【VVV夢】かっこうのむすめ 11話 カインから次の作戦指示のミーティングを終え、もはや一人欠いた姿が当たり前となったパーフェクツォン・アミーは艦内の通路を無言で揃って跳ぶ。暫し地球へと帰還していた
ツェーツェンは低重力に戸惑いつつも遅れて仲間達の姿を追い、彼らの背から言葉を探した。
「……なんか今度の作戦、ハゲのおっさんが失敗すんの前提っぽいよねえ」
それまで誰も口を開かなかったせいもあり、無神経なクーフィアの言葉は思っていた以上に辺りに響いた。
「クーフィア!! デリウス少将になんて呼び方すんの!?」
「あ~っ、
ツェーツェンがデリウス少将の事ハゲっていったぁ~!」
「違っ!! クーフィアが! 失礼な呼び方するからっ」
「とどめで断定したのはお前だ
ツェーツェン」
アードライはこめかみを抑えながら迂闊な元家臣を嗜める。
こんな所を他の部隊の所属の上官らに見られたら処罰が下るのだろうか。それとも所詮は子供を寄せ集めた部隊だとせせら笑われるのだろうか。
だがひどく不遜に満ちた中傷は早々に切り上げられ、はっきりと言語化されてしまった事により全員の胸にあった疑問がふわふわと渦巻く。
ツェーツェンが地球に降り別途任務に就けられていた間、あの
学園天国では正式な代表を決めるべく総理大臣選挙などがあったらしい。
最後のジオール人達による投票の末、選ばれたのは指南ショーコという女生徒――
ツェーツェンが護送した指南リュージの娘だった。
前総理大臣の娘がそのまま次の国家元首に選ばれるとは、遺伝に裏付けされたカリスマというやつだろうか。それともただの二世贔屓でしかないのか。あれが彼の言っていた娘なのかと、
ツェーツェンはやはり運命めいたものを感じる。
デリウス少将は指南リュージを人質とし、その運命に絡め取られた親子の情を交渉材料として利用するつもりらしい。それ以外の材料としてもドルシア本国からジオールの捕虜達の、ある程度の待遇緩和の権利まで預かってきている。彼の策は本気のようだ。
「交渉で済ませられるなら、本来はそれで収束させるべきだ」
「え~~っ! それじゃ戦えなくてつまんないよお!」
「我々が戦うべきは本来ジオールではない。こんな所で遊んでいる場合か」
「そー言ってこの前アードライが降伏持ちかけた時は失敗したじゃん?」
「あの時は連中に対するメリットを、私の権限では提示出来なかっただけだっ」
理想を語るアードライに対し、あくまでクーフィアは茶々を入れずには気が済まない。
無駄な血を好まぬ元王子と違い、この子供は血を流させる事こそが面白くて堪らないのだ。根底から主義が合わなくて当然である。
「――まっ、拒否しやがった前科もあんだ。交渉に応じるとも限んねえだろ?」
ケンカはよしとけよとハーノインがさり気なく間を取った意見を提示する。はなから噛み合わぬ同士を噛みつき合わせてもろくな事にならないのは目に見えてるからだ。
「実際あの子達、ヴァルヴレイヴって玩具がすごいだけなのに。勝ちまくって調子乗ってるから。ちょっと難しいかもね」
「そのヴァルヴレイヴも数が増えたしな。学生サン達も更にい~い気になってんじゃねえの?」
「……前回のミーティングに不参加のお前が、偉そうに評論出来る事じゃあないがな?」
「怒んなってイクス。俺もお仕事はちゃんとやるからさぁ?」
イクスアインがちらりと釘を刺すとハーノインはばつの悪そうな顔をする。
「今度こそヴァルヴレイヴを確保せねば、カイン様の立場だって危ういんだ――」
それは皆に念を押すというより、デリウス少将の交渉の方が決裂しようがカインの地位だけは守ってみせるという決意さえ見え隠れする。
イクスアインにとっては無事ジオールが降伏するかどうかより、カイン・ドレッセルが今後も末永く総統の側近として重用されるか――そして自分がこれからもその傍で尽くせるかという方がよっぽど重要なのだろう。
「落ち着きなよイクスアイン。デリウス少将の交渉が成功すればヴァルヴレイヴだって差し出されるし、私達出撃しなくていいんだよ?」
「そ、そうだな。それもそうか……」
「あの強面のオッサンとガチンコ交渉とかちびんなきゃいいけどな、学生サンかわいそー」
「だから戦えないのはつまんないってばー!!」
普段は知性的なイクスアインが、目的の達成の為の手段に対して思慮が浅くなっている。彼にとってのカインという人物の大きさゆえとは分かっていたけれど、
ツェーツェンの胸には一抹の不安が訪れる。
「だから、ね。いつものクールが台無しだよ?」
「え~イクスって普段からこんなんじゃない?」
「ちびも言うじゃん?」
「……わっ、私はいつも」
「そうだよー。イクスアインはうちのお兄さん達みたいにいつでもカッコイイし!」
いつも通りの楽しいお喋りを続ける事で、互いのメンタルレベルを平常心で留める。……気がかりなのは以前ならば苦笑交じりに入った我が君の声が、談笑に割って入ってきてくれない事だ。
「交渉が決裂し、戦闘が再開されるなら――その時こそはエルエルフとの決着だ」
争いを好まぬはずのアードライすらも、その誇り高さゆえにエルエルフの存在を意識した途端、それならそれで望むところであると片方だけ残った赤紫の瞳に暗い闘志を灯らせる。
ぼんやりと、少しずつであるが、一同の心が
祖国を向かなくなってきていた。
***
「俺のイデアールがどうかしたかなお嬢さん?」
緑のカラーリングを施されたイデアール――ハーノインの機体を眺めていた
ツェーツェンに声をかけてきたのは、他ならぬ目の前の殲滅機の操縦者であった。
「残念。作戦がなきゃ、星空のドライブでも連れて行ってあげたんだけどなあ」
「作戦が無かったらイデアールの発進許可なんて降りないじゃん」
「え~。俺のこと好きなら、そこはのっかってよ
ツェーツェン?」
「そうだね、私は面倒見が良くって一緒に居ると楽しいハーノインのことずっとずっと大好きだよ」
軽い笑みは面白いように崩れて凍りつく。冗談には冗談で返してくるのかと思いきや、ストレートな好意で返してくるのは予想外であったようでハーノインの饒舌な話術は滑りが鈍った。
「こっ、告白ストレート過ぎねえっ?」
「……いつもいつもこのくらい言ってるつもりだけど」
どうやら攻められるのには慣れていないらしい。普段軽薄な彼がこれしきの言葉で狼狽え、ましてやいくつものピアスが並ぶ耳まで真っ赤に染まっている。これはイイ発見をしてしまったかもしれないと
ツェーツェンは内心淡くほくそ笑むも、もやもやと胸にかかった霧を晴らすには残念ながら力不足であった。
「毒ガスとかさ、ニューギニア条約まるでスルーだね。ハーノインは平気?」
次の作戦……あくまで、デリウス少将の交渉が決裂した際に決行されるものであるが。
モジュールの外壁をイデアールのドリルビットで破り強行突入の後、毒ガス散布で学生達の息の根を止め文字通り黙らせる。――その実行命令を受けたのはハーノインであった。
「ニューギニア条約ってアレ出来たの最近だろ。それもエルエルフがやんちゃして作られたルールなんだ。元仲間の俺らが破るってのもまあ、おあつらえじゃね?」
戦争に人道的も何もないとは思うが、出来うる限り禍根の残らぬ勝敗を促す為に定められた条約の制定は、かつてのニューギニア紛争で
元仲間が非人道的な戦略により圧倒的勝利を収めた事に由来する。カルルスタインの同義は人としての道徳に真っ向から合わない……というのは今更過ぎる事なのだろう。
「非戦闘員に無差別毒ガス攻撃って辛くない?」
もしかしたら、エルエルフだったら、平気だったかもしれない。けれど一般的な良心を持つハーノインに耐えて貰うのは難しい予感がしてならない。
「どう鍛えようがアマチュアの甘ちゃんばっかだけど、あっちも武装してんだ。いまさら非戦闘員だなんて言わせねえよ」
当初はヴァルヴレイヴで抗うのみであった学生達の防衛も、エルエルフの亡命が完全に受け入れられた後は
ドルシア軍に抗えるほどの本格的な武装訓練を受けている。
侵略という状況が彼らにそうせざるを得なくしたとはいえ。確かにもう、純然たる一般市民とは言えないかもしれない。
「でもどうせ任せるなら、軍人の家系の私にやらせてくれればよか――」
「させねーよ」
言いかけた
ツェーツェンの言葉は乱暴に遮られる。
「俺が一番年上なんだ。お前らにそんな事、させねえよ」
……エルエルフなら、出来たかもしれない。クーフィアなら、喜んでやるかもしれない。
けれど人間として悔いるべき行為と分かっているのならば、例え他の者に任されたとすれば代わってでもハーノインは自らの手を汚すつもりなのだろう。
「でもありがとな。
ツェーツェンのそゆとこ、俺も好きだよ」
「じゃあ両思いだ」
「ハハッ、そうだな」
軽く笑うハーノインの耳元に手を伸ばすと、くすぐったそうにして一層笑われる。確かめるように何度も何度も、派手なアクセサリーで飾られた耳輪を細い指で挟んでは撫でてを繰り返した。
そこに
ツェーツェンの色をしたピアスが無いと、分かってはいてもそうしたかった。
数時間後、デリウス少将の殉職が報告される。
無論ながら交渉など決裂。艦隊を丸ごとハラキリブレードに沈められ、人質に使った指南リョージもその巻き添えとなったそうだ。
元々本国で死刑の宣告が出ていたとはいえ、咲森の娘を心配していたあの父親が死んだのかと……
ツェーツェンは敵国の大罪人の冥福を祈るべきなのかとささやかに迷う。
『やったね! これで戦えるよ!』
通信からはクーフィアのはしゃぐ声が伝わってくる。これが本当に最後のチャンスだと銘打たれた作戦は深追いを許さなかった今までと違い、無茶も残虐さも快く許可されていた。
「
ツェーツェン、イデアール、ボックスアウト!」
映像では確認していたけれども、四機にも増えたヴァルヴレイヴを相手にするのは
ツェーツェンは初めてだ。整備は念入りに行われ、搭載ミサイル数も普段より多い。
――ドルシアは今度こそ、ジオールの最後の息の根を止めてやるつもりであった。