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    EM-エクリプス・モース- 第六章「目覚める真の太陽」戦神の神器聖地を守護する者灼熱の戦いと極寒の襲撃操られし氷の心真の太陽集う戦士戦神の神器クレマローズ王国は、緊迫した雰囲気になっていた。城下町ではケセル率いる魔物の襲撃による爪痕が所々に残されており、至る所に兵士達が見張っている。人々は不安を抱えながらも日常を過ごしている様子だった。

    昨日———玉座に腰を掛けているアレアス王妃と傍らに立つ兵士長トリアスの元に一人の戦士が訪れる。サレスティル王国の戦士であった。戦士曰く、サレスティル王国で兵士や民間人等の行方不明者が続出している事件が起きているのだ。サレスティル王国の現状は女王が不在であり、国民の失踪事件を受けて国を支えている大臣の元へ怒鳴り込む者が後を絶たず、大混乱となっている状況であった。
    「サレスティルで数々の失踪事件……さては……」
    トリアスはある事に気付く。二年前、私利私欲のままに王国を支配しようと目論んだ大臣のパジンが地下牢に投獄され、現在も服役中であったが、数日前から突然姿を消していたのだ。牢や壁は破壊されておらず、鉄格子の扉は鍵がかけられたままであり、開けられた形跡がない。それは脱走による失踪ではない様子であった。警備に当たっている兵士の中にパジンが姿を消す経緯を目撃した者は誰一人いなかったという。
    「まさか……昨日のパジンの失踪がサレスティルの行方不明事件に関連していると?」
    「断定までは出来ませんが、少なくとも何か関係があるのかもしれません。まさか、姫様が旅立たれてからも邪悪な魔の手が再び近付いているとでもいうのか……」
    トリアスはアレアスに深く頭を下げ、謁見の間を後にすると、兵士達に召集を掛ける。
    「たった今、サレスティル王国で人々が失踪する事件が起きている。その毒牙はいずれこのクレマローズにも降りかかるかもしれぬ。姫様が旅立たれている今、全力で王国を守る事に専念する。良いな」
    「ハッ!」
    謎の事件の毒牙に備え、トリアス率いる王国の兵士達は総力で警備態勢に動き始めた。


    「帰ってきたわね」
    王国を前にしたレウィシアは思わず声を上げる。城下町の入り口となる門の前は、二人の兵士が槍を構えて見張っていた。
    「やや!あ、あなた様はもしや……姫様!?」
    レウィシアの姿に気付いた兵士二人は驚きの表情を浮かべる。
    「ええ、ちょっと訳があって帰って来たわ。通して頂けるかしら?」
    「ハハッ!」
    快く迎え入れる二人の兵士。レウィシア達は早速門を潜り抜け、久々に目にする城下町の様子を見回る。
    「へえ、ここが君の母国クレマローズか。所々に壊された建物があるようだが……」
    周囲の様子を目にしたテティノに、レウィシアは過去に起きた出来事を全て話す。
    「此処もケセルの襲撃に遭ったというのか!?全く、何処までも胸糞悪い奴だ」
    テティノは怒りに震える。レウィシアは城に向かう前に、ルーチェと手を繋ぎながらある場所へ向かう。行き先は、ケセルによって無残に破壊された教会であった。
    「酷い……これもあのケセルによるものですか……」
    ラファウスが沈痛な気持ちで呟く。
    「神父様。そして修道士のみんな……どうか安らかに」
    ルーチェはケセルの手で惨殺されていくブラウトの姿が脳裏に浮かぶと同時に涙を零し、天に召したブラウトと教会の人々に弔いの祈りを捧げる。レウィシア、ラファウス、テティノも教会を前に黙祷を捧げた。祈りを捧げ終えると、レウィシア達は城へ向かう。レウィシアの姿を見た王国の人々と城門の兵士達は歓喜の声を上げ、城内へ入るとトリアスがいた。
    「姫様!お帰りなさいませ!」
    トリアスが敬礼をする。
    「ご苦労だったわね、トリアス。調べたい事があって一旦帰って来たの。お母様はいらっしゃる?」
    「ハッ!たった今謁見の間にてお待ちしております!」
    アレアスがいる謁見の間に連れられるレウィシア達。
    「レウィシア!」
    「お母様、只今戻りました」
    アレアスを前に跪くレウィシア。ルーチェ、ラファウス、テティノも深々と頭を下げる。
    「まさかお戻りになるなんて。一体何があっての事?」
    レウィシアは全ての事情をアレアスに話す。
    「ガウラを浚った道化師はそれ程恐ろしい存在だったのね……」
    「ええ。今の私達ではあの道化師……ケセルには到底歯が立ちません。そこで、このクレマローズに私でも知らない何らかの秘密というか、ケセルに立ち向かえるようなものがないかと思って帰還したのですが」
    レウィシアの言葉を受けて、アレアスは暫し考え事をする。
    「そういえばこの国の王……君のお父上はケセルに浚われたんだったか?」
    テティノの問いに黙って頷くレウィシア。
    「そうか……」
    過去にレウィシアと口論になった際にガウラを小馬鹿にしてしまった自分の発言を振り返り、申し訳なさそうに俯くテティノ。
    「レウィシア。今こそ太陽の聖地へ向かっては如何かしら」
    「太陽の……聖地?」
    聞き慣れない言葉に思わず疑問符を浮かべるレウィシア。太陽の聖地とはクレマローズ王家の祖先である太陽の戦神アポロイアの遺した神器が存在する伝説の地だと伝えられており、クレマローズ城の地下の奥深くに太陽の聖地に続く場所へ導く扉が封印されているというのだ。
    「太陽の戦神……私達の祖先が遺した神器か……どうやら、それに賭けるしかないみたいね。解りました、お母様。ありがとうございます」
    太陽の聖地に存在する神器を探す事に決めたレウィシアは深々と頭を下げつつ礼を言い、足を動かそうとする。
    「お待ちなさい。そのまま行ったところで何になるというのです?扉は封印されているが故、封印を解く鍵が必要となるわ。それに、今のあなたは武具を失っているでしょう?」
    その言葉にハッとするレウィシア。アレアスは立ち上がり、上階の部屋へ向かって行く。少し経つと、兵士達と共に立派な装飾が施された剣と立派なドレス、更に太陽の形をした紋章が刻まれ、中心部に赤い宝玉が埋め込まれたメダルのようなものを手に戻って来た。剣はかつてガウラが使っていたもので、ドレスはアレアスが王女だった頃に着ていたものであった。そしてメダルは、『太陽のメダル』と呼ばれる扉の封印を解く鍵である。
    「素敵……お母様、ありがとうございます!」
    思わず感激するレウィシアは早速自室に向かい、着替える。数分後、ガウラの剣を腰に収め、アレアスのドレスを着たレウィシアが現れる。
    「まあ、お似合いね。そのドレスは炎の加護が込められた特殊な素材によって作られたものだから、あなたに丁度いいわ。レウィシア、頑張るのですよ」
    「はい!お父様を救う為にも、太陽の聖地に存在するといわれる神器を必ず手にしてみせます!」
    決意を新たに、レウィシアはルーチェ、ラファウス、テティノと共に地下へ向かって行く。宝物庫のある場所から奥へ進むと更に地下へ続く階段があり、降りた先には固く閉ざされた大扉があった。
    「この扉……今まで何の扉か解らなかったけど、もしかしてこの先に太陽の聖地へ行ける場所があるというの?」
    レウィシアは扉を開けようと、アレアスから授かった太陽のメダルを掲げる。すると、メダルの宝玉が光り輝き、扉に向けて光が放たれる。扉は、重々しい音を立てながらもゆっくりと開いていった。
    「さあ、行きましょう」
    レウィシア達は扉の向こうへ進んでいく。扉を抜けた先は、所々が苔に覆われた暗い地下回廊だった。刺激の強い黴の臭いが漂っており、全く人が訪れていないという印象を与える程であった。
    「クレマローズ城の地下がこんなところに繋がっていたなんて……」
    「クッ、随分黴臭いところだな。長居していると臭いが付きそうだ」
    地下回廊を進んでいく一行。途中、視界が何も見えない程の真っ暗闇となり、思わず立ち止まる。
    「真っ暗ですね。ここから先は手探りで進むしかないのでしょうか」
    ラファウスが呟いた瞬間、きゅーきゅーという鳴き声が聞こえて来る。ソルの鳴き声であった。次の瞬間、周囲が見える程の灯りが灯される。ソルの炎の魔力による灯りであった。
    「凄い!ソルったらこんな事も出来るのね!」
    一行はソルの灯りを頼りに回廊を進んでいく。
    「レウィシア、まだ付かないのかい?なるべく早くこの地下から抜け出したいんだが」
    テティノが不服そうに呟く。
    「私でも解らないわ。まさかこんな回廊に繋がっているなんて思わなかったから」
    「くく……大体こんな黴臭いところは苦手なんだ!ゴールは何処にあるんだよ!」
    「もう、テティノったら少しは我慢なさい」
    何かと不満を漏らすテティノを冷静に宥めるラファウス。レウィシアは二人の様子を見ながらも、ルーチェの手をずっと握っていた。
    「ルーチェ、ずっとお姉ちゃんの手を握ってるのよ。はぐれたら大変だから」
    「うん。ぼくも早くここから出たいよ」
    不安げな声でルーチェが言うと、レウィシアはルーチェの頭をそっと撫でて再び歩き始める。回廊を彷徨う事数十分後、一行は巨大な扉を発見する。
    「此処がゴールか?」
    テティノが言うと、レウィシアは太陽のメダルを掲げる。メダルの宝玉から放たれる光によって扉は開かれていき、扉の向こうに待ち受けていたのは、四つの朽ちた台座に囲まれた巨大な魔法陣のある部屋だった。
    「まさか、あの魔法陣がそうだというの……?」
    一行は魔法陣の中心部に立つと、レウィシアは再び太陽のメダルを掲げる。同時にソルが飛び出し、炎のオーラを身に纏うと周囲の台座から炎が現れ、魔法陣から光の柱が発生する。
    「な、何!?」
    光の柱に包まれた一行は吸い寄せられるように上空へ登っていき、視界が歪んでいくと同時に真っ暗になる。再び視界が戻り始め、光が消えると周囲の様子が明らかに違っていた。そう、一行は魔法陣の光の柱によって、朽ちたエンタシスが並ぶ神殿の跡地のような場所に移っていたのだ。
    「もしかして此処が、太陽の聖地……?」
    レウィシアは魔法陣から出て周囲を確認すると、そこは未知の領域であった。周囲が高い山に覆われた足場の悪い荒地で気温が高く、至る所に温泉と湯煙が湧き上がっている。火山地帯であった。
    「今度は暑いところか……さっきの黴臭いところよりはマシだが」
    「太陽の聖地と呼ばれている場所とならば、暑いのは妥当と言えるでしょう。それにしても……」
    ラファウスが辺りを見回す。温泉と湯煙のみならず、この地に生息する魔物の姿もあった。
    「どうやら、此処からは気を引き締めて行かないといけませんね」
    魔物との戦いに備えて戦闘態勢に入りつつも、一行は太陽の聖地となる場所を探し求める。襲い来る魔物を打ち倒しながらも、足を進めて行く一行。彷徨っている内に、溶岩流が見られる場所に辿り着く。
    「うわ、溶岩じゃないか。此処まで来ると足元にも要注意だな」
    ドロドロに流れる溶岩を見たテティノは思わず息を呑む。次々と流れて行く溶岩流に用心しつつも、足場の悪い道を進む一行。三十分近く彷徨っていると、一行は煙が浮かぶ巨大な火山と塀に囲まれた集落のような場所を発見する。
    「あれは……!」
    集落を発見した一行は足を急がせる。数分後にようやく集落の前まで来たところ、何者かが一行の前に立ち塞がる。
    「誰だお前達は」
    現れたのは、肌の露出度が高い服装で何処となくガサツな雰囲気が漂い、手に巨大な扇を持つ褐色肌の女であった。
    「あなたは……?」
    見知らぬ女を前にしたレウィシアは聖地の関係者かと思い、太陽のメダルを差し出す。
    「その紋章……お前は戦神アポロイアの血筋による王家の者か」
    「ええ。私はクレマローズ王国の王女レウィシア・カーネイリス。太陽の聖地となる場所を求めてやって来たの」
    レウィシアは自己紹介をし、女に事情を話す。
    「……無駄だな」
    「え?」
    「お前如きがアポロイアの遺した太陽の神器を得る資格があるとでも思っているのか?例えお前がアポロイアの血を引く者だとしてもな」
    女はそっと顔を寄せてレウィシアに言う。
    「その目を見るだけでも解る。無駄だという事がな」
    眼前で言葉を続ける女に対し、レウィシアは反射的に顔を逸らす。
    「おい、お前は誰なんだ!さっきから偉そうに無駄だとか言ってるけど、僕達を馬鹿にしているのか!?」
    状況を見守っていたテティノが抗議する。
    「外野は黙っていろ。私はあくまで事実を述べているだけだ」
    「何だと!お前も名を名乗れ!」
    喧嘩腰で対抗するテティノに、女は鋭い視線を向けつつもふっと息を吐く。
    「私の名はヘリオ。神の遺産を守りし者の子孫であり、太陽の聖地を守護する者だ」
    ヘリオという名の女は手に持つ巨大な扇を軽く仰いだ。


    その頃、ゲウドは亜空間にてケセルに闇王の現状を報告していた。
    「まだ魂を求めているというのか?」
    「ははぁ。最初は暗黒の魂の事かと思いましたが、今度は正常な魂でないといかんようですじゃ」
    予想以上の力の暴走に苦しむ闇王は正常な魂を喰らう事で中和させて自身の力を制御するべく、多くの魂を求めていた。力の制御に必要となる魂の量はかなりのものだというのだ。
    「全く世話の焼ける奴よ。ゲウドよ、生贄を集める程度など貴様なら造作もない事であろう?」
    「ヒッヒッ、それはもう」
    「アレも貸してやる。最早用済みだからな。奴が最も憎悪する赤雷の騎士たる輩の魂を生贄にするのも面白そうだが」
    「ヒッヒッヒッ、ありがとうございますケセル様。後はこのワシにお任せを……」
    ゲウドが亜空間から去って行く。
    「クックックッ……いずれにせよオレの手に踊らされているだけに過ぎぬがな。計画の一端としてせいぜい見届けてやるぞ、闇王……ジャラルダよ」
    ケセルは蹲る闇王の姿が映されている水晶玉を眺めながら笑う。ジャラルダ———それが闇王の真名であった。


    一方、飛竜ライルでクレマローズに向かっていたヴェルラウド一行は無人島でキャンプをしていた。目的地までかなり遠く、一日では辿り着ける距離ではない上に空の旅に不慣れなヴェルラウドの事を考えて一休みしているのだ。
    「ヴェルラウドったら、まだ飛竜の旅に慣れないの?」
    「当たり前だろ。大体こんな安全性のない空の旅なんか慣れる方が大変だ」
    顔色が優れないヴェルラウドに纏わりつくスフレ。薪を準備するオディアンの傍らでテントを張るリラン。
    「リラン様ったらこんなテントまで持っていたのね」
    「うむ。長旅とならばいつ野宿してもいいようにこれくらいの備えは当然の事だ」
    「さっすが大僧正様ね!」
    スフレは賛辞の声を上げる。ふとヴェルラウドの方を見ると、ヴェルラウドは気分が悪そうな様子でフラフラと海の方へ向かっていた。空の旅による乗り物酔いで吐きそうになっているのだ。
    「ねえ、まさか酔ってるの?」
    「う、うるせぇな……今回は何かと揺れる事が多かったから……っんう……!」
    口元を抑えながらもその場から走り去るヴェルラウド。その姿を見て全く情けないわねと呟くスフレであった。日が暮れ、焚き火が燃え盛る中、気分が落ち着いたヴェルラウドはオディアンと魚を釣っていた。
    「こうして釣りをするのも何年振りだろうか……」
    オディアンは気持ちを落ち着かせながらも魚を釣っていた。隣にいるヴェルラウドは全く魚が釣れていないままである。
    「くそ、全然釣れねぇ」
    「大丈夫だ。俺は何とか釣れている」
    「いや……ある程度成果を見せないとスフレの奴が煩いんだよ」
    オディアンは成る程な、と心の中で呟きながらもその場から離れようとする。
    「おい、何処行くんだよ?」
    「ここはお前に任せる。成果を見せたいのだろう?」
    ヴェルラウドは内心複雑な気持ちになりながらも、釣りに集中する。獲物を待つ事数分、釣り竿から強い力を感じる。
    「でかいのが来やがったな」
    全力で釣り竿を引くヴェルラウド。掛かったのは、異常に出っ張った顎が目立つ大きな魚であった。
    「何だこいつ……食えるのか?」
    その珍妙な見た目に一瞬首を傾げるものの、魚を運び出そうとするヴェルラウド。
    「あー!ヴェルラウドったら、でっかいのを釣ったの?」
    「ああ。食えるかどうか解らんが」
    「はあ?って、変な顔した魚!こんなの初めて見るわね」
    二人は釣り上げた魚をテントまで運び出す。
    「これは……アゴナガウオだな。滑稽な見た目をしているが、食べると幸運をもたらすという噂が存在する珍しい魚の一種だ」
    リランが魚について解説する。
    「あはははは、なーにそれ!こんな変な顔の魚を食べると幸運になれるってぇー!?」
    スフレはひたすら笑うばかりであった。この日の晩はアゴナガウオとオディアンが釣った様々な魚に加え、島に生えている食用の野草を夕食として満喫し、夜も更けて行く。
    「ねえ、ヴェルラウド」
    星空を見上げていたヴェルラウドに、スフレが声を掛ける。
    「あたしの両親……お父さんとお母さんって生きてるのかな」
    スフレは内心、両親の事が気になっていた。
    「生きてるさ、きっとな。お前がそう信じてやらなくてどうするんだよ」
    星を見ながらも返事をするヴェルラウド。
    「……そうね。あたしが信じなきゃいけないよね。でも、もしかしたらあたしのスフレっていう名前も本当の名前じゃないのかもしれない」
    スフレは少し俯く。
    「ヴェルラウド。あたしの正体が何であろうと、あたしの事はずっとスフレって呼んでよね。あんたにとってあたしは……仲間なんでしょ?」
    スフレが振り向いて言うと、ヴェルラウドも振り向く。
    「……ああ。お前は俺の仲間だ」
    ヴェルラウドの返答に、スフレは内心抱えている本当の気持ちを上手く言い表せないもどかしさに苛まれていた。
    「俺もそろそろ寝る。お前も早く寝ろよ」
    そう言って立ち上がり、テントへ向かって行くヴェルラウド。スフレはヴェルラウドの後ろ姿を見ている内に、心の中が暖かくなっていくのを感じた。


    あたしが何者であろうと、今までのあたしとして見て欲しい。本当のあたしが偉い存在だとしても。
    あなたと共にするのは、あたしにとって大きな意味がある。そんな運命でもあったんだ。

    ヴェルラウド……あなただけは死なせない。あたしに何があろうとも、絶対に。


    星空を見上げつつも想いを馳せるスフレ。焚き火の炎は自然に消え、島に生息する虫の声は絶える事無く鳴り響いていた。


    闇王の城の前にて、ゲウドの元に偵察用の小さなマシンがやって来る。
    「ほほう、赤雷の騎士御一行がクレマローズに向かっているというのか?」
    ゲウドは偵察用マシンを前にニヤリと笑う。
    「ヒッヒッヒッ、ならば丁度良い。魂を集めるついでに奴らを亡き者にしてやるかの。アレの実験にも丁度良かろうて」
    ゲウドが水晶玉を取り出すと、玉から邪悪な瘴気が発生し、瘴気が消えると黒い甲冑の男、機械の身体を持つ男が出現する。甲冑の男はバランガで、機械の身体を持つ男は二年前、クレマローズを支配する目的でケセルと契約し、ガルドフとムアルを利用して王国を襲撃したクレマローズ大臣のパジンの成れの果てであった。
    「ヒッヒッ、パジンよ。今度こそ貴様の願望が叶うチャンスかもしれんぞ?せいぜい暴れるがいいぞ。ヒッヒッヒッ」
    「……ギギ……クレマ、ローズ……オウコク……ワシ、ノ、モ、ノ……」
    改造されたパジンは言語も機械的でまともに話す事すらも出来ない状態であった。更に、ゲウドの水晶玉から再び瘴気が発生し、瘴気は二体の飛竜へと姿を変える。二体の飛竜は、半身機械の身体に改造されていた。
    「ヒッヒッ、さあ行くぞ。実験台どもよ」
    バランガとパジンがそれぞれ飛竜に乗ると、ゲウドは玉座の形をした空中浮遊マシンに乗り込んだ。
    聖地を守護する者クレマローズ王家の祖先であり、冥神に挑んだ者の一人でもある地上の神の一角、太陽の戦神アポロイア。冥神が封印された後、アポロイアは子孫となるカーネイリス一族を遺し、自身もまた聖地となる場所にて眠りに就いた。戦神の神器と呼ばれるアポロイアの遺した武具は神の遺産の一つでもあり、アポロイアの魂が武具と化したものと伝えられている。レウィシア達の前に立ち塞がるヘリオという名の女は神の遺産を守りし者の子孫であり、サン族と呼ばれる聖地を守護する民族の戦士であった。
    「やはりあなたは聖地を守る者なのね」
    一筋の熱い風が吹きつけると、ヘリオは仰いでいる扇に向けて軽く息を吐く。
    「ヘリオ。あなたは私をどう見ているのか解らないけど、私には邪悪なる巨大な敵に浚われた父と多くの人々を救う使命があるのです。でも、今の私では立ち向かうべき巨大な敵に歯が立ちません。だからこそ今、太陽の神器が……」
    「それが無駄な話だと言っている。お前の目は甘さに満ちている。アポロイアの魂はお前の甘い心とは相容れぬからな」
    「甘い心……ですって?」
    ヘリオの口から出た甘い心という言葉に、レウィシアは思わず自身の戦いを振り返る。同時に、生死の境を彷徨っている際に精神体となって暗闇の世界に迷い込んだ時に聴いた炎の魔魂ソルの主である英雄ブレンネンの声が脳裏に浮かび上がる。己の戦いに罪の意識を抱く必要は無い。優しさだけでは救えぬものも存在する。お前が挑んでいる戦いは、守るべきものの為の戦いだ。そんな言葉が、頭の中で繰り返して聞こえて来る。
    「……そうね。あなたの言う事は否定出来ないわ。けど……例え私に神器を得る資格がないとしても、引き下がるわけにはいかないの。だから……あなたを倒してでも神器を手にしてみせるわ」
    レウィシアは剣を構える。
    「私を倒すだと?いいだろう。言っておくが、私は敵とみなした者には命を奪う事すら厭わない。お前はもう私の敵だ。よって、死んでもらう」
    ヘリオは扇を手に、全身を炎のオーラで纏う。その気迫は離れていても凄まじい熱気が伝わる程だった。レウィシアの傍らにいたソルがレウィシアの中に入り込むと、対抗するようにレウィシアの全身から魔力のオーラが燃え上がる。
    「そうと決まれば話は早いな。だが炎は水に勝てやしない。僕の水の魔力があれば……」
    テティノが前に出ようとした瞬間、レウィシアが遮る。
    「手を出さないで。これは私の戦いよ」
    「何を言うんだ!あいつは君を敵とみなして殺すつもりなんだぞ!」
    「手を出さないでって言ってるでしょ!」
    怒鳴りつけるようにレウィシアが声を張り上げる。
    「だ、だからといって君一人では……」
    なかなか引き下がろうとしないテティノにラファウスが止めに入る。
    「テティノ、邪魔をしてはなりません。この戦いはレウィシアが挑んでこそ意味があるのです」
    「ラファウスまで何故そう思うんだ?」
    「あのヘリオという方は太陽の神器を守護する者。この戦いはレウィシアが神器を得る為の試練の一つと言えるでしょう。ヘリオに力を証明させる為にも、私達が手を出してはなりません。つまらない意地を張らないで、言う通りになさい」
    「クッ……解ったよ。全く、君達の逞しさには感心を通り越して呆れるばかりだよ」
    ラファウスの説得に折れたテティノは渋々と引き下がる。
    「どうした?来ないならこちらから行くぞ」
    ヘリオが構えを取ると、レウィシアは剣を手に突撃する。
    「はあああああっ!」
    数々の剣技を繰り出すレウィシアだが、ヘリオはしなやかな動きと素早い身のこなしで攻撃の全てを回避していく。その動きは踊りのような身のこなしで、まるで全ての攻撃を草木のような華麗なるステップで受け流しているようだった。レウィシアは素早くヘリオの背後に回り込むが、ヘリオは振り向かずに両足を使った後ろ蹴りでレウィシアの顎を蹴り飛ばした。
    「ぐっ……」
    攻撃を受けたレウィシアが顎を大きく仰け反らせている中、空中回転で飛び上がり、距離を開けた位置で振り向く。態勢を立て直したレウィシアが正面から斬りかかった瞬間、ヘリオは一瞬でレウィシアの懐に飛び込み、腹部に掌の一撃を叩き込む。
    「ごぅおあっ……!」
    レウィシアの口から夥しい量の胃液が吐き出される。ヘリオの一撃によって大きく吹っ飛ばされたレウィシアは、数回バウンドしながらも転がるように倒れる。
    「が、あっ……げほぉっ!がっ……」
    腹部を抑えながらも咳き込みつつ、立ち上がろうとするレウィシア。
    「貴様程度の者が太陽に選ばれし存在だとは片腹痛い」
    冷徹に言い放つヘリオが歩み寄る。レウィシアは口の周りを手で拭いながらも剣を構える。ヘリオはしなやかな動きで身を回転させ、扇を大きく振り上げる。次の瞬間、渦巻く炎が巻き起こり、レウィシアに襲い掛かる。
    「あああぁぁっ!」
    炎の渦に飲み込まれたレウィシアの叫び声が響き渡る。
    「お姉ちゃん!」
    「くそ、これでも黙って見ていろというのか!?」
    戦況を見ていたテティノはジッとしていられない心境であった。
    「やあああっ!」
    レウィシアは反撃に転じるが、攻撃は軽々と回避されていくだけであった。ヘリオの手がレウィシアの首を捕え、顔が近付く。
    「無駄だというのが解らぬのか」
    首を放した瞬間、ヘリオの拳がレウィシアの顔面に叩き込まれ、再び炎の渦が放たれる。更なる炎の攻撃を受けたレウィシアは身体に炎を残しながらも倒れていく。
    「うっ……あぁ……」
    仰向けに倒れているレウィシアは立ち上がろうとするが、身体が思うように動けない。
    「どうした、まだやるのか?それとも、それで限界か?」
    ヘリオが見下ろしながら言う。
    「これ以上貴様とやり合っても時間の無駄だ。消えろ」
    大きく扇を振り上げるヘリオ。巻き起こる炎の渦がレウィシアに向かう中、突然何かによって遮られる。テティノの水の防御魔法カタラクトウォールによる水の壁であった。
    「貴様、何のつもりだ」
    「レウィシアに手を出すな。僕が相手になる」
    居た堪れなくなったテティノが飛び出そうとする。
    「テティノ、おやめなさい!」
    ラファウスが阻止しようと声を張り上げる。
    「止めるなラファウス!これは意地でも何でもない。仲間を無駄死にさせたくないんだ」
    反論するテティノ。
    「友情か。全く哀れな。所謂仲間の力なくしては何も出来ぬ甘さというわけか」
    ヘリオが呆れたように言い放つ。
    「テティノ……下がってなさいって言ってるでしょ……」
    口から血を流したレウィシアが剣を手に立ち上がる。
    「もう拘りは捨てるんだレウィシア。こんなところで死んでしまっては元も子もないだろ」
    レウィシアがゆっくりとテティノに歩み寄る。
    「……違うわ」
    テティノの首に鋭い手刀を入れるレウィシア。その一撃に気を失うテティノ。
    「これは拘りじゃなく、私の力を証明させる戦いよ。だから大人しくしてなさい」
    気を失ったテティノを、ルーチェとラファウスの元へ連れて行くレウィシア。
    「あなた達も余計な手出しはしないで」
    レウィシアの真剣な表情に無言で頷くラファウス。ルーチェは思わず何か言おうとするが、レウィシアの目を見て黙り込んでしまう。再びヘリオに視線を向けるレウィシア。
    「ヘリオ。確かに私は今まで仲間に助けられてきたわ。死の淵に立たされていた時も、仲間がいたからこそ助かった。けど……今、私にしか助けられないものもある。あなたの言う甘さは、私にとっての弱さでもある。守りたいものや、救うべきものの為にも……まだ倒れるわけにはいかないのよ!」
    レウィシアの全身が激しい炎のオーラに包まれる。両手で剣を構え、全てを集中させる。その気迫を肌で感じたヘリオはオーラを燃やしつつも、激しいステップを披露した。その動きに応じて蛇のような炎が舞う。
    「面白い。それがお前の本当の力だというなら、私もそれに応えよう」
    ヘリオが扇を激しく振り翳すと、激しい熱風と共に無数の炎の蛇が荒れ狂うように襲い掛かる。レウィシアは剣に神経を集中させ、襲う炎の蛇を剣で切り裂いていく。全てを捌き切れずダメージを受けるものの、レウィシアは勢いよく地を蹴り、突撃を試みる。次々と繰り出す攻撃を避けるヘリオだが、頬に一筋に傷が刻まれていた。一度攻撃の手を止め、距離を取るレウィシア。ヘリオは空中回転で後方に下がり、構えを取る。レウィシアは呼吸を整え、精神を集中させると気合が込められた掛け声と共に再び飛び掛かる。ヘリオは激しく踊るような動きと共に扇を仰ぎ続ける。大きく巻き起こる炎の渦と蛇。それに向かって突撃するレウィシア。剣を両手に炎の渦を遮り、炎の蛇に喰らわれながらも突撃を止めない。
    「……これは!?」
    レウィシアの突撃に一瞬驚くヘリオ。その隙を逃さなかったレウィシアはヘリオの懐に向けて剣を振り下ろす。
    「げほぉあっ……!!」
    迸る鮮血と共に血を吐くヘリオ。レウィシアの一撃は、ヘリオの肉体を深く切り裂いていたのだ。
    「がはっ!ぐぁっ……は……まさか、こんな不覚を……」
    深い傷を負ったヘリオは血を撒き散らしながらも、ガクリと膝を付く。レウィシアはヘリオを見下ろしながらも剣を突き付ける。その目に甘さは感じられない。
    「……フッ、こんな不覚を取った私にも自身では気付かぬ甘さがあったというのか。それとも……」
    ヘリオは口から血を零しながらも、何かを悟ったような表情になる。
    「勝負は付いたわ。その傷では戦えないという事は、あなたも解っているでしょう?」
    剣を突き付けながらも冷静に言うレウィシア。
    「貴様……トドメを刺さぬというのか?」
    「刺さないわよ。あなたを倒す理由があっても、命を奪う理由はない。命を奪わない事は、決して甘さじゃない。無益に人の命を奪う事は、私の中の太陽が許さないからよ。それでも不服だというの?」
    ヘリオに鋭い目を向けながらも、レウィシアは剣を握る手に力を入れる。そんなレウィシアを見て、ヘリオは笑みを浮かべる。
    「太陽が許さない、か……。良かろう。それがお前の力だというのならば、見届けてやる。お前がアポロイアの魂を神器として受け入れるかをな」
    ヘリオは傷付いた身体を起こしながらも、フラフラと歩きつつ集落の方へ向かって行く。
    「これは、レウィシアの勝ちという事ですか?」
    ラファウスはルーチェを連れてレウィシアの元へやって来ると、ヘリオは足を止める。
    「太陽の聖地はこの先にある。神器が必要ならば来るがいい」
    そう言い残し、再び足を動かすヘリオ。時は、既に日が暮れる頃であった。
    「……どうやら、何とか認めて貰えたようね」
    ルーチェの魔法で体力が回復したレウィシアは気絶しているテティノを背負いながらも、ヘリオの後を追って集落へやって来る。集落は質素な民家が幾つか並び、中心地には剣と盾を持った大柄で逞しい闘士の像が祀られている。戦神アポロイアの像であった。
    「ホッホッホッ、よく来たのう」
    笑い声と共に現れたのは、小柄の老婆であった。
    「あなたは?」
    「わしはタヨ。サン族の長じゃ。そなたが来るのを待っておったぞ、太陽に選ばれし者よ」
    穏やかな表情でレウィシアを迎えるタヨ。一行はタヨの案内で長の家に向かう。家には、負傷から回復していたヘリオがいた。ヘリオは、タヨの娘であった。
    「我が娘ヘリオを打ち負かしたそなたは紛れもなくアポロイアの魂を受け継ぐ者。我々の言い伝え通りにそなたが訪れたという事じゃ」
    サン族の間では戦神の魂を神器として受け継ぎ、巨大なる闇に挑むという言い伝えが存在していた。そして言い伝えの通りにレウィシアがやって来る際に、ヘリオはそれが真かを確かめる目的でレウィシアの前に立ちはだかったのだ。
    「やはりそういうつもりだったのですね。でも、最初から全て知っていたのですか?」
    「フン、最初は期待ハズレだと思っていたがな。だが、戦いを通じて理解出来た。彼女の中に未知なる太陽が存在するという事が」
    ヘリオはレウィシアの顔を見ながら言うと、レウィシアはふふっと笑みを浮かべる。
    「そして、アポロイアの魂が封印された太陽の聖地はこのサンの集落の向こうにある」
    太陽の聖地は、集落の向こうに聳え立つ巨大な火山の中であった。火山からは煙が昇っている。
    「火山……か。やはりハードな道のりになるみたいね」
    レウィシアは緊張の表情を浮かべる。
    「疲れたじゃろう。今日はゆっくりと休んでおくとよい。これからの道のりは途轍もないからのう」
    その言葉に甘え、一行は集落で一晩を過ごす事にした。

    夜———ふと目が覚めたレウィシアは外に出る。夜の気温は、少し涼しげであった。夜風に当たろうと外を見回っていると、テティノの姿を発見する。
    「テティノ!」
    レウィシアがテティノの元へ駆け寄る。
    「ああ、レウィシアか。君も眠れないのかい?」
    「うん、ちょっとね」
    「奇遇だな。こんなところで一晩過ごすのは初めてだし、どうも慣れないよ」
    不服そうにぼやくテティノ。夜風がレウィシアの長い髪を僅かに靡かせていく。
    「あのヘリオとかいう女、色々いけ好かない奴だけど君の事を認めてくれたのかな?」
    「多分ね。取っ付き難いけど、強さはかなりのものだから……」
    「あんな奴が一緒に来るなんて僕は絶対に御免だな。第一、ああいう女とは相容れない」
    すっかりヘリオを嫌っている様子のテティノに苦笑いするレウィシア。
    「ところで……太陽の神器とやらが手に入ったら、あのケセルと戦えるようになるのだろうか」
    テティノが星の瞬く空を見上げながら呟く。
    「解らないわ。けど、何かの方法があるとしたらそれに賭けるしかない。今私達に出来る事があれば、それを全てやらなきゃ」
    「……そうか」
    吹き付ける夜風がレウィシアの長い髪を微かに靡かせる。
    「まあ。あなた達も起きていたのですか」
    背後から聞こえる声の主は、ラファウスであった。
    「ラファウス!君もどうして?」
    「ふと風の声が聞こえたから外に出てみただけですよ」
    「ふーん……で、その風の声とやらで何が解ったんだ?」
    テティノの声に返答せず、ラファウスは目を閉じてそっと手を広げる。レウィシアとテティノは何だろうと思いつつもその様子を見守る。
    「……風からは、慟哭を感じます。まるで何かを予知しているような慟哭の声が……」
    ラファウスの呟きに、テティノは一体何の事だと問い詰める。
    「詳しい事は私にも解りません。一つ言える事は、何としてでも太陽の神器を手にしなくてはならないという事でしょう。その為にも、私達も死力を尽くさねばなりません」
    力強く言うラファウス。その目からは強い意思が感じられる。
    「何だかよく解らないけど、つまり太陽の神器を必ず手に入れろって事だろう?風の声の意味が何であろうと、目的が変わらなければ前へ進むまでだよ。そうだろ?レウィシア」
    テティノが真剣な表情で言う。
    「……そうね。その為に此処まで来たんですものね」
    レウィシアはラファウスの言葉の意味が気になりつつも、空を見上げた。
    「明日も早いだろ。僕はもう寝るよ」
    そう言い残し、テティノは家に向かって行く。レウィシアとラファウスも就寝に入るべく、テティノの後に続いた。


    一方———翌日の正午前にて、クレマローズにやって来たヴェルラウド達は城下町の入り口を守る番兵達によって阻まれていた。サレスティルで起きている謎の失踪事件を受けて国中が厳重な警備態勢に入っているのだ。
    「サレスティルで失踪事件だと!?」
    番兵から事件を聞かされたヴェルラウドが愕然とする。
    「おい、あんた達。俺はサレスティルに住む騎士だ。その事件はいつ頃から起きているんだ!」
    「ああ、一昨日辺りにサレスティルから来たっていう戦士がやって来たんだ。恐らくその頃から……」
    第二の故郷となるサレスティルで思わぬ事件が起きている事を耳にしたヴェルラウドの表情が強張る。サレスティルの事が気になりつつも、今はレウィシア達に会う目的を優先させる事にした。
    「とにかく、この国の王女レウィシア……そして国王陛下に会わせてくれ。俺はレウィシア王女に用があるんだ」
    「それはダメだ」
    「何故だ!」
    「兵士長から余所者は通すなと命じられている。例えサレスティルの者であろうとな。それに、国王陛下は何者かに浚われた上、姫様は今旅に出ておられる。どの道来たところで無駄な話だよ」
    「何だと……」
    番兵の一言に呆然となるヴェルラウド。
    「何よそれ!せっかく来たのに結局無駄足って事!?」
    スフレが不満げに言う。
    「どうした、何事だ?」
    突然聞こえて来る声。トリアスであった。
    「むむ!そなたはサレスティルのヴェルラウド殿か!?」
    ヴェルラウドの姿を見たトリアスが声を掛ける。
    「あんたは……確かあの時の?」
    ヴェルラウドはかつてサレスティルで影の女王による画策に踊らされ、トリアスを始めとするクレマローズの兵士達と対立した事を思い出していた。
    「まさかそなたが訪れるとは……かつてサレスティル女王に化けていた魔物を倒した後に旅立たれていたようだが、無事で何よりだ」
    「ああ、あの時はあんたにも色々すまなかった。今はある理由でレウィシア王女に用があって来たんだ。不在らしいが」
    ヴェルラウドはリランと共に全ての事情を話す。事情を理解したトリアスはヴェルラウド達を王国に招き入れ、城まで案内する。
    「兵士長のオッサンと知り合いで幸いだったわね!」
    スフレが興味深そうに城の様子を眺めている。
    「トリアス兵士長。レウィシア王女は今何処へ旅立ったんだ?」
    「姫様は今、太陽の聖地と呼ばれる場所へ向かわれた。陛下を浚った巨大な敵に立ち向かう為にな」
    レウィシアの旅の目的を聞いたヴェルラウドはやはり俺達と共に戦う運命になるという事か、と確信する。謁見の間にはアレアス王妃がいた。
    「トリアス、その方々は?」
    「姫様と共に陛下を浚った敵と立ち向かう方々です」
    ヴェルラウドは胸に手を当てて軽くお辞儀をし、自己紹介をする。続いてリランが旅の事情を全て打ち明けた。アレアスはクレマローズの現状とレウィシアの現在の旅の目的等を話し始める。
    「仮にレウィシアが戦神の神器を得たとしても、ガウラを浚った敵の力は未知数です。それに、このクレマローズにも再び邪悪なる手の者が現れるかもしれません。あなた方がレウィシア達の力になるというのなら、レウィシア達が帰って来る間にこのクレマローズの護衛をお願いしたいのです」
    アレアスはサレスティルで起きている失踪事件によって、近々クレマローズでも再び邪悪なる手が迫っているという予感を抱いていたのだ。
    「畏まりました。護衛ならば我々にお任せ下さい」
    ヴェルラウドは快く承諾する。
    「ま、闇王の部下はいつ何をやらかして来るかわからないからね。あたし達にどーんと任せなさい!」
    スフレがやる気満々の様子を見せる。謁見の間を後にしたヴェルラウド達はトリアスによって客室へ案内される。
    「何よ、今は大人しく部屋で待ってなさいって事?」
    「何かあったら呼ぶつもりだ。それまで待機していてくれ」
    そう言って部屋から去るトリアス。
    「もう、部屋で待機って退屈なのよね!」
    スフレはジッとしていられず、部屋から出ようとする。
    「スフレよ、何処へ行く?」
    「ちょっと街の中を見て回るのよ!クレマローズがどういうところか知りたいからね」
    「兵士長から呼ぶまで待機してろって言われてるだろ」
    「そんなの知らないわよ!何かあったら戻ればいいんだし!じゃあね!」
    ヴェルラウドの制止を聞かず、さっさと部屋から出るスフレ。
    「やれやれ。ま、鬱陶しいのがいなくなったから却って落ち着くかな」
    再び腰を付くヴェルラウド。
    「王妃様の言う通り、いつでも敵と戦える準備はしておいた方が良いな。どうも不吉な予感がする」
    オディアンは研ぎ石で戦斧と大剣を磨いていた。
    「それにしても……太陽の聖地という事は、レウィシア王女も私の同士となる者に……いや、必ず力になってくれるはずだ。真の巨悪を打ち倒すには、我々の力も必要だからな」
    リランは窓の外の景色を眺めながら呟いた。

    城から出て城下町を散策するスフレは、街の緊迫した様子に何とも言えない気分になっていた。周囲の人々に度々注目され、中には警戒する者までいた。サレスティルの失踪事件からクレマローズの国民以外の者を一切立ち入りさせないよう厳重警戒態勢を取る故、見慣れない人物には気を付けろとトリアスを始めとする兵士達から宣告されているのだ。
    「何だか落ち着かないわね。やっぱ戻った方がいいかな」
    周りの視線がどうしても気になってしまい、渋々城へ戻ろうとするスフレ。その途中、破壊されている教会を発見する。
    「酷い……どうしてこんな事に?」
    破壊された教会の様子を探ろうと近付くスフレ。そこには一人の小さな少年がいた。
    「ねえボク。これ、何で壊されたのか知ってる?」
    スフレに声を掛けられた少年は一瞬きょとんとする。
    「あ、もしかして聞いちゃいけない事だった?」
    「ううん。この教会、バケモノに壊されたんだよ」
    「バケモノ!?」
    少年の口から出たバケモノという言葉に一瞬驚くスフレ。
    「そのバケモノ、どんな奴なのか知ってる?」
    更に聞き出そうとすると、少年は知らなさそうに首を横に振る。
    「そっか、教えてくれてありがとう。いきなり聞いたりしてごめんね。それじゃ」
    スフレはその場から去る。
    「あの教会を壊したバケモノというのは……」
    少年の言うバケモノの正体について考えているうちに、スフレは不意に寒気を感じる。それは気温によるものではなく、凍り付くような邪悪な気配を肌で感じ取った事による悪寒であった。思わず足を止め、空を見上げると、スフレは驚きの表情を浮かべる。
    「な、何あれ……!?」
    スフレが見たものは、二体の飛竜らしき姿と飛行物体であった。それは改造されたパジンとバランガが乗る飛竜二体、そしてゲウドの空中浮遊マシンだった。
    灼熱の戦いと極寒の襲撃サンの集落で一晩過ごしたレウィシア達は、翌日改めて太陽の聖地となる火山へ向かう。火山までの道のりは険しく、至る所にドロドロ状の溶岩が流れていた。
    「ヘリオよ。解っておるな?もしあの子がアポロイアの魂を受け継ぐ時が来たら……」
    「はい。結果がどうあれ、我々の運命は変わらないでしょう」
    険しい道のりを進んでいくレウィシア達の姿を密かに見守りながらも会話をするヘリオとタヨ。空を覆う程の煙を噴き上げている火山の様子を、タヨは真剣な表情でジッと見つめていた。

    集落を出てから三十分近くが経過すると、ドロドロに流れる溶岩の川が行く手を阻んでいた。
    「参ったわね。これでは進めそうにないわ」
    流れる溶岩はかなりの高温で、到底歩いて渡れるものではなかった。
    「こういう時こそ僕の出番だろ」
    テティノが前に出る。その傍らにスプラが佇んでいた。
    「そうか、テティノの水の魔力があれば!」
    「そういう事さ。水の魔力が最大限ならばこれしきの溶岩など……!」
    スプラがテティノの中に入り込んだ瞬間、テティノは水の魔力を最大限に高める。
    「大いなる水の力よ……豪雨となりて煮えたぎるマグマの熱を静めよ!レインサブマージョン!」
    溶岩の川目掛けて降り注ぐ豪雨。ドロドロの溶岩は、徐々に岩となって冷え固まっていった。
    「よし、上手くいったようだな」
    溶岩が流れていた場所を難なく進んでいくテティノ。
    「流石テティノね。あなたがいてくれて助かったわ」
    ルーチェと手を繋ぎながら進んでいくレウィシア。
    「テティノったら、お役に立てたからといって浮かれてはいけませんよ」
    ラファウスが冷静な様子で言う。
    「見てごらんよ。あそこが入り口じゃないのか?」
    テティノが指す方向には、洞窟の入り口がある。聖地となる火山の洞窟であった。
    「ここからが本番ね。心して掛からなきゃ」
    一行は気を引き締めて火山の洞窟へ突入した。洞窟内は、辺りが溶岩で覆い尽くされている程の広大な空洞となっていた。煮えたぎる溶岩の海、流れ落ちる溶岩の滝、溶岩から飛び出す炎の玉とまさに灼熱地獄と呼ぶに相応しい場所だった。
    「うぐぐ、なんて場所だ……ここは用心しないと冗談抜きで死ぬな」
    テティノは汗を拭いながらも槍を握り締める。火山の洞窟を進んでいく一行の前に、人間の顔と同じ大きさの岩石が浮かび上がる。岩石からは目玉が剥き出し、突然周囲の溶岩から無数の岩石が目玉の岩石目掛けて集まっていく。
    「な、何……!?」
    集まった岩石は人型の巨人のような形となり、中心部から目玉が現れる。聖地を守護する火山岩の魔物ボルカノゴーレムであった。
    「クッ、こいつを倒さないといけないって事なのね」
    ボルカノゴーレムは力任せに岩石の拳を叩き付けて行く。岩石の身体からは溶岩が染みついており、その一撃をまともに受けると大火傷は確実であった。
    「エアロ、今こそ力を!」
    エアロの力を得たラファウスが風の魔力を集中させる。
    「レイストライク!」
    ルーチェの光魔法による光線がボルカノゴーレムに降り注いでいく。
    「ウォータースパウド!」
    それに続いて発動したテティノの水魔法。巨大な水の竜巻が襲い掛かる中、ラファウスが風の魔力を高めていく。
    「やああっ!」
    レウィシアが飛び掛かり、ボルカノゴーレムの中心部の目玉に剣を突き刺す。
    「螺旋の風よ……ハリケーンスパイラル!」
    螺旋状に巻き起こる真空波がボルカノゴーレムの岩石の身体を分解していく。中心部の目玉は逃げるように溶岩の海に飛び込んで行った。
    「やったのか?」
    テティノが様子を確認するが、ボルカノゴーレムの身体となった岩石は既にバラバラに散っていた。
    「まだ何があるか解らないわ。最後まで気を抜かないで」
    ふっと息を吹きかけて顔に纏わりつく髪を払い、剣を手に進むレウィシア。
    「やれやれ、これが序の口だとしたら先が思いやられるな」
    テティノはルーチェ、ラファウスと共にレウィシアの後を追う。洞窟内を進んでいくと、炎を司る魔物達が次々と一行の前に現れ始める。溶岩そのものが魔物と化したマグマメーバ、炎を司る爬虫類の魔物フレイムリザード等を蹴散らしながらも前進する中、再び目玉が浮き出た岩石が姿を現す。ボルカノゴーレムの目玉だった。
    「こいつ、まさかまた……!」
    テティノの予想通り、目玉の岩石目掛けて次々と集まっていく無数の岩石。戦闘態勢に入る一行。巨大な肉体と化したボルカノゴーレムが大暴れすると、地響きと共に岩石が次々と襲い掛かる。岩石による攻撃を受けた一行は一瞬で転ばされてしまう。
    「くっ……!」
    レウィシアが立ち上がろうとした瞬間、ルーチェの元にボルカノゴーレムの拳が襲い掛かる。
    「ルーチェ!」
    レウィシアが慌てて飛び込もうとするものの、到底間に合わない状況であった。だが、その攻撃を間一髪で身代わりとなって受けた者がいた。ラファウスであった。
    「がはっ……うっ」
    一撃をまともに受けたラファウスの口から血が零れる。
    「ラファウスお姉ちゃん!」
    「ルーチェ……よかった……」
    ラファウスはルーチェに顔を向けた瞬間、ガクリと気を失ってしまう。
    「ラファウス!」
    テティノが駆けつけると、目の前にはボルカノゴーレムが立ち塞がっていた。
    「この野郎、よくも!」
    槍を構え、再び魔力を高めるテティノにボルカノゴーレムの拳が振り下ろされる。その攻撃を避けようとした矢先、ルーチェが光魔法を発動させる。
    「シャイニングウォール!」
    次々と発生する光の柱。間髪でテティノは拳の一撃を避けられたものの、ボルカノゴーレムは暴走するように地面を乱打した。その衝撃によって地響きが起こり、周囲に発生する衝撃波が一行を吹っ飛ばしていく。
    「ぐっ、まだまだ……ごはっ……」
    全身を強打したレウィシアは咳き込みながらも、剣を手に立ち上がる。
    「くそ、早くあいつを何とかしないと!」
    テティノは両手に魔力を集中させ始めると、レウィシアが前に出る。
    「こいつは炎なだけに水の攻撃で対抗するのが一番だわ。テティノ、私と協力してくれる?」
    「勿論さ。どうするんだい?」
    「協力といっても単純な話よ。私が全力でこいつを引き付ける。あなたは隙を見つけて全力で攻撃を叩き込む。解りやすいでしょう?」
    「本当に単純な作戦だな。ま、それが一番だな」
    テティノの返事にレウィシアが頷くと、ルーチェに視線を移す。ルーチェは黙って頷き、倒れているラファウスの回復を始める。レウィシアは炎の魔力を高め、剣を手にボルカノゴーレムに挑んでいく。剛腕による一撃や岩石による攻撃を凌ぎつつも着実に攻撃を加えていくレウィシア。テティノは魔力を蓄積した両手で槍を手に、中心部となる目玉部分に攻撃を当てるチャンスを伺う。
    「がはあ!」
    一撃を受けたレウィシアが勢いよく壁に叩き付けられる。
    「今だ!タイダルウェイブ!」
    水の魔力で生み出された巨大な津波が巻き起こり、ボルカノゴーレムを飲み込んでいく。更にテティノは徐に槍を投げつける。槍は勢いよく中心部となる目玉を捕え、深々と突き刺さっていた。
    「グアアアアアアア!!」
    断末魔の叫び声が響き渡る中、ボルカノゴーレムの肉体となる岩石はバラバラに崩れていき、中心部の目玉は砂のように散った。
    「ふう、何とかやったみたいだな」
    敵が倒された事を確信したテティノは槍を拾い上げる。
    「よかった、上手くいったのね。流石テティノだわ」
    レウィシアは口から流れる血を手で拭い、賛辞の言葉を投げる。ルーチェの回復魔法によって全快したラファウスは意識を取り戻していた。
    「僕だってやる時はやるさ。あのヘリオとかいういけ好かない女にも見せてやりたかったところだが」
    自分の力で強敵を倒した事による勝利を実感したテティノは思わず余韻に浸っていた。
    「どうやら今回はテティノに助けられたみたいですね。とはいえ、これしきの事で喜ぶのはまだ早いですよ」
    諭すようにラファウスが言う。
    「解ってるって。でもこれから先、僕の力じゃないとどうにもならない事もあるかもしれないからな。その時は任せてくれよ」
    自信満々に言うテティノを見ているうちに、ラファウスは自然に表情を綻ばせていた。
    「さあ、先へ進みましょう。まだ何があるか解らないわ」
    一行は襲い来る魔物を退けながらも、溶岩で覆われた洞窟内の奥へ奥へ進んでいく。険しい灼熱地獄を流離う事数十分、一行は巨大な空洞にやって来た。そこはまるで別世界のように涼しくも不思議な雰囲気に満ちており、中心地には綺麗な泉に覆われた巨大な石碑が建てられている。
    「あれは……?」
    一行は石碑を覆う泉に近付く。石碑には古代語で書かれた文字の羅列が刻まれていた。次の瞬間、レウィシアの中に入っていたソルが飛び出し、石碑が眩い光に包まれ始める。


    感じる……我が魂と共鳴する力を感じる……


    響き渡る重々しい声。次の瞬間、レウィシアは意識が吸い込まれる錯覚に襲われる。
    「レウィシア……!?レウィシア!」
    名前を呼び掛ける仲間達の声が聞こえ始めた頃には、レウィシアの意識は遠のいていた。

    目を覚ますとそこは、炎のような靄に覆われた空間だった。周りには仲間達の姿はない。レウィシアただ一人だけが空間に佇んでいた。
    「此処は何処なの……?みんなは……!?」
    自分一人だけが何処とも知らぬ謎の空間に来てしまったという事実に、レウィシアは戸惑うばかりだった。


    よくぞ来た。我が魂を受け継ぎし我が子孫よ……


    辺りに響き渡る声と共に現れたのは、一人の逞しい男———戦神アポロイアそのものであった。
    「あなたは……」
    「我が名はアポロイア。かつて冥を司る邪神に挑んだ者。我の子孫であり、大いなる炎の力を携え、そして我が魂を受け継ぎし太陽の子よ……そなたが来るのを待っていた」
    レウィシアは目の前に現れた男が戦神アポロイアそのものであるという事実に驚きを隠せないまま、息を呑む思いで立ち尽くしていた。
    「太陽の子……レウィシア・カーネイリスよ。そなたは紛れもなく我が魂と共に蘇りし冥の神に挑む選ばれし者。そなたも既に存じておろう?冥の神を打ち倒すには、己の中の真の太陽を目覚めさせる事を」
    その問いに無言で頷くレウィシア。
    「真の太陽……それは己の太陽に潜む闇を光へ導く事にあり。そなたの中の太陽にも大いなる闇が存在する。此処はそなたの中の太陽と我の魂との共鳴によって生まれた世界であり、そなた自身の心もまた、太陽の一部となりてこの世界に訪れた———」
    アポロイアの姿がうっすらと消えて行くと、黒い鎧を身に纏い、両手には剣と盾、そして仮面のような顔に腰まで長い髪を靡かせた大柄の戦士が姿を現す。戦士の全身は黒いオーラに覆われていた。
    「これは……!?」
    立ちはだかる戦士の姿を目にした瞬間、レウィシアは即座に剣を抜く。


    それはそなたの中の太陽に存在する全ての闇が形となった『闇の太陽の化身』と呼ばれる者だ。そなたの真の太陽を目覚めさせる為にも、己の太陽の中に存在する闇と戦い、そして光へ導くのだ———。


    闇の太陽の化身という名の敵を前に、レウィシアは剣を握り締めながらも自身の力を高めた。


    その頃———クレマローズでは、王国に向かっている二体の飛竜と空中浮遊マシンを目撃したスフレは即座にヴェルラウド達がいる客室へ戻っていた。客室にはトリアスもいる。
    「何だって!?まさか……!」
    スフレから話を聞かされたヴェルラウドは悪い予感を覚えると共に神雷の剣を手にする。
    「どういう事だ!?このクレマローズを狙う敵が迫っているというのか?」
    「まあそういう事よ。今すぐあたし達も行かないと大変な事になりそうよ!」
    言い終わらないうちに、すぐさま客室を飛び出して行くヴェルラウド。
    「闇王の配下はまだ存在するというのか……こうしてられぬ」
    戦斧と大剣を装備したオディアンも客室を後にする。
    「兵士長さん、敵はあたし達に任せておいて!」
    トリアスにそう言い残し、スフレはリランの方に視線を移す。
    「……トリアス殿、城の方は頼む」
    リランは杖を握り締めながらも、スフレと共にヴェルラウド達の後を追った。


    ヴェルラウド達が城の外に出た瞬間、城下町では幾つもの建物が凍り付いていた。同時に凍らされた人々の姿。空中にいるのは、冷気のブレスで無差別に街中を攻撃している二体の飛竜だった。
    「チッ、何なんだあいつらは!サレスティルで起きている失踪事件はあいつらの仕業なのか?」
    ヴェルラウドが剣を構え、二体の飛竜の元へ向かおうとする。
    「ちょっと待って!」
    スフレが引き止める。
    「何だこんな時に」
    「敵はお空の上なんだし、いくらあんたでも正面から行ったら奴らの餌食になるだけでしょ!こういう時こそあたしの魔法の出番ってわけよ!」
    スフレが魔力を集中させる。
    「お前なら信用しても良さそうだが、早くしろよ」
    「するわよ!今は黙ってて!」
    魔力を高めると同時に、スフレの身体が黄金のオーラに包まれる。
    「クヒヒヒ……ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」
    突然響き渡る下卑た笑い声。空中浮遊マシンに乗ったゲウドの笑い声であった。
    「よく聞くがいい、愚かな人間どもよ。ワシの名はゲウド。闇王様に仕えし者じゃ」
    王国の人々はゲウドの声を聴いた瞬間、騒然となる。同時にパジンとバランガが跨る二体の飛竜がゲウドの前にやって来る。
    「ワシの目的はこの国を訪れた赤雷の騎士ヴェルラウドの命を奪う事じゃ。今すぐこの国の何処かにいるヴェルラウドという名の騎士をワシに差し出せい。見つかるまではこの国を徹底して叩き潰す!」
    ゲウドがそう言い放つと、二体の飛竜が空中からの冷気のブレスで次々と執拗に攻撃していく。
    「ふざけやがって……これ以上奴らの思い通りにさせてたまるか!」
    ゲウド達の非道な行いに怒りを覚えたヴェルラウドが剣を手に走る。
    「ちょっと、ヴェルラウド!」
    スフレの制止を聞かず走り去るヴェルラウド。
    「俺も行く。スフレよ、策ならば手短に頼むぞ」
    オディアンがヴェルラウドの後を追う。ヴェルラウドは全速力でゲウド達の元へ駆けつける。その途中、飛竜による冷気のブレスの影響で震える程の寒さを感じた。
    「おいやめろ!お前らの目的は俺だろ!狙うなら俺だけにしろ!」
    ヴェルラウドが飛竜の元へ辿り着くと、ゲウドは空中から見下ろすように嫌らしい笑みを浮かべる。
    「クヒヒヒヒ、殺されに来おったなヴェルラウド。まずはお手並み拝見といこうかのう」
    二体の飛竜が空中から同時に激しい冷気のブレスで攻撃していく。
    「くっ、くそ……!」
    赤い雷を呼び寄せようとするヴェルラウドだが、凄まじい冷気を前にまともに身体を動かす事が出来ず、次第に全身が凍り付いていく。
    「これは……ヴェルラウド!」
    助太刀に向かおうとするオディアンだが、二体の飛竜による届かない位置からの冷気の攻撃を見て思わず足が止まる。オディアンは手持ちの戦斧を飛竜目掛けて投げつけようとした瞬間、二体の飛竜に巨大な炎の竜巻が襲い掛かる。魔力を最大限まで高めたスフレの風と炎の力を合わせた魔法バーントルネードであった。
    「何とか間に合ったみたいね」
    スフレとリランがやって来る。
    「悪いな、助かったぜ」
    ヴェルラウドの身体はスフレの魔法による熱気で凍結を免れていた。駆けつけたリランはすぐさま光魔法でヴェルラウドを回復させる。
    「油断するな、奴らはまだ動けるぞ」
    炎の竜巻の攻撃を受けた二体の飛竜はまだ空中に佇んでいた。
    「なーに、何度起き上がろうとブッ飛ばすまでよ!」
    スフレが右手に魔力を集中させる。ヴェルラウドとオディアンが飛竜に立ち向かおうとした瞬間、飛竜の片割れが突然バランスを崩し、墜落してしまう。乗っていたバランガが飛竜の脳天に槍を突き立てたのだ。
    「お前は……バランガ!」
    バランガの姿を目にしたヴェルラウドは思わず剣を握り締める。
    「……ヴェルラウド……キサマを……コロス……」
    抑揚のない声で言い放つバランガが槍を構えると、全身が氷の魔力によるオーラに覆われ始める。
    「お前は……もう俺の敵でしかないんだな。戦う運命は避けられないんだな」
    ヴェルラウドは剣に意識を集中させると、剣先から赤い雷が迸る。
    「オディアン、スフレ、リラン様。こいつは俺がやる」
    冷気を放ちながらも突撃するバランガに挑むヴェルラウド。赤い雷を纏う神雷の剣と氷の力を纏う槍の激しい戦いが繰り広げられる。
    「ヒャッヒャッヒャッ、どんな悪足掻きをしようと無駄な事よ」
    高みの見物で大笑いするゲウドは水晶玉を取り出すと、瘴気と共に無数の黒い影が空中に現れる。影の姿を持つ悪魔シャドーデーモンだった。
    「今度は数で攻める気?」
    空中に佇むシャドーデーモンの数は軽く百をも越える程であった。
    「かかれぇ!そして殺せェッ!」
    ゲウドの一言で一斉に襲い掛かる無数のシャドーデーモン。同時にパジンを乗せた飛竜が空中から冷気のブレスを吐き掛ける。
    「ガストトルネード!」
    スフレの魔法による風の竜巻が多くのシャドーデーモンを吹き飛ばしていく。オディアンは襲撃するシャドーデーモンを薙ぎ払いながらも戦斧を投げつける。戦斧は飛竜の脇腹を捉え、飛竜はそのまま落下していくものの、けたたましい雄叫びを上げながらも冷気のブレスで反撃する。
    「うくっ……!」
    激しい冷気に身動きが出来ないオディアンの足元が凍り付き始める。オディアンは全身に気合を込めて足元の氷を粉砕し、背中から大剣を抜いて突撃する。シッポと鋭い爪による一撃と止まらない冷気のブレスに苦しめられつつも、オディアンはパジンが跨る飛竜に挑んでいた。
    「……クレマ、ローズ……ワシノ、モノ……」
    戦いの最中、機械的な声が聴こえたオディアンは思わずパジンの姿を見る。
    (あれはマシンなのか、ゲウドという男に改造された人間なのか……?)
    パジンの正体が気になりつつも、オディアンは飛竜に向けて大きく剣を振り下ろした。

    スフレはシャドーデーモンの軍勢を数々の魔法で蹴散らしていた。だが、軍勢はまだ尽きていない。顔は汗に塗れており、隣にいるリランは街の人々の様子を気遣いつつも回復の魔法で援護していた。
    「これじゃあちっともキリがないわね……あたしの魔力が持つかどうかわかんなくなってきたわ」
    魔法を使い続けたせいで魔力が消耗していたスフレは、絶えない敵の軍勢を見て不安を感じていた。
    「こうなってはやむを得ん……スフレよ。私の力を使え」
    「え!?」
    「今から私の魔力を君に与える。それで奴らを倒すのだ」
    リランは徐にスフレの肩を両手で掴む。
    「きゃっ!ちょっと、何するのよ!」
    突然の出来事に驚き、手を払い除けるスフレ。
    「我慢しろ!今はそんな事を気にしている場合ではない」
    飛び掛かる数体のシャドーデーモンが二人に向けて次々と黒い光弾を放つ。
    「きゃあああ!」
    「うわあああ!」
    光弾の直撃を受けた二人は吹っ飛ばされてしまう。
    「こんのぉ!エクスプロード!」
    スフレの爆発魔法によって消し飛ばされる数体のシャドーデーモン。
    「くっ、このままでは……スフレよ、一旦逃げるぞ」
    「はあ!?逃げるってどういう事よ!」
    「いいから来るんだ!」
    強引にスフレの腕を引っ張る形でその場から逃げるリラン。敵から距離を離した場所でスフレに魔力を与えるという考えでの行動であった。
    「ちょっと、これも作戦なの!?」
    「そういう事だ!黙って言う通りにしてくれ!」
    言われるがままに全速力でリランと共にその場から逃げるように走り去るスフレ。
    「ヒヒヒ、バカめが。何処へ逃げようと無駄じゃよ」
    その様子を空中から見ていたゲウドが合図するように指を鳴らすと、シャドーデーモンがスフレ達を追い始めた。

    バランガと戦うヴェルラウドは、槍の一撃を受けながらも赤い雷を纏った剣技を繰り出す。その攻撃を受けたバランガは叫び声を上げながらもヴェルラウドへの執拗な攻撃を続けた。
    「クソッタレが……いい加減にしろ!」
    大きく振り下ろした剣の一撃に弾かれたバランガの槍が飛んで行く。深々と地面に突き刺さる槍。そしてバランガの喉元に剣を突き付けるヴェルラウド。
    「バランガ、出来る事ならお前を殺したくない。俺の声が聞こえるのなら答えろ。お前はかつてシラリネ王女を守り続けていたサレスティルの近衛兵長。あの頃のお前はもういないのか?」
    その問いにバランガは拳を震わせる。
    「……サレスティル……シラリネ王女……貴様……」
    兜の中からうっすらと見えるバランガの目。その目は、憎悪の光に満ちていた。
    「……ヴェルラウドォォォ!!貴様をッ……貴様をオオォォォッ!!」
    咆哮と共に凄まじいオーラを放つバランガ。その気迫にヴェルラウドが飛び退いた瞬間、周囲に凍てつく冷気を放ち、地面に刺さっていた槍は浮かび上がり、回転しながらバランガの手元に戻って来る。
    「もう……お前には何を言っても無駄だというわけか」
    最早バランガには何の声も届かないと確信したヴェルラウドは再び剣を構える。巻き起こる冷気の渦の中、両者の激闘が再び始まった。
    操られし氷の心「うおおおおおお!」
    舞い上がる雹の塊と共に、バランガの氷の力を纏った凄まじい槍の連続突きが唸る。バランガの必殺技である百裂氷撃槍であった。その攻撃は以前にも増してより激しい速度となっており、防御でも耐え切れない程であった。
    「ぐああああ!」
    剣を弾かれ、倒されるヴェルラウド。一瞬で全身が血塗れになり、傷口が一瞬で凍り付き始める。
    「うぐ……」
    突きの攻撃による傷と凍傷の激痛で身体が思うように動かせず、弾かれた剣は地面に突き刺さっていた。そんなヴェルラウドにゆっくりと近付くバランガ。ヴェルラウドは必死で身体を起こし、剣を手に取ろうとするものの、バランガの槍が深々と脇腹に突き刺さる。
    「ごああ!あっ……」
    更なる激痛が全身を走る。ダメージは深いものとなり、ヴェルラウドはその場でガクリと膝を付くが、それでも身体を動かそうとする。
    「……俺は……お前を……」
    傷付いた身体を抑えながらも、バランガに鋭い視線を向けるヴェルラウド。その目には強い意思の光が宿っていた。次の瞬間、ヴェルラウドの全身が赤い光に包まれる。光はオーラとなって燃え上がり、周囲に赤い雷が纏う。
    「この感じ……これは!」
    突然、全身の血が湧き上がる感覚を覚えたヴェルラウドは全身の傷を物ともせず、再び立ち上がる。心臓目掛けて襲い掛かるバランガの槍を両手で受け止め、気合を込めつつ両手に力を入れた瞬間、赤い雷による激しい電撃が槍を伝ってバランガに襲い掛かった。
    「ぐあああああああ!!」
    電撃を受けたバランガは叫び声を上げながら倒れる。その隙に剣を拾い、構えを取った。


    一方、スフレとリランはシャドーデーモンの軍隊に追い詰められていた。リランはそっとスフレの肩を両手で掴む。自身の魔力をスフレに分け与えようとしているのだ。
    「ねえ……こんな事して大丈夫なの?」
    「大丈夫だ。私を信じろ」
    リランが念じた瞬間、スフレは全身に大いなる魔力が注がれるのを感じる。
    「わ、すごーい!何だか一瞬で力が湧き上がったみたい!」
    リランに魔力を与えられたスフレの全身が再び黄金のオーラに包まれる。オーラは一段と輝いていた。
    「後は君に任せるぞ」
    魔力が底を付いた事による疲労感でフラフラとしながらも、傍の建物の壁にもたれ掛かるリラン。スフレは軽く頷き、目の前の軍勢に鋭い目を向けつつも両手に魔力を集中させる。
    「覚悟しなさい!バーントルネード!」
    風と炎の魔力を最大限まで高めた事によって暴走した激しい炎の竜巻が、一瞬でシャドーデーモンの群れを薙ぎ払っていく。
    「エクスプロード!」
    更に発動する爆発魔法。スフレの全力を込めた連続魔法によって、大勢のシャドーデーモンは全て消し去られた。
    「へへん、スフレちゃんの本気を思い知ったかしら?」
    敵の軍勢が全滅した事を確信したスフレが勝ち誇ったように言う。
    「流石だな、スフレ……君なら必ずやってくれると信じていたぞ」
    リランはふら付きながらも賛辞の言葉を投げる。
    「ちょっと、リラン様大丈夫!?」
    「気にするな。一晩休めば回復する」
    スフレは寄り掛かるリランを支えながらも、残る敵の存在を確認し始める。スフレの目に留まったのは、飛竜と戦闘を繰り広げているオディアンの姿であった。
    「あたしはみんなの助太刀に行くわ!リラン様は安全なところで休んでて!」
    「うむ。どうか無理だけはするなよ」
    スフレは颯爽とオディアンの元へ向かって行った。
    「あの小娘、シャドーデーモンの大群を全滅させるとは……うぬぬぬ」
    空中で戦況を見物していたゲウドが焦りの表情を浮かべていた。


    飛竜に挑んでいるオディアンは襲い来る冷気の中、凍り付く身体を必死で動かしながらも反撃に転じようとしていた。飛竜はけたたましい鳴き声を上げながらも冷気のブレスを吐き続けている。直接飛び掛かるのは不可能だと感じたオディアンは戦斧を投げつけようとするが、両腕も凍り付き始めていた。
    「クッ、おのれ……!」
    凍る両腕を動かそうと力を込めるオディアンだが、氷はどんどん広がっていく。半身が凍り付き、身動きすら取れなくなったその時、炎の玉が飛竜に襲い掛かる。スフレが放った炎であった。
    「何とか間に合ったわね。今すぐ助けるわ!」
    スフレは炎を放ち、オディアンの身体の氷を全て溶かしていく。
    「忝い。無事で何よりだ」
    「この前の恩返しってところね。さあ、あいつをぶっ倒さなきゃ!」
    改めて飛竜に矛先を向けたオディアンは武器を大剣に持ち替え、勢いよく突撃する。スフレは両手に炎の魔力を集中させていた。
    「うおおおおおお!」
    空中から冷気のブレスを吐き掛ける飛竜に対し、オディアンは立ち止まる事無く向かって行く。大きく飛び上がり、剣を振り下ろした瞬間、衝撃波が飛竜を叩き付ける。その一撃で飛竜の胴体に夥しく舞う鮮血と共に大きな傷が刻まれる。鮮血は冷気によって一瞬で凍り付いた。
    「オディアン、そこから離れて!」
    振り返ると、激しく燃え盛る巨大な炎の玉を掲げたスフレが立っていた。
    「灼熱の大火球よ……全てを燃やし尽くせ!クリムゾン・フレア!」
    それは全ての炎の魔力を費やす事で発動する最強クラスの炎魔法であった。巨大な炎の玉は飛竜を飲み込んでいくと、叫び声を上げる間もなく一瞬で焼き尽くしていった。飛竜の姿は灰と化し、騎乗していたパジンの姿は既に消えていた。その恐るべき威力を目の当たりにしたオディアンはただ驚くばかりであった。
    「なんと……あれ程の魔法が使えるというのか」
    「へへ、まだ一度も試した事ない魔法だけどね。でも、今ので魔力を使い切っちゃったわ」
    オディアンは飛竜が灰となって消えた事を確認すると同時に、騎乗していたはずのパジンを探し始める。すると、ボロボロで倒れている一人の男を発見した。男の顔は半分が機械のようになっている。そう、男は激しい戦いの最中に転落してしまったパジンであった。
    「……ワシハ、ぱじん……くれま……ろーず……ワシ……ノ……モ……ノ……ワシノ……モ……」
    火花を飛ばしつつも、壊れた機械的な声で喋り続けるパジンだが、言い終わらないうちに機能は完全に停止してしまった。
    「こいつは一体……」
    オディアンは動かなくなったパジンをジッと見つめていた。
    「どうかしたの?」
    スフレが駆けつける。
    「何こいつ?」
    「……あの飛竜に騎乗していた男だ。恐らくゲウドという男に操られていた人物だろう」
    スフレは思わず辺りを見回すようにゲウドを探し始めた。
    「あのゲウドとかいう薄気味悪いジジイが今回の事件の元凶って事よね。でもその前にヴェルラウドを助けなきゃ」
    「うむ。急ぐぞ」
    スフレとオディアンはバランガと交戦しているヴェルラウドの元へ向かった。


    ヴェルラウドが倒れているバランガの前で立ち尽くしていると、不意に殺気を感じ取り、身構える。バランガの全身から周囲が凍り付く冷気の波動が迸り、オーラを纏いながらも起き上がる。
    「……ヴェルラウド……ヴェルラウド……」
    バランガは一瞬でヴェルラウドの首を掴み、締め上げる。ヴェルラウドはその手を引き剥がそうとするものの、首を掴んでいる手は離れようとしない。
    「ヴェルラウド……オオオオ……!」
    首を絞められているせいで声が出せず、窒息状態で次第に意識が遠のいていくヴェルラウド。
    「待て!」
    声が聞こえた瞬間、バランガは咄嗟に手を放し、その場から飛び退く。現れたのは、大剣を手にしたオディアンとスフレだった。解放されたヴェルラウドは首を抑えながら激しく咳込む。
    「あいつ……確かバランガとかいう奴じゃない。サレスティルの近衛兵長らしいわ」
    「何だと!?」
    槍を手にしたバランガはオディアンとスフレに目を向けると、片手で槍を回転させる。
    「お前達……手を出すな」
    そう言ったのはヴェルラウドだった。
    「ヴェルラウド、その男は……」
    「こいつは俺にとって昔から因縁のある男だ。俺の手で倒してやる」
    オディアンはヴェルラウドの意向を聞き入れ、黙って頷いてはスフレと共にその場から離れる。
    「ヴェルラウド!カッコつけといて無様にやられたら承知しないわよ!」
    背中を向けたままスフレの声を聞きつつも、剣に赤い雷の力を集中させるヴェルラウド。


    お前とは解り合えないと思っていたが、一つ解った事がある。お前も苦しんでいる事が。そして今のお前は、本当のお前ではないという事が。

    だから、俺の手で楽にしてやる。この神雷の剣でな。


    ヴェルラウドは両手で剣を握り締めると、剣先が稲妻を帯びた赤い光に包まれる。バランガが槍による凄まじい突きを繰り出すと、ヴェルラウドはその攻撃を身に受けながらも剣を大きく掲げ、そして振り下ろした。
    「ぐおああああああああ!!」
    断末魔の叫び声と共に地面を裂くように暴走する赤い光の雷を受け、砕け散る黒い甲冑。同時に槍も砕け散り、雷光の中で倒れるバランガ。その一撃は決定打となっていた。
    「か、勝ったの……?」
    勝負の行方を見守っていたスフレが呟く。ヴェルラウドは剣を手に、倒れたバランガの近くまで歩み寄る。
    「何故だ……お前は何故俺を……」
    ヴェルラウドは拳を震わせながらもバランガに向けて言う。
    「……ここは……俺は、一体……」
    バランガが自我を取り戻したかのように言う。
    「バランガ!正気に戻ったのか!?」
    叫ぶように言うヴェルラウド。
    「ヴェルラウド……あの時、貴様と戦った事は覚えている。だが……そこから先の事は何も思い出せぬ。俺は……この場で再び貴様と戦い、そして敗れたという事か……」
    あの時というのはブレドルド王国での出来事であり、ブレドルド王国でのヴェルラウドとの戦いの末に意識を失い、それからの記憶は無い状態であった。だが、自身が深手を負っている事や、目の前に立っているヴェルラウドの姿で自身が戦いに敗れていたという事を悟っていた。
    「もうやめよう、バランガ。お前は何故俺を殺そうとした?闇王やあの道化師の男に従っていての行いだとしたら、それはお前の意思によるものなのか?」
    ヴェルラウドが問い質す。
    「……俺は……元々貴様が許せなかった。その事を利用されていた……邪悪なる者の傀儡として……」
    バランガの返答にヴェルラウドは思わず絶句する。薄らぐ意識の中、バランガは過去の出来事を振り返りつつも語り始める———。


    かつてはサレスティルの誇り高き近衛兵長であったバランガ。国王が治めていた時代から王国の剣豪と呼ばれた父に戦士として育てられ、やがて父の死後、バランガは王国の近衛兵長に任命され、王を守る近衛兵を統率し続けていた。だが王は心臓の病を患わっており、王女であるシラリネが生まれてから数年後に王は病によって他界し、女王として国を治める事となったシルヴェラとシラリネ、そして王国を守り続けていた。

    それからある日の事———王国に一人の男が訪れる。クリソベイア王国が陥落し、当てのない旅の末に王国へ流れ着いてきたヴェルラウドであった。数々の魔物との戦いで既にボロボロとなっていた身体を引き摺りながらも城へ向かう途中、力尽きて倒れたヴェルラウドの元に、王国の剣士が駆けつける。
    「この者は!?誰か、誰かおらぬか!どうかこの者を城へ!」
    兵士達と共に気を失ったヴェルラウドを城へ運んで行く剣士。バランガはその様子を密かに見下ろしていた。

    バランガが謁見の間に戻ってから暫く経つと、城のヒーラーによって手当てを施されたヴェルラウドが訪れる。女王を前にしたヴェルラウドは胸に手を当て、深々と挨拶をしてクリソベイアが魔物による襲撃で陥落し、目の前で父を失い、サレスティルに流れ着いたという経緯を伝える。
    「クリソベイアが陥落しただと?それに、お前は……」
    「はい。私はヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス。クリソベイアの騎士であり、騎士団長ジョルディスの息子です」
    「何!?お前があのジョルディスの……」
    女王は驚きの声を上げると、ヴェルラウドの目をジッと見つめる。僅かな沈黙が空気を支配すると、女王が再び口を開く。
    「……お前も親や故郷を失った故、色々苦労しただろう。このサレスティル王国は、元々行き場を失った者が多く移り住んだ国でもある。お前はこれから我が国を守る騎士として生きるが良い。我が娘、シラリネを守る騎士としてな」
    その言葉にヴェルラウドは深々と頭を下げ、礼を言う。
    「女王陛下、お待ち下さい」
    そう言ったのはバランガだった。
    「どうしたバランガ」
    「お言葉ですが……如何に故郷となる国を失い、行き場を無くした者とはいえ、余所者である彼にいきなり姫様の護衛を任せるのは賛同出来ません。第一、生半可な実力で姫様をお守り出来るのですか?」
    「クチを慎め!このヴェルラウドという男はかつての私の仲間だった者の子だ。お前の本来の役目はシラリネの護衛だけではない。我が国を守る近衛兵長であるという事を忘れるな」
    サレスティル女王———シルヴェラとジョルディスとは歴戦の戦友という関係であったが故、自ら治める王国で戦友の息子が訪れる事を運命だと感じた女王はヴェルラウドにジョルディスの面影を感じ、父譲りの素質があると見込んでいたのだ。シラリネを護衛する役割を与えられたヴェルラウドは、自分を狙っていた魔物の事が気になりつつもサレスティルの騎士としてシラリネを守る事を心から誓い、共に過ごしているうちにシラリネと心を通わせるようになっていた。だが、その様子を陰で見ていたバランガはクリソベイア陥落の件と合わせて、ヴェルラウドに対する不信感を抱いていた。

    数日後、バランガが王女の部屋を訪れると、ヴェルラウドと共にしているシラリネの姿があった。
    「貴様、まだ姫様と共にしているのか」
    ヴェルラウドに向けて棘のある一言を投げつけるバランガ。
    「バランガ!何しに来たのよ」
    「姫様、本当にこの男を信用して良いのですか?如何にこの男が栄誉ある騎士団長の子だとしても、姫様を守れる程の実力があるか不確かな故、私はどうしても納得がいきません」
    「何を言ってるのよ!お母様はちゃんと認めてくれたじゃない!それとも、嫉妬のつもり!?」
    「いえ、私はただ……国王陛下がお亡くなりになったというのに、余所者に姫様の護衛を任せる事にどうしても不安が隠せぬのです」
    頑なに意見を主張し続けるバランガ。亡きサレスティル王や女王に大きな忠誠心を持っていたバランガは王の死という事情もあり、近衛兵長としてシラリネや女王、そして王国を守る使命を重んじる余り、訪れたばかりの余所者であるヴェルラウドを信用出来ずにいた。同時に、クリソベイアが魔物に襲撃された原因がヴェルラウドにあるのではないかという疑念を抱いているのだ。
    「……ヴェルラウドと言ったな。例え女王の命令とはいえ、長年姫様を守り続けていた身としては姫様を守れる実力を証明出来ぬ者は信用ならぬ。明日、この私と特訓を受けてもらう。いいな」
    そう言い残し、去って行くバランガ。

    翌日、地下の訓練所でヴェルラウドの実力を確かめるべく、本気で打ち掛かるバランガ。応戦するヴェルラウドだが、実力はバランガの方が数段上であった。バランガは途中で戦いを止め、ヴェルラウドの腹に蹴りを入れる。
    「栄誉あるクリソベイアの騎士団長ジョルディスの子がまさかこんなザマだったとは失望したぞ。貴様のような愚か者が俺に代わる姫様の護衛になるとは片腹痛い」
    バランガはヴェルラウドの胸倉を掴み、激しく殴り付ける。
    「やめて、バランガ!」
    声と共に現れるシラリネ。蹲るヴェルラウドを涙目で庇うシラリネの姿に内心動揺しながらも、バランガは冷静に事情を説明しつつ説得を試みる。
    「姫様。私に代わる貴方様の護衛を務めるには、この私自身を打ち負かす程の実力の持ち主でなくてはなりません。この男は一体何を考えているのか、私と本気で戦おうとしなかった。このような腑抜けた輩に貴方様の護衛を任せるには信用ならぬのです」
    「違うわ!きっと何か事情があるのよ!」
    涙声で怒鳴るように言うシラリネに対し、バランガは女王にお伝えしておきます、どうか考えを改めて下さいと言い残して去って行った。バランガは事の全てを女王に伝えると、女王の表情が険しくなる。
    「それで……シラリネの護衛は務まらぬと言うのか?」
    「ハッ、あの男の実力はこの私に及ばぬ生半可なものでした。それに……あの男には何か不審なものを感じるのです」
    「何だと?それはどういう事だ?」
    その時、一人の戦士が謁見の間に駆け付ける。
    「女王様!北東の地で正体不明の巨大な黒い影のようなものが!」
    「何!?」
    北東の地に現れた謎の黒い影という存在に不吉な予感を覚える女王。兵士達に調査に向かわせるものの、得体が知れない存在という事もあり、悪い予感は治まらないままであった。
    「バランガよ、お前にも黒い影たるものの調査の任務を与える。話の続きは任務を終えてから聞こう」
    「ハッ!この私にお任せを」
    黒い影の調査をする事になったバランガは単身で北東の地へ向かう。数時間後、バランガが見た黒い影は、巨大な口が浮かび上がる球体状の、ケセルの分身となる存在であった。
    「うおああああ!」
    巨大な口からの長い舌に捕えられたバランガはそのまま飲み込まれていく。黒い影の内部に広がる亜空間の中に閉じ込められたバランガの前に現れたのは、不敵に笑うケセルであった。
    「貴様、何者だ?この世界は……」
    「クックックッ、此処はオレの世界といったところだ。そしてこのオレはある計画の為に世界を渡り歩く者。先程まで此処に迷い込んだザコどもと遊んでいたのだが、こいつらは貴様の仲間かな?」
    ケセルの前にズタボロの姿の兵士数人が姿を現す。先立って黒い影の調査に向かったサレスティルの兵士であった。
    「バランガ様……ど、どうかお逃げ……下さ……」
    バランガの姿を見ては一言を残し、事切れる一人の兵士。
    「……貴様の仕業か」
    「ククク、わざわざ聞くまでもなかろう?」
    戦慄を覚えるバランガを前に、ケセルは残忍な笑みを浮かべつつも兵士の死骸を足蹴にする。
    「貴様が何者かは知らんが、邪なる者は生かしておけん。覚悟!」
    バランガは槍を手に、数々の攻撃を繰り出していく。だがケセルは全ての攻撃を難なく回避し、闇の魔力が凝縮された光弾を放つ。
    「ぐあああああああ!!」
    光弾は大爆発を起こし、吹っ飛ばされたバランガは鎧を砕かれ、そのまま倒れる。ケセルはバランガの頭部を足蹴にすると、手から額に氷を思わせる宝玉が埋め込まれた小さな海豹のような生き物———氷の魔魂を出す。
    「こいつを貴様にくれてやろう。貴様には強い氷の魔力が秘められている。大切に使ってくれよ、戦士バランガ」
    氷の魔魂の化身がバランガの中に入り込んだ瞬間、バランガの全身から凍てつくオーラが発生する。
    「ククク……フハハハハ!また新たなる素材が出来てしまった。貴様も我が計画に協力してくれる事を期待しているよ」
    高笑いするケセル。凍てつくオーラを放ったまま蹲るバランガは、そのまま意識を失った。

    それから暫く経つと、バランガは薄らぐ意識の中で声を聞いた。それは誰の声か解らない、頭に響き渡る謎の声。


    ワタシハ、オ前ニ力ヲ与エル———何者ニモ負ケヌ力ヲ。

    オ前ニハ素質ガアル。ソシテオ前ハ、アノ方ノ為ニ戦イ続ケルノダ。ワタシト共ニ———。


    目を覚ますと、そこは草原の上だった。砕かれたはずの鎧は何事もなかったように元に戻っている上、黒い影の姿は消えていた。
    「俺は一体……あれから何があったというのだ」
    記憶がはっきりせず、周囲を確認するバランガ。黒い影に捕われた後の出来事が全く思い出せないのだ。あの黒い影は一体何だったのだろう。正体が解らないまま、このまま帰還すべきかと考えていた矢先、傍らに氷のような石を発見する。思わず手に取った瞬間、石は小さな海豹のような姿に変化する。氷の魔魂であった。
    「な、何だこれは……!?」
    謎の生き物の出現に戸惑うバランガ。氷の魔魂の化身は目を赤く光らせると、瞬時にバランガの中に入り込む。
    「うっ、これは……うおおおおおああああああああああ!」
    バランガの全身から氷の魔力によるオーラが巻き起こると同時に、かつてない力が湧き上がるのを感じる。


    ワタシハ、氷ヲ司ル古ノ魔導師ノ力……魔魂ト呼バレシ者。オ前ハ我ガ力ノ適合者トナル。

    オ前ニ備ワル力ヲ、我ガ手デ蘇ラセル……ソシテ我ト共ニ戦エ。守リタイ者ガアルナラバ。


    頭に響き渡るように聞こえて来るその声は、氷の魔魂の声であった。声を聞いた時、バランガは戸惑いつつも槍を手にし、辺りの魔物を相手に突きを繰り出す。その一撃は氷の力を纏った攻撃となり、傷口から徐々に凍り付いていく魔物。
    「バカな……俺にこんな力が……」
    未知の巨大な力を手にしたと実感したバランガは周囲の様子を確認しつつも、一先ず城へ戻る事にした。だが、何故こんな力が与えられたというのだ。あの黒い影に捕えられた事までは覚えているが、その後の出来事が思い出せない。俺は一体何をしていたのだろう?そこでの記憶がないのは一体……。理由がはっきりしないのに、断片的な記憶がない事に戸惑いと不安を抱きつつも、王国へ帰還するバランガ。
    「戻ったか。調査の結果は如何程か?」
    バランガは女王に事の全てを伝える。
    「何だと……貴様、その黒い影の正体が解らぬとはどういう事だ!それに、その氷の力は黒い影に与えられたものではないのか!?」
    「そ、それは……」
    女王の問いにバランガは返答する言葉が見つからず、重い沈黙が支配した。
    「……まあ、そんな事よりまず貴様の話を聞こう。バランガよ、貴様はヴェルラウドについて不審なものを感じると言っていたが」
    「ハッ、あの男は私との特訓の際、まるで何か自身の力を制限しているかのように感じられました。そしてあの男の故郷であるクリソベイアが魔物に狙われ、そして滅ぼされたのも何かあの男が関係あるのではと……」
    「力を制限だと?つまり、貴様はクリソベイアが滅びたのはヴェルラウドに何らかの原因があると言いたいのか?」
    「余り信じたくはない話ですが……」
    「ふざけるな!そのような事実など信じられるか!どうしてもそう主張したいならば、明日貴様の手で確かめさせろ。結論次第では貴様を左遷する。覚悟しておけ」
    激昂する女王を前に、バランガは力強く返事しつつ深々と頭を下げた。

    翌日———地下の訓練所ではヴェルラウドとバランガが対峙していた。その様子を見守っているのは女王とシラリネ、そして多くの兵士達。
    「ヴェルラウドよ、もし貴様に本当の力があるならば、力の全てを俺にぶつけてみせろ。女王陛下に貴様の力を証明させる為にもな」
    「……解った」
    バランガが凄まじい気迫と共に槍を構えた瞬間、周囲に冷たい空気が漂い始める。バランガの中に存在する氷の魔魂が冷気を呼び寄せているのだ。
    「バランガ、貴様は一体……」
    女王は得も言われぬ気分でバランガの姿を凝視していた。二人の戦いが始まる。ヴェルラウドは渾身の力でバランガに斬りかかり、次々と攻撃を繰り出す。激しい打ち合いが続く中、バランガの槍による連続突きがヴェルラウドに叩き込まれる。勝負はバランガが優勢となり、一方的に攻撃を加えて行くバランガ。次第に追い込まれていくヴェルラウドは傷だらけのまま、剣を両手で構える。
    「……おおおおおおおお!!」
    ヴェルラウドの剣先から赤い雷が発生する。
    「何ッ!?」
    思わず後退するバランガ。
    「出来ればこの力は使いたくなかったが……ここまで来たら止むを得ん。あんたは、それが望みのようだからな」
    赤い雷を纏う剣を手に、ヴェルラウドが反撃に転じようとする。バランガがそれに応えるように構えを取った瞬間、氷の魔魂による凍てつくオーラが発生する。二人の激しい攻防の結果、勝利を手にしたのはヴェルラウドであった。
    「これが……貴様の力だというのか」
    ヴェルラウドの赤い雷によって、全身に痺れを残したまま倒れるバランガ。
    「赤い雷……成る程」
    女王は真剣な表情でヴェルラウドの姿を凝視していた。そう、ヴェルラウドの母親であるエリーゼとも仲間であったが故に、赤い雷の正体を知っているのだ。だが、バランガの言う通りクリソベイアが襲撃されたのは赤い雷の力を持つヴェルラウドを狙っていたが故ではないかという可能性も否定出来ずにいた。女王はヴェルラウドには赤い雷の正体や母親の事を敢えて告げず、改めてシラリネの護衛を任せる事を任命した。
    「バランガよ。如何に貴様が反対しようと、私はヴェルラウドを信じる事にする。そしてお前は近衛兵長として王国全体の護衛という任務を与える。これは命令だ」
    「は、ははぁっ……」
    半ば腑に落ちない様子で返事するバランガ。
    「大体、貴様が手にした氷の力の方が信用出来ぬ。それに、黒い影とやらの正体が解らずにおめおめと帰って来たという失態を見せた以上、文句は言えまい?」
    言い訳の出来ないところを突かれ、流石に折れたバランガはただ頭を下げて返事するばかりであった。

    それから月日が流れ、バランガは密かに手に入れた氷の力を駆使した槍術を学んでいた。最初は戸惑っていたものの、時折頭の中から聞こえて来る氷の魔魂によるアドバイスの声に従うようになり、いつしか氷の力に慣れるようになっていた。
    「ヴェルラウド……貴様はいつまでもこの国にいてはならぬ。俺には読めたぞ。貴様がクリソベイアに魔物を呼び寄せた事がな。そしていずれこのサレスティルにも……」
    バランガは内心ヴェルラウドへの不信感を募らせながらも、氷による槍術を会得していた。


    ある日の事———。


    「女王陛下、一体何事ですか!?突然何故このような計画を!?」
    突然、首飾りを付けた女王———ケセルに浚われた本物の女王に成り代わり、女王の姿をそのまま再現した影の女王によるサレスティルの更なる繁栄と称し、兵力や武具の強化と他国の侵攻による領土拡大を目的とした全面戦争と増税による政治を計画し始めていた。偽物の女王の暴挙に困惑の表情を浮かべながらも、異議を申し立てるバランガ。
    「我が王国の更なる繁栄の為だ。貴様も多少は存じているであろう、この国は元々王国ですらない、遥か昔の民によって建てられた小さな城でしかなかった。そしてこの国は行き場を失った者達に安住の地を与える為に建国され、貴様を含めた多くの戦士も集うようになった。今まで移民を集め、そして戦士を育成したのも全てはこのサレスティルを世界最大の王国へと発展させる為でもあったのだ」
    「なっ……!?」
    影の女王の言葉を聞き、愕然とするバランガ。だが次の瞬間、確信する。この女王は本物ではない。何者かが化けている偽物だという事を。
    「……愚かしい事だ。あなたは女王陛下ではない。女王陛下が突然このような暴挙に出られるとは考えられぬ。貴様、何者だ?」
    即座に槍を構えるバランガ。
    「やめて、バランガ!」
    隣の玉座に腰を掛けているシラリネが呼び掛ける。シラリネの首元には、影の女王とお揃いの首飾りがあった。
    「姫様!?」
    「バランガ……今はお母様の言う通りにして!」
    涙声で頼み込むシラリネを前に、バランガはただ戸惑うばかりであった。影の女王が傷を負うとシラリネも傷を負うという首飾りがもたらす呪いの効果を知っているが故に、影の女王の言うがままにされるしかなかったのだ。
    「バランガよ。先程の無礼は今までの貴様の功績に免じて不問にしておくが、もし首を取ろうとするような事があらば死刑をも厭わぬ。これからの出来事に備えて、貴様には近衛兵長として働いてもらわねばならぬからな」
    影の女王は妖しく光る瞳をバランガに向ける。その眼差しによって、バランガは奇妙な感覚に襲われ始めた。


    女王陛下のお言葉は絶対なるもの———そして姫様をお守りしなくてはならない。
    そう、女王陛下の意思が如何なるものであろうと、俺は女王陛下に忠誠を誓うのだ。何があっても———。

    ソウ、ナニガアッテモ———。


    影の女王の瞳を見ているうちに、バランガはまるで自身の魂を操られているかのように、命令に忠実に動くようになっていた。そして、地下牢から脱出を試みたレウィシアとの戦いの末、バランガはレウィシアの太陽のように輝く光に満ちた目を見ている内に、自身の心が揺らいでいくのを感じた。自身を打ち負かした太陽の心を持つ者。このような相手には今まで出会った事がない。まるで心の何処かが光で照らされたような気がしていた。

    レウィシアとの戦いで意識を失ってから暫く経った時———目を覚ますと、バランガは闇の空間に立っていた。そして目の前に現れたのは、ケセルであった。
    「貴様は……」
    「クックックッ、久しぶりだなバランガよ。いや、貴様にとっては初めてになるか。オレにとっては二度目の対面となるがね」
    この男は何者だ。何か見覚えがある。以前何処かで会ったような……。ケセルの姿に既視感を覚える余り、はっきりと思い出せない記憶を必死で辿るバランガ。
    「これだけは覚えていよう。かつて黒い影の調査に訪れていただろう?その時に貴様はオレと一度会っていたのだ。ただし、オレと会った時の記憶は消させてもらったよ。貴様がオレの事を思い出せないのはそのせいだ」
    ケセルの一言で愕然とするバランガ。過去に黒い影によって亜空間に連れ込まれ、ケセルと対面した時の記憶は抹消されていたのだ。同時に、自身が手にしていた氷の魔魂の力が頭を過る。
    「そうか……今解ったぞ。俺に氷の力を与えたのは貴様だったのか!そして偽物の女王を送り込んだのも貴様が……」
    「クックックッ、左様。ちょっとした余興を楽しむ為にな。サレスティル女王による全面戦争計画もただの余興に過ぎぬという事だ。そしてこれから、貴様にはオレの計画の為にしっかりと働いてもらうよ。何、近衛兵長としての仕事のようなものだ」
    ケセルの三つの目が妖しく光ると、バランガは突然激しい苦しみに襲われる。
    「ぐあああああ!!」
    「フハハハ、あの時オレは貴様の記憶も読ませてもらったよ。亡き王や女王に忠誠を誓う余り、余所者であるヴェルラウドという男に姫の護衛をさせるのが許せぬのだろう?」
    嘲笑うようにバランガの心中を暴露していくケセル。
    「言っておくが、姫は死んだよ。貴様が睨んだ通り、ヴェルラウドは姫を守る事が出来なかった。そして女王もな。例えこのオレが直接手を下さなくとも、サレスティルもいずれクリソベイアと同じ運命を辿る事になるだろう。何故なら、ヴェルラウドを憎む者がいるからだ」
    苦しみ続けるバランガの耳に、ケセルの言葉が響き渡るように入っていく。
    「もっと素直になったらどうだ?バランガよ。貴様は元々ヴェルラウドを快く思っていないのだろう?現に奴がいたおかげでクリソベイアは滅び、そしてサレスティルの姫は死んだのだ。今こそヴェルラウドを殺す理由が出来たのではないか?そう、かつての英雄の子であるヴェルラウドを憎む闇王と同様にな」
    クリソベイアが滅びたのはヴェルラウドがいたから。そして女王が変わり、姫は死んだ。全てはヴェルラウドが来たからだ。自身が睨んだ通り、ヴェルラウドが全ての災いを呼んだ。やはり自身が姫を守るべきだった。そんな意識を植え付けられていくうちに、バランガの心は完全な闇に支配されていた。


    オレがお前の主だ。そんなお前に命令を与えてやる。姫を守れなかったヴェルラウドを殺せ。
    奴の命を奪う事は、闇王たる者の望みでもある。近衛兵として戦うのだ———。


    「やっぱり、全部あのピエロが悪いじゃない……大体クリソベイアが滅びたり、サレスティルのお姫様が死んだのはヴェルラウドのせいってわけじゃないでしょ!?」
    バランガの話を聞いていたスフレが怒鳴るように言う。
    「……確かに姫は……シラリネは死んだ。お前は……あの道化師の奴に俺が全て災いを呼び寄せたと吹き込まれていたのか?」
    ヴェルラウドが問うと、バランガは何も答えない。
    「シラリネは、俺達や王国を守る為に自害したんだ。あの時、女王の偽物に手出しが出来なかったのは、シラリネに付けられた首飾りのせいだった。あの首飾りは偽の女王が傷つくとシラリネも傷つく呪いが掛けられている。そのせいで俺は手も足も出なかった。止むを得ずシラリネはそれを利用して……」
    影の女王とシラリネの首飾りの仕組みを説明しつつ、シラリネの死の経緯を全て語るヴェルラウド。
    「……信じるのも信じないのも勝手だが、俺は決して嘘を言うつもりはない。俺が災いを呼んだという事実は否定出来ないがな。事実、クリソベイアを襲撃した魔物どもは俺が狙いだったのだからな」
    「ちょっと、ヴェルラウド!」
    心配そうにスフレが呼び掛ける。
    「もう良い」
    黙っていたバランガが重々しく口を開く。
    「……ヴェルラウドよ……今すぐこの俺を殺せ。心を利用され、邪悪なる者の傀儡となった俺は最早サレスティルには戻れぬ……」
    その一言にヴェルラウドは思わず目を見開かせる。
    「馬鹿野郎!なんで俺にそんな事をさせるんだ!俺は……俺は……」
    俯き加減に怒鳴るヴェルラウド。その目からは一筋の涙が溢れ出す。
    「……貴様は何処までも甘いな……姫様が貴様を選んだのは、そういう事だったのか……」
    ヴェルラウドの涙を見ているうちに、バランガの表情が穏やかになっていく。
    「俺に力を与えたあの道化師の男は……俺が存在している限り、貴様を殺す為、そして計画の為の傀儡として利用するだろう。貴様は……いつまでも俺が傀儡として利用され続ける姿を望むのか?俺と何度も戦わされる事を望むのか?」
    ヴェルラウドは黙って俯いていた。
    「……奴らが来る前に……早く俺をやれ……」
    意を決したヴェルラウドは両手で剣を握り締め、大きく掲げる。
    「うおおおおおおおおおあああああああああああ!!」
    咆哮と共にバランガの身体に剣を突き立てるヴェルラウド。その瞬間、稲妻が迸る赤い光が辺りを覆い始める。
    「こ、これは……!?」
    突然の赤い光に驚くスフレ達。光が消えた時、バランガの身体は完全に消滅していた。自らの手でバランガの息の根を止めた事によって放心状態となるヴェルラウド。バランガが倒れていた場所には、氷の魔魂の化身が佇んでいた。化身は衰弱しており、弱々しい動きで逃げるように去ろうとするが、徐々に結晶体へと変化していく。ヴェルラウドは結晶体となった氷の魔魂を手に取る。
    「……こいつが与えられた力だって言うのか」
    ヴェルラウドは氷の魔魂を忌々しげに地面に投げ捨てる。地面に落下した氷の魔魂は次第に溶けていき、蒸発するように消えて行った。
    真の太陽ゲウドによる襲撃部隊を全て撃退し、辛うじてクレマローズを守り抜いたヴェルラウド達はアレアスの元へ集う。
    「このクレマローズを邪悪なる手の者から守り抜いた事を感謝致します。かつてはこの国の大臣であったパジンによる謀反、ガウラを浚った道化師の男、そして今回の魔物による襲撃……やはり全ての災いの根源はあの道化師の男にあるのかもしれません」
    ヴェルラウドはケセルや闇王の事を考えつつも、今回の襲撃事件の件は自分の命を狙う理由によるものだという事実に心を痛める思いをしていた。
    「大臣……?パジンという男はクレマローズの大臣だというのですか?」
    アレアスの口から出たパジンという名前に思わずオディアンが問い掛ける。自身が倒した飛竜に騎乗していたパジンの断末魔の言葉の内容が気になっていたのだ。
    「ええ。彼はこのクレマローズの大臣だったのですが、如何なさいました?」
    「ハッ、実は……」
    オディアンは事の全てを打ち明けると、アレアスとトリアスは愕然とする。
    「何て事……まさかあの裏切り者のパジンがそのような事まで……」
    アレアスはパジンの経緯———二年前のクレマローズの支配を目的とした謀反、地下牢に投獄されてからの突然の失踪について全て打ち明けた。
    「いくら悪い奴らに利用されていたとはいえ、元からサイテーな大臣だったのね。同情の余地もないわ」
    スフレが率直な感想を漏らす。
    「脅威は一先ず去ったとはいえ、一刻も早く悪の根源たる者を打ち倒さなくてはなりません。その為にも、どうかレウィシア達の力になって頂きたいのです」
    アレアスが頼み込むと、ヴェルラウドは決意を新たに快く引き受ける。
    「王妃様。我々の手で必ずやり遂げてみせます。レウィシア王女と共に」
    決意の言葉を残し、謁見の間を後にするヴェルラウド達。レウィシア達の帰還までは客室で休息を取る事となった。だが、ヴェルラウドはサレスティル王国の現状が内心気掛かりであった。
    「気になるのか?サレスティルの事が」
    そう言ったのはオディアンであった。
    「……そうだな」
    心情を悟られたヴェルラウドは淡々と返答する。
    「これ以上犠牲を生まない為にも頑張るのがあたし達の使命でしょ!現状を気にするよりも今やるべき事を考えてよね!」
    スフレが喝を入れるようにヴェルラウドの背中を思いっきり叩く。
    「闇王とその背後に潜む巨悪が存在する限り、いつ何処で何が起きるか解らぬ。心配になるのも無理はないが、今は戦いに備えておくのが一番だ。君は神雷の剣を完璧に使いこなせたのか?」
    リランの一言にヴェルラウドは思わず神雷の剣を見つめる。バランガとの戦いを経て着実に使い慣れるようにはなったものの、完璧に使いこなしたという実感が湧かないままであった。
    「……確かにその通りだ。リラン様の言う通り、俺はまだ完璧に剣を使いこなせてはいない。丁度いい機会だ。レウィシア王女が戻るまでもっと鍛えておく必要がある。だから……」
    ヴェルラウドはオディアンとスフレの方に顔を向ける。オディアンはヴェルラウドの意向を瞬時に理解し、快く頷く。
    「あんた達もすっかり男同士の騎士コンビで定着したわね。あたしはちょっと暇つぶしに街の中を散策しよっかな!」
    「いや、スフレも俺の特訓に付き合ってもらう」
    「え?あたしも?」
    「ああ。お前の魔法も特訓になりそうなんでな」
    「へーえ。そうと決まったらビシビシ行かせてもらうわよ?言っておくけど、このスフレちゃんによる特訓は徹底して容赦ないから覚悟してよね?」
    物凄く顔を近付けて言うスフレに、ヴェルラウドは反射的に顔を逸らす。
    「あーもう!そこで顔逸らさないでよね!」
    「だから近くで言うなっての」
    「何よ!照れてるの?」
    更にヴェルラウドに接近してくるスフレ。リランはそんな二人の様子を微笑みながら見守っていた。街の外に出たヴェルラウド達は、今後の戦いに備えての激しい特訓に勤しんだ。

    空を覆う灰色の厚い雲から、一つの飛行物体が現れる。ゲウドの空中浮遊マシンであった。ヴェルラウドによってバランガが倒された際、密かにクレマローズから撤退していたのだ。
    「結局皆やられおったか……全く役立たずどもめ。まあ良い。既に必要なものは揃っておるのじゃからなあ……クヒヒヒ、見ておれゴミどもめ。本当のお楽しみはこれからじゃよ。ヒッヒッヒッヒッ……」
    ゲウドが手にしたものは、闇王の力の制御に必要となる生贄———サレスティルの人々と魂であった。



    その頃、レウィシアは太陽の力と戦神アポロイアの魂が共鳴した事によって生まれた空間の中で、闇の太陽の化身と呼ばれる敵との死闘を繰り広げていた。真の太陽を目覚めさせる為の戦いであり、自身の中の太陽に存在する全ての闇———即ち、邪悪な力の根源となる負の部分を己の太陽の力で光へ導く戦いでもある。これは自身が生きるか死ぬかの戦いだけではなく、世界そのものの運命に繋がる戦いでもある事をレウィシアは悟っていた。どれ程傷付いても、決して諦めてはいけない。負けられない太陽と太陽の戦い。闇の太陽の化身との激しい戦いは尚も続いていた。
    「はぁ……はぁっ……」
    血を流し、幾多の切り傷が腕と足に刻まれ、頭や頬、そして口から血を滴らせたレウィシアは身を炎に包みながらも、構えを取っていた。闇の太陽の化身が剣を手に斬りかかると、レウィシアはその一撃を剣で受け止める。火の粉が散り、金属音を轟かせた剣と剣のぶつかり合いが何度も繰り返され、お互い隙を見せない互角の状況であった。
    「やあああっ!」
    力を込めたレウィシアの一撃が振り下ろされるものの、闇の太陽の化身は即座に剣で防御する。レウィシアは更に力を込めるが、逆に押し返されてしまう。その隙を突いた闇の太陽の化身の剣がレウィシアの姿を捉える。
    「しまっ……」
    防御態勢に入る間もなく、剣の一撃がレウィシアの脇腹を深く切り裂いた。
    「がはっ……ぐっ!」
    鮮血が迸り、口から血を零しながらよろめくレウィシア。更に背後からも剣が振り下ろされ、その一撃はレウィシアの背中を袈裟斬りにした。
    「ごはあ!!」
    深い傷を刻まれたレウィシアは膝を付き、激痛に喘ぎ出す。アレアスのドレスは血で真っ赤に染まっていた。出血は酷く、視界が霞み始める。レウィシアは止まらない出血にフラフラしながらも剣を構え、反撃に転じようとする。


    私の中の太陽よ……もっと力を!今此処にいる敵に勝つ為に……!
    太陽よ……せめて、この命を捧げてでも———!


    レウィシアの全身を包む炎のオーラがより激しく燃え始める。全身に響き渡る激痛を堪えながらも、体内から込み上がった血を吐き捨て、拳で口元の血を拭っては両手で剣を構え、気合の叫びを上げながら斬りかかる。その気迫は並みの人間ならば一瞬で怯む程であり、間髪入れず数々の剣技が繰り出されていく。闇の太陽の化身は剣と盾で防御するものの、止まらないレウィシアの怒涛の攻撃によって次第に追い込まれていく。炎を纏ったレウィシアの剣と、黒く燃える闇の炎を纏った闇の太陽の化身の剣が激突した時、激しく力比べをしながらもレウィシアは両手で剣に渾身の力を込める。
    「がああっ!!」
    凄まじい気合によって発生した炎の力による威圧で軽く吹き飛ばされる闇の太陽の化身。レウィシアは懐に飛び掛かり、炎に包まれた剣を大きく振り下ろす。
    「唸れ、我が太陽の炎!今こそ燃え尽きよ!」
    炎の剣による一撃が決まり、更に次々と懐目掛けて連続で斬りつけていく。
    「グアハアァァァア!!」
    レウィシアの渾身の必殺技を受けた闇の太陽の化身は刻まれた傷口に炎を残しつつ、断末魔の叫び声を轟かせながら崩れ落ちた。
    「……やったの?」
    レウィシアは血を滴らせながらも膝を付く。
    「うっ!くっ……」
    全身に渡る激痛は止まらず、大量の出血で再び目が霞んでいた。勝負は付いたのだろうか、と思いながらも剣で支えつつ、よろめきながら立ち上がり、倒れた闇の太陽の化身の元へ近付いていく。だがその時、レウィシアは目を見開かせた。闇の太陽の化身の剣が、レウィシアの身体を貫いていたのだ。
    「がっ……ごほっ」
    致命傷を負ったレウィシアの口から更に血が零れ出す。剣が引き抜かれると、レウィシアはバタリとその場に倒れ、血の海が広がり始める。その姿を静かに見下ろす闇の太陽の化身。光が失われ、瞳孔が開いていくレウィシアの瞳。遠のく意識はやがて暗闇に包まれていく。


    私は……負けた……?

    こんな事って……私、このまま死んでしまうの?
    負けるわけにはいかないのに……こんなところで死ぬわけにはいかないのに……私の太陽は、こんなものなの?

    お願い……どうか私の身体、動いて!命の炎よ、どうか消えないで!

    私は……私は———!



    ……

    ……っはははは!あははははははは!


    暗闇の中、嘲笑うように聴こえてくるその声は、自身の闇の声———かつて死の淵を彷徨っていた時に現れた、心闇の化身と呼ばれる存在の声であった。
    「あははははは!何が私の太陽よ。何が負けるわけにはいかないよ。全くあなたは何処までも甘いのね。勝ったと思って油断して無様にやられるなんて」
    何も見えない暗闇の中で、歪んだ表情を浮かべる心闇の化身の顔が浮かんでくる。
    「私の太陽はこんなものかって?バカね。いくらあなたに太陽があっても、持ち前の甘さがある限り無駄ってわけ。ねえ、どんな気分?二度も死ぬってどんな気分?」
    二度も死ぬ———そんな言葉だけが何度も繰り返して響き渡り始める。暗闇の意識の中、二度も死ぬという言葉が繰り返して聴こえていた。
    「あなたはこんな事も言ってたわよね。私には太陽と仲間の心があるって。仲間の心とやらも所詮このザマってわけ?惨めを通り越して大笑いねぇ。仲間の心も無駄にするなんて……一度仲間に救われた命なのに」


    仲間の心……

    太陽と仲間の心……一度仲間に救われた命———


    暗闇の中、僅かに見え始めた光。微かに感じる暖かさ。光からは何かを感じる。そして何かが聴こえてくる。それは、自身を見守る仲間達の声。自身が別世界で戦っている事を知らず、無事を祈り続ける仲間達の姿が見える。そして感じる。仲間の心を。それが光となって現れている。そう認識した時、光は大きくなっていき、暗闇に光が照らされていく。
    「あはははははは!まさか私の言葉に反論するつもり?出来るものならやってみなさいよ。あなたの命の炎が燻っているうちにね!」
    嘲笑い続ける心闇の化身の声に応えるように、レウィシアは意識を奮い立たせる。


    ……二度も……死ぬ? ……違う。私は死ぬわけにはいかない。

    この命は仲間達によって一度救われた命。仲間の心があるからこそ、この命がある。
    だから、私は絶対に死なない。そして、負けられない。私には、太陽と仲間の心がある———!


    「……ま……だ……よ……」
    倒れているレウィシアが呟くように言い、うっすら目を開けた瞬間、ゴボリと吐血した。
    「……確かに私は……甘いわ。それは……私の弱さでもある。でも……甘いからといって決して無駄にはさせない。私は二度も死ねない。私の太陽は……此処に、あるのだから……」
    更に言葉を続けると、レウィシアの身体から再び炎のオーラが発生する。
    「ああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!」
    絶叫の声を轟かせるレウィシア。炎の力で貫かれた傷口と全身に刻まれた傷口を炎の力で焼灼を行っているのだ。一瞬でショック死しかねない程の地獄のような苦痛が全身を激しく揺さぶらせ、顔付きが別人のように凄まじい形相になる程であった。
    「がああああああああああああああああああ!!ああああぁぁぁああああああっ!!!ぎゃあああああああぁぁぁあああっ!!!」
    喉が潰れる勢いで咆哮を上げると同時に大きく見開かれた目。死んでいた目に光が宿るようになり、全身のオーラは大きく燃え盛る炎となっていく。全身の傷口は焼灼によって塞がり、止血に成功していた。
    「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……あ……はぁっ……」
    呼吸を荒くしながらも剣を手に、ゆっくりと立ち上がるレウィシア。血に染まったボロボロのドレス、全身に残した傷跡、そして血塗れとなった顔。まさに全身が己の血で染められた傷だらけの戦姫であった。闇を照らすように燃え盛る紅蓮の炎のオーラと相まって、目からは炎のような光が宿っていた。
    「……私の太陽は、決して滅びない。私を信じてくれる仲間の心が、私の太陽を輝かせてくれたのだから……絶対に……絶対に負けられない……!」
    レウィシアは全身を走る傷の痛みに動じる事なく、剣を構えつつも鋭い目を向ける。
    「来い、闇の太陽!私の手でお前を光へと導いてやる!」
    その言葉が戦闘再開の合図となり、両者が同時に突撃し、全力で剣を振るう。再び激しく交わる剣と剣。紅蓮の炎と闇の炎による激突はやがて大きな炎となって燃え上がり、それぞれの炎を最大限に纏った激闘へと発展した。自身の炎と共に剣を交える中、レウィシアは仲間達の様々な想いを振り返る。


    ぼく、お姉ちゃんがいなかったらきっと生きていけない。ぼくを助けてくれたのもお姉ちゃんだし、お姉ちゃんはぼくのお母さんみたいな人だもの……。

    前を向きなさい、レウィシア!国王陛下に誓ったのでしょう?誓いを裏切るなんて事をしようものなら私が許しませんよ。それに……あなたには私達がいます。


    「ルーチェ……ラファウス……!」
    ルーチェとラファウスの言葉を振り返ると、レウィシアは全身の血が激しく騒ぐのを感じる。自分は何の為に戦っているのか。そう、邪悪なる者に浚われた父と多くの人々を救う為に、卑劣な陰謀によって命を失った人々の為に、そして世界を全ての闇から守る為に戦っている。その事を考えながらも次々と剣を振るう。剣に込められた力は徐々に増していき、次第に闇の太陽の化身を追い込んでいく。


    無事で良かったよ本当に。君を救えたのは僕だけの力じゃない。ラファウスとルーチェがいたからこそなんだ。


    己の命がルーチェ、ラファウスとの協力の上で生命力を削ってまで成功させたテティノの大魔法ウォルト・リザレイによって救われたという事実を振り返ると、レウィシアは今ある自分の命が何たるかを改めて悟り、決意を固めていた。
    「テティノ……あなたがいたからこそ私は救われた。私の為に捧げたあなたの命は、絶対に無駄にしない」
    レウィシアは仲間達の想いを胸に秘めつつも、一度後退して距離を開けては両手で構えを取る。
    「グアアアァァァ!!」
    闇の太陽の化身が雄叫びを上げながらも剣を手に突撃する。レウィシアは構えを取ったままその場から動かず、目を閉じて精神を集中させる。


    この一撃で決める。今こそ、私の全てを賭けたこの一撃を———!


    闇の太陽の化身の剣がレウィシアに振り下ろされようとした瞬間、レウィシアの目が見開く。そして繰り出される、空を裂く炎の一閃。
    「……ぐああ!!」
    レウィシアの左肩から吹き出す鮮血。ガクリと膝を付き、倒れるレウィシア。
    「ゴアッ……ガアアアァァァ!!」
    おぞましい声で絶叫する闇の太陽の化身。レウィシアの炎の一閃は闇の太陽の化身の胴体を引き裂いていた。そして傷口は腰から上半身に至る程大きく広がっていく。
    「グアアアアアァァァアアア!!」
    大きく裂けた闇の太陽の化身の身体が紅蓮の炎に包まれ、下半身から砂のように崩れ始める。炎が広がっていく中、闇の太陽の化身の身体は全て崩れていき、炎の中で灰と化した。炎は輝くように燃え上がり、次々と光の熱線が発生する。
    「……勝った」
    立ち上がっていたレウィシアは、左肩から血を流しながらも燃え続ける炎を放心状態で見つめていた。


    あははっ、何よ。まだ火種があったじゃないの。ま、それくらいの勢いがあればまだまだやれるって事ね。せいぜい血ヘドを吐きながら頑張りなさいよ。あなたの言う太陽と仲間の心ってやつで。


    何処からともなく聴こえてくるその声は、心闇の化身の声であった。
    「……心闇の化身。今回はあなたにも助けられたみたいね」
    レウィシアは結果的に死に掛けていた意識を奮い立たせるきっかけを与えた心闇の化身に感謝の意を述べる。
    「見事だ。太陽の子よ……」
    声と共に、アポロイアが姿を現す。
    「己の太陽に潜む闇———闇の太陽は、己の太陽の中に存在する邪悪の根源となるもの。そなたは戦いを経て闇の太陽を正しき心が生みし炎の力で浄化させ、光へと導いた」
    次の瞬間、闇の太陽の化身だった者の姿が現れる。驚くレウィシアだが、その姿は徐々に太陽のように光輝く炎の戦士の姿へと変化していく。
    「レウィシアよ。今こそ化身の手に触れよ。全ての闇が浄化された太陽の欠片と一つになる時が、真の太陽の目覚めとなる———」
    アポロイアの言葉に従うままに、レウィシアはそっと化身の手に触れる。
    「うっ……おおおおおおおお!!」
    レウィシアは全身が燃えるような感覚に襲われる。体内のエネルギーが激しく活性化していき、同時に力が湧き上がるのを感じた。魔魂としてレウィシアの中にいるソルもその力に共鳴するかのように力を滾らせていた。光輝く太陽の化身はレウィシアの中に入り込んでいくと、炎のような靄に包まれた世界は一瞬で光溢れる空間へと変わり、レウィシアの姿も太陽のように輝いていた。


    レウィシア・カーネイリスよ。お前は今、真の太陽を目覚めさせた。今お前に備わる力は、全ての邪悪なる闇を消し去り、光と希望を与える太陽そのもの。そして魔魂となった我が力は、お前の太陽を制御する力でもあるのだ。

    お前の力の根源は、真の太陽だけではない。お前を想う仲間の心が、お前に力を与えている。真の太陽、仲間の心、そして我と共に、今こそ全ての邪悪なる敵と立ち向かえ———!


    炎の魔魂の主となる英雄ブレンネンの声を聴くと、レウィシアの姿に変化が起きる。血に塗れたドレスはアーマー状の衣装に変化し、太陽の形をした紋章が埋め込まれている盾と黄金の輝きを放つ宝玉が埋め込まれた剣が与えられる。真の太陽に目覚めた者に与えられる戦神の武具であった。
    「真の太陽に目覚めた今、そなたは炎を極めし者ともいう。我の力が込められた武具を受け取るがいい」
    戦神の武具を装備したレウィシアは見違える程のオーラを放っていた。
    「凄い……今までにない力を感じるわ。アポロイア、あなたに感謝します。今目覚めさせた真の太陽で、必ずこの世界を救ってみせます」
    決意を新たにすると、レウィシアの姿が光に包まれる。


    我が魂を受け継ぎし太陽の子、レウィシア・カーネイリスよ。世界の希望となり、そして世界の太陽となるのだ。

    そなたに太陽の加護があらん事を———。



    太陽の聖地となる火山の中に存在する巨大な石碑が設けられた部屋の中———ルーチェ、ラファウス、テティノは意識を失ったレウィシアを心配しながら見守っていた。ルーチェは回復魔法を掛け続けるものの、レウィシアは目覚める様子がない。
    「レウィシア……くそ、一体何がどうなってるんだよ!」
    テティノはレウィシアの胸元に耳を傾ける。心臓は動いており、呼吸はしているものの、死んだように眠っている状態であった。
    「やはりあの石碑に何かが……」
    ラファウスはレウィシアが倒れた原因は石碑に関係があると考えており、テティノもそれに同意していた。
    「それにしても、あの石碑には何が書かれているんだ?見た事ない文字だし、読めないと意味がないか」
    テティノが呟いた瞬間、レウィシアの身体が突然光に包まれる。
    「な、何だ!?」
    光はどんどん眩く輝き始め、周囲を大きく照らしていく。
    「レウィシア!」
    全員が視界を奪われている中、レウィシアの姿が戦神の武具を装備した姿へと変化していく。やがて光が収まり、全員の視界が戻り始めると、目を覚ましたレウィシアが立っていた。
    「……帰って来れたみたいね」
    元の世界に復帰したレウィシアはふと身なりを確認する。漲る力と共に自分の装備がアポロイアから与えられた武具に変化している事に不思議な感覚を覚えていた。
    「レウィシア!気が付いたのか!?」
    テティノはレウィシアの姿を見た瞬間、驚きの表情を浮かべる。ルーチェとラファウスもレウィシアの衣装の変化に驚きを隠せなかった。
    「レウィシア……その姿は一体?」
    「あ、これはね。話せば長くなるけど」
    レウィシアは気を失ってからの出来事———別世界でアポロイアによって召喚された自身の太陽の負の部分であり、邪悪な力の根源となる存在との死闘に打ち勝った事、そして真の太陽に目覚めさせる事が出来たという事を全て話した。
    「何だかさっぱりわからないけど、とりあえず目的は果たしたという事なのか?」
    「そういう事ね。まるで生まれ変わったみたいに物凄い力が湧き上がる感覚だわ」
    レウィシアは与えられた戦神アポロイアの剣をジッと眺めていると、突然地鳴りが起きる。火山全体を揺るがす程の大きな地鳴りであった。
    「これは!?」
    「この地鳴り……火山の噴火の前触れかもしれません。皆さん、早く逃げましょう」
    「何だって!?」
    この場にいるのは危険だと察したレウィシア達は即座に火山から脱出しようと足を急がせる。地鳴りが続く中、溶岩が激しく巻き起こり、次々と岩が崩れ始めた。
    「全く、何でこんな事になるんだ!アポロイアは人の迷惑を考えろよ!」
    「無駄口を叩かないで今は足を急がせなさい!」
    声を荒げるテティノを叱りつけながら走るラファウス。その傍らで、レウィシアはルーチェをそっと抱き上げる。
    「あ、ありがとうお姉ちゃん……」
    「いい?抱っこしながら走るからしっかり掴まってるのよ」
    レウィシアはルーチェを抱き上げながら全力疾走で出口へ向かっていた。溶岩の波に追われ、崩れる岩石に苦しめられながらも一行は足を止めず、ようやく入り口まで辿り着く。
    「遅いぞ。今すぐ乗れ。噴火まで時間がない」
    火山から出ると、空飛ぶ絨毯に乗ったヘリオがやって来る。
    「そ、それは空飛ぶ絨毯?」
    「いいから早くしろ」
    レウィシアはルーチェを抱いたまま絨毯に飛び乗る。絨毯は八人程度は乗れる程の大きさであった。テティノとラファウスが乗り込むと、絨毯は空中を飛んでいく。火山は轟音と共に噴火し、火口からは火山岩と合わせて膨大な量の溶岩が流れていた。
    集う戦士太陽の聖地となる火山の噴火———それは太陽に選ばれし者が地上を全ての闇から救う為に戦神の試練を乗り越え、真の太陽を目覚めさせた事によって起きるものであった。激しい噴火を起こし、流れ出る溶岩はやがて聖地を守護するサン族の集落に向かって行く。だが、集落にいるサン族の人々はその場から逃げようとしない。サン族は太陽に選ばれし者が訪れるまで聖地を守る使命を受けた民族であり、真の太陽を目覚めさせた選ばれし者が現れた今、その使命を終えたが故に溶岩に飲み込まれていく集落と運命を共にする事を選んだのだ。そして犠牲となった者達の魂は、唯一の戦士となる同族に受け継がれていく。太陽に選ばれし者達の力になる為に。
    「どうやら上手くいったようじゃな。アポロイアの魂を受け継ぐ太陽に選ばれし者よ……世界を頼んだぞ。そしてヘリオよ。あの子達の力になっておくれ……」
    溶岩が迫り来る中、タヨと数人の老人はアポロイアの像を前に祈りを捧げていた。


    噴火が止まらない火山。流れ出る溶岩は集落を飲み込み、そして島全体に広がっていた。
    「そんな……集落が……」
    ヘリオの空飛ぶ絨毯に乗っていたレウィシア達は、集落の様子を見て愕然とする。
    「我々はこうなる運命であった。太陽に選ばれし者、つまりお前が訪れるまでの間は聖地を守護するのが我らサン族の役目であった。そしてお前が戦神の神器を手に入れ、真の太陽を目覚めさせた今、その役目を終えたのだ」
    「役目を終えた?じゃあタヨ様は……集落の人達は……」
    「勘違いするな。母上達が犠牲になる事は宿命であった。そして私は母上達の魂を受け継ぎ、お前達を導く使命がある。サン族唯一の戦士としてな」
    ヘリオは天を仰ぎ、両手を掲げ始める。すると、幾つもの魂がヘリオの元へ集まっていく。
    「魂が……」
    ルーチェにはヘリオの元へやって来た魂が見えていた。魂は次々とヘリオの中に入り込んでいった。
    「ヘリオ、今のは?」
    「母上と数少ない同族達の魂と一つになった。母上達が集落と運命を共にする事を選んだのは、私に全てを託す為でもあったのだ。お前達世界を守る者の力になる為にな」
    レウィシアは複雑な想いを抱えながらも、溶岩に飲み込まれた集落の様子を凝視していた。
    「お前の出身地……クレマローズと言ったな。そこへ向かうぞ」
    ヘリオの一言で、レウィシア達を乗せた空飛ぶ絨毯は太陽の聖地が存在する島を後にする。火山の噴火はまだ収まらなかった。


    聖地を守る集落の人々は、最初からこうなる運命だと解っていたというの?ヘリオが私達の力になる為に、犠牲になる事を選んで……。

    ……だけど、もう迷わない。私の中の真の太陽が目覚め、戦神の神器となる武具が此処にある。そして仲間達の心だってある。
    どんな事があっても、私は戦う。全てを託して犠牲になる事を選んだ人々の為にも。例えこの先何があっても、絶対に負けない。太陽に選ばれし者として。


    一方、ヴェルラウドは王国から少し離れた場所に広がる平原でオディアンと実戦による特訓に挑んでいた。
    「へ、兵士長!あれは……」
    「うむむ、何という凄まじい気迫だ。彼らならば間違いなく姫様の心強い味方になるであろうな」
    ヴェルラウドとオディアンが激しく剣を交える姿を陰で見ていたトリアスと取り巻きの兵士達は、両者の気迫にひたすら息を呑むばかりであった。
    「うおおおお!!」
    赤い雷を纏ったヴェルラウドの剣が振り下ろされると、オディアンは自身の大剣で受け止める。
    「ぬうっ、くっ……!」
    剣を伝って全身に襲い掛かる電撃に耐えるオディアン。両者が同時に後退し、突撃しては再び剣を交える。凄まじい金属音を轟かせながらも幾度となく剣がぶつかると、ヴェルラウドが渾身の一閃を繰り出す。同時にオディアンも全身全霊を込めた一撃を繰り出していた。
    「ぐおあ!!」
    「ごああ!!」
    鮮血が迸ると、両者がガクリと膝を付く。手傷を負った両者は傷口を抑えながらも立ち上がる。勝負は引き分けであった。
    「……やはり、あなたとの勝負が一番手応えあるな。オディアン」
    ヴェルラウドがそう呟いた。
    「そう言って頂けると光栄だ、ヴェルラウドよ。やはりお前との戦いはやりがいがある」
    オディアンは満足そうに一息つく。
    「まさか手傷を負う程の特訓にまで発展するとは驚いたぞ」
    特訓を見守っていたリランがスフレと共にやって来る。リランの回復魔法によって二人の傷は一瞬で回復した。
    「さーて、お次はこのスフレちゃんによる地獄の特訓ね!」
    スフレは張り切った様子でヴェルラウドに近付いていく。
    「お前、随分やる気満々だな」
    「当然よ!このあたしが巨悪に挑む騎士様を鍛えてやるんだから本気でいかなきゃね!」
    ヴェルラウドは額の汗を拭いながらも準備を始める。スフレは少し距離を開けて魔力を集中した。それぞれ準備が完了すると、両者が真剣な表情で見つめ合う。
    「行くわよ、ヴェルラウド。あたしの魔法で死ぬなんて事にならないでよね!」
    「ああ。いつでも来な」
    スフレは気合を込めて息を吐き出すと、黄金に輝く魔力のオーラを身に包む。両手を掲げた瞬間、巨大な炎の玉が浮かび上がる。灼熱の大火球を放つ炎魔法クリムゾン・フレアであった。
    「なんと!?スフレよ、一体何をやろうとしているのだ?」
    驚くリランだが、オディアンは動じずに冷静に見守っていた。ヴェルラウドはスフレの魔法による炎の玉を凝視しながらも、剣を両手で構える。
    「クリムゾン・フレア!」
    巨大な炎の玉がヴェルラウドに向けて放たれる。ヴェルラウドは剣に力を込め、炎の玉を抑え込もうとする。最強クラスの炎魔法であるクリムゾン・フレアの炎を自身の力で抑え込み、退けるというヴェルラウドの提案による特訓であった。
    「おおおおおおおおっ!」
    炎の勢いに押されながらも、全力で剣を握るヴェルラウド。激しい炎によって次第に全身が焼かれていく感覚に襲われ始める。
    「ヴェルラウド、頑張りなさい!この特訓はあんたが提案したんだからね!」
    スフレが叱咤する。
    「ぐああああああ!!」
    炎に焼かれたヴェルラウドが絶叫の声を上げる。
    「おいスフレ、大丈夫なのか!?」
    リランが心配そうにスフレの元へ駆け寄る。だが、スフレはオディアンと共に無言で見守るばかりであった。
    「……ぐおおおおおおおおああああああ!」
    巻き起こる炎の中、ヴェルラウドは赤雷の力を全身に纏い、自身の武器である神雷の剣に想いを込めた。


    何があっても、俺は乗り越えてみせる。どんな試練であろうと、どんな運命であろうとな———。


    「があああああああああ!!」
    ヴェルラウドの想いに応えるかのように、神雷の剣から赤い光の柱が立つ。やがて巨大な炎は激しく渦巻きながらも徐々に天に昇って行った。
    「……は、ぁっ……はぁ……」
    身体に僅かな炎を残しながらも、ヴェルラウドは剣を地面に突き立ててはガクリとバランスを崩し、膝を付く。
    「ヴェルラウド!」
    スフレ達が駆け寄る。
    「ヴェルラウド、大丈夫なの!?」
    剣で支えながらも膝を付いて項垂れるヴェルラウドに声を掛けるスフレ。リランは即座に回復魔法を掛ける。
    「……ああ。想像以上に歯応えがあったぜ」
    回復魔法で全快したヴェルラウドが立ち上がる。
    「もう、びっくりさせないでよね!正直あたしだって最初は躊躇したんだし、でかいクチ叩いておいてくたばったら笑えないわよ」
    顔を寄せながらスフレが言うと、ヴェルラウドは顔を逸らさずに感謝の意を込めて微笑みかける。
    「それにしても、随分と無茶な特訓に挑んだものだな。もし俺ならば一溜りもないかもしれぬ」
    オディアンの言葉にリランも同調した様子で頷く。
    「これくらいの特訓をやらないと乗り越えられないものがあってもおかしくないと思うんだ。敵は闇王だけじゃない。奴の背後に潜む巨悪もいるからな」
    ヴェルラウドがそう返答すると、神雷の剣の刀身をジッと見つめる。
    「一先ず戻るとするか。身体を休めるのも大事な事だ」
    特訓を終えたヴェルラウド達はクレマローズに戻り、レウィシア一行が帰還するまで休憩する事になった。


    闇王の城に戻ったゲウドは、恐る恐る闇王のいる部屋を訪れる。力の暴走で激しい苦しみに襲われ、呼吸と同時に口から黒い瘴気を吐きながら蹲る闇王の姿があった。
    「闇王様……お望みの魂をお持ち致しましたぞ」
    ゲウドが水晶玉を取り出すと、無数の魂が次々と出現する。魂の数は軽く四桁を越える程であった。
    「……魂……を……よこせえええええ!!」
    魂の存在に気付いた闇王が凄まじい形相を向ける。その迫力に怯み、その場から逃げ出すゲウド。闇王は無数の魂を次々と自身の身体に吸収していくと、全身が漆黒のオーラに包まれ始める。
    「……ハァッ……ハァッ……ハァッ……我は……我は死なぬ……絶対にな……」
    吸収した無数の魂によって暴走する力を抑えられた闇王は魔力を解放すると、周囲に凄まじい波動が発生する。その衝撃で巨大な闇の光が天井を貫いた。
    「クヒヒ……闇王様は何とか力の暴走を抑えられたようじゃのう。ヒッヒッ、面白くなってきたわい」
    空中浮遊マシンで闇王の様子を遠い位置で眺めながら、ゲウドは不気味な笑みを浮かべていた。


    太陽の聖地を後にしてから半日後、レウィシア一行を乗せた空飛ぶ絨毯はクレマローズに辿り着いた。
    「ありがとうヘリオ。助かったわ」
    レウィシアが礼を言うと、ヘリオは無愛想に返すだけであった。
    「やれやれ。全く落ち着きのない空の旅だったよ」
    絨毯から降りたテティノが呟く。
    「これしきの事で不満を漏らすとは不合理な輩だ。命拾いしただけ有難く思え」
    「何だと!いちいち偉そうに!」
    ヘリオの高圧的な一言にテティノは思わず頭に血を登らせる。
    「おやめなさい、テティノ」
    ラファウスが宥めようとするが、テティノはヘリオに対する嫌悪感を露にしていた。ヘリオはそんなテティノを見下すように鼻を鳴らし、絨毯を畳み始める。
    「はぁ、半ば嫌な予感がしてたけどやっぱりあいつも僕達に付いてくるのか?」
    テティノが小声でレウィシアに言う。
    「仕方ないわよ。彼女は私達を導く使命を与えられたんだから。何とか仲良く出来ないの?」
    「それは無理な話だね。大体、僕はああいう感じの悪い女とは相容れないんだ」
    レウィシアは苦笑いする。
    「ぼくもあの人は苦手だな……何だか怖いから」
    ルーチェがレウィシアの手を握りながら答える。
    「だろ?何でこんな事になったんだろうな」
    ヘリオに対して否定的な様子のテティノとルーチェにレウィシアはやれやれと思いつつも、身体を軽く解し始める。
    「いつまで雑談をしている。行くぞ」
    畳んだ絨毯を背負うヘリオが先立って進む。
    「クッ、何であいつが先に進んでるんだよ」
    テティノは苛立ちながらもレウィシア、ルーチェ、ラファウスと共にヘリオの後に続く形で歩き始めた。暫く経つと、レウィシア達はクレマローズに辿り着く。
    「こ、これは!?」
    ゲウド率いる襲撃部隊によって荒れ果てた街の様子に愕然とするレウィシア達。
    「私達がいない間に一体何があったというの……」
    不安を感じたレウィシアは周囲を確認する。
    「僅かな邪気の臭いを感じる。どうやらこの場所に邪悪なる者が現れたようだ」
    ヘリオの一言に愕然とするレウィシア。
    「お母様!城のみんなは!?」
    レウィシア達は足を急がせ、城へ向かう。
    「姫様!お戻りになられましたか」
    城門前でレウィシア達を迎えたのはトリアスであった。
    「トリアス!みんなは大丈夫!?」
    「ハッ!姫様がお戻りになられる前にまたも邪悪なる者達が現れましたが、心強い助っ人によって何とか退けました」
    「助っ人?」
    トリアスはクレマローズで起きていた出来事———王国を襲撃した敵を退けたのはヴェルラウドとその仲間達である事を全て話した。
    「ヴェルラウドって、まさかあのヴェルラウド……?」
    トリアスからヴェルラウドの名前を聞いた瞬間、レウィシアは思わずサレスティルでの出来事を振り返る。かつて女王に成り済ます形でサレスティルを支配していた影の女王を撃退した事や、本物の女王を救う為に王国を後にしたヴェルラウドの事を。
    「トリアス、後は頼むわ。お母様に報告しなきゃ」
    「ハハッ!」
    レウィシア達はアレアスがいる謁見の間へ向かった。謁見の間の玉座に佇むアレアスはレウィシア達の帰還を快く迎える。
    「上手くいったのね、レウィシア。その姿……太陽の力を感じるわ。それが戦神の神器なのね」
    アレアスは戦神の神器とされている武具を装備したレウィシアから大いなる太陽の力を感じていた。
    「ところでお母様。私達がいない間に敵の襲撃があったそうですが、その時に……」
    「ええ。彼らなら今からお呼びするところよ」
    思わず背後を振り返るレウィシア。すると、兵士達が何人か謁見の間にやって来る。兵士達の後に続いて現れたのはヴェルラウド、スフレ、オディアン、リランであった。
    「ヴェルラウド!」
    ヴェルラウドは胸に手を当て、軽く頭を下げる。
    「久しぶりだなレウィシア。あの時と随分変わったものだな」
    続いてオディアンが胸に手を当てては頭を下げる。
    「貴女がクレマローズのレウィシア王女……何とお美しい」
    そんな二人の騎士の挨拶にそこまで畏まらなくてもと思いつつも、ヴェルラウドとの再会に喜びの表情を浮かべるレウィシア。スフレはお辞儀による挨拶をするものの、複雑な想いのままレウィシアの姿を凝視していた。
    「積もる話は後にして、まずはお母様に話を聞きましょう」
    謁見の間にてレウィシア一行、ヴェルラウド一行が集った時、アレアスが再び口を開く。
    「あなた方が挑むべき敵は我が夫……クレマローズ国王ガウラを浚った悪しき道化師の男。そしてレウィシアの同士ヴェルラウドの敵であり、先程クレマローズを襲撃した邪悪なる者を束ねる存在とされる闇王。ヴェルラウドよ、闇王と道化師の男は繋がりがあると間違いないのですね?」
    「ええ、あの道化師の男は闇王を蘇らせた張本人との事です。我々にとっても討つべき存在である事は確実です」
    アレアスは闇王の存在や、ケセルと闇王の繋がりをヴェルラウドとリランから聞かされていたのだ。
    「闇王……一体何者なの?」
    闇王の存在を初めて聞くレウィシアに、ヴェルラウドが改めて説明する。
    「何にせよ、その闇王とかいう奴も倒さなくてはならないという事だな。もしかしたらケセルの事で何か知ってるかもしれないし」
    テティノの一言にレウィシアが頷く。
    「これから挑むべき戦いは今まで以上に厳しく辛いものとなるでしょう。ですが、太陽の神はいつでも心正しき者の味方である事を忘れてはなりません。我が娘レウィシア……そして同士となる者達。あなた方の心に太陽の加護があらん事を」
    アレアスの言葉を胸に秘め、謁見の間を後にする一行。
    「闇王か……ケセルと繋がりがあるとならばまずは闇王の元へ行く方が良さそうね」
    レウィシアが呟く。
    「私の予知だと、君達は蘇りし巨大なる闇に挑む使命を背負った者とされている。ヴェルラウドと共に闇王と諸悪の根源たる者に挑むのも運命なのだ」
    そう言ったのはリランであった。
    「あなたは?」
    「私はリラン。君達の同士となる者だと思ってくれて良い」
    リランは軽く自己紹介すると、遠い位置で退屈そうにしているヘリオの事が気になり始めていた。
    「レウィシア。いきなり勝手な事を言うようで悪いが、まずは俺達の敵となる闇王を倒す事に協力して欲しい。あんた達の力も必要らしいんでな」
    ヴェルラウドが頼み込むように言うと、レウィシアは快く承諾する。
    「勿論よ。私も丁度闇王のところへ行くべきかと考えていたところだから。あなた達も共に戦ってくれると心強いわ。改めて宜しくね、ヴェルラウド」
    笑顔でヴェルラウドに手を差し伸べるレウィシア。
    「ちょっと待ったぁ!」
    ヴェルラウドがレウィシアの手を取ろうとした瞬間、スフレが割り込んで来る。
    「何なんだお前は。割り込んで来るなよ」
    「うるさいわね!何カッコ付けていいムードになってるのよ!」
    至近距離で怒鳴り込むスフレにヴェルラウドはやれやれと言わんばかりの表情になる。突然の出来事にレウィシアは訳が解らないままであった。
    「あの、あなたは?何か悪い事しちゃったかしら?」
    そっとスフレに声を掛けるレウィシア。
    「あなたが噂のレウィシア王女ね?あたしはスフレ・モルブレッド。このヴェルラウドとは旧知の仲であって、ヴェルラウドを守る使命を受けた賢者様よ!覚えておいてよね!」
    レウィシアに対して思いっきり顔を近付けながらも、半ば対抗心剥き出しの振る舞いを見せるスフレにレウィシアは戸惑い気味であった。
    「おい、旧知の仲って何だ。お前と知り合ったのはつい最近なんだが」
    「細かい事は気にしない!とにかく!もしヴェルラウドに妙な真似をしたら、仲間としてタダじゃおかないわよ!?彼は色々壮絶な運命を辿っているんだからね!」
    スフレが迫るように言い続ける。
    「何があったのか解らないけど、あなたの言う事はしっかり気に留めておくと約束するわ。宜しくね。スフレ」
    レウィシアは下手な事しない方が良さそうだなと思いながらも笑顔で手を差し伸べる。スフレは半ば乗り気ではなさそうにその手を取る。
    (うっ、なんて柔らかくて暖かい手なの……しかも凄く綺麗だし、オマケに近くにいると凄くいい匂いがするし、これがお姫様って事!?)
    スフレはレウィシアの手を握ると、レウィシアの手の柔らかい感触と温もり、そして至近距離から感じる優しい香りに何とも言えない気分になっていた。
    「何というか、変な勘違いされてないか?あのスフレとかいう女の子に」
    テティノがラファウスに耳打ちするように言う。
    「気にしない方がいいでしょう。余計な事で面倒ごとにならなければいいのですがね……」
    冷静に返すラファウス。
    「私はオディアルダ・レド・ロ・ディルダーラ。スフレと共にヴェルラウドをお守りするブレドルドの騎士です。レウィシア王女様、私の事はオディアンと呼んで下さい」
    レウィシアを前に騎士としての礼儀を心掛け、自己紹介をするオディアン。レウィシアが快く応対している中、スフレがヴェルラウドを小突き始める。
    「今度は何だよ。いい加減鬱陶しいぞ」
    「鬱陶しいって何よ!あんた、本当にあのレウィシア王女と只ならぬ関係ってわけじゃないのよね?」
    ヴェルラウドはいちいちめんどくせぇなと心の中で呟きながら溜息を付く。
    「何でもねぇって言ってんだろ。俺はお前が言うような特別な関係が苦手なんだよ」
    ぶっきらぼうに振る舞うヴェルラウドに、スフレは腑に落ちない様子でレウィシアの姿を見る。
    (……何でもないんだったらいいけど、間違ってもヴェルラウドに手出しはさせないわよ。絶対に!)
    スフレは内心レウィシアに対抗心を燃やしつつも、気晴らしに背伸びを始めた。
    「フン、全く平和な奴らだ。これから巨大なる闇に挑むというのにな」
    密かに遠い位置で成り行きを見守るヘリオの前にリランがやって来る。
    「何だ、何か用か?」
    「一つお尋ねしたい。君も同士ではないか?私と同じ匂いがするものでな」
    「何だと?どういう意味だ?」
    リランは話した。自身が神の遺産を守る民族の子孫の一人であり、ヘリオもその一人であってつまりリランとは同士となる存在である事を。
    「ほう……それは奇遇だな。まさか私と同じ使命を受けた民族の者と会う事になろうとは」
    「うむ。正確に言うと君を含めて三人目になる。あそこにいるスフレという者も同士だからな」
    ヘリオは背伸びして身体を解しているスフレの姿をジッと見る。
    「……フッ。如何に同士といえど、足手纏いにならなければいいがな」
    そう呟き、ヘリオは城の窓からの景色を眺める。薄暗い空は雨雲に覆われており、僅かに雨が降り始めていた。



    何処とも知れない地下深くの空洞の中———そこには一人の男が佇んでいた。そこは鍛冶の設備が整う工房であった。工房に佇む男は、かつてゲウドからアクリム王国を震撼させた魔物クラドリオの討伐依頼を受けた忍の暗殺者ロドル・アテンタートであった。
    「……貴様、誰だ?」
    突然、気配を感じたロドルが呟く。工房内に何者かが潜入したのだ。
    「ほほう、気配で察するとは流石だな」
    声と共に姿を現したのはケセルであった。
    「フン……暗殺を営む者には当然の事だ。凄まじい邪気を持つ輩であらば尚更な」
    ロドルの返答にケセルは動じる事なく、ひたすら不敵な笑いを浮かべていた。
    「クックックッ、流石は『死を呼ぶ影の男』と呼ばれるだけの事はある。噂には聞いていたが、貴様も想像以上に面白そうだな」
    死を呼ぶ影の男とはならず者の間で広まっているロドルの異名であり、ロドルの存在は密かにゲウドから聞かされていたのだ。
    「……何の用だ。依頼者か?」
    「依頼か……期待外れで悪いが、違う用件だよ。生憎オレは貴様の手を借りる程困るような事がないものでね。以前、我が腹心のゲウドがお世話になったとの事でな。強いて言うならご挨拶がてら、ちょっとしたお喋りに来たといったところだな」
    静かに足音を立てながらも不気味な表情を浮かべ、ロドルの元へ歩み寄るケセル。その大胆不敵な振る舞いにロドルは何とも言えない嫌悪感を覚え始める。
    「……下らん。消えろ。貴様はどうも虫が好かん」
    「クックックッ、貴様もこのオレがどういった存在なのか、ある程度は肌で感じているのではないか?」
    ケセルがそっと顔を寄せる。
    「人は如何に強がっていても、本能は嘘は付けぬのだからな」
    至近距離で囁くように言い放つケセル。
    「いい事を教えてやろうか。貴様の母親はこのオレの手中にある」
    その一言にロドルは目を見開かせる。
    「貴様……今何と言った?」
    ロドルが背中の刀を瞬時に抜く。
    「貴様の母親はこのオレの手中にあると言ったのだよ。我が計画の素材とする為にな。王国の王女でありながらも鍛冶職人の男と駆け落ちした末に貴様を産んだという愚かな女だったがな」
    眉間に皺を寄せるロドルだが、更にケセルは言葉を続ける。
    「哀れな事よ。貴様の父親は妻を失った悲しみと目指していた武器を生み出せないやるせなさに耐え兼ねて貴様を虐げ、そして奴隷として売り捌いた。己の武器を生み出す為という自分勝手な理由でな」
    言い終わると、ケセルの首元にロドルの刀が突き付けられる。
    「……それ以上喋らなくて良い」
    だが、ケセルはそれでも表情を崩さない。
    「クハハハ、動揺しているのか?言っておくがオレは決してつまらぬ嘘を付く事はしない」
    瞬時にロドルの背後に回り込むケセル。
    「貴様は……それを伝えに来ただけか?」
    刀を手に振り返るロドル。
    「まあ、そんなところだな。世界は間もなく我が主が生み出す真の闇に覆われる。いくら貴様でも我が主は疎か、このオレを倒す事すら出来ぬだろう。試してみるか?」
    不敵な言葉に応えるかのように、ロドルは目にも止まらぬ速さで両手の刀で斬りつけていく。その攻撃は、ケセルの右腕を斬り飛ばしていた。
    「ほーう、やるな。オレの腕を斬り飛ばせる程の腕を持っていたとは」
    次の瞬間、ロドルの両肩から夥しい量の鮮血が迸る。ケセルの攻撃による手傷であった。両肩の傷で思わず膝を折るロドル。
    「まあいい。オレにはこれからやるべき事がある。続きは後のお楽しみとして取っておく事にしよう。それまではもっと楽しませるように力を付けておく事だ。尤も……貴様も何れオレに仇名す連中に与する事になるかもしれぬがな」
    傷口を抑え、睨みを利かせるロドルを前にしたケセルの姿が徐々に薄れ始める。
    「オレの名はケセル。貴様ら人間どもの聞き慣れた言葉で表現するなら『悪魔』と呼ばれる存在だ。我が主となる者の力の源だと言っておこう」
    姿を消す形でケセルがその場から去ると、ロドルは忌々しげに両肩の傷口の止血を始めた。そして自身の武器となる二本の刀の刀身をジッと見つめる。


    どうやら、まだ鍛える必要があるな———。
    持ち前の鍛冶の腕があのクソ親父の血筋によるものだと思うと胸クソ悪いが、俺に相応しい武器はこれ以外に存在しない。

    ガキの頃から蒸発したお袋があのケセルと名乗る薄気味悪い野郎の手中にあるのは真かどうかは定かではないが、奴も俺の敵である事が明確となった。その為にも———。


    橘/たちばな Link Message Mute
    2020/08/16 22:30:40

    EM-エクリプス・モース- 第六章「目覚める真の太陽」

    第六章。レウィシア主人公の章ですが、この章からヴェルラウド一行と共闘する事になります。
    #オリジナル #創作 #ファンタジー ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編 #R15

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