【VVV夢】かっこうのむすめ 8話-1「寝返ったというのに敵である君達を無傷で帰すとは、彼も友情は捨てきれぬと見える」
本来密偵任務として就いていたのはアードライのみ。だがエルエルフと接触した為、帰還した
ツェーツェンもカインのデスクの前に呼ばれる事となる。
それでカインは離反した教え子と遭遇した部下達が、傷の一つもなく戻って来た様子を面白そうに眺めて一人ごちていた。
「エルエルフから得た情報では時縞ハルトはやはり何らかの……、ゾンビに類する者らしいです」
「
ツェーツェン! 任務報告に作り話はやめないか」
命拾いをしておいて恩知らずと映るかもしれないが、そもそも得られて困るような情報を持った敵をエルエルフが生かして帰すはずがない。アードライや
ツェーツェンを殺さずにいたという事は、これほどの驚くべき情報であっても……彼にとっては大した要素ではないという事なのだろう。
「アードライ様だって、射殺したはずの時縞ハルトが再起したのを見たじゃないですか?」
ツェーツェンの指摘にアードライはうっと言葉を詰まらせる。かつての作戦のエルエルフが、そして密偵任務中のアードライが、――我らが
完璧なる軍隊が確かに殺したはずの時縞ハルトが今もなお健在なのはこのカラクリに他ならない。
「証言者の女生徒は死亡させてしまいましたが。時縞ハルトの友人というその彼女も、同じような事を供述しておりました」
「ゾンビと言うと、彼は既に死んでいるという事かな?」
「詳しくは分かりませんが、脅威的再生が可能であるようで。証言によると緑のヴァルヴレイヴのパイロットである流木野サキもその体質であるらしいです」
そして櫻井アイナは
ツェーツェンの目の前で弾丸により千切れて死んだ。つまり彼女は不死身ではないのであろう。もしかしたら不死身のゾンビ兵だけが、ヴァルヴレイヴのパイロットに選ばれているのかもしれない。
出来れば彼女からもう少し情報を引き出すか、あるいは人質も兼ねてランメルスベルグへ帰還したかったのだけれども。つくづくクーフィアの暴走が悔やまれた。
「……ゾンビか。つまり我々はただの学生ではなく、人智を超えた者達と戦っていたと――そう言いたいんだね
ツェーツェン?」
「死んだ女生徒は――神が憑いてるからカミツキ、だとか申しておりました。彼らもよく分かっていないようです」
何の根拠もない憶測に恥じた、先日までの報告とは違う。裏付けの資料こそは無いが、確信と証言がある。
ツェーツェンは迷いなく職務としての報告を全うした。
「かみつき? ククク……、フハハハハハハハ!」
だが櫻井アイナの言葉をそのまま伝えた途端、カインが声を上げ喉を震わせながら高笑いを上げる。
理知的な上司がこれだけ感情を露わに、さも可笑しそうに笑う姿は今まで見た記憶がないと驚いたのは
ツェーツェンだけではないらしい。隣りに整列するアードライも呆気に取られているようで、思わず視線を見合わせて戸惑った。
「報告ご苦労
ツェーツェン、だがこれは我々の部隊以外には話さない方がいいだろう。でないと君の気がふれてしまったと思われるからね?」
「は、はい……」
証拠がない以上は元よりそのつもりであったが、涙を拭うほどの大笑いしたカインの姿に驚いた
ツェーツェンは未だ呆然とした状態から回復出来そうにない。
「申し訳ないが、アードライからの密偵報告には君は退室したまえ。次の作戦まで休息を取るがいい。――ブリッツゥン・デーゲン」
「ブリッツゥン・デーゲン!」
一体何がそんなに可笑しかったのかまるで理解が出来なかったけれど、ポジティブに考えればカインもああいう姿で笑う事もあるらしい。憧れの人の意外な姿に、少し得をした気がした。
***
「ん~、相変わらず美しいねえ。クリム姐さん!」
「えー私にも言ってよハーノイン!?」
「
ツェーツェンは可愛いよ。でも美しいってのにはまだ早いかな?」
休めとは言われたが、大好きなハーノインやイクスアインを傍で眺めていた方がよっぽど気力も回復する。イデアール整備のチェックがてら彼らと同行したものの、意中の彼は目の前で美貌の上官に粉をかけるときた。
「……上官だぞ」
「男と女だ」
下官としてあるまじき態度にイクスアインは腹を立てるが、当のハーノインは幼馴染みの言葉など蚊ほども効かぬらしい。
「いや、大人と色ガキだ」
「ぷっ……あっははははははっ!」
だが才媛のなせる頭の回転か、それとも美しい人ならではの慣れなのか。クリムヒルトはハーノインの事などちらりとも見ずに淡々と切り捨てる。その麗しくも鮮やかな返しに、普段そのハーノインからガキだガキだと言われる側のクーフィアが無重力に漂いながら噴き出していた。
「だったら、ボクを大人にしてください! ぜひっ、お願いしますっ!」
「やめろ」
この程度ではフラれた事にはならぬと、ハーノインは床に直接立ち高身長をアピールしつつのアプローチをやめない。イクスアインは悪ふざけの過ぎる幼馴染みに、我が身にかかる侮辱でなくと怒気を隠せぬ雰囲気なのは明白だ。
「……カイン大佐は、――なぜエルエルフの事を上に報告しないの?」
だがクリムヒルトはそんなくだらぬナンパなど、本当に最初から相手にしていなかったらしい。もっと他の疑問が胸を占めるらしく、普段の事務的口調ではない女性的な言葉で、誰へともなく問いかける。
「面倒臭いからあ?」
「アードライ様の友情に共感して、とは仰ってますけど……」
「報告するには、情報が不確定過ぎるからでしょう」
「そう……そうね」
イクスアインの言葉に無理矢理納得する――否、無理に自らを納得させるようなクリムヒルトの様子を見てハーノインはあからさまに表情を歪める。……
ツェーツェンはそれを、嫉妬であると曲解した。
「だからハーノイン!? クリムヒルト様だけじゃなくて、私の事も誘ってよー!」
「
ツェーツェンはそうだなあ……もうちょっと大人になってからさ?」
無重力で漂うのをやめ、同じく床に足をつけると
ツェーツェンはハーノインに“あなたが可愛がりやすい女の子身長”をアピールする。そもそもハーノインは年上女性にアピールするには擦れ過ぎているのだから、年下女子路線で体当たりした方が絶対に良い!……と考えるのはあくまで
ツェーツェンの完全独断である。
ツェーツェンが懐っこく話しかけた途端、不愉快そうに歪んでいたハーノインの表情もすぐに元の朗らかな笑みに戻ったので無駄な突撃ではなかったはずだと思いたい。
「そう言って私が大人になった頃は、私よりもっと若い女の子に声かけるつもりだよね!?」
「あっれバレてるー? やっぱ
ツェーツェンは俺の事分かってくれてるイーイ女だよなあ?」
「そんな事言うんだったら、もっと私にハーノインの事分からせてよー!」
もっと軽率に特別な仲間なり特別な女の子なりにしてくれてもいいのにと口を尖らせるが、色ガキの色男様は軽く冗談でかわして難攻不落。あと2年、せめてあと2年早く生まれたかったと後悔してもどうしようもない事だった。
「ハーノインより、私と遊びましょうよクリムヒルト様ー!」
「様は要らない。呼ぶなら階級を付けろ」
男子がダメならと矛先を向けた麗しの上官は女子にも厳しかった。だがめげない。
「私本当だったら進学先は士官学校コースだったから、クリムヒルト少佐の学生時代とか気になります!」
これは冗談でもなく本音の話だ。
悲嘆に暮れるつもりはないが、
ツェーツェン――いや
ローレは本来カルルスタイン機関に預けられる身ではなく。軍人一家として兄達と同じように士官学校へ進み、ゆくゆくはクリムヒルトのように“特務”が付かぬ少佐にだってなれたはずの身だ。何より真っ当な軍学校という中身そのものも興味の塊であった。
「……そうか、なら
ツェーツェンだけ残れ」
ツェーツェンの駄々っ子のような訴えの何が効いたのか、ハーノインの下品な誘いの時とは打って変わりクリムヒルトはあっさりと受け入れる。
「姐さん女の子には優しいってズルくない!?」
「いわゆる“女子トーク”というものがしたい。男子禁制だ」
真面目一徹のクリムヒルトの口から真顔で女子トークなどという単語が紡がれる図はとてつもなくシュールであったが、女性慣れしていない者が多いカルルスタイン出の男子達には効果てきめんの言葉であったようだ。
「女子トークで何話したか後で教えてよね
ツェーツェン!」
「クーフィア! “じょしとおく”だと言われてるだろっ」
「発音出来てねえぞイクス」
そわそわとした魔法の言葉につられ、男子達はさくさくと元来た通路へ戻って行く。意外に素直なのがカルルスタイン男子のチャームポイントかもしれない。
人払いの通り、モニタールームには女性達のみの二人きりとなる。クリムヒルトが
ツェーツェン相手にじきじきに女子トークをしたいなんてどんな事なのだろう。ワクワクと胸を躍らせ
ツェーツェンはお姉様の言葉を待つ。
だが楽しみに待ち構えた内緒話は、口調こそ普段より砕けていたものの随分と期待を裏切るものであった。
「単刀直入に問うわ。……君のお父上、中将閣下の身辺が怪しいという話があるのだけど、心当たりはある?」
「うちの父が、王党派か何かって話です?」
「王党派か、あるいは別の主義者か――まああくまで噂よ。別の部署系統から、そういう注視報告が出ているの」
単に
ツェーツェン一人と話したかっただけのようである。しかも話題は彼女本人ではなく父の、そして我らが祖国において実に穏やかではない話題で。早い話、甘い誘いでまんまと釣られたらしい。
そして実の娘に直接あけすけに嫌疑を問うからには、本当に“噂話”の域を出ていないという事なのであろう。
「そう思われるのも無理はないと思います。政権交代前の父は王族と懇意でしたし、私に
元王子殿下を追って……カルルスタイン機関へ入るように手配したのも父でしたし」
十年前の革命はいわば軍事クーデターであり、“赤い木曜日”という名が冠される通り身分を問わず多くの血が流された。総意による合意からではない改革は、当然大きな不満を残す事になり、それが千年の繁栄を成した王族主導による政治への復興を望む王党派である。
正直
ツェーツェン自身も軍務に就いてからというもの、己の父が政治と王族についてどう考えているのか……掴みかねているというのが本音だ。
「もし中将がクロであった場合、君はどうする
ツェーツェン?」
「私、出来れば順調な寿退官と円満な退役生活が送りたいと思っているので。父から何かクーデターとかそういうのをしたいとか誘われても、断る気もします」
「随分と軽い理由ね」
「女子トークって言ったのは、クリムヒルト少佐じゃないですか?」
冗談半分、本気半分で、
ツェーツェンは肩をすくめながら答えを返す。
ツェーツェンも一ドルシア国民として人並みの愛国心を持ってはいたが、それはあくまで国家に対してである。国家が民を生かすものとして恙無く機能しているのであれば、極端な話何が政権を握ろうと構わなかった。
「そうだったわね。では君はそうなれば中将閣下には従わないと?」
「従う気は無いですけど、でも見せしめで処刑とか危なそうな事があったら教えて欲しいです。その時は父を説得して、穏便に隠居して貰いたいなぁーって思うので」
「希望には添いかねるから、とりあえず君に火の粉がかからないよう祈っておくわ」
政治的興味は薄い
ツェーツェンとの問答に肩の力が抜けるような安心を感じたクリムヒルトは、随分と柔らかな笑みで部下の少女へと笑いかけた。
「それとこの話は――、カイン大佐にしない方がいいわ」
「カイン大佐の耳には入ってない噂話なんですか?」
「……別部署と言ったでしょう? それに大佐は今の総統閣下の、側近中の側近だからね。下手に耳に入れば、即刻お父上の首が飛んでしまうかもしれないわ?」
首が飛ぶというのは、リアリティな意味での首だと思う。ドルシアとはそういう国で、“ドルシア恐るるしや”なんてふざけたジオールジョークまであるほどだ。
「うわぁ……。ぶりっつぅん・でーげん……」
命令ではないというのに、思わず普段の敬礼で応えてしまう。
国家って怖いね。
***
次の作戦はアードライに全権を任された。もうエルエルフの不祥事を上に隠してはおけないと、カイン大佐から通達があったようだ。むしろ今までよく、隠し仰せたものだと思う。
エルエルフと仲間であり続けたいというアードライの友情に最後のチャンスを与えたそうだ。どこまで本気で言っているかは分からないが、大佐にはそういう感情や浪漫といった心理情緒を重んじる性質があったし。何より機関より育ててきた部下達に軽率な冗談など言わないだろう。アードライはただただその気紛れに感謝し、そして縋るだけであった。
「――
ツェーツェンは私と一緒に来てくれ」
アードライの立案した作戦は対エルエルフを想定した内と外からの同時攻撃。その作戦行動において彼はごく自然な様子で
ツェーツェンを指名し、
ツェーツェンも当たり前のように敬礼で応える。
一同はアードライの左目を奪った元同志を引き戻す為の作戦に疑問符を投げたが、アードライが苦し紛れに唱えた
ドルシアにとってエルエルフというエージェントを失う損失性に合理的判断を下した――という体裁を取ってはいたけれど。クーフィアだけは口を尖らせたものの、実際はみんな子供の頃から機関で育った仲として大なり小なりエルエルフに対して親愛がある。何よりアードライの必死さに絆されたというのが正しい。
私情が多分に含まれつつも、作戦ミーティングは滞りなく終わったかに見えた。
「アードライ! 少しだけいいか?」
基本操作は変わらないとはいえ他国の戦艦を操るならばマニュアルの再確認が必要であるし、共同行動をするからには細々とした打ち合わせもある。アードライの後を従順に付いて歩きブリーフィングルームを後にした
ツェーツェン――いやアードライを追いかけて呼び止めたのはイクスアインだった。
「どうしたんだイクスアイン。先ほど聞いた通り、“外”からの君の作戦に不足は見られなかったが……」
「その外部作戦についてだアードライ」
神経質そうな声がアードライを捉えるが、眼鏡の先の視線に見据えられていたのはむしろ
ツェーツェンの方であった。
「本作戦において、我々の中でイデアール戦に長けた
ツェーツェンを出撃させないのはどういうつもりだ?」
「――どういう事も何も。先の君の分析を聞き、三機で事足りると私は確信した」
「ならばその何故三機に
ツェーツェンを選抜しない?」
「い、イクスアイン……。私別にクーフィアみたいに、何がなんでもイデアールに乗りたいわけじゃないし……」
正直言って今更、という論点でしかない。
ツェーツェンは元からアードライに対して家臣のような身の振り方をしていたし、アードライも煙たがりつつもそう傅かれながら接せられる事を当然と受け止めていた。彼がパーフェクツォン・アミーの中で一番使い易い駒はどう考えてもこの幼馴染みの少女である。
それにアードライとイクスアインは先日、――実際は別行動の作戦が用意されていたにせよ――アードライが外された作戦行動前に軽い諍いを起こしている。敬う相手と好きな相手の立て続けの衝突だけに、心穏やかに眺めるなど
ツェーツェンには難しかった。
「君は黙っていて欲しい
ツェーツェン」
ぴしゃりと言い放たれ、当人の話題であるというのに
ツェーツェンは発言権を奪われる。
これはイクスアインが先日漏らした「女の子を前線に立たせたくない」という主旨を忠実に守っているのだろうか。だとしたら無用の気遣いに他ならない。此度の作戦、内で動こうが外で動こうがどちらも前線である事に変わりはない。
所詮、カルルスタイン出の兵士が遣わされる用途などこうなる
運命でしかないと、とっくの昔に呑み込んでいる――。
「私はエルエルフや学生達に投降勧告を行うが。その際、私の代わりに部下達の指揮を務められる者がいいと判断したまでだ」
「それが、
ツェーツェンだと?」
イクスアインからの鋭い切り込みに、アードライは言うか言うまいかを一瞬だけ迷った後にその問いへの解を絞り出す。
「……クーフィアは前の作戦で、独断行動が目に余るのは判明した。私とて出来ればイクスアイン、君を連れて行きたいが、君が離れてしまっては宇宙戦の指揮戦を務められる者が居なくなる」
「確かにな。エースばかり出撃させても、連携を指示する人間が居なければポテンシャルは半減だ」
「ハーノインも人を使うのは上手いが。生憎、私がハーノインを使うのが上手くはない」
「あれは一本気な男だから、むしろ扱い易いくらいだと私は思っているが。元王族といえど君は年下だからな、目上の人間にそう構えるのは致し方ないだろう」
おそらく、誰でも平然と采配を行えるのは年長の者であるイクスアインと――そして年功序列などものともしない謀反人エルエルフくらいであろう。
ツェーツェンとてハーノインの人使いの上手さは認めるが、彼は年長者としての面倒見の良さと責任感でチーム内ではより大きな存在となっている。それを妹分として扱われる
ツェーツェンが便良く使える自信は全く無い。指揮役を苦手とするクーフィアなどもってのほかであろう。
「そうか。私はてっきり、
ツェーツェンが君の幼馴染みだから選んだのだと思っていたよ」
「先ほども言ったが、出来れば君に補佐を頼みたかった。笑われるかもしれないが、私と
ツェーツェンには君達二人ほどのチームワークなど持ち合わせていないからな」
え、そこまであけすけに言い切らなくてもいいじゃん。
口を挟む事を許されず、ただただ黙って目玉を丸くする
ツェーツェンの様子をアードライは知る由もない。
「把握した。そういう事ならば君の采配に異論はないさアードライ」
イクスアインの眼鏡を上げる仕草には、先ほどまでの神経質なオーラは無い。どうやら納得してくれたようだ。一方的な睨みを与え続けていたアードライから目線を離し、イクスアインはようやく
ツェーツェンの方へと向き直る。
「も、もう喋っていい……?」
「当たり前だろ」
律儀に遠慮したまま口を閉ざしていた
ツェーツェンにぷっと軽く噴き出す。眼鏡の奥の視線はアードライも
ツェーツェンもよく知る、ハーノインと同じ穏やかな年長者の眼差しに戻っていた。
「王子様をしっかり警護してくれよ、
騎士様」
「……私は別に、そういう理由で
ツェーツェンを選抜したわけではない」
「彼女の献身を讃えただけだよ。悪く思わないでくれアードライ」
むすりと言い返すアードライに、イクスアインは珍しい笑みでやんわりと弾く。こうして他愛のない会話をしているのを眺めていると、アードライはやはりまだ17歳の少年でしかなく、19歳の青年であるイクスアイン相手ではぼんやりとした差が二人の間に見えた。
アードライも生家には兄君といった存在はなく、遊び相手として宛てがわれた
ローレは残念ながら女子であり――王子殿下の満足のいく年上役となる事は叶わなかった。
栄光ある王族の血筋がカルルスタインに預けられた事は不幸以外の何物ではないが。こういった光景を見る度、没する運命にあったプリンスにとって全てが悪い事でもなかったのかもしれないと
ツェーツェンは多少なり考える事があった。
「まあアードライ様を一番諌められるのは私だし、今回だって適任だよ」
「この間は銃を向けられていたくせに?」
「……あれはカルルスタインジョークだよ」
「私も頭に血が昇っていたんだ、あの話はやめてくれ……」
先日の激昂は早くも王子様の華やかなる黒歴史遍歴への仲間入りを果たしていたらしい。
三つ編みの揺れる顔を片手で覆われ、アードライがどんな表情を浮かべているのかまるで見えなくなるが。しかし長い髪の隙間から見える耳がほんのり赤くなってるのを確認するに、これは確実に羞恥に染まっているのであろう。――ようやくアレ完全に許してやる気になった。
「勇ましい君には……、この方が似合うかもしれないな
ツェーツェン」
唇の端を上げるイクスアインの笑みはどこかほろ苦い。男女として“いい雰囲気”になったのも束の間、小さな反抗が続いたのだから仕方ないのだろう。
悔しい事に
ツェーツェンはこういった場合、どう立ち振る舞えば修復活動を行えるかの経験値が圧倒的に不足していて。同じようにどこか苦い笑みでぎこちなく応える事しか出来ない。
いつもハーノインがするみたいに、イクスアインの右手が
ツェーツェンの頭に伸ばされるが。
半ばまで伸びたそれは、何を思ったのか僅かな時を迷った挙げ句に制止して。
停まった手は次に肩へと伸びかけたが、再びまた遠慮がちに引っ込んでしまった。
イクスアインは指先の行き先を何度か迷った挙句、ようやくドルシア式の敬礼のポーズで落ち着く。
「君達の健闘を祈るよ。ブリッツゥン・デーゲン」
「そっちもね。……ブリッツゥン・デーゲン」
アードライもイクスアインも、この様子ならば今後も確執なく仲間として接していけるであろう。あとはエルエルフさえ取り戻せば、
アードライのお望みは叶えてやれる。
ツェーツェンは兵士としては未熟であり、何より男同士の友情感情も分かりかねたが。しかし女として敏感に気付いた事は既に確信となっていた――。
神は死んだ!
恋は終わった!!