EM-エクリプス・モース- 第八章「神の剣と知られざる真実」その2月神の聖地
———愚かな事よ。一度協力を得た者に二度も縋り付き、そして無様にやられるとはな。
夜の闇に包まれた森の中———ロドルによって倒され、森に放り出されたゲウドの死体の元に目玉が浮かんだ黒い影が現れる。黒い影は大口を開き、ゲウドの死体を吸い込んでいく。
———だが安心しろ。貴様に最後の仕事を与えてやる。
黒い影は目を大きく見開かせると、溶けるように姿を消していく。夜の森は霧に覆われていき、魔物の呻き声が絶え間なく響き渡っていた。
北西の彼方の大陸に聳え立つ高台に存在する聖地ルイナス———スフレ達が辿り着いた頃は既に荒れ果てていた。月の神の加護に護られた美しい聖地として繁栄していたが、見渡す限り破壊された建物ばかりで最早聖地として見る影もなく、民の姿も見当たらない有様であった。
「何なのよこれ……まさか、あいつの仕業だというの!?」
ルイナスの惨状を目の当たりにしたスフレは辺りを探る。リランはスフレがマチェドニルに預けられた理由について改めて考える。その理由は『近い将来訪れる災厄を予知して』との事であり、その災厄が今こういう形で訪れたのではないかと。
「まさか、これが災厄だというのか?それに、ルイナスには月の輝石が封印されている。これがケセルの仕業だとしたら、奴は月の輝石を狙って……!?」
ルイナスには神の遺産の一つである『月の輝石』が封印されている事もあり、ケセルは月の輝石を手に入れる為に聖地を破壊したと推測するリランは唇を噛みしめる。聖地の奥には半壊した神殿があり、一行は生存者を探すべく神殿へ向かう。神殿の内部も荒らされており、破壊された床と壁による瓦礫が所々で行く手を阻んでいた。
「誰かいるぞ。気を付けろ」
オディアンの一言で身構えつつも進んでいくスフレとリラン。恐る恐る突き当りの部屋に入ると、一人の傷だらけの女性が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
女性に駆け寄る一行。
「……う……誰か……いるの……?」
血塗れの顔で口を動かす女性。リランは即座に回復魔法で女性の傷を治療する。
「今すぐ安静にしなきゃ!」
部屋にはベッドがあり、スフレとオディアンは女性をベッドまで運ぶ。
「ハァッ、ハァッ……ありがとう。あなた達は……?」
「我々は神の遺産を守りし者。そして私はリラン。邪悪なる者に立ち向かうべく、このルイナスに存在する『世界の全てを知る者』と呼ばれる人物を探しているのだが」
リランが事情を話すものの、女性はスフレの顔を見て驚きの表情を浮かべる。
「もしやあなたが……いえ。間違いないわ。セレアが……セレアが帰って来たのね」
「え?」
「セレア……私には解る。あなた、セレアなんでしょう?」
女性の言うセレアとは、スフレの事であった。
「セレアって……人違いじゃない?あたしはスフレ。スフレ・モルブレッドという名前よ」
スフレは訳が解らず、戸惑うばかり。
「……そうね。あなたが賢者の元へ預けられた頃はまだ赤ちゃんだったから……本当の名前を教えられていなかったのね」
「え、え??」
女性の言葉にますます戸惑うスフレ。リランはまさかと思いつつ女性を凝視する。
「そう、私はあなたの母レネイ。あなたの本当の名前はセレアなのよ」
スフレは驚愕する。今此処にいる女性が生き別れの実の母親であるという事実に愕然とする余り、言葉を失っていた。
「何と……あなた様がスフレの母親だと言うのですか!?」
オディアンも驚くばかりであった。そしてレネイは話を続ける。スフレが生まれた時の出来事や、ルイナスに訪れた災厄の全てを。
月の神のしもべと呼ばれる聖地ルイナスの民は、神の遺産の一つである『月の輝石』を守る民族でもある。民族の長となるムルと妻のレネイの間に、一人の女の子が生まれる。生まれた子はセレアと名付けられ、レネイはセレアから潜在的な魔力を感じ取っていた。ある日、ムルは不吉な言葉を口にする。
「……レネイよ。近い将来、このルイナスに災厄が訪れる。どうかセレアを、賢者の元へ預けさせてほしい」
「何ですって!?どうしてそんな……」
ムルには神の加護を受けた四つの魔力と未来を予知出来る能力が備わっており、自身が予知したものは、邪悪なる者によるルイナスの崩壊であった。そしてセレアには邪悪なる者に立ち向かう天性の魔力が備わっており、災厄の犠牲になる可能性を考えて賢者の神殿に預ける決意をしたのだ。
「そんな……セレアは私達の子供なのよ?災厄なんて本当に……」
ムルは俯きながらも拳を震わせ、涙を流す。
「すまない、レネイよ。どうか解って欲しい。私だって信じたくない。訪れる災厄は決して遠くない未来なのだ。セレアを犠牲にするわけにはいかない」
「待って、ムル!」
「レネイ……セレア……どうか許してくれ」
ムルはセレアを抱き抱え、神殿から去って行く。レネイは後を追うものの、ムルの姿は既に聖地から消えていた。
セレアは賢者の神殿に預けられ、ムルが帰還した頃、ルイナスは多くの魔物によって襲撃されていた。グレートデーモン、アークデーモン、デーモンロードといった醜悪な姿を持つデーモン族の魔物が次々とルイナスの民を食らい尽くし、レネイにも危機が迫ろうとしていた。
「レネイ!おのれ、悪魔どもめ!」
ムルは月神の加護を受けた四つの魔力でデーモン達を浄化していき、辛うじてレネイの危機を救うものの、ルイナスは既に半壊していた。
「まさか、本当に災厄が……」
言葉を失うレネイ。
「元凶は、ルイナスを襲撃した魔物だけではない。奴らを呼び寄せた悪魔がいる。奴が……災厄の根源だ」
ムルの予知通り、災厄の始まりであった。そしてデーモン族の魔物を呼び出したのは、ケセルであった。ルイナスの民から記憶を解読する事で月の輝石の在処を知り、神殿に封印された月の輝石を手にしようとするものの、月神の力による結界で阻まれ、この当時のケセルの力では結界を破壊する事は出来なかった。
「……小癪な。このオレですら破壊出来ぬ結界があったとはな。まあいい。想定通りの素材を手にする事が出来ればこんな結界など赤子同然。回収はその時でも良かろう」
想定通りの素材とは、憎悪と破滅の魂であった。ケセルが聖地を後にすると、ムルとレネイは結界に守られた月の輝石をジッと見つめる。
「奴の狙いは月の輝石だったのか。もしセレアが奴に立ち向かえる戦士になれば、或いは……」
ムルは賢者の神殿に預けたセレアの事を思いつつも、不吉な予感に苛まれていた。
そして今、再び災厄が訪れていた。憎悪と破滅の魂を得た事で巨大な冥神の力を生み出せるようになったケセルが現れ、圧倒的な力で生き残りの民やムルを抹殺し、レネイも戦いによる巻き添えで瀕死の重傷を負った。月神の力による結界も破られ、月の輝石はケセルの手に渡っていたのだ。ケセルが訪れる前、ムルはレネイにこう告げていた。
「セレアはもうすぐ帰って来る。このルイナスに。セレアが帰って来たらどうか伝えてくれ。父親らしい事をしてやれなかったこの私を許してくれ、とな」
「ムル……!」
「さようなら、レネイ」
それが最後の言葉となり、傷付いたレネイは誰もいなくなった神殿でセレアの帰りを待ち続けていたのだ。
「お母……さん……?」
全ての話を聞き終えたスフレの目から涙が溢れ出る。
「セレア……小さな赤ちゃんだったのに……こんなに大きくなって」
レネイは穏やかな表情を向ける。スフレはガクリと膝を付き、涙を零しつつもレネイの手を握り締める。レネイはムルが遺した言葉を伝え、スフレの頭に触れる。
「……うっ……うわぁぁぁぁぁん!!」
レネイの手を握り締めながら号泣するスフレ。レネイは優しい笑顔でスフレの頭を撫でる。
「良かったな、スフレよ……」
オディアンとリランは母の前で泣くスフレを静かに見守る。物心つく前から生き別れとなっていた母との再会を果たしたスフレは、涙が枯れるまでずっと泣いていた。
「……リラン様と仰いましたね。世界の全てを知る者というのは、月神の大賢王様の事ではないでしょうか?」
そう言ったのはレネイであった。月神の大賢王とは全ての叡智を司る太古の時代の人物であり、月の神が地上に遺した子と呼ばれていた。冥神の脅威が去った後、来世に来たる災厄に立ち向かう者に知恵を与え、正しき方向に導く為に自らの魂を神殿の地下に封印しているのだ。
「叡智を司る月神の大賢王……か。もし我々に何らかの知恵を授かって下さるというのなら、神殿の地下に行ってみるか」
リランとオディアンは月神の大賢王の魂が封印されているという神殿の地下に向かおうとする。
「ごめん……今はお母さんの傍にいさせて。あたし、まだお母さんから離れたくないの」
スフレはレネイの手を握りながらも、リランにそう頼み込む。
「リラン様、無理もありませんぞ。顔も知らぬ母親とこうして再会出来たのですから」
オディアンがそう言うと、リランは軽く頷く。
「解った。再会には親子水入らずというのもあるからな。私とオディアンだけで行こう。では、後でな」
リランはオディアンと共に部屋を出て、神殿の地下へ向かう。リラン達が去った後、スフレはレネイの顔をジッと見ていた。
「彼らも、ずっとあなたを助けていたのね」
「うん。あたしの仲間だよ。あの人達と出会えたおかげで、こうしてお母さんに会えたから……」
「そう……」
レネイは優しい笑みを向ける。
「お父さんに会えなかったのは凄く残念だけど、あたしはお父さんの事、恨んではいないよ。お父さんが賢王様のところに預けなかったら、きっとあたしは生きていなかった。だから……お父さんにはとても感謝してるよ」
「セレア……」
二人きりとなった部屋の中、レネイはそっとスフレを抱きしめる。スフレはレネイの胸に顔を埋めながらも、うっすらと涙を浮かべていた。
「ねえ、お母さん……お父さんの事、もっと聞かせて」
スフレが呟くように言う。レネイはいたわるようにスフレの頭を撫でていた。
神殿の地下に続く階段を発見したリランとオディアンは、周囲に警戒しつつも地下通路を進んでいく。血の匂いが漂うものの、魔物の気配は感じられなかった。
「それにしてもケセルの奴、月の輝石まで奪うとは……」
ルイナスの惨状と相まって、リランは不安な気持ちが拭えないばかり。
「ムル殿も生きておられたらと思ったのですが……何にせよ、奴だけは絶対に倒さねばなりませぬぞ」
「うむ。月神の大賢王様ならば良い知恵を与えて下さるはずだ」
そんな会話を交わしながらも、地下通路の奥へ進む二人。更に階段を降り、突き当たりの大扉を開けると、苔に覆われた本棚、そして一冊の分厚い書物が置かれたテーブルが設置されている。そこは、秘密の書斎という印象を受ける小さな部屋であった。
「……この気配……光ある者の魂を感じる……」
突然、聞こえて来る声。テーブルに置かれた書物が勝手に開き出し、白く光り始める。声の主は、書物であった。
「もしや、月神の大賢王様……!?」
驚きながらもリランが書物に呼び掛ける。
「如何にも。我は全ての叡智を司る月神の子……そして来たる災厄に挑みし光ある者よ。そなた達が来るのを待っていたぞ」
重々しく響き渡るその声には、不思議な穏やかさを感じさせる雰囲気が漂っていた。
「私達は今、大いなる闇の力を司る邪悪なる存在に立ち向かわなくてはなりません。月神の大賢王様、貴方様の叡智による良きお知恵をお借りしようとこのルイナスを訪れたまでです。どうか私達にお力を……」
リランは祈りを捧げながらも、事の全てを伝える。
「このルイナスには二度に渡る災厄が訪れ、そして間もなくこの世界の全てに真の災厄が訪れようとしている。災厄の化身であり、元凶となる者に立ち向かう光ある者達が我の元を訪れた今、全てを伝えなくてはならぬ」
月神の大賢王は語る。全ての始まりと知られざる世界の真実を———。
太古の時代———全ての生物は疎か、地上や海すらも存在しておらず、神々が住む神界しか存在していなかった無の時代には、創生の力を司る神が二人いた。二人は兄弟神であり、兄神はモルス、弟神はハリア。創生の兄弟神は海を創り、地上を創り、自然を創り、地上と呼ばれる一つの世界を創った。兄弟神が地上に生きるあらゆる命を創生しようとした時、神界に地上の神の座を狙い、死と破壊が支配せし冥府の世界を創ろうとする暗黒の創造主と呼ばれる者が現れる。その名はハデス。様々な次元の異界に存在する死した悪しき者が行き付く世界であり、永遠の闇と無間地獄しか存在しない完全なる死の世界と呼ばれた冥界が生み出した魔の生命体であった。冥界に存在する邪悪な怨念が生んだ魔の思念体が集まった事で意思や自我を持つようになり、光ある世界で生きる事への執着を抱く余り創生の兄弟神が創った光溢れる地上をも我が物にしようと冥界を脱出し、神の座を狙うようになった。創生の兄弟神はハデスに挑み、ハリアの捨て身の攻撃によってハデスは敗れたものの、ハデスはハリアの肉体を奪い、ハリアの肉体と精神を完全に支配していた。ハリアの肉体を奪う事に成功したハデスは冥界へと戻り、冥界に存在する魔の思念体を喰らい続け、力を蓄え始めた。ハリアを失ったモルスは妻となる女神レーヴェと共に創生の力で地上に住む生物や人を始めとする様々な種族を創り、『グラン・モース』と名付けた世界を完成させた。
幾千年の時を経て人はそれぞれの国を造り、様々な文明を生み出した頃に冥界で力を蓄えたハデスが現れ、モルス神と女神レーヴェを倒してから地上に降臨し、邪悪なる魔物や闇に生きる魔の種族を創り出した。ハリアの肉体を持つ冥府の神となったハデスはハデリアと名を改め、創生の兄弟神に備わる神の呪法であった『エクリプス』で冥府の闇を生む冥蝕の月を創り出し、地上の全てを闇で覆い尽くしていった。冥神ハデリアによって冥府の闇で支配された世界は『エクリプス・モース』と呼ばれていた。
だが、ハデリアによって倒されたモルスとレーヴェは子供を遺していた。太陽の力を受けたアポロイアと月の力を受けたルイナ、そして戦の力を受けたヴァルク。三人の神の子は地上に降り立ち、神に選ばれし人間達と共に冥神ハデリアに挑む光となり、数々の死闘の末にハデリアを打ち倒し、ハリアの肉体を失ったハデリアの魂は地底の奥底に封印された。三人の子供は地上の神となり、地上の光を守る為に神の意思を持つ人を生んだ。だが、地上に光を取り戻しても、冥神が生んだ闇は決して消えていなかった。そして冥神は、力の源の欠片となるものを地上に遺していた。欠片は冥魂と呼ばれ、地上に存在する人々が生む負の思念を喰らい続けた事によって冥魂身ケセルと呼ばれる化身となった。
冥神の支配による災厄は後世に伝えられ、人間の中には大いなる災厄による死の世界の再来を恐れ、未来永劫の世界平和を望む思想が強く生まれていた。その最もたる例となるのが、『災いを呼ぶ邪の子』の言い伝えであった。言い伝えの発端となったのは、地上に光を取り戻した神々と英雄を崇め続け、光を信じる者達が集う光の聖地イルミネールの大司祭の思想によるものであった。
闇は魔の源であり、災いを生む忌まわしき力。人に備わる力には、闇を象徴する色の炎や雷を操る力も存在する。それが冥神の遺した災いを呼ぶ闇の力であり、決してこの世界に存在してはならぬ。
闇を象徴する力を持つ者を災いを呼ぶ邪の子と称し、大司祭と繋がりがあったクリソベイアの初代国王もその言い伝えを聞かされ、王国に知らしめていたのだ。そしてその言い伝えが悲劇を生み、やがて一つの脅威を生み出す事となった。ある日、聖地に一人の孤児の少年が迷い込んだ。大司祭は快く孤児の少年を受け入れ、聖地の人々によって育てられたが、少年には生まれつき闇の魔力が備わっていた事が判明し、その事実を知った大司祭は少年を聖地から追放し、クリソベイアの国王に抹殺を願っていた。
「聞け、クリソベイア王よ。あの子こそが災いを呼ぶ邪の子。言い伝えの通り、闇を象徴する力を持つ子が生まれていたのだ。闇の力はいずれ災いを呼ぶ。そなたの王国にもな。今こそ、奴をこの世から抹殺するのだ!」
国王の命令を受けたクリソベイアの戦士によって迫害を受け、全てに絶望した少年は人間に復讐しようと追手から逃れながら世界中を流離う中、一人の男と出会う。その男は、ケセルであった。
「大いなる災厄を恐れる弱さと下らぬ正義に取り付かれた愚かな人間の思想によって、絶望の淵へと追いやられた子供か。クックックッ、哀れな事よ。復讐したいのだろう?お前を殺そうとしていた愚かな人間どもにな———」
ケセルは人間への復讐心に囚われた少年を見込んで、冥神によって人としての姿と心を完全に捨てた太古の帝王ゴリアスの存在について教え、自らの命を捧げる事でゴリアスを復活させる事を提案する。ゴリアスの復活で自分を迫害した人間への復讐を果たせると。少年はケセルの誘いに乗り、ケセルに案内されるがままに地底の奥底に眠るゴリアスに魂を捧げた。その結果、少年は不完全な形で復活したゴリアスに喰らい尽くされ、光の聖地イルミネールもゴリアスによって滅びの運命を辿った。そしてゴリアスも人間の英雄達に倒され、蘇ったゴリアスの脅威がきっかけで冥神が生んだ魔の種族の末裔となる闇を司りし者達も人間達に滅ぼされ、闇王ジャラルダという復讐の悪魔を生み出していた。
そして今、闇王ジャラルダの魂によって大いなる力を得たケセルは冥神そのものとなり、完全なる復活ではなく、新たなる冥神を生み出そうとしている。冥神の魂の封印を解くカギとなるもの、残りの力の源となる生贄の魂———ルイナスに存在する月の輝石を最後に、必要となる全ての素材は集まっていたのだ。今、ケセルの手によって冥神が復活しようとしている。冥神の魂が封印されている場所は、世界最南端に位置する孤島アラグの岩山に囲まれた地底遺跡の奥深くであった。
自身の魂を書物に封印していた月神の大賢王には、世界の全ての出来事を見る力がある。今起きていた世界の出来事も、全て見ていたのだ。
「何と言う事だ……世界どころか、神々の歴史がこんな形で聞けるとは」
月神の大賢王の話を聞き終えたリランは驚きを隠せないまま、頭の中で内容を整理していた。
「冥神ハデリアか……ケセルが放ったあの力ですら完全ではないという事を考えると……」
オディアンは闇王との戦いの後にケセルが放った冥神の力と、冥神ハデリアの底知れない脅威に戦慄を覚えていた。
「光ある者よ。どうか我をそなたの同士の元へ連れて行って欲しい。そなたの同士となる戦士の中には神の力を手にした者がいる事も知っている」
リランはその言葉に頷き、月神の大賢王の魂が封印された書物を手に取る。
「……ありがとうございます、月神の大賢王様」
礼を言いつつも、書物を手にしたリランはオディアンと共に書斎を後にした。
その頃スフレは、レネイから父ムルの話について聞かされていた。
「お父さんは、色々凄い人だったのね」
「ええ。ルイナスの長なだけあっていつも真面目で一生懸命で、とても逞しい人なのよ」
ムルの話を聞いているうちに、スフレは少し切ない気分になりながらも軽く杯に注がれた水を口にしようとしたその時、不意に何かの気配を感じ取ったスフレが手を止め、辺りを見回す。
「セレア、どうしたの?」
レネイが呼び掛ける。
「この嫌な感じ……何かいる。誰なの?」
スフレが肌で感じたものは、邪悪な気配であった。得も言われぬ悪い予感を覚えたスフレは険しい表情で、咄嗟に杖を手に身構えていた。