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    EM-エクリプス・モース- 第八章「神の剣と知られざる真実」その1大賢者の手記揺れる想い失わない心ならず者の街炭鉱の奥で伝説の鍛冶職人雷霆の暗殺者大賢者の手記
    危ないところだったな。僕達がいなかったら確実に終わっていただろうね。

    そうだな。まだレウィシア達を死なせるわけにはいかない。我々に出来る事があれば……。

    ああ。世界を闇から救い、光ある未来を作る者だからな。

    ボルデ、フィンヴル、トトルスがいたらもっと力になれるかもしれないが……最早叶わぬ事か。

    どうだろうね。もしかしたら何処かで彷徨っているかもしれない。魂になっても、僕達とはつるもうとしない奴らだからな。



    響くような声。暗闇に包まれた空間には、緑、青、赤の三色の小さな光の玉が見えていた。声が聴こえ、光の玉が見えていたのはレウィシア、ラファウス、テティノの三人だった。
    「……うっ……」
    瓦礫の中、血塗れの顔となったレウィシアが目を覚ます。右腕を抑え、血を滴らせながらフラフラと辺りの様子を伺うと、テティノがラファウスを支えながら立ち上がろうとしていた。
    「テティノ!」
    レウィシアがテティノの元へ向かう。
    「レウィシアか……僕達は助かったのか?」
    テティノの問いに思わず周囲を確認するレウィシア。気が付けばそこは瓦礫だけが存在する都市部であり、闇王の城はケセルが放った冥魂の力によって跡形もなく吹き飛ばされていた。更に、瓦礫の中にはボロボロの姿で意識を失ったヴェルラウド、オディアン、ヘリオ、そして遠い位置で倒れているスフレの姿もある。
    「……どうか生きていて……」
    ヴェルラウド達が気掛かりのまま、レウィシアは更に辺りを捜索すると、血を流しながらフラフラと彷徨うように歩くリランの姿を発見する。
    「リラン様!」
    レウィシアが声を掛ける。
    「う……レウィシアか……?」
    声に気付いたリランがレウィシアの元へ向かおうとするが、倒れてしまう。
    「リラン様!しっかりして下さい!」
    レウィシアは血を流しながらもリランをそっと抱き起こす。
    「ううっ……レウィシアよ。皆は無事なのか?」
    無事とは言い難いヴェルラウド達の現状に、レウィシアは何も言えなかった。
    「奴の力は私の結界では歯が立たなかった故、死を覚悟していたが……生きている事が奇跡としか言い様が無い。もしや君の力が皆を?」
    「いえ……」
    レウィシアは記憶を遡る。


    ケセルが玉座の間に向けて放った巨大な闇のエネルギーが迫る直前、リランは全魔力を費やした光の結界を張る事に成功していた。だが、闇のエネルギーの力は結界に罅を走らせ、容易く破ってしまう。
    「ダ、ダメだ……私の力では抑えられない……!」
    リランの表情が絶望の色に変わると、レウィシアが飛び出す。
    「レウィシア!」
    レウィシアは真の太陽の力で闇のエネルギーを抑えようとしていた。リランが声を掛ける寸前、全てが黒い閃光に覆われていく。大爆発と共に全員が吹き飛ばされていく中、レウィシア、ラファウス、テティノから三つの光が飛び出していた。三つの光は魔魂の光であり、光が大きくなっていくと、レウィシア達の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。そして暗闇の中で三つの光が現れ、三人の男による会話が聴こえていた。レウィシア達は魔魂の力に守られ、城の外まで運ばれていたのだ。


    「まさか、君達が所持する魔魂の力が我々を助けたというのか?そんな事が……」
    レウィシアが知っている範囲内の出来事を全て話すと、リランは驚きの表情を浮かべていた。突然、ソルがレウィシアの懐から飛び出すと、エアロとスプラ、テティノとラファウスもやって来る。
    「レウィシア。やはり君も見たのか?三つの光を」
    テティノの問いに頷くレウィシア。
    「私とテティノ、そしてあなたは魔魂に選ばれし者。私達が見た三つの光は間違いなく魔魂の力。きっと魔魂が私達を守ったのでしょう」
    ラファウスの言葉に、レウィシアは思わずソルの姿を見る。ソルは寂しそうな様子でレウィシアを見つめていた。
    「私達が助かっても、ルーチェは……」
    ルーチェの姿が頭に浮かんだ瞬間、レウィシアの目から涙が溢れ出る。ケセルによってルーチェが浚われたという事態に、無力感に苛まれるレウィシア達。嘲笑うかのように吹き付ける強風。
    「う、うう……」
    意識を取り戻したスフレが起き上がる。頭部や口からは血を流していた。
    「あたし、生きてるの?みんなは……」
    スフレは痛む頭を抑えつつ、辺りを確認しようとする。
    「スフレ!」
    スフレに気付いたレウィシア達が駆け寄る。
    「あんた達……リラン様も?ねえ、あたし達どうなったの?ヴェルラウドは?オディアンは?」
    スフレが状況を問うと、リランは倒れているヴェルラウド、オディアン、ヘリオの姿を発見する。
    「いかん!彼らも助けなくては」
    リランはヴェルラウド達の元へ向かって行く。すぐさま回復魔法を掛けようとするものの、リランの魔力は既に底をついていた。慌てて生死を確認するリラン。三人とも辛うじて生きていたが負傷が酷く、ヘリオは両足に痛々しい程の深い傷を負っていた。
    「な、なんて酷い傷……」
    レウィシアはヘリオの両足の傷に思わず口を覆う。
    「ヴェルラウド!オディアン!あたしの力で何とか……!」
    倒れているヴェルラウド達に水の雨が降り注ぐ。スフレの水の魔力による回復魔法ヒールレインであった。ヴェルラウドとオディアンの負傷は回復したものの、ヘリオの両足の傷には完治に至る程の効果は現れず、三人の意識は戻らないままであった。
    「嘘でしょ……あたしの魔法では完全に治せない程の負傷だっていうの?」
    再びヒールレインを掛けようとするものの、魔力を全て使い果たしていた。自分の力では救えない事に落胆するスフレに、レウィシアがそっと声を掛けようとする。
    「慰めなんていらないわよ!」
    苛立った様子でレウィシアの手を払い除けるスフレ。
    「な、何なの?別に慰めるとかそういう……」
    「うるさいわね!大体あんたがあの時早くとどめを刺していたらこんな事にならなかったんじゃないの!?」
    攻撃的な態度で責めるスフレにレウィシアは思わず言葉を失う。
    「おやめなさい!」
    ラファウスが割り込んでスフレの前にやって来る。
    「スフレ。レウィシアに謝りなさい」
    「何よ!子供のくせに命令のつもり!?」
    「私はこれでも二十年は生きている身です。言動次第では容赦しませんよ」
    「はあ?あんた、そんなナリしててあたしよりも上なの?」
    ラファウスとスフレが口論している中、レウィシアは項垂れ、涙を流す。
    「いいのよ。ラファウス」
    ラファウスはレウィシアの涙を見て驚く。
    「スフレの言う通り、私が甘かったの。真の太陽に目覚めても、非情になり切れない甘さが残っていたから……」
    スフレの言う通り、あの時闇王に早くとどめを刺しておけばこんな事態にまでは行かなかったかもしれない。けど、闇王が抱える悲しみの心を感じたせいで自分の中に存在する『救いたい気持ち』が抑えられず、とどめを刺す事が出来なかった。同時にそれが自分の甘さであり、父ガウラからの『戦士たる者、敵対する者や魔物といった害をもたらす存在に余計な情を抱いてはならない』という言葉、セラクとの戦いを重ねた後でのラファウスからの『呪われた運命から救う為にも、あえて非情になるしかない』という言葉がレウィシアの心に重く圧し掛かって来る。
    「レウィシア……忘れたのですか。あなたの戦いは、決して罪ではない正しい戦いであると」
    ラファウスが叱るように言う。
    「ごめんなさい……みんな……私のせいで……うっ……うう……」
    その場に頽れ、泣き崩れるレウィシア。
    「そうやってメソメソしたところで許されると思ってるの?」
    スフレは更に責め立て、レウィシアに掴み掛ろうとする。ラファウスはスフレに不信感を募らせ、無言で睨み付けていた。
    「おい、やめろよ」
    テティノがスフレを抑える。
    「ちょっと、離しなさいよ!このハンサム男!」
    ジタバタともがくスフレを必死で抑えるテティノ。
    「いい加減落ち着け、お前達!」
    リランが真剣な表情で怒鳴りつける。
    「誰が悪いとか、誰のせいだとか、仲間同士で責め合うのはやめろ。大事なのはこれからだ」
    リランの一言でスフレはひとまず落ち着きを取り戻す。だがレウィシアはまだ泣き崩れていた。
    「一先ず此処から去るぞ。ヴェルラウド達を運んでくれ」
    スフレとテティノは意識が戻らないヴェルラウド、オディアン、ヘリオをそっとリランの元へ運んで行く。ラファウスは気遣うように傍でレウィシアを見守っていた。
    「レウィシア……大丈夫か?」
    リランが声を掛けると、レウィシアは涙を拭い、黙って頷く。一行全員が揃うと、リランは念じながらリターンジェムを天に掲げる。一行の姿が消えると、嵐のように強い風が辺りに吹き始めた。

    リターンジェムによるワープ移動で賢者の神殿へ帰還した一行。リランは事の全てをマチェドニルに報告し、負傷したレウィシア達は賢人の回復魔法による治療を受け、マチェドニルは意識が戻らないヴェルラウド、オディアン、ヘリオの治療に専念する。マチェドニルによる最高峰の回復魔法によってヴェルラウド達は意識を取り戻し、リランから事情を聞かされる。
    「正直もう終わりかと思っていたが、奇跡的に助かったんだな」
    完治したヴェルラウドが呟くように言う。
    「だがヘリオ殿は……」
    オディアンが振り返ると、リランとマチェドニルがベッドで寝かされているヘリオの両足に回復魔法を掛ける。
    「どうだ?」
    「……くっ、ダメだ。動かす事すら出来ぬ」
    ヘリオの両足は外傷は回復したものの、粉砕骨折や靱帯断裂等の内部の損傷が激しく、最高峰の回復魔法でも完治が不可能な状態となっていた。
    「どうやら、回復魔法でも治療不可能な程の損傷となっているようだ。これでは最早……」
    落胆した様子で言うマチェドニル。そこにレウィシア達がやって来る。
    「ヴェルラウド!オディアンも気が付いたのね!?」
    駆け寄るスフレを横に、レウィシアはヘリオの様子を見る。
    「フン……レウィシアか。このザマではもうこれ以上お前達の力にはなれぬようだ」
    口惜しそうにヘリオが言うと、レウィシアは事の重大さに項垂れてしまう。
    「ごめんなさい、ヘリオ。私のせいであなたまでも……」
    詫びるレウィシアだが、ヘリオは鋭い目を向ける。
    「愚か者が。いつまで甘さに捉われるつもりだ。倒すしか他無い敵に同情までするとはな」
    ヘリオが叱責する。レウィシアは項垂れたままであった。
    「私と戦った時、お前はこう言ったな。無益に人の命を奪う事は、己の太陽が許さぬと。だが、救う術がない者の命を奪う事は決して無益ではない。お前が戦った相手は、心を捨てた者に成り果てたから命を奪うしか他に無かった。それでも太陽が許さぬというのか?」
    言葉を続けるヘリオだが、レウィシアは何も言い返せないまま無言で応じる。
    「リランから事情は聞いている。頭を冷やせ。これ以上大切なものを失いたくなければな」
    レウィシアは項垂れたまま、黙ってその場から去ってしまう。
    「レウィシア……まさかルーチェの事で……」
    ラファウスはレウィシアが立ち直れない理由は、自分の甘さによる判断が間違っていたばかりか、ルーチェを守れなかった悲しみが大きすぎたのではないかと考えていた。自分の弟のように、子供のように可愛がっていたルーチェがケセルに浚われてしまった。真の太陽の力を手に入れても守るべきものを守れなかった無力感に打ちのめされている。そんなレウィシアの心を考えると、自身の無力さに苛立ちを覚える。
    「レウィシアの事はそっとしてやってくれ。一先ず今後の事を考えなくては」
    冷静にリランが言う。
    「実はお前達が闇王の元へ向かっている間、地下で興味深いものを見つけたんじゃ。リヴァン様が遺した手記のようじゃが」
    リランの父となる先代大僧正であり、マチェドニルの師匠の大賢者でもあるリヴァンの手記———それは神殿の地下の奥深くに眠る書庫から発見された手帳であった。手帳の内容は文字が擦れていて読めない部分が多いものの、辛うじて読めるページの部分にはこう書かれている。


    世界には、神の遺産と呼ばれるものが幾つか存在する。その一つとなるヒロガネ鉱石は地上を創造した神が作りし伝説の鉱石であり、神の光が宿ると言われている。もしヒロガネ鉱石の神の光を武器に宿すとならば、間違いなく伝説の鍛冶職人の腕が必要になるだろう。伝説の鍛冶職人は世界最大の商業都市トレイダに住む職人の間では有名であり、中には伝説の鍛冶職人に憧れて鍛冶屋を志望する者も存在する程だった。伝説の鍛冶職人とは直接お目に掛かる事は出来なかったが、その血筋は代々受け継がれ、今でも何処かに血筋を継ぐ者が存在しているらしい。そして旅の途中で訪れたならず者が住む闇の都市ラムスの住民の間では、様々な鉱石が発掘されているザルルの炭鉱の奥深くに太古の遺跡が存在しているという噂だ。もしかするとそこにヒロガネ鉱石が———。


    マチェドニルは更にページを捲り、読める文字の部分を音読する。


    四つの魔力を司るルイナスの民は、月の神のしもべ。ルイナスの民が守る月神の神殿には、世界の全てを知る者が封印されている———。


    「ルイナスだと?確かにルイナスに『月の輝石』と呼ばれる神の遺産が封印された聖地だと言われているが……世界の全てを知る者とな?」
    世界の全てを知る者の存在は初耳であったリランが興味深そうな表情を浮かべる。
    「神の光……そいつがケセルのあの力に対抗出来るものだったら……」
    ヴェルラウドがふと考え事をする。
    「マチェドニル殿。父の手記を預からせてくれ」
    快くリヴァンの手記をリランに手渡すマチェドニル。
    「ルイナス……もしかしたらそこにお父さんとお母さんが……」
    生き別れの両親の生存が気になっていたスフレは思う。未来の災厄を予知してという理由で自分を賢者の神殿に預けた魔導師の父。顔も知らない父と母は今頃ルイナスにいるのだろうか。そして自身は神の遺産の一つである『月の輝石』を守るルイナスの民族の子孫であり、これからの戦いに立ち向かうには故郷となるルイナスへ向かう必要があるのだろうと考える。
    「賢王様。私、ルイナスへ向かいます。お父さんとお母さんの事が気になるから……」
    スフレは真剣な表情でマチェドニルに言う。
    「解っておる。スフレよ、お前は聖地ルイナスの民であるが故、全ての使命を終える事が出来たらルイナスへ帰らねばならぬだろう」
    スフレは複雑な心境で黙り込んでしまう。
    「お前の父はこう言っていた。『この子を貴方に預ける事を選んだのは、近い将来訪れる災厄を予知しての事だ。この子は未来の勇者を救う力が備わった魔導師の力を秘めている。そしてそれを育てられるのは貴方しかいない』とな。最初は身勝手な理由だと思ったが、もしかするとあの後、ルイナスに何かが起きていたのかもしれぬ」
    その言葉にスフレは驚きの表情を浮かべる。
    「何にせよ、我々はルイナスへ向かわねばならぬだろう。神の光が宿るヒロガネ鉱石というのも気になるところだが……」
    リランが手記を眺めながら考える。
    「よし、ここは二手に分かれて行動するか」
    手記を閉じるリラン。次の旅の目的は、二組に分かれての行動で神の光が宿るヒロガネ鉱石を手に入れる事と、聖地ルイナスの民が守る月神の神殿に封印された世界の全てを知る者と会う事であった。ヒロガネ鉱石による神の光をレウィシアの剣に宿す事が出来れば、冥神の力そのものであるケセルを倒せるかもしれないと考えていたのだ。
    「でも、二手で分かれて行動するにしてもどうすれば?空飛ぶ絨毯の使い手は動けないし」
    テティノが問うと、マチェドニルが軽く咳払いをする。
    「その点なら心配無用じゃ。これを受け取るがいい」
    マチェドニルが差し出したのは、銅色の笛であった。
    「これは飛竜を呼び出す笛じゃ」
    銅色の笛で呼び出せる飛竜は、スフレが移動用に利用しているライルの兄弟となる飛竜であった。
    「あー。それってカイルの笛?まさかこんなハンサム男がカイルを操るの?」
    スフレはテティノをジッと見る。
    「侮るな。僕だって母国の飛竜を手懐けているから素人ではない。賢い奴だったら良いが」
    「ふーん、そう。賢王様が手懐けた子なんだからちゃんと丁重に扱いなさいよ」
    「そんな事は君に言われる間でもない」
    テティノはカイルと名付けられた飛竜を呼び出す銅色の笛を興味深そうに眺めていた。
    「では、ルイナスへ向かうのは私とスフレは勿論、ヴェルラウドとオディアンで……」
    「リラン様。悪いが俺はヒロガネ鉱石を探しに行く事にする」
    ヴェルラウドの一言にスフレが愕然とする。
    「ちょっとヴェルラウド、何言ってんのよ!?あたし達と行かないってどういうつもり?」
    全力で反論するスフレだが、ヴェルラウドは俯き加減で言葉を続ける。
    「……すまないが、今回はお前達と別行動で行きたい。ヒロガネ鉱石の神の光とやらで、自分の可能性を確かめたいんだ」
    「な、何なのよそれ!今までずっと一緒にいた面子と行かないなんて、何様のつもりなの!?」
    スフレはヴェルラウドの胸倉を掴み、眼前まで顔を近付けて問い詰める。
    「……手を離せ。顔近付けるな」
    顔を近付けるスフレに対して、苛々した様子で目を逸らしながらもヴェルラウドが返答する。
    「ふざけるのも大概にしなさいよ!あんた、カッコ付けて自分の可能性を確かめたいとか言っておきながら、レウィシアと一緒に行きたいのが本音なんでしょ!?そんな魂胆、絶対に許さないわ!」
    至近距離のまま、唾を飛ばす程感情的に怒鳴りつけるスフレに、ヴェルラウドは思わずスフレの顔を引っ叩いてしまう。
    「ヴェルラウド!」
    突然の出来事に慌てるリラン。スフレは叩かれた頬を抑え、涙を流しながらヴェルラウドを睨み付ける。
    「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。俺に対してどういう気持ちを抱いてるのか知らんが、これ以上俺の事で面倒な事させるんじゃねぇ!」
    荒々しい口調でヴェルラウドが怒鳴る。
    「……何よ……バカァッ!」
    スフレは涙声で怒鳴り返すと、その場から飛び出してしまう。
    「待て、スフレ!」
    後を追おうとするリランとマチェドニルだが、ヴェルラウドが立ち塞がる。
    「ヴェルラウド、スフレが……」
    「追わなくていい。暫くあいつの顔は見たくない」
    「しかし……」
    「放っておいてくれ!俺はもう……女と特別な関係は持ちたくないんだ」
    ヴェルラウドは項垂れながら、拳をわなわなと震わせる。かつて自分に好意を抱いていた異性は、自分の前で失ってしまった。自分にとって守るべき存在であり、そして失ったのは自分のせいだった。その事が心の傷となり、内心ではスフレと仲間以上の特別な間柄を持つ事を避けていたのだ。
    「ヴェルラウド、君は……」
    リランはヴェルラウドの心情を察し、何も言えずに立ち尽くしてしまう。オディアンはヴェルラウドの様子を気遣いながらも黙って見守るばかりであった。


    その頃、神殿の外で一人佇んでいるレウィシアは掌にソルを乗せ、様々な想いを馳せながら顔を寄せる。レウィシアは自身の軌跡を振り返りつつ、与えられた使命について考えていた。弟ネモアの死後、ケセルによって浚われた父ガウラを救う為に旅立った。旅の最中、ラファウスやテティノといった同じ魔魂の適合者となる仲間と出会い、アクリム王国ではケセルの卑劣な罠に踊らされるまま人々の命を奪ってしまった贖罪として、ケセルに浚われた大切な人々を救い、世界を守る使命を果たす事をアクリム王と約束した。そして今ある命は、テティノの命の半分を代償にした事によって救われた命。全ての邪悪なる存在に立ち向かう為に目覚めさせた自分の中の真の太陽。それに全てを託して犠牲になる事を選んだ、太陽の聖地を守るサン族の人々。真の太陽と戦神の神器、仲間達の心を胸に、太陽に選ばれし者として戦うと誓った。


    そう、自分にはまだ甘さが残っていたのだ。倒さなくてはならない敵であるにも関わらず、非情になり切れない。そして『哀れな存在』だから『救いたい』という同情心を抱いてしまう自分の甘さ。それが乗り越えるべき一番の弱さだ。

    全てを救う為には、甘さを完全に捨てなくてはならない。捨てるべきものを捨て、乗り越えるべきものは乗り越えなくては、真の太陽があっても全てが救えないのだから。


    「ルーチェ……ごめんね。私のせいであなたまでも……。でも、必ず助けてみせる。私は絶対に逃げないから……絶対に負けないから……!」
    レウィシアは自戒を込めて、両手で刃を握り締める。大量の出血をものともせず、刃を握り締める両手の力は強くなっていく。
    「……あああぁぁぁぁぁああっ!!」
    両手から止まらない血を溢れさせながらも、レウィシアは涙を流しながら咆哮を上げる。同時に、レウィシアの全身から輝く炎のオーラが燃え上がる。
    「……何やってんのよあいつ」
    イザコザで神殿から出たスフレは、咆哮を上げているレウィシアの姿を見つけて立ち止まる。レウィシアはスフレに気付く事なく、刃を握り締めながらオーラを燃やしつつ叫んでいた。
    「……バッカみたい。何がしたいのよ」
    スフレは心の中で悪態を付き、森の方へ走り去っていった。
    揺れる想い

    誰がそんな風に思うんだよ。お前には寧ろ感謝してるよ。試練の時も俺を助けてくれたんだからな。


    自分に対するヴェルラウドの言葉が頭に過りながら、森の中を駆け出すスフレは不意に躓かせ、転倒してしまう。
    「ったぁ……」
    左足を擦り剝き、八つ当たりするように石ころを蹴っ飛ばすスフレ。溜息を付きながらもその場に座り込むと、目から再び涙が浮かび上がった。
    「はぁ……何やってんだろう、あたし」
    スフレはヴェルラウドに叩かれた頬を抑えながら、涙を溢れさせる。ヴェルラウドとレウィシアの関係性を疑う余り、苛立ちを募らせた上に嫉妬心を剥き出しにしてしまい、ヴェルラウドと衝突して神殿から飛び出してしまった。同時にヴェルラウドの自分に対する本当の想いについて考え込んでしまう。
    「……やっぱりあたしなんてただの鬱陶しいだけの女でしかないのよね。あたしよりも、レウィシアの方がよっぽど魅力的だものね。レウィシアはお姫様だし、顔のいい騎士様のお相手がお姫様だと絵になるんだから」
    膝を抱え込み、ただ一人森の中で落ち込んでいる自分という状況となったスフレは惨めな気分になってしまう。自分が招いた事とはいえ、正直今の気分では戻りたくない。そんなスフレを嘲笑うかのように、僅かに雨が降って来る。
    「……試練の時だって感謝してるとか言っておきながら、内心鬱陶しいと思ってたんじゃないの」
    小雨が降る中、スフレは足元の小石を徐に投げつける。スフレは更に惨めな気分に陥り、嗚咽を漏らし始める。その時、一匹の犬が鼻を鳴らしながらスフレの元へやって来る。
    「……何?食べ物は持ってないわよ」
    犬はスフレに擦り寄っていく。首元には粗末な首輪が付けられていた。
    「ロロー!どこなの?ロロ!」
    何処からか聞こえてくる少女の声。犬はその声に反応し、ワンワンと吼え始めた。
    「あ~、こんなところにいた!ロロ!」
    ロロと呼ばれた犬はシッポを振りながら少女の元へ駆け付ける。外見では十歳前後だと思われる幼い少女であった。
    「あなたが飼ってる犬?ダメじゃない、目を離しちゃ。こんな森の中で迷い込んだりしたら魔物に食べられちゃうわよ」
    スフレが少女に軽く叱る。
    「ごめんなさい……お散歩してたら、この子がいきなり走り出したから……」
    少女は申し訳なさそうに俯く。
    「あーもう!そんな顔しないで!今度から気を付ければいいんだから!」
    スフレは少女に近付き、安心させるように笑顔を向ける。ロロはシッポを振りつつもスフレの足元に鼻を寄せていた。
    「あは、可愛い!人懐っこいのね」
    足元にいるロロを見て心が和んだスフレはそっと撫でる。
    「ありがとうお姉ちゃん、ロロを見つけてくれて」
    少女が礼を言う。
    「いいよ、お礼なんて。あたしが此処にいたのを、たまたまこの子が見つけただけなんだし」
    ロロは鼻を鳴らしながら少女の足元へ向かう。スフレは少女の背丈に合わせるようにしゃがみ込み、そっと顔を寄せる。
    「ところで、あなたは何処の子?」
    「ブレドルド王国だよ」
    「よかったらあたしがお家まで送ってやるわ!この辺は魔物がいるし、小さい子が来るようなところじゃないから」
    少女を家まで送る事にしたスフレは少女と手を繋ぐ。
    「あたしはスフレ。あなたは?」
    「わたし、アイカ」
    スフレはアイカと手を繋いだままロロと共に森を抜け、ブレドルド王国へ向かって行った。


    一方、神殿ではマチェドニルと多くの賢人がスフレを探していた。が、スフレは既に神殿から飛び出していた故、神殿内からは見つける事は出来なかった。
    「スフレよ、こんな時に何処へ行ったというのだ。ならば……」
    マチェドニルは一呼吸しつつ静かに念じる。精神を集中させる事で半径数キロ程の範囲内に存在する魔力を感じ取る能力であり、スフレの魔力を探っているのだ。


    ヴェルラウドは、ぼんやりとした様子で椅子に座っていた。その隣には、腕組みをしたオディアンが座っている。ベッドの上で両足の痛みに喘ぐヘリオ。その様子を黙って見守るテティノとラファウス。リランはスフレの事を気に掛けつつも、ヴェルラウドの傍でリヴァンの手記を眺めながら考え事をしていた。
    「……なあ、オディアン」
    「何だ?」
    「正義って、何なんだろうな。お袋と親父の戦いは……本当に正しかったのかな」
    ヴェルラウドが俯き加減に呟く。ヴェルラウドの心には、闇王の『人間の愚かな正義のままに災いを呼ぶ者と認識され、そして滅ぼされた』という言葉が引っ掛かっていた。邪神によって生み出された種族とはいえ、父と母を始めとする人間の英雄達が世界の平和を守る使命と正義に従い、闇を司りし者を災いを呼ぶ存在として根絶やしにする事を考えなければ闇王達の運命、そして自分の運命は違っていたのではないかという考えが頭から離れないのだ。
    「エリーゼ様やグラヴィル様の判断は正しかったのか否かと問われると、俺にも明確となる答えは見出せぬ。だが……お前の正義とは何たるかという問いに答えるならば、正義は必ずしも正しいものになるとは限らぬという事だ。個人的な考えに過ぎぬが」
    オディアンの言葉を受けてヴェルラウドは黙り込んでしまう。
    「英雄達の判断は、決して否定は出来ぬ。賛同するわけでも無いが」
    そう言ったのはリランであった。
    「……彼らが戦わずとも、いずれ人との争いを生む事になる。人と相容れぬ魔は、人との争いは避けられぬ宿命。父がそう述べていた」
    リランは父リヴァンから聞かされた事を全て打ち明ける。闇を司りし者は冥神の創生の力で生み出された存在。例え英雄達が戦わずとも、いつかは冥神による邪悪なる意思と力が目覚め、人と争い、そして冥神に並ぶ脅威が生まれ、冥神そのものを目覚めさせると。
    「世界の平和を守る為に災いをもたらすものを根絶するという使命は、正義の心によっていずるものというのもあるだろう。真に恐ろしいのは、誤った正義による歪みだと私は考えている。正しき形の正義もあらば、己の身勝手さによる正義も存在する。身勝手な正義は、望まぬ悲劇へと繋がるのだからな」
    聖杯に注がれた水を口にするリラン。
    「……誤った正義……か」
    ヴェルラウドが考え事をすると、マチェドニルがやって来る。
    「今解ったぞ。スフレはブレドルド王国へ向かっているようだ」
    「何!?」
    声を張り上げるリラン。スフレの魔力を探り当てた結果、今いる場所を突き止める事に成功したのだ。
    「やっぱり連れ戻すのか?僕は面倒だからちょっと遠慮させてもらうよ」
    そう言ったのはヘリオの様子を見ていたテティノだった。
    「俺が行く。何があるか解らぬからな」
    オディアンが立ち上がる。
    「ならば私も行こう。皆は此処で待っていてくれ。大勢で行く必要は無い」
    オディアンと同行しようとするリランはふとヴェルラウドを見るものの、ヴェルラウドは黙って俯き、その場を動こうとしなかった。リランは仕方ないと思いつつも、オディアンと共に部屋を出る。
    「おいヴェルラウド。もしスフレが戻ってきたら流石に謝った方がいいんじゃないか?今は揉めてる場合じゃないだろ?」
    テティノがヴェルラウドに声を掛ける。
    「……悪いが今は何も口出ししないでくれ。これは俺自身の問題だ」
    俯いたまま返答するヴェルラウド。
    「そ、そうか。悪かったな。でも、せめて仲直りはしてくれよ」
    気まずそうに下がるテティノ。
    「私はレウィシアと打ち解けて欲しいと思うのですがね……あの子、レウィシアには攻撃的ですから」
    スフレへの不信感と併せ、レウィシアとの関係性の悪さにラファウスは不安な気持ちを拭えずにいた。テティノは周りの不穏な状況にストレスを感じる余り、溜息を付いてしまう。
    「それにしても、レウィシアはまだ戻らないのでしょうか」
    外に出たレウィシアの様子が気になり始めるラファウス。
    「ふむ……気のせいか、何か妙な予感がする。オディアンとリラン様が向かうのは正しい判断かもしれぬ」
    マチェドニルは不意に悪い予感を覚え、表情が険しくなっていた。


    外では、大雨が降っていた。スフレはアイカをブレドルド王国へ送ろうとしたものの、突然の大雨に見舞われ、壊れた納屋で雨宿りをしていた。
    「はぁ、こんな時に大雨だなんてついてないわね」
    スフレは膝の上にいるアイカにそっとマントを掛ける。傍らにはロロが舌を垂らしながら座っていた。アイカはスフレに心を許し、胸元に顔を寄せる。
    「風邪引いたら大変だからあたしの傍にいてもいいのよ」
    「うん、ありがとう。スフレお姉ちゃん」
    スフレはまるで妹が出来たような気分になり、笑顔でアイカの頭をそっと撫でる。
    「ねえ、スフレお姉ちゃんってどこの人なの?」
    「あたし?この近くだよ。賢者様が住んでるとこ。あたし、こう見えても人を助ける賢者様なんだ」
    「賢者さまって……いろんな魔法を使う人?」
    「そうそう!色んな魔法で悪い奴らをやっつけたり、色んな人を助けたりする大魔法使いよ!このスフレお姉ちゃんは天性の才能を秘めた賢者様なんだから!」
    明るい調子で言うスフレだが、アイカは突然浮かない顔をする。
    「……わたしのお母さんを生き返らせることって……賢者さまでもできないのかな」
    「え?」
    スフレは思わず表情を凍らせる。
    「わたしのお母さん……魔物に殺されたの。わたしの目の前で……」
    アイカの一言に衝撃を受けるスフレ。次の瞬間、スフレの頭に浮かんできたのは、ケセルが放った魔物やガルドフ、レグゾーラ、バランガによるブレドルド王国襲撃事件だった。
    「魔物のせいで王国が大変なことになったから……みんな魔物が悪いんだよね……お母さんを殺したのは魔物だから……」
    悲しげに呟くアイカ。スフレはそっとアイカを抱きしめると、涙を浮かべる。
    「……辛かったよね。まだ小さいのに……。あたしに……人を生き返らせる力があったら……」
    「お姉ちゃん……?」
    「もし何処かにあなたのお母さんを生き返らせる力があったら、必ず見つけるわ。絶対に……絶対に見つけるから……!」
    スフレの頭には、襲撃を受けたブレドルド王国の惨状と、闇王の城で魔物に変えられていた人々を殺してしまった事が過っていた。持ち前の使命感や闇王の城での出来事が影響してか、可能な限り何とかしてあげたいという気持ちが生まれ、涙を溢れさせる。
    「スフレお姉ちゃん……泣いてるの?」
    アイカに泣いている事を察され、涙を抑えようとするスフレ。
    「……あたしの事は気にしないで。そろそろ雨、止んだかな」
    スフレは笑顔を向けつつも、涙を拭いながら外の様子を見る。雨は既に止んでいた。


    俺に出来る事があれば、何だってやるつもりだ。何だって、な。


    スフレは空を見た瞬間、頭の中でヴェルラウドの声が過る。同時に、ヴェルラウドから様々な経緯を聞かされた事を思い出す。目の前で魔物によって惨殺されたクリソベイア王とリセリア姫、サレスティル王国のシラリネ王女を失ったという経緯。そしてブレドルド王国の襲撃の件で自責の念に駆られるヴェルラウドの事や、自分を責めたり過去に囚われたりしないという約束を交わした記憶が鮮明に浮かんで来る。
    「あたし、本当に何やってんだろう。ヴェルラウドだって色々辛い目に遭ってるのに……その事を考えもしないで……」
    ヴェルラウドの事を考えつつも自分の行いを振り返り、叩かれた頬が再び痛むような何とも言えない自己嫌悪に襲われる中、スフレは軽く息を吐き、今はやるべき事をやらなくてはと思いつつアイカとロロを呼び出し、改めてブレドルド王国へ向かった。


    一方、スフレを連れ戻しに向かうリランとオディアンは外で佇むレウィシアを発見する。
    「レウィシア王女!」
    オディアンの呼び掛けに気付いたレウィシアが振り返る。両手は血で真っ赤に染まっていた。
    「なんと、その血は一体!?」
    「これは戒めだから気にしないで。ちょっと頭を冷やしていたの」
    即座にレウィシアの両手に回復魔法を掛けるリラン。レウィシアは何事もなかったように振る舞うが、リランは心配そうな表情であった。
    「私だったら大丈夫よ。何とか落ち着いたから」
    「そうか。我々はスフレを探しに行く」
    「スフレ?一体何が?」
    オディアンが事情を説明すると、レウィシアは愕然とする。
    「何ですって……そんな事になっていたというの!?」
    ヴェルラウドとスフレが気まずい状況になってしまったのは自分がいるからだと思い、責任を感じて項垂れるレウィシア。
    「レウィシア、君は余計な事を考えなくて良い。第一これは当事者同士の問題だ」
    リランがそう言い残すと、オディアンと共にスフレを追おうとする。
    「待って!」
    レウィシアが呼び止める。
    「私も行くわ。これ以上あの子に誤解されたくないから」
    「しかし……」
    「あの子は勘違いしているのよ。私とヴェルラウドは特別な間柄というわけじゃないのに。今は仲間同士でいがみ合ってる場合じゃないでしょ?」
    誤解を解く為にスフレを説得しようとしているレウィシアの意向に承諾するオディアンとリラン。三人はスフレが向かう先へ足を急がせた。


    ブレドルド王国は、魔物の襲撃による爪痕が沢山残されていた。所々破壊された建物。全焼した住居の痕。王の不在という事もあって王国全体が暗い雰囲気に包まれる中、修理に勤しむ者や酒場を憩いとしている者も存在していた。兵士とオディアンの部下であった戦士兵団は城内と城下町の警護に回っているが、その人数は数少ないものであった。そんな中、王国に三人の男がやって来る。人相は悪く、逞しい体付きをしたゴロツキの印象を受ける流浪の盗賊集団であった。三人の盗賊の狙いは城の宝であり、人気のない裏通りに隠れる。
    「へっへっ、ここがブレドルド王国か?噂には聞いてたが、随分酷い有様だなオイ」
    「なあ、本当に王家のお宝を狙うつもりかよ?この国って確か、剣聖の王とか呼ばれてる奴の国だろ?強い戦士とか沢山いるんじゃねえの?」
    「ヒヒ、そこでこいつですよ」
    盗賊の一人がクロスボウを取り出す。
    「これで本当に大丈夫なのかぁ?」
    「大丈夫だって。こいつは猛毒の矢を打ち出すんだからな。しかもこのクロスボウと来たら鋼を貫く程の貫通力なんだぜ。多分人間だったら即死レベルじゃねえかなぁ?」
    「マジかよ?」
    「だったら試し打ちしてやろうか?」
    クロスボウを持った盗賊の男が、街の見回りをしている兵士に向けて矢を放つ。矢は兵士の左腕に刺さり、兵士は倒れてしまう。
    「ほれ、どうだ。チョロいもんだろ?」
    「おいおい……どんな毒を仕入れたんだよ?」
    「ラムスの闇市場から手に入れたものだよ。あそこは色んな薬品を売ってるからなぁ」
    「ほお、なるほどねぇ」
    盗賊の男が所持しているクロスボウの矢には、様々な薬品を合成して作られた猛毒が塗られていた。並みの人間には致死の毒となり、矢で射られた兵士は既に死亡していた。
    「へへっ、ならばコソドロ作戦開始と行こうぜ。邪魔な奴らは毒矢でやっちまえ。いいな?」
    「おうよ」
    盗賊三人は人目を避けつつも、忍び足で動き始めた。


    ブレドルド王国へ到着したスフレ達は人だかりを目撃し、何事かと近付いた瞬間、表情が青ざめる。盗賊が放った猛毒の矢に射られ、死亡した兵士で騒ぎになっているのだ。
    「な、何よこれ……まさか、また魔物が現れたっていうの!?」
    不吉な予感を抱いたスフレはアイカとロロを早く家に送ろうとする。
    「スフレお姉ちゃん……」
    「大丈夫よ、あたしが付いてるから。一先ずお家へ帰りましょう、ね?」
    スフレはアイカの案内で家まで向かおうとするが、ロロが突然吠え始め、走り出す。
    「ロロ!」
    走るロロの後を追うスフレとアイカ。ロロが向かった先は、倒れている戦士の男がいた。男は、盗賊が放った猛毒の矢で背中を射られていた。ロロは倒れている男に顔を摺り寄せる。
    「お父さん!お父さあん!!」
    倒れている男は、アイカの父親であった。
    「嘘でしょ……アイカのお父さんなの?」
    愕然とするスフレ。泣き叫ぶアイカの声を聞いた人が次々と集まっていく。
    「お父さあああああん!うわあぁぁぁん!!」
    父親の遺体の前で泣き崩れるアイカ。
    「……許せない……誰の仕業か知らないけど、絶対に許さない!」
    怒りに震えるスフレはアイカの父親を殺した犯人を探そうと、人々に聞き込みを始める。コソコソと城の方へ向かっていた三人の男を見たという話を聞き、城へ向かう。


    城では門番の兵士二人が猛毒の矢で殺され、城の警護をしている兵士や侍女も矢で殺されていた。城内に侵入した盗賊三人は城の宝物庫を探している最中であった。
    「ったく、この城妙にややこしいな。宝は何処にあんだよ」
    盗賊の一人が苛々した様子で言う。
    「何やってんのよ、あんた達」
    声の主はスフレであった。盗賊の一人がクロスボウを構え、矢を放つ。スフレは間髪で矢を回避し、炎の玉を投げつける。
    「ぐおあ!な、何だてめぇ!」
    「あんた達だったのね。街の兵士を殺したのは。絶対に許さないわ」
    怒りのままに爆発魔法を放つスフレ。
    「うぎゃああ!」
    爆発魔法で吹っ飛ばされる盗賊達。
    「おい、何事だ!?」
    騒ぎを聞きつけた兵士二人が駆け付ける。
    「みんな、下がっていて!」
    思わず兵士に気を取られるスフレ。その隙を見つけた盗賊の一人がクロスボウから矢を放つ。
    「がはっ……!」
    矢はスフレの脇腹に刺さってしまう。更に盗賊が次々と矢を放ち、駆け付けた兵士達に命中させていく。
    「うっ……か、身体が……これは……毒?」
    倒れたスフレは猛毒によって全身が焼き付くような感覚に襲われる。矢を射られた兵士二人も倒れていく。
    「ハッ、邪魔するからそうなるんだよ!」
    吐き捨てるように言い放ち、盗賊三人は城の地下へ向かって行く。


    「な、何……!?」
    ブレドルド王国へ辿り着いたレウィシア達は、流浪の盗賊が放った矢で射られて死亡した犠牲者で騒然とした街の様子に愕然となる。
    「また何かが起きたというのか……おのれ!」
    オディアンは全速力で城へ向かう。只ならない状況を察したレウィシアとリランも後を追う。
    「これはオディアン兵団長!」
    「どうした!一体何事だ!」
    「先程不審な男三人が城へ向かったとの事です」
    「何だと!?」
    戦士の話にオディアンは表情を強張らせ、足を急がせる。
    「クッ、これは一体!」
    矢によって死亡した城の兵士達の姿に驚くオディアン。レウィシアは兵士達の身体に刺さっている矢を抜き、呼吸を確認する。
    「なんて事……みんな手遅れだわ……」
    既に事切れていた事を知り、犯人への怒りを覚えるレウィシア。遠距離からの攻撃に備えつつも襲撃事件の犯人を探しているうちに、倒れているスフレを発見する。
    「スフレ!」
    リランが駆け付け、スフレの身体に刺さっている矢を抜き、呼吸を確認しようとするが、全身に毒を盛られている事に気付く。
    「いかん、これは猛毒だ!」
    解毒魔法でスフレの全身の毒素を消し去り、回復魔法を掛けるリラン。傷は塞がり、全身を蝕んでいた毒は消え、停止していた心臓が動き始める。リランの回復の力によって辛うじて一命を取り留める事に成功した。
    「大丈夫だ。心臓は動いている」
    一安心するレウィシアとオディアン。
    「おい、まだかよ。早くしろ」
    地下室に続く階段から声を聞いたオディアンは即座に走り出す。
    「オディアン、気を付けろ!」
    リランの声を聞かず、オディアンは地下室への階段を降りていく。階段を降りた先の通路に出ると、突然飛んで来る矢。オディアンは矢を戦斧で弾き飛ばし、現れたクロスボウを持つ盗賊男目掛けて戦斧を投げつける。
    「ぎゃあ!」
    投げつけた戦斧はクロスボウを持つ盗賊男の片腕を斬り飛ばしていた。片腕を切断された苦痛にもがく盗賊男に蹴りを叩き込み、床に落ちたクロスボウを戦斧で叩き壊す。
    「何だ、どうしたんだ?」
    荷物を抱えた二人の盗賊男が現れると、オディアンは即座に大剣で斬りつけていく。
    「うぎゃあ!」
    「ぐおああ!!」
    一瞬で斬りつけられ、倒れる盗賊男。二人の荷物の中身は、城の宝物庫から奪った金品であった。
    「こんな賊どもの仕業だったというのか……」
    盗賊男が抱えていた荷物を調べ、宝物庫の金品を確認しては壊されたクロスボウの矢を更に戦斧で破壊していく。
    「オディアン!」
    意識が戻らないスフレを抱き抱えたレウィシアとリランがやって来る。
    「たった今、犯人を捕らえました。全てこいつらの仕業だったようです」
    オディアンは盗賊三人の身柄を確保し、兵士と共に地下牢へ運んで行く。
    「愚かな事だ。罪無き民の命を奪ってまで王家の宝を狙う賊まで存在しているとは」
    やるせない怒りに震えるリラン。レウィシアはスフレを抱いたまま、二年前のクレマローズの出来事———パジンの手引きで太陽の輝石を奪ったガルドフとムアルの一件を思い出していた。
    「まずはスフレを安静にさせなくては」
    リランとレウィシアはスフレを安静にさせようと客室へ向かった。
    失わない心夜———ブレドルド王国に現れた三人の盗賊による猛毒の矢で命を失った者達は教会の神父によって棺に収容されていった。多くの人々が集う中には、アイカとロロの姿もある。オディアンは事の全てを大臣に報告しようと謁見の間へ向かい、レウィシアとリランは犠牲者達の冥福を心から祈っていた。
    「レウィシア。済まないが私は現状報告すべく、先に神殿へ戻らせてもらう。スフレの事は頼んだ」
    「……解りました」
    リランがその場から去ると、レウィシアは悲しみに暮れる人々の姿を見つつも、客室で安静にしているスフレの元へ向かった。


    オディアンは謁見の間にて、大臣に事件の全貌を伝えていた。
    「ぬぬぬ、魔物に続いて今度は賊による被害を生む事になるとは。陛下もいないこの国は一体どうなるというのだ……!」
    重なる事件に不安が拭えず、大臣はひたすら頭を抱えるばかりであった。
    「大臣。どうやら陛下はかつて起きた魔物による襲撃事件の黒幕となる男の元にいる模様です。奴は途方もない力を持つ恐るべき存在……今回現れた賊どもとの関連性は不明ですが、陛下を救うには奴を倒すしか他無いようです」
    ブレドルド王の現状を伝えるオディアンだが、内心ではケセルの言葉に不安を抱いていた。王は魂共々我々のものになった。ブレドルド王の魂は暗黒に染められ、闇王の魂と融合したという言葉。王の魂はケセルを倒せば救われ、そして王として戻れるのだろうか。そう思いつつも、王を救う旅を続ける意向を示そうとする。
    「オディアンよ。正直そなたにはこの国を守って欲しいものだが、どうやらそうもいかんようだな。そなたは陛下や民が認める英雄グラヴィルの闘志を継ぐ者。ワシに止める権利はない……」
    「……申し訳ありません。陛下は必ず救い出してみせます」
    深々と頭を下げ、大臣に見送られながらも謁見の間から出ようとするオディアンの元に部下の戦士達が集まり始める。
    「お前達……」
    「兵団長!王国の方は我々にお任せを!兵団長と陛下がお戻りになるまでは我々が全力でお守りします!不覚を取ったとはいえ、今度は魔物であろうと賊であろうと全ての命を捧げるつもりで死守致します!」
    戦士達の決意表明にオディアンは心を動かされる。
    「……解った。不覚については咎めはせぬ。王国は任せたぞ」
    「ハッ!」
    オディアンは謁見の間を出ると、地下牢へ向かって行く。重罪人を収容する奥の地下牢には襲撃犯である盗賊三人が投獄され、厳重に拘束されていた。腕を切断された一人は苦痛に喘いでいる。オディアンは盗賊三人がいる牢にやって来る。
    「……へっ、何だよ。何か用か?」
    悪態を付く盗賊男。オディアンは険しい表情を浮かべつつも鉄格子の扉を開け、牢に侵入する。
    「貴様等に聞きたい事がある。何が目的で我が国を狙った?」
    戦斧を突き付けながら詰問するオディアンに盗賊男は恐怖を感じ、引き攣った表情を浮かべる。
    「た……ただ金が欲しかったんだ。お、俺達は行き場を無くしちまった世界のはみ出し者で……そ、それでつい一生食っていける金が欲しくて……」
    オディアンは戦斧を床に叩き付け、盗賊男の胸倉を掴む。
    「それが理由か。罪無き者の命を奪う非人道な行為に手を染めてまで金が欲しかっただけなのか」
    気迫に満ちた表情で更に問い詰めるオディアン。
    「そ、それだけだ。お、王国の城だったらたんまり金があると思って……がっ!ごはあ!!」
    オディアンは盗賊男の顔面を何度も殴り付け、再び戦斧を手に取る。
    「貴様等の背後には誰もいないのか。それとも、本当に貴様等独自での犯行なのか。答えろ!」
    「だ、誰もいねえよ!俺達だけで勝手にやった事なんだ!ほ、本当だって!」
    戦斧を突き付け、殺気が込められた目を向けるオディアン。盗賊男の言葉に嘘はない様子であった。
    「ではもう一つ問う。貴様等が所持していた矢には猛毒が塗られていたと聞く。何処から入手した?」
    猛毒の矢の入手先はラムスの闇市場だと狼狽えながらも答える盗賊男。オディアンは怒りに震え、再び盗賊三人の顔面を殴り始める。その制裁には激しい怒りだけではなく、憎悪が込められていた。
    「兵団長!」
    見張りの兵士が駆け付けるが、オディアンは盗賊三人の顔面を殴り続けていた。その勢いは返り血が飛ぶ程であり、盗賊三人は既に気を失っていた。
    「おやめ下さい、兵団長!重罪人とはいえ、これ以上やっては死んでしまいます!どうか落ち着いて下さい!」
    兵士が必死で止めに入る。兵士の言葉で我に返ったように制裁を止めたオディアンは息を切らせながらも、ぐったりした盗賊三人を鋭い目で見据えていた。拳からは血が滴り落ちている。盗賊三人の姿を見つめているうちに、オディアンの頭にある出来事が浮かぶ。

    十数年前のある日、王国に住む一人の娘が誘拐される事件が起きた。誘拐犯となる賊一味は巧みに道に迷いし旅人と偽りながらも各地から美しい娘を浚い、身代金要求だけでは留まらず、浚った娘達を食いものにするという行為に出る程の愚劣な集団であった。賊一味はオディアンと戦士達、そしてブレドルド王によって一網打尽となったものの、浚われた娘の中には殺されている者もいた。その有様を見たオディアンは怒りに震え、賊一味を自身の剣で次々と斬りつけていく。それを制した王はオディアンに鉄拳を振るい、こう言った。


    人として許されざる罪に手を染める罪人でも、裁くのは一人だけではない。全ての民だ。

    お前の行いが正義によるものでも、怒りに捉われる余り自我を失い、心を失う事になればその行いは正義ですらなくなる。民を守る使命を受けた騎士は、決して己を失ってはならぬ。

    何事においても、己を失うな。そして肝に銘じろ。正義による行いは、必ずしも正しいものではないという事を。


    過去の出来事で聞かされた王の言葉が脳裏に浮かび上がると、オディアンは俯き加減で血に染まった拳を震えさせる。額は多量の汗で滲んでいた。
    「済まない。私とした事が……。止めてくれて感謝する」
    制裁を加えている間、過去の自身のように自我を失いかけていた自分を止めてくれた兵士に詫びつつも感謝の意を述べるオディアン。自身を戒めるように拳を壁に叩き付け、盗賊三人に顔を向ける。
    「……貴様等は罪無き者の命を数人奪った。私利私欲の為に罪無き者の命を奪う事がどれ程の大罪なのかは、その痛みだけでは済まされぬもの。貴様等の残る命は牢獄の中で尽きるものだと思え」
    そう言い残し、牢から去るオディアン。兵士は何も言えず、去り行くオディアンを見送りながらも鉄格子の扉を閉める。


    私刑は騎士として道理に反するものだと理解していても、俺はどうしても怒りが抑えられなかった。

    奴らは私利私欲の為に罪無き者の命を奪った悪魔。人間の形をした悪魔でしかない。

    そしてこれは正義の為では無く、人として許せぬという思いから出た怒りだった。

    だが、怒りで我を見失ってはいけない。怒りを憎悪に変えてはならない。非道な愚者を前にする事があっても、英雄の闘志を汚す事はあってはならぬ事。

    俺は、あの時のように再び自我を失いかけていた。陛下が仰っていたように、己を失ってはいけない。今の俺には、戦う使命があるのだから。


    その頃、レウィシアは客室にてベッドで眠るスフレを見守っていた。
    「……うっ……」
    意識を取り戻し、目を覚ますスフレ。
    「スフレ……気が付いたのね?」
    レウィシアが声を掛けると、スフレは辺りの様子に戸惑いを覚える。
    「此処は……あたし、あの時……」
    スフレは状況を整理する。アイカの父親を殺した犯人である盗賊三人を城で発見したものの、盗賊が放った猛毒の矢に撃たれ、毒によって意識を失い、ベッドに運ばれていたという現状を把握して溜息を付く。
    「あたし、結局何も出来なかったっていうの……」
    怒り任せで悪党に挑んだものの、無様にやられてしまい、何も出来なかった自分の有様を痛感したスフレは情けない気持ちになり、恨めしそうな目でレウィシアを見つめる。
    「あなたを助けたのはリラン様とオディアンよ。お礼なら彼らに言って」
    「そう……あんたもあたしを連れ戻しに来たってわけ?」
    「それもあるけど、あなたに言いたい事があるから来たのよ。誤解を解く為に」
    「誤解?」
    レウィシアはスフレと向き合う。
    「聞いて欲しいの。私の話を」
    詰め寄るようにレウィシアが言う。
    「何なのよ。話って」
    スフレは目を逸らして言うものの、レウィシアは引き下がろうとしない。
    「スフレ。あなたが私を目の敵にしているのは、ヴェルラウドの事なんでしょ?」
    思わず鋭い目を向けるスフレ。レウィシアは動じる事なく顔を寄せる。
    「あなたはこんな風に誤解しているんじゃない?私とヴェルラウドが特別な関係なんじゃないかって」
    言葉を続けるレウィシアに、スフレは表情を強張らせる。
    「真剣に聞きなさい。私とヴェルラウドは決してそんな関係じゃない。私にとって彼はあなたと同様、共に戦う仲間。それ以上の関係なんて望んでいないわ。それは彼も同じ事よ」
    至近距離で目線を合わせ、そして真剣な表情でレウィシアが言う。その目には偽りを感じさせない真摯さが秘められていた。スフレは反論しようとしたものの、レウィシアの目を見て思わず躊躇してしまう。
    「私がヴェルラウドに近付いた事は謝るわ。でも、変な誤解だけはしないで。あなたも知っていると思うけど、彼は守るべき大切な人を二度も失っている悲しみを抱えている。私は彼の抱えている悲しみが解るから、彼の力になりたい思いがある。それは彼に対して特別な感情を抱いているとかじゃない。『共に戦う仲間だから、全ての悲しみを受け止めて、仲間として助けたい』という感情よ。私だって、大切な人を守れなかったから……何かを守れなかった悲しみを抱く人がいたら、その人の悲しみを分かち合い、力になってあげたいという気持ちがあるのよ。それがあなたであっても同じ事。あなたは……彼が今、何を思っているのか解っているの!?」
    スフレの眼前で全ての想いを打ち明け、涙を流すレウィシア。
    「……私はあなたが思うような特別な関係なんて望んでいないし、考えてもいない。誰かの力になるのは、仲間として当然の事だと思っているから。もしあなたも何かを守れなかった悲しみを抱えているのなら、その悲しみを分かち合い、あなたの力にもなりたい。あなたも……共に戦う仲間だから……」
    涙が止まらないまま、目線を合わせつつも言葉を続けるレウィシアを前にしたスフレは何も言えず、黙り込んでしまう。
    「私の言いたい事はここまでよ。神殿に戻ったら、ヴェルラウドと真摯に向き合って話し合いなさい。彼の事が好きだというのなら……彼の気持ちを聞いてあげて!」
    レウィシアは客室から去る。スフレはレウィシアの言葉を受け、ヴェルラウドの事を考えつつも自分の言動を振り返り、レウィシアの言葉の意味、そしてヴェルラウドから頬を叩かれての一言の意味を考え始める。


    ……仲間……か……。

    そうだよね……馬鹿は、あたしの方よ。大体、あたしが一方的に近付いてるだけなのに。あたし達はあくまで共に戦う仲間という関係だけに過ぎないのに。

    ヴェルラウドとレウィシアの関係がどうしても気になってヤキモチを焼いて、それでレウィシアのお姫様として、女としての完璧さに妬んだり、ヴェルラウドとレウィシアが二人きりで話し合っているところを見て、あたしはレウィシアに対抗心を抱いて目の敵にして。ヴェルラウドはその事であたしに……。

    第一、ヴェルラウドは守りたい人を目の前で二度も失っている。その事も聞かされていたのに、あたしは……。

    自分の勝手な思い込みによる嫉妬で、あたしは自分を見失っていたんだ。レウィシアにはあんな酷い事まで言ったり。本来の自分を失う程、あたしの心は醜くなっていたんだ。


    「……ヴェルラウド」
    スフレは自然に溢れ出た一筋の涙を軽く拭い、深呼吸をして心の整理をする。
    「全部……あたしが悪いんだから。ヴェルラウドに……レウィシアにも謝らなきゃ」
    心の整理が付いたスフレは立ち上がり、客室から出る。部屋の前にはオディアンが立っていた。レウィシアは謁見の間にて大臣に挨拶をしているところであった。
    「もう大丈夫なのか、スフレよ」
    オディアンが様子を窺う。
    「何とかね。レウィシアとリラン様は?」
    「レウィシア王女は今大臣にご挨拶をなさっている。リラン様は現状報告すべく神殿へお戻りになられたとの事だ」
    「そう……また今回もあなたに助けられたみたいね。ありがとう、オディアン」
    「礼には及ばぬ。お前が無事だったのはリラン様の御力があってこそだ」
    そうだ、リラン様にもお礼を言わなきゃと思いつつも、スフレはオディアンに感謝の笑顔を向ける。
    「ところで、レウィシアが戻ったらちょっと付き合って欲しい事があるの」
    スフレの言う付き合って欲しい事とはアイカの件であった。何の事かと尋ねるオディアンに、アイカとの経緯を一通り話すスフレ。そこで大臣に挨拶を済ませたレウィシアがやって来る。
    「あ、レウィシア」
    スフレは今謝っておくべきかなと考えてしまう。
    「スフレ。私の事は気にしなくていいから、まずヴェルラウドと話を付ける事を考えて」
    レウィシアがそう言うと、スフレは却って戸惑ってしまう。そこでオディアンがスフレの用事の事をレウィシアに話す。
    「何て酷い……その子を助けてあげなきゃ。あの悪党達にお父さんが殺されたんでしょう?」
    「うん。このままだと可哀想だから何とかしてあげないとね」
    レウィシア達はアイカを探し始める。人だかりの中、ロロがスフレの元へやって来る。
    「この子はアイカの犬……アイカは?」
    スフレがアイカを探そうとした瞬間、ロロの後を追って来たアイカが現れる。
    「あ、スフレお姉ちゃん……」
    アイカは悲しそうにスフレを見つめていた。スフレはそっとアイカを抱きしめ、頭を撫でる。
    「……あたしがもっと早く来ていたら、お父さんがあんな事にならなくて済んだのに……」
    「スフレお姉ちゃん……」
    「ごめんね……ごめんね……あたし……何もしてやれなかった……」
    何とかしてあげたいと思っていた矢先、父親までも自分の力では助けられなかった悔しさと無力感を痛感し、涙を流すスフレ。アイカはスフレの胸の中で泣き出してしまい、レウィシアとオディアンは沈痛な思いのまま黙って見守るばかりであった。スフレはレウィシア、オディアンと共にアイカを家まで送り届けようと、アイカの家に向かう。アイカの家には、見知らぬ初老の女性がいた。
    「あ、ベティおばさん」
    女性は、アイカの叔母であった。
    「アイカ、無事で良かったよ。そちらにいるのはもしかしてオディアン兵団長?」
    「はい。事情は一通りお聞き致しました。ご親族の件、お悔やみ申し上げます」
    オディアンが哀悼の意を表すと、ベティはレウィシア達を快く迎える。
    「あの人、親戚の叔母さんなの?」
    「うん。時々クッキーを作ってくれるんだ」
    ベティは両親を失ってしまったアイカを引き取る為に訪れた事を話すと、スフレはこの人なら大丈夫かなと思いつつも、出された紅茶を飲む。
    「良い親戚の方がいたのが幸いですな。感謝せねば」
    「そうね」
    オディアンとレウィシアも紅茶を口にし、心を落ち着かせる。
    「スフレお姉ちゃんはすてきな賢者さまなんだ。スフレお姉ちゃんはあたしのこと、ずっと守ってくれたから」
    アイカはスフレを慕いつつも、ベティに全ての出来事を話す。
    「す、素敵な賢者様って……やーねぇ。そんな大した事出来てないのに!」
    照れ臭そうにスフレが小突く。
    「まあ、そうだったの。そういえば様々な賢者が集う神殿があるって聞いた事あるけど……」
    「はい。私は賢者の神殿を治める賢王様に仕える賢者です」
    スフレが礼儀正しく自己紹介をする。
    「私はクレマローズ王国の王女レウィシア・カーネイリス。スフレの旅仲間です」
    続いてレウィシアが自己紹介すると、アイカは興味深そうにレウィシアを見つめている。
    「王女さま?お姉ちゃんって、お姫さまなの?」
    「お姫様……そんなところかな。お城の人から姫様って呼ばれているから」
    「わーすごい!スフレお姉ちゃん、兵団長やお姫さまとお友達だったんだね!」
    アイカの言葉にスフレはつい苦笑いしてしまう。
    「そ、そうそう。このスフレお姉ちゃんはお姫様や兵団長とお友達なのよ!凄いでしょ?」
    「うん、すごいよ!わたしもスフレお姉ちゃんみたいになりたい!」
    スフレはアイカの無垢な瞳を見ているうちに心が和らぐのを感じた。そして、今自分がすべき事について改めて考える。


    この子はあたしの事を凄く慕っている。何もしてやれなかったのに、誰よりも純粋にあたしを慕ってくれる。この子の想いに応える為にも、あたしはもっと頑張らなきゃいけない。だから……前に進まなきゃ。その為にも……!


    スフレはそっとアイカを抱きしめて、頭を撫でる。
    「……アイカ、ありがとう。あたし、もっと頑張るからね。あなたが笑顔になれるように」
    目を潤ませるスフレ。
    「スフレお姉ちゃん……だいすき」
    アイカはスフレの胸の中で呟く。その姿を見ていたレウィシアは不意にネモアとルーチェの事が頭に浮かび、自分を姉と慕うネモアやルーチェと過ごした日々を振り返っていた。
    (……ネモア……ルーチェ……)
    感傷に浸るレウィシア。ネモアは死に、ルーチェが浚われた今、自分もスフレや仲間達と共に戦わなくてはならない。此処にいるアイカという小さな少女の命を守る為にも。


    翌朝———神殿前ではテティノがマチェドニルの指導で飛竜カイルを操る練習をしていた。カイルはライルと同様人の言葉が理解出来る賢い飛竜であり、テティノの命令でも忠実に動いていた。
    「ふむ、その様子ではすぐに慣れそうじゃの」
    カイルを操っているテティノを見ていたマチェドニルが呟く。
    「全く、こいつが賢い奴で良かったよ。元々飛竜の扱いに手慣れている僕だったら問題ないさ」
    「そうか。それは良かった」
    テティノはカイルに慣れようと、カイルに乗ったまま飛び回っていた。
    「しかしながら、まだ戻らんのか……」
    予めリランから事情を聞かされていたマチェドニルは、一晩経過してもスフレ達が戻らない事を気に掛けていた。

    神殿内では、リランがブレドルドでの経緯を含め、スフレの事をヴェルラウドに話していた。
    「そうか……無事なんだな?」
    「うむ。だが、君も解るだろう?今はお互い仲を拗らせている場合では無いと。あれからもう一晩経っているんだ。スフレが戻ったら話し合って頂きたい」
    内心躊躇したものの、スフレと直接話し合うように言うリラン。ヴェルラウドは振り返り、俯く。
    「……解っているさ。俺も、至らないところがあったからな」
    そう言い残し、ヴェルラウドは部屋から出る。リランは後を追わず、黙ってヴェルラウドの背中を見つめていた。廊下を歩くヴェルラウドは、スフレから与えられたお守りであるスファレライトのブローチを握り締めていた。


    正午前の時———レウィシア、オディアン、スフレが神殿に帰還する。仲間達は既に神殿内に集まっていた。その中にはヴェルラウドの姿もある。三人は仲間達の集まる部屋にやって来る。辺りは静まり返り、重苦しい空気に包まれていた。スフレは気まずさを感じつつも、ヴェルラウドの前に歩み寄る。
    「……あの……ヴェルラウド。昨日の事は……ごめんなさい。あたしが身勝手だったから、あなたに心苦しい思いをさせてしまって……」
    ヴェルラウドと真摯に向き合い、詫びるスフレ。
    「あたし……何ていうか、レウィシアの事を妬んでいたせいで、あなたと一緒になっていたところでヤキモチを焼いたりして、それで……」
    スフレは涙ぐみながらも頭を下げる。
    「……本当に……ごめんなさい。ヴェルラウド……あたしは……」
    ヴェルラウドは涙を見せつつも詫びるスフレに戸惑いの表情を浮かべつつも、そっとスフレの涙を指で軽く拭う。
    「……もういいんだ。謝らなくても。俺の方こそ、思いっきり引っ叩いたりしてごめんな。痛かっただろ?」
    「え……」
    「俺は、自分のせいで何かがいがみ合ったり、大切な人を失ったりするのが辛かったんだ。それで特別な関係は作りたくなかった。お前がもし俺と仲間以上の関係を望んでいるってなら、残念ながら俺にはその期待に応えられそうにない。だが、これだけは聞いてくれ。俺が思い悩んでいた時や、あの試練の時だって、お前が俺を助けてくれた事はずっと忘れないし、今でも心から感謝している。お前が戻るまでは、ずっとこれを持っていたんだからな」
    ヴェルラウドはスファレライトのブローチを胸ポケットから取り出す。
    「ヴェルラウド……」
    スフレはヴェルラウドの想いを感じ取ると、自然に涙が溢れ出す。
    「スフレ……お前だって、俺の大切な仲間だ。俺が生きて帰って来れたのも、お前のおかげなんだ。俺は仲間を守る騎士として戦う身だから、お前を守るべき時が来たら……俺が守る」
    至近距離でヴェルラウドが想いを告げると、スフレは嗚咽を漏らし始める。
    「……ごめんな」
    詫びの一言でスフレは堪えきれなくなり、ヴェルラウドの胸に顔を埋める。
    「うわああぁぁぁんっ……うっ……ううっ……」
    ヴェルラウドの胸で号泣するスフレ。そんなスフレをそっと抱きしめるヴェルラウド。仲間達が見守る中、スフレはずっとヴェルラウドの胸の中で泣いていた。


    それから、レウィシア達は改めて作戦会議を行う。聖都ルイナスへ向かうメンバー、ヒロガネ鉱石を手に入れる為に手掛かりを求めて闇の都市ラムスへ向かうメンバーの二手に分かれて行動するという案で、当初の予定通りルイナスへはスフレ、リラン、オディアンが向かい、ラムスへはレウィシア、ヴェルラウド、ラファウス、テティノが向かう事に決定した。スフレはレウィシアとヴェルラウドが同行する事について否定の意を示す事は無く、皆と共に無事で帰って来る事を願うだけであった。出発は翌日となり、この日は休息を取る事となった。
    「あ、ねえ。ヴェルラウド」
    スフレがヴェルラウドに声を掛ける。
    「何だ?」
    「ちょっと、レウィシアと二人きりで話したい事があるから邪魔しないでよね。別に変な意味でとか、悪い話とかじゃないから」
    ヴェルラウドは一瞬不安を覚えるものの、スフレの真っ直ぐな瞳を見ていると決して悪い方向の話ではないと察し、快く了承する。
    「解ったよ。明日に備えて早く寝ろよ」
    「うん!」
    ヴェルラウドが去って行くと、スフレはレウィシアがいる部屋に向かう。
    「あら、スフレ。どうしたの?」
    部屋には白い服に着替えていたレウィシアが窓の前に立っていた。
    「えっと、何ていうか。この前のお詫びでもと思って」
    心に抱えている蟠りが解けていない事もあってか、何処か余所余所しそうな様子でスフレが言う。
    「お詫びなんていいわよ。過ぎた事でしょう?」
    「いえ。あなたには色々酷い事言ってしまったし、全部あたしの思い込みから始まった事だから……謝らなきゃ気が済まないのよ」
    スフレは改めてレウィシアの前で頭を下げる。
    「改めてお詫びします。ごめんなさい、レウィシア」
    頭を下げつつも詫びるスフレに、レウィシアはそっと手を差し伸べる。
    「もういいの、スフレ。顔を上げて。解ってくれたらそれでいいんだから」
    穏やかな笑顔を向けるレウィシア。スフレは自分に手を差し伸べてくれるレウィシアの優しさに惹き付けられるように、そっとその手を取る。
    「あたしの事……許してくれるの?」
    「許すも何も、あなたは仲間だからよ。私だって、あなたとヴェルラウドが無事で仲直り出来る事を祈っていたし、あなたの力になりたいから」
    レウィシアはスフレを抱きしめる。
    「レウィシア……」
    スフレはレウィシアの胸の中で、心が安らぐような優しい香りと温もりに満ちた体温を感じる。レウィシアに抱きしめられている中、スフレの目に涙が浮かび上がる。自分が感じた事のない感覚———生まれて初めて触れた母性を肌で感じ取り、物心つく前からいなかった母親の事を考えてしまう。


    この暖かさ……この優しい匂い……今まで感じた事のない感覚。ずっとこうして甘えていたくなるこの安らぎ。これが、母性なの?

    生まれて一度も母性に触れた事がなかったから、こんなに安らぎを感じるのかな。

    ついこの前まで対抗心を抱いて追い払おうとしていたのに。まるでお母さんのように、包み込むように抱きしめてくれる。

    まるで、太陽のような優しさと温もりに満ちたお姫様。全てを温かく包み込み、そして全てを守る力強さを感じる太陽。それが、レウィシアなんだ。


    スフレはレウィシアの胸の中で涙を零す。レウィシアはスフレの涙の感触を感じ取り、スフレの頭を優しく撫でる。
    「いい子ね……」
    母性溢れる優しさでスフレを包み込むレウィシア。それはネモアやルーチェに与えた母性愛そのものであった。
    「……レウィシア……ありがとう……」
    スフレはレウィシアに感謝の言葉を漏らしつつも、レウィシアの胸で涙を流していた。


    こんなあたしでも、受け入れてくれる。

    レウィシアがまるでお母さんのように見えた。

    本当のお母さんがどんな人なのか知らないけど、あたしのお母さんもこんな人なのかもしれない。

    自分勝手な思い込みで馬鹿みたいに妬んで対抗心を燃やして、辛く当たっていたかつてのあたしを思いっきり殴りたい。

    もう、あたしは自分を失いたくない。そう、自分を失ってはいけないんだ。仲間がその事を教えてくれたから。


    あたしを慕ってくれるあの子の為にも……もっと頑張らなきゃ。



    ヴェルラウドは、オディアンと二人きりで部屋に佇んでいた。
    「ヴェルラウドよ。お前に伝えておくべき事がある」
    「何だ?」
    「……如何なる事があっても、己を見失うな。己を失う事は、己の破滅へと繋がる。それを忘れるな」
    オディアンの言葉に、ヴェルラウドは思わず自身の心を捨てた闇王の姿を思い浮かべてしまう。
    「解った。スフレの事は頼んだぜ」
    「うむ。お前も気を付けるようにな」
    部屋から出るヴェルラウド。オディアンは今後の旅の事を考えつつも、熱い茶を啜った。
    ならず者の街鉱山へと続く森の中にひっそりと存在する屋根が付いた井戸。そこは井戸に見せかけた秘密の工房であり、地下階段を降りた先には、鍛冶用の設備が設けられた巨大な空洞が広がっていた。
    「ヒッヒッヒッ……お邪魔してすまんのう」
    気味悪い笑い声を上げながらも、工房を訪れるゲウド。工房には、自身の刀を磨いていたロドルが佇んでいた。
    「いつかの薄気味悪いジジイか。また依頼に来たのか?」
    振り返らずに刀を置いて返答するロドル。
    「ヒヒヒ……それ以外に何があるというのじゃ?この前の健闘ぶり、実に見事であったぞ」
    ゲウドはちらつかせるように大量の金貨が入った袋を差し出す。ロドルはゲウドが持っている金貨の袋をジッと眺めていた。
    「ヒヒ、お前さんに再び依頼させて頂こう。赤雷の騎士と呼ばれた男ヴェルラウド、クレマローズの王女レウィシアを始めとする連中の始末をして欲しいのじゃよ。こういう奴らじゃ」
    ゲウドは水晶玉で、闇王との戦いに挑んでいるヴェルラウド一行とレウィシア一行の姿を映し出す。レウィシアが闇王と戦っている映像を見たロドルは険しい表情を浮かべる。
    「今度の相手はいくらお前さんでも分が悪いかもしれんのでな。そこでこのワシも協力させて頂こうと思っての」
    「何だと?」
    「ヒヒ……流石のお前さんでもこやつらの相手は厳しいかの?まあ、そう焦る事は無い。奴らもお前さんと同様、人間じゃからのう。ワシの頭脳があれば、始末できる糸口は掴めるはずじゃて」
    ロドルは眉を顰め、刀を手に取る。
    「……前金をよこせ」
    ゲウドは快く金貨が入った袋を差し出す。ロドルは袋を受け取ると、入っている大量の金貨を手に取って眺めた。
    「ヒヒヒ、もし足りなければもっと持ってきてやるぞ。金貨ならいくらでもあるんじゃからな」
    下卑た笑いを浮かべるゲウド。
    「……いや、結構だ。頂くのは、貴様の命だからな」
    ロドルは刀で瞬時にゲウドを斬りつける。
    「ギャアア!!な、何をするんじゃあッ!?」
    深々と斬りつけられたゲウドが苦痛の叫び声を上げる。
    「貴様はあのケセルという道化の腹心だと聞いている。俺の敵となる奴と関わりのある輩の依頼を引き受ける気は無い」
    ロドルは金貨の袋をゲウドに向けて投げ捨てる。
    「うぐ……お、おのれぇぇ!!貴様もケセル様……いや、ケセルに仇名すというのか!」
    「フン、貴様の知る事では無い」
    喚き散らすゲウドに、ロドルは二本の刀を突き立てる。
    「グギャアアアアア!!」
    二本の刀からは激しい雷撃が迸る。雷撃を受けたゲウドは断末魔の叫び声を上げながらも、全身を焦がした状態で白目を剥き、そのまま絶命した。刀が引き抜かれ、所持していた水晶玉が転がると、ロドルは即座に水晶玉を手に取り、床に叩き壊す。
    「……クレマローズ王女レウィシア……あの時の女か……」
    ロドルはかつて魔物クラドリオを討伐した際に遭遇したレウィシア一行の事を思い出していた。
    「どうやら、運命の時が近いようだ」
    突然ロドルの頭に響き渡る声。
    「……トレノか」
    同時に、ロドルから毛玉のような姿をした生物が現れる。ロドルが所持する雷の魔魂の化身トレノであった。トレノは静電気のような音を立てながらも目を光らせ、ロドルの頭の中に話し掛ける。
    「俺の同士、そしてお前の同士となる者が現れる。お前は俺の適合者……いずれ奴らと共に戦う運命があるのだ」
    トレノの声は、雷の魔魂の適合者であるロドルにしか聞こえないものであった。ロドルはトレノの言葉の意味を考えつつも、動かないゲウドの死体を持ち上げては階段を登る。地上に出ると、ロドルはゲウドの死体をゴミのように森の中へ投げ捨てた。
    「チッ……一先ず戻るか」
    ロドルは二本の刀を携え、森の中を進んで行く。


    賢者の神殿からは、二体の飛竜が飛び立っていく。スフレ達を乗せた飛竜ライル、レウィシア達を乗せた飛竜カイルであった。二体の飛竜はそれぞれの目的地へ向かおうとしていた。
    「ねえ、リラン様」
    「何だ?」
    「この世界に人を生き返らせる力って、あるのかな。もしルイナスの人達にその力を持つ人がいたら……」
    スフレの問いにリランの表情が険しくなる。
    「……残念ながらそんな力は何処にも存在しない。それは地上に生きる者のみならず、神の間でも禁忌とされているのだ」
    リランの返答にスフレは驚きの表情を浮かべる。
    「一度失った命は決して戻らぬのが生を受けし者の理。それは神の理でもあり、神の理に反する行いは禁忌となる。死した者を生き返らせる方法は最初から存在しないどころか、あってはならぬものなのだ。例え理不尽な死であっても、それを受け入れなくてはならぬ」
    厳しい表情でリランが言うと、スフレは何も言えずに俯いてしまう。
    「お前の気持ちはよく解る。俺も何度か、死した者を生き返らせる方法があればと思う事もあった。だが、それもまた一つの運命として受け止めるしか他に無い。我々に出来る事は、死した者の分まで何かを成し遂げ、そして生きる事だ」
    オディアンが冷静な声で言うと、スフレは再び顔を上げる。
    「……そうね。そんな夢みたいな都合のいい話があるわけないもんね。もしかしたらと思ったけど……」
    スフレは切ない表情のまま、雲が広がる空を眺めていた。
    「ルイナスは北西の彼方だ。何が起きるか解らぬ。気を引き締めて行くぞ」
    ライルは鳴き声を上げながらも、聖地ルイナスへ向かって行く。


    レウィシア達を乗せたカイルは、ライルが向かう先とは逆の方向に飛んでいた。レウィシアはリランから与えられた手記の写しとコンパス付きの世界地図を眺めつつも、闇の都市ラムスの場所となる地へ向かわせるようテティノに指示する。ラムスの住民の間では噂になっているザルルの炭鉱の奥深くに存在する太古の遺跡と、遺跡の中に眠っている可能性があると推測されるヒロガネ鉱石に関する情報を得ようとラムスへ向かっているのだ。テティノはカイルに命令を与えるものの、飛行速度は遅めであった。ヴェルラウドは手を震わせながらも、手綱を掴んでいる。
    「こいつ、もっと速く飛べないのか?」
    飛行速度の遅さに不安を覚えたテティノが鞭を入れる。だが、カイルの移動速度は変わらない。
    「いや、これくらいの速さで丁度いいと思うぞ」
    そう言ったのはヴェルラウドであった。飛竜による空の旅が苦手な故、顔色を悪くしていた。
    「ヴェルラウド、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
    ラファウスが尋ねる。
    「ああ……何とかな。空の旅にはなかなか慣れないんだ」
    「まあ、そういう事でしたらあまり速く飛ばない方が良さそうですね」
    会話を聞いていたテティノは、仕方ないなと思いつつも現状速度を維持したままカイルを操る。
    「しかし、ラムスってところはならず者の街なんだろ?そんなところで話なんて聞き出せるのか?」
    「今は直接行って確かめるのが一番よ。ならず者の街であろうと」
    カイルはマイペースの速度のまま、着実に目的地となるラムスに近付いていく。旅立ってから一時間が過ぎようとした頃、荒地の中、高い塀に囲まれた都市を発見する。ラムスであった。
    「あったわ。きっとあれがラムスよ」
    カイルは都市の入り口となる場所に降り立つ。入り口の門には、ラムスの名前が記された看板が立てられていた。早速ラムスに入るレウィシア達。殺風景な雰囲気が漂う中、荒れ果てた住居と建物が数多く並び、至る所で喧騒が絶えないというまさにならず者の街と呼ぶに相応しい場所であった。
    「うえ~、何だよこの街。こんなところに長居なんてしたくないな」
    街の雰囲気に嫌悪感を示すテティノ。
    「気を付けて行くわよ。こういった街は何があるか解らないわ」
    レウィシアの一言に全員が頷く。一行が街を歩いていると、道の上で酒盛りをしている荒くれの男三人がレウィシアの姿をジロジロと注目し始める。
    「おい、何だあの女。スッゲー綺麗じゃねえか」
    「へへっ、さてはお姫様かな?この街には勿体ねえくらいだぜ」
    「やべえぞありゃあ!でっけえバストじゃねえか!しかも動くたびに揺れてるしよ!」
    口々に品の無い噂をする荒くれ達にレウィシアは不快感を覚える。
    「チッ、鬱陶しい奴らだな」
    ヴェルラウドが荒くれ達に鋭い目を向ける。
    「あぁ?あの黒髪の野郎、俺らにガンつけやがったぞ」
    「あの野郎をブッ殺すついでにあの女頂こうぜ!」
    「それはいいな!」
    荒くれ達が一斉にレウィシア達に近付いて来ると、ヴェルラウドはレウィシアを守るように立ちはだかる。
    「何だ、何か用か?」
    「あ?すっとぼけてんじゃねえぞコラ。今ガン飛ばしやがったろ」
    ヴェルラウドはやれやれと呟きながら溜息を付くと、レウィシアが前に出る。
    「乱暴な真似はお止めなさい。私達は無益な争いは望んでいません」
    レウィシアが気丈に言い放つ。
    「ギャハハハハ!!やっべーなこの女!最高に可愛いじゃねえかよ!乱暴な真似はお止めなさい、だってよ!」
    「スタイルも最高だしな!へっへっ、お持ち帰りして食っちまおうぜ!」
    下品な笑い方をしながらも迫る荒くれ達に嫌悪感を抱きながらも身構えるレウィシア。ヴェルラウドは即座に剣を抜き、三人の荒くれに攻撃を加える。
    「ヴェルラウド!」
    思わず声を上げるレウィシアだが、荒くれ達は声を上げる間もなく一斉に倒れてしまう。峰打ちであった。
    「峰打ちだ。こういう奴らの相手も慣れているからな」
    剣を収めるヴェルラウド。
    「こんな奴らでも傷つけずに倒すなんて流石だな」
    感心したようにテティノが呟く。
    「まともに話を聞いてくれる人がいたらいいけど……行きましょう」
    街の状況と住民の様子を見て半ば先が思いやられると思いつつも、レウィシアは再び足を進める。有力な情報を探し求める一行だが、所々で荒くれに絡まれたり、強盗に目を付けられたりと次々と現れる悪党が後を絶たない有様であった。試しに倒した悪党からヒロガネ鉱石やザルルの炭鉱の遺跡について聞き出すものの、知っている者は誰一人おらず、様々な場所で情報を探そうにも、まともに取り合ってくれる人物すら見つからない状況で、これといった情報も掴めない程であった。
    「なあ、もう直接炭鉱に行って確かめた方が良くないか?大体こんなろくでなしだらけの街で良い話なんて聞けるわけないだろ」
    テティノは嫌気が差している様子であった。
    「前以て人々の話から確証を得る方が確実だと思っていたけど……これでは前途多難ね」
    レウィシアが軽く溜息を付く。
    「ところでレウィシア、ザルルの炭鉱の場所も何処か解っているのか?」
    ヴェルラウドの問いに、レウィシアは言葉を詰まらせる。手記の写しと手持ちの地図にはラムスの場所は書かれているものの、ザルルの炭鉱の場所は書かれていないのだ。
    「何だって!?何故肝心なところが抜けてるんだよ!」
    「私だって知らないわよ。その為にこの街で話を聞こうと思ったから」
    「あー!何でこうもすんなりと上手く行かないんだ!さっさと用件を済ませてこの街から出たいのに!」
    「もう、少しは我慢なさい。みっともないですよ」
    喚くテティノに対して冷静に声を掛けるラファウス。
    「せめて一人くらいまともな奴がいたらいいんだがな……」
    ヴェルラウドが辺りを見回すものの、人相が悪い盗賊らしき風貌の男や荒くれの集団が目に付くばかりであった。一行は再び情報を探ろうと街を歩き始める。
    「おっと!てめぇら、大人しくしな!」
    突然、一人のゴロツキが背後からラファウスを抑え付け、短剣をちらつかせながら人質に取る。
    「ラファウス!」
    「てめぇら、余所者だよなぁ?この街に来たからにはそれなりの通行料を支払ってもらうぜ。でないとこのガキの命は無いと思うんだな」
    身構える一行。人質に取られているラファウスは動じずに、冷静な表情をしていた。
    「お止めなさい!その通行料はどれくらいになるのです?」
    要求に応じるようにレウィシアが尋ねる。
    「そうだなぁ。最低でも五万ゴルは払ってもらうぜ。持ってねぇなら、お前さんの身体で払ってもいいんだぜぇ?ギャハハハハハ!!」
    下品に笑うゴロツキを前に、レウィシアは込み上がる嫌悪感のまま拳に力を入れる。ゴロツキが大笑いしている隙に、ラファウスは魔魂の力を呼び起こし、風の魔法を発動させる。
    「うおおおっ!?」
    風の魔法でゴロツキが吹き飛ばされると、ラファウスは即座にその場から逃れる。
    「私達を甘く見てはいけませんよ」
    ゴロツキに向けて冷徹に言うラファウス。
    「て、てめぇら何者だ!」
    ヴェルラウドが剣を抜き、テティノが槍を突き付ける。武器を手にした二人を前に、ゴロツキは怯んでしまう。
    「ひ、ひいっ!勘弁してくれえっ!」
    その場から逃げるゴロツキだが、ラファウスは風の力で周囲にある樽や木箱を器用に操り、ゴロツキに向けて投げつける。
    「うぎゃっ!!」
    倒れるゴロツキ。ヴェルラウドは剣を突き付けながらも、ゴロツキからヒロガネ鉱石とザルルの炭鉱の遺跡について聞き出そうとする。
    「し、知らねえよ……オ、オレはただのチンピラだからよぉ」
    「本当に何も知らないのか?」
    「知らねえって!だ、だから勘弁してくれよ!さっきの事は謝るから!」
    「……ならばとっとと消えろ。二度と俺達に関わるな」
    逃げていくゴロツキを見据えつつも、ヴェルラウドは舌打ちする。
    「あんた達。見かけない顔ね。さては余所者かしら?」
    一行の前に、鉄製のフェイスマスクを装着した長身の女が立ちはだかる。両腕に蛇のタトゥーが彫られ、大きな胸が強調された黒い服とアウトローな雰囲気が漂う黒髪の短髪美女であった。
    「あなたは?」
    「この街の住民よ。何かお困りかしら?」
    「ええ。ちょっと知りたい事がありまして、それで……」
    レウィシアは事情を説明する。
    「ふーん、ヒロガネ鉱石にザルルの炭鉱……久しぶりに聞いた名前ね」
    「本当ですか!?」
    「外では騒がしくて落ち着かないから、静かなところに行きましょう」
    女は一行を案内するように歩き始める。
    「おい、あの女に付いていって大丈夫なのか?明らかに怪しいぞ」
    テティノがレウィシアに耳打ちをする。
    「一先ず言う通りにしてみましょう。何か知っているみたいだし、何もないよりはマシだわ」
    「でもなぁ……」
    泳がせる目的を兼ねつつ、レウィシアは女の言う通りにして付いて行く。
    「全く、どうなっても知らないぞ」
    渋々と後に続くテティノ。女が案内する先は、古びた建物であった。建物の中に潜入し、地下階段を降りては突き当たりにドアがある大広間に出ると、女の足が止まる。これは罠かと思わず一行が身構えた瞬間、女は懐から瓶を取り出し、蓋を開ける。すると、瓶から紫色の煙が出現し、煙は瞬く間に大広間を覆う。
    「な、何これ……げほっ!うっ、涙が……」
    煙は、強力な催涙ガスであった。更に女が別の瓶を取り出しては蓋を開け、白い煙が辺りを覆い尽くす。睡眠ガスであった。二重のガスを吸い込んだ一行は一瞬で猛烈な眠気に襲われ、その場で眠ってしまう。
    「先ずはあそこへ連れて行かなきゃね。お前達、今すぐこいつらを運びな」
    女が指示するとドアが開き、現れた数人の男達が眠るレウィシア達を運んで行った。


    「うっ……」
    レウィシアが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。手足には鉄球が取り付けられた重い鎖による拘束が施され、周囲を見渡すと手足を拘束された状態で眠っている仲間達の姿があり、仲間達の傍らには長剣を持った数人の男がいる。そして正面には、立派な座椅子に腰を掛けている女の姿があった。フェイスマスクを外した女はコーヒーカップを片手に煙草を吹かせていた。
    「フフ、ようやく目覚めたわね。私の名はジュエリーラ。ちょっと手荒な真似をして悪かったわね」
    ジュエリーラと名乗る女に、レウィシアは鋭い目を向ける。
    「あなたは一体……何が目的でこんな真似を!」
    「そう声を荒げないで頂戴。先ずはあんた達の話の続きを聞こうかしら」
    「何ですって?」
    「あんた達は、ヒロガネ鉱石を探す為にザルルの炭鉱の遺跡について知りたいんでしょう?その話の続きを聞こうと言ってるのよ」
    何が目的なのかと思いつつもレウィシアは旅の目的について一通り話すと、ジュエリーラは眉を顰めながらも、灰皿に吸殻を置く。
    「……ちょっと骨のありそうな余所者かと思ったけど、あんた達ならば役に立ちそうね。宜しい。あんた達には協力者として働いてもらうわ」
    「協力者ですって?」
    「ザルルの炭鉱の遺跡に眠ると言われる伝説のヒロガネ鉱石を探す協力者になってもらうと言ってるのよ。あんた達の目的なんでしょう?」
    睨みを利かせるレウィシアに顔を近付けてはそっと頬を撫でるジュエリーラ。煙草とコーヒーによる口臭に不快感を覚え、その場から逃れようとするレウィシアだが、ジュエリーラは構わず話を続ける。
    「あんたと黒髪の男が協力者で、後の二人は人質よ。つまり、あんたには断る権利は無いという事。あんた達のような腕の立つ協力者は他にいないからね。断ったらその場で人質がどうなるかお解り?」
    目覚めないテティノとラファウスの喉元には、ジュエリーラの部下となる男達の剣が突き付けられていた。ジュエリーラの強引なやり方に思わず反論しようとするレウィシアだが、当初の目的を果たす事を含め、テティノとラファウスを守る為にジュエリーラの協力に乗る事にした。
    「うっ……」
    ヴェルラウドが目を覚ます。
    「あら。丁度もう一人の協力者がお目覚めのようね」
    ジュエリーラの声に思わず顔を上げるヴェルラウド。
    「お前は……やはり罠だったんだな」
    「罠?確かにそう言われればその通りね。でもこれは、あんた達にとって好都合な話じゃない?私との協力でヒロガネ鉱石が探せるんだから」
    「何だと?」
    ジュエリーラが指を鳴らすと、部下の男達がテティノとラファウスを運んで行く。
    「おい、二人を何処へ連れて行くつもりだ!」
    ヴェルラウドが声を荒げる。
    「人質だから牢屋に入れておくのよ。心配しなくても部下がちゃんと世話をしてくれるわ。人質はあくまであんた達を協力させる為。用が済んだら逃がしてやるつもりだから」
    「ふざけるな!貴様は何者なんだ!」
    「煩い男ね。逆らうと人質を殺すように指示するわよ」
    ヴェルラウドは必死で拘束から逃れようとする。
    「……ヴェルラウド。今は彼女の言う通りにしましょう。彼女に協力すればヒロガネ鉱石が手に入るかもしれないから」
    「何を言ってるんだ。本当にそれでいいのか?」
    納得いかない様子のヴェルラウドだが、レウィシアは物憂げな表情をしつつも黙ってヴェルラウドを見つめている。ジュエリーラはレウィシアとヴェルラウドの手足の拘束を解く。
    「……ジュエリーラと言ったわね。あなたの目的は本当にヒロガネ鉱石なの?」
    改めて問い詰めるレウィシア。
    「そうだと言ってるでしょう?何か気になる事でも?」
    「……道化師の男……ケセルという名の男をご存知かしら?」
    ケセルとの関連性を問うレウィシアだが、ジュエリーラは全く知らない様子であった。
    「知らないわよ、そんな奴。あんた達のお友達?」
    「私達の敵よ」
    「ふーん、あんた達にも敵がいるのね」
    ジュエリーラは再び鋼鉄のフェイスマスクを装着しては、レウィシアとヴェルラウドの剣を差し出す。
    「一応言っておくけど。もし私に何かしたら人質の命は無いと思う事よ。武器を持ったらさっさと付いて来な」
    高圧的に命令するジュエリーラ。剣を手に取ったレウィシアは黙って歩き始めるが、ヴェルラウドは内心戸惑いつつも剣を装着し、レウィシアの後を追った。
    「いいわね?人質のお世話はしておきなさい」
    「へい!お任せください!」
    部下の男に命令を下しては階段を登るジュエリーラ。レウィシア達が捕えられた場所は、地下に設けられたジュエリーラ一味のアジトだったのだ。
    「ジュエリーラ。お前の方こそ、人質に何かあればどうなるか解っているんだろうな」
    敵意剥き出しにヴェルラウドが言う。
    「口答えするんじゃないわよ。あんた達が協力者として働いてくれたら人質の命は保障するって言ってるのよ。これだから男は嫌いよ」
    ふてぶてしい態度で返答するジュエリーラに怒りを感じるヴェルラウド。
    「ヴェルラウド、落ち着きなさい」
    レウィシアが宥める。
    「あんな女の言う事が信じられるのか?」
    「信用しているわけじゃないけど、今はあの人に付いて行くしかないわ。それに、テティノやラファウスだってそう簡単にやられはしない」
    テティノとラファウスの無事を信じているレウィシアは歩き続ける。煮え切らない現状に半ば苛立ちながらも、ヴェルラウドは渋々とレウィシアと共に足を進めた。


    テティノとラファウスは、それぞれ隣同士の牢屋に入れられていた。二人が目覚めたのは、牢に入れられた後の事であった。
    「ちくしょう、何なんだこれは!出せ!出せーーー!!」
    手足の拘束は解かれているものの、囚われているという現状にテティノがもがき始める。
    「テティノ、気が付かれましたか」
    隣の牢からラファウスが声を掛ける。
    「ラファウス!レウィシアとヴェルラウドは?」
    「解りません。此処にいるのは私とあなただけのようです」
    「何だって……?」
    レウィシアとヴェルラウドがいない事に不安を覚えるテティノ。そこで見張りの男がやって来る。
    「お前達はジュエリーラ様の目的を果たすまでの間は人質だ。用が済めば解放してやる」
    「何だと!」
    もがきながらも声を荒げるテティノ。
    「そう血を登らせるな。食事くらいは与えてやる。ジュエリーラ様が早く戻る事を祈るんだな」
    「黙れ!僕達の仲間はあと二人いるんだ!二人は何処にいる!」
    「あの二人はジュエリーラ様の協力者だ。ヒロガネ鉱石を探す為のな」
    「何っ!?」
    テティノは驚きの声を上げる。
    「ジュエリーラというのは私達を誘い出したあの女ですか。何故あの人が……」
    ラファウスはジュエリーラの目的が気になりつつも、レウィシアとヴェルラウドの事を考え始める。見張りの男が去ると、テティノは鉄格子の扉に蹴りを入れる。
    「何のつもりか知らないけど、あいつはやっぱり悪者なんだろ?このまま大人しくしてるわけにはいかないからな」
    牢から脱出しようとするテティノだが、ラファウスは心を落ち着かせ、その場に腰を掛けた。
    炭鉱の奥でラムスの町外れには、ほぼ廃墟同然となっている古びた長屋があった。誰一人寄り付かない雰囲気が漂う長屋に、ただ一人住む者がいる。そう、ロドルが身を潜めている場所であった。
    「……報酬は悪くない」
    札束を受け取るロドル。黒装束を身に纏った依頼者からとある人物の暗殺依頼を受け、前金を受け取っていた。
    「で、ロドルさん。ターゲットの事ですが……」
    依頼者がターゲットとなる人物について説明を始めると、ロドルは一瞬眉を顰める。
    「フン……まあいいだろう」
    ロドルは刀を携え、長屋から出る。依頼者の男は含み笑いをしていた。


    地下のアジトを出てから半日が経過した頃、レウィシアとヴェルラウドはジュエリーラの案内でラムスの街を抜けた先に広がる険しい森の中を彷徨っていた。森はザルルの炭鉱への通過点であり、森の奥に炭鉱の入り口があるのだ。森の中には凶暴な魔物が数多く生息しているが、ジュエリーラが鞭を振るい、次々と薙ぎ払って行く。ジュエリーラの鞭は強い毒性が含まれる植物から作られている上、様々な毒を合成させた猛毒が塗られている危険なものであった。
    「この女、実力は只者ではないようだな」
    ヴェルラウドが率直な感想を漏らす。器用に鞭を操って魔獣の群れを退けるジュエリーラの実力に一目置いていた。
    「ヴェルラウド、気を付けて!」
    レウィシアの声に思わず背後を振り返るヴェルラウド。なんと、筋肉隆々の獣人が背後に立っていたのだ。不意を突かれたヴェルラウドは身構えようとするが、ジュエリーラが即座に獣人に向けて何かを投げつける。
    「ウ……オオオオォォッ……!」
    獣人の顔が青ざめていき、フラフラとしながらも倒れてしまう。ジュエリーラが投げたものは、毒が塗られたダーツであった。
    「フン、情けないわね。背後を取られるなんて。協力者のくせに足手纏いになろうというの?」
    辛辣な一言をぶつけるジュエリーラ。
    「気に食わん奴だな。言っておくが、俺はお前に協力したいわけじゃねぇんだからな」
    「無駄口だけは達者なのね、最近の男は。お供の女の子はお淑やかでお利口さんなのに。尤も、あんたの場合は女一人守れるかどうかも怪しいけどね」
    「やかましいぞ!」
    ヴェルラウドが掴み掛ろうとする。
    「お止めなさい!無駄な争いをしている場合じゃないでしょ」
    いきり立つヴェルラウドを制するレウィシア。
    「一人選別を間違えたかもしれないわね。顔はガルドフよりいい方だけど」
    「え……?」
    ジュエリーラの口から出たガルドフの名前にレウィシアが反応する。
    「ガルドフって、あの……?」
    「あら、知ってるの?」
    「ええ。二年前にちょっと因縁があって」
    レウィシアはかつて、クレマローズの太陽の輝石を狙いに現れたガルドフとムアルによる一連の出来事について全て話す。
    「へえ、あのグズは私の知らないところで随分大それた事をやっていたのね」
    更にレウィシアはガルドフがケセルに力を与えられていたという事を話す。
    「つまり、そのケセルとかいう奴がガルドフに王国を襲撃出来る力を与えたって事?」
    「そういう事ね」
    「全く、今頃何処ほっつき歩いてるのかと思えば……で、ガルドフは今どうしてるの?」
    「えっと、それは……」
    ケセルに捕えられたという事をレウィシアが話そうとすると、ヴェルラウドが前に出る。
    「お前にとっては残念な話だけど、そいつはもういない。俺の仲間に倒されたんだ」
    ヴェルラウドの言葉を聞いた瞬間、レウィシアは驚き、ジュエリーラが殺気立った目を向ける。流石に言い過ぎたかと思い、ヴェルラウドは俯き加減になってしまう。
    「ああ、悪い。今のは言い過ぎた」
    「詫びなんて結構よ。あいつがどうなろうと知った事じゃないから」
    悪態を付くような物言いでジュエリーラが返す。
    「折角だから教えてやるわ。ガルドフは私の腹違いの弟よ」
    「え!?」
    更に驚くレウィシア。
    「あいつだけが一番話の分かる奴だったのよね。いっつも私の足を引っ張るようなグズだったけど」
    ジュエリーラはガルドフと過ごした過去の日々について語り始める。


    ラムスにて生まれたジュエリーラは街で幅を利かせる賊の集団によって結成された闇組織『賊殺団』の親玉の娘であり、母親はジュエリーラが生まれてから数年後に、街に存在する他組織との抗争に巻き込まれて死亡していた。だが、父親には隠し子がいた。それがガルドフであり、母親の死後からジュエリーラと共に組織の中で育てられるようになった。闇組織の世界で生きる事となったジュエリーラとガルドフは父親から愛情の欠片も与えられる事無くアウトローな盗賊として鍛えられる毎日であり、ガルドフの母親もやがて帰らぬ人となってしまった。


    早くしな、ガルドフ。モタモタしてるとまた奴に殴られるよ?

    うるせー!てめえに言われなくてもわかってるっての!

    ったく、早くしろよ。このグズ!


    闇組織の親玉として傍若無人の限りを尽くす父親の元で過ごしながらも、ジュエリーラとガルドフは共に傷付きながら生きていた。お互い姉弟という認識はなく、あくまで共に同じ世界に生きる賊仲間という感覚であった。二人が賊としての力を身に付けていく中、父親は何者かの手によって暗殺されてしまう。賊殺団と対立していたもう一つの闇組織『忍』に属する凄腕の暗殺者によるものだった。父親亡き後、部下の賊達も次々と暗殺されていき、やがて賊殺団は壊滅した。ガルドフは組織の下っ端であるムアルと共に放浪の旅に出るようになり、生き残ったジュエリーラは街に蔓延るゴロツキや盗賊を集め、自分だけの新しい組織を作ろうと考えていた。


    「生きてる限り、決して反省はしないとかいうのが昔からの口癖だったわね。あのグズは」
    フェイスマスクに吐く息を籠らせながらも、淡々と呟くジュエリーラ。
    「彼も……生まれ育った環境が違っていたら、私達と解り合えたかもしれない。あなたとも……」
    レウィシアは思う。もしガルドフとジュエリーラの育てられた環境が違っていたら、今頃正しい生き方が出来たのではないだろうか。ガルドフは地の魔魂の適合者であり、魔魂の力はケセルに与えられたものだった。だが、彼も真っ当な環境の中で生きる事が出来たら、正しい形で魔魂の力を手にしていたかもしれない。そして私達と共に力を合わせて戦う運命になっていたかもしれない。そう考えつつも、レウィシアはジュエリーラの横顔を見つめていた。
    「フフ……所詮私達は陽の当たらない運命って事よ。生きる為には盗みや恐喝は疎か、殺人をも厭わない。つまり、あらゆる手を尽くさないとどうしようもない。そんな腐敗した社会で私達は生きる事になったからね」
    マスクを外し、煙草を咥えては火を付けるジュエリーラ。
    「ところで、レウィシア。あんたはクレなんとかという王国の王女様だったかしら?将来は王国を治めるつもり?」
    煙草を吹かすジュエリーラの問いに、レウィシアは返答に少々戸惑う。
    「……そうなるでしょうね。王国の平和を守る為にも。例え王様になれなくても、王国やこの世界を守っていきたいという気持ちはあるわ」
    強い眼差しを向けて言うレウィシア。ヴェルラウドはレウィシアの言葉を聞いては黙って考え事をする。
    「フン、お喋りはここまでにしてそろそろ行くわよ」
    吸殻を捨て、再びマスクを装着したジュエリーラが歩き始める。


    例え邪悪なる存在を滅ぼしたとしても、人間が存在する限り罪は生まれ、そして闇が生まれる。人の罪が生んだ悲劇は昔から数多く存在する。そしてラムスは、人間による闇を象徴した街。

    私が王位を継ぐ事になれば、数々の罪や争い等の人々の間にいずる闇を生まない平和な王国にしたい。でも、変えないといけないのは一つの王国や一つの街だけではなく、この世界そのもの。

    私の太陽の力が光と希望を与えるものだというのなら、何れは———。


    レウィシアはヴェルラウドと共に、ジュエリーラの後を追いながらも森の中を進んだ。



    ジュエリーラ一味の地下アジトの牢屋に捕われているテティノは空腹感が抑えられず、与えられた食事に手を付けていた。隣の牢にいるラファウスは食事に手を付ける事なく、瞑想をしていた。
    「おいラファウス、食べないのか?毒は入ってないようだから安心していいと思うぞ」
    テティノが声を掛けるものの、ラファウスは全く動じない。
    「何なんだ一体……」
    皿を置いた瞬間、ラファウスからエアロの姿が現れる。同時にスプラが顔を出した。
    「スプラ、どうした?」
    スプラは隣の牢にいるエアロの元へ向かう。エアロはスプラに何かを伝えるかのように鳴き声を上げると、スプラは鉄格子の隙間から牢の外へ出る。
    「ちょっと待てよ、何処行くつもりなんだ?僕達を置いて逃げるなんて事じゃないよな?」
    スプラの行方が気になるテティノは鉄格子を握り締める。
    「エアロ達を利用しての脱出ですよ」
    瞑想していたラファウスが立ち上がる。
    「何だって?あいつらに何が出来るっていうんだ!?」
    「今は黙ってエアロ達をお待ち下さい」
    どういう事だと言いながらも言葉に従い、大人しくその場に座るテティノ。暫く経つと遠くから叫び声が聞こえ、スプラが鍵束を運んでやって来る。見張りを任された男の後頭部目掛けてエアロが風の力を利用した高速の体当たりを仕掛け、男が気絶した瞬間、スプラが男の服から鍵束を発見して奪い取ったのだ。
    「これは!でかしたぞスプラ!」
    意気揚々と鍵を手にしたテティノは鉄格子越しに牢の扉の鍵を開ける。開錠に成功したテティノはラファウスが閉じ込められている牢の扉の鍵を開け、見事に牢屋から解放出来た二人はその場から脱出する。
    「凄いな、こいつらにこんな事が出来るなんて」
    テティノは魔魂の化身であるエアロとスプラの活躍ぶりに驚くばかり。
    「まだ油断は出来ませんよ」
    ラファウスの言葉通り、ジュエリーラの部下が数人立ちはだかる。
    「お前ら、どうやって脱走しやがった!逃がさねぇぞ!」
    テティノは水の魔力を呼び起こし、ラファウスは風円刃に変化したエアロを手に取る。一斉に襲い掛かるジュエリーラの部下一同だが、水の魔法と風円刃の同時攻撃を駆使する二人の敵ではなかった。探索中にテティノの槍を回収し、二人は地下アジトからの脱出に成功する。
    「ふう、何とか脱出出来たな。レウィシア達はどうなったんだ?」
    テティノはレウィシアとヴェルラウドの行方が掴めず、これからどうしたものかと考える。
    「あのジュエリーラという女もヒロガネ鉱石を探す為にレウィシア達を協力者としているようですね。恐らくザルルの炭鉱に……」
    「そうか。つまりあの女とザルルの炭鉱に向かってるって事だな。だが……」
    後を追ってザルルの炭鉱へ向かおうとするものの、炭鉱の場所が解らず途方に暮れるテティノ。
    「……テティノ。私に考えがあります。一先ず静かな場所へ向かいますよ」
    「何だって?」
    「いいから、今は言う通りにして下さい」
    今度は何をやろうとしてるんだと思いつつも、ラファウスと共に静かな場所を探すテティノ。二人は雑踏を潜り抜け、閑散とした町外れの空き地に辿り着く。ラファウスは徐に周囲を確認し始めた。
    「此処なら大丈夫ですね。エアロ、私に力を」
    エアロが再びラファウスの中に入り込むと、ラファウスの身体が淡い緑の光に包まれる。
    「風よ……」
    光に包まれたラファウスは両手を広げたままゆっくりと目を閉じる。一体何をするつもりなんだと聞こうとするテティノだが、ラファウスは微動だにしない。数分後、ラファウスの目が開かれる。
    「……ザルルの炭鉱は、この場所から西の方にあるのではないでしょうか」
    「え!?何でそんな事が解るんだ?」
    「西の方角から、僅かにレウィシアの匂いを感じました。他には沢山の血の匂いがしましたが」
    エアロとの協力で披露したラファウスの能力———それは、数キロ程の遠い位置に吹き付ける風を呼び寄せ、遠隔地に存在する匂いを探るというものであった。西の方角には広がる森と高い山が存在している。
    「本当かぁ?第一そんな事が可能なのか?」
    「信じないのは勝手ですが、いつまでもこんな酷い街に留まる事を選ぶのですか?」
    テティノは一先ずラファウスの言う事を信じる事にして、笛で飛竜カイルを呼び寄せる。ラファウスの言葉を頼りにテティノが西の方へ向かうように指示すると、カイルはゆっくりと西へ飛び立った。


    一方、ロドルはジュエリーラの地下アジトを訪れていた。
    「それは間違いないのか?」
    「は、はい……なんとか鉱石を目的にザルルの炭鉱へ向かわれました」
    ロドルの暗殺のターゲットとなる人物は、ジュエリーラであった。部下の男からジュエリーラの行方を聞き出しているのだ。
    「チッ、仕方あるまい」
    ロドルは刀を手にアジトから出る。出入り口には、馬に乗った依頼者の男が待機していた。
    「ロドルさん。如何でしたか」
    「……ターゲットは此処にはいない。ザルルの炭鉱に向かったとの事だ」
    「ほほう。ならば馬をもう一匹手配しなくてはなりませんな」
    「その必要は無い」
    すると、ロドルの手から雷の魔魂の化身トレノが出現する。トレノは小さな雷雲のような形に変化し、それに飛び乗るロドル。
    「付いて来たければ勝手にしろ」
    小さな雷雲の姿となったトレノはロドルを乗せて飛んで行く。依頼者の男は驚きながらも、馬に鞭を打ってロドルの後を追った。


    更に半日が経過した頃、レウィシア達はザルルの炭鉱に到着していた。炭鉱内には透き通った水晶や様々な鉱物があり、朽ちた坑道が設けられていた。
    「昔は此処で色んな鉱物を漁った事もあったのよねぇ」
    懐かしむようにジュエリーラが呟く。かつてはガルドフや賊仲間を連れて鉱物目当てに訪れた事があったのだ。炭鉱に生息する凶暴な魔物が牙を剥いて襲い掛かるが、ジュエリーラが先立って鞭を振るい、レウィシアとヴェルラウドの攻撃で難なく退けていく。坑道を進んでいくと、ジュエリーラが不意に足を止める。
    「どうしたの?」
    「……この先に大物がいるのよ。私だけでは手に負えないような魔物がいる。あんた達のような協力者を求めたのはこの為よ」
    ジュエリーラの返答にレウィシアは思わず身構える。
    「確かに、何か強い気配を感じるな」
    ヴェルラウドも大きな力を持つ魔物の気配を感じ取っていた。慎重に動きながらも、更に坑道を進む一行。巨大な空洞に出た瞬間、一行は立ち止まる。
    「これは……!?」
    一行が見たものは、四つん這いの竜のような顔をした巨大な魔獣であった。身体の所々が鉱物と一体化したような突起物があり、不気味な唸り声を上げている。
    「こいつは、ずっと昔からこの炭鉱に住んでいる凶悪な魔獣よ。協力者として役に立ちなさいよ」
    魔獣は一行の姿を見ると、雄叫びを轟かせながらも勢いよく足踏みをして地鳴りを起こす。
    「クッ、確かに一筋縄ではいかなさそうね」
    レウィシアとヴェルラウドはそれぞれの力を高めつつも、同時に斬りかかる。だが、二人の剣による一撃は手応えがなく、ダメージを与えている様子がない。魔獣の皮膚は並みの武器では歯が立たない程の凄まじい硬度を持っているのだ。
    「こいつ、硬い……!?」
    ヴェルラウドが驚く中、魔獣は激しい足踏みで凄まじい衝撃波を放つ。
    「きゃあ!」
    一瞬で吹っ飛ばされるレウィシアとヴェルラウド。ジュエリーラは巻き添えを食らわない場所に移動していた。
    「あいつの最も厄介なところは途轍もなく硬い皮膚よ。そのせいで私だと歯が立たないのよね」
    ジュエリーラが二人に向けて言うと、レウィシアは真の太陽の力を呼び起こす。同時にヴェルラウドも赤い雷の力を神雷の剣に込めると、魔獣は狂ったように大暴れし始めた。
    「奴の硬さは半端じゃない。攻撃を一点に集中しないとな」
    「そのようね。でも、正面から向かうのは危険だわ」
    レウィシアの言葉通り、ヴェルラウドは大暴れする魔獣の隙を掴もうと身構える。魔獣の動きが止まると、口から紫色のガスを吐き出した。
    「うぐっ……!」
    魔獣が吐き出したガスには有毒物質が含まれており、ガスの攻撃を受けたレウィシアとヴェルラウドは猛毒に冒されてしまう。
    「ぐっ、身体が……」
    猛毒に冒された二人の全身に寒気と激痛が襲い掛かる。
    「負けられない……こんなところで!」
    レウィシアは全身を蝕む猛毒に耐えながらも、真の太陽の力を全開にさせては魔獣に突撃する。輝く炎を纏った剣の一撃は魔獣の皮膚を切り裂く事に成功するものの決定打には至らず、魔獣の体当たりを受けてしまう。
    「がはあっ!!」
    壁に叩き付けられ、多量の唾液を吐くレウィシア。立ち上がろうとするものの、体内の猛毒がジワジワと全身の自由を奪って行き、思うように動く事が出来ない。
    「レウィシア!」
    猛毒で体力を奪われる中、ヴェルラウドは果敢にも斬りかかろうとする。
    「うおおおおおお!!」
    大きく飛び上がると、両手に構えた神雷の剣から赤い雷が迸る。赤い雷を纏った剣の一撃は魔獣の足を一つ切り落としていた。
    「グギャアアアアアアアアア!!」
    足を一つ失った魔獣が凄まじい咆哮を轟かせ、激しい地鳴りを起こす。地鳴りと同時に襲い掛かる衝撃波を避けられず、大きく吹っ飛ばされるヴェルラウド。
    「フン、全く世話が焼けるわね」
    ジュエリーラがレウィシアに小瓶を二つ差し出す。解毒効果のある薬であった。
    「これは?」
    「解毒剤よ。あの男にも与えておきなさい。あんた達までやられたら困るんだから」
    レウィシアは解毒剤を飲み干す。体内の毒素は一瞬で消え去り、解毒に成功したレウィシアは倒れたヴェルラウドに駆け寄る。
    「ヴェルラウド、これを飲んで。解毒剤よ」
    ヴェルラウドは解毒剤の小瓶を受け取り、解毒剤を飲む。
    「すまない、助かったぜ」
    猛毒から回復したヴェルラウドが立ち上がる。
    「早く構えなさい!奴が暴れ出すよ」
    ジュエリーラの声に、レウィシアとヴェルラウドは戦闘態勢に入る。
    「グアアアアアアアアアアア!!!」
    魔獣は雄叫びを上げつつも、巨体を活かした叩き付けで地鳴りを起こす。
    「ヴェルラウド、私に任せて」
    地鳴りが起きる中、レウィシアは精神を集中させ、真の太陽の力を全開にする。全身が輝く炎のオーラに包まれ、両手で剣を構えて突撃する。魔獣は咆哮と共に、口から紫色のガスを吐き出す。
    「はああああっ!!」
    ガスが襲い掛かる中、レウィシアは大きく剣を振り下ろす。その斬撃は追い風と光の炎を伴う巨大な衝撃波を生み、吹き付けるガスを遮断しつつも魔獣の顔面に叩き込まれる。
    「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
    衝撃波は魔獣の顔面を大きく切り裂き、苦痛の雄叫びを轟かせる。
    「今よ、ヴェルラウド」
    レウィシアの言葉を受け、ヴェルラウドは赤い雷を剣に集中させ、飛び上がる。
    「うおおおおおおおお!!」
    迸る赤い雷と共に繰り出される空中からの一閃。その攻撃は魔獣の首を切り落とし、巨体に赤く輝く雷撃が襲い掛かる。黒い返り血を浴びながらも地に着くヴェルラウド。魔獣が息絶えると、その巨体は砂と化し、散っていく。
    「……片付いたか」
    魔獣が完全に倒された事を確認したヴェルラウドは安堵の声を漏らす。
    「何とか勝ったみたいね」
    勝利を確信したレウィシアは剣を収める。
    「流石、私の見込みは正解だったようね。よくやってくれたわ」
    ジュエリーラが拍手しながら賛辞の言葉を送る。
    「全く、あんなバケモノがいたなんて思わなかったよ」
    ヴェルラウドは返り血に塗れた衣服を見ながらも、やれやれと言わんばかりに溜息を付く。
    「さあ、邪魔者が片付いたところで改めてお宝探しに行くわよ」
    鞭を片手にジュエリーラが先へ進んで行く。
    「あいつは一体何が目的でヒロガネ鉱石を狙っているんだ?」
    ジュエリーラへの不信感が拭えないヴェルラウドはこっそりとレウィシアに言う。
    「解らないけど……場合によってはあの人とも戦う事になるかもしれないわ。ヒロガネ鉱石を手に入れる為にも」
    「どう見ても俺達に譲ってくれるとは思えんからな」
    レウィシアとヴェルラウドはジュエリーラの目的が気になりつつも、更に炭鉱の奥へ進んで行った。
    伝説の鍛冶職人ザルルの炭鉱へ向かうテティノとラファウスは森の中を彷徨っていた。飛竜カイルに乗って直接向かおうと試みたものの、上空からは炭鉱の入り口が見つけられず、仕方なく森の中に降り立って入り口を探す事になったのだ。
    「くっそー、こんな森の中でどうやって探せって言うんだよ!」
    険しい森の中、テティノは必死に炭鉱の入り口を探す。ラファウスは決定的な手掛かりを得ようと、風の力で周囲の匂いを探っていた。
    「……やはりこの辺りである事は間違いなさそうです。血の匂いがとても濃いですから」
    「何度も言うけど、それは信じていいんだろうな?後になって勘違いでしたとか言うのはやめてくれよ」
    「あなたが信じなくても、私だけでも探しますよ」
    冷徹な口調で言いながらもラファウスが周囲を探る。テティノは仕方ないなと思いつつもラファウスと共に動き始めた。


    炭鉱の奥に進むレウィシア達は通路の先に巨大な入り口を発見する。その先に広がるのは無数の光輝く水晶と鍾乳洞、そして神殿を思わせる朽ちた遺跡が建てられた大空洞であった。
    「あれが……!?」
    間違いなくこれがリヴァンの手記に書かれていた太古の遺跡である事を確信するレウィシア。遺跡はヒカリゴケに侵食され、入り口も苔に塗れている。
    「……噂は本当だったのね。これだけでも十分なお宝ものだけど、実に面白くなってきたわ」
    ジュエリーラは興味深そうに遺跡と周囲の景色を眺めている。如何なる出来事に対応出来るよう、常に警戒しつつも遺跡の内部に潜入するレウィシア達。所々に壊れた通路と瓦礫がある遺跡の中は魔物の気配は感じられず、不気味に静まり返っていた。瓦礫による障害物に苦労しながらも遺跡を進んでいると、不意にレウィシアが立ち止まり、背後を振り返る。
    「どうかしたか?」
    ヴェルラウドが声を掛ける。
    「……一瞬、後ろに何かがいるような気がしたの」
    レウィシアは背後から何かの気配を感じ取っていたのだ。
    「後ろに何かだと?」
    思わずヴェルラウドも背後を振り返り、ジッと様子を見る。
    「私達の他にここまで来るバカがいるとは思えないけど、未知の領域だから一応用心しておく事ね。背中は任せるわよ」
    一言を残してジュエリーラは前進していく。
    「レウィシア。構わず先へ行ってくれ。背後なら俺が常時監視しておく」
    「解ったわ。ありがとう、ヴェルラウド」
    ヴェルラウドの言葉を受け、レウィシアは再び歩き始める。
    「……一番怪しいのはどう考えてもジュエリーラだが、それ以外に何かか出てもおかしくないだろうな」
    背後からの気配は感じられず、ヴェルラウドはレウィシア達の後を追う。遺跡の奥へ進んでいくと、一行は破壊された巨大な扉を発見する。
    「ようやくゴールインかしらね」
    扉の向こうにあるものは、光輝く水晶で覆われた大広間であり、そして中心部には水晶に守られた台座が設けられ、台座の上には神々しい輝きの鉱石が祀られている。
    「まさかあれが……?」
    神秘的な輝きを放つ鉱石を見た瞬間、間違いなくヒロガネ鉱石だと確信するジュエリーラ。
    「フッ……ハハハハハ!とうとう……とうとう発見したわ!間違いない!これが伝説のヒロガネ鉱石よ!ただの伝説だと思っていた幻の秘宝が本当に存在していたなんて!」
    歓喜に浸るジュエリーラは意気揚々と鉱石に近付こうとするが、台座は周りの水晶に阻まれており、水晶を砕かないと近付けない状態であった。
    「おい、ちょっと待てよ」
    ヴェルラウドが呼び止める。
    「俺達もヒロガネ鉱石を手に入れるのが目的なんだが、お前は何故ヒロガネ鉱石を狙っているんだ?」
    ジュエリーラは眉を顰めつつも薄ら笑みを浮かべる。
    「そうねぇ。その話は後でやるとして、まずは鉱石を取るのに手伝ってくれないかしら。あんた達の剣だったら邪魔な水晶くらい切り落とせるんじゃない?」
    一体何を考えているんだとヴェルラウドが反論しようとした瞬間、レウィシアが前に出る。
    「だったら私がやるわ。確かにこのままでは取れそうにないから」
    レウィシアは剣を手に、力を込めて行く手を阻む水晶を切り落としていく。
    「これで何とか通れるわ」
    剣で水晶を全て切り落とし、道を開いたレウィシアが振り返った時、ジュエリーラがレウィシアに向けて二本のダーツを投げ付ける。
    「うっ!」
    ダーツは胸と脇腹に突き刺さり、レウィシアの意識が遠のき始める。
    「レウィシア!」
    ヴェルラウドが駆け付けようとした瞬間、ジュエリーラはヴェルラウドに数本のダーツを投げ付ける。剣で弾こうとするものの、三本のダーツがヴェルラウドの左腕、脇腹、右足に刺さってしまう。
    「ぐっ……貴様……何をしやがった……!」
    意識が遠のくヴェルラウド。レウィシアはジュエリーラの傍らで昏睡状態に陥っていた。
    「ご苦労だったわね。あんた達はこれで用済みよ。おかげで念願のお宝を手に入れられたんだから」
    ジュエリーラが投げたダーツには強力な睡眠効果のある薬が塗られており、ヴェルラウドも意識を失ってしまう。
    「これがヒロガネ鉱石……売るのも勿体無いわね」
    鉱石の輝きに魅入られたジュエリーラは切り開かれた水晶の欠片を蹴散らしながらも手に取ろうとした瞬間、足音が聞こえ始める。
    「ほほう、まさかこんな場所があったとはな」
    声と共に現れたのは、ロドルであった。
    「貴様は……ロドル・アテンタート!」
    ジュエリーラが表情を引き攣らせる。
    「見つけたぞ、ジュエリーラ」
    続いて現れたのは、依頼者の男であった。
    「俺はかつて貴様らによって滅ぼされた密輸組織の残党さ。賊殺団のボスの娘である貴様に恨みを晴らしに来たんだよ」
    「何だと?」
    依頼者の男は十数年前、賊殺団との抗争に敗れた密輸組織の残党であった。自身が所属する密輸組織の壊滅後、賊殺団への復讐を目的にトレイダの闇商人として資金を稼ぎ、ジュエリーラの暗殺を依頼していたのだ。
    「……死にぞこないの分際で私に復讐するとは。だが、此処で死ぬわけにはいかない」
    ジュエリーラは汗ばんだ表情で鞭を振り回す。
    「俺のターゲットは貴様でしかない。死ね」
    二刀流の刀を手にロドルが襲い掛かる。斬撃は一瞬でジュエリーラのフェイスマスクを切り落とす。露になった口元を軽く押さえ、猛毒が塗られたダーツを投げつつも鞭を振るうジュエリーラ。だがそれらの攻撃は全て回避され、ジュエリーラの背後にロドルが現れる。
    「がはああっ!!」
    連続による斬撃がジュエリーラの背中を深々と斬りつけ、鮮血が迸る。
    「がっ……あ」
    背中に受けた大きなダメージによってガクリとバランスを崩すジュエリーラ。更にロドルの斬撃はジュエリーラの両肩を深く切り裂いた。
    「ぐはあっ!!がっ……んぅっ!げぼっ……ごぼおぉっ!!」
    致命傷を負ったジュエリーラの口から大量の血が吐き出される。全身が血に塗れ、その場に倒れ伏したジュエリーラは苦悶の声を上げつつも更に血を吐き、呼吸を荒くする。
    「言い残す事は無いか?」
    ロドルがジュエリーラの首元に刀を突き付ける。
    「……ふっ……くっくっくっ……所詮はこうなる運命だったという事か。だが……伝説の秘宝を目に出来ただけでも満足よ……んっぐ……!ぐぼっ……あ……はぁっ……」
    血の海の中で吐血しながらも不敵に笑うジュエリーラ。ロドルはふと台座にある鉱石を見つつも、倒れているレウィシアとヴェルラウドの姿を見た。
    「……これでまた、人間に生まれ変わるなら……どうか……陽の当たる世界……で……」
    血塗れの口を動かしながらも、ジュエリーラは息を引き取る。ロドルはジュエリーラの死体を見下ろしながらも刀を収め、依頼者の男に視線を移す。依頼者はジュエリーラの惨殺ぶりに怯えていた。
    「仕事は完了だ。残りの報酬をよこせ」
    冷酷に言い放つロドル。依頼者の男は手を震わせながらも札束を差し出す。
    「……それが残り全部か?」
    「は、はい!み、見事なお仕事ぶりでしたあ!!」
    ロドルは札束を受け取ると、即座に刀を抜き、依頼者の男を深く斬りつける。
    「ギャア!!な……なんで俺まで……」
    依頼者の男は恐怖と苦痛に表情を歪めながらもバタリと倒れ、そのまま息絶える。
    「不足分は貴様の命で補ってもらう」
    ロドルは依頼者の男の遺体を足蹴にしつつも、その場から去った。


    その頃、テティノとラファウスはやっとの思いで炭鉱の入り口を発見し、内部に潜入していた。
    「成る程、こんな炭鉱だと確かに採掘が捗りそうだな」
    周囲に存在する水晶と鉱物に気を取られつつも坑道を進んでいく二人だが、不意に前方から気配を感じ取り、咄嗟に岩陰に身を隠す。現れたのは、暗殺を終えたばかりのロドルであった。ロドルは二人の気配を察してか一度立ち止まるものの、軽く周囲を見回しては再び進み始め、そのまま通り過ぎていった。
    「あいつ、何処かで見たような……」
    ロドルの姿に見覚えがあると感じたテティノとラファウスの頭にある出来事が浮かぶ。かつてアクリム王国を震撼させていた凶悪な魔物クラドリオとの戦いに割り込んで現れた忍の装束の男であった。
    「あの男も私達と同じ魔魂の力で魔物を圧倒していました。まさかこんなところにいるなんて……」
    「もしかするとあいつも……いや、それよりレウィシア達は無事なのか!?」
    レウィシアとヴェルラウドの安否が気になったテティノとラファウスは足を急がせ、坑道を進んでいく。


    ロドルが去ってから暫く経過すると、薬の効果が切れたレウィシアは意識を取り戻す。
    「……う……私は一体……」
    胸と脇腹に刺さっているダーツを引き抜き、ふら付きながら立ち上がったレウィシアは周囲の様子を確認すると、驚愕の余り表情を凍らせる。ロドルによって惨殺されたジュエリーラと依頼者の男の死体が血塗れで転がっているのだ。
    「何があったというの……」
    余りの陰惨な出来事に口元を覆いながら身震いするレウィシア。
    「う……くっ」
    ヴェルラウドも意識を取り戻し、突き刺さった三本のダーツを引き抜きつつも立ち上がる。
    「な、何なんだこれは……」
    ジュエリーラと依頼者の男の惨殺死体が視界に飛び込んだ瞬間、愕然とするヴェルラウド。
    「私達がジュエリーラに眠らされた後、恐らく何者かが現れて、それで……」
    レウィシアが推測のままに呟く。ジュエリーラ達を殺した人物は一体何者なのか。そう思いつつも二人の死体を確認して台座に視線を移すと、台座に祀られている鉱石は無事であった。
    「どうやら、そこにある鉱石は無事のようだな。そいつが本当にヒロガネ鉱石なのかは解らんが、今のうちに取っておこう」
    レウィシアは軽く頷き、台座の鉱石を手に取る。光輝く鉱石からは不思議な暖かさと力強さが伝わり、思わず鉱石をジッと眺めるレウィシア。
    「……確かに、今までに無い不思議な力を感じる。きっとこれがヒロガネ鉱石に違いないわ」
    他には無い力が宿っている事からヒロガネ鉱石だと確信したレウィシアは鉱石を手にしてはヴェルラウドの元へやって来る。ヴェルラウドはジュエリーラの死体をジッと確認していた。
    「この女は俺達を利用していた悪党だが……こうなってしまった以上、手厚く葬ってやるか。もう一人の奴は何者か解らんが、少なくともそいつの仕業ってわけではないだろう」
    「そうね」
    レウィシアとヴェルラウドはジュエリーラと依頼者の男を担ぎながらも遺跡から脱出し、坑道を進んでいると、何かの気配を感じ取って立ち止まる。だがその気配は魔物ではない。後を追って炭鉱に潜入したテティノとラファウスの気配であった。
    「レウィシア!ヴェルラウド!無事だったんだな!?」
    テティノが声を上げる。
    「テティノ!ラファウス!どうして此処に!?」
    「私達の力で何とか後を追って此処まで来たのですよ」
    「そういう事だ。今回はラファウスのおかげで来れたようなものだからな」
    テティノとラファウスまでやって来る事は予想外だった故に驚きを隠せないレウィシアを横に、ヴェルラウドが全ての経緯を説明する。
    「そ、そんな事があったのか?しかもそいつ、気を失っているんじゃなくて死んでいるのか……?」
    レウィシアが担いでいるジュエリーラは既に死亡している事を知ったテティノが愕然とする。そしてラファウスが炭鉱から去ろうとしていた忍の装束の男———ロドルについて話し始める。
    「何ですって!?まさか、あの時の男が……!」
    レウィシアは魔物クラドリオとの戦いの最中に忍の男が現れ、圧倒的な力でクラドリオを撃退した一連の出来事を思い出すと同時に、ジュエリーラを惨殺したのは忍の男ではないかという考えが頭に浮かぶ。
    「何の話だ?忍の装束の男って誰なんだ?」
    事情が解らないヴェルラウドに、レウィシアとラファウスが全て説明する。
    「つまり、忍者と呼ばれる戦士ってわけか。忍者は隠密のままに標的の首を狙う凄腕の暗殺者だと聞く。ラムスのような物騒な街だったらそういう奴が一人はいてもおかしくないだろうな」
    恐るべき実力を持つ忍の暗殺者———ロドルの存在に、ヴェルラウドは表情を強張らせる。
    「とりあえず、ヒロガネ鉱石は手に入れたんだよな?」
    「ええ、何とかね」
    光り輝くヒロガネ鉱石を差し出すレウィシア。テティノとラファウスはヒロガネ鉱石の輝きに思わず見とれてしまう。一行はすぐさま炭鉱から脱出し、森の中でジュエリーラと依頼者の男を手厚く埋葬しては飛竜カイルを呼び寄せ、その場を後にした。
    「全く。無事で目的を達成したのはいいけど、もうあんなろくでもない街は勘弁だからな!」
    カイルを操りながらもテティノが不満そうにぼやく。
    「ごめんなさい。私が軽はずみで誘いに乗ったばかりに……」
    レウィシアが申し訳なさそうに言う。
    「経緯はどうあれ、ヒロガネ鉱石を手に入れる事が出来ただけでも良いでしょう。今後の事を考えなさい」
    冷静な物腰で構えるラファウス。
    「で、次はどうするんだ?確か伝説の鍛冶職人とやらがトレイダの街にいるって事らしいが」
    ヴェルラウドの言葉で、レウィシアは再び手記の写しを確認する。ヒロガネ鉱石の神の光を武器に宿すには伝説の鍛冶職人の腕が必要であり、商業都市トレイダに住む職人の間では有名な存在と言われている。手に入れたヒロガネ鉱石の力を武器に宿す事が出来る伝説の鍛冶職人を探す為、一行はトレイダへ向かう事となった。トレイダはラムスから比較的近い位置にあり、辿り着くにはそう時間は掛からない程の距離だった。飛び立ってから少し経つと、一行はトレイダに到着する。トレイダは世界最大の商業都市と呼ばれるだけあって幅広い市場が存在し、様々な商売で大いに賑わっていた。
    「こういう街だったら、色んな手口で妙なものを売りつける商人もいるだろうからな。レウィシア、変なのに釣られて騙されないでくれよ」
    「解ってるわよ。でもこの街って確か……」
    レウィシアはふと、ある人物の姿が頭に浮かぶ。ひょんな事で出会い、一時期行動を共にしていたよろずメイド行商人のメイコであった。トレイダにてメイコが所属している商人団体の拠点があるという話を思い出していたのだ。
    「そういえばメイコさん、お元気かしら」
    レウィシアの口から出たメイコの名前に、ラファウスはそういえばと思いつつも軽く息を吐く。
    「一度メイコさんに顔を見せに行きますか?もしかすると何か知ってるかもしれませんからね」
    「そうね」
    「メイコさんって……誰だっけ?」
    誰の事か解らないテティノにラファウスが説明する。
    「ああ、あの犬を連れたメイドの人か。あの人商人だったのか?」
    「そうですね」
    「おい、今度は誰の話なんだ?」
    全く話に付いて行けないヴェルラウドに、レウィシアが改めて話す。
    「……つまり、そのメイコっていう人に話を聞くってわけか?」
    「ええ。知り合いだから」
    一行はメイコが所属する商人団体の拠点を探し始める。多くの市場が並ぶ中、商品の奪い合いをする人々や直接声を掛けて怪しげな物を売りつけようとする商人も数多くいたりと、ラムスとはまた違った落ち着かない印象のある街であった。人々からの情報で商人団体の拠点となる場所を突き止めた一行は街の中心地にある建物に向かう。そこは、世界各地から輸入された様々な物品を販売している百貨店であった。
    「凄いな……こんな大きな店舗があるのか?」
    大盛況の店内と豊富な品揃えぶりに興味津々なテティノを横に、レウィシアはキョロキョロと辺りを見回している。
    「あまり見回してはいけませんよ、レウィシア」
    ラファウスが一言注意する。直接店員から声を掛けられて何かを勧められると面倒だからという考えでの事であった。
    「これだけの大きな店舗は初めてだから、つい……」
    「今は買い物目的ではありませんから」
    「そ、それもそうね」
    店舗の品揃えに興味を抱きつつも、目的優先で進むレウィシア。
    「お客様、何かお探しでしょうか?」
    突然、店員から声を掛けられる一行。
    「あ。あのー……メイコというメイド商人の方を探しているのですが」
    レウィシアが用件を伝える。
    「メイコさんというと、我々と同じ店員の方ですか?先程四番市場の方に商談へ向かわれましたが」
    「四番市場?」
    店員曰く、トレイダの市場は幾つか区分されており、その中の四番市場は様々な掘り出し物を取り扱う市場となっていた。噂では密輸品も存在すると言われ、闇市場と称する者もいる程であった。一行はすぐさまトレイダの四番市場へ向かう。四番市場は所々で奇妙な恰好をした商人が営業活動に勢力を燃やしていたり、胡散臭い骨董品が売られている店舗が営業していたりと危なっかしい空気が漂っていた。
    「何だか、此処も色々落ち着かないな。まるでラムスと似たり寄ったりじゃないか」
    闇市場といった雰囲気が漂う四番市場に早くも嫌悪感を抱き始めるテティノ。レウィシアはふと一匹のシッポが丸まった犬を発見する。メイコの愛犬ランであった。
    「この子はもしかして、メイコさんの飼い犬のラン?」
    ランはレウィシアに気付くと、ワンワンと吠えながらレウィシアの足元に擦り寄り始める。レウィシアは笑顔でそっとランを撫で始める。
    「まあ、ランったらどうしたの?って、あなたはもしやレウィシアさん!?」
    声と共に現れたのはメイコであった。
    「メイコさん!」
    「レウィシアさん!お久しぶりじゃないですかあ!まさか此処で再びお会い出来るなんて!さては私の力が必要になったのですね!?」
    「そ、そういう事になるのかな……」
    相変わらずの明るいテンションで振る舞うメイコを前に、レウィシアは懐かしさを覚える。
    「それでもってラファウスさんと、いつか訪れた水の王国の王子様も……あと、誰ですかそちらのイケメンなお方はー!?」
    ヴェルラウドの存在に気付いたメイコが目を輝かせ始める。
    「レウィシアさん!もしや旅の途中でイケメンな男の人と出会って恋人同士になったんですか!?私にも紹介して下さいよ!」
    至近距離まで顔を近付け、唾を飛ばす程の勢いでレウィシアに問い詰めるメイコ。
    「ち、違うわよ!断じてそういう関係じゃなくて、ただの旅仲間だから!」
    勢いよく迫るメイコを必死で押し退けるレウィシア。
    「おい、何なんだありゃ?」
    メイコの勢いぶりを見たヴェルラウドは訳が解らず呆然とする。
    「さあね……一応知り合いのようだけど」
    唖然とするテティノを横に、ラファウスが冷静にメイコについて説明を始める。
    「いや~それにしても、こういう場所でレウィシアさん達と再会できるなんて、これも何かの運命でしょうか!?」
    「運命かどうかよりも、あなたにお聞きしたい事があるのですよ」
    ラファウスは現在の目的を伝えつつも、伝説の鍛冶職人について聞き出す。
    「伝説の鍛冶職人ですか?はて何処かで聞いたような……」
    「本当!?」
    メイコは突然、手帳を広げ始める。商談等のメモとして活用している手帳であった。
    「……あ~、今思い出しましたよ。鍛冶師のレンゴウさんからそういう話をお聞きした事がありましたねぇ」
    「何ですって!?」
    鍛冶師レンゴウとは、トレイダ一の鍛冶職人と呼ばれている人物であった。半年前にメイコが商売でレンゴウへ特製のハンマーを売りに行った際、伝説の鍛冶職人に関する話を聞かされたというのだ。
    「それで、一体どんな話を聞かされたの?」
    「うーん、詳しい事はよく覚えていませんね。私にとって有益じゃない話は不要という事で、話の内容まではメモしていないのですよ!」
    「そ、そうですか……」
    内心そこまでの期待は出来なかったかと思いながらも、レウィシアは鍛冶師レンゴウの居場所について聞き出す。メイコによると、レンゴウは街の東で数人の弟子と共に鍛冶屋を経営しているという。
    「レンゴウさんのところへ行くのでしたら、私が喜んでご案内致しますよ!馴染みのある人がいると心強いでしょうから!」
    意気揚々と同行しようとするメイコに若干不安を覚えながらも、レウィシアはその言葉に甘える事にした。シッポを振るランをリードで誘導しつつも、レウィシア達を案内するメイコ。四番市場を出てから少し経つと、古びた建物の前に辿り着く。レンゴウが経営する鍛冶屋であった。早速鍛冶屋を訪れようとする一行。
    「おっと、入るのはまだ早いですよ!」
    「え?」
    突然、メイコが一行を引き止める。
    「レンゴウさんは色々頑固なお方ですから、まずは私が軽く話を付けてアポイントメントを取っておきますね!」
    そう言って鍛冶屋に入って行くメイコ。
    「何だか色々と掴めん人だが、頼りにしてもいいのか?」
    ヴェルラウドがレウィシアに問う。
    「まあ、こういう時には心強いかもしれないわ。元々この街の人のようだから」
    そう返答するレウィシア。暫く経つと、メイコが戻って来る。アポイントメントは成功した模様で、一行は鍛冶屋にいるレンゴウを訪ねる。
    「ほほう、おめぇらが行商メイドの姉ちゃんが言ってた愉快な御一行様か?」
    レンゴウは、小柄ながら逞しい肉体に鉄兜を被った強面の男であった。
    「私達はこのトレイダに伝説の鍛冶職人が存在するという噂を聞いてやって参りました。この街の職人の間では有名だと言われているそうですが、何か知っている事は御座いませんか?私達は今、伝説の鍛冶職人の力を必要としているのです」
    レウィシアは事情を説明しつつも、伝説の鍛冶職人について聞く。
    「ふーん、伝説の鍛冶職人ねぇ。だがよ。このオレじゃなくて、伝説の鍛冶職人の力が必要というのはどういう事だ?」
    レウィシアはこれまでの経緯を話すと、自身の剣にヒロガネ鉱石の力を宿すという目的を明かす。
    「こ、こいつがあの伝説のヒロガネ鉱石だというのか!?たまげたぜ。まさか本当に存在していたとはな」
    ヒロガネ鉱石を見たレンゴウは驚きと同時に興味深く眺める。
    「確かにこいつはオレの手では到底扱えそうにねぇ代物だ。おめぇらが伝説の鍛冶職人の力を求める理由がハッキリと解った以上、教えねぇわけにはいかねぇな」
    「本当ですか!?」
    「ああ。一回しか言わねぇから耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」
    レンゴウは伝説の鍛冶職人について語り始める。


    伝説の鍛冶職人———トレイダにて生まれた偉人として知れ渡っており、ヒロガネ鉱石やオリハルコンといった並みの鍛冶屋では到底扱えない神の遺産となる鉱物を材料に武器を造り、また武器に鉱石の力を宿す腕前を持つ鍛冶師であった。伝説の鍛冶職人は古の時代の人物であるが、血筋は代々受け継がれ、現在も子孫となる者が存在している。血筋を受け継ぐ子孫の名はジュロ。妻子と過ごしながらも伝説の武器を生み出すのを目的にトレイダの鍛冶師として活動していた。だが、血筋によるジュロの腕前はラムスの密輸組織や暗殺組織といった数々の闇の組織に目を付けられるようになり、伝説の武器を生み出す可能性のある素材や巨額の財産との引き換えによる取引を行うようになる。闇の組織への協力に手を染めた事によって自身の鍛冶が誤った方向に向かった末、妻は蒸発し、子供はトレイダの奴隷商人に売られてしまい、やがてジュロ自身も消息不明となった。奴隷として売られた子供は既に買い取られてしまい、人々の間では今、ラムスにて高い戦闘能力と凄腕の鍛冶の技術力を兼ね備えた暗殺者が住んでいるという噂があるのだ。
    「その暗殺者というのは……」
    「ああ。そいつがその奴隷として売られちまったジュロの子供だろう。そこでだ、こんな本を見つけちまったんだ」
    レンゴウが出してきた本は、既にもぬけの殻となったジュロの家から発見した日記であった。黄ばんだ紙面に擦れた文字ながらも辛うじて読める部分にはこう書かれてある。


    ダメだ。俺は何をやっても伝説の武器を生み出せない。密輸組織の奴らから頂いた素材は確かに見た事のない代物だったが、伝説の武器の材料ではなかった。俺が目指していた武器は、こんなものではない。ラムスの闇組織に協力すれば俺の理想の武器が造れると思っていたのに。伝説の鍛冶職人とは何だ。俺の血筋ならば、伝説の武器を生み出せるはずだ。そう信じていた。

    俺がリティカに惚れたのは、死に掛けていた俺を助けてくれたからだ。あの時リティカがいなかったら、俺はとっくに死んでいた。リティカが王女だろうと何だろうと、俺にとっては運命の相手だった。リティカがいなくなった今、ロドルとかいう邪魔な息子しかいない。ロドルは何の役にも立ちやしないただのガキ。武器造りが全ての俺にとっては邪魔なだけでしかない。だから奴隷商人に売った。聞いた話、ロドルのガキはラムスの暗殺組織に引き取られたらしい。もしロドルがラムスで暗殺者として育ったら———。


    「ロドル……?暗殺者……」
    レウィシアは日記を何度も読み返す。
    「ジュロとは少し話した事あるが、どうにもいけ好かねぇ野郎だった。自分以外の奴は認めねぇと言わんばかりに他の鍛冶師を見下すような奴だったからな。あれじゃあ嫁も子供も可哀想としか言いようがねえよ」
    レンゴウとジュロは多少面識があり、同じ鍛冶職人ながらも性格面の問題で相容れない関係であった。
    「だがよ、ラムスでは凄腕の鍛冶の腕を持つ暗殺者がいるって噂がある以上、ジュロの子供であるロドルにも伝説の鍛冶職人の血筋が受け継がれているのは間違いないはずなんだ。つまり、どういう事か解るよな?」
    その言葉にレウィシアの頭からある考えが浮かぶ。ラムスにいる暗殺者ロドルも伝説の鍛冶職人の子孫であり、ロドルの鍛冶の腕ならばヒロガネ鉱石の力を剣に宿す事が可能かもしれないと。同時にジュエリーラを惨殺した張本人ではないかと考えるものの、一先ずロドル本人と直接会う事にした。
    「……ならば、今そのロドルという暗殺者の元へ向かいます」
    「おい、そう簡単に言うなよ。あのろくでもない街にいる暗殺者なんだろ?そんな奴が易々と引き受けてくれると思うのか?」
    テティノが異議を示す。
    「そんな事は承知の上よ。けど、今は当たってみるしかないでしょ?」
    「それでも引き受けてくれなかったらどうするんだ?」
    「やってみなきゃ解らないでしょ!」
    複雑な思いをしつつも、頑なに意向を曲げないレウィシア。その横でラファウスはロドルの正体について色々考え事をしていた。
    「水色の。気が進まねぇんだったら一人で留守番してろ。俺は強くなれる方法があるなら何にでもしがみ付くからな」
    「失礼な!僕の名はテティノだ!そこまで言うんだったら僕も付いて行くさ」
    ヴェルラウドの横槍での一言に反論しつつも、テティノは渋々と同行を引き受ける。
    「まあ待て。相手が相手なだけにタダで引き受けるような奴じゃねぇだろうから、こいつを持っていきな」
    レンゴウが巨大な金塊を差し出す。
    「これは……金塊?」
    「ジュロの家から日記と一緒にこっそりと持って来たんだ。闇組織との取引の際に頂いたんだろうな。賄賂になっちまいそうだが、何もないよりはマシだろうぜ」
    レウィシアは金塊を受け取ると、不意に金塊の重さを感じ取る。本物の純金であった。
    「まあ、本物の純金ですかぁ!?それさえあれば大金持ちですね!レンゴウさん、私にも分けて下さいよ!」
    メイコが目を輝かせて頼み込むが、レンゴウは全く相手にしない。
    「レンゴウさん、ありがとうございます。私達は行きます」
    内心不安な気持ちになりつつも、レウィシアはレンゴウに礼を言っては仲間と共に去って行く。
    「レウィシアさーん!せめて便利アイテムの一つくらいは買っておいた方がいいと思いますよー!」
    メイコが呼び掛けるものの、レウィシア達は気に留める事なく既に去っていた。
    「うるせぇぞ。物売りだったら余所へ行ってくれ」
    レンゴウからの一言に、メイコは悔しそうな表情を浮かべる。
    「くう~!せっかく仕入れたばかりのとっておきのアイテムを売ろうと思っていたのに、どうしてレウィシアさん御一行はノリが悪いのよ!悔しいからレンゴウさんに売ってやるわ!」
    「あん?何を売るってんだよ?」
    メイコが売ろうとしているとっておきのアイテムとは、生命力の促進を増強させる効果のある栄養剤バイタルドリンクと、肉体生命力を促進させて打たれ強くする成分が含まれた栄養剤のタフネスドリンクだった。レンゴウは試しに二種類のドリンクを購入して飲み干すと、全身に力が漲るのを感じる。
    「こ……これはすげぇ!その辺の栄養剤よりもずっと効果があるぜ!」
    「でしょ!?フフフ、レンゴウさんには丁度良いみたいですね~!」
    メイコが商売の成功に喜んでいる中、レウィシア一行は飛竜カイルで再びラムスへ向かっていた。
    雷霆の暗殺者代々受け継がれている伝説の鍛冶職人の血筋を持つ鍛冶師、ジュロ・アテンタート。持ち前の鍛冶の腕と優れた鍛冶技術による武器造りで生計を立てつつも自らの手で伝説の武器を生み出す事を目標としていた。伝説の武器となる素材を探す旅の途中で凶悪な魔物によって深い傷を負い、死の淵を彷徨っていたところに一人の女性が手を差し伸べる。女性は、辺境の小さな王国ライトナの王女リティカであった。リティカは王国でジュロを手厚く介抱し、ジュロは余所者である自分を献身的に助けてくれるリティカの人柄に好意を抱くようになり、王国内で交流を重ねているうちに運命を感じるようになった。リティカも自身が王女の立場である事と、自身を拘束する国王に嫌気が差していて、自由奔放なジュロに憧れを抱き、ジュロと駆け落ちする事を選んだ。
    「なあ、本当にいいのかよ?」
    「いいの。私の事は気にしないで。あんな国にいつまでも縛られるくらいなら、あなたと一緒に何処かで暮らす方がマシだから」
    「リティカ、お前……」
    「お願い。私を……あなたの帰る場所へ連れて行って。あなたの元で普通の人として生きたいの」
    ジュロはリティカの意思を受け止め、自身が住むトレイダへ迎え入れる。日々の武器造りに勤しみながらもリティカと暮らしているうちに一人の子供を授かり、生まれた男の子はロドルと名付けられた。王国の人間に追われる事無く、ジュロと共に幸せに過ごしていたリティカだが、ある日から幸せの歯車が狂い出すようになる。伝説の武器を生み出したい執念の余り、ジュロがラムスの闇組織と取引を始めたのだ。ラムスの闇組織は他では手に入らない怪しい物品を仕入れており、密輸組織と暗殺組織に様々な武器を献上する事で伝説の武器を生み出す可能性のある素材や金品を得るという取引に手を染めるようになってから、ジュロの心は次第に歪み始めていた。
    「ジュロ、もうやめて!どうしてそこまで伝説の武器を生み出したいの!?」
    「やかましい!お前には解らないだろうが、俺が伝説の武器に拘るのは意味があるんだ」
    自らの手で伝説の武器を生み出す。その理由は自身の名声を世界中に轟かせる事であったが、代々受け継がれる血筋が生む職人としての性によるものでもあった。リティカは歪に向かって行くジュロを止める事が出来ず、逃げるようにジュロの元を去って行き、そのまま消息不明となってしまった。

    リティカが蒸発し、ジュロの元にいるのは幼いロドルだけであった。闇組織との取引で得た素材でも伝説の武器を生み出す事は叶わず、目的が達成出来ない苛立ちはロドルへ矛先を向けられる事となった。何の役にも立たない邪魔なだけの息子といった感情しか持たず、次々と加えられていく無慈悲な仕打ち。ジュロから受けた虐待によって心身共々深い傷を刻まれたロドルは、闇市場の奴隷商人に売られていった。売られたロドルを買い取ったのは、ジュロと取引していた暗殺組織のボスであった。月日は流れ、闇組織にも失望していたジュロは街から離れていた。

    ラムスの暗殺組織のボスに買われたロドルは、暗殺者として育てられた。同時に、ボスから伝説の鍛冶職人の血筋を持つ子供だという事を教えられ、組織用の武器を鍛える鍛冶の技法も教え込まれていた。ボスは暗殺のみならず、鍛冶の腕前や技術にも優れた男であった。自身の手で徹底的に鍛え上げた刀による忍の暗殺者としての実力を身に付けたロドルは、ザルルの炭鉱に続く森の中に現れた雷を呼ぶ魔物討伐の命令を受ける事になる。魔物は操る雷で高等の暗殺者をも一瞬で倒す程の力を持っていたが、ロドルだけ魔物の雷に耐える事が出来た。魔物は雷の魔魂を食べてしまった事で雷を操れるようになった存在であり、ロドルの手で魔物が倒されると、雷の魔魂はロドルに力を貸すようになる。ロドルは雷の魔魂の適合者であった。


    俺はお前に力を与える……トレノと呼ぶと良い。お前は俺の適合者であり、お前の運命を導く者でもある。


    トレノと名乗る雷の魔魂は、ロドルの頭の中でそう語り掛けた。トレノによってロドルは雷の力を武器と共に操れるようになり、ボスが認める程の組織のトップに立つ実力者に登り詰めていた。だがロドルには、自分を売った父親であるジュロの暗殺と蒸発した母親リティカを探す目的があった。組織を離脱しようとボスをも抹殺し、組織のメンバーも皆殺しにしてしまう。ロドルの謀反によって暗殺組織は壊滅し、ジュロとリティカを探す為にラムスを後にする。半年後、伝説の武器の素材を求めて放浪の旅に出ていたジュロを発見しては抹殺したものの、リティカの姿は何処にもなかった。リティカの手掛かりを得る事すら出来ず、一先ずラムスへ帰還したロドルは報酬と引き換えに暗殺業を遂行する街の暗殺者として、または様々な鉱物を素材として武器を鍛える闇の鍛冶屋として活動するようになる。暗殺者としてのロドルは『死を呼ぶ影の男』として名を馳せており、ラムスの住民の間では知らぬ者はいない程であった。


    そして今日も闇の鍛冶屋として鍛え続ける。『覇刃』と名付けられた二本の刀を。蒸発した母親は今、ケセルという大敵の元にいる。大敵を討つ為にも、秘密の工房で自身の武器である刀を鍛え続けていた。
    「愚かな事だ」
    ロドルの頭の中でトレノが語り掛ける。
    「……何だと?」
    手を止め、反論するロドル。
    「如何に自身の武器を鍛えたとしても、あの男には勝てぬ。お前一人だけではな。お前も奴の底知れぬ力を目の当たりにしたであろう」
    淡々とした声でトレノが言うと、ロドルは眉を顰める。
    「俺にはお前を止める権利は無い。お前の運命はお前自身の足で進むものだ。だが、あのケセルという男を決して侮るな。目的を果たすには、一人では成し遂げられぬ事もある。覚えておくと良い」
    トレノの声を聞き終えたロドルは少し考え事をしては、再び刀を打ち始める。汗に塗れた険しい表情を崩す事なく、何度も何度も撃ち続けた。


    再度ラムスを訪れたレウィシア一行は、住民からロドルについて話を聞く。相変わらず乱暴な態度で絡んで来る荒くれや金を払うように要求する盗賊といったアウトローな連中ばかりであったが、力ずくでの聞き込みの結果、ロドルの住居を聞く事に成功した。
    「早いところ目的を済ませるわよ」
    一行はロドルの住居である町外れの長屋へ向かった。
    「……本当にこんなボロ家に住んでるのか?」
    廃墟にしか見えない古びた長屋を見て唖然とするテティノ。恐る恐る呼び鈴を鳴らすレウィシアだが、反応は無い。留守かと思った矢先、不意に気配を感じて振り返る。背後に立っていたのは、ロドルであった。
    「貴様等は……」
    レウィシア達の姿を見たロドルは何処かで見たようなと言わんばかりの表情を浮かべる。
    「あなたはあの時の……やはりそうだったのね!」
    過去に遭遇した忍の男がロドル本人だという事実に案の定と思いつつも、緊張感を覚えるレウィシアとラファウス。
    「あんたがこの街で有名な暗殺者のロドルか?ちょっと頼みたい事があるんだが」
    ヴェルラウドが問い掛ける。
    「……如何にもそうだが、何の依頼で来た?」
    レウィシアは複雑な思いを抱えつつも、ヒロガネ鉱石を手に事情を全て話す。
    「神の光が宿るヒロガネ鉱石だと……そいつを剣に宿せというのか?」
    「ええ。報酬だったらあるわ。あなたは暗殺業だけじゃなく、鍛冶もやっているんでしょう?」
    レンゴウから貰った金塊を差し出すレウィシア。ロドルはレウィシアが持つ金塊を受け取り、そしてレウィシアが手に持つヒロガネ鉱石を黙ってジッと見つめている。
    「……貴様は何が目的で俺にそんな依頼をする?」
    「ケセルという名の敵を討つ為よ。かつてこの世界を完全な闇で支配した冥神の化身たる存在……」
    レウィシアがケセルの名を口にした瞬間、ロドルの目が見開かれる。
    「ケセル……だと?」
    「知ってるの?」
    レウィシアの問いにロドルは返答せず、黙っていた。
    「もしかしてあなたも、ケセルを倒す目的があるの?」
    更に問うレウィシア。
    「もしそうだとしたら、ヒロガネ鉱石に宿る神の光をこの剣に宿さなくてはケセルは倒せないわ。あなたは伝説の鍛冶職人の血筋を持つ者だと聞いている。あなただったらきっと……」
    レウィシアはそっとロドルに自身の剣を見せると、ロドルはレウィシアの剣を興味深そうに眺める。
    「勝手を承知で言うけど、どうか私達の依頼を引き受けて欲しいの。それに、ケセルとの関係も教えてくれたら……」
    ロドルは即座に刀を抜き、レウィシアに向けて振り上げる。レウィシアは瞬時に回避し、剣を構えた。
    「……俺の相棒が頭の中で話していた。俺の同士たる者が現れ、そいつらと共に戦う運命があるとな。それが貴様である事を証明してみろ」
    二本の刀を構え、雷のオーラを纏うロドル。
    「そう……やはりそう出るのね。だったらこちらの頼みも聞いて頂けるかしら。私が勝ったら、同士として依頼を引き受けてくれるという事を」
    レウィシアは剣を構え、真の太陽の力を解放させる。
    「レウィシア!」
    「みんなは手を出さないで」
    仲間達はレウィシアの意を汲み、離れた位置で勝負の行方を見守る事を選んだ。ロドルは瞬時にレウィシアに斬りかかる。レウィシアは次々と繰り出すロドルの斬撃を受け止めつつも、背後を振り返る。
    「ああぁっ!!」
    即座に斬撃を弾いた瞬間、レウィシアの全身に雷撃が襲い掛かる。ロドルの雷の力によるものであった。
    「くうっ……!」
    構えを解かず、反撃に転じるレウィシア。幾度も切り結んでは後方に飛び退いて距離を取るが、ロドルの姿は既に消えている。背後にも姿は見えず、レウィシアは心を静め、相手の姿を捉えようと身構える。同時に、父ガウラの言葉が頭に流れ始める。


    戦士の心得———相手は目だけで追うものでは無い。相手の放つ気配を肌で感じ取る触覚、動きから発する音を感じ取る聴覚……真の戦士たる者は、己の五感で相手を捉える事も出来る。全ての雑念を捨て、己の五感を活かすのだ。


    相手の動きは目だけでは捉えられない。五感を利用して探る。その時に心を乱してはならない。雑念を捨て、降りかかる痛みを恐れてはならない。感じる。今、相手は此処にいる。
    「そこよ」
    レウィシアの一閃は、ロドルの左腕を捉えていた。ロドルは左腕の負傷を物ともせず、空中回転で後方に飛び退く。
    「……フン、やるな」
    ロドルの全身を覆う雷のオーラが激しい輝きを放つ。周囲に電撃を纏い、近付くだけでも感電する程の高電圧だった。
    「なんて凄まじい雷なの……!」
    雷の魔魂によるロドルの雷の力を前に息を呑むレウィシア。仲間達はロドルの雷に戦慄を覚えながらも、勝負の行方を見守るばかりであった。ロドルは雷を纏った二刀流の刀を振り翳しつつも、正面から飛び込む。その動きは残像が生まれる程の速さで、身構えるレウィシアの身体を一瞬で切り裂いていく。
    「くああっ!!がっ……ごあああ!!」
    鮮血が舞う中、レウィシアは激しい雷撃を受ける。それは傷口から電撃を流し込まれたような感覚のダメージとなり、煙を発しながらもガクリと膝を付くレウィシア。背後からロドルの姿が現れ、二本の刀がレウィシア目掛けて振り下ろされる。
    「レウィシアーー!!」
    テティノの叫び声が響き渡る。真っ二つになったレウィシアの身体は溶けるように消えていく。残像であった。斬られる瞬間に上空に飛び退いていたレウィシアが反撃の一閃を振り下ろすが、ロドルは即座に受け止め、両者は更に何度も切り結ぶ。火花と電撃が舞う剣と刀の激しい戦いは何者も寄せ付けない勢いであった。
    「レウィシア……!」
    ヴェルラウドは腰に装着した神雷の剣を見つめ、拳を震わせながらもレウィシアの勝利を祈る。
    「……まさかレウィシアが負けるなんて事はあり得ないよな?今のレウィシアには真の太陽の力というのがあるんだろ?」
    テティノが心配そうにラファウスに聞くが、ラファウスは無言であった。
    「おいラファウス、何とか言ってくれよ!」
    「黙ってなさい。レウィシアの勝利を信じる事です」
    「僕だって信じたいさ。でも……」
    内心不安になるテティノに対し、ヴェルラウドが鋭い目を向ける。
    「いちいち煩いぞ。お前も仲間だったら黙ってレウィシアを信じろ」
    ヴェルラウドの一言にテティノは思わず頭に血を登らせる。
    「クッ、言われなくても解ってるよ!」
    不貞腐れるテティノを横に、ヴェルラウドとラファウスは勝負の行方を見守っていた。
    「はああああっ!!」
    輝く炎を纏ったレウィシアの斬撃はロドルの残像を消し去り、瞬時に飛び上がっては大きく振り下ろす。レウィシアの前に現れたロドルは、胸に傷を刻んでいた。傷口から止まらない鮮血が溢れ出す。レウィシアの全身も鮮血が止まらない程の傷を負っていた。
    「貴様……レウィシアと言ったな。この俺の動きを捉えられる程の力量を得ているとは」
    「私は王国を守る騎士として育てられた身。でも今は大切な人々を救い、この世界を守る使命がある。その為にも、負けられないのよ」
    血を流し、傷だらけの両者が言い合う中、砂を纏った熱風が吹き付ける。レウィシアは剣を構えながら呼吸を整え、自身に言い聞かせる。


    負けられない。

    私は太陽に選ばれし者。大切な人々を救い、この世界を守る使命がある。

    そう、負けられない戦いだから……甘さを捨てなくてはならない。私と共にある真の太陽で全てを救う為にも、甘さを捨てて戦わなくてはならない。


    「……面白い」
    雷を纏いながら突撃するロドル。それに応えるように、輝く炎のオーラに包まれたレウィシアが剣を両手に立ち向かう。火花と稲妻が舞う激しい刃の激突が繰り広げられ、ロドルが一瞬で背後に回り込むと、振り下ろされる刀を弾くレウィシア。力比べの最中、ロドルの刀を纏う雷がレウィシアに襲い掛かる。
    「くはあっ!!」
    バランスを崩した隙にレウィシアの首を狙うロドルの刀。次の瞬間、ロドルは目を見開かせる。レウィシアが両手で刃を掴んでいるのだ。レウィシアは刃を握る両手に力を込める。特殊な金属による手甲で覆われているが故に傷付かないものの、両手から激しい電撃が伝わり、じわじわと全身を痛めつけていく。
    「……がああああっ!!」
    電撃を浴びながらもレウィシアは咆哮を轟かせ、刃を握り締めながらロドルの鳩尾に蹴りを入れる。その一撃によってよろめいた隙にレウィシアは飛び上がっての空中回転で背後に回り込み、ロドルの顔面に回し蹴りを叩き込んだ。
    「ぐっ……」
    昏倒するロドル。レウィシアは隙を与えぬ速さでマウントポジションを取り、ロドルの身体を抑え付けては剣を首元に突き付け、顔を近付ける。
    「これで一本取ったわ。まだやるの?」
    ロドルの視界に広がるレウィシアの表情は、途轍もない気迫に満ちていた。その気迫からは炎の輝きに満ちた闘志と大いなる使命を受けた戦士の力強さが感じられる。眼前からの鋭い視線と熱い吐息を感じながらも、ロドルは僅かに眉を動かす。
    「……悪くは無いな」
    「え?」
    「この俺を追い詰める程の強さがある貴様は……本物らしい」
    レウィシアは言葉の意図を聞き出そうと、至近距離の状態で更に鋭い視線を向ける。
    「勝負は貴様の勝ちだ。気は進まんが、依頼を引き受けてやる」
    その言葉を受けて思わずロドルを解放するレウィシア。
    「その言葉に嘘はないのね?」
    ロドルは返答せず、二本の刀を鞘に収める。敵意は無いと見たレウィシアも剣を収め、勝負はレウィシアの勝ちだと確信した仲間達がぞろぞろとやって来る。
    「レウィシア、勝ったんだな?」
    「ええ」
    仲間達は安堵の表情を浮かべる。
    「鉱石をよこせ」
    そっとヒロガネ鉱石をロドルに手渡すレウィシア。ロドルはヒロガネ鉱石をジッと見つめ始める。
    「ロドル。あなたも知っているの?ケセルがどういう存在なのかを」
    レウィシアが問い掛ける。
    「……つい最近会ったばかりだ。薄気味悪い野郎だが、この俺ですら寄せ付けぬ程の力を持っている。その気になれば俺の首を容易く吹っ飛ばせるような奴だ」
    吹き荒れる風の中、ロドルは静かにレウィシアの問いに答える。ロドル自身も、ケセルの底知れない力に戦慄を感じていたのだ。
    「だったら解るでしょう?私があなたの鍛冶の技術を必要としている理由が。今の私でもきっとケセルには勝てない。あなたの鍛冶でヒロガネ鉱石の力を剣に宿せば、ケセルを倒せるかもしれないから」
    レウィシアの言葉を受けたロドルは複雑な心境のまま、ヒロガネ鉱石を手に歩き始める。
    「付いて来い。これから秘密の工房へ行く」
    レウィシアはロドルの後を付いて行く。
    「ほ、本当に引き受けてくれるっていうのか……?」
    テティノが疑念の声を上げる。
    「今は彼を信じるしかないでしょう。私達も行きますよ」
    ラファウスはテティノを引っ張っていく。
    「……行くしかないか」
    ふと考え事をしつつも、ヴェルラウドは足を進ませる。


    ロドルが向かった先は、森の中にある屋根が付いた井戸の底に設けられた工房であった。一行はロドルの秘密の工房に入る。
    「こんなところに工房が……」
    驚くヴェルラウドの傍ら、レウィシアは自身の剣を鍛冶台にそっと置く。ロドルはヒロガネ鉱石を眺めつつも、精錬炉を眺めていた。巨大な精錬炉は高温を保っており、絶え間なく稼働している様子である。
    「……こいつを貴様の剣に宿すには、俺だけでは足りん。貴様の手も必要だ」
    「え?つまり私も手伝うという事?」
    「そうだ」
    突然の出来事に驚くレウィシア。鍛冶の経験は全くないレウィシアからすると戸惑うばかりであった。
    「わ、私に手伝えって言われても……完全に素人だし、出来る事なんて……」
    「単純な事だ。貴様は剣を打つだけでいい。俺と貴様の二人で打つ作業だ」
    精錬炉の近くにはハンマーが三つ程置かれていた。試しにハンマーを手に取るレウィシアだが、両手で持ち上げるのがやっとな程の重さであった。
    「関係のない奴らは引っ込んでろ。作業の邪魔が入れば命は無いと思え」
    作業準備に取り掛かろうとするロドルの一言。
    「だったらそうさせてもらう。レウィシア、後は頼んだよ」
    そう言い残して工房から去るテティノ。ラファウスとヴェルラウドも黙ってその場から去って行った。ロドルはヒロガネ鉱石を精錬炉に投入し、本格的に鍛冶に取り掛かる。レウィシアは作業工程を見守りながらも、鍛冶台に置かれた剣を眺めていた。


    それから半日———完成を待つ仲間達は井戸の前で焚き火を囲んで待機していた。
    「それにしても、完成までどれくらいかかるんだろうな」
    テティノが呟く。
    「伝説の鉱石を素材として剣を鍛える鍛冶だから、一日では足りないかもしれん。俺は鍛冶には疎いから実際のところは解らんが」
    ヴェルラウドは神雷の剣を眺めながらもテティノの呟きに応えた。
    「まさかこのまま何日も大人しく待ってろというのか?それまでの間どうしろっていうんだよ」
    「そういう時こそ鍛錬でしょう?ヴェルラウドと鍛錬してみては如何ですか」
    「ヴェルラウドと?」
    ラファウスの一言に思わずヴェルラウドを見つめるテティノ。
    「別に構わんぞ。俺も丁度鍛錬で暇を持て余そうと思っていたからな」
    立ち上がり、剣を抜くヴェルラウド。
    「ま、何もしないよりはマシか」
    テティノはヴェルラウドとの鍛錬に挑む事にした。
    「ラファウス、君はどうするんだ?」
    ラファウスは少し離れた場所で両手を広げて立っている。風の声を聞いているのだ。
    「全力で来な、水色の。お前の実力も気になっていたんだ」
    赤い雷を纏う剣を構えるヴェルラウド。
    「テティノだって言ってるだろ!全く、君の方こそ僕を侮るなよ」
    テティノは水の魔力を高め、槍を振り翳す。水の力を纏う槍と赤い雷の力を宿した剣の戦いが始まった。


    更に時が経ち、工房から轟音が鳴り響く。溶かされたヒロガネ鉱石が宿った剣を、ロドルとレウィシアが力を込めて打っているのだ。ハンマーの重みに耐えつつも、一点に集中して自身の剣を叩き込むレウィシア。


    レウィシアよ、決して心を乱すな。そして己の太陽がもたらす全ての力を込めろ。お前の剣に与えられるものは、紛れもなく神の力が宿いしヒロガネ鉱石。少しでも心に迷いがあれば完全な力は得られない。

    お前の太陽は、全てを救う力。お前の剣は、太陽と神が併せ持つ力となるのだ———


    レウィシアの頭の中から聞こえるその声は、ブレンネンの声であった。頭から聞こえるブレンネンの声を受け、レウィシアは自らの力の全てを信じるがままに、精魂を込めた一撃を自身の剣に打ち付ける。気迫に満ちたその顔は、汗で塗れていた。
    「おおおおおおおおおっ!!」
    凄まじい気迫でハンマーを振り下ろし、轟音を轟かせる。ロドルもそれに応えるように大きくハンマーを振り下ろし、力強く叩き込む。丸一日、更に半日に渡って不眠不休で鍛冶に打ち込む二人は、時が経つのを忘れる程であった。


    朝日の光が差し込む森の中———鍛錬を重ねて眠っていた仲間達が目を覚ます。
    「……朝か。あれからもうどれくらいになるんだ?」
    レウィシアとロドルの鍛冶の状況が気になるテティノ。
    「俺達が鍛錬をしている間、井戸から物凄い音が聞こえていたが……下手に邪魔するわけにはいかないからな」
    ヴェルラウドが冷静に言う。
    「私達はただ待つしか他に無いとはいえ……どうなっているのでしょうか」
    ラファウスが呟いた瞬間、井戸から足音が聞こえ始める。梯子から上がってきたのは、剣を持ったレウィシアであった。
    「レウィシア!」
    「みんな、ずっと待たせてごめんね。終わったわ」
    レウィシアが剣を掲げる。刀身からは神々しい程の神秘的な輝きを放っていた。ヒロガネ鉱石に宿っていた神の光をレウィシアの剣に宿す事に成功したのだ。
    「す、凄いじゃないか……それが完成した剣なのか!?」
    見違えるように変化したレウィシアの剣を見て驚く仲間達。
    「ええ。剣から物凄い力が伝わるのを感じる。これならば……」
    輝くレウィシアの剣を見ていたヴェルラウドはふと神雷の剣を見つめる。
    「成る程、神の力ってやつか。もしかしたらこいつにもと思ったが……な」
    ヴェルラウドは自身が使う神雷の剣にもヒロガネ鉱石の力を宿す事が出来たら、と密かに考えていたのだ。
    「ところで、ロドルは?」
    「彼は暫く工房で休息を取っているわ。久しぶりの力を込めた仕事で疲れていたようだから」
    全ての鍛冶作業を終えた後、ロドルは工房のベッドで眠りに就いていた。ベッドの傍らには、レウィシアが報酬として差し出した金塊が置かれている。剣を完成させた後、レウィシアはロドルにケセルを討つ目的を訊ねていた。


    ロドルがケセルを討つ目的———それは、生き別れになった母親を救う為であったという事を聞かされていたのだ。
    「何ですって?あなたのお母さんもケセルに……」
    「奴から聞かされた話だがな……真偽はどうあれ、奴も俺の敵である事は確かだ」
    レウィシアは共通の目的という事で仲間として共に戦うように言うが、ロドルはそれに応じようとしなかった。
    「同士であっても、俺は貴様等と同行する気は無い。追加の報酬があれば考えても良いが」
    「そう……」
    ロドルは工房の奥に設けられていた粗末なベッドに横たわる。
    「俺はあくまで与えられた依頼を受けただけだ。少し休息を取る。後は貴様等だけで勝手にやってろ」
    無愛想な態度で振る舞いつつ眠りに就くロドルに対し、レウィシアはありがとうと軽く礼を言い残してその場を去る。ジュエリーラの一件について内心気になっていたものの、一先ず心の中で留めておく事にした。


    目的を達成した一行は飛竜カイルに乗り、ラムスを後にする。
    「それにしても、暗殺者の力を借りるなんて思いもしなかったな」
    空中からラムスの街並みを見ながらもヴェルラウドが呟いた。
    「彼のおかげで大きな収穫を得たわ。複雑な気分だけど……」
    ロドルは暗殺者として生きる身。ジュエリーラを抹殺したのも暗殺者としての仕事。闇社会で生きる者としてはそれが生業の一つだと割り切るしかないのだろうか。そのうち彼も敵になるかもしれないけど、今は彼に感謝するしかないだろう。彼のおかげで、戦神アポロイアから譲り受けた我が剣に神の力を宿す事が出来たのだから。そう思いつつも、レウィシアは輝く戦神の剣を眺めていた。
    「もしヒロガネ鉱石がもう一つあれば、俺の神雷の剣にも……」
    ヴェルラウドもまた複雑な心境に陥っていた。途方もない大敵を相手にする事となった今、自身が何処まで力になれるか解らない。レウィシアとの同行を試みたのも、自身が扱う神雷の剣にもヒロガネ鉱石の神の力で大いなる力を得られる可能性を考えての事であった。だが発見出来たヒロガネ鉱石は一つだけで、結局叶わぬ事となってしまった。


    今戦うべき敵は、きっと神の力がないと倒せない存在なのだろう。神の力を得たのはレウィシアのみで、俺が得る事は叶わなかった。俺は何処まで力になれるだろうか?

    だが、俺は命に代えてでも……守るべきものを守りたい。例え力及ばずとも、俺には騎士として人を守る使命、そして英雄として戦い続けた父と母の誇りがある。

    俺を選んだ神雷の剣、そして我が赤雷の力を信じて戦う。騎士として、守るべきものを守る為にも———。


    亡き父と母、そして失った大切な人々の姿を浮かべながらも決意を新たにするヴェルラウド。一行を乗せた飛竜カイルは鳴き声を上げながらも、賢王マチェドニルが待つ賢者の神殿へ向かって行く。
    橘/たちばな Link Message Mute
    2020/12/01 23:39:29

    EM-エクリプス・モース- 第八章「神の剣と知られざる真実」その1

    第八章。この章はかなり長いせいで字数制限に引っ掛かったのでレウィシア編とスフレ編に分けています。その1は神の力を求める事となったレウィシア編のストーリーです。
    ##EM-エクリプス・モース- #創作 ##創作本編 #オリジナル #オリキャラ #ファンタジー #R15

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