【VVV夢】かっこうの思い出 ~エフゼクスのこと~「何を隠している
ツェーツェン・カルルスタイン」
「エルエルフ……」
突如背後からかけられた声に
ツェーツェンはびくりと肩を震わせる。察せられた通り、“隠し事”をしている最中であったものだからその震えは余計に痙攣じみた大袈裟なものになった。
「再度問う。お前は何を隠しているんだ、
ツェーツェン・カルルスタイン」
ツェーツェンがいつまでも振り返らずにいると、エルエルフは痺れを切らしたようにまた尋問めいた口調を投げかける。
「その堅苦しい呼び方やめてよ、……エルエルフ・カルルスタイン」
「――話が進まない。己の中に留めておけない隠し事ならさっさと話せ」
「か、隠し事って分かってるのに話せってデリカシー無しじゃん!?」
「さっさと話せ」
エルエルフは気が長い方ではない。ブーツで軽く地面を蹴り掘って土くれを散り飛ばすと、
ツェーツェンがまたびくりと肩を縮こめる。
これではまるで威嚇だ。そして不運なことにこの無愛想優秀生は諦めが悪い。
ツェーツェンは観念して胸の内を吐露するしかなったというわけだ。
「居なくなった、エフゼクスの行方を聞いちゃったんだ……」
「エフゼクス、の……行方?」
「うん。そっちのチームのエフゼクス、この間から行方不明でしょ? だから捜索とかどういう状況なのかなって、私……訊いてみたの」
「そうか。続けろ」
「何様!? えっらそう!!」
そもそも
ツェーツェンはかの面倒見が良い訓練生の安否が心配で自発的に確認に動いたが、そのエフゼクスはというとエルエルフのチームメイトだ。もっと親身に、せめてこの腹が立つ尊大な態度はどうにかならないものであろうか。
「アードライ様のチームの事だし。内容が内容だったから、アードライ様にも伝えるべきかどうか迷ってて――」
「話せ。エフゼクスは俺達のチームメイトだ。アードライに聞かせられるどうかは、俺が決めてやる」
エルエルフの顔つきが厳しくなり、今まで以上に
ツェーツェンを責め立てた。
思えばこの話を聞いた時に真っ先に思い浮かべたのはアードライの顔であったが、エフゼクスのチームメイトだった人間は他に4人も居る。彼ら一人ひとりが、反逆者の顔を潜ませていたかもしれない年長者の行方を心配するのも無理はないだろう。
「え、エフゼクスには追手を出したって、カイン教官が……」
「追手?」
「うん。エフゼクスは浚われたとか、事故に遭ったとかじゃなくて、元から反政府組織のメンバーだったって」
「カインが、そう言ったのか」
「それで優秀なエージェントを差し向けたから、裏切り者はきっともう天に召されているよって」
「奴め。そういう事にしたのか」
「……エルエルフ?」
カルルスタイン機関の訓練生達への説明では、消えたエフゼクスの足取りは全く掴めてはいないと聞かされていた。けれど本当は消えた理由も、その後始末をも、子供達が知らされていなかっただけだというのだ。
「でも。まだ誰にも喋っちゃいけないよって言って、お菓子をくれたんだ。お菓子っていうか、マフィンね」
「奴らしいな。いかにも子供扱い然とした懐柔方法だ」
「優秀生だからって、カイン教官にそんな言い方ないじゃん!?」
「事実を言ってやったまでだ。お前が大人だったら、菓子のおまけなんて付けずに黙れとただ命令されていたろうさ」
それは言われる通りかもしれない。これで
ツェーツェンが一人前の軍人であったのなら、大佐からの命令には有無を言う事も許されずに従わなければならないし。その為の手土産なんてものだって渡されるはずもない。
わざわざ子供が大好きで堪らない甘い甘いお菓子を優しい笑顔で預けてくる辺り、確かにカインらしいと言えばカインらしいかもしれない。
「で。口止めまでされたくせに、喋っているのだからな」
「だって!! その貰ったお菓子――6つ、有ったんだもん……」
「6個――カインめ、いちいち回りくどい男だ」
エルエルフは忌々しげに舌打ちをする。エフゼクスの行方は勿論だが、
ツェーツェンの頭を悩ませていたのはこのマフィンの数だ。口止めだとカインは気前良くくれたものの、
ツェーツェンのチームは――それぞれ不幸な出来事が重なって――現状既に6人も居ない。中途半端に余ってしまうのだ。
ただ、そう……。
ツェーツェンが親しくしている、“アードライ達のチームと分け合えば”ちょうどよい個数であった。
「他の子に喋ってはいけないよ」と甘く諭しておきながら。実際は当事者チームのメンバーには話してしまっても良いと、暗にそう言っているのであろうカイン教官は。
これは本当に口止めなのか、それとも仲間は心配だろうと慮った教官からの優しさなのか。
ツェーツェンは判断に迷ってしまっていたのだ。
「行くぞ
ツェーツェン、茶の時間にしよう」
「えっ? えっ?」
ツェーツェンの心の中でも読んだのだろうか。エルエルフは
ツェーツェンが持て余していた紙袋――マフィンを全てぶん取ると一人でさっさと踵を返す。
「食物で行われた買収など、腹の中に収めてしまえば気にも留めなくなる」
「そんな簡単に済むもの!?」
「経験だ。俺はそうやって大人達にやらされたテロを、ほとんど忘れた」
「……やだなー。小児犯罪の手口を見せられた気分だよ……」
機関に来る前のエルエルフが、使い勝手のいいストリートチルドレンとしてテロの手先に使われていたのは、少しずつだが話として聞いている。
今の話を聞く限り、首謀者達は腹を空かせた子供達に暖かな食事を与え、その恩と引き換えに犯罪に手を染めさせていたのだろう。そしてエルエルフはそうやって国家転覆の駒へと使われ使い潰された人生を送ったゆえに大人達を、カインのようなドルシアの英雄をも信用出来ずにいるのだろう。
「エルエルフは平気なの? エフゼクスの事――」
エフゼクスは結果として政府に対する裏切り者であったけれど、あの世話焼きな人柄をエルエルフだって疎んじつつも慕っていたはずだ。むしろ
ツェーツェンよりも、ショックは大きいはずであるが。
「……居なくなった時から結末は想定済みだ」
返って来た答えは実にエルエルフらしく、素っ気もなく情のない言葉であったけれども。彼が言動のままの人間であったなら、怯えていた
ツェーツェンに手を差し伸べてくれるはずがない。彼は彼で、とっくの昔に仲間への気持ちに整理をつけているのかもしれない。
でなければ、こんな目をして何も無い場所を睨み続けるはずがない。
「アードライ達には別に話さなくてもいい。居なくなった――時点で、俺達だってエフゼクス正体や末路くらい察していた」
「そうだね……。ここから逃げたって、ドルシア全部が敵だもん。逃げられるわけないよね」
ツェーツェンはチームが違うため、それほど親密では無かったけれど。やたらとアードライの世話を焼こうとする彼女に対し、エフゼクスの眼差しはとても優しくて。誰よりも年上の彼は格好良くて密かに憧れたけれども、この慕情も早々に天国へと送るべきなのだろう。
「カインから聞かされたという顛末も、そのうち適当な理由を付けて公表されるはずだ。それまではお前と俺の共有機密事項にする」
「ひみつを半分こ――だね」
「……その言葉は使うな。共有機密事項だと言っただろうが」
「エルエルフの使う言葉はいつも小難しいんだよ。孤児の生まれだったのに、よっぽど勉強したんだね」
ツェーツェンの皮肉などものともせず、エルエルフは涼しい顔で少し先を歩いて前へ前へと行ってしまう。年下なんだから、もう少し膨れっ面にでもなってくれればいいものを。なかなかに可愛くない先輩である。
「お前は、たらふく食わせて遊ばせた方が気が紛れるらしいからな。とっとと反逆者の事など忘れてしまえ」
そう言ってエルエルフは紙袋からひとつ、マフィンを出す。食うか?と勧められるが、みんなのお茶が並ぶまではまだ食べないと
ツェーツェンは断った。
思えば隠すも何も、処分されただとか殺されただとか、この機関ではあまりにも当然過ぎて。そんな日常茶飯事の出来事で恐怖に震えていたのが途端にばかばかしくもなってくる。
もう震えは収まった。仲間の死も怖くない。今はただティータイムが楽しみなだけだった。