行する事しか出来ない。無力ゆえのやるせなせは自国ではなく、自分達と同世代である敵国の民間人達へと向けられた。
「彼らの考えが浅かったのだ。訓練だってした事の無い民間人達が軍事国家に盾突けばこうなると、少し考えれば誰にでも分かるはずだった」
「そうですね。もし私達がカルルスタインの村に居た頃に同じような事があったとしても、子供だけで――例えばARUSなんかとやり合いたいとは思いませんよ」
「我々は幼い頃より訓練を積んできた甲斐あって、自分達の矮小さを瞬時に判断する事が出来る。彼らは愚かだったのだ」
……その訓練とて、本来ならば王子が置かれるものではなかった。
ツェーツェンとしても同じく、代々軍人の家系として栄えある士官学校へと進むはずであった。
王子殿下が居なければ、ドルシア軍中将の父を持つ
ツェーツェンがカルルスタイン機関などに送られる事は無かった。
帰る場所の無い孤児達が寄せ集められた部隊は、今回のような残虐な汚れ仕事も少なくはない。
「今日の光景は君が見なくても良かった、今のドルシアの行いだ」
本来得る必要の無かった人生への憎しみは、自分に向けてくれ。許せとは言わぬと、紫水晶の意思の強い瞳が
ツェーツェンを見据えていた。
「恨むなら私を恨むがいい」
彼女に傍に居られるだけでもう戻らぬ栄光と、手放してしまった権威が胸をよぎり。アードライは
ツェーツェンのそういう存在自体を疎ましいと思うものの、自身の境遇が彼女の人生を巻き込んでしまった事に負い目は感じている。
だから彼は何か目を覆いたくなるような光景を見せてしまう度に、家臣になるはずであった少女に詫びていた。
「……何年何回言わせるんですか。私は元々軍人として生まれたんですから、大して違いなんてありませんよ」
たぶんアードライは彼女が何を言ったとしても、一生懺悔し続けるのだろう。
ツェーツェンは申し開きもそこそこに、逆にアードライから離れて行く。
「それに私がカルルスタインに入れられて、そこで得たものまで、否定しないで下さいよ王子」
「だから今の私は大尉だ」
「特務が付いている大尉じゃないですか?」
年下の幼馴染みに恭しく軽口を吐いてから、
ツェーツェンはアードライの真横を迷いなく抜ける。
「辛くなったらいつでも言うんだ。私にはもう王族の地位はなくとも、旧き友の為とあらば私も君の父親に――中将閣下に君を開放してやるように話そう」
話してやろう、だなんて。
「……アードライ様。この間も言いましたけど貴方より私の方が年上という認識は、ありますよね?」
ツェーツェンが遠慮がちに訊ねると、アードライの目線が面白いように泳ぐ。
「だから私は――、ずっとずっと君は私よりも年下だと思っていたんだ。そう簡単には……」
その認識はこれからも変わらない、今でも信じられないと、アードライは続ける。彼がこの年齢の真相に気付いたのは、カルルスタインを修了してからという遅さがまた憎い。
「すごーい。冗談抜きで長年私に関心無かったんですね!」
「仕方ないだろう! 君は一つ年上というわりには、あまりに子供っぽかったのだから!」
何という言いがかりだろう。その言い草が指すところはつまり、アードライから見た
ツェーツェンというのはよほど知性と頼り甲斐に欠けているのだろう。これはこれで、また別の機会に探ってやらねばならない気がする。
「――ではひとつ、これだけは詫びさせてくれるか」
もう星々の海から離れるかと考えていた頃、
ツェーツェンが眺めていた宇宙を代わりに視線を向けながら、アードライがぽつりと引き止めの言葉を投げた。
「えっ、たったひとつ? もっともっと沢山ありませんか王子?」
小憎たらしい事に、さも当然という様子で訊き返す
ツェーツェンは実に真顔であった。彼女としてはカルルスタインに入れられた事は置いておいたとしても、王子本人に言いたい事は幼い頃からごまんとあるのだ。
「それを言うなら私だって君に詫びて欲しい事は山とあるぞ
ツェーツェン」
あと今の私は大尉だと、お決まりの抵抗を述べてからアードライは続ける。
「……エルエルフが君を見て微笑むのが、堪らなく嫌だった」
切なげな物言いに
ツェーツェンは首を傾げた。我が君はとうとう憶測で人を憎んでくるのかと。完全なとばっちりではないか。
「冗談やめてください。エルエルフなんて、いつも私を馬鹿にしたように笑ってましたよ」
「そうか、君にはそういう風に見えていたか」
今度はふっと可笑しそうに口角を上げる。王子という肩書きがピタリと似合うその様子は妙に麗しかったが、相変わらずその訴えてくる内容には
ツェーツェンは賛同しかねた。
「君が居ると、エルエルフの視線は私ではなく君に向けられる。それが嫌で、なおさら君には傍に居て欲しくなかったんだ」
正直なところ、
ツェーツェンはエルエルフにそれほど気にかけられた覚えはない。何せあの無愛想旅団様だ。ハーノインやイクスアインの方が、よほど困った
ツェーツェンの面倒を見てくれていていた。
だがアードライがそう言うからには、それがアードライの中での真実なのだろう。
ツェーツェンは肩をすくめつつも、主人の言う事を肯定したつもりで受け入れた。
「……そんなに大切でしたか、エルエルフは?」
「大切“だった”さ。彼といると、どんな未来も見えるような気がしたんだ」
そう言って宝物のように扱っていた思い出を過去形で言い切るアードライはどこか不憫にも見えたが、彼なりに心の整理をつけようと進み始めているだろう。だから反逆者の名を出し、
ツェーツェンにだけ胸の内を明かしているのだと分かった。
「アードライ様はエルエルフが私を見てたって言いますけど――」
けれど聞き受ける姿勢でいた
ツェーツェンにも、訂正を加えたい箇所はいくつもある。
「エルエルフはいつも、アードライ様を羨むように見ていましたよ」
「そんなはずはない! エルエルフはいつも一人で先へ先へと行ってしまってっ!」
「じゃあアードライ様にはそう見えてたんですよ」
これは先ほどアードライが言った言葉を真似たものだ。聞き覚えのある言葉にアードライは途中まで出していた反論をすごすごと呑みこんだ。
「だから私は、エルエルフが妬ましかったです」
アードライが見たエルエルフの視線と、
ツェーツェンが見たエルエルフの視線。もしかしたらそれは、本当はエルエルフ本人に訊ねていたのなら違う意図があったのかもしれない。それとも何の意味だって無かったのかもしれない。
しかしどちらも、見た者の中ではいつまでも心に残り続ける真実のしこりだ。
「あんな羊飼いみたいな事が出来れば、私だってあそこまで苦労しなかったのに……」
「……参考までに訊くが。その羊とは私の事か?」
「犬ぞりとどっちが良かったですかアードライ王子?」
「どっちも不本意だ。あと大尉だ」
人を王子と囃すわりに、平然と犬へと喩える神経がよく分からないとアードライは不機嫌を顕にする。
しかしどう和やかに語り合おうと、幼き日の顔ぶれはの人数はけして元には戻らない。
「私はそろそろ――、私の未来から彼を取り除こうと思う」
「それがいいと思います。アードライ様」
だがアードライの思い描く理想の未来の建設に、崇高な革命の計画に、エルエルフ同様
ツェーツェンも追い出されているのだろう。それが元王子なりの自分への優しさだとは分かってはいた。
ツェーツェンは彼とこのような雰囲気でお喋りをし合う立場となった人生のいたずらに不思議な縁を感じる。彼の運命に殉じたからこそ、得られた仲間達を無かった事にしたいとは思えなかった。
巻き込んだという詫びへの許しは遠慮から生まれたものではない。もう彼女は、父親に言われ王子様の為に仕方なく人生を決められた少女などではないのだ。