イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    EM-エクリプス・モース- 第九章「日蝕-エクリプス-」その1古の英雄因縁の対決新たなる冥神滅びの日蝕六柱の神々古の英雄

    冥神———かつてこの地上を冥府という名の深淵なる闇で覆い尽くした魔の神。

    お前が挑む相手は、神そのもの。俺は多くの同士と共に冥神に挑んだ。お前はまさに俺だ。

    俺の全てをお前に与える。雷霆の魔導師トトルスとしての力を。


    小さな雷雲に姿を変えたトレノに乗るロドルが辿り着いた先は、孤島アラグであった。島中が凄まじい邪気に覆われ、中心部に聳え立つ高い岩山は頂上が黒い霧で覆われている。
    「ギギギ……ニンゲン……ニンゲン……」
    魔物の声が聞こえて来る。見上げると、無数の魔物が飛んでいた。更に、獲物に飢えた猛獣のような唸り声が聞こえる。島に生息する醜悪なデーモン族の魔物であった。
    「フン……死に急ぎたいのか」
    雷を纏う二本の刀を手に、ロドルは次々と襲い来る魔物達に挑んでいく。


    飛竜ライルと飛竜カイルは孤島アラグへと向かっていた。ライルにはリラン、ヴェルラウド、オディアンが乗っており、カイルにはレウィシア、ラファウス、テティノが乗っている。スフレに代わってライルを操る事になったリランは飛竜の扱いに慣れていないせいで思い通りに動くよう指示するだけでも一苦労であった。
    「くっ、スフレとマチェドニルはどうやって飛竜を手懐けたというのだ」
    手綱を握りつつ指示するリランだが、ライルは鳴き声を上げながらも不安定な飛び方をしていた。二体の飛竜は海に出るものの、目的地に辿り着くまではまだまだの距離だった。
    「全く、こんな時に完全な飛竜使いの素人に任せられるなんて思わなかったよ」
    テティノが呆れたように呟く中、レウィシアは俯き加減で考え事をしていた。
    「レウィシア、如何なさいました?」
    ラファウスが問うものの、レウィシアは返事しない。
    「レウィシア?」
    「……あ、ごめんなさい。ちょっと色々考えていて」
    「そうですか。無理もありませんね。冥神との戦いが控えていますから」
    「それもあるけど……」
    レウィシアはふとライルに乗っているヴェルラウドの様子を見る。不安定な飛行の中、ヴェルラウドは表情を変える事なく前方を見据えていた。その目には静かな怒りと悲しみの色が感じられる。
    「ヴェルラウド……」
    スフレが犠牲となった今、レウィシアはヴェルラウドの心中が気掛かりであった。
    「まさか、ヴェルラウドの事が気になるのですか?」
    レウィシアの表情で察したラファウスが問う。
    「……そうね」
    ラファウスは思わずヴェルラウドの顔色を伺う。それに気付いたのか、ヴェルラウドは無言でラファウスに向けて首を横に振る。俺の事は構うな、という意思の表れであった。
    「レウィシア。今は感傷に浸っている場合ではありません。その事はお解りでしょう?」
    ヴェルラウドの意思を読み取ったラファウスがレウィシアに言う。
    「ええ、解っているわ。今私達がやるべき事は、冥神を打ち倒す事。絶対に負けられない戦いだから」
    決意の一言と共に、レウィシアは顔を上げる。地平線に見えるのは、黒い霧が纏う高い岩山———孤島アラグだった。


    地底遺跡の奥底の最深部では、巨大な球体が空中に浮かび上がっていた。球体の中には、冥神ハデリアの新たな肉体となるネモアの身体、そしてハデリアの魂が入っていた。球体の様子を眺めているケセル。周囲には、闇の鎖による拘束で捕われた人々———クレマローズ王ガウラ、サレスティル女王シルヴェラ、聖風の神子エウナ、アクリム王女マレン、ブレドルド王、リティカ、そしてルーチェがいる。皆が魂を抜かれており、それぞれの魂はハデリアの球体の中に収められ、闇王ジャラルダの魂と融合した事で憎悪と破滅の魂へと作り替えられたブレドルド王の魂は既にネモアの肉体に取り込まれていた。そして、ハデリアの球体の中にいる六つの魂も取り込まれようとしているのだ。
    「ククク、主よ。決して悪くはあるまい?」
    六つの魂が次々とネモアの肉体に入り込んでいくと、ハデリアの球体が禍々しい力を放つ黒いオーラに覆われていく。
    「ふむ……その様子だとまだ完全に馴染んでいないようだな。まあ良かろう。奴らがどう足掻こうと、主は止められぬのだからな」
    腕を組みながらも様子を見守るケセル。ハデリアによって取り込まれたそれぞれの魂は冥神の力の源であり、冥神の強大な力を制御する素材であった。


    孤島アラグにて、襲い来る魔物の群れを雷の魔魂の力が宿る二本の刀で次々と切り裂いていくロドル。魔物一体一体の強さはロドルの敵ではないものの、数は一向に減らない様子であった。
    「チッ……あの野郎、何処にいる」
    空中から襲い掛かる影の魔物を一閃で数体撃破したロドルは立ち止まる事なく足を進める。島にある岩山の向こうに地底遺跡が存在するとトレノから聞かされ、ロドルは岩山を越えようとするものの、到底人が登れるようなものではなく、空中からの突入しか他ならない状況であった。
    「空から向かおうにも危険が伴うかもしれぬ。だが、お前ならば如何なる危険を顧みずに向かうのだろうな」
    トレノはロドルの意思を読み取ったかのように、小さな雷雲となって姿を現す。
    「全く、何処までも世話焼きな奴だ」
    雷雲と化したトレノに飛び乗るロドル。岩山を越えようとする中でも襲い掛かる魔物達だが、ロドルは刀を振り回していく。次々と発生する雷の衝撃波が魔物達を切り裂いていく。ロドルを乗せたトレノは上昇していくものの、岩山を覆う黒い霧によって視界が阻まれる。
    「小賢しい」
    ロドルは目を閉じながらも、見えない敵の群れを刀で斬りつけていく。視界が暗闇で覆われても、気配を探る事で敵を捉えていたのだ。


    それから暫く経つと、レウィシア達も孤島アラグに降り立っていた。島全体に広がる邪気は、肌で感じる程であった。
    「あそこにケセル……そして冥神が!」
    緊張感に満ちた表情で足を進める一行。
    「リラン様」
    レウィシアが突然リランに声を掛ける。
    「どうした」
    「……死んだ人を生き返らせる力は、存在しないのでしょうか」
    半ば重苦しそうな様子で問うレウィシアに、リランは僅かに表情を強張らせる。
    「そう考えているのは決して君だけではない。だから今言っておく。それは決して叶わぬ話であると」
    死した者を生き返らせる方法は存在しない上に、あってはならないという神の理について話すリラン。言葉も無く俯いているレウィシアを横に、ヴェルラウドは無言で拳を震わせていた。
    「今は人の命が失われたという事実に捉われてはならぬ。スフレの気持ちを無駄にするな」
    冷静な声でリランが言うと、レウィシアは力強く返事して顔を上げる。
    「む、あれは……」
    一行はふと足を止める。無数のデーモン族の死体の山。ロドルによって倒された魔物の群れであった。
    「まさか、我々の他にこの地を訪れた者がいるというのか」
    警戒しながらも足を動かす一行だが、空中からけたたましい鳴き声が聞こえて来る。シャドーデーモンの群れが空中を漂っているのだ。
    「邪魔をしないで」
    レウィシアは剣を掲げて意識を集中させると、剣先が輝く炎のオーラに包まれる。
    「待て、レウィシア。奴らは俺が片付ける」
    ヴェルラウドが剣を抜き、赤い雷の力を呼び起こす。
    「いくらあなたでも一人では……」
    「いいから俺に任せろ」
    そう返答すると、ヴェルラウドの全身から雷が激しく迸る。それはまるでヴェルラウドの内なる怒りを表しているかのようであった。その意思に応える形で黙って引き下がるレウィシア。
    「おおおおおおおおおお!!」
    飛び掛かるシャドーデーモンの群れに対し、ヴェルラウドは地面に向けて剣を振り下ろす。次の瞬間、地面に巨大な雷の魔法円が浮かび上がり、天から次々と凄まじい雷光が降り注いでいく。赤い雷光は眩い程光り輝いており、神の雷と呼ぶに相応しい輝きを放っていた。
    「グアアアアアアアアアアアア!!」
    赤い雷光の直撃を受けたシャドーデーモン達が浄化されるように消えていく。
    「うおおおおおおおおおお!!」
    更にヴェルラウドが剣を手に大きく振り上げる。その一撃は輝く赤い雷光の一閃となり、一瞬で残りの魔物達を消し去った。敵が全滅した事を確認すると、剣を収めるヴェルラウド。
    「凄い……」
    呆然とするテティノ。
    「赤き雷が輝いているように見えたが……それが赤き雷の真の力だというのか?」
    思わずオディアンが問い掛ける。
    「……俺でも解らない。神雷の剣に秘められた力によるものかもしれんが、もしかすると俺の心が力に変えたのかも」
    呼び起こした赤い雷が通常よりもずっと光り輝いているのは何故なのか、ヴェルラウドにも明確な答えが解らなかった。自身の心———スフレまでも失い、大切な人を守る事が出来ない悲しみ、そして全てを奪った憎き敵への激しい怒りが剣に伝わり、己の力へと変えたのだろうか。数々の戦いを重ねている内に、神雷の剣を使いこなす事が出来ていた。自身の心が伝わった事で、剣に備わる本当の力が目覚めたのかもしれない。
    「スフレはきっとあなたを見守っているわ。全てを守る為にも、必ず冥神を倒さなくては」
    レウィシアが足を進めると、ヴェルラウドも後に続く。
    「……赤き雷は戦女神の雷であり、全ての魔を打ち砕く雷と闇を浄化する光の炎の力を併せ持つ裁きの雷だと聞く。それが一段と輝いているという事は、もしや戦女神の意思がヴェルラウドに宿っているのかもしれぬ。冥神を裁きで打ち砕くという意思が」
    リランは輝く赤い雷について自分なりに解釈しつつも、一行の後を追う。暫く進んでいると、一行は高い岩山の前に辿り着く。見上げると、頂上が黒い霧で覆われていた。
    「恐ろしい邪気を感じる。冥神はこの岩山の向こうにいるわ」
    呟くレウィシア。岩山の向こうに存在する地底遺跡から発せられる邪気を、レウィシアは感じ取っていた。
    「これは飛竜で上から行くしかないのか?でもあの霧だと簡単に辿り着けないんだろうな」
    テティノが言うと、突然スプラが飛び出す。同時にエアロ、ソルが顔を出し、スプラの前に飛び出した。
    「何だ?お前達、どうかしたのか?」
    三体の魔魂の化身は岩山を見つめると、それぞれの宿主に入り込んでいく。
    「うっ……!」
    レウィシア、ラファウス、テティノは不意に意識が遠のき始める。三人の視界は真っ白になり、緑、青、赤の光が現れる。
    「我が力の適合者達よ。今こそ我々と共になる時が来た」
    三色の光が、人の姿へと変化していく。緑の光に包まれし者は、風の魔魂の主となる風の英雄ベントゥス。青の光に包まれし者は、水の魔魂の主となる水の英雄アクリアム。赤の光に包まれし者は、炎の魔魂の主となる炎の英雄ブレンネン。レウィシア、ラファウス、テティノの前に現れたのは、かつて冥神に挑んだ古の英雄達であった。
    「やあ。とうとうこの時が来たね。今まで君達を導いたのは僕達だ。そして僕達は今、魂として君達と一つになる。冥神を完全に滅ぼす為にね」
    「俺達は命の全てを力の魂へと変え、お前達に全てを託す。俺達と共に、全ての災いの根源となる冥神を滅ぼすのだ。これはお前達の戦いであり、俺達の戦いでもある」
    「我々は神に選ばれし者。神の手により魂を精神体へと変えて幾千の時を過ごし、お前達と共に冥神を滅ぼす使命を与えられた。冥神を滅ぼす為にも、我々の全てを捧げなくてはならない。今こそ我々と共に、道を切り開くのだ」
    それぞれ語り掛ける三人の英雄は三色の輝く玉となり、それぞれがレウィシア、ラファウス、テティノの中に入り込んでいく。光は英雄の精神体であり、玉は英雄の魂であった。
    「……おおおおおおおおおお!!」
    レウィシア、ラファウス、テティノの身体が凄まじい魔力のオーラに包まれる。
    「こ、これは……!?」
    三人の状況に驚くヴェルラウド達。レウィシアが前に出ると、ラファウスとテティノはレウィシアの後ろに並んで立つ。


    未来を守りし者達よ、今こそ力を合わせるのだ。それぞれの魔力を天に掲げよ———


    三人の頭の中から聞こえて来るブレンネンの声。それに従うように、三人は一斉に両手を天に掲げる。三人の元に、三色の光の柱が昇り始める。


    僕達の三つの魔力が一つの魔力として集まる時、それは一つの光となる———

    その光は、大いなる力となる。そして、お前達の進むべき道を切り開く———


    ベントゥス、アクリアムの声が聞こえる中、天に昇った三色の光の柱は岩山の頂上を覆う黒い瘴気を消し去り、そして巨大な光の矢が降り注ぐ。光の矢は岩山を削り取るように抉り始め、やがて一つの岩山を砕いていった。砕かれた岩山の向こうには、禍々しい悪魔の口を形取ったような門のある洞窟の入り口が見える。門の扉は破壊されており、洞窟の前には朽ちた巨大な台座が置かれていた。そう、洞窟は冥神が封印された地底遺跡の入り口であった。光の柱は消え、レウィシアは前方に存在する洞窟を目にした瞬間、確信する。
    「あそこに……冥神がいる」
    振り返らず、切り開かれた道を進み始めるレウィシア。ヴェルラウド、オディアン、リランの三人はレウィシア達から更なる大きな力を感じ取っていた。
    「レウィシア、今のは何なんだ?」
    ヴェルラウドが問う。
    「私とラファウス、テティノが持つ魔魂の主と一つになったのよ。魔魂の主は、冥神に挑んだ古の英雄だったから……」
    レウィシアの説明にヴェルラウドが絶句する。
    「ここに来て魔魂の主が私達に力を貸すとなると心強いですね。まるで生まれ変わったようです」
    魔魂に英雄の魂による更なる力が備わった事によって、レウィシア、ラファウス、テティノの三人は全身が漲るような感覚になっていた。
    「この力があればやれる気がする。マレンを救う為にも、絶対に負けられない」
    テティノの一言に頷くレウィシア。
    「まさかこれ程の力を生み出すとは。最早俺とは次元が違う」
    レウィシア達の力を目の当たりにしたオディアンはただ驚くばかりであった。
    「真の太陽と神の力、そして英雄の力……今まさにレウィシアこそ地上の希望だ。我々は地上の希望と共に戦う光ある者。我々も出来る限りの事を尽くさねば」
    リランの言葉に大きく頷くヴェルラウドとオディアン。一行は地底遺跡の入り口となる洞窟へ向かって行く。


    その頃ロドルは、トレノとの協力で瘴気に包まれた岩山を乗り越え、地底遺跡へ続く洞窟に侵入していた。
    「今のは……」
    レウィシア達が呼び寄せた光の矢によって岩山が破壊された衝撃は洞窟内にも伝わっており、一体何があったのかと思いつつもロドルが振り返る。
    「あいつらか。適合者に全てを捧げたという事か……」
    トレノが呟くように言う。
    「どういう事だ」
    「我が同士だ。三人の同士が適合者と共に力を合わせて道を切り開いた。そしてこの俺もお前に全てを捧げる事も必要となるだろう」
    「何だと……?」
    ロドルはトレノの言葉の意味を更に問おうとする。
    「いずれ解る事だ。先ずは奴の元へ急げ」
    半ばもどかしく思いつつも、ロドルは再び足を動かす。
    「グァァァァァ……」
    醜悪な唸り声。巨大な黒い肉塊がロドルの前に現れ、肉塊は人の形へと変化していき、三つの目玉が浮かび上がる。ケセルの魔力で生み出された影の魔物シャドーゴーレムであった。
    「失せろ」
    ロドルは雷の力を帯びた二本の刀で瞬時にシャドーゴーレムの両腕を切り落とす。だが、両腕はすぐに再生され、唸り声を上げながらも殴り掛かって来る。ロドルは両腕から繰り出される拳の連打を難なく回避するものの、シャドーゴーレムは全身から闇の衝撃波を放つ。
    「ぬうっ……!」
    咄嗟に防御するロドルだが、一瞬で吹き飛ばされてしまう。雄叫びを上げながらロドルに向かって行くシャドーゴーレム。巨体であるにも関わらず、一瞬でロドルの前に来る程の速さであった。振り下ろされる拳を両手の刀で受け止め、力比べをしつつもトレノによる雷の魔力を高めていく。最初はシャドーゴーレムの力に押されるものの、雷の魔力を最大限まで高める事によって徐々に押し返し、瞬時にその巨体を切り裂く。激しい稲妻が迸るロドルの斬撃は次々と繰り出されていく。凄まじい勢いによる二本の刀の斬撃は、シャドーゴーレムの身体をバラバラに切り裂いていた。三つの目玉は斬撃から発生した雷撃を受け、シャドーゴーレムの肉体共々瘴気と化して消えた。
    「こんな茶番に付き合う気は無い。奴は何処だ」
    刀を手にしたまま、ロドルは通路を進んで行く。


    一方、賢者の神殿にてヘリオの療養に協力している賢人達の元にマチェドニルが訪れる。ヘリオは激痛を堪えながらも、マチェドニルに顔を向ける。
    「そう無理するでない。足の完治は不能だが、義足に変えれば少しは歩く事が出来るかもしれぬ」
    痛ましく思いながらもマチェドニルがヘリオに向けて言う。
    「……いや……その必要は無い」
    「何?」
    「私の使命はレウィシア達を導く事。足を失ったが、使命のままにレウィシア達を導く事は出来た。全ての使命を終えれば、例え足が無い余生を過ごす運命になっても悔いは無い。我らサン族は、全ての使命を終えた時は静かに消えゆくようなものだ」
    ヘリオの表情は苦痛に苛まれながらも、穏やかなものとなっていた。
    「……そうか。お前がそう言うのならば何も言うまい。どうか、レウィシア達の勝利を祈っていてくれ」
    マチェドニルはヘリオを見守りつつも、その場から去る。そしてヘリオは思う。


    レウィシア達が挑もうとしている敵は、邪悪な力を司る冥神と呼ばれる存在。足を失っていなくとも、私如きでは無力に等しいだろう。それに……レウィシアからは真の太陽を遥かに越えるような力を感じた。あの時はヘドを吐かせたが、最早この私ですらかなう相手ではない。レウィシアは、きっと地上の太陽になる。


    マチェドニルはスフレの部屋に入ると、本棚を探っていた。勉強用として与えられた魔法や世界、歴史に関する書物が入っている中、ある一冊の本を引っ張り出す。スフレの日記帳であった。スフレが幼い頃から密かに付けていた日記であり、勉強の事や訓練での出来事、そしてマカロに関する話が書かれている。

    午の月 七の日
    魔法ってむずかしい。賢王さまからはお前には天性の魔力があるからいろんな魔法が使えるって言うけど、なかなかうまくいかない。マカロは魔法の先輩だし、何か教えてもらおうと思ったけど、専門外だからとか言って相手してくれなかった。でも賢王さまはあたしにあれこれ教えてくれる。あたしって大賢者になれるのかなぁ?

    寅の月 二の日
    今日、炎の魔法をマスターしたし、いろんな魔物を魔法でやっつける事ができて、賢王さまからお守りをもらっちゃった。でも、ちょっと気になることがある。最近マカロがものすごく冷たい。マカロが使う魔法はあたしには使えない雷の魔法だしすごいと思ってたけど、あたしと仲良くしたくないのかな?それとも、あたしがいろんな魔法を使えるのが悪いのかなぁ?

    寅の月 四の日
    今日、マカロが賢王さまに怒られていたのがちょっと気になったから何を言われたのか聞いてみたけど、全然教えてくれなかった。それどころか、訓練で忙しいとか言って全然口をきいてくれない。賢王さまはマカロの事をどう思ってるんだろう?


    更にマチェドニルは日記のページを開く。


    戌の月 二十六の日
    マカロが死んだ。どうしてマカロがあんな怖い力を持ってあたしを殺そうとしていたのかわからない。あたしは天性の魔力とかいうものが備わってるせいでいろんな魔法を使えるから、マカロはあたしの事をずっと妬んでいたの?賢王さまはマカロの事だってちゃんと認めているのに。あたしがここにいるせい?あたしはいない方がよかったの?あたしにはわからない。それに、あたしは本当にこの神殿に生まれたの?あたしにお父さんとお母さんはいないの?

    巳の月 八の日
    賢王さまが言ってた赤雷の騎士とかいう人と旅に出たら、そのうちあたしのお父さんとお母さんに会えるのかな。もしお父さんとお母さんがどこかで生きていたら会いたい。賢王さまのいずれわかる時が来るという言葉を信じたいけど……。でも、頑張らなきゃ。何があっても、前を向かなきゃいけない。このスフレちゃん、何があっても負けないから!


    スフレの日記を読んでいるうちに、マチェドニルの目から涙が溢れ出る。
    「スフレ……色々とすまなかった。実の娘のように育てて来たお前はわしの誇りじゃ。マカロ……お前の気持ちを理解してやれなかったわしを許してくれ……」
    涙で濡れていく日記のページ。マチェドニルはスフレとマカロの姿を思い浮かべながらも、頽れて嗚咽を漏らしていた。
    因縁の対決
    ……

    ……ロドル……ロドル……

    突然、頭に浮かんで来る僅かな母親の記憶。自分の名前を呼びながらも穏やかに、そして悲しい表情をした母親。何故此処に来て母の記憶が鮮明に浮かんできたのだろうか?その問いに答えられる者はいるはずもなく、自然に浮かぶ記憶を跳ね除けながらも足を進める事を止めないロドル。行く手を阻む魔物達はまだ存在していた。影の魔物達とデーモン族、凶暴なドラゴンが次々と現れるものの、ロドルは雷の魔力を宿した刀で瞬時に切り裂いていく。
    「ゴォォォ……ゴアアアア!!」
    ドラゴン族最上位種となるグレートドラゴン、ホワイトドラゴンが同時に灼熱の劫火と絶対零度のブレスを吐き出す。
    「ぬ、ぐっ……!」
    二体のドラゴンが吐き出すブレス攻撃にロドルは防御態勢に入るものの、その勢いは防御だけでは凌ぎ切れない。ロドルは咄嗟に煙玉を投げつけ、ブレス攻撃を受けつつも退却する。二体のドラゴンはロドルの姿が無い事に気付くと、攻撃を止めて移動し始める。退却したロドルは天井に張り付いていた。壁を蹴る事で天井まで飛び上がり、隠し持っていた苦無を利用して天井に張り付くという忍の高等技術であった。二体のドラゴンの隙を見つけてロドルは天井から飛び上がり、勢いよく回し蹴りをホワイトドラゴンに叩き込み、懐に次々と斬りつけていく。
    「ギャアアアア!!」
    返り血を浴びながらも、ロドルは雷の魔力を高めていく。ズタズタに切り刻まれ、体内に雷撃を流し込まれたホワイトドラゴンは雄叫びを上げながら倒れる。グレートドラゴンが灼熱のブレスを吐き出すと、ロドルは刀を突き立てながら炎の中に飛び込み、グレートドラゴンの喉元に突き刺す。刀身から流れる雷撃がグレートドラゴンに襲い掛かる。刀を引き抜き、二刀流による一閃で首を切り落とし、更に胴体を切り落としていく。二体のドラゴンを撃破すると、ロドルはブレス攻撃によるダメージで膝を付いてしまう。
    「……クソが。何処にいる」
    焼け付く身体を起こし、ダメージを抱えながらもロドルは更に足を進める。
    「クックックッ……フハハハハ!やはり此処まで来たか」
    響き渡るように聞こえるケセルの声。思わず足を止め、刀を構えるロドル。
    「貴様……何処だ」
    「ククク、ロドルよ。所詮は人間の暗殺者風情だと思っていたが、たった一人で来るとは実に見上げたものよ。母親に会いたいのだろう?」
    挑発するような物言いをするケセル。ロドルは表情を強張らせていた。
    「良かろう。母親に会いたければ進むがいい。貴様の母親はオレの手中にあるのだからな」
    ロドルは辺りを見回し、再び足を動かす。進むにつれて邪気が濃くなっていくものの、魔物の気配は感じられない。通路を抜けた先の大広間には朽ちた台座が置かれ、突き当たりには大扉がある。
    「クックックッ……ようこそ、死を呼ぶ影の男よ」
    大扉の前に現れたのは、ケセルであった。
    「潰しに来たのか?」
    問うロドルに対してケセルが醜悪な表情を浮かべる。
    「潰す、か。そうとも言うな。貴様は最早無用の邪魔者でしかない。母親に会うにはどうすれば良いか、言うまでもないな?」
    「……下らん。どの道貴様は消すつもりだ」
    殺気が込められた目で雷の魔力を最大限に高め、戦闘態勢に入るロドル。ケセルは歯を剥き出しながらも口元を歪め、眉間に皺を寄せながらも醜悪な笑みを見せていた。


    地底遺跡への洞窟を進むレウィシア達は、魔物達の死骸の山を見て驚く。死骸はズタズタに切り裂かれている。
    「これは……一体何が?」
    自分達以外の来訪者の存在が気になるばかりのリラン。
    「まさか……」
    レウィシアの頭の中に浮かんだのはロドルであった。ロドルには生き別れとなった母親を救う為にケセルを討つという目的がある。そしてこの無残な姿となった魔物達。自分達よりもずっと早くケセルの元へ向かったのだろう。もしや今頃ケセルと戦っているのではないだろうか。そう考えたレウィシアは心を落ち着かせようと呼吸を整える。
    「……急ぎましょう。敵に挑もうとしているのは、私達だけじゃない」
    振り返らずに進んで行くレウィシア。
    「魔物の気配は感じられぬが、此処は完全なる敵地。決して気を抜くな」
    リランの一言に全員が頷き、レウィシアの後を追う。その先にも魔物とドラゴンの死骸が転がっており、何とも言えない不気味さと戦慄を覚えた一行は警戒しつつも通路を進んで行く。そして一行は通路を抜け、大広間に出る。そこには、黒いオーラに包まれたケセルと刀を手にしたまま蹲っているロドルがいた。
    「ほほう、これはこれはようこそ」
    一行の来訪を歓迎するかのようにケセルが不敵に笑う。
    「貴様……ケセル!」
    剣と盾を手にレウィシアが鋭い目を向ける。その目には怒りの炎が宿っていた。仲間達もそれぞれの武器を手に身構え始める。
    「フン……いつかの依頼者か」
    レウィシア達に気付いたロドルが呟くように言う。頭からは血が流れ、口元のフェイスマスクは血で濡れていた。
    「クックックッ、レウィシア。丁度良いタイミングだよ。我が主の完全なる復活が目前となった上、なかなか面白い事になったよ」
    「何ですって?」
    「貴様らと行動していた聖職者の小僧……ルーチェ・ディヴァールといったか。あの小僧が予想外の素晴らしい素材になってくれた。おかげで主は力の制御が出来たのだからな」
    愕然とするレウィシア。そしてケセルが言葉を続ける。これまで浚ってきた人々の魂は冥神ハデリアの大いなる力を制御し、自我を保つ為の素材となっていた。憎悪と破滅の魂を得た冥神の力はハデリア自身でも制御出来ない程強大なものであり、力の暴走を抑えられる魔力を持つ者の魂が必要であった。その魂を持つ者がガウラ、シルヴェラ、エウナ、マレン、リティカ、そしてルーチェ。特にルーチェには生まれつき巨大な光の魔力が備わっており、それはシルニア修道院やクレマローズの教会でも崇められていた女神レーヴェの加護を受けた光。ルーチェに備わる光の力はそれぞれの魂に力を与え、結果的に冥神の強大な力が暴走しないように抑える事が出来たのだ。
    「まさか……そんな事の為にルーチェを……!?」
    「フハハハ、貴様は本当に良い素材を提供してくれた。クレマローズを訪れていた時から注目していたのだが、まさに大当たりだったよ。そしてもう一つ教えてやろう。主の新たなる肉体の事をな」
    ハデリアの新しい肉体として選ばれたネモアの身体———二年前、ネモアを突然襲った原因不明の病。それは、黒い影を通じて城内に現れたケセルの侵食の魔力によるものであり、侵食の魔力に蝕まれたネモアは高熱に苦しみながら死を迎え、クレマローズの人々によって埋葬された後、ケセルはネモアの死体を手にしていた。肉体の機能は失われているものの、ネモアの中に秘められた太陽の力は侵食の魔力によって暗黒に染まった状態で燃え続けていた。そしてハデリアの肉体とする為にネモアの死体を改造したという事を明かすと、レウィシアは更に驚愕する。
    「嘘よ!ふざけるのもいい加減にしなさい!」
    「オレはつまらん嘘を付く事は無い」
    「私は絶対に信じない!ネモアは死んだのよ……ネモアの身体が冥神の身体になるなんて、絶対に信じないわ!」
    「クハハハ、そう思うのは無理もないか。まあ、確かめたければオレを倒してみる事だ」
    ケセルの三つの目が妖しく輝くと、ヴェルラウド、ラファウス、オディアン、テティノ、ロドルの足元に黒い円が現れる。そして黒い円から現れる無数の黒い手。五人は黒い手に捕えられ、黒い円の中に引きずり込まれてしまう。
    「みんな!」
    レウィシアとリランが助けようとするものの、五人は既に黒い円に引きずり込まれていた。
    「オレの兄弟がずっと退屈しているものでな。戦える奴らに相手してもらう」
    「何だと!」
    険しい表情でケセルを睨み付けるレウィシアとリラン。
    「ククク、大僧正リランよ。貴様の同士が惨たらしく殺された気分はどうだ?貴様も本能で恐怖を感じているのではないのか?」
    残忍な笑みでリランに問い掛けるケセル。
    「黙れ!私はレウィシアを始めとする最後の希望が必ず貴様達を倒すと信じている。その為にも、この命に代えてまで希望を支え続ける。だから、決して恐怖などに屈しない!」
    気丈に言い放つリラン。
    「貴様らの相手はこのオレだ。言っておくが、今度ばかりは決して容赦はせぬ。貴様らはもう、ただの無用者でしかないのだからな」
    ケセルが気合を込めると、周囲に闇の波動が巻き起こる。同時に全身が黒いオーラに包まれ、手元に鞭のようにうねる刀身の剣が出現した。レウィシアはそれに応えるように、真の太陽の力を呼び起こす。あの時は本気ではなかった。そして今は全力で挑もうとしている。だから、全力で戦わないといけない。今此処にいる相手は因縁の宿敵。絶対に勝たなければ———。
    「ケセル、勝負よ!貴様だけは絶対に許さない!」
    力を込めて剣を握り締め、レウィシアはケセルに立ち向かう。


    黒い円に引きずり込まれたラファウスは、靄に包まれた部屋の中にいた。目の前には黒みがかった姿のケセルが腕組みをして立っていた。
    「クックックッ、お前の相手はこのオレだ」
    ケセルはラファウスに向けて不敵な笑みを浮かべている。
    「此処は一体……仲間は何処にいるのです!」
    「奴らはそれぞれ別の場所にいる。オレの兄弟達の相手になってもらう為にな。そしてこのオレはケセルの兄弟の一人だ」
    ラファウスの前にいる黒いケセルは、ケセルが蓄えていた膨大なる負の思念から作られた影の分身体で、兄弟と称していた。そして各地に出現していたケセルの分身となる黒い影もその一つであった。
    「……つまり、あなたを倒さなくてはいけないという事ですか」
    避けられない戦いだと悟ったラファウスは風の魔力を最大限に高めていく。
    「ククク、流石は物分かりが良いな。楽しませてもらうぞ、聖風の神子よ」
    ケセルの影は黒いオーラを纏いながらも、両手に闇のエネルギーを溜め始める。
    「風の力よ……」
    ラファウスが周囲に竜巻を発生させると、地面から次々と影の刃が突き出して来る。ケセルの影の闇の魔力による攻撃であった。襲い掛かる影の刃を避けつつも、真空の刃で応戦するラファウス。
    「フハハハ、風を起こすだけか?セラクを倒した力を見せてみろ」
    眼前に姿を現すケセルの影。ラファウスは間髪でケセルの影の拳を避け、空中回転しつつも反撃の魔法を発動させる。
    「ヴォルテクス・スパイラル!」
    巨大な螺旋状の衝撃波がケセルの影を飲み込んでいく。着地しては身構えるラファウス。激しい衝撃波が消えた瞬間、ケセルの影による暗黒の衝撃波が襲い掛かる。
    「くっ、ああぁっ……!」
    衝撃波によってラファウスは大きく吹き飛ばされる。ケセルの影はクククと笑いながらも、倒れたラファウスを空中から見下ろしていた。


    靄に包まれた部屋に放り込まれたテティノが目を覚ました時、愕然とする。目の前にケセルの影がいる事と、仲間達がいないという状況に置かれ、本能で恐怖を覚え始める。
    「クックックッ、怖いのか?出来損ないの王子よ」
    ケセルの影が嘲笑うように言い放つ。
    「お前はケセルなんだろ?何か違うようだが……」
    「オレはケセルであってケセルではない。影となる兄弟だ」
    目の前にいる存在がケセル本人ではないにしても、ケセルそのものである事に変わりないと考えるテティノは必死で恐怖感と戦いながらも、汗ばむ手で槍を握り締める。
    「流石に完膚なきまで叩きのめされた時の恐怖が拭えないようだな。無理もなかろう。人間は心が弱ければ、死に直面する程の恐怖はいつまでも心に残り続けるのだからな」
    テティノの脳裏には、過去にケセルの圧倒的な力に打ちのめされていた時の出来事が蘇っていた。そして仲間がいない状況に直面し、自分一人で戦わざるを得ないという現実に恐怖を感じていた。
    「言っておくが、貴様が命乞いしようとオレの気が変わる事は無い。貴様も無用者だからな」
    ケセルの影がテティノに襲い掛かる。テティノはケセルの影の攻撃を避け、込み上がる恐怖を抑えながらも水の魔力を高める。
    「くっそおおおおおおおお!!」
    テティノが叫び声を轟かせ、槍を手に構えを取る。
    「焦るな、テティノよ」
    突然、頭から聞こえて来る声。水の英雄アクリアムの声であった。
    「今のお前は俺と共にある。俺の全てをお前に捧げた事でお前の力は大いに増している。恐怖に踊らされるな。決して心を迷わせるな。お前には果たすべき使命があるだろう」
    その声によってテティノの頭にマレンの姿、そして与えられた使命を果たし、マレンを救う事を両親に誓った過去の自分の姿が次々と浮かび上がる。


    お兄様……!


    一瞬、マレンの声が聞こえた気がする。そう、マレンは僕が助けなくてはならない。その為にレウィシア達と此処まで来たんだ。奴を恐れてはいけないんだ。水の英雄……そして、水の神を信じるんだ。
    「クックックッ、そうこなくては面白くない」
    笑うケセルの影を前に、テティノは全魔力を解放させる。その力はアクリアムの魂との融合によって、以前のテティノよりも格段にレベルアップしていた。
    「……行くぞ!もう僕はお前達に踊らされはしない!」
    テティノは魔力が込められた槍を突き立てると、次々と激しい水柱が発生し、更に巨大な水竜巻を伴った波が襲い掛かる。
    「うおおおおおおおおお!!」
    波に乗る勢いで槍を構え、ケセルの影に一閃を加える。その一撃はケセルの影の左腕を斬り飛ばしていた。
    「フハハハハ、楽しくなってきたな」
    空中に漂うケセルの影が魔力を集中させた右手を掲げると、無数の闇の矢が次々とテティノに降り注ぐ。闇の矢の攻撃を受けながらも、テティノは反撃の魔法で応戦していく。勝負は、アクリアムの力による水の魔法とケセルの影の操る闇の魔法の激しい戦いへと発展した。


    仲間がいない空間に放り出されたヴェルラウドは、正面に立つケセルの影を前に剣を構える。ヴェルラウドの表情は激しい怒りに満ち溢れていた。
    「クックックッ、ヴェルラウドよ。怒りに満ちたその顔も実に愉快だ。オレ達が憎いか?」
    ヴェルラウドを嘲笑うように言うケセルの影。
    「貴様に用は無い。本物のケセルと戦わせろ」
    この場にいるケセルの影が本当のケセルではない事を既に察していたヴェルラウドが怒りを込めて返答する。
    「フハハハ、それは無理な相談だな。奴の相手はレウィシアだ。お前はオレの退屈凌ぎに付き合ってもらう」
    「ふざけるな!」
    ヴェルラウドは赤い雷の力と共にケセルの影に斬りかかる。雷撃を帯びた剣技が次々と繰り出されるものの、ケセルの影は難なく回避していく。ケセルの影が背後に回り込んだ瞬間、一閃を繰り出すヴェルラウド。だがその一閃も決まらず、空中から闇の光弾を次々と放つケセルの影。ヴェルラウドは剣で闇の光弾を全て弾き飛ばし、高く飛び上がる。振り下ろした一撃は残像を斬り、背後からケセルの影の高笑いが聞こえて来る。
    「ククク、怒り任せな攻撃ではこのオレは倒せんぞ」
    ヴェルラウドが振り返ると、両手で剣を構える。
    「どれ、一つ面白い話をしてやろう。貴様は忘れもしないだろう?かつてサレスティルを支配していた影の女王の事を」
    ケセルの影が口にした影の女王という言葉に思わず目を見開かせるヴェルラウド。
    「あれもオレの兄弟のようなものだ。とはいえ、所詮は余興を楽しむ為に作った手駒に過ぎぬがね。あれをどうやって作ったのかも教えてやろうか」
    ケセルの影が語る。影の女王は過去のアクリム国王の支配欲に満ちた思念から作られた存在であり、各地の王国の制圧と領土拡大を目的とした全面戦争を仕掛ける計画も、全て過去のアクリム国王が持っていた支配欲がもたらしたものだったのだ。
    「手駒とはいえ、なかなかの傑作だったよ。愚かな国王の支配欲であれ程の面白い紛い物が作れるとはな。奴に踊らされ続けた王女は死に、王国も大混乱となった。楽しい見ものを見せてくれた事に感謝しているよ、ヴェルラウド」
    ケセルの影は腕を組みながら笑う。自らの左胸に剣を突き刺し、大量の血を吐きながら死んだシラリネの姿がヴェルラウドの頭に浮かび上がり、更にケセルの光線によって左胸を貫かれるスフレの姿が浮かび上がる。
    「……貴様あっ!!」
    怒りと憎悪に満ちた表情で叫ぶヴェルラウド。輝く赤い雷光が剣から巻き起こり、激しい稲妻となって迸る。


    ……如何なる事があっても、己を見失うな。己を失う事は、己の破滅へと繋がる。それを忘れるな。


    止まらない憎悪の感情に襲われている中、不意にオディアンの言葉が頭を過る。
    「……俺は……己を失わない。貴様らを倒す為に」
    輝く赤い雷光のオーラに包まれたヴェルラウドは剣を振り翳し、空中で見下ろしながら嘲笑うケセルの影に戦いを挑んだ。


    オディアンは今いるこの場所は一体何処なのか、仲間達はどうなったのかと戸惑う中、正面に立っているケセルの影を前にして戦闘態勢に入る。
    「クックックッ、此処はオレとお前だけの場所だ。他の奴らはそれぞれ別のところにいる。お前はオレの遊び相手になってもらうというわけさ」
    ケセルの影は残忍な笑みを浮かべながらも、空中に浮かび始める。
    「……貴様を倒さなくてはならぬという事か。貴様はケセルではないようだが」
    緊張感に満ちた表情で大剣を握り締めるオディアン。
    「フハハハ、そうだ。オレはケセルの影となる者。所謂血肉を分け合ったケセルの兄弟だ」
    ケセルの影の両手から七つの玉が現れる。七つの玉で器用にジャグリングをしつつも、ケセルの影はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
    「兵団長よ。お前は剣聖の王を救うのが目的なんだろう?奴の魂が今どういう状況に置かれているのか、理解しているのか?」
    ブレドルド王の魂は現在、闇王ジャラルダの魂との融合で憎悪と破滅の魂へと変貌している。そんな状況に置かれている事を改めて突き付けられたオディアンは激しい怒りを覚える。
    「黙れ!何があろうと、陛下は必ず救い出す。俺はその為に此処まで来た」
    大剣を手に、オディアンはケセルの影に向けて一閃を繰り出す。衝撃波が襲い掛かるものの、ケセルの影は一瞬でオディアンの背後に出現する。
    「全く、王に仕える騎士というものは何故使命感のままに動く愚か者ばかりなのだ?身の程を弁えず、つまらぬ希望にしがみ付いてまで王を救いたいとは」
    ケセルの影は闇のオーラに包まれた玉を次々と投げつける。七つの玉は勢いよくオディアンに向かって行く。飛び掛かる玉を大剣で切り落とすものの、玉はすぐに再生し、再びオディアンに向けて飛んで行く。
    「うぐっ……!」
    七つの玉による攻撃を受け、倒されるオディアン。玉はケセルの影の手元に戻ると、ケセルの影の頭上で合体していき、一つの巨大な闇の炎に包まれた玉と化した。立ち上がったオディアンは再び大剣を構える。闇の炎が燃え盛る巨大な玉が放たれると、オディアンは背中に身に付けた戦斧を投げつける。凄まじい勢いで飛ぶ両刃の戦斧と巨大な玉が激突すると、オディアンは即座に大剣を振り下ろす。衝撃波の上乗せによって、巨大な玉は戦斧共々粉々に砕け散った。
    「クックックッ、なかなかやるな。流石は剣聖の王に仕える騎士といったところか」
    表情を崩さず、空中で腕を組みながら笑い続けるケセルの影。オディアンは額に汗を滲ませながらも、大剣に力を込めていた。


    ケセルの手によって靄に包まれた部屋に飛ばされたロドルは、傷の痛みを抑えながらも空中に佇むケセルの影に視線を移す。
    「フハハハ、ロドルよ。ここからはこのオレが相手だ」
    ケセルの影は三つの目を輝かせると、無数の黒い槍をロドルに向けて次々と放つ。ロドルは二つの刀で黒い槍を一瞬で切り落とし、突撃を試みる。だが、ケセルの影はかく乱させるようにロドルの周囲を旋回し始める。その動きは残像を残す程であった。ロドルはそれに対抗するように心を静め、動き回るケセルの影に居合を放つ。その一撃はケセルの影の左肩を深々と切り裂いていた。
    「ぬう……」
    ケセルの影は動きを止め、間合いを取る。
    「紛い物に用は無い。消えろ」
    ロドルは雷の魔力を身に纏い、更なる攻撃を加えようとする。ケセルの影はロドルの斬撃を回避しては空中で四人に分身し、一斉に螺旋状の闇の光線を口から放つ。ロドルは瞬時に攻撃をかわし、残像を生む高速移動でケセルの影を狙うものの、ケセルの影は既にロドルの背後に来ていた。口からの闇の光線を受けたロドルは大きく吹っ飛ばされる。
    「……ぐっ……」
    ボロボロの装束を脱ぎ捨て、立ち上がろうとするロドルだが、身体をうまく動かす事が出来ない。かなりのダメージであった。
    「ロドルよ。今こそ一つになる時だ」
    ロドルの頭から聞こえて来るトレノの声。
    「……貴様、邪魔をするな」
    「解らぬか?奴は紛い物でも、真のケセルに匹敵する程の力を持つ。例え奴を倒したとしても、貴様だけの力ではケセルを倒す事は出来ぬ」
    ロドルは無言で空中に浮かび上がるケセルの影を見据える。
    「お前の目的は母親を救う事ではないのか?このまま奴の思うが儘にされ、惨たらしく殺される事を望むのか?」
    トレノが感情的に声を張り上げる。
    「フン……鬱陶しいくらいお節介な奴だ。そこまで言うならば試してやる」
    その一言によってロドルは意識が遠のき始め、視界は真っ白になっていく。そしてロドルの前に現れる紫色の光。光は、人の姿へと変化する。
    「俺はトトルス。雷の魔魂トレノの主となる者。ロドル・アテンタート……我が適合者よ。俺は己の全てをお前に託す。冥神を滅ぼす為にな」
    かつて冥神に挑んだ雷霆の魔術師であり、雷の英雄と呼ばれたトトルスは精神体と魂が力として一体化した光の玉へと変化し、ロドルの中に入り込んでいく。
    「ロドルよ……冥神を倒せ。我が力と共に———」
    ロドルの身体が凄まじい電撃を纏った魔力のオーラに包まれると、視界は再び靄がかった部屋に戻る。そして空中には、腕を組みながら醜悪な笑みを浮かべているケセルの影の姿がある。
    「フハハハ、それが貴様の本気か?そう来なくてはな」
    笑うケセルの影は両手に闇の力を集中させ始める。ロドルは動じる事無く、雷を纏う二本の刀をゆっくりと旋回させる。
    「トレノよ、勘違いするな。貴様のお節介がいい加減目障りだから引き受けただけに過ぎん。これ以上の口出しはするな」
    ケセルの影の両手を纏う闇の力は黒い雷光球と化し、二つの雷光球がロドルに向かって行く。刀を両手に、正面から突撃するロドル。
    「おおおおおおおっ!!」
    ロドルが叫び声を轟かせた瞬間、雷光球との激突により、爆発を起こす。霹靂の一閃と闇の雷光球のぶつかり合いによる爆発は、辺りに激しい雷を迸らせていた。


    ケセルとの戦いに挑むレウィシア。そしてケセルの影の分身体となる兄弟に挑むラファウス、テティノ、ヴェルラウド、オディアン、ロドル。それぞれが激しい戦いを繰り広げていた。
    新たなる冥神

    ケセルとは、あの時からの因縁であった。

    二年前、大臣パジンの手引きでクレマローズの秘宝である太陽の輝石を奪った盗賊達。突然の高熱で倒れるネモア。城下町を襲撃する魔物達。既にあの時からケセルは主である冥神を蘇らせる為に暗躍していた。

    最愛の弟を奪い、父を浚い、大切な仲間を含め、多くの犠牲を生み出した憎き敵。全てを救う為にも、今こそこの手で打ち倒さなくてはならない。

    以前は圧倒的な力の差で成す術もなく打ちのめされたけど、今は違う。仲間達の心、目覚めた真の太陽の力、魔魂の主となる古の英雄の力、そしてこの戦神の剣に宿る神の力。

    戦っているのは、一人じゃない。だからこそ、私は絶対に負けない。


    「はああああっ!!」
    蛇のようにうねるケセルの鞭状の刃を避けつつも、反撃の一閃を繰り出すレウィシア。その一撃はケセルを捉えるが、残像となって消えていく。即座にレウィシアが後方に飛び退いた瞬間、黒い槍が次々と降り注いだ。ケセルが空中から闇の魔法による黒い槍を放ったのだ。リランは巻き添えを食らわない安全な場所まで移動し、勝負の行方を見守っていた。
    「クックックッ……やはり以前とは全く違うな。オレの全力による一撃で骨を砕かれ、血反吐を吐き散らしながら倒れる姿はなかなか愉快なものだったよ」
    ケセルの一言で思わずレウィシアの脳裏に過去の出来事が浮かび上がる。拳二発で恐怖を覚える程の大きなダメージを受け、剣を折られては盾を砕かれ、圧倒的な力の差に戦意を失い、恐怖と絶望に打ちひしがれているところに与えられたケセルの全力による荒れ狂う闇の波動。その攻撃で死の寸前へと追い込まれ、自身の闇の精神が生んだ世界に迷い込み、自身の闇の化身にも徹底的に打ちのめされるという状況———。心の奥底では、刻み込まれた恐怖という名の深い傷は残り続けている。まるで古傷が突然痛み出すかのように、恐怖による心の傷はじわじわと痛み始めていた。
    「ならば、これならどうかな?」
    空中に漂うケセルの両手が黒をベースとした様々な色合いに輝く闇の力に包まれていく。かつてレウィシアに致命傷を負わせた荒れ狂う闇の波動である。
    「ぐっ……!」
    かつてのものとは違い、片手のみならず両手で放とうとしている。忌まわしい出来事を思い出し、不意に怯むレウィシア。ケセルの両手を覆う闇の力は大いなるエネルギーとなって燃えていく。
    「かああああああっ!!」
    凄まじい雄叫びを轟かせ、両手から荒れ狂う闇の波動を放つケセル。激しい勢いで巻き起こる双の波動は、全てを喰らい尽くす竜のような姿と化した。
    「おおおおおおおおおおおっ!!」
    闇の双竜がレウィシアを喰らうように近付くと、レウィシアは大きく息を吐き、剣を手に飛び掛かる。剣は神の力による輝きに包まれていた。剣が竜を切り裂くと、溢れ出る光が双竜を覆い、やがて双竜を消し去って行く。
    「何っ!?」
    双竜と化した荒れ狂う闇の波動を消し去る光を見て驚くケセル。
    「やああああっ!!」
    光の中から飛び出したレウィシアがケセルに向けて神の光を帯びた一閃を放つ。光輝く炎の斬撃はケセルの右腕を斬り飛ばしていた。
    「グオオオオオオアアッ!!」
    ケセルが苦悶の叫び声を上げると、全身を覆う魔力を拡散させ、周囲に爆発を起こす。爆発の衝撃で吹っ飛ばされるレウィシア。ケセルは険しい表情でレウィシアを見下ろしつつも、切り落とされた右腕を再生する。
    「まだよ」
    レウィシアは立ち上がり、空中に佇むケセルに視線を向ける。
    「……フハハハハ。今のは流石に驚いたぞ」
    ケセルが笑う中、レウィシアは剣に意識を集中させる。
    「ククク、レウィシアよ。一つ問おう。仮にお前が我々との戦いに勝利したとしても、本当の平和が訪れると思うか?」
    突然の問いにレウィシアは眉を顰める。
    「オレは人が抱える罪と悪意が生んだ負の思念を喰らい続けた事で化身となった。そして人の愚かな思想を元に災いの悪魔を創り出した。支配欲に駆られた愚か者の思想から生まれた影の女王がもたらした人間同士の争いといった余興も愉快だったよ。今までオレが見てきた人間どもの愚かな光景を見せてやろうか?」
    ケセルの三つの目が妖しく輝くと、レウィシアは不意に意識が吸い込まれる感覚に襲われる。視界が歪み、気が付くと見覚えのある町の中に立っていた。うらぶれた雰囲気が漂うこの町は、ラムスであった。次の瞬間、一人の少女が暴漢集団に襲われ、少女が悲鳴を上げると真空の刃が吹き荒れ、暴漢集団がズタズタに引き裂かれていく。無意識に発動した風の魔法の一種であり、立ち尽くす少女は住民達から人間の姿をしたバケモノと酷く罵られ、様々な凶器を向けられていく。命の危機を感じた少女がその場から逃げ出した瞬間、再び視界が歪み始める。ラムスの町で暴漢集団に襲われる少女はラファウスの母親ミデアンであり、ケセルが見せた幻だったのだ。

    ケセルの幻は更に続く。暗い洞窟の奥に設けられた牢屋に閉じ込められた数人の美しい娘。誘拐犯となる賊一味は欲情に任せて浚った娘達を食いものにしていた。暴力、陵辱、そして無残な形での殺害———常軌を逸した性癖によって人としての心を失った者達による非人道な行いであった。余りの惨い光景に思わず目を覆い、吐き気を催す心境に陥るレウィシア。目を覆い、耳を塞いでも聞こえる娘達の叫び声。賊一味の悪魔のような笑い声。景色が歪み、視界に映る幻が変化していく。

    炎に包まれる中、飛竜に乗った多くの騎士達の姿が見える。その中には、飛竜に乗った若い王の姿もある。そして無数の尖った耳を持つ人々の死体。300年前のアクリム王国によるエルフ族の領域への侵攻であった。王国の竜騎兵団は飛竜を操りながらもエルフを襲い、王は残忍な笑みを浮かべながらも、焼き尽くされていくエルフ族の領域を見下ろしていた。


    全てを焼き払え。我が王国の更なる繁栄の為にも、エルフ族を絶滅させよ。そしてこの領域はアクリムの支配下となる街へと生まれ変わるのだ!


    支配欲に満ちた邪悪な表情のままに狂喜する王。そして視界が歪み、幻が変化する。布切れを纏い、痛々しくやせ細った人々、苦しみながら泣き叫ぶ女子供———地獄のような重労働をさせられている奴隷であった。アクリム王の独裁思想によって苦しめられている民の光景を幻として見せられているのだ。
    「フハハハハ……お前もこの惨状を聞かされた事はあったか?幻は全て過去に起きた出来事だ。言っておくが、まだこれだけではないぞ」
    何処からともなく聞こえるケセルの声。数々の陰惨な幻を見せつけられたレウィシアは心のざわめきを抑えつつも、怒りを滾らせている。それからケセルは、過去に起きた人間の様々な愚行を幻として見せていく。


    そう、お前が思う以上に人間は徹底して醜い。人間の醜さが世界に様々な闇を生み、多くの災いと悲しみを生んだ。自分勝手な思想と欲望、己の弱さから生まれる正義と罪。例え我々がいなくとも、世界はいずれ人間の罪によって滅びの運命を辿る事に変わりないのだ———。


    数々の幻が続くと、ケセルから与えられた闇の力でトリスの村を焼き討ちしたマカロが憎悪と嫉妬のままにスフレを痛め付けていく幻も見せられる。
    「スフレ!」
    幻に出てきたスフレの姿を見た瞬間、レウィシアの中で抱えていた感情が爆発した。それに応えるかのように、レウィシアの全身が輝く光の炎に包まれる。真の太陽の力と炎の英雄の力を併せ持つ魔力のオーラであった。同時に、レウィシアの脳裏には笑顔でアイカを抱きしめているスフレの姿が浮かび上がる。


    アイカ、ありがとう。あたし、もっと頑張るからね。あなたが笑顔になれるように。

    スフレお姉ちゃん……だいすき。


    二人が交わし合った声を思い出すと、涙が溢れ出す。成し遂げられなかったスフレの想いを、果たさなくてはならない。ケセルによる幻の出来事は全て事実だと信じたくないけど、人間は醜く愚かであるという事は決して否定出来ない。でも私は、人間を信じる事を選ぶ。世界から悪しき人間を生まないようにするのは不可能かもしれない。けど、その気になれば悪しき心を持つ者を善の心に導く事も出来るはず。悪しき心によって引き起こされた罪を生まない世界にする事は、決して不可能では無いと信じたい。その為にも———。
    「茶番はここまでになさい、ケセル」
    レウィシアが気合を込めて鋭い視線を向けると、幻は吹き飛ぶように消え去って行く。
    「クックックッ、如何だったかな?人間の罪は」
    ケセルは腕組みをした状態で笑っている。
    「ヘドが出るわ。貴様が見せた幻の全てが事実でも、人の犯した罪は絶対に繰り返させない。世界を真の平和に導く為にも……負けられない!」
    レウィシアは両手で剣を構える。刀身から眩い光の炎が揺らめき始める。神の力が共鳴しているのだ。
    「全く何処までも笑えるよ。如何にお前がそう動いたところで、地上の全てを罪無き世界にする事など幻想だという事も解らぬのか?」
    ケセルが二本目の剣を出現させ、二刀流の構えを取る。二つの刀身がうねり始め、鞭のようにレウィシアに襲い掛かった。レウィシアは刀身を避けるものの、右頬と左腕、右腕に傷を刻まれていく。刀身は、まるで生き物のような動きでうねり続けていた。
    「お前はこう思っているのだろう?『人間は全てが醜い存在ではない』と。そんな綺麗事など、お前のような光を信じる愚か者の絵空事でしかない」
    ケセルの目が光ると、レウィシアの周囲に無数の黒い刃が浮かび上がる。辺りを見回すと、黒い刃はレウィシアを取り囲む形で全方位に配置されていた。無数の黒い刃が一斉に襲い掛かると、レウィシアは剣と盾を駆使して全方位から飛んで来る黒い刃を次々と弾き飛ばすが、ケセルの持つ二本の剣の刀身が激しくうねりながらもレウィシアを捕えようとしていた。全方位による無数の黒い刃と二本の鞭状の刀身の同時攻撃は到底凌ぎきれるものではなく、黒い刃はレウィシアの両腕、両足、脇腹、腹に刺さり、更に刀身がレウィシアの身体に巻き付いていく。
    「レウィシア!!」
    戦況を見守っていたリランがレウィシアの危機を感じ取り、叫び声を上げる。
    「うっ……ああああぁぁっ!!」
    鞭と化した刀身はレウィシアの身体を締め付ける。じわじわと甚振る形で全身に刃が食い込んでいくと、大量に血飛沫が舞い、刺さった黒い刃から流れ落ちる血と共に血溜まりを生んでいく。更に刀身から黒光りする強烈な電撃が襲い掛かり、レウィシアの身体を嬲り始める。
    「ぐがはあああああぁぁぁっ!!あっ、ううあはああぁぁぁぁぁっ!!うがあああああああっ!!!」
    闇の電撃に嬲られていくレウィシアは苦悶の絶叫を轟かせる。その様子にケセルは残忍な笑みを浮かべていた。
    「ぐあああああああああっ!!ごああああああああぁぁぁあっ!!ぐっあっあああああっ……がはあっ!!」
    電撃が止まると、レウィシアは目を見開かせ、上向きで大口を開けたまま硬直していた。口からは呻き声と共に熱い吐息が漏れ、ビクンビクンと痙攣させる。レウィシアを捕えていた二つの刀身が剣となって戻ると、ケセルは二刀流の剣を交差する形で天に掲げる。二つの剣が黒い炎に包まれていく。冥神の魔力による黒い炎がケセルの持つ二本の剣に宿ったのだ。
    「くっ……レウィシア!」
    リランはレウィシアに回復魔法を掛けようとするものの、ケセルの額の目からの光線によって阻まれる。
    「邪魔はさせぬぞ、大僧正よ。貴様など一瞬で引き裂けるのだからな」
    ケセルの一言を受けると同時に冥神の魔力を肌で感じ取り、その場から動けなくなるリラン。ケセルは二本の剣を手に、硬直した状態のレウィシアに突撃する。黒い炎を纏った剣による攻撃がレウィシアを斬りつけようとした瞬間、レウィシアは即座に剣と盾で攻撃を受け止める。血飛沫が舞い、多量の出血によって一瞬眩暈を感じるものの、レウィシアは目の前にいるケセルに意識を集中させる。
    「……があああああああっ!!」
    気合を込めた咆哮を上げるレウィシア。それによる衝撃に伴い、剣から眩い光が迸る。それは、剣に宿る戦神の力と共にした神の光。
    「ぬっ……ふふ、実に面白い。神の力というわけか」
    眉を顰めながらも、歪んだ笑みを崩さないケセルは黒い炎を纏った両手の剣を手にしながらも再びレウィシアに挑む。激しく切り結ぶレウィシアとケセル。光と闇の剣のぶつかり合いは幾度も繰り返され、両者が渾身の一撃を繰り出す。双方の激突によって爆発が起き、レウィシアは床に引きずる形で吹っ飛ばされていく。大きく飛ばされたケセルは二本の剣を折られ、胸に深い傷を刻まれていた。
    「ぐっ……」
    立ち上がるレウィシアは口からの血を拭い、ケセルの元へ歩み寄る。ケセルは折られた二本の剣を砕き、胸の傷を見ると再び笑う。その表情には焦りの色は無く、まだ余裕がある雰囲気であった。
    「クックックッ、そろそろといったところだな」
    「何!?」
    「我が主の目覚めだよ。以前話したであろう?オレは主の力の欠片に過ぎぬという事をな」
    ケセルは組んだ両手を翳すと、闇の力が覆い始める。荒れ狂う闇の波動の力であった。レウィシアは全身の傷の痛みと流血を抑えながらも、正面から向かう態勢を取る。
    「お前には主と戦う資格がある。だが、主には到底勝つ事は出来ぬ。お前が手にした神の力など、全てを取り戻した主の前では無力に等しい。我が主も、神そのものなのだ」
    醜悪な形相となったケセルがおぞましい雄叫びを上げ、組んだ両手を突き出す。闇を象徴する様々な色合いに輝く巨大な竜の形となって巻き起こる闇の波動。レウィシアは盾を捨て、剣を両手で構えながらも襲い来る闇の竜を迎え撃つ。
    「ああああああああああああぁぁぁぁあああっ!!」
    全身全霊を込め、光り輝く剣を手に闇の竜を正面から切り裂いていくレウィシア。激痛と伴い、全身を叩き付けるように襲う激しい衝撃。だがそれでもレウィシアは力を込める。大量に血を流しながらも、剣に全ての意識を集中させると、剣からの光はより強まっていく。頭の中に浮かび上がる戦神アポロイアの姿。英雄ブレンネンの姿。父であるガウラ、母であるアレアス。そして最愛の弟ネモア。


    私は……希望の太陽……!


    剣から広がっていく光は、太陽のような輝きとなって辺りを覆い尽くす。竜となった闇の波動は完全に消し去られ、驚くケセルの隙を突いてレウィシアが一閃を繰り出す。
    「ぐおああああぁぁぁぁあっ!!」
    レウィシアの一閃は、ケセルの身体を真っ二つに切り裂いていた。凄まじい形相で口から大量の黒い瘴気を吐き出し、ドサリと倒れ込む。両断されたケセルの肉体が砂のように散りながら消滅すると、黒い結晶体だけが残っていた。ケセルの核となる冥魂であった。
    「レウィシア!」
    傷を負い、血塗れの状態でガクリと膝を付いたレウィシアの元にリランが駆け寄る。
    「待ってろ、今回復してやる」
    リランはレウィシアに最高峰の回復魔法を掛ける。傷口が塞がり始め、徐々に回復していくものの、レウィシアは床に転がっている冥魂を見つめていた。冥魂は紫色の光に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。
    「クックックッ……フフフフハハハハハ!驚いたよ。このオレまでも倒すとはな」
    レウィシアは冥魂に斬りかかろうとするものの、冥魂は一瞬でその場から消えてしまう。
    「来るがいい。主はこの扉の向こうにいる」
    突き当たりにある大扉がゆっくりと開かれていく。扉の向こうには、更なる通路が見えていた。リランの回復魔法によって傷が癒えたレウィシアは盾を拾い、開かれた扉を凝視する。
    「行きましょう、リラン様」
    「だが他の者は……」
    リランはケセルによって黒い円の中に引きずり込まれた仲間達の現状が気になっていた。
    「みんなだったらきっと無事に戻って来るはず。冥神を倒さなくては」
    その一言にリランが頷くと、レウィシアは足を進める。


    ———兄弟達よ。遊びは終わりだ。我々は主と共になる。


    ケセルの影との死闘でボロボロとなり、血塗れのラファウスは反撃を仕掛けようとする。だが、ケセルの影は微動だにしない。
    「何故動かない……?」
    動かないケセルの影に警戒するラファウス。自分から仕掛けると敵の思う壺となる。そう考えたラファウスはひたすら鋭い視線を向けるばかりであった。
    「クックックッ……楽しいひと時だったよ」
    ラファウスが身構えた瞬間、ケセルの影は溶けるように消えていく。一体何をと思った矢先、ラファウスは再び足元に現れた黒い円からの無数の黒い手に捕まり、引きずり込まれていく。


    テティノは傷付きながらも、闇の魔法を次々と放つケセルの影に食い下がっていた。
    「タイダルウェイブ!」
    巨大な波がケセルの影を飲み込んでいくが、ケセルの影は既に姿を消している。何処だと思いつつも辺りを見回すテティノ。
    「フハハハハ……真の恐怖はこれからだ」
    声だけが響き渡り、テティノの足元から黒い円と無数の黒い手が現れる。
    「うっ、うわあ!」
    無数の黒い手に捕まったテティノは黒い円に引きずり込まれる。


    「うおおおおおおおっ!!」
    赤い雷を纏ったヴェルラウドの斬撃がケセルの影を深々と切り裂く。次の瞬間、ヴェルラウドの周囲に黒い雷を纏った闇の光球が現れる。光球が一斉に襲い掛かると、ヴェルラウドは剣を両手に掲げ、大きく振り回す。赤い雷の波動が周囲の光球を消し飛ばしていくと、ヴェルラウドは背後を振り返る。
    「クックックッ……赤雷の騎士よ。それが限界だとしたら、主には傷一つ付ける事も出来ぬぞ」
    ケセルの影の両手から黒い雷が迸る。ヴェルラウドに向かっていく激しい雷の波動。ヴェルラウドは剣を構えながらも自身の赤い雷の力で波動を抑えようとするが、全身が強烈な電撃に襲われる。
    「ぐああああああ!!」
    黒い雷を受け、身を焦がしながら膝を付くヴェルラウド。
    「続きは我が主と共に行う。言っておくが、主はこんなものではないぞ」
    ケセルの影が消えると、ヴェルラウドの足元に黒い円が広がる。そして円から現れる無数の黒い手。
    「うっ、うおあああ!!」
    ヴェルラウドは黒い手に捕まり、引きずり込まれていく。


    様々な剣技を駆使しつつもケセルの影に挑むオディアンだが、ケセルの影が繰り出す闇の魔法によって鎧は半壊し、満身創痍となっていた。辺りには破壊された戦斧と鎧の破片が散らばっており、ケセルの影は不気味な表情を見せていた。
    「何という強さだ……このままでは」
    オディアンは戦慄を覚えつつも両手で大剣を構える。
    「ククク……お前も感じているはずだ。冥神の力がどれ程のものかを。お前は我が主を前にする事があっても、下らぬ忠義のままに命を捨てるというのか?」
    ケセルの影が腕を組みながら言う。
    「……俺は騎士として、陛下をお守りする使命がある。我が命を犠牲にする事があっても、それで陛下を救えるならば本望だ」
    オディアンは鋭い目で大剣を掲げる。傷付いているものの、目に宿る闘志は失われていない。
    「フハハハハ……全く大したものだよ、お前は。剣聖の王は良い部下に恵まれたものよな」
    ケセルの影は右手を掲げ、掌から黒い光球を出現させる。掌に浮かぶ黒い光球が床に叩き付けられると、大爆発と共に吹っ飛ばされるオディアン。
    「ならば思い知るがいい。我が主の恐ろしさを」
    響き渡るように聞こえる声。倒されたオディアンは無数の黒い手に捕まり、広がる黒い円に引きずり込まれた。


    雷霆の波動と呼ばれる眩い雷のオーラに包まれたロドルは、二刀流による凄まじい斬撃でケセルの影をズタズタに切り裂いていた。
    「クックッ……どうやらオレは貴様を見縊っていたようだ」
    左腕を切断されたケセルの影は不敵に笑っている。
    「貴様など所詮紛い物。俺の狙いは本物の貴様だ」
    ロドルは一瞬でケセルの影に一閃を加える。だが、ケセルの影は空中に移動していた。
    「ハッハッハッ、紛い物か。確かにオレは冥神の力の欠片からの絞りカスのようなものだ」
    空中に漂うケセルの影が姿を消していく。
    「本物のオレの首が欲しいか?残念だが、それは叶わぬ事よ。既に、オレ達と共に主と一つになろうとしているのだからな」
    ケセルの影が消えると、ロドルの足元から無数の黒い手が出現する。黒い手に捕まったロドルは広がっていく黒い円の中に引きずり込まれる。


    五人の影が、ケセルであった冥魂に集まって行く。そして冥魂は、五人の兄弟を連れて冥神ハデリアが眠る球体の元へ向かう。


    その頃、レウィシアとリランは長い通路を突き進んでいた。暗闇に閉ざされた一本道の通路は魔物の気配は無いものの、先へ進むに連れて邪気が強まっていくのを感じた。通路を抜けると、二人は朽ちた神殿のような場所に出る。そこにはラファウス、テティノ、ヴェルラウド、オディアン、ロドルの姿があった。
    「みんな!」
    仲間達の姿を見てレウィシアが駆け寄る。
    「レウィシア!ケセルは?」
    レウィシアがケセルとの戦いの結果を語る中、リランは全員に回復魔法を掛ける。ケセルの影との戦いで傷付いたラファウス達が全快すると、レウィシアは冥神との戦いに闘志を燃やす。
    「冥神と一つになったとならば、ケセルそのものという事にもなるな。これが最後の戦いだ」
    ヴェルラウドの一言にレウィシアが頷く。レウィシアはふとロドルに顔を向ける。
    「……俺はあくまで奴を倒すという理由で此処にいるだけに過ぎん。早く行け」
    無愛想に返答するロドルに心から礼を言うレウィシアは、改めて先へ進んで行く。朽ちた神殿の通路を進み、奥に設けられた門。そして開かれた大扉。その先には、巨大な球体が浮かび上がる大広間———冥神ハデリアが眠る地底遺跡の最深部であった。周囲にいる闇の鎖で捕われたガウラ、シルヴェラ、エウナ、マレン、ブレドルド王、リティカ、ルーチェ。球体の前には、闇の光に包まれた冥魂が佇んでいる。
    「お父様!ルーチェ!」
    「女王!」
    「母上!」
    「マレン!」
    「陛下!」
    それぞれが捕われた人々の名前を呼ぶと、冥魂が闇のオーラを燃やし始める。ロドルはリティカの姿を見て、眉を顰めていた。
    「とうとう来たな。我が主の元へ」
    ケセルの声が響き渡ると、レウィシアは球体の中にいるネモアの姿を凝視する。
    「レウィシアよ。これが我が主の新たなる肉体だ。最早元の身体とは全く違うものとなったがな」
    冥魂が球体の中に入り込んでいくと、レウィシアは剣を握る手に力を入れる。


    見るがいい。我が主の目覚めの時を。そして光栄に思うがいい。我が主の手で栄誉ある死を迎える事を!

    オレは冥神の力の欠片。今こそオレは主と一つになる。そう、冥神そのものとなるのだ———


    球体に罅が入り、音と共に砕け散る。辺りが眩い閃光に包まれる。閃光が消え、視界が戻ると、レウィシアは目を見開かせる。少年のような顔立ちで、ネモアの面影を感じさせる黒い髪の細面な男。だが、男から漂うものは凄まじい邪気に満ちた闇の力。凍り付いた瞳。かつてはクレマローズ王子ネモアだった者が、ケセルによって冥神の新たなる肉体に改造された存在———そして全ての力の源を取り込み、冥魂として分離させていた力の欠片と一つになる事で完全な復活を遂げた冥神ハデリアであった。
    「ネモア……」
    ハデリアの表情からネモアの顔が頭を過り、思わず構えを解くレウィシア。ハデリアは瞬時にレウィシアの前に移動し、レウィシアの腹に一撃を加える。
    「げっぼお……!」
    メキメキと骨が軋む音が聞こえる中、レウィシアは大量の血反吐を吐き、吹っ飛ばされては壁に叩き付けられる。吐いた血がハデリアの顔に付着すると、ハデリアは表情を変えずに顔の血を軽く拭う。
    「レウィシア!」
    ラファウス達がレウィシアに駆け寄る。無防備になった隙を突かれた時に受けたハデリアの一撃は大きなダメージとなり、レウィシアは腹を抑えながら血を吐いていた。
    滅びの日蝕

    とうとう、目覚めやがったか。

    ……そのようね。

    気は進まねぇが、オレ達の力も必要になるようだ。魔魂は失われたが、精神体だけでも出来る事はある。

    ええ……。


    空を漂う黄色と水色の小さな光。光の正体は、地の英雄ボルデと氷の英雄フィンヴルであった。


    「がっ……げほっ!あ、うっ……がはっ!!」
    前屈みの体勢で更に吐血するレウィシア。吐血の量は血溜まりが大きく広がる程で、ハデリアの拳の一撃だけでアバラを数本折られ、内臓にも大きなダメージを与えていたのだ。苦悶の表情で口から血を垂らしながらも、ハデリアの姿を凝視するレウィシア。ヴェルラウド達は、ハデリアから漂う恐ろしい威圧感に身も凍る戦慄を覚えていた。ハデリアは無表情のまま右手を掲げると、黒い稲妻を纏う紫色の光が放たれる。光は天井に巨大な穴を開け、その穴からは空が見えていた。
    「……まだ馴染まぬ。我が力に適合する身体を得たとはいえ、元は人の子の肉体。もっと冥府が必要だ」
    呟くようにハデリアが言うと、周囲に凄まじい波動を巻き起こす。波動によって一瞬で吹き飛ばされるレウィシア達。ハデリアは天井に開けられた巨大な穴から上空へ飛んで行く。


    蘇れ、冥蝕の月よ。我に冥府を与えよ。そしてこの地上が再び冥と死の世界に還る時———


    上空に佇むハデリアが冥府の魔力を解放した瞬間、邪悪な色に輝く黒い球体が浮かび上がる。黒い球体は、太陽を覆い尽くす程の大きさとなっていく。冥神の力『エクリプス』によって造られた、冥府の闇を生む冥蝕の月であった。冥蝕の月で覆われた太陽。闇で覆われていく世界。まさに滅びを意味する日蝕であった。
    「あれは一体……」
    天井の大穴から冥蝕の月を見ていたレウィシアが小声で言う。口の周りは大量の吐血によって血に塗れ、顎から血を滴らせていた。リランが回復魔法を掛けるものの、受けたダメージはすぐに回復する気配がない。
    「まるで次元が違い過ぎる。俺達はあんな途方もない敵に挑もうとしていたのか……」
    圧倒的な力に加え、冥蝕の月がもたらした暗闇の地上を見て戦慄の余り心の底から恐怖を感じるヴェルラウド。
    「あの力は……一瞬で消し去られる気がしました。ケセルの比ではないあの力……」
    ラファウスの表情は冷や汗に塗れている。
    「あんなバケモノとどうやって戦えばいいんだ……どうやって……」
    ハデリアの冥神の力に圧倒されたテティノは底知れない絶望感に襲われていた。
    「陛下や浚われた方々を救わねばならないが、あれ程の相手では最早……」
    オディアンも冷や汗に塗れる程の恐怖を感じていた。ロドルは拳を震わせながらも、倒れているリティカの姿をずっと見ている。
    「……みんな。どうかお父様達と安全な場所に避難していて。ハデリアは、私が倒すわ」
    胸部を抑えながらもレウィシアが言う。回復魔法で内臓へのダメージは回復したものの、折れたアバラはまだ完治しておらず、痛みが止まらないのだ。
    「相手は全ての闇を支配する神。それに立ち向かえるのは、神の光を手にした私しかいない気がする。みんなはお父様達を守っていて欲しいの」
    天井の大穴からの空を見上げた瞬間、胸からの激痛でレウィシアはよろめいてしまう。
    「レウィシア!」
    「平気よ。心配しないで」
    笑顔を向けるレウィシア。だがその笑顔は無理に作っているように見える。
    「……確かに、母上やルーチェ達を守れるのは私達くらいしかいませんね」
    ラファウスの言葉にテティノとオディアンは頷くが、ヴェルラウドは俯いたままであった。
    「力にすらなれそうにないのが非常に口惜しいが……どうやらレウィシア王女に頼るしかないようだ。今守るべき人を守るのも騎士としての務めだからな」
    オディアンはブレドルド王の姿を凝視する。
    「妥当な判断だ。戦える奴だけ来ればいい」
    そう言ったのはロドルであった。
    「あそこにいるお袋……リティカは貴様等に任せる。俺は奴と運命を共にする」
    冷徹な態度で言い残し、その場を去ろうとするロドル。
    「待ちなさい!あなたのお母様なんでしょう?どうしてあなたが守ろうとしないの?」
    レウィシアが呼び止めると、ロドルは鋭い視線を向ける。
    「あの人がロドルの母親なのか?」
    リティカを見て驚くヴェルラウド。
    「……リティカは今の俺を知らない。死を呼ぶ影の男として生きる俺の姿を見せるわけにはいかん。これ以上の事は聞くな」
    そう言い残し、ロドルは去って行く。レウィシアはロドルの後を追おうとすると、ヴェルラウドが背後から声を掛ける。
    「……レウィシア。俺もお前と共に戦う」
    「ヴェルラウド!?」
    「俺は最後までお前の力になりたい。例え次元が違い過ぎる相手でも、騎士としてお前を守りたいんだ。この命を捨ててでもな」
    眼前で言うヴェルラウドの強い眼差しを見ていると、レウィシアは胸が熱くなるのを感じた。
    「レウィシア……」
    ラファウス、テティノ、リラン、オディアンがレウィシアとヴェルラウドを見つめている。
    「……後は頼むわ」
    仲間達に穏やかな笑顔を向け、ヴェルラウドと共に進むレウィシア。ラファウス達はその場を去るレウィシア達を黙って見送っていた。


    冥蝕の月による日蝕は世界全体を闇に包むだけではなく、人々にも何かしらの悪影響を与えていた。
    「どうなってんだよこりゃあ……俺達、どうなっちまうんだよぉ!」
    月から溢れ出る冥府の力によって、一部の人々が恐怖と絶望感に襲われていた。中には倦怠感を感じる者や、感情が爆発して発狂する者、放心状態で空を眺めている者、蹲って苦しんでいる者もいる。
    「な、なななな何ですかこれは……何がどうなってるのおおお!?何が!何が!何が始まろうとしているのです!?ひゃあああああ!!」
    トレイダの町ではメイコがパニック状態になっていた。その傍らには狂ったように吠え続けるランとレンゴウがいる。
    「おい、落ち着け!騒ぐんじゃねえ!」
    レンゴウが怒鳴りつけるものの、メイコは落ち着けない様子であった。冥府の力の影響で精神が不安定に陥っているのだ。
    「ちっくしょう……これから何が起きようとしているんだ?この状況、本格的にやべぇかもしれねぇな」
    レンゴウが周囲を見渡すと、多くの住民が様々な悪影響を受けている状況であった。
    「うぐぐ……何なんだこの感覚は。まるで暴れ出してぇ気分だ、ぜ……」
    心の中がざわつき始め、頭を抱えるレンゴウ。メイコの騒がしい声とけたたましく吠えるランの鳴き声に耳を塞ぎながらも、暴れ出す衝動を必死で抑えていた。

    各地は大混乱に発展していく。激しく殴り合い、殺し合いを始めるラムスの住民達。各王国に次々と現れる、精神が崩壊した人々の姿。冥府の力は地上の生ある者の心を深い闇で蝕み、潰し合いや己の破滅、自滅を招くものであった。


    レウィシアとヴェルラウドが先立って外に向かったロドルに追い付くと、ロドルは振り返らずに立ち止まる。
    「フン、誰か一人は来るだろうと思っていたが……男の方は死ぬつもりで来たのか?」
    「それを言いたいのはこっちだ。あんたこそ、冥神がどんな奴なのか知ってるんだろうな」
    ヴェルラウドの返答に対し、ロドルは僅かにレウィシア達の方に振り向く。
    「……俺に残された道は、奴に一矢報いる他に無い。俺はターゲットの暗殺に生きる者……今のターゲットは冥神となった奴。それだけだ」
    それだけを言い残し、再び歩き出すロドル。
    「あいつ、死ぬ気なのか」
    ヴェルラウドが呆れたように呟く。
    「彼の好きにさせましょう。相手が冥神といえど、戦力にはなるはずよ」
    冷静にロドルの後を追うレウィシア。足を動かしているうちに胸から響き渡る痛みで立ち止まり、胸部を抑えるレウィシアをヴェルラウドが支える。
    「レウィシア、本当に大丈夫なのか?まだ完治していないんだろ?」
    「余計な心配しないでちょうだい。リラン様の回復の力ならばもうすぐ完治するはず」
    こんな時に無理するもんじゃないだろと思いつつも、ヴェルラウドはレウィシアを支えながら先へ進む。約一時間後、三人は洞窟の通路を抜けて外に出ると、闇に包まれた地上の様子に言葉を失う。そして空に浮かぶ冥蝕の月。
    「クッ……何だこの空気は」
    空気の重苦しさで気分が悪くなるヴェルラウド。冥蝕の月から放たれる冥府の力の影響によるものであった。
    「……不快な気分だ。これも奴の仕業だというのか」
    冥府の力を肌で感じていたロドルも不快感を覚える。
    「あれもハデリアが……!」
    レウィシアは険しい表情で冥蝕の月を凝視していると、月の前にある人影の存在に気付く。上空で世界の様子を見下ろしているハデリアであった。
    「まさか、あそこにいるのがハデリアか?」
    ヴェルラウドも月の前に佇むハデリアの存在に気付く。
    「……ハデリアッ!!」
    大声で怒鳴る形でレウィシアが呼び掛ける。
    「ハデリア!私と戦え!貴様は私が倒す!」
    更に大声で呼び掛けるレウィシア。その声が聞こえたのか、ハデリアが動き始める。ロドルは刀を抜き、ヴェルラウドが剣を構える。そしてレウィシア達の元へ向かって行くハデリア。三人が身構えた時、ハデリアが降臨する。
    「……人の子よ。神に仇名すというのか」
    凍り付いた視線を向けながらもハデリアが問う。レウィシアはハデリアの肉体の元がネモアだという事実を必死で払い除けながら、汗ばむ手で剣を握り締める。
    「笑止な。貴様こそ、人の子の身体を利用している。それで神を名乗るなんておこがましいわ」
    気丈に声を張り上げて反論するレウィシア。
    「我が肉体に流れる血が激しく騒いでいる。まるで何かを求めているようにな」
    ハデリアは一瞬でレウィシアの前に現れ、掌が迫ろうとした瞬間、レウィシアは剣を振り下ろす。その剣を軽く受け止めるハデリア。
    「う、くっ……!」
    素手で剣を受け止められたレウィシアは力を込めるものの、ハデリアの力によって完全に押さえられていた。ハデリアの目が光ると、凄まじい衝撃波がレウィシアを襲う。
    「ああぁぁっ!!」
    大きく吹き飛ばされていくレウィシア。
    「レウィシア!」
    ヴェルラウドはレウィシアの元へ向かおうとするものの、正面に立つハデリアの姿を見てはその考えを一旦止め、剣に意識を集中させて赤い雷を纏わせる。同時にロドルの全身が激しい雷のオーラに覆われる。凄まじい勢いで唸る二種類の雷を前にしてもハデリアは表情を変える事無く、凍り付いた目でヴェルラウド達を見つめていた。
    「うおおおおお!!」
    ヴェルラウドとロドルが同時に突撃する。雷を纏う二人の斬撃が次々と繰り出されるが、ハデリアはその場から微動だにせず、攻撃は全く通用していない。二人は攻撃を当てる度に、まるで何かに弾かれているような感覚を感じていた。反撃に警戒して後方に飛び退く二人。そこに吹っ飛ばされたレウィシアが大きく飛び上がり、二人の元へ着地する。
    「レウィシア!」
    思わずヴェルラウドが声を掛ける。
    「もう解ったでしょう?全力で掛からないと一瞬で殺されるという事が」
    レウィシアはハデリアに視線を移し、真の太陽の力を呼び起こす。太陽の力に共鳴するかのように光輝く剣。そしてその光は太陽のように燃えつつも大きな輝きを放つ。ハデリアはその光に表情を険しくさせ、対抗するかのように黒く燃える闇のオーラを身に纏う。
    「忌まわしき太陽に選ばれし人の子よ……何処までも我の邪魔をしてくれるか。汝だけは我が手で跡形も無く滅ぼしてくれよう」
    眉間に皺を寄せたハデリアの顔付きには最早ネモアの面影すらなく、レウィシアは今戦う相手が滅ぼすべき冥神と呼ばれる存在であり、これが正真正銘最後の戦いである事を改めて認識し、全身の血を滾らせる。脇に立つヴェルラウドとロドルが再び剣を構えると、強く輝く赤い雷と荒れ狂う雷霆の波動が巻き起こる。


    例えハデリアがネモアの身体を己の血肉としていても、私の手で滅ぼさなくてはならない。

    そう、ネモアは死んだ。これはネモアではなく、邪悪なる神そのものだ。最愛の弟の死を汚した上、地上の全てを滅びの世界に変えようとしているお前だけは絶対に許さない。

    真の平和を取り戻す為にも、絶対に負けられない。


    「行くぞ、冥神ハデリア!」
    レウィシア、ヴェルラウド、ロドルの三人が一斉に飛び掛かる。ハデリアは三人を迎えるかのように、目を光らせながら両手を大きく広げた。


    その頃、ラファウス達が浚われた人々を安全な場所へ運び込もうとした瞬間、大きな衝撃が遺跡全体に伝わり始める。
    「な、何だ!?」
    地上で行われているレウィシア達とハデリアの戦いは、地下に瓦礫が落ちる程の凄まじい衝撃を与えているのだ。
    「冥神との戦いが行われている。この場にいては危険だ」
    危険を感じたリランはリターンジェムを取り出し、全員に集まるように呼び掛ける。
    「リラン様、レウィシアは……」
    「今は彼女達の勝利を信じるしか他に無い。我々に出来る事を優先しろ」
    リターンジェムを天に掲げるリラン。ラファウス達が浚われた人々と共にその場から脱出すると、途轍もない衝撃が遺跡全体に走った。


    リターンジェムによるワープ移動で辿り着いた先は、賢者の神殿前であった。ラファウス達は日蝕による闇に覆われた外の様子に愕然とし、冥蝕の月がもたらす冥府の力で気が重くなるのを感じる。
    「うくっ……何だこの感じは。早く神殿の地下に向かうぞ」
    外にいるだけでも何かしらの悪影響を受けてしまうと考えたリランは、ラファウス達と協力して浚われた人々を運びながらも半壊した神殿の中に入り、マチェドニル達がいる地下へ向かう。神殿の地下には、マチェドニルを始めとする賢人達が避難していた。
    「おお、リラン様!皆も……」
    「話は後だ。この者達を安全な場所へ運んでくれ」
    マチェドニルと賢人達は浚われた人々を奥の部屋で安静にさせる。
    「こういう場所があったのが幸いだ」
    リランは疲れた表情でその場に座り込む。ラファウス、テティノ、オディアンはハデリアに戦いを挑んだレウィシア達の事が気掛かりであった。
    「レウィシア達は勝てる……よな?」
    テティノが呟く。
    「何があっても勝つ事を信じろ。我々が信じなくてどうする」
    冷静な声で返答するオディアン。戦いの行方が気になりつつも、テティノはマレンが眠る場所へ向かおうとする。
    「どうした?」
    「マレンの様子を見るんだ。妹の事も心配だからな」
    テティノは奥の部屋で安静にしているマレンの顔を見る。静かに眠るその顔は美しく、まるで人形のようであった。
    「マレン……不甲斐ない兄でごめんな。お前だけは必ず助ける。必ず」
    マレンの手を握り締めるテティノ。その手は冷え切っており、温もりが感じられない。
    「……僕に何か出来る事があれば……」
    テティノはずっとマレンの手を握り、その場に蹲る。
    「皆、魂を抜かれているようだ」
    現れたのはマチェドニルであった。
    「マレンは……皆は助かるのですか?レウィシア達が冥神を倒す事が出来たら……」
    テティノが声を張り上げて問い掛けるが、マチェドニルは俯きがちであった。
    「冥神を倒したとしても、無事で魂が皆の元へ戻るかどうかはわしにも解らぬ。皆の魂は、今や冥神の中にあるようだからな……」
    マチェドニルの言葉を聞いては項垂れ、拳を震わせるテティノ。
    「……僕の魂だったらいくらでもくれてやる。マレンを救う為に此処まで来たんだ。それすらも出来ないなんて絶対に嫌だ」
    呟くように言うと、テティノは涙を溢れさせる。
    「テティノよ、気持ちは解るが決して早まった真似だけはするでないぞ。可能性がないというわけではないのだから、例えごく僅かな可能性であってもそれに賭けるしかあるまい」
    そう言い残し、部屋から去るマチェドニル。
    「……ごく僅かな可能性か。それに賭けるしかないのかな」
    テティノが部屋から出ようとすると、不意に動悸を感じて立ち止まる。まるで何かに共鳴しているかのように、体内の血が騒ぎ出す感覚に襲われた。


    何だその顔は?しっかりしろよ。お前はアクリアムが選んだ奴なんだろう?


    頭の中から聞こえる声。聞き慣れない声に思わず身構えるテティノ。
    「誰だ!」
    声を上げた瞬間、テティノの前に小さな黄色の光が現れる。地の英雄ボルデであった。
    「オレの名はボルデ。失われた地の魔魂の主というか……お前を選んだ英雄アクリアムの同士といったところだ」
    「何だと?」
    テティノが驚く中、ラファウスがやって来る。
    「ラファウス!」
    「テティノ、どうかこの方達の話を聞いて下さい」
    ラファウスの前には、水色の光———氷の英雄フィンヴルが佇んでいた。
    「……改めて説明するわ。私はフィンヴル。あなた達を選んだ英雄の同士となる者……」
    バランガの死後、完全に消滅した氷の魔魂の主であるフィンヴルが自己紹介をすると、ボルデが言葉を続ける。
    「冥神が復活した今、お前達は六つの魔魂もとい英雄の力を一つにしてそれぞれのエレメントを司る神を呼び、冥神の力を封印しなきゃならねぇんだ。オレとフィンヴルには魔魂の適合者となる奴がいねぇ上に魔魂そのものが失われている。だが、オレ達の魂そのものを力に変える事が出来れば……」
    ボルデ曰く、神の中には地上に存在する炎、水、地、風、氷、雷———六つのエレメントを司る神も存在し、それぞれの神に選ばれた存在が魔魂を生んだ冥神に挑みし英雄であった。アクリム王国の領土内にある滝の洞窟に祀られている水の神や風神の村で崇められている風の神が当てはまり、六つのエレメントは神によって生み出されているという。エレメントを司る神は地上の均衡を保つ為に地上に干渉してはならない理があるものの、冥神の力を封印するには神の力を借りる必要がある故、英雄の力を集める事でそれぞれの神に呼び掛けて力を貸してもらうという考えであった。
    「これは賭けだ。上手く行くかどうかは予測が付かねぇ。オレ達を選んだエレメントの神々は基本的に地上に手出ししてはいけない決まり事があるからな。下手すりゃ等価交換って事で重い代償を背負うかもしれねえ」
    「何だって!?」
    テティノとラファウスが愕然とする。
    「……でも、このままだと確実に終わりよ。今冥神と戦ってる人……明らかに勝算はゼロでしかない。冥神は冥蝕の月から大いなる力を得ている。冥神の力の源となるものを封印しなくては勝ち目は無い。何もしないよりはマシじゃないかしらね」
    フィンヴルの言葉に思わず顔を見合わせるテティノとラファウス。そして二人は同時に頷いた。
    「おい水色のボーズ。お前の中にいるアクリアムとはどう話を付けたんだ?」
    「ボーズって誰の事だ。話だったら『決して心を迷わせるな。お前には果たすべき使命があるだろう』と言われている。だから、果たすべき使命の為にもお前達の話に乗る事にする」
    テティノが堂々と声を張り上げて言う。
    「……へっ、何だ。ネガティブな奴かと思ったが、案外肝が据わってるんだな。その言葉に嘘はねぇんだな?」
    「当たり前だ。これでも僕は、覚悟を決めて自分の命を削っているんだ。今更何があろうと、引き下がるわけにはいかないからな」
    テティノはふとラファウスの顔を見る。
    「……言わずとも解るでしょう?私がどう考えているのか」
    冷静に返答するラファウスに、テティノはふっと微笑みかける。
    「どうやらお前は、アクリアムの意思と一つになったようだな。安心したぜ」
    ボルデとフィンヴルの光が力強く輝き始める。
    「行きましょう。レウィシア達の元へ」
    決意を固めたテティノとラファウスはレウィシア達の元へ向かうべく、マチェドニル達に事の全てを伝える。
    「そうか……解った。それが冥神を倒す方法に繋がるとならば止めるわけにはいかぬ。どうか無事で戻って欲しい」
    「はい。マレンや、皆を救う為にも必ず……!」
    力強く言うテティノの目に強い意思の光が宿っていた。
    「俺はリラン様と共に浚われた方々を守るつもりだ。後の事は任せたぞ」
    オディアンの一言に頷くテティノとラファウス。
    「君達ならば未来を救うと信じている。どうかこれを受け取ってくれ」
    リランが魔法を掛けると、テティノとラファウスの身体が光の膜に覆われる。
    「これは?」
    「我が魔力による光の加護だ。焼け石に水かもしれぬが、闇の力による影響を和らげる事が出来る」
    光の加護による膜は、闇の力や邪悪な力による呪いを遮断する結界であった。テティノとラファウスはリランに感謝しつつ、マチェドニル達に見送られながらも神殿から出て飛竜カイルを呼び出す。二人を乗せたカイルはボルデとフィンヴルの導きを頼りにレウィシア達がいる孤島アラグへ向かうものの、冥府の力を受けている影響か、飛行速度が弱まりつつあった。
    「おいカイルよ、大丈夫か?しっかりしろ!お前が頑張らなきゃ全てが終わりなんだぞ!」
    テティノが叱咤すると、カイルは鳴き声を上げながらも一生懸命翼を羽ばたかせる。
    「無理をさせてはいけません。この嫌な感じの空気は生物に悪影響を及ぼしているようですから」
    冷静さを失わずにテティノを窘めるラファウス。
    「……冥蝕の月が世界中に冥府の力をばらまいているのよ」
    フィンヴルの一言。
    「冥府の力は地上の生き物にとって有害でしかねぇ上に、冥神には力の源となるタチの悪い代物だ。こいつは急がないとやべぇかもな」
    ボルデが真剣な様子で言うと、テティノは手綱を引く。それに応えるかのように、カイルは飛行速度を上げ始めた。
    六柱の神々
    古の時代———魔魂の主であり、神の子となる者達と共に冥神に挑んだ六の英雄。
    六の英雄は、創生の兄弟神に仕える神々———炎、水、地、風、雷、氷の六つのエレメントを司る神々に選ばれし人間であった。

    炎の神ヘパイスト、水の神ポセイド、地の神デメール、風の神ヴェルタ、雷の神インドゥラ、氷の神フリジラ———六柱のエレメント神は地上のエレメントを生む礎であり、自然の均衡を保つ存在となる。自然の均衡は六のエレメントによって守られており、均衡を保つ為に地上には干渉してはいけない理がある。

    六柱のエレメント神もまた、エレメントを生む創生神なのだ。

    冥神ハデリアが復活を遂げ、地上の全てが冥府の闇に包まれた時、六柱のエレメント神の力を必要とする時が来た。冥府の闇を生む根源となるものを封印し、冥神を完全に滅ぼす為に。それが神の理に反するものであっても、神の力なくしては地上に光を取り戻す事は出来ない。今戦うべき相手も、神そのものだから。

    二人の神に選ばれし者は、そう考えていた。


    孤島アラグでは、冥神ハデリアの闇の力による大爆発が次々と起きる。レウィシア、ヴェルラウド、ロドルは爆発に吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも食い下がっていた。三人の攻撃はハデリアには受け付けず、冥蝕の月から得た冥府の力で全ての攻撃を寄せ付けない結界で覆われていた。
    「おおおおおおっ!!」
    赤雷の力を最大限まで高め、輝く赤い光に覆われたヴェルラウドの神雷の剣。大きく振り下ろした瞬間、辺りを薙ぎ払うように巻き起こる赤い雷。ハデリアは微動だにせず、襲い来る赤い雷をそのまま受ける。雷が消えても、ハデリアは無傷で表情すら変えていない。
    「全く攻撃が通じない。どうすれば……」
    レウィシアは息を荒くしながらも、ダメージを受けている様子がないハデリアの姿を見据えていた。
    「フン……奴の秘密を探るしかないわけか」
    ロドルは冷静に両手の刀を構え、雷を迸らせる。全身は傷だらけで、顔は血に塗れている。
    「……忌々しき地上の神の力を得ようとも、所詮は人の子。消えよ———」
    ハデリアが空中に上昇し、上空で片手を天に翳すと、冥府の力が昇っていくと同時に凄まじい力が漂う黒い球体が出現する。周囲には激しく迸る黒い稲妻。そして巨大化していく球体。かつて憎悪と破滅の魂を手にしたケセルが放った全ての闇の力が結集した魔力によるエネルギーであった。その力はケセルが放ったものよりも遥かに強大で、危機を感じたレウィシアは真の太陽の力を最大限に高め、剣を両手に身構える。
    「レウィシア!」
    「ヴェルラウド、ロドル。下がってなさい!私が全力で食い止める」
    無茶はやめろと言おうとするヴェルラウドだが、レウィシアの気迫に満ちた表情を見て思わず黙り込んでしまう。
    「……やむを得んな」
    ロドルはレウィシアの言葉に従うように、その場から引き下がろうとする。


    ———デッドリィ・ゾーク———


    巨大な魔力の球体を放つハデリア。真の太陽の力を集中させ、両手で剣を掲げるレウィシア。
    「はあああああああ!!」
    吼えるように叫ぶと、剣から巨大な光が放たれる。それは真の太陽がもたらす輝く太陽の炎そのものであった。太陽の炎である巨大な光は柱となり、地上に向かって行く球体と激突する。
    「がああああっ!!」
    凄まじい形相で剣に力を込めるレウィシア。闇の球体とぶつかっている光は勢いを増し、抑えていく。ハデリアは剣から太陽の光を放つレウィシアを忌々しげな表情で見下ろしつつも、更に魔力を強める。
    「う、くっ!」
    より力を増したハデリアの球体の力に押され始めるレウィシアの太陽の光。球体の周囲を覆う黒い稲妻が激しく迸り、地上に強烈な電撃が伝わり始める。
    「ああああ!!」
    黒い稲妻の電撃を受けたレウィシアはバランスを崩してしまい、太陽の光が弱まった隙にハデリアの球体が襲い掛かる。
    「レウィシアーーーッ!!」
    ヴェルラウドが叫ぶと、球体は大爆発を起こす。その勢いは島全体に及ぶ程の規模であった。爆風で覆い尽くされた孤島アラグの様子を上空で見下ろしていたハデリアは表情を変えないまま、冥蝕の月の元へ飛んで行く。


    肉体が馴染まぬ内はまだ動きが重く感じる。我が身に冥府を取り込まなくては———。


    溶け込むように冥蝕の月に入り込んでいくハデリア。次の瞬間、冥蝕の月からは膨大な量の黒い瘴気が溢れ出した。瘴気は一瞬で冥蝕の月を覆い尽くしていく。



    「な、何だあれは……!?」
    飛竜カイルで孤島アラグへ向かうテティノとラファウスは遠くから見える爆発の様子に驚愕する。
    「クッ、あの野郎……本格的にやりやがったのか!?」
    ボルデが声を荒げる。
    「……無事である事を祈るしかないわね」
    フィンヴルの言葉を聞いたテティノの表情に焦りの色が浮かぶ。
    「くそ、僕達が来るまでどうか無事でいてくれ!」
    テティノが手綱を引くと、カイルは荒々しく鳴き声を上げながらも飛んで行く。ラファウスは内心抱えている不安と恐怖を抑えながらも、冷静さを保つ為に無言で心を静めていた。三十分後、カイルは孤島アラグの上空に到着する。島の様子は聳え立っていた岩山が全て破壊し尽くされ、見えるものは瓦礫だけであった。
    「レウィシア!ヴェルラウド!」
    テティノとラファウスは即座に飛び降りる形で島に降り立つ。
    「この辺りにブレンネンとトトルスの気配を感じる。幸い生きてるようだ」
    ボルデとフィンヴルは二人を案内するように先立って飛んで行く。まともに歩く事すらもままならない瓦礫の山の中、テティノ達は後を追った。


    「……ぐっ……うう……」
    レウィシアは瓦礫の中に埋もれていた。ハデリアの球体が地上に到達する瞬間、レウィシアは最大限まで高めていた真の太陽の力を解放させて相殺を招き、被害を最小限に抑えていたのだ。瓦礫を退けながらも身体を起こし、ふら付きながらも立ち上がるレウィシア。顔は血塗れで、口からは血を滴らせていた。
    「ハデリアは……」
    咄嗟にハデリアの姿を確認するレウィシアだが、既にハデリアは冥蝕の月の元に佇んでいた。辺りを見回しているうちに瓦礫の上で倒れているヴェルラウドとロドルを発見した瞬間、テティノとラファウスがやって来る。
    「テティノ……ラファウス?」
    「レウィシア……まさか、あいつにやられたのか?」
    テティノが血塗れのレウィシアを見て愕然としている中、ヴェルラウドとロドルが意識を取り戻し、立ち上がる。
    「レウィシア……お前達も。奴はどうなったんだ?」
    ヴェルラウドは痛む身体を抑えながらも状況を確認する中、ボルデとフィンヴルがレウィシアの前に現れる。
    「あんたがブレンネンの……いや、炎の魔魂の適合者だな。あとそっちの妙な恰好した奴が雷の魔魂の……」
    「え?あなたは一体?」
    「今から大事な話がある。一度しか言わねぇからよく聞いてくれ。奴がこの場にいないのが幸いだったぜ」
    ボルデとフィンヴルがそれぞれ自己紹介を交えつつも、レウィシア達に魔魂の主となる英雄の力を天に向けて集める事で、それぞれのエレメントを司る神に呼び掛けて力を借りる作戦についての話を伝える。
    「つまりそのエレメントの神々の力を借りてあの冥蝕の月を封印すれば、冥神の力を抑えられるという事?」
    「そういう事だ。オレとフィンヴルの魔魂の適合者となる奴らもいたら完璧だったんだが、オレ達二人は精神体でしかないせいで上手くいくかどうかわからねぇし、正直どうなるかもわからねえ。だが、何もしないよりはマシだ。何れにせよ、奴の力の源となるモノを封印しないと勝ち目はねぇ」
    レウィシアはふと空に浮かぶ冥蝕の月を見る。黒い瘴気に覆われた冥蝕の月から伝わる冥府の力。同時に、レウィシアに宿る真の太陽の力が激しく滾ろうとしていた。それは、剣に宿る神の力との共鳴によるものでもあった。
    「……解ったわ。全てを救う為にも、あらゆる作戦に賭けるしかないわね」
    作戦を理解したレウィシアは黙って頷くと、ロドルの方に視線を向ける。ロドルは何かしらの反応を示さず、無言に徹するのみであった。
    「その作戦については俺にも何か出来る事はあるのか?」
    ヴェルラウドからの一言。
    「……あなたは無関係だから何も役立つような事は無いわ。黙って見ててちょうだい」
    フィンヴルの棘のある返答にヴェルラウドは込み上がる怒りを抑えつつ、一先ず見守る事にした。
    「で、どうするの?」
    「簡単な事だ。両手を上げて意識を集中させながら全ての力を解放させるだけだよ」
    ボルデの説明に従い、レウィシア、テティノ、ラファウスはそれぞれ両手を上げる。意識を集中させた三人が全ての力を呼び起こすと、三人の全身は輝く魔力のオーラに覆われる。
    「行くぜ、フィンヴル。覚悟は出来てるな?」
    「ええ……」
    ボルデとフィンヴルが大きく輝き始めると、ロドルが両手を上げ始める。
    「ロドル!」
    「勘違いするな。俺の中の相棒が鬱陶しいものでな。敢えてこうする事で黙らせるだけだ」
    ロドルの返答にレウィシアはフフッと笑いながらも、更に力を強めていく。六人が全ての力を解放させた時、六つのエレメントによる光の柱が昇り始める。六色の光の柱は暗闇の中の雲を突き抜け、天を突き抜けていく。そして巨大な光の魔法陣が浮かび始める。そして現れたのは、六柱のエレメント神の幻影であった。


    悪しき神に挑みし英雄の子よ———。

    我々は創生の神に仕えし地上のエレメントを司る者。そなた達の意思は我々に選ばれし地上の英雄達から聞いた。地上を救う為に悪しき神を滅ぼす事は、我々六柱の神の力なくしては叶わぬ事。

    我々は主より地上の均衡を保つ使命を受けている。主は悪しき神によって闇の底へ封印され、地上は我々が守り続けている。そして我々が地上の異変に直接手を下す事は均衡の崩壊を招く事となる。邪悪なる力の源を封印し、悪しき神を滅ぼすには地上に生きる者が我々六柱の力を己の身に宿す必要がある。

    本来、人の子として生を受けし者が六柱の力を身に宿す事は己の肉体に耐えられるものではなく、自身の崩壊を招く事となる。だが、神に選ばれた子として生を受け、神の器となる資格ありき者ならば、六柱の力を己の身に宿す事が出来る。そしてそれは、やがて人としての自分を捨てる事となる。

    六柱の力を己の身に宿すには、人としての自分を失う覚悟なくしては得られぬもの。神の器となる資格ありき者にその覚悟があらば、六柱の力を宿す事が許される。

    神の器となる資格ありき英雄の子よ。我々を必要としているのならば、人としての自分を失う覚悟で六柱の力を宿す事を望むか?己の力のみで戦う事を選ぶか?


    語り掛ける六柱のエレメント神の声を聞いたレウィシア達は言葉を失う。神に選ばれた子として生まれ、六柱の力を身に宿す者———紛れもなくレウィシアの事であろうと全員が悟っていた。六柱のエレメント神の言う六柱の力を宿さなくては、ハデリアを倒す事は出来ない。だがそれは人としての自分を失う覚悟を必要としている。もし自分が六柱の力を宿す事を選ぶと、自分は人と呼ばれる存在ではなくなってしまう。そんな選択を迫られたレウィシアは大きく息を吐き、少し考え事をする。
    「レウィシア……俺も話を聞かせてもらったぜ」
    状況を見守っていたヴェルラウドが歩み寄る。
    「その六柱の力とやらは、出来れば俺が受け入れてやりたいところだが……俺が受け入れられるようなもんじゃないんだろうな。赤雷の力を持っているとしても」
    ヴェルラウドは項垂れながらも、やるせない気持ちのまま拳を震えさせる。
    「……もういいの、ヴェルラウド」
    レウィシアが呟くように返答すると、隣にいるラファウスとテティノに顔を向ける。
    「みんな、今まで本当にありがとう。私が此処までこれたのも、みんながいたからこそ。だから……私がどうなっても、みんなはこの地上で生きていて欲しいの」
    そう言って優しい微笑みを向けつつも靡く自分の髪に触れ、剣で自分の髪を切り始めるレウィシア。突然の断髪という行動に驚くラファウス達。風と共に散っていく髪の毛。自らの手で髪を切り、短髪となったレウィシアは空を見上げながらも決意を固める。
    「レウィシア、まさか……」
    ラファウスはレウィシアの胸中を悟るものの、言葉を出せずにいた。
    「……僕達が止めようとも、君はやるつもりなんだろ?解っているんだ。僕ではどうにもならないからな。でも……君までも失いたくない。君まで失うのは耐えられない。だから……人じゃなくなっても、僕達のところへ帰ってきて欲しい」
    テティノの言葉を受けたレウィシアは、振り返る事なく黙って頷く。
    「いつまで話し合っている。覚悟が出来ているなら早くしろ。奴が動き出したぞ」
    ロドルの言葉通り、空に浮かぶ冥蝕の月からは一つの人影が降りていた。人影は孤島アラグに向かって行く。
    「まさか!?」
    レウィシアは目を見開かせる。人影の正体は、ハデリアの姿をした影であった。
    「チッ、このままでは……!奴は俺が食い止める。早くするんだ!」
    ヴェルラウドは即座にその場から離れ、距離を開けた位置で誘うように赤い雷を呼び起こし、戦闘態勢に入る。ハデリアの影が近付いて来ると、レウィシアはヴェルラウドの意思に応えるべく六柱のエレメント神の幻影に顔を向ける。
    「神の器となる資格ありき英雄の子というのは私の事でしょう?覚悟ならもう出来ています。この世界を……地上の全てを救う為に、自分の全てを捨ててでも冥神ハデリアを倒します。その為に此処まで来たんですもの」
    神々の幻影に向けて決意の言葉を投げ掛けるレウィシア。


    レウィシア・カーネイリスよ。そなたの決意、しかと受け止めた。そなたこそが神の器となる者。そなたが持つ心は太陽そのもの。今こそ、そなたは太陽の女神となるのだ———。


    レウィシアの全身が眩く輝く光の柱に覆われる。その光は六色の色が混じり合っており、まるで虹色のような光であった。
    「ああああぁぁぁああああっ!!」
    光の中、レウィシアは全身が焼かれるような感覚に襲われる。ラファウスとテティノが思わず駆け寄ろうとするものの、光の輝きは近付くと目が眩む程で、周囲を寄せ付けない眩さであった。その時、ハデリアの影がヴェルラウドの前に降り立った。
    「……あの光……六柱の神々か」
    ハデリアの影は目を赤く光らせ、レウィシアを覆う光の柱に注目する。
    「待ちな。貴様の相手は俺だ」
    ヴェルラウドは赤い雷が覆う神雷の剣を地面に突き立てると、次々と赤い雷が地面から巻き起こる。赤い雷を回避していくハデリアの影に向けて斬りかかるヴェルラウド。渾身の一閃はハデリアの影の右肩を捉えるものの、残像を残す形で姿が消える。空中に漂うハデリアの影がヴェルラウドに向けて無数の黒い刃を次々と放つ。禍々しい闇のオーラに覆われた無数の黒い刃がヴェルラウドの腕や足、脇腹を傷つけていくが、ヴェルラウドは剣を大きく振り翳す。輝く赤い雷が辺りを薙ぎ払うように迸り、黒い刃を消し去って行く。
    「スフレ……俺に力を貸してくれ」
    ヴェルラウドはスフレの事を思い浮かべながらも、ハデリアの影に鋭い視線を向けつつ剣を両手で握り締める。
    「なあ、いくら何でもヴェルラウド一人では食い止められそうもないんじゃないのか?」
    テティノは加勢を考えるものの、本能で恐怖を感じているせいか足が竦んでしまう。


    待て、テティノよ。レウィシアが六柱の力を身に宿すまで、この場から動いてはならぬ。いかにあの時のような覚悟があってもな。

    もし命を捨てる覚悟でレウィシアの力になる事を望むならば、己の魔力を———。


    テティノに呼び掛けたのは水の神ポセイドであった。ポセイドの声を聞いた瞬間、不意に懐かしさを覚えるテティノ。
    「あなたが、水の神……」
    かつて生死の境を彷徨っていたレウィシアを救う為に大魔法ウォルト・リザレイを取得した試練での出来事を思い出すと同時に、救いたいものの為に自分を犠牲にする覚悟を決めて試練に挑んでいた自分の姿を振り返る。
    「そうだ。あの時の僕だって、どうなっても構わない覚悟で試練に挑んでいたんだ。それを今、レウィシアとヴェルラウドが……」
    命を捨てるような覚悟。それは救いたいものの為であり、全てを守る為でもある。今レウィシアとヴェルラウドは全てを投げ捨てる覚悟を決めて戦いに挑んでいる。いや、此処にいる皆が覚悟を決めている。そして、今自分に出来る事があるとすれば———。
    「……僕だって力になる。僕にも出来る事はあるはずだ」
    テティノは光に包まれているレウィシアの方に視線を向け、魔力を更に高めていく。
    「レウィシア!もしまだ力が足りないと言うのなら……僕のを使ってくれ!」
    そう呼び掛けては両手を差し出すテティノ。その姿を見ていたラファウスも両手を差し出す。そう、風の神ヴェルタからの呼び掛けに従っての行いであった。テティノ、ラファウスの両手から溢れ出る魔力の光。ボルデ、フィンヴルからも魔力の光が溢れ出る。そしてロドルも両手を差し出す。
    「まさか、あんたまでも……」
    ロドルまでも自分と同じ形で協力している事にテティノが驚く。
    「雷の神とやらも何かと面倒なものでな。実に下らん」
    ぶっきらぼうな態度で振る舞うロドルの両手からも魔力の光が溢れ出る。六柱の魔力がレウィシアの元へ集まると、レウィシアを覆う光の柱は更に輝きを増していく。

    「……退け」
    ハデリアの影がヴェルラウドの腹に一撃を叩き込む。
    「ぐぼおっ……!」
    身体を大きく曲げながら大量の血反吐を吐くヴェルラウド。ハデリアの影がレウィシア達の元へ向かおうとした瞬間、輝く赤い雷の波が背後から襲い掛かる。
    「……邪魔するな」
    ハデリアの影が蹲るヴェルラウドに凄まじい闇の衝撃波を放つ。
    「ぐおはあっ!!」
    ヴェルラウドは衝撃波によって大きく吹っ飛ばされる。
    「ぐっ……待て」
    腹部を抑えながら立ち上がろうとするヴェルラウドだが、ハデリアの影は足を止めようとしない。


    光の中、徐々に意識が吸い寄せられる感覚に陥ったレウィシアは神の声を聞く。



    炎は、輝きの象徴。

    水は、守りの象徴。

    地は、強さの象徴。

    風は、育みの象徴。

    雷は、怒りの象徴。

    氷は、哀しみの象徴。



    六柱の力が神の光と共に集まる時、汝は太陽の女神となる。太陽の力を受け継ぐ者として生を受け、真の太陽を目覚めさせ、神の光を手にした汝は太陽を司る女神なのだ。


    太陽の子よ。今こそ、神として邪悪なる意思を持つ悪しき神を討つのだ———


    「ガアアアアアアッ!!」
    ハデリアの影は凄まじい闇のオーラを放出させ、レウィシア達に向けて黒い雷を纏う巨大なエネルギーの波動を放つ。
    「やめろおおおおおおッ!!」
    ヴェルラウドは赤い雷を纏う神雷の剣を両手で持ち、渾身の力でハデリアの影に斬りかかる。その一閃はハデリアの影の左肩に深く食い込ませるが、神雷の剣に罅が入り、音と共に折れてしまう。ラファウス、テティノ、ロドルはエネルギーの波動を避けようとしたものの、回避が間に合わず、大爆発が起きる。剣が折れ、レウィシア達への攻撃が止められなかった事実に愕然としているヴェルラウドの顔面にハデリアの拳が深く叩き込まれる。辺りに舞う血飛沫。拳の間からは、大量の血が溢れ出していた。血塗れのヴェルラウドはその場に崩れ落ちると、血の塊を吐き出して意識を失う。爆発による煙の中、眩い光が辺りを包むと、ハデリアの影が目を見開かせる。煙から現れたのは、太陽のような、そして神々しい輝きに包まれ、光の翼を持つ姿となったレウィシアであった。
    「……神の光……そして太陽の光……貴様……!」
    ハデリアの影が眉間に皺を寄せながらレウィシアを睨み付ける。レウィシアは表情を変えず、戦神アポロイアの剣を天に掲げる。剣からは更なる太陽の輝きがオーラとなって現れる。
    「……消えよ、忌まわしき冥神の影よ」
    レウィシアが剣に力を込めると、辺りに巨大な光が広がっていく。神の光と太陽の炎が併せ持つ力であり、光に飲み込まれていくハデリアの影。
    「……如何に貴様でも……我が主ならば……」
    光の中、ハデリアの影は浄化されるように消えていく。レウィシアは剣を収めると、空に浮かぶ冥蝕の月に向けて両手を差し出す。


    真の太陽、六柱のエレメント、神の光、そして仲間達の力と心が一つになる時———漆黒よりいずる禍々しき冥府の闇を封じる黄金の聖光を生み、煌めきし太陽の女神となる。

    レウィシア・カーネイリスよ。今こそ、汝の心を力へと変え、そして全ての魔を司る悪しき神を討つ意思を爆発させろ。汝は、悪しき神を討つ女神となったのだ。


    「……おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
    神々の声に従い、レウィシアの全身から放出される巨大な光の波動。それは太陽の光を象徴させる黄金の光であり、神が生みし聖光であった。光の波動は天を突き抜け、冥蝕の月を飲み込んでいく。月の周囲を覆う黒い瘴気は一瞬で浄化され、地上に降り注ぐ冥府の力が徐々に消えていく。月そのものは消滅していないものの、月から漂わせていた冥府の力による闇は消滅していた。それは、冥蝕の月の封印の成功を意味するものであった。光の波動が収まると、レウィシアは無残な姿で倒れたヴェルラウドの様子を確認する。呼吸はあるものの、意識は戻っていない。傍らには折れた神雷の剣が転がっている。
    「ヴェルラウド……」
    レウィシアは怒りを覚えつつも、ハデリアの影による攻撃で吹っ飛ばされたラファウス、テティノ、ロドルの姿を探す。
    「レウィシア……今の凄まじい光はレウィシアがやったのか?その翼は……」
    突然聞こえ始めた声の主は、テティノであった。テティノは見違える程の凄まじい進化を遂げたレウィシアの力と、レウィシアの背にある光の翼にただ驚くばかりであった。
    「レウィシア……」
    更にラファウスがやって来る。二人は既にボロボロとなっていた。
    「良かった、二人とも生きていたのね。でも……」
    レウィシアはロドルとボルデ、フィンヴルを探すものの、姿は何処にもない。
    「ロドルと二人の英雄は……恐らくあの攻撃によって……」
    ラファウスが項垂れながら呟く。エネルギーの波動が襲い掛かる際、ロドルとボルデ、フィンヴルは直撃を受ける位置に立っていたのだ。いくら探しても姿が確認できない現状、生存は絶望的だと悟る三人。
    「……ラファウス、テティノ。ヴェルラウドを頼んだわよ」
    レウィシアは冥蝕の月に視線を移すと、光の翼が大きく広がる。翼に実体はなく、神の力の一部が具現化したものであった。ハデリアは、あそこにいる。そう確信したレウィシアは冥蝕の月へ向かおうとしていた。
    「その光の翼……六柱の力を受け入れた事でレウィシアはもう……」
    六柱の力を身に宿し、更に仲間達の力をも手にした事でレウィシアは人と呼ばれる存在ではなくなったという事実を悟ったラファウスは、溢れ出る涙を拭いつつもレウィシアに近付く。
    「レウィシア」
    ラファウスが声を掛けるものの、レウィシアは振り返らない。
    「……私達は、必ず勝つと信じていますよ」
    レウィシアの背に投げ掛けられるラファウスの言葉。レウィシアは振り返らず、ありがとうと呟いては光の翼を羽ばたかせる。暗闇に包まれた空の中、レウィシアは涙を零しながらも、冥蝕の月へ向かって行く。


    どうやら、上手く行ったようだな。後は頼んだぜ、太陽の女神さんよ……。

    ……私達の役割はこれで終わり。最後まで諦めずに戦うのよ、レウィシア……。


    何処からともなく聞こえるボルデとフィンヴルの声。その声を聞いていたのは、レウィシアだけであった。


    無限に広がる宇宙を思わせるような闇の空間。肉塊のような物体に侵食され、多くの骸が転がる足場。そして辺りに立ち込める怨霊のような瘴気。冥蝕の月の内部であり、冥神の力によって生み出された冥蝕の亜空間と呼ばれる場所であった。
    「……我が肉体が疼く。そしてこの鳴動……我が影をも容易く消し去る光……神々め、小賢しい真似を……」
    肉体を完全に馴染ませる為、冥府の力が凝縮された暗黒の球体に身を潜めるハデリア。その表情は静かな怒りに満ちていた。
    橘/たちばな Link Message Mute
    2021/02/15 20:31:00

    EM-エクリプス・モース- 第九章「日蝕-エクリプス-」その1

    第九章。最終決戦編となるこの章も長いので前半と後半に分けています。
    ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編 #創作 #オリジナル #オリキャラ #R15 #ファンタジー

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品