【VVV夢】かっこうのむすめ 2話 地下研究室を後にした先には信じられない事態の連続が待っていた。
運悪くパイロットを得たヴァルヴレイヴは信じられない事にドルシア軍が誇るバッフェ隊を次々と斬り俯していった。
美しくも妖しい朱の閃光が闇を閃く度、祖国の同志達がこの異国のモジュールの空に散る。その光の活劇に一体どれほどの兵力が犠牲となったのだろう。こうまで最悪の結果を招いたとあってはパーフェクツォン・アミーの失態は歴然であった。
モジュール77を縦横無尽に閃くヴァルヴレイヴ相手に、情けなくも我らがカルルスタインの戦士達は自分の足であちこち走り回って追いかけるしかなかった。あっちへ行くかもしれない、こちらへ飛ぶかもしれない――停止した場所が合流地点だと示し合わせ、各自バラバラにヴァルヴレイヴを追跡する。
ようやく着陸した先へ辿り着いた
ツェーツェンは……惜しくも二番手であったらしい。そこには既にエルエルフの姿があり、ヴァルヴレイヴを操っていた学生と対峙していた。
「くっそ、ここでも一番はエルエルフかー」
手際良く学生を刺殺し、まあいつもながら容赦のないことでトドメの銃弾まで二発……。先ほどの研究員全員射殺の乱心ぶりはなんだったのか、エルエルフは我らがトップエージェントとしての普段の優秀さを完全に取り戻している。
「うっひゃあ、相変わらずえっぐぅ」
しかし何が好物だとか嫌いだとかもなく何を食べさせても黙々と咀嚼し、せっかくの嗜好品である焼きそばパンとて好みでないらしい彼が勝者というのも、何となく癪であった。タッチの差であったようだから
ツェーツェンが一等を勝ち取りたかったものだ。
そんな事を考えながらゆるゆると二番手に甘んじる事にした
ツェーツェンの目の前で、その異変は起こった。
ナイフで心臓を貫かれ死を待つだけであった学生が、まるでゾンビのように起き上がりエルエルフの首に食らいついたのである。
「うわああああああああ!!」
「……うそ」
ひどく原始的な抵抗を不意打ちで受けたエルエルフからは久しぶりに聞く悲鳴が上がり、くたりと倒れて意識を失う。そこへ続くようもつれるように死に損ないの学生も倒れ込み、両者とも全く動く気配がない。まるでパニック映画のワンシーンのようであった。
「エルエ――!」
倒れた仲間を救おうとしたいのは山々であったけれども。複数の人間が近付く気配がした。
男女の混じった話し声は学生達のものに違いない。普段なら民間人の集団程度さしたる敵ではないが、倒れたまま動かぬエルエルフを庇っての戦闘にはやや自信を欠く。
ツェーツェンは近寄るのをやめ一旦その場に留まり、仲間達の到着を待つ決断を下した。
「
ツェーツェン!」
「状況はどうだ?」
「アードライ様、みんなっ」
ほどなくして仲間達は駆けつけてくれる。エルエルフが死に損ない学生から返り討ちに遭った経緯を伝えると彼らは「エルエルフが失敗続きなんて珍しいな」など笑い合う。
一抹の不安を抱え倒れた学生を遠くから眺めるも、先ほどエルエルフに食らいついた時の
化け物じみた形相とは打って変わり、ジオール人らしい童顔めいた、むしろ可愛らしい顔立ちですらあった。
死に損ない学生は未だに誰が呼んでも指一本動く気配がない。たぶんようやく、天に召されたのであろう。驚かせてくれたものだ。
「無駄な血は流したくない。手っ取り早く黙らせるぞ」
アードライが威嚇射撃を放ち、学友が目覚めぬままの学生達に新たな緊張が走る。立って動く学生は男が一人、女が二人。無闇に彼らの足元を撃って怯えさせるような威嚇はせず、空へと銃弾を向けたのは高潔な矜持を携えたアードライらしかった。
「ヴァルヴレイヴから離れてもらおう!」
学生達は一様に何の事だという顔。あんな化け物のような性能のロボットの頭の上で呑気に毎日暮らしていたというのに、学生達はヴァルヴレイヴの名を全く知らぬらしい。
銃を手にして与える高圧的な態度は、戦争に慣れていないジオール人達に慣れぬ戸惑いを与えていた。
「その笑っちゃうロボットの名前だよぉ。君達ジオール人が名付けたんだろう?」
「咲森学園の生徒じゃないの!?」
……その時点で誤解を抱いていたのか。妙に容姿の整った女生徒が疑問の声を上げる。
開戦前の戦略目標奪取は失敗に終わった今、この変装用の為だけに誂えた学生服などもはや何の意味も成さない。咲森学園の転校生のフリは、もう終わりだ。
「ドルシアだっての!」
高らかな声と共に、クーフィアの指が引き金に差し掛かる。先ほど血を好まぬと言ったアードライの意思などお構いなしという事か。
別に生徒は先の爆撃で幾人も死んだろうし、今更一人二人増えたところで問題なかろう。
まず誰が倒れるのか。予想がてら状況を見守っていたところ、銃声は傍らではない場所から響きクーフィアの銃が取り落とされる。
銃弾の主は――先ほど昏倒したきりぴくりともしていなかったエルエルフであった。
「エルエルフ!?」
「寝ぼけて敵を間違えてんじゃないのエルエルフ!」
「……向こうに換気口があります!」
エルエルフは弁解どころか、返事すら返す様子もない。彼の誘導の声に従い女生徒達からこの場を逃れるが、元から非戦闘員である彼女らに深追いする気もなくアードライは放っておけと制す。
それよりもエルエルフである。
「どういうつもりだ? エルエルフ!」
だがアードライの問いの先では、無表情な銃口が味方であるはずのこちらに向けられ――そして引き金は驚くほどあっさりと弾かれた。
「うぉあっがあ!?」
「アードライ様……っ!!」
アードライの苦悶の悲鳴が闇の中で呻く。激痛に苛まれながらも膝をついて蹲ろうとしなかったのは、訓練に培われた忍耐によるものか。それとも兵士としての意地であるのか。
「アードライ!!」
「エルエルフ!! アードライ様に何をするのッ!?」
イクスアインと
ツェーツェンが背を支える最中、肩で息を繰り返すアードライは左の顔を覆う手を離さない。しとしとと地面を濡らす指の隙間から漏れた鮮やかな血は、嫌味なくらい綺麗な色をしていた。
長年の付き合いである仲間を撃ったというのに、エルエルフは平気な顔をして学生達の後へと続き逃走する。
もはや弁解の余地は存在しない。エルエルフ・カルルスタインは祖国を裏切ったのだ。
「くそう!! クーフィア! 周りを監視しろ!!」
「ハーノイン! 本部に連絡しよう」
「……エルエルフぅ……ッ」
「アードライ様っ! 応急処置を致しますから動かないで下さい!」
エルエルフの背に次々銃を向けるも、動揺を孕んだ弾丸は歴戦の兵士である彼にはひとつだって掠りもしない。
何が起こったのか分からないとは、まさにこんな状況の際に叫ばれるべき言葉なのだろう。
周りが慌ただしく混乱する中、ある意味アードライだけは呻く声と共に迷いのない感情を滾らせていた。
思えば彼が渦巻く憎悪を高く吠えるところなど、昔馴染みの
ツェーツェンですら見た事が無かったかもしれない。残る紫の瞳は爛々と怒りの業火を灯す。
時計の針はもう元には戻せない。これより怨嗟は時と共に積もり続ける。
「エルエルフぁああああああああああッツ!!!」
友として認めていたはずの男の名を叫び、アードライの咆哮がモジュールの偽りの空を憎悪で染め上げた。