【VVV夢】かっこうのむすめ 10話 久しぶりの実家のベッド。母の作った朝食に、
ツェーツェンの帰還に合わせて休暇を取ってくれた兄達。そして黙々とハムエッグを食べる父。
まるで何事も無かったかのような里帰りの朝だった。
「……ごめんなさいお父さん、私いまは
ツェーツェンだったね」
「何の話だい
ローレ?」
ナイフとフォークを置いて
ツェーツェンが謝り、はてと首を傾げる父。
ひょっとして。あれは本当に妖精たちと宴で……何一つ現実には起こっていない夢の中の話だったのだろうか。
「ああ――もしかして昨日、司令部に顔を出したお前がロビーの椅子で寝てしまった事かな?」
「なにそれっ!?」
仰天の出来事だと
ツェーツェンは目を見開く。そういえば、実家へ帰り自分の部屋に戻った記憶がまるでない。夢の中の出来事どころか、自らの職務に関わる場所での醜態だったなんて現実はどこまで残酷なのだろう。
「仕方が無いさ。何せ月軌道軍のお前が月より向こうから帰って来て、真っ先にお父さんに会いに来てくれたんだ。疲れていたんだろうさ」
「うそぅ……カルルスタインって肩身が狭いのに! カイン大佐ごめんなさいっ!!」
カルルスタイン上がりが着る制服は重鎮も一般兵も、誰が見てもすぐに分かる。カインを快く思わぬ者にはスパイだとは呼ぶ者も居るというのに。
よりによって軍の施設で、しかもロビーでその情けない姿を晒すなど。休暇に入りたての
ツェーツェンはもう家から一歩も出たくなくなってきた。
「そうだね。寝ぼけたお前は自分を
ローレと名乗ったけど、軍属のお前は
ツェーツェンだったね」
「ごめんなさいお父さん……」
詫びたいのはカインだけではない。
ツェーツェンはカルルスタイン機関の訓練を得た精鋭兵であると同時に、陸軍中将の娘というラベルをも背負って生きているのだ。
同じ軍部での仕事に就く軍人同士、
ツェーツェンの醜態はそのまま父の評判にも繋がりかねない。
「名前がどっちなんて構わないさ、お前は私の娘だよ」
そう父は笑うと、カップに食後のコーヒーを注ぐ。
「まあ、次からは気を付けなさい」
いっそ聞かれていたのが本当に妖精であったらどんなに楽であったろう。ああ本当にもうおうちから出たくない。
「あの、それとお父さん。お父さんって本当に、私とカイン大佐をあの――」
「なんだなんだ。お前までそんな、くだらない噂を真に受けて」
一向に出される気配の無いカイン大佐との見合い話の件を言いづらく打診するも、要領の得ない論点を父は呆れ顔で察してくれる。
「こんな不肖の娘では恥ずかしくて、とてもじゃないが我が国の英雄であるカイン大佐に“紹介”など出来はしまいよ」
「……あぁぁぁ……」
肩をすくめて笑う父の前で、今度こそ
ツェーツェンは砂のように脆く崩れ去る。
実家に帰ればきっとカイン大佐とのお見合いをセッティングしてくれるんじゃないかとかそんなうまい話の前触れでも出してくれるかと思っていたのに、自らチャンスを潰してしまったのだ。
カイン大佐との可能性フラグといい、妖精たちの宴といい、全てはただの勘違いで期待に舞い上がっていただけ。ああ本当におしごとに戻りたくなかった……。
「そうそう。せっかくの家での朝食でこんな事を話すのも悪いけれど、マニンガー准将が……私と同じ中将になられたそうだ」
「准将が中将って――殉職!?」
ツェーツェンの脳裏に赤と緑の二機のヴァルヴレイヴの姿が過ぎる。カインの手など借りぬと意気込んでいた第六艦隊司令官はその自信も虚しく、あの超兵器の餌食となり二階級特進を果たしてしまったようだ。
「悲しい世の中だね。生きているうちは出世なんて難しいのに、死んでしまえばこんなに簡単だ」
父の言葉はどこか虚しさを漂わせる響きがあり、現実味が帯びていた。
実際のところこのドルシアにおいて、父の中将位より上は大将――アマデウス総統の地位しかない。だが総統位が父に譲られる事など万が一の可能性も無いだろう。
かつて王族と親しかった父は、赤い木曜日以前ほどの権威は無いと聞く。名ばかりの閑職か、追放か、家族の為に前者を選んだ父を
ツェーツェンは軍人としても人間としても尊敬している。
「それにヴァルヴレイヴも二人……いや二機増えたようでね。今度は青と黄色だそうだ」
「一体何機あるのかな。ジオールって中立国だとか言ってたくせに、随分とホラ吹きじゃん」
頭が痛くなるというより、寒気のする話だった。今まではイデアールの損傷だけで済んだが、最前線で戦うパーフェクツォン・アミーは今後更に死と隣り合わせるという事だ。
仲間の訃報が父の口から出ないところをみると、現状は無事であるらしい事だけはほっとした。
「王子殿下の身も心配だ。二、三日ゆっくり休んだら、地球まで呼ばれた任務も下る。それを終えたらしっかり務めに戻りなさい」
「……ブリッツゥン・デーゲン!」
実家の食卓である事を忘れ、つい敬礼を返してしまう。
これが最後の里帰り、最後の家族とのひとときにになるのかもしれない――そんな覚悟があったのも事実だ。
***
地球へと呼び戻された
ツェーツェンに任された任務は、ジオール本国で捕らえた元ジオール総理大臣指南リュージの護送であった。
マニンガー……中将の後任として遣わされたデリウス少将が作戦で使うらしく、彼の旗艦フェルクリンゲンに無事送り届けよとの事だ。
とは言ってもこの護送は世界へ大々的に宣言されたものではなく。ドルシア軍の中でのみささやかに伝達された隠密行動であるし、当たり前であるが輸送艦そのものも
ツェーツェンが操縦するわけではない。
妨害されたらイデアールに搭乗し討って出よとは指示があったが、
ツェーツェンとは別にベテランの兵士達がバッフェでの出撃も任されている。早い話、妨害がなければ彼女もぼんやりと目的地への到着を待つだけであった。
リュージの監視は交代で行われ、ぼんやり待つだけ要員であった
ツェーツェンにもその任が与えられる。
ニュースで何度か見た事がある彼は元国家元首として最低限の配慮がされた身奇麗な服を与えられていたが、罪人としてかけられた手錠が妙にアンバランスだった。
「……驚いたな。君のような若い女の子も軍人をやっているのか、ドルシアという国は」
これまでも見張りの軍人を話し相手にしていたのか、リュージはしばらく迷った後に物怖じも見せず
ツェーツェンに話しかけてきた。
「――それをあなたが言いますか。あなたが造らせたヴァルヴレイヴのせいで、ジオールは訓練を受けたわけでもない学生が戦場に出ているのですよ?」
こういう時、監視担当というのは強い口調で話すらしいが。元国家元首相手に十代の自分が尊大に話すというのも落ち着かなかった為、
ツェーツェンはあえて丁寧な言葉を選んだ。
だが彼女なりに内に抱えていた、ジオールという国への反発も込めさせてもらったつもりだ。
「そうか、君のその制服は確か……ニューギニア紛争で大仕事をしたカルルスタインという機関のものだったな。なら君は、特別な訓練を受けた兵士というわけか」
きっとエルエルフの事を言っているのだろう。さすがカルルスタイン最優秀訓練生様は有名だなと
ツェーツェンは舌を巻く。
「はい、そのカルルスタインですよ。私達はドルシアの中でも精鋭中の精鋭を自負しておりますから、ヴァルヴレイヴと何度も渡り合って生還しています」
ツェーツェンがヴァルヴレイヴとの実戦経験の話を出した途端、リュージの顔色が変わったのはあまりにも分かり易い変化であった。
「私にも、君くらいの娘が居る。こう言うと気分を悪くするかもしれないが、君が戦った咲森の生徒なんだ。生きていれば嬉しいんだがね」
ヴァルヴレイヴを造らせた元国家元首で、娘が咲森学園の生徒で――。まるで仕組まれたような運命の巡り合わせだ。つまりその娘とやらが生きていれば、親子は互いに人質のような関係になるわけである。
「……咲森学園に直接空爆を行ったのは最初の一回です。あとは私達が、モジュールの外でヴァルヴレイヴとだけ戦闘しています」
もはや何の権威持っておらぬ男の因果な運命に同情したのか、それとも仕えるはずだった王子殿下――アードライの運命と重ね合うものを感じたのか。
ツェーツェンは軍規に違反しない程度で、ぽつりぽつりとリュージにモジュール77の置かれている状況を伝える。
「独立国発足以降も櫻井アイナという女生徒一人しか亡くなってないそうですから。あなたのお嬢さんが生きている可能性は――高いかと思います」
「そうか、アイナちゃんが……」
ツェーツェンも会った事のある女生徒の名を言うと、リュージはまるで彼女が自分の娘かのような面持ちで表情を歪めた。
娘が咲森に通っているというのだ。もしかしたらアイナは、その娘の友人であったのかもしれない。
「ありがとう。君はドルシア軍の中将閣下のお嬢さんと聞いたが、父君は君を情の深い女性に育ててくれたようだね」
「他の見張り兵が喋ったんですか?」
「いいや、私はドルシアでは重罪人だからね。君の父君ともお会いしたのだよ」
……だからこうしてこの任に当たる為、地球に呼び戻されたのか。
少し時期が合わない気もしたが、わざわざ最前線から里帰りを命じられた不可解さにも
ツェーツェンは合点がいった。
「――君も“マギウス”なのかい?」
唐突に訊ねられた質問に入ってたのは、
ツェーツェンがまるで知らぬ固有名詞だ。ジオールの言葉にそんなものでもあるか。覚えていたら今度イクスアインにでも訊いてみたい。
「なんですかそれ?」
分からない。知らない。だが何となくどこかで聞いた事がある気がするのは、Magie魔法と語感が似ているからであろうか。
ツェーツェンが首を傾げると、リュージは短くそうかとだけ呟いた。
「さっき、君を見た時に驚いたよ。君の国の……リーゼロッテ皇女とよく似ている」
「……姫様は私のような武官にも優しく接して下さいますが、外国人のあなたからのそれは姫様への侮辱も同然です。控えて下さい」
「それは失礼した。君は娘と同じ年頃だから、つい身近に感じてしまってな」
幼い頃から何度も言われた言葉は自国の人間からのであれば勿体無いと謙遜も出来たものだが、よりにもよって敵国の人間からの評価とあっては笑って受け取る事など出来やしない。
「君の身の為、あまり詳しい事は言えないが――」
それも何故ですと
ツェーツェンが問う前に、リュージは言うべき事、そしてこれ以上言わざるという言葉を既に考えていたようだ。
「ヴァルヴレイヴは、世界を革命する為に造ったんだよ」
……ドルシアとARUSという大国同士の争いをよそに、他人事のように豊かな平和を謳歌し続けていた小国ジオールが何を革命したかったというのか。
別に、あのPVで笑っていたような呑気な学生達になりたいとは思わない。
だが軍事国家で育ち、祖国を守る軍人になる事を当然として生きてきた
ツェーツェンには彼の求めんとする事はまるで分からなかった。