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    EM-エクリプス・モース- 第八章「神の剣と知られざる真実」その2月神の聖地冥神復活奈落の龍暁の離愁月神の聖地

    ———愚かな事よ。一度協力を得た者に二度も縋り付き、そして無様にやられるとはな。

    夜の闇に包まれた森の中———ロドルによって倒され、森に放り出されたゲウドの死体の元に目玉が浮かんだ黒い影が現れる。黒い影は大口を開き、ゲウドの死体を吸い込んでいく。

    ———だが安心しろ。貴様に最後の仕事を与えてやる。

    黒い影は目を大きく見開かせると、溶けるように姿を消していく。夜の森は霧に覆われていき、魔物の呻き声が絶え間なく響き渡っていた。


    北西の彼方の大陸に聳え立つ高台に存在する聖地ルイナス———スフレ達が辿り着いた頃は既に荒れ果てていた。月の神の加護に護られた美しい聖地として繁栄していたが、見渡す限り破壊された建物ばかりで最早聖地として見る影もなく、民の姿も見当たらない有様であった。
    「何なのよこれ……まさか、あいつの仕業だというの!?」
    ルイナスの惨状を目の当たりにしたスフレは辺りを探る。リランはスフレがマチェドニルに預けられた理由について改めて考える。その理由は『近い将来訪れる災厄を予知して』との事であり、その災厄が今こういう形で訪れたのではないかと。
    「まさか、これが災厄だというのか?それに、ルイナスには月の輝石が封印されている。これがケセルの仕業だとしたら、奴は月の輝石を狙って……!?」
    ルイナスには神の遺産の一つである『月の輝石』が封印されている事もあり、ケセルは月の輝石を手に入れる為に聖地を破壊したと推測するリランは唇を噛みしめる。聖地の奥には半壊した神殿があり、一行は生存者を探すべく神殿へ向かう。神殿の内部も荒らされており、破壊された床と壁による瓦礫が所々で行く手を阻んでいた。
    「誰かいるぞ。気を付けろ」
    オディアンの一言で身構えつつも進んでいくスフレとリラン。恐る恐る突き当りの部屋に入ると、一人の傷だらけの女性が倒れていた。
    「大丈夫ですか!?」
    女性に駆け寄る一行。
    「……う……誰か……いるの……?」
    血塗れの顔で口を動かす女性。リランは即座に回復魔法で女性の傷を治療する。
    「今すぐ安静にしなきゃ!」
    部屋にはベッドがあり、スフレとオディアンは女性をベッドまで運ぶ。
    「ハァッ、ハァッ……ありがとう。あなた達は……?」
    「我々は神の遺産を守りし者。そして私はリラン。邪悪なる者に立ち向かうべく、このルイナスに存在する『世界の全てを知る者』と呼ばれる人物を探しているのだが」
    リランが事情を話すものの、女性はスフレの顔を見て驚きの表情を浮かべる。
    「もしやあなたが……いえ。間違いないわ。セレアが……セレアが帰って来たのね」
    「え?」
    「セレア……私には解る。あなた、セレアなんでしょう?」
    女性の言うセレアとは、スフレの事であった。
    「セレアって……人違いじゃない?あたしはスフレ。スフレ・モルブレッドという名前よ」
    スフレは訳が解らず、戸惑うばかり。
    「……そうね。あなたが賢者の元へ預けられた頃はまだ赤ちゃんだったから……本当の名前を教えられていなかったのね」
    「え、え??」
    女性の言葉にますます戸惑うスフレ。リランはまさかと思いつつ女性を凝視する。
    「そう、私はあなたの母レネイ。あなたの本当の名前はセレアなのよ」
    スフレは驚愕する。今此処にいる女性が生き別れの実の母親であるという事実に愕然とする余り、言葉を失っていた。
    「何と……あなた様がスフレの母親だと言うのですか!?」
    オディアンも驚くばかりであった。そしてレネイは話を続ける。スフレが生まれた時の出来事や、ルイナスに訪れた災厄の全てを。


    月の神のしもべと呼ばれる聖地ルイナスの民は、神の遺産の一つである『月の輝石』を守る民族でもある。民族の長となるムルと妻のレネイの間に、一人の女の子が生まれる。生まれた子はセレアと名付けられ、レネイはセレアから潜在的な魔力を感じ取っていた。ある日、ムルは不吉な言葉を口にする。
    「……レネイよ。近い将来、このルイナスに災厄が訪れる。どうかセレアを、賢者の元へ預けさせてほしい」
    「何ですって!?どうしてそんな……」
    ムルには神の加護を受けた四つの魔力と未来を予知出来る能力が備わっており、自身が予知したものは、邪悪なる者によるルイナスの崩壊であった。そしてセレアには邪悪なる者に立ち向かう天性の魔力が備わっており、災厄の犠牲になる可能性を考えて賢者の神殿に預ける決意をしたのだ。
    「そんな……セレアは私達の子供なのよ?災厄なんて本当に……」
    ムルは俯きながらも拳を震わせ、涙を流す。
    「すまない、レネイよ。どうか解って欲しい。私だって信じたくない。訪れる災厄は決して遠くない未来なのだ。セレアを犠牲にするわけにはいかない」
    「待って、ムル!」
    「レネイ……セレア……どうか許してくれ」
    ムルはセレアを抱き抱え、神殿から去って行く。レネイは後を追うものの、ムルの姿は既に聖地から消えていた。

    セレアは賢者の神殿に預けられ、ムルが帰還した頃、ルイナスは多くの魔物によって襲撃されていた。グレートデーモン、アークデーモン、デーモンロードといった醜悪な姿を持つデーモン族の魔物が次々とルイナスの民を食らい尽くし、レネイにも危機が迫ろうとしていた。
    「レネイ!おのれ、悪魔どもめ!」
    ムルは月神の加護を受けた四つの魔力でデーモン達を浄化していき、辛うじてレネイの危機を救うものの、ルイナスは既に半壊していた。
    「まさか、本当に災厄が……」
    言葉を失うレネイ。
    「元凶は、ルイナスを襲撃した魔物だけではない。奴らを呼び寄せた悪魔がいる。奴が……災厄の根源だ」
    ムルの予知通り、災厄の始まりであった。そしてデーモン族の魔物を呼び出したのは、ケセルであった。ルイナスの民から記憶を解読する事で月の輝石の在処を知り、神殿に封印された月の輝石を手にしようとするものの、月神の力による結界で阻まれ、この当時のケセルの力では結界を破壊する事は出来なかった。
    「……小癪な。このオレですら破壊出来ぬ結界があったとはな。まあいい。想定通りの素材を手にする事が出来ればこんな結界など赤子同然。回収はその時でも良かろう」
    想定通りの素材とは、憎悪と破滅の魂であった。ケセルが聖地を後にすると、ムルとレネイは結界に守られた月の輝石をジッと見つめる。
    「奴の狙いは月の輝石だったのか。もしセレアが奴に立ち向かえる戦士になれば、或いは……」
    ムルは賢者の神殿に預けたセレアの事を思いつつも、不吉な予感に苛まれていた。

    そして今、再び災厄が訪れていた。憎悪と破滅の魂を得た事で巨大な冥神の力を生み出せるようになったケセルが現れ、圧倒的な力で生き残りの民やムルを抹殺し、レネイも戦いによる巻き添えで瀕死の重傷を負った。月神の力による結界も破られ、月の輝石はケセルの手に渡っていたのだ。ケセルが訪れる前、ムルはレネイにこう告げていた。
    「セレアはもうすぐ帰って来る。このルイナスに。セレアが帰って来たらどうか伝えてくれ。父親らしい事をしてやれなかったこの私を許してくれ、とな」
    「ムル……!」
    「さようなら、レネイ」
    それが最後の言葉となり、傷付いたレネイは誰もいなくなった神殿でセレアの帰りを待ち続けていたのだ。


    「お母……さん……?」
    全ての話を聞き終えたスフレの目から涙が溢れ出る。
    「セレア……小さな赤ちゃんだったのに……こんなに大きくなって」
    レネイは穏やかな表情を向ける。スフレはガクリと膝を付き、涙を零しつつもレネイの手を握り締める。レネイはムルが遺した言葉を伝え、スフレの頭に触れる。
    「……うっ……うわぁぁぁぁぁん!!」
    レネイの手を握り締めながら号泣するスフレ。レネイは優しい笑顔でスフレの頭を撫でる。
    「良かったな、スフレよ……」
    オディアンとリランは母の前で泣くスフレを静かに見守る。物心つく前から生き別れとなっていた母との再会を果たしたスフレは、涙が枯れるまでずっと泣いていた。
    「……リラン様と仰いましたね。世界の全てを知る者というのは、月神の大賢王様の事ではないでしょうか?」
    そう言ったのはレネイであった。月神の大賢王とは全ての叡智を司る太古の時代の人物であり、月の神が地上に遺した子と呼ばれていた。冥神の脅威が去った後、来世に来たる災厄に立ち向かう者に知恵を与え、正しき方向に導く為に自らの魂を神殿の地下に封印しているのだ。
    「叡智を司る月神の大賢王……か。もし我々に何らかの知恵を授かって下さるというのなら、神殿の地下に行ってみるか」
    リランとオディアンは月神の大賢王の魂が封印されているという神殿の地下に向かおうとする。
    「ごめん……今はお母さんの傍にいさせて。あたし、まだお母さんから離れたくないの」
    スフレはレネイの手を握りながらも、リランにそう頼み込む。
    「リラン様、無理もありませんぞ。顔も知らぬ母親とこうして再会出来たのですから」
    オディアンがそう言うと、リランは軽く頷く。
    「解った。再会には親子水入らずというのもあるからな。私とオディアンだけで行こう。では、後でな」
    リランはオディアンと共に部屋を出て、神殿の地下へ向かう。リラン達が去った後、スフレはレネイの顔をジッと見ていた。
    「彼らも、ずっとあなたを助けていたのね」
    「うん。あたしの仲間だよ。あの人達と出会えたおかげで、こうしてお母さんに会えたから……」
    「そう……」
    レネイは優しい笑みを向ける。
    「お父さんに会えなかったのは凄く残念だけど、あたしはお父さんの事、恨んではいないよ。お父さんが賢王様のところに預けなかったら、きっとあたしは生きていなかった。だから……お父さんにはとても感謝してるよ」
    「セレア……」
    二人きりとなった部屋の中、レネイはそっとスフレを抱きしめる。スフレはレネイの胸に顔を埋めながらも、うっすらと涙を浮かべていた。
    「ねえ、お母さん……お父さんの事、もっと聞かせて」
    スフレが呟くように言う。レネイはいたわるようにスフレの頭を撫でていた。


    神殿の地下に続く階段を発見したリランとオディアンは、周囲に警戒しつつも地下通路を進んでいく。血の匂いが漂うものの、魔物の気配は感じられなかった。
    「それにしてもケセルの奴、月の輝石まで奪うとは……」
    ルイナスの惨状と相まって、リランは不安な気持ちが拭えないばかり。
    「ムル殿も生きておられたらと思ったのですが……何にせよ、奴だけは絶対に倒さねばなりませぬぞ」
    「うむ。月神の大賢王様ならば良い知恵を与えて下さるはずだ」
    そんな会話を交わしながらも、地下通路の奥へ進む二人。更に階段を降り、突き当たりの大扉を開けると、苔に覆われた本棚、そして一冊の分厚い書物が置かれたテーブルが設置されている。そこは、秘密の書斎という印象を受ける小さな部屋であった。
    「……この気配……光ある者の魂を感じる……」
    突然、聞こえて来る声。テーブルに置かれた書物が勝手に開き出し、白く光り始める。声の主は、書物であった。
    「もしや、月神の大賢王様……!?」
    驚きながらもリランが書物に呼び掛ける。
    「如何にも。我は全ての叡智を司る月神の子……そして来たる災厄に挑みし光ある者よ。そなた達が来るのを待っていたぞ」
    重々しく響き渡るその声には、不思議な穏やかさを感じさせる雰囲気が漂っていた。
    「私達は今、大いなる闇の力を司る邪悪なる存在に立ち向かわなくてはなりません。月神の大賢王様、貴方様の叡智による良きお知恵をお借りしようとこのルイナスを訪れたまでです。どうか私達にお力を……」
    リランは祈りを捧げながらも、事の全てを伝える。
    「このルイナスには二度に渡る災厄が訪れ、そして間もなくこの世界の全てに真の災厄が訪れようとしている。災厄の化身であり、元凶となる者に立ち向かう光ある者達が我の元を訪れた今、全てを伝えなくてはならぬ」
    月神の大賢王は語る。全ての始まりと知られざる世界の真実を———。


    太古の時代———全ての生物は疎か、地上や海すらも存在しておらず、神々が住む神界しか存在していなかった無の時代には、創生の力を司る神が二人いた。二人は兄弟神であり、兄神はモルス、弟神はハリア。創生の兄弟神は海を創り、地上を創り、自然を創り、地上と呼ばれる一つの世界を創った。兄弟神が地上に生きるあらゆる命を創生しようとした時、神界に地上の神の座を狙い、死と破壊が支配せし冥府の世界を創ろうとする暗黒の創造主と呼ばれる者が現れる。その名はハデス。様々な次元の異界に存在する死した悪しき者が行き付く世界であり、永遠の闇と無間地獄しか存在しない完全なる死の世界と呼ばれた冥界が生み出した魔の生命体であった。冥界に存在する邪悪な怨念が生んだ魔の思念体が集まった事で意思や自我を持つようになり、光ある世界で生きる事への執着を抱く余り創生の兄弟神が創った光溢れる地上をも我が物にしようと冥界を脱出し、神の座を狙うようになった。創生の兄弟神はハデスに挑み、ハリアの捨て身の攻撃によってハデスは敗れたものの、ハデスはハリアの肉体を奪い、ハリアの肉体と精神を完全に支配していた。ハリアの肉体を奪う事に成功したハデスは冥界へと戻り、冥界に存在する魔の思念体を喰らい続け、力を蓄え始めた。ハリアを失ったモルスは妻となる女神レーヴェと共に創生の力で地上に住む生物や人を始めとする様々な種族を創り、『グラン・モース』と名付けた世界を完成させた。

    幾千年の時を経て人はそれぞれの国を造り、様々な文明を生み出した頃に冥界で力を蓄えたハデスが現れ、モルス神と女神レーヴェを倒してから地上に降臨し、邪悪なる魔物や闇に生きる魔の種族を創り出した。ハリアの肉体を持つ冥府の神となったハデスはハデリアと名を改め、創生の兄弟神に備わる神の呪法であった『エクリプス』で冥府の闇を生む冥蝕の月を創り出し、地上の全てを闇で覆い尽くしていった。冥神ハデリアによって冥府の闇で支配された世界は『エクリプス・モース』と呼ばれていた。

    だが、ハデリアによって倒されたモルスとレーヴェは子供を遺していた。太陽の力を受けたアポロイアと月の力を受けたルイナ、そして戦の力を受けたヴァルク。三人の神の子は地上に降り立ち、神に選ばれし人間達と共に冥神ハデリアに挑む光となり、数々の死闘の末にハデリアを打ち倒し、ハリアの肉体を失ったハデリアの魂は地底の奥底に封印された。三人の子供は地上の神となり、地上の光を守る為に神の意思を持つ人を生んだ。だが、地上に光を取り戻しても、冥神が生んだ闇は決して消えていなかった。そして冥神は、力の源の欠片となるものを地上に遺していた。欠片は冥魂と呼ばれ、地上に存在する人々が生む負の思念を喰らい続けた事によって冥魂身ケセルと呼ばれる化身となった。

    冥神の支配による災厄は後世に伝えられ、人間の中には大いなる災厄による死の世界の再来を恐れ、未来永劫の世界平和を望む思想が強く生まれていた。その最もたる例となるのが、『災いを呼ぶ邪の子』の言い伝えであった。言い伝えの発端となったのは、地上に光を取り戻した神々と英雄を崇め続け、光を信じる者達が集う光の聖地イルミネールの大司祭の思想によるものであった。


    闇は魔の源であり、災いを生む忌まわしき力。人に備わる力には、闇を象徴する色の炎や雷を操る力も存在する。それが冥神の遺した災いを呼ぶ闇の力であり、決してこの世界に存在してはならぬ。


    闇を象徴する力を持つ者を災いを呼ぶ邪の子と称し、大司祭と繋がりがあったクリソベイアの初代国王もその言い伝えを聞かされ、王国に知らしめていたのだ。そしてその言い伝えが悲劇を生み、やがて一つの脅威を生み出す事となった。ある日、聖地に一人の孤児の少年が迷い込んだ。大司祭は快く孤児の少年を受け入れ、聖地の人々によって育てられたが、少年には生まれつき闇の魔力が備わっていた事が判明し、その事実を知った大司祭は少年を聖地から追放し、クリソベイアの国王に抹殺を願っていた。
    「聞け、クリソベイア王よ。あの子こそが災いを呼ぶ邪の子。言い伝えの通り、闇を象徴する力を持つ子が生まれていたのだ。闇の力はいずれ災いを呼ぶ。そなたの王国にもな。今こそ、奴をこの世から抹殺するのだ!」
    国王の命令を受けたクリソベイアの戦士によって迫害を受け、全てに絶望した少年は人間に復讐しようと追手から逃れながら世界中を流離う中、一人の男と出会う。その男は、ケセルであった。
    「大いなる災厄を恐れる弱さと下らぬ正義に取り付かれた愚かな人間の思想によって、絶望の淵へと追いやられた子供か。クックックッ、哀れな事よ。復讐したいのだろう?お前を殺そうとしていた愚かな人間どもにな———」
    ケセルは人間への復讐心に囚われた少年を見込んで、冥神によって人としての姿と心を完全に捨てた太古の帝王ゴリアスの存在について教え、自らの命を捧げる事でゴリアスを復活させる事を提案する。ゴリアスの復活で自分を迫害した人間への復讐を果たせると。少年はケセルの誘いに乗り、ケセルに案内されるがままに地底の奥底に眠るゴリアスに魂を捧げた。その結果、少年は不完全な形で復活したゴリアスに喰らい尽くされ、光の聖地イルミネールもゴリアスによって滅びの運命を辿った。そしてゴリアスも人間の英雄達に倒され、蘇ったゴリアスの脅威がきっかけで冥神が生んだ魔の種族の末裔となる闇を司りし者達も人間達に滅ぼされ、闇王ジャラルダという復讐の悪魔を生み出していた。

    そして今、闇王ジャラルダの魂によって大いなる力を得たケセルは冥神そのものとなり、完全なる復活ではなく、新たなる冥神を生み出そうとしている。冥神の魂の封印を解くカギとなるもの、残りの力の源となる生贄の魂———ルイナスに存在する月の輝石を最後に、必要となる全ての素材は集まっていたのだ。今、ケセルの手によって冥神が復活しようとしている。冥神の魂が封印されている場所は、世界最南端に位置する孤島アラグの岩山に囲まれた地底遺跡の奥深くであった。


    自身の魂を書物に封印していた月神の大賢王には、世界の全ての出来事を見る力がある。今起きていた世界の出来事も、全て見ていたのだ。


    「何と言う事だ……世界どころか、神々の歴史がこんな形で聞けるとは」
    月神の大賢王の話を聞き終えたリランは驚きを隠せないまま、頭の中で内容を整理していた。
    「冥神ハデリアか……ケセルが放ったあの力ですら完全ではないという事を考えると……」
    オディアンは闇王との戦いの後にケセルが放った冥神の力と、冥神ハデリアの底知れない脅威に戦慄を覚えていた。
    「光ある者よ。どうか我をそなたの同士の元へ連れて行って欲しい。そなたの同士となる戦士の中には神の力を手にした者がいる事も知っている」
    リランはその言葉に頷き、月神の大賢王の魂が封印された書物を手に取る。
    「……ありがとうございます、月神の大賢王様」
    礼を言いつつも、書物を手にしたリランはオディアンと共に書斎を後にした。


    その頃スフレは、レネイから父ムルの話について聞かされていた。
    「お父さんは、色々凄い人だったのね」
    「ええ。ルイナスの長なだけあっていつも真面目で一生懸命で、とても逞しい人なのよ」
    ムルの話を聞いているうちに、スフレは少し切ない気分になりながらも軽く杯に注がれた水を口にしようとしたその時、不意に何かの気配を感じ取ったスフレが手を止め、辺りを見回す。
    「セレア、どうしたの?」
    レネイが呼び掛ける。
    「この嫌な感じ……何かいる。誰なの?」
    スフレが肌で感じたものは、邪悪な気配であった。得も言われぬ悪い予感を覚えたスフレは険しい表情で、咄嗟に杖を手に身構えていた。
    冥神復活


    ———クックックッ、感動の再会か。実に良い見ものだったよ。


    邪悪な波動と共に部屋中を覆い尽くす黒い瘴気。スフレの前に現れたのは、空中に浮かぶ巨大な目———黒い影であった。
    「あんたは……!一体何の用なの!?」
    黒い影を見た瞬間、スフレは冷や汗を掻きつつ眉を顰める。レネイは部屋中に漂う邪気によって表情が凍り付いていた。


    ———ククク、レネイよ。生き別れの娘と再会出来て嬉しいか?貴様はムルの言葉を信じて、娘の帰りを待っていたのだろう?その為に敢えて生かしておいてやった事を感謝するがいいぞ。


    黒い影から嘲笑うように聞こえるケセルの声に、スフレは怒りを滾らせる。ケセルはレネイの記憶を読み取っていたのだ。
    「出てきなさいよ、ケセル!お母さんに手出しはさせないわ」
    スフレは魔力を集中させる。


    ———無駄だ。貴様程度ではどうにも出来まい。貴様もよく知っているのではないか?このオレの力を。


    部屋中に響き渡るケセルの声。
    「知ってるわよ。けど、逃げるわけにはいかないのよ!」
    両手に魔力を集めた瞬間、スフレは黒い影が放った闇の衝撃波に吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。
    「ごはあっ!ぐっ……」
    多量の唾液を吐き散らし、倒れるスフレ。
    「セレア!」
    レネイが声を上げると、黒い影の目が大きく見開かれ、レネイの身体が宙に浮く。
    「お母さん!」
    スフレが飛び掛かるものの、再び闇の衝撃波に吹っ飛ばされる。巨大な口を開けた黒い影はレネイの身体を吸い込んでいく。その時、地下から戻ったリランとオディアンが駆け付けて来る。
    「これは一体!」
    オディアンが大剣を手に構えを取る。


    ———クックックッ、貴様達が来ても無駄だ。レネイはたった今、我が手中に収まった。そこで己の無力さを味わうがいい。


    レネイの身体は黒い影の前まで来ていた。
    「貴様!再会したばかりの母と子まで引き裂こうというのか!」
    激昂するオディアンだが、レネイの身体は空しくも黒い影の口の中に吸い込まれてしまう。
    「そんな……お母さああぁぁん!!」
    スフレが悲痛な叫び声を上げる。


    ———我が計画は間もなく実行される。最早我が主の復活を止めるのは叶わぬ事。ゲウドよ、後は任せるぞ。


    黒い影の口から吐き出されたものは、蜘蛛のような姿をした醜悪な魔物———ケセルに闇の魂を与えられた事によって姿が変化し、自我を持たない異形の怪物と化したゲウドであった。
    「ゲウドだと……まさかこいつがあの男だというのか」
    黒い影が部屋から姿を消すと、ゲウドはおぞましい雄叫びを上げながらも口から灼熱の火炎を吐き出す。
    「クッ、何という炎だ!」
    部屋中を覆い尽くす程の炎を防御で凌ぐリランとオディアン。スフレは炎の中、棒立ちの状態で立ち尽くしていた。
    「グオオオオォォ!!」
    部屋中が炎に包まれ、本能のまま暴れるゲウドにオディアンが斬りかかる。片腕を切り落とすものの、すぐに再生し、不気味な唸り声を上げながら緑色の液体を吐き出す。毒液であった。
    「ぐっ、しまった……」
    毒液を浴びたオディアンは猛毒に冒され、ガクリと膝を付く。リランはオディアンに解毒の魔法を掛けようとするが、ゲウドが炎を吐きながら暴れ回り、近付く事が出来ない。
    「……許さない……」
    そう呟いたのはスフレであった。スフレの全身は魔力のオーラに覆われている。
    「やっとお母さんに会えたのに、あんた達は……」
    抑揚のない声で呟きながらも、スフレはゲウドが吐く炎の中に向かって行く。
    「スフレ、何をするつもりだ!逃げろ!」
    リランが呼び掛けるものの、スフレは応じようとしない。
    「あんた達は……絶対に許さない。許さない!!」
    スフレは両手で巨大な炎の玉を作り出す。クリムゾン・フレアの炎の玉であった。
    「うわあああああああああああ!!!」
    巨大な炎の玉をゲウドに向けて投げつけると、炎の玉は壮大な爆炎となり、ゲウドの醜悪な姿を焼き尽くしていく。スフレの全魔力を掛けた渾身の炎魔法クリムゾン・フレアは、跡形もなくゲウドを消し去った。炎が残る部屋の中、膝を折るスフレ。リランはオディアンに解毒の魔法を掛けると、スフレの元へ駆け寄る。
    「スフレ……」
    リランが気遣うように声を掛ける。
    「……何があってもケセルを倒してやるわ。あたしはあいつを絶対に許さない」
    怒りと悲しみで涙を溢れさせたスフレの表情を見てリランは一瞬面食らうが、直ぐにその意思に応える。
    「おのれ、ケセルめ……奴だけは絶対に生かしておけぬ。スフレよ、俺は最後までお前の力になるぞ」
    オディアンの一言にスフレは黙って頷く。一行は一先ず今後の作戦を立てる為、リターンジェムで賢者の神殿へ戻る事にした。

    賢者の神殿に帰還したスフレ達は事の全てをマチェドニルに話すと、マチェドニルは月神の大賢王が封印された書物を眺めながらも驚愕の表情を浮かべる。
    「なんと……その本に月神の大賢王と呼ばれるお方が!?」
    「うむ。レウィシア達が戻ったら改めてお話されるとの事だ」
    レウィシア一行が戻るまで休息を取る事にしたスフレ達。スフレが自分の部屋に行くと、リランとオディアンは療養中のヘリオの元へ向かった。
    「ぐっ……うう……」
    ヘリオは負傷した両足からの激痛に苦しみ続けていた。
    「ヘリオ……」
    リランはヘリオの苦痛に歪んだ顔を見て言葉を失う。再起不能となった両足の激痛は全身に響き渡る程のものであった。
    「ヘリオ殿……何と気の毒な。両足は最早治す事も叶わぬというのか」
    オディアンの言葉に、リランは無力感に苛まれていた。

    部屋の中で一人佇むスフレは、母を守れなかった悲しみに暮れていた。
    「お母さん……ごめん……あたし、何も出来なかった……。この戦いが終わったら、二人で暮らそうって思ってたのに……」
    スフレの目から涙が溢れると、悲しみの感情が徐々に怒りへと変化していく。
    「ケセル……よくも……よくも……!」
    溢れる涙が止まらないまま、スフレはケセルへの激しい怒りを滾らせていた。


    その頃、ラムスの町外れの長屋に戻っていたロドルは不意に気配を感じ取り、長屋から出る。


    ———ククク、お笑いだなロドルよ。報酬と引き換えに神の力を宿す鍛冶を引き受けるとは。


    声の主は、ケセルであった。ロドルの前に目玉が浮かぶ黒い影が姿を現す。
    「貴様……」
    ロドルは二本の刀を構える。


    ———そう身構えるな。今は貴様を狙うわけではない。貴様に伝える事があってな。貴様の母親は今、アラグの孤島の奥底にいる。このオレと共にな。


    その一言にロドルが表情を険しくさせる。
    「その事を俺に伝えるとは、何を考えている?」
    問い詰めるロドルだが、黒い影は嘲笑うように目を歪ませる。


    ———計画の始まりだよ。全ての素材が集まり、我が主の手によってこの世界を完全なる闇で支配する計画が間もなく実行される。光溢れる時代が終わり、冥府の闇と死が支配する時代が再び訪れるのだ。


    黒い影は大きく目を見開かせ、闇の衝撃波を放つ。防御態勢に入るロドルだが、一瞬で吹き飛ばされてしまう。
    「ぐっ……」
    衝撃波に倒されたロドルが立ち上がろうとすると、黒い影は溶けるように消え始める。


    ———クックックッ、母親に会いたければ今すぐアラグの孤島へ来る事だ。ただし、そう簡単に会えると思わぬ方が良いぞ。貴様の母親も、素材として選ばれたのだからな。


    そう言い残し、消えていく黒い影。ロドルはゆっくりと立ち上がり、自身の刀を見つめながらも空を見上げる。
    「……チッ、面白くないが誘いに乗ってやるか」
    ロドルは刀を鞘に収め、再び長屋に入って行く。


    翌日、ヒロガネ鉱石の神の力を剣に宿すという目的を果たしたレウィシア一行が賢者の神殿に帰還する。レウィシア達が戻るとマチェドニルは全員に召集を掛け、リランが月神の大賢王の書物をテーブルに置く。
    「今から何をするというの?」
    レウィシアが問い掛けると、書物は光を放ち、ページが開き始める。
    「よくぞ集まった。大いなる災厄に挑みし光ある者達よ。我は全ての叡智を司る月神の子———」
    神殿に集う戦士達と賢人達の前で、月神の大賢王が再び全てを語る。世界の始まりと神々の時代における出来事、冥神の正体、知られざる世界の真実等全てにおける出来事を語り終えた時、その場にいる全員が言葉を失っていた。
    「冥神ハデリア……この世界を生み出した神の片割れだったというの……」
    レウィシアは様々な話を整理しつつも顔の汗を軽く拭う。
    「色々整理するだけでも大変な話だが、クリソベイアに伝わる言い伝えの真実がここで解るなんてな」
    ヴェルラウドは密かにクリソベイアに存在していた災いを呼ぶ邪の子という言い伝えの発端が気になっていたのだ。
    「何だか凄い歴史を知ってしまったな。最初は信じられない話だと思っていたが、だんだんと物凄く説得力のある感じが伝わって来たよ」
    テティノも月神の大賢王の威圧的かつ不思議な雰囲気に心を奪われていた。
    「流石は叡智を司るお方なだけありますね。聖地ルイナスにこのような方がいたなんて……」
    ラファウスは光り輝く書物を興味深そうに眺めていた。
    「今やケセルはアラグの孤島の地底でハデリアの魂の封印を解こうとしている。最早ハデリアの復活を止める事は不可能であろう。奴らに立ち向かえるのは、地上の神々と冥神に挑みし英雄に選ばれたお前達なのだ。アポロイアを始めとする神々と英雄達も冥神との戦いの際にはお前達に力を貸すだろう。光ある者達よ、どうかこの地上を冥神がもたらす闇から守って欲しい」
    そう言い終えると、書物から光が消える。全ての役目を終えた事で、月神の大賢王の魂は再び眠りに就いたのだ。
    「ケセル……何としても倒さなきゃ」
    レウィシアがアポロイアの剣を見つめながら呟く。ケセルや冥神ハデリアとの決戦に備えるという事でこの日は休息を取る事にし、一同は解散する。
    「ねえ、レウィシア」
    スフレがレウィシアに声を掛ける。
    「どうか、あたしに力を貸して。ケセルを倒す為に。あいつはあたしだけでは到底敵わない力を持っているから」
    真剣な表情で頼み込むスフレにレウィシアは黙って頷く。
    「ヴェルラウドも。あたしに力を貸して欲しいの」
    レウィシアの傍にいたヴェルラウドにも頼み込むスフレ。
    「そんな事は当たり前だろ?何かあったのか?」
    スフレの表情を見て何か只ならない事があったと察したヴェルラウドが問う。
    「な、何でもないわよ……」
    俯いて返答するスフレ。
    「隠し事しないで話してみろよ。仲間だろ?」
    ヴェルラウドが更に問うと、スフレは涙を零す。
    「……ルイナスに、あたしのお母さんがいたの。でも、ケセルのせいでお母さんは……」
    スフレが事情を話すと、ヴェルラウドは愕然とする。
    「何ですって!?ケセル……何処まで人の幸せを踏みにじれば気が済むというの!」
    怒りに震えるレウィシアを横に、ヴェルラウドがそっとスフレの肩を抱く。
    「スフレ。俺は二度に渡って目の前で大切な人を失ったから、お前の辛さは本当によく解る。そしてこれだけは忘れるな。此処にいるみんなは、お前と共に戦うという事を」
    「ヴェルラウド……」
    スフレはヴェルラウドの言葉を受け、涙で潤んだ目を軽く拭う。
    「ありがとう、ヴェルラウド。あたしは今まであんたを助けて行きたい気持ちで戦っていたけど……たまには、頼ってもいいよね?」
    近くで向き合い、笑顔を向けるスフレ。その笑顔には切なさが漂っていた。
    「たまにじゃなくて、常にでいいんだ。俺は……騎士として人を守る使命を重んじているからな」
    そう返すヴェルラウド。レウィシアはヴェルラウドとスフレのやり取りを見て思わず表情を綻ばせる。
    「いい感じのところに済まないが、僕達もいる事を忘れないでくれよ」
    テティノとラファウスがやって来る。
    「スフレ。話は聞きました。あなたも辛い思いをされたのですね。あなたの想いに応える為にも、私達も喜んで力になりましょう」
    ラファウスの強い意思が秘められた目には、スフレに対する不信感は全く感じられない。レウィシアと和解を果たし、打ち解けた事で改めて信頼するようになったのだ。
    「あんた達もあたしの為に……ってか、ラファウスだっけ?あんた、本当にあたしより年上なの?」
    「これもエルフの血筋によるものです」
    ラファウスは自身がハーフエルフであり、子供の外見をしているのは人間よりも遥かに長寿であるエルフの血筋によるものだという事をスフレに説明する。
    「ふーん……それはそれで大変そうね。あたしの方がお姉さんに見えるくらいだし」
    「平気ですよ。とうに慣れていますから」
    冷静に返答するラファウス。オディアンはリラン、マチェドニルと共にスフレを取り囲むレウィシア達の様子を静かに見守っていた。
    「……絆、じゃな」
    マチェドニルが呟く。
    「絆?」
    「うむ。共に戦う仲間達の絆は大いなる力の源となる。わしを含むかつての英雄達も、深い絆があったからこそ多くの戦いを乗り越える事が出来た。今こそレウィシア達も強大な闇に挑む事になる。戦地に立つ仲間同士の絆は決して忘れてはならぬ事だ」
    そう呟きながらも、手元にある月神の大賢王の書物をジッと見つめるマチェドニル。
    「決戦の時は近い。地上の運命を掛けた戦いの為にも、身体を休めておかなくては」
    リランは休息を取るべく寝室へ向かって行く。
    「……陛下を救う為にも、彼らと共に戦わねばならぬ。俺には、グラヴィル様の闘志がある」
    オディアンは決意を固め、リランに続いてその場を後にした。


    世界最南端に存在する孤島アラグ———人々の間では忘れられた島と呼ばれ、高い岩山に囲まれた地底遺跡の奥底に冥神ハデリアの魂が封印されている。全ての素材を集め終えたケセルはアラグの地底遺跡に辿り着く。遺跡の奥に設けられた大扉。太陽と月を象徴させる二色の光に覆われた大扉は、古代魔法による封印で閉ざされていた。ケセルが太陽の輝石と月の輝石を差し出した瞬間、光が消え、大扉がゆっくりと開かれる。太陽の輝石と月の輝石は、扉の封印を解くカギでもあったのだ。扉の向こうに広がるものは、中心部に巨大な光の四角錐が設置された大広間で、更に四角錐には幾つもの光の鎖で守られている。四角錐の中には、繭のようなものが入っていた。
    「ククク……とうとう見つけたぞ。我が主の魂を」
    そう、四角錐の中に存在するものが冥神ハデリアの魂だったのだ。ケセルはこれまで集めた素材———クレマローズ王国の教会と聖風の社に存在していた白銀の鍵、アクリム王国に存在していた青い石の鍵、その他各地で確保した様々な鍵で光の鎖の拘束を解き、再び太陽の輝石と月の輝石を取り出す。二つの輝石が大きな輝きを放ち、光の四角錐が消えていく。
    「フハハハ……主よ。待たせたな。いよいよ新たなる冥神として生まれ変わる時が来たのだ!」
    浮かび上がる光の繭を前に、ケセルは水晶玉を取り出してはペロリと舌なめずりする。水晶玉から瘴気が溢れ出し、一人の少年が姿を現す。黒髪の少年———クレマローズの王子ネモア・カーネイリスであった。ネモアにもレウィシア同様、大いなる太陽の力が秘められている。冥神ハデリアの魂の器であり、そして新たなる肉体として利用するためにネモアの中に存在する太陽の力を冥府の力で肉体共々完全なる闇に染めるという魔改造を施していたのだ。ケセルが三つの目を輝かせた瞬間、繭が開き、中から黒く揺らめく炎に包まれた魂———冥神ハデリアが姿を現す。


    ———冥魂となりし我が力の欠片よ、よくぞ我を蘇らせた。そしてそれが我の新たなる肉体とな———


    ハデリアの魂がケセルに語り掛ける。
    「ククク、器にするにはまだ力が足りぬか?いいだろう、もっと暗黒に染めてやる。こいつはいずれ我々と敵対する太陽の戦神に選ばれし王女の弟。闇に染まりし太陽に更なる力を与えるのも良かろう」
    ケセルはネモアの顔に触れつつも、ひたすら不敵に笑っていた。


    翌日の朝———世界各地の空は巨大な積乱雲に覆われ、激しい集中豪雨が降り注いだ。

    クレマローズ城では、アレアス王妃が収まらない鼓動の高鳴りの中で発作を起こして倒れてしまい、ベッドで安静にしていた。
    「王妃様に何があったというのだ……何か只ならぬ予感がする」
    トリアスはアレアスの容態が気掛かりという事もあり、外での雷鳴が響く豪雨といった悪天候ぶりを見て気分が落ち着かない様子であった。

    風神の村では雷と豪雨で村人全員が家内に避難しており、森の中では頻繁に落雷が発生していた。異常な程の雷雨にウィリーは何とも言えない不安を感じながらもノノアに七草粥を与えていた。
    「くそ、これじゃあとても外に出れそうにないな」
    ウィリーは外の様子を見るものの、集中豪雨によって村に洪水が起きていた。
    「ラファウス様、大丈夫かな」
    ノノアが心配そうに呟く。ウィリーも内心ラファウスの事が気掛かりであった。
    「ラファウスならきっと大丈夫だよ。風の神様が付いているからな」
    突然起きた集中豪雨と重なる不安を抑えつつも、ウィリーはノノアを安心させようと傍に寄り添った。

    ブレドルド王国でも雷を伴う集中豪雨によって住民全員が家内に避難していた。
    「参ったね。これではお買い物に行けそうにないよ」
    アイカの家。ベティが豪雨のせいで買い出しに行けず困っている中、アイカは何かを作っていた。ハンドメイドによるペンダントである。ロロはアイカの隣で気持ち良さそうに眠っていた。
    「あら、アイカ。何を作ってるの?」
    「スフレお姉ちゃんへのプレゼントだよ!こんどスフレお姉ちゃんと会った時に渡そうと思ってるの!」
    ベティはアイカが作ろうとしているペンダントを見て表情を綻ばせる。
    「まあ……本当にあのスフレという子を慕ってるのね」
    「うん!わたし、スフレお姉ちゃん大好きなの!こんどスフレお姉ちゃんに遊んでもらうんだ!」
    アイカの傍にある画用紙には、スフレの似顔絵が描かれている。しかも『だいすきなスフレおねえちゃん』という文字まで書かれていた。そして、スフレがアイカの元を去る時に一緒に遊んでもらうという約束を交わしていたのだ。


    ねえ、スフレお姉ちゃん。

    なーに?

    わたし、スフレお姉ちゃんと遊びたいな!また会った時にわたしと遊んでくれる?

    いいよ!今やる事が全部終わったら、このスフレちゃんがたくさん遊んであげる!

    わーいやったー!やくそくだよ!

    うん、約束する!


    「スフレお姉ちゃん……」
    アイカはスフレとの約束を思い出しながら、ペンダント作りを続けた。

    氷の大陸チルブレインでも集中豪雨に襲われていた。雪のみが降るだけで決して雨が降る事のない大陸でありながらも突然雨が降るという異常気象ぶりに、聖都ルドエデンに住むマナドール達は異変を感じていた。
    「一体何事ですの?この大陸に雨が降るなんてあり得ない事ですわ」
    神殿のバルコニーに佇んでいたデナは不吉な予感を覚える。
    「こんな時にリラン様はどうお考えになられるのかしら……どうかご無事である事を祈るばかりですわ」
    リランの安否が気になりつつも、デナは神殿内へ戻る。豪雨は止まる事なく降り続け、落雷が発生する。落雷は、チルブレイン最北端に聳え立つ氷山を破壊していた。

    トレイダではランの散歩をしていたメイコが豪雨の中、全力疾走していた。
    「ひいいいい!な、何なのよこの大雨はあああ!!」
    全身ずぶ濡れになりながらも、雨宿りで自宅に入るメイコ。
    「こ、こんな大雨が降るなんて聞いてないわよぉ……」
    雨に濡れたランが全身を振ると、メイコは濡れた衣服から着替えるついでに軽くシャワーしようと浴場に向かって行く。シャワーの最中、メイコはふと考え事をする。
    「何だか妙な予感がするのよねぇ。これからとんでもない事が起きそうというか」
    悪い予感が収まらないメイコは、シャワーを浴びながらも今後の商売の事を考え始めた。


    各地が集中豪雨による異常気象に苛まれる中、アラグの孤島からは紺色に輝く光の柱が立っていた。光の柱は冥神ハデリアの目覚めによって引き起こされた力であり、放出された冥神の力は大気に影響を与える程であった。光は消えていき、巨大な黒い球体が空に浮かび上がる。


    ———間もなくエクリプス・モースの時代が再び訪れる。その前夜祭として、我が影による最後の余興を楽しむとしよう。


    球体となった黒い影の姿が変化していき、三つ目の龍の姿へと変化していく。ケセルの分身となる黒い影が目覚めた冥神の力を受け、独立した意思を持った事で変化したものであった。


    ———さあ行け、奈落の龍と化した我が影よ。思うが儘に破壊の限りを尽くすのだ。


    奈落の龍———アビスドラゴンは豪雨の中、おぞましい声で咆哮を轟かせながらも空を飛び回る。黒く巨大な身体の周囲には闇の雷が迸っていた。
    奈落の龍燃え盛る炎に包まれる小さな城。次々と炎に焼かれていく人々。王族共々滅びの運命を辿ろうとしている一つの王国。炎から昇る黒煙は空を覆う程であった。


    ———どうだ?これでお前を拘束していた王国はこの世から消えた。お前は国王の行いに内心嫌気が差していたのだろう?尤も……お前と駆け落ちした人間もまた、自己満足のままに生きる愚かな輩であったがな。


    無惨にも焼き尽くされていく小さな城は、ライトナ王国であった。ライトナ王国にもケセルが求める素材が存在しており、ケセルはリティカの王女としての記憶を読み取り、素材を手に入れた際に城を焼き滅ぼしたのだ。


    「……くっ」
    母であるリティカの故郷の城が焼き滅ぼされる夢から醒めたロドルは、ケセルの嘲笑う表情を思い浮かべながらも長屋から出る。外は集中豪雨の真っ只中であった。
    「この雨は……いよいよ始まろうとしているのか」
    ロドルの頭の中からトレノの声が響き渡る。
    「どういう事だ」
    「奴の主だ。俺の主たる者と主の仲間達が挑んだ古の邪神……つまりケセルの主となる冥神が復活を遂げようとしているのだ」
    雷鳴が轟く激しい雨の中、ロドルは厚い積乱雲に覆われた空を見上げる。
    「俺が止めても、お前は行くのだろう?ロドルよ」
    ロドルは雨に打たれながらも、二本の刀を抜いては刀身を眺める。愛刀である覇刃は様々な素材との合成により、極限まで鍛え抜かれていた。
    「……例え何者であろうと、気に食わん奴は生かしておけん」
    刀を鞘に収め、ロドルは街の方へ向かって行く。


    賢者の神殿では、マチェドニルが冷や汗を掻きながらも賢人にレウィシア達を呼ぶように伝えていた。即座に駆け付けたレウィシア達はマチェドニルの様子を見て驚く。
    「皆の者よ、気を付けろ。何か恐ろしいものが近付いている」
    マチェドニルが感じ取ったものは、アビスドラゴンの闇の魔力であった。アビスドラゴンが賢者の神殿に向かっているのだ。
    「まさか……冥神!?」
    只ならぬ予感を覚えたレウィシア達は神殿から出る。豪雨が降る中、付近で落雷が発生する。
    「何なのよ一体。こんな酷い雨の中で戦わなきゃいけないわけ!?」
    スフレがぼやいた瞬間、全員が身構える。東の空から何かが飛んで来る。それは巨大な黒い龍———アビスドラゴンであった。
    「な、何だあれは!?」
    アビスドラゴンの姿を確認した一行が戦闘態勢に入った瞬間、アビスドラゴンの口から紫色の雷光が放たれる。雷光は森の中を抉り、大爆発を起こした。
    「うわああああっ!!」
    爆発の衝撃で吹っ飛ばされる一行。
    「グギャアアアアアアアアアアアアッ!!」
    アビスドラゴンは辺りを揺るがす程の激しい雄叫びを轟かせる。レウィシアは立ち上がり、真の太陽の力を解放させる。
    「レウィシア、気を付けろ。あのドラゴンからは凄まじい闇の力を感じる」
    リランの一言に黙って頷き、アビスドラゴンに挑もうとするレウィシアだが、空中にいるせいで直接攻撃を当てる事が出来ず、遠距離での攻撃を繰り出そうとする。
    「くっ、バケモノめ!」
    水の魔力を高めたテティノが水の魔法を発動させる。巻き起こるウォータースパウドの水竜巻に加え、ラファウスの風魔法による竜巻が荒れ狂う。二重の竜巻に飲み込まれるアビスドラゴンだが、闇の衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。更に口から吐き出される黒い炎がレウィシア達を襲う。
    「きゃあああ!!」
    「うくっ、闇の炎か……!」
    リランは光の防御魔法で援護しようとするが、黒い炎は防御魔法でも凌げない程の威力であった。アビスドラゴンが再び雄叫びを上げると口から黒い瘴気が湧き上がり、瘴気からは無数の黒い影が現れる。シャドーデーモンの群れであった。
    「あいつ、魔物を生み出す事も出来るのか?」
    アビスドラゴンが生み出したシャドーデーモンは一瞬で数え切れない程の数となり、一斉にレウィシア達に襲い掛かる。
    「邪魔な奴らだ」
    赤い雷を纏った神雷の剣でシャドーデーモン達を切り裂いていくヴェルラウド。スフレの魔法とオディアンの戦斧投げが加わり、一斉にシャドーデーモンの群れを打ち倒していく。
    「はあああっ!!」
    レウィシアは森の木を蹴って飛び掛かり、空中に漂うアビスドラゴンに向けて剣を大きく振り下ろす。斬撃は輝く炎の衝撃波を生み、アビスドラゴンの左手を斬り飛ばしていく。
    「グアアアアアアアアアッ!!」
    アビスドラゴンはうねるような動きをしつつもレウィシアに襲い掛かる。口から吐き出される紫色の雷光が地面を抉り、森全体を吹き飛ばす程の大爆発が起きる。
    「ぐっ……」
    爆発の衝撃で全身を焦がしつつ倒れるレウィシア。身体には僅かに痺れが残っていた。剣を手に立ち上がろうとするレウィシアだが、突然辺りが黒い霧に包まれ始める。アビスドラゴンが放った漆黒の霧であった。
    「うっ、視界が……!」
    漆黒の霧によって視界を奪われた一行は焦りの表情を浮かべる。
    「くそ、これも闇の力によるものか!?」
    霧の中、更なる大爆発によって大きく吹っ飛ばされる一行。霧によって何も見えなくなった視界の中、辺りを揺るがす咆哮が響き渡っていた。
    「こ、こんな卑怯な手でやられやしないわよ!」
    スフレが範囲攻撃による魔法で反撃に転じようとする。
    「待て、スフレ」
    背後から肩に触れ、止めに入ったのはヴェルラウドであった。
    「何よ、後ろから触らないでよ!」
    「黙って聞け。こんな霧の中、無暗に攻撃したところで返り討ちに遭うだけだ」
    冷静な態度でヴェルラウドが言う。
    「じゃあどうしろって言うのよ」
    「レウィシアの剣だ。もしかするとレウィシアの剣に宿る神の力ならこの霧を払えるかもしれん」
    ヴェルラウドのレウィシアに対する信頼ぶりにスフレは何処か腑に落ちない気持ちになりながらも、その言葉を受けて一先ずレウィシアに任せる事にした。
    「確かにこんな状況で我武者羅に挑むのは危険だ。レウィシア王女の剣に宿る神の力とやらがどれ程のものか存じぬが……先ずは奴に応戦出来る方法から切り開かなくては」
    そう言ったのはオディアンであった。
    「レウィシアー!あんたの剣で何とかしてよね!みーんなあんたの事信用してるんだから、頑張りなさいよ!」
    スフレが大声で呼び掛ける。その声を聞き取ったレウィシアは両手で剣を持つ。
    「私の剣……ヒロガネ鉱石に宿る神の力があれば……」
    レウィシアは剣を掲げ、心から念じる。


    我が剣に宿りし神の力よ。今こそ我が太陽の力と共にあれ———


    刀身が輝き、眩い黄金の光となって周囲に広がり始める。辺りを覆い尽くしていた漆黒の霧は白金の光によって浄化されていき、全員が視界を取り戻すと、無数のシャドーデーモンに囲まれたアビスドラゴンの姿が見える。ヒロガネ鉱石が生みし力は創生の神の加護による光であり、真の太陽の力と併せる事によって全ての闇を浄化させる聖光と呼ばれる白金の光を生み出したのだ。光を受けたシャドーデーモン達は苦しみながら溶けるように消えていき、アビスドラゴンが苦しみの雄叫びを轟かせる。
    「今だ!」
    レウィシアは飛び上がり、アビスドラゴンに渾身の一閃を振り下ろす。
    「グギャアアアアアアアアアアッ!!」
    身体を真っ二つに裂かれたアビスドラゴンがおぞましい声を上げる。両断された巨体が地面に落ちていくと、解けるように消えていった。
    「やったー!凄いじゃない、ヒロガネ鉱石ってやつが生み出した力?」
    スフレが歓喜の声を上げる。レウィシアは光る刀身を眺めつつも、駆け付けていく仲間達の姿を見る。
    「これが神の力……これさえあれば冥神にも……」
    自身の剣に宿る神の力の凄まじさを実感しつつも、レウィシアは剣を収める。雨はまだ降り続けていた。
    「まさかあんなバケモノが現れるなんてな。奴もケセルが生み出した魔物か?」
    「恐らくそうだろうが、あの黒いドラゴンは明らかに他のドラゴンには無いような、闇王に匹敵する程の力を持っていた」
    リランの返答にヴェルラウドは愕然とする。
    「だが、奴は闇の力を持つだけあって、完全なる光に弱かったのだろう。今レウィシアが放った光は太陽と神の力を併せ持った光。だからこそ奴は……」
    呟くようにリランが言葉を続けると、ヴェルラウドはレウィシアに視線を移す。
    「ヒロガネ鉱石であれ程の力が生み出せるのは、レウィシアの太陽の力があってこそなんだろうな。もし俺の神雷の剣にも……」
    ヴェルラウドは俯き加減で自身の剣を見つめる。もし神雷の剣にもヒロガネ鉱石の神の力を宿す事が出来れば、どれ程の力を生み出していたのだろうか?自分が操る赤い雷は古の戦女神が操る裁きの雷光だと聞く。つまり自分の力は神の力そのものなのだ。その力に更なる神の力を宿す事が出来たら、全てを守れるようになるかもしれない。複雑な思いを抱えつつも、ヴェルラウドは周囲を見回し始める。次の瞬間、ヴェルラウドの表情が凍り付いた。なんと、うっすらと輝く三つの紫色の瞳がレウィシアの背後に現れたのだ。
    「レウィシア、そこを離れろ!」
    ヴェルラウドが声を上げた瞬間、レウィシアの足元に黒い円が広がり始め、円から無数の黒い手が現れてはレウィシアを捕えていく。
    「レウィシア!」
    仲間達はレウィシアを救出しようとするものの、無数の黒い手に捕われたレウィシアは円の中に引きずり込まれてしまう。黒い円はレウィシアを引きずり込むと萎むように消えていき、浮かび上がる三つの瞳は巨大な黒い影に覆われ、影はみるみると巨大な龍———アビスドラゴンの姿へと変化していった。
    「こいつ……まだ生きてたのか!?」
    復活したアビスドラゴンはおぞましい雄叫びを上げながら闇の衝撃波を放つ。
    「きゃああ!!」
    「うわああああ!!」
    衝撃波によって吹っ飛ばされる一行。
    「貴様……レウィシアを何処へやった!」
    ヴェルラウドが立ち上がり、赤い雷の力を呼び起こしては神雷の剣を手に飛び掛かる。赤い雷を纏った一閃を繰り出し、地面に向けて振り下ろす。地を走る赤い雷は地面を抉りながらもアビスドラゴンの巨体を捉えるものの、反撃の雷光が襲い掛かる。
    「ぐああ!」
    大爆発を受けて倒されるヴェルラウド達。アビスドラゴンの放った紫色の雷光による爆発は、神殿の一部をも破壊していた。

    神殿内にいるマチェドニルと賢人達、そしてヘリオは地下に避難していた。爆発の衝撃は地下にも伝わる程であった。
    「クッ……凄まじい衝撃じゃ。まさかこれ程の敵が現れるとは」
    マチェドニルはベッドで寝かされているヘリオの身を案じていた。ヘリオは足の痛みに苦しみつつも、口を動かし始める。
    「……せめてこの足が動けばと思っていたが……奴らが挑もうとしている敵は、最早私では手に負えない次元の相手であろうな。口惜しい話だが」
    独り言のように呟くヘリオ。
    「出来る事ならわしも皆の力になりたいところじゃが、老いぼれてしまったこの身では戦地に立つ事もままならぬ。皆の無事をひたすら祈るばかりじゃ」
    マチェドニルはレウィシア達の無事を祈りつつも、テーブルに設置された水晶玉に映された戦いの様子を見る。だが、水晶玉に映し出された風景は、アビスドラゴンが放った漆黒の霧によって何も見えなくなってしまう。


    黒い円に引きずり込まれたレウィシアは、亜空間の中に立っていた。そこはケセルの魔力によって造られた魔の空間である。
    「此処はあの時の……」
    レウィシアの脳裏に、ケセルによる卑劣な罠と圧倒的な強さによって打ちのめされた忌まわしい記憶が蘇る。


    ———ククク、レウィシアよ。再びこのオレの世界に引きずり込まれた気分はどうだ?


    空間全体に響き渡るように聞こえるケセルの声に、レウィシアは怒りを滾らせる。
    「ケセル、何処にいる!今度こそ貴様を倒してやる!」
    剣を手に声を張り上げるレウィシア。


    ———フハハハ、神の力を手にしただけあって随分と威勢がいいな。奈落の龍と化した我が影を震撼させた事は褒めてやろう。だが……真の絶望はこれから始まるのだよ。


    そう言い終わった瞬間、辺りが眩い紫色の光に包まれる。数秒後に光が消えると、レウィシアは驚愕の表情を浮かべる。なんと、レウィシアの前に浚われたガウラ王とルーチェが立っていたのだ。
    「お、お父様……ルーチェ!?」
    何故こんなところに、と思いつつもガウラとルーチェに近付くレウィシア。
    「……レウィシア?お前はレウィシアなのか?」
    ガウラが問い掛ける。
    「お姉ちゃん……会いたかった……」
    ルーチェが寂しそうな声で言う。レウィシアは思わずルーチェを抱きしめようとするが、不意に足を止めてしまう。ガウラとルーチェから闇の力を感じ取り、偽物だと察したのだ。
    「……騙そうとしたのね。ふざけないで」
    即座に剣を構え、ガウラを斬りつけようとするレウィシア。
    「何をするつもりだ、レウィシアよ」
    険しい表情で身構えるガウラ。
    「黙れ!お父様の姿を利用しないで!」
    激昂しつつもレウィシアはガウラを切り捨てる。
    「がっ……レウィ……シア……何故だ……」
    深々と切り裂かれたガウラが倒れると、姿は溶けるように消滅していく。
    「お姉ちゃん……どうして?どうして王様を?怖いよ……お姉ちゃん……」
    ルーチェが怯えた表情でレウィシアを見つめる。潤んだ瞳から溢れる涙を見て躊躇するレウィシアだが、呼吸を整えて後退する。
    「……私は……あなたが知っているお姉ちゃんじゃないの」
    レウィシアは目を閉じたままルーチェの小さな体を斬りつける。
    「……痛い……痛いよ……どうしてこんな事するの……いやだよ……お姉……ちゃん……」
    溶けるように消滅していくルーチェの悲痛な声を聞いている内に、レウィシアは心に激しい痛みを感じた。目を開けた瞬間、レウィシアの視界に飛び込んできたのはサレスティル女王シルヴェラ、聖風の神子エウナ、アクリム王女マレンの姿であった。
    「お前は……助けに来てくれたのか?」
    「私は一体……此処は何処なの?」
    「レウィシア様……助けに来てくれたのね?お兄様は……お兄様は無事なの?」
    口々に話す三人を前に、レウィシアは必死で首を横に振る。
    「……いいえ。あなた達は偽物だという事は知っているわ」
    レウィシアは再び目を閉じ、叫び声を上げながらもシルヴェラを、エウナを、マレンを斬りつけていく。
    「何を……する……私は……」
    「ごあっ……ど、どうして……」
    「レウィシア……様……酷い……」
    三人の姿が溶けるように消滅すると、レウィシアは再び心に激しい痛みを感じると同時に、偽物を送り込んだケセルへの怒りを募らせる。
    「レウィシア……レウィシア……」
    「お姉ちゃん……」
    再びガウラとルーチェの声が響き渡る。周囲には、ガウラとルーチェの偽物が沢山の数となって立ちはだかっていた。そしてシルヴェラ、エウナ、マレンの偽物も次々と現れ始める。
    「うっ……うああああああああ!!」
    大量の偽物に囲まれる中、レウィシアは怒りと共に感情を爆発させる。掲げた剣から神の光が放出され、広がっていく光の中に飲み込まれた偽物達が浄化されていく。
    「レウィシア……レウィシア……レウィシアぁぁっ……」
    「お姉ちゃん……お姉ちゃあんっ……」
    「レウィシア様……お兄様ぁっ……」
    光に包まれる中、絶え間なく響き渡る偽物達の声。偽物だと頭で解っていても本物と同じ姿と声であり、自身の手で直接斬りつけたり、消し去ったりする事に抵抗を感じていた。そのせいで心の痛みが治まらない。だが、やらなくてはいけない。疼く心を抑えてでも。レウィシアは必死で自分に言い聞かせつつも、剣先に意識を集中させる。
    「我が真なる太陽と神の力よ。この忌まわしい空間を消し去れ」
    両手で剣を掲げ、剣先から発生する神の光。輝きを放ちながら昇る光の柱は空間に大穴を開けていた。


    その頃、漆黒の霧の中でアビスドラゴンと戦っていた仲間達は視界を奪われた状態で思うように戦えず、次々と繰り出される攻撃によって満身創痍となっていた。
    「くそ……このままでは」
    リランは回復魔法を掛けようとするものの、霧によって仲間の姿すら確認出来ない状況であった。
    「グギャアアアアアアアアアアアア!!!」
    突然響き渡るアビスドラゴンの苦悶の雄叫び。次の瞬間、漆黒の霧が晴れていき、辺りが再び光に包まれる。レウィシアの剣からの神の光であった。光によって霧が浄化されると、アビスドラゴンの身体からは光の柱が昇っていた。光の柱の中には、剣を掲げたレウィシアの姿があった。
    「あれは……レウィシア!?」
    仲間達が驚く中、レウィシアは光の中で剣をアビスドラゴンの脳天目掛けて投げつける。


    消えよ、忌まわしき暗黒の化身よ———


    アビスドラゴンの脳天にレウィシアの剣が深々と突き刺さると、辺りを眩い光で覆い尽くす程の巨大な光となって広がっていき、アビスドラゴンの巨体は浄化される形で完全に消滅していった。肉体を蘇らせた三つの瞳も光の中に消えた。
    「今度こそ倒した……か?」
    ヴェルラウドが辺りを確認する中、落ちていく剣を手にしたレウィシアが降り立つ。
    「何という光の力だ……レウィシア……」
    リランはレウィシアの力に驚きを隠せない様子であった。レウィシアは剣を手にしたまま仲間達の元へ歩み寄る。
    「レウィシア、やってくれるじゃないの!あんた一体何者なのよ!?」
    スフレが歓喜する中、レウィシアは険しい表情のまま剣を収める。
    「……戦いは始まったばかりよ。冥神はあんなものではない。みんな、必ず冥神を倒すわよ」
    ケセルへの怒りを心に秘めたまま、真剣な眼差しでレウィシアが言う。
    「ククク……流石だな。そう来なくては面白くない」
    突然の声に身構える一行。燃え盛る森の中、不敵な笑みを浮かべたケセルが立っていた。
    「ケセル……!」
    スフレの表情が一瞬で変化する。
    「オレが生み出した幻影を跳ね除け、奈落の龍と化した我が影を完全に消し去るとは見事なものよ。だが、これは最後の余興に過ぎぬ。今こそ我が主となる冥神は復活を遂げたのだからな」
    笑うケセルに一行が戦慄を覚える中、スフレが怒り任せに魔力を爆発させる。
    「これはこれは。小娘よ、母親の事が気になるのか?」
    スフレを嘲笑うようにケセルが問う。
    「黙れえっ!あんたは……あんたはお母さんを……!」
    「ククク……そんなに母親に会いたければ会わせてやってもいいぞ」
    ケセルが手にした水晶玉から溢れ出る瘴気と共に出現したのは、ズタズタに引き裂かれ、血塗れとなったレネイの死体であった。
    「お母……さん……」
    無惨な姿の死体となったレネイを前に絶句するスフレ。
    「残念だったな。レネイはもう死んでいる。必要な素材が集まり、計画が実行された今、こいつには最早何の価値も無い。所謂ただの無用なボロ雑巾だ」
    ケセルがレネイの死体を無慈悲に踏みつけると、スフレは怒りを頂点に滾らせる。
    「この……やろおおおおおおおおおおおおお!!!!」
    怒りに共鳴しているかのように、凄まじい魔力のオーラを燃やすスフレの周囲に波動が迸る。
    「スフレ、待ちなさい!」
    レウィシアが止めようとするものの、スフレはその言葉を聞かず、次々とケセルに渾身の魔法を放っていく。
    「うああああああああああああああああ!!」
    涙を流しつつ叫びながらも巨大な炎の玉を投げつけると、森一帯を吹っ飛ばす程の爆炎を巻き起こした。
    「ハァッ、ハァッ……」
    怒涛の魔法乱発にスフレは息を切らせる。怒りに我を失う程の勢いに、レウィシア達は言葉を失っていた。
    「そうか、死体だけでは満足出来ぬか」
    ケセルはスフレの眼前に姿を現すと、拳をスフレの顎に叩き付ける。頭を大きく仰け反らせ、血を噴きながら吹っ飛ばされていくスフレに放たれる紫色の光線。鮮血が迸り、表情を凍らせるレウィシア達。ケセルが放った光線は、スフレの左胸を貫いていた。
    「フハハハ、レウィシアよ。このオレを倒したければアラグの孤島へ来るがいい。我が主と共に歓迎してやるぞ」
    そう言い残し、去って行くケセル。左胸に大きな風穴を開けられ、倒れたスフレの目は瞳孔が開いており、光は失われていた。
    暁の離愁

    賢者マチェドニルよ。どうかこの子を……この子を預けて頂きたい。

    私は聖地ルイナスを治める者。この子を貴方に預ける事を選んだのは、近い将来訪れる災厄を予知しての事だ。この子は未来の勇者を救う力が備わった魔導師の力を秘めている。そしてそれを育てられるのは貴方しかいない。父親としてとても心苦しい決断だが、この子までも犠牲にするわけにはいかない。

    頼む。どうか、我が娘を……!


    十六年前———聖地ルイナスから来た魔導師ムルによって賢者の神殿に預けられた一人の赤子。マチェドニルはムルから赤子を託されていた。
    「何と愚かしい事よ……災厄の予知で実の子を余所者に預けるとは。しかもこの子の名前を教えもせずにな」
    赤子の名前を教えられないまま預けられたマチェドニルは一先ず神殿に戻る。賢者の神殿には、世界と魔法等の様々な知識を研究する学者として生きる賢人と呼ばれる者、生まれつき自身に備わる魔力に関する知識を習得してあらゆる魔法を駆使する賢者と呼ばれる者が住んでいる。賢人は日々研究に励み、賢者は訓練所で魔法の修行に励んでいた。
    「これはマチェドニル様!その赤ん坊は!?」
    「うむ、先程ルイナスの長たる者から預けられてな。全く理解に苦しむ話よ」
    マチェドニルが事情を説明すると、賢人達は唖然とする。
    「まあこうなってしまった以上、この子は私が面倒を見る事にする。どうか仲良くやって欲しい」
    「ハハッ!」
    訓練所を去るマチェドニルは、ぐっすりと眠る赤子の顔をジッと見つめる。
    「確かにこの子からは大きな魔力を感じる。あの男が言っていた未来の勇者を救う魔導師の力……天性の魔力だというのか」
    マチェドニルは赤子から秘められた魔力を感じ取っていた。赤子はスフレと名付けられ、賢者の神殿を治める大賢者であり、師であるリヴァンからスフレを未来の大賢者として育てるように告げられる。
    「未来には大いなる災厄が訪れる。その子を預けたルイナスの民も私と同様の予知をしたのだろう」
    リヴァンは未来に訪れる災厄の予知について話す。大いなる災厄は、闇王の復活と共に訪れる。復活した闇王を討つ為には魔を滅ぼす赤き雷の力を受け継ぐ者……つまり赤雷の騎士の力が必要となる。そしてスフレは、赤雷の騎士と共に闇王に挑む使命を受けた子になるという事を。
    「マチェドニルよ。後は頼んだぞ。どうか、その子を未来の大賢者に育ててくれ」
    妻子共々聖都ルドエデンに向かう事となったリヴァンは神殿から去り、リヴァンに代わって賢王として神殿を治める事となったマチェドニルはスフレを未来の災厄に挑む賢者として育てる事となった。物心ついた頃から勉強三昧で、厳しい魔法の訓練を重ねたスフレは僅か十歳で賢者としての実力を身に付けていた。賢王である自身の後を継ぎ、全ての賢人を統べる未来の大賢者になってもらう。この時は本当の目的を敢えて話さず、マチェドニルはスフレにそう言い聞かせていた。
    「ファイヤーボール!」
    スフレの杖から炎の玉が飛び出す。正面に立てられた数体の人形の顔に炎の玉を正確に当てるという訓練であった。炎の玉は次々と人形の顔に命中していく。
    「やったあ!これで炎の魔法は完璧だね!」
    嬉しそうにはしゃぐスフレの元に、紫色の髪を靡かせた褐色肌の少女がやって来る。
    「随分と順調のようね、スフレ」
    「あ、マカロ。あたし、とうとう炎の魔法をマスターしたんだよ!」
    マカロはスフレが預けられる三年前に賢人から拾われた孤児であり、スフレ同様マチェドニルによって賢者として育てられている少女であった。マカロはスフレの魔法によって顔部分が黒焦げになった数体の人形を見つめている。
    「ふーん、炎の魔法ねぇ……あんた、雷魔法は使えないんだっけ?」
    「うん。あたしの魔力は雷を操れる力はないみたい。賢王様がそう言ってたよ」
    「そう。だったら私の雷の力を見せてやるよ」
    マカロは魔力を集中させ、人形に次々と稲妻を落としていく。マカロには雷の魔力が備わっており、様々な雷魔法が得意であった。
    「うわぁ……あたしも雷魔法を使ってみたいなぁ。あたしは炎魔法だけじゃなく水魔法、地魔法、風魔法も使えるのに雷魔法は使えないなんてちょっと変だよね」
    スフレの一言にマカロは眉を顰める。
    「ふん。雷は私の専売特許よ。天性の魔力だか何だか知らないけど、あまり調子に乗るんじゃないよ」
    半ば対抗意識を燃やしているような物言いで去って行くマカロ。そんな中、マチェドニルが現れる。
    「スフレよ。そろそろ訓練だけでは物足りぬであろう。魔物との実戦に向かうぞ」
    「魔物と?」
    「お前の実力ならばこの辺りの魔物とも立ち向かえるはず」
    魔物との実戦は未経験であるものの、自信満々に頷くスフレ。
    「ちょっと待って!」
    そう言ったのはマカロであった。
    「賢王様、どうして私を差し置いてスフレにばかり目を付けるんです?私の方が先輩だし、実力だって……」
    「戯け!この子は天性の魔力が備わった未来の大賢者だ。お前は先輩としてこの子をサポート出来るよう、雷魔法を極めるのだ」
    マチェドニルの返答にマカロは納得がいかない表情を浮かべる。マカロは周りからスフレに並ぶ未来の大賢者として有望視されており、マチェドニルの後継者となる賢王を目指していた。自分の魔法の力を過信する余り負けず嫌いでプライドが高い事もあり、年下で後輩であるスフレをライバル視している上に賢者としての実力を追い抜かれてしまい、スフレがマチェドニルの御眼鏡に適う存在として見られている事に危機感を抱いているのだ。マチェドニルと共に魔物との実戦訓練に向かったスフレの背中を見ながらも、悔しそうに歯軋りをするマカロ。
    「クッ……私だって……!」
    苛立ちを抑えながらも訓練所に向かうマカロ。訓練所からは雷鳴による轟音が絶え間なく響き渡っていた。

    多くの魔物を自身の魔法で打ち倒す事に成功したスフレは、マチェドニルから黄色に輝く宝石が埋め込まれたブローチを与えられる。宝石は、スファレライトであった。
    「これは?」
    「スファレライトのお守りだ。災いから守る光の力が込められている。試練を成し遂げた褒美として受け取るがいい」
    「わあ、ありがとうございます!」
    スフレは嬉しそうにブローチを受け取ると、マチェドニルは穏やかな表情を浮かべる。そんな二人の様子を陰で見ていたマカロは険しい表情で拳を震わせていた。

    それから暫く経つと、賢者同士の魔法による手合わせが行われた。スフレとマカロも手合わせに参加する事になり、二人の魔法対決が行われる。
    「マカロ、本気で行くよ」
    「ふん、私を甘く見るんじゃないよ」
    激しくぶつかり合う双方の魔法。様々な雷魔法が襲い掛かる中、スフレは数々の属性魔法を駆使していく。
    「サンダーボルト!」
    迸る稲妻の中、スフレは杖を地面に突き立てる。
    「アーソンブレイズ!」
    次々と巻き起こる火柱はマカロを取り囲み、大きく広がっていく。
    「きゃあああああ!!」
    火柱を受けたマカロは身を焦がしつつ倒れ、スフレの勝利となった。
    「やったあ!あたしの勝ちね!」
    勝利に喜ぶスフレ。賢人達に運ばれて行くマカロは気を失っていた。

    翌日、神殿内が騒然とする。スフレとの手合わせに敗北し、寝室で眠っていたはずのマカロが突然神殿から姿を消し、消息不明となっているのだ。
    「マカロがいない!?どうして……?」
    「解らぬ。あやつ、まさかお前に負けた事で……」
    「えっ……」
    スフレは何とも言えない罪悪感に襲われる。自分に負けたショックで神殿から出て行ったのではないかという考えが浮かんでいたのだ。
    「マカロ……あたしに負けるのがそんなに嫌だったの?」
    マカロが自分に対抗意識を持っていた事を薄々と感じていたスフレはどうしようと思うばかり。賢人達はマカロの捜索を始めるものの、マカロの姿は何処にもない。時が経っても、マカロは神殿に戻って来る事は無かった。


    それから月日は流れ———スフレは数人の賢者と共に神殿を出て北の方へ向かっていた。賢者の神殿の北にはトリスという小さな村があり、村が何者かによって焼き討ちされたという知らせを聞かされ、マチェドニルの命令を受けて村の調査へ行く事となったのだ。
    「これは……」
    トリスの村は所々が焼かれており、人々の姿は何処にも無い状況であった。
    「一体誰がこんな事をしたって言うの!?」
    スフレが声を張り上げると、村の畑に雷が降り注ぐ。
    「スフレ……あんた、スフレなのね」
    現れたのは、マカロであった。
    「マ、マカロ!?」
    数年前に消息不明となっていたマカロの出現に愕然とするスフレ達。
    「ふん、他の賢者どもとご一緒だなんて随分偉くなったのね。クソ賢王の命令でわざわざ此処まで来たってわけ?」
    悪態を付くマカロの異様な雰囲気に、スフレは思わず身構える。
    「ねえマカロ、何があったっていうの?あの時の手合わせであたしに負けてから突然姿を消して、それから……」
    「ええ、それからずっと身を隠して一人で特訓をしていたわ。あんたじゃなくて、この私が真の大賢者である事を思い知らせる為にね」
    マカロは杖を掲げると、激しい稲妻が次々と降り注ぐ。稲光は紺色に輝く色であり、闇を象徴させる色となっていた。
    「何なのよその魔法?あんた、どうやってそんな力を手に入れたというの?」
    尋常ではないマカロの魔法の力にスフレが問い詰める。
    「何を寝ぼけた事を言ってるの?これこそ私の真の力よ。あんただって知ってるんじゃない?私は雷魔法の才能がある事を」
    スフレはマカロの操る紺色の稲妻が元々備わっていた魔力によるものとは思えず、更に問い詰めようとするが、マカロは再び紺色の雷をスフレの前に落としていく。
    「お喋りはここまでよ。スフレ、あんただけは私の手で消してやる。あんたがいるせいで、私は……!」
    「待って!どうして戦わなきゃならないのよ!?あたしは……」
    「黙れ!」
    マカロの全身が紺色のオーラに包まれ、激しい稲妻を呼び寄せる。スフレは魔力のオーラを身に包み、稲妻の攻撃を避けながらも地の魔法で岩の防壁を作る。
    「マカロ……あんたはずっとあたしの事を妬んでいたの?」
    岩の防壁で雷の攻撃を遮断しつつも、スフレは反撃に転じようとする。マカロが操る闇の雷は憎悪を象徴させるかの如く、次々とスフレに降り注いでいく。
    「あああぁぁっ!!」
    雷の直撃を受けたスフレが倒れると、更なる闇の雷がスフレに叩き込まれる。
    「ぐっ……」
    全身を焦がし、煙を出しながらも立ち上がろうとするスフレだが、身体が痺れてろくに動く事が出来なかった。マカロは唾を吐き捨て、憎悪が込められた目を向けながらスフレの元に歩み寄る。
    「何が天性の魔力だ。何が未来の大賢者だ!あんたなんか……あんたなんか!」
    スフレの背を足蹴にし、忌々しげに何度も踏みつけるマカロ。
    「おい、やめろ!」
    賢者達が一斉に止めに入るが、マカロの闇の雷によってあえなく一蹴されてしまう。
    「ふん、どいつもこいつも」
    マカロはスフレの脇腹に蹴りを入れ、杖を突き付ける。
    「……バカよ、あんた」
    スフレは口から血を滴らせながらも、そっと立ち上がる。
    「あたし達は賢者として生きる身なのに、競い合う必要なんて何処にあるの?」
    痺れが残る身体を必死で動かしながらも、マカロの肩にしがみ付いて顔を寄せる。
    「賢王様が何を思っているのか解ってるの!?賢王様は、みんなが支え合って戦う事を望んでいるのよ!あんたにはあたしに使えない力がある。それなのにあんたは……」
    「黙れ!私の前で臭いクチを開くな!」
    喚き散らすように暴言で返答するマカロにスフレは怒りを覚え、マカロを拳で殴り付ける。殴られたマカロは憎悪に顔を歪ませ、スフレを殴る。二人はいがみ合いながら激しく殴り合い、顔を近付けた状態で荒く息を付かせつつも睨み合っていた。
    「もう……あんたには何を言っても無駄なのね」
    スフレが口内に溜まっていた血をペッと吐き出すと、両者は距離を取る。
    「殴り合いはここまでよ。そろそろ終わらせてやる」
    マカロが魔力を高め、杖先に雷光のエネルギーを集中させる。スフレは杖を手に防御態勢に入ると、マカロは杖先から迸る闇の雷撃を放つ。
    「あああああああああ!!」
    闇の雷撃を身に受け、倒れるスフレ。服は既にボロボロになっていた。だがスフレはそれでも立ち上がろうとする。
    「まだやるっていうの?」
    ウンザリした様子でマカロが言い放つ。スフレは鋭い目を向けながらも、杖を手に魔力を高めていく。マカロが更に魔力を高めると、全身を覆う紺色のオーラが激しく燃え始める。
    「いい加減、そろそろくたばってしまえ!この私の手で……うっ!?」
    突然の吐き気に襲われ、胸を抑えながら膝を付くマカロ。
    「んぅっ……ぐぼっ」
    吐き気が抑えられず、マカロは前のめりの体勢で大量の血を吐き出して倒れてしまう。
    「マカロ!?」
    マカロの異変に思わず駆け付けるスフレ。
    「はぁっ……あ……か、身体が……痛い……苦しい……こんな事……」
    倒れたマカロは激しい苦しみと全身に響き渡る激痛に襲われていた。
    「マカロ、一体何が……?」
    スフレはマカロを抱き起こすものの、マカロはただ苦しむばかりであった。
    「……嫌よ……まだ……死にたく……な……い……私……は……っ……」
    必死で口を動かしながら何かを言おうとするマカロだが声を出す事も出来なくなり、そのまま息を引き取る。
    「マカロ……」
    マカロの突然死を目の当たりにしたスフレは放心状態となっていた。数年前に突然失踪し、闇の雷で村を焼き討ちにしながら現れたマカロは明らかに邪悪な雰囲気を放っていた。持ち前のプライドの高さで自分に嫉妬心を抱き、対抗意識を燃やしていた末にこんな形で道を外してしまったのは何故なのか?マカロの性格上の理由もあって決して良好な関係ではなかったけど、衝突して争い合うなんて望んでもいない事。ましてや死んでしまうなんて……。自分が此処にいるせいなの?もし自分がいなかったらあんな事にならなかったの?スフレは遣り切れない気持ちを抱きながらも、賢人達と共にマカロを手厚く葬る。
    「あたしには理解出来ないよ。ここまであたしを妬んで、殺しにかかるなんて……。あんたは本物のバカよ」
    立てられた墓にマカロの杖を添え、神殿に帰還したスフレ達は事の全てをマチェドニルに話すと、マチェドニルは表情を険しくさせる。
    「マカロ……何と愚かな事を……何故そんな事になってしまったというのだ」
    マカロの一件を聞かされたマチェドニルはやるせない気持ちのまま項垂れる。
    「スフレよ、どうか気を落とさないで欲しい。決してお前のせいではない」
    スフレの心中を察したかのようにマチェドニルが言う。神殿内が重苦しい雰囲気に包まれる中、スフレはマチェドニルから休息するように言われ、寝室へ向かった。それから数日間、スフレは魔法の応用の訓練に励むものの、気分は一向に晴れなかった。


    ある日、スフレは呼び出しを受けてマチェドニルの元へやって来る。
    「マカロの件も含めて少し前から思っていたのだが、どうやら闇王が蘇ろうとしているのかもしれぬ」
    「闇王?」
    「うむ。スフレよ。お前を賢者として育てていたのは、赤雷の騎士と共に闇王に挑む為でもあるのだ」
    マチェドニルは語る。近い将来、歴戦の英雄達によって倒された闇王が復活し、大いなる災厄が訪れる。闇王を討つ為には赤雷の騎士———赤き雷を継ぐ者の力を必要としており、スフレには赤雷の騎士と共に闇王に挑む使命があるという事を告げた。
    「つまり私がその闇王に挑む賢者、という事ですか?」
    「うむ。本来ならばマカロもお前と共にと思っていたのだが、あの子は自分に備わっていた力を過信しすぎたせいでプライドの高い性格に走ってしまった。それであんな事に……。せめてわしがもっとあの子の事を理解していれば……!お前が素直な性格に育ってくれたのが幸いだった……」
    マチェドニルは後悔の念に駆られながらも、両手を震わせていた。
    「賢王様。マカロがあんな恐ろしい力を持ったのは何故なのか解りますか?」
    マカロの闇の雷についてスフレが問う。
    「残念ながらわしにもよく解らぬ。マカロ自身に備わっていた未知の力なのか、それとも何らかの形で手にしたものなのか」
    「そうですか……」
    マチェドニルにも明確な答えが見出せない状況であった。
    「……もう一つ、いいですか?」
    「何だ?」
    「私は一体何者なんですか?天性の魔力が備わっているからといって、ずっと賢王様に育てられていたけど……」
    スフレは自身の存在について密かに気になっていた。幼い頃から魔法の勉強や訓練を受けながら育てられ、成長していくに連れて自分は一体何者なのか、自分には何故父や母と呼べる存在がいないのか、自分は本当にこの神殿で生まれた存在なのかと考えるようになったのだ。マチェドニルは言葉を詰まらせるものの、軽く咳払いをする。
    「……すまんが今はまだ言えぬ。だが、いずれ解る時が来る。今は使命に従い、赤雷の騎士と共にする賢者としての力を身に付けて欲しい。お前の力は、人を守る為の力だ。お前は……紛れもなく心ある人の子だ」
    そう言い残し、マチェドニルは去って行く。
    「賢王様……」
    スフレは何とも言えない気持ちのまま、その場に立ち尽くしていた。

    それから、使命を与えられたスフレは数々の厳しい修行を乗り越え、多くの高等魔法を習得した。更に月日が流れた頃に闇王が蘇り、マチェドニルの要請を受けたブレドルド王からボディガードとして任務を与えられたブレドルド兵団長オディアンと共に旅立ち、赤雷の騎士であるヴェルラウドとの出会いを果たし、数々の戦いに挑んだ。生きるか死ぬかの戦いを乗り越えていく中で新しい仲間達と出会い、そして闇王との戦いに挑み、勝利した。

    闇王との戦いの後、闇王を蘇らせたという災いの根源に挑む事となったスフレは旅の途中で知った故郷となる場所に降り立ち、顔も知らぬ母親と再会した。だが、邪悪なる存在によって母親を目の前で失い、そして———。


    「……う……」
    スフレが目を覚ました場所は、聖地ルイナスであった。自分自身の生まれた頃から過去の様々な出来事が夢となって現れ、夢の結末がはっきりしない形で目が覚めたのだ。
    「此処は……?あたしは一体?」
    スフレは今いる場所が故郷であるルイナスだという事を知ると、何故自分がこんなところにいるのか理解できず、記憶を辿り、今までの状況を振り返る。確か仲間達と共に恐ろしい力を持つ黒いドラゴンに戦いを挑んでいた。ドラゴンはレウィシアによって倒され、その直後に憎き敵ケセルが現れた。母の無惨な姿を見せつけられ、怒りのままにケセルに戦いを挑んだものの、その圧倒的な力に打ちのめされ、ケセルが放った光線に左胸を貫かれて———。
    「へえ……あんた、あいつに殺されたんだ?」
    突然、背後から聞こえて来る声。振り返ると、マカロが立っていた。
    「あんたは、マカロ!?」
    スフレは何故この場に死んだはずのマカロがいるのかと考えるが、これまでの出来事を改めて最後まで振り返った瞬間、ある答えが浮かび上がる。
    「あんた、もしかして自分がどうなったのか解ってないの?それとも、現状を認めたくないわけ?」
    嘲笑うように薄ら笑みを浮かべるマカロ。スフレは狼狽えつつも辺りを見回すが、マカロ以外誰もいない様子であった。
    「まさか、あの時であたしは……」
    見出せた答えは、自身の死であった。ケセルによって殺されたという事実を突き付けられたスフレは涙を溢れさせ、頭を抱えて蹲る。
    「そんな……こんな事って……あたし……うっ、あああぁぁぁぁあ!!」
    スフレが深い悲しみの叫び声を轟かせる中、マカロは残酷な笑みを浮かべる。
    「ハハハ、いい気味。この際だから最後に教えてやろうか。私が何故闇の雷を操れるようになったのかを」
    マカロが闇の雷を操れるようになったきっかけ———それは、ケセルとの出会いであった。


    神殿を脱走したマカロは大賢者に相応しい力を身に付けようと旅立ち、数年間に渡って世界中を流離っていた。旅の最中、マカロは荒地を彷徨っているうちに凶悪な魔物の群れに襲われてしまい、辛うじて魔物達を退けるものの、魔物の鋭い牙によって致命傷を負っていた。
    「がふっ……うっ……死にたくない……このまま死ぬなんて嫌……」
    脇腹からの出血が止まらず、血を吐きながら身体を引き摺るマカロの元に何者かが現れる。ケセルであった。
    「ほう……ただの迷子ではなさそうだな」
    ケセルは苦痛に喘ぐマカロを見下ろしながらも不敵な笑みを浮かべる。
    「た、助けて……お願い……あぁっ」
    マカロが助けを求めると、ケセルは乱暴に首を掴み、マカロの身体を持ち上げる。
    「いいだろう。その代わり実験させてもらう」
    ケセルはマカロを連れて黒い影の口の中に入り込んでいく。亜空間の中、ケセルはマカロの記憶を読み取り、鋭い爪が伸びた左手をマカロの身体に突き立てる。
    「ぎゃあああああ!!ああああっ……がっ、がはあっ!!」
    ケセルの左手から体内に闇の力を注ぎ込まれ、激痛に絶叫を轟かせるマカロ。身体から左手が引き抜かれると、マカロは蹲りながら苦しみ続けていた。
    「……これは失敗作だな。長くは持たぬだろう。出来損ないの失敗作など使い物にはならぬ。後は好きにしろ」
    ケセルによってマカロは亜空間から放り出される。マカロの身体は、ケセルに与えられた闇の力に耐えられる肉体ではなかったのだ。闇の力を利用する事による肉体への負担は大きく、スフレとの戦いの際に使用した闇の力の影響で肉体が蝕まれていき、そして自身の命を失う事になったのだ。


    「私はあいつに殺されたようなもの。けど、あんたもあいつに殺された。そういう意味で感謝しているわ。あいつにね」
    薄ら笑みを浮かべるマカロの表情はどこか切なげであった。
    「……感謝してるってどういう事よ」
    スフレが顔を上げ、止まらない涙で溢れさせた表情をマカロに向ける。
    「あんたはどうしてあたしを妬んだの!?あたしに負けるのがそんなに我慢ならなかったの!?本当はあんたと仲良くしたかったよ。見下した事もバカにした事もなかったのに……寧ろあんたの事を応援したかったのに……!」
    「黙れ!何においても恵まれてる奴に私の気持ちが解ってたまるか!」
    激昂するマカロ。スフレは立ち上がって拳を振るい、マカロを殴り倒す。その拳は怒りではなく、悲しみの力が強く込められていた。
    「だからバカだっていうのよ!」
    馬乗りの体勢でマカロを抑え付けながら、スフレは顔を近付けて更に言葉を続ける。
    「確かにあたしは周りに恵まれてる方だと思うわ。使命を受けて旅立った後も色んな仲間と出会えた。けど……あんただって道を誤らなければ、賢王様も認めて下さったのよ。賢王様は、あたしと共に力を合わせる事を望んでいた。あんたは……どうしてあんな事になったのよ……。あんな事にならなければ、あんたを頼りにしてくれる沢山の仲間と出会えたのに……」
    マカロの眼前で涙を零しつつも呼吸を荒げ、嗚咽を漏らすスフレ。
    「……どけ」
    スフレを押し退け、立ち上がるマカロ。
    「どんなに喚いたところでもう遅いさ。私はしょうがない性格だから、あんたとは相容れなかった。私がちゃんと親元で育てられていたら、こうならなかったかもしれないのに……」
    その言葉にスフレはマカロが孤児であった事を思い出すと同時に、言葉を失ってしまう。
    「死んだら私の親に会えるかと思ってたけど……何処を探してもいなかった。私を捨てた理由を聞こうと思ってたのに。今頃何処かでぬくぬくと生きてるのかな。それとも、既に生まれ変わったのかな」
    マカロは振り返り、歩き始める。
    「私はこれから親を探しに行く。時間のあるうちにね。死んだばかりのあんたとは違って、私は死んでから長く経っている。いつまでもこの世界には留まれないようだからね」
    そう言い残し、その場から去って行くマカロ。スフレは呼び止めようとするものの、声に出す事が出来なかった。マカロとの再会、そして知ってしまった自分の死という事実。今いるこの場所は死後の世界である事。スフレは共に旅をした仲間達の姿、自分を育てた人々の姿、旅の中で出会い、自分と心を通わせた人々の姿を思い浮かべる。
    「……みんな……ごめん……あたし……」
    止まらない涙を拭いつつも、スフレはその場にしゃがみ込み、再び嗚咽を漏らす。
    「ヴェルラウド……アイカ……ごめんね……」
    誰もいない中、悲しみに震えながら泣き叫ぶスフレの脳裏にはヴェルラウドと仲間達、そしてアイカの姿がずっと浮かび上がっていた。
    「セレア……セレア……」
    突然響き渡るように聞こえる懐かしい声。顔を上げたスフレが見たものは、ムルとレネイの姿であった。
    「……お父さん……お母さん……?」
    スフレは目の前に現れたムルとレネイの姿を凝視していた。


    雨上がりの真夜中———半壊した賢者の神殿の前に、マチェドニルを始めとする多くの賢人とレウィシア達が棺を取り囲む形で集まっていた。棺には無数の花と共にスフレの遺体が収められている。リラン、レウィシア、ラファウス、テティノ、オディアンが棺の中に花を添えていく。
    「ヴェルラウドは?」
    テティノが問うと、オディアンが肩に手を置く。
    「そっとしておけ。今は余計な事を考えるな」
    オディアンはヴェルラウドの心情を理解していたのだ。テティノはヴェルラウドの様子が気になりつつも黙って頷いた。

    ヴェルラウドは離れた場所でスフレのブローチを握り締め、大きな喪失感に苛まれながらも悲しみに暮れていた。
    「何故お前までも俺の前で……俺が守ろうと誓ったのに……お前までも……」
    スファレライトに滴り落ちる涙。悲しみの涙は止まらないまま、スファレライトを濡らしていく。ヴェルラウドの脳裏にスフレと過ごした過去の日々が次々と頭の中に浮かび上がる。いつも明るい調子でからかってきて騒がしかったけど、その天真爛漫さに何処か救われるものがあった。自分のせいで犠牲が出た事で自責の念に駆られていたところを助けてくれたのも、神の試練で自分を導いてくれたのもスフレであった。スフレがいたからこそ今の自分がいる。だからこそ今、スフレの力になろうとしていた。そんな時、スフレを目の前で失ってしまった。リセリア、シラリネを守る事が出来ず、スフレをも守る事が出来なかった。自分は何処まで無力なのだろう。神雷の剣が使えても、守りたい者を守る事が出来ない。こんな自分に一体何が出来るというのだろうか。止まらない喪失感と無力感を煽るかのように吹き付ける風。ヴェルラウドは涙で濡れたスフレのブローチをずっと眺めるばかりであった。


    何ていうか、あんたが持ってた方がいい気がするの。あたしの想いが込められたお守りだから。

    これからも、あたしを頼ってもいいのよ。あたしは、いつでもあんたに付いていくから……。


    「……くっ……うあああぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
    脳裏に繰り返して聞こえて来るスフレの言葉に、ヴェルラウドは悲しみのままに叫び声を上げ、その場に蹲る。
    「ヴェルラウド……」
    叫び声を聞いたレウィシアはスフレを想うヴェルラウドの悲しみの心を痛感し、涙を流す。同時にスフレと二人きりになった時に交わしたとある会話を振り返っていた。


    ねえ、レウィシア。

    何?

    人を生き返らせる力があればいいのにと思った事って、ある?

    ……あるわね。

    あ、ごめんなさい。この話、しない方が良かった?

    大丈夫よ。もしかして……あのアイカっていう子の事で?

    うん。あの子のお父さんとお母さんを生き返らせる事が出来たらなって思ったの。あの子、あたしに凄く懐いてるから……。

    スフレ……。

    でも、そんな力ってあるのかな……。もしあったら……。


    人を生き返らせる力は、自分も求めていた事があった。最愛の弟ネモアを生き返らせる事が出来たらどれだけ幸せな事なのか。もしそんな力が何処かに存在していたら、ネモアとスフレを生き返らせたい。そしてスフレを慕っているアイカの両親も生き返らせてあげたい。スフレの死を目の当たりにした時、改めて心の底から生き返らせる力があればと思ってしまった。けど、そんな力はきっと存在しない。例え存在していたとしても、それはきっと自然の摂理として許されない事なのだろう。現実は何もかもが理想通りになるものではない。これも運命として受け止めるしか他にないのだろうか。
    「スフレ……あなたの想いは本当によく解る。私だって人を生き返らせる力が欲しい。それが許されざる行いだとしても……」
    レウィシアは涙を拭い、空を見上げる。星一つない雨雲に覆われた暗い夜空を見ているうちに、心が大きな悲しみに支配されていくように感じた。


    夜が明けた頃、スフレの棺は追悼と共に賢人達によって葬られ、立派な墓が立てられる。墓の前には様々な花とスフレの杖が添えられる。レウィシア達はスフレの墓の前で黙祷を捧げるが、ヴェルラウドだけがその場にいなかった。
    「ヴェルラウド……大丈夫なのか」
    ヴェルラウドの様子が気になるテティノは居た堪れず声に出す。ヴェルラウドは、未だにスフレのブローチを手にしたまま神殿から離れた場所に佇んでいた。
    「俺に出来る事は、この命を捨ててでも戦う事だ。スフレ、もし俺までもお前のところへ行く事があれば……」
    ヴェルラウドはブローチに向けて抱えている想いを打ち明けると、不意に背中に雫が零れ落ちるのを感じた。雨が降っているわけではなく、樹木から滴り落ちている水滴でもない。思わず空を見上げるヴェルラウド。曇り空の中、僅かに朝日の光が見える空に人の姿が見えたような気がした。人の姿は三つ。そして、声が聞こえて来る。


    お父さん……お母さん……。

    セレア、お前は本当によく頑張ったよ。父親らしい事をしてやれなかったこの私を許してくれ……。

    セレア……ありがとう。最後にあなたと会えてよかった……。

    ううん、いいの。お父さん、お母さん……どうかあたしの願いを聞いて。あたしには———


    空に見えたものは、スフレを抱きしめている父と母の姿。父と母に抱かれ、涙を流しているスフレ。不意にスフレのブローチに視線を移すヴェルラウド。まるでスフレの心を象徴しているかのように、スファレライトは光り輝いていた。その光は、スフレの魔力のオーラの色である黄金の光であった。そして背中に零れ落ちた一滴の雫の意味を考える。


    スフレ……あの世で両親と会えたんだな。そしてお前は両親と共に、俺達の事を———。


    ヴェルラウドはスフレのブローチを握り締めた手で一筋の涙を拭いつつ立ち上がり、レウィシア達の元へ向かって行く。
    「ヴェルラウド!」
    「俺の事は心配するな」
    レウィシア達が見守る中、ヴェルラウドはスフレの墓の前に立ち、スフレのブローチを掲げながら黙祷を捧げる。黙祷を終えた瞬間、マチェドニルはヴェルラウドが持つブローチの存在に気付き、そっと声を掛ける。
    「ヴェルラウドよ、そのブローチは……」
    「ああ、賢王様から授かったお守りだって聞いている。神の試練に挑む時、俺に託したんだ。それからずっと……」
    「やはりか……。だが、そのお守りはずっと持っていて欲しい」
    ヴェルラウドが頷くと、静かに見守るレウィシア達の前にやって来る。
    「行こう。俺達にはやる事がある。俺はスフレの分まで戦う。付いてきてくれ」
    決意を固めたヴェルラウドの言葉に全員が頷く。マチェドニルは全ての魔力を託す形でレウィシア達に最高峰の回復魔法を掛け、ケセルや冥神ハデリアがいる孤島アラグへ向かって行くレウィシア達を見守っていた。


    スフレよ。お前までもが命を失うとは……。お前の事はマカロと共に、実の娘のように育てていた。

    もしマカロが道を誤らなければ、マカロ共々スフレの運命は変わっていたのだろうか。

    マカロが道を誤ったのは、親代わりであったわしの責任。もっとマカロの心を理解してやる事が出来たら、マカロも救われていたかもしれぬ。

    わしは未来の賢者を育てる者の器ではなかったのだ。だからこそ、お前には正しき心を持つ賢者を育てられる賢王としてわしの後を継いで欲しいと思っていた。それなのに……。

    ……今わしに出来る事は、皆の勝利を願う事。今現れようとしている冥神から世界を守れるのは、最早レウィシア達しかいない。

    わしに何か力になれる事があるとしたら、或いは……。


    マチェドニルはスフレの墓に祈りを捧げ、神殿から飛び立っていく二体の飛竜を見送った。
    橘/たちばな Link Message Mute
    2020/12/01 23:44:36

    EM-エクリプス・モース- 第八章「神の剣と知られざる真実」その2

    第八章の続き。その2は物語の核心的な部分に迫るスフレ編のストーリーです。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編 #創作 #ファンタジー #R15

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