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    EM-エクリプス・モース- 第七章「憎悪と破滅の魂」夜の城で荒廃した都市魔の傀儡正義という罪破滅の王冥神の力闇を司りし者達夜の城で

    ……姉さま……姉さま……


    暗闇の中で呼び掛ける懐かしい声。そしてうっすらと現れる幼い少年の姿。レウィシアの弟ネモアであった。

    ネモア……!?

    謎の病によって突然亡くなった最愛の弟が今此処にいる。レウィシアは思わずその小さな体を抱きしめようとするが、ネモアは突然涙を流し始める。

    姉さま……ぼくはどうして此処にいるの?ぼくは……どうなってしまうの……?

    涙ながらに言うネモアの姿が溶けるように消えていく。

    ……ねえ……さま……

    ネモアの姿が消えた時、レウィシアは深い悲しみに襲われ、その場に頽れる。

    ネモア……ネモア……

    亡くした弟の名を呟きながらも涙を流していると、それを嘲笑うかのように現れる巨大な影。思わず立ち上がり、涙を流したまま鋭い視線を向けるレウィシアだが、巨大な影は不敵な笑い声を上げるばかりだった。


    「ネモア!」
    夢から醒め、思わず飛び起きるレウィシア。気が付くとそこは暗闇に包まれた寝室。そして隣でぐっすりと眠っているルーチェ。今までの出来事は夢である事を悟ったレウィシアはルーチェを起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
    「今の夢は一体……ネモア……」
    夢の内容に何とも言えない不安を覚えたレウィシアは夜風に当たろうと、静かに寝室から出た。真夜中のクレマローズ城は薄暗く静まり返っており、見張りの兵士の中に居眠りしている者もいる。レウィシアが向かった先は、ネモアの墓が立てられた中庭であった。夜間に雨が降っていた故に墓標である石碑は濡れており、レウィシアは供えられた思い出の花冠をそっと手に取る。忘れもしないネモアからの手作りのプレゼントであり、レウィシアはネモアと過ごした日々の出来事を思い出していた。
    「……ネモア。姉様は世界を救う為に頑張るから、どうか見守っていて……」
    レウィシアは黙祷を捧げ、涙を堪えながらもその場を後にする。


    涼しい風が吹く雨上がりの真夜中———ヴェルラウドはただ一人で城のバルコニーに佇んでいた。闇王との戦いを控えている事もあってなかなか寝付けず、気晴らしにバルコニーで夜風に当たっているのだ。
    「俺は、本当に父さんと母さんを越えられたのだろうか……」
    ヴェルラウドは神雷の剣の刀身を凝視しつつも、ジョルディスとエリーゼの姿を思い浮かべる。
    「父さん……母さん……」
    氷鏡の迷宮での試練の終わりに現れた父と母。そして自分に向けた数々の言葉。同時に過去の忌まわしい出来事———クリソベイアの陥落と共に死を迎えた国王とリセリア姫。サレスティルを支配していた影の女王の卑劣な手からヴェルラウド達を救う為に自死を選んだ王女シラリネ。因縁の敵として立ちはだかり、ヴェルラウドの赤い雷によって壮絶な最期を遂げたサレスティル近衛兵長バランガの姿が次々と浮かんで来る。
    「……何故俺と深く関わりのある者は次々と死んでいくんだろうな。だが……」
    ヴェルラウドは両手で剣を握り締める。
    「この剣に込められた力で全てが救えるのなら、俺は何があっても戦う。どんな奴が相手だろうとな」
    剣を掲げながらも、ヴェルラウドは天国にいる父と母、そして大切な人々に想いを馳せながらも決意を固める。その時、背後から扉を開ける音が聞こえる。誰だと思い、振り返るヴェルラウド。現れたのは、レウィシアだった。
    「何だ、レウィシアか」
    「あ、ごめんなさいヴェルラウド。もしかしてお邪魔だった?」
    「いや、大丈夫だ」
    ヴェルラウドは静かに剣を収める。
    「それがあなたの剣?」
    レウィシアはヴェルラウドの神雷の剣に興味を持つ。
    「ああ、古の戦女神の力が備わる神雷の剣と呼ばれるものだ。話せば長くなるが」
    ヴェルラウドは神雷の剣について話す。神雷の剣は並みの人間では扱えない神の剣であり、当初は使う事が出来なかったものの、氷鏡の迷宮にて自分自身の闇と向き合う試練を乗り越えた事で剣を使う資格を得たという経緯に、レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
    「あなたも過酷な試練を乗り越えて来たのね。まさかそれ程の剣が存在していたなんて……」
    ヴェルラウドは複雑な想いを胸に、バルコニーから静まり返った真夜中の街並みを見下ろす。一筋の風によってレウィシアの長い髪が靡くと、良い香りがヴェルラウドの嗅覚をくすぐる。
    「……レウィシア。あなたも眠れないのか?」
    街並みを見下ろしたままヴェルラウドが言う。
    「眠れないというか……弟の夢を見たの。それで目が覚めて」
    「弟?」
    「ええ。ネモアっていうんだけど……」
    レウィシアはネモアについて話す。クレマローズの王子であり、年の離れた最愛の弟であり、幼くして突然の病で亡くした事や、夢の内容についても全て打ち明けた。
    「そうか、そんな事情が……その夢は一体何を意味するんだろうな」
    「解らないわ。夢の中に出てきたネモアはまるで何かを訴えているかのようだった。巨大な影は……」
    夢の中に出てきた巨大な影の正体についてはケセルそのものか、ケセルが生み出した闇の魔物だとレウィシアは推測していた。同時に以前から抱えていた疑惑が有力に変わっていく。やはりネモアの病はケセルが関わっているという可能性が高いと。
    「夢の内容が考えたくもない正夢でなければ良いがな……。目の前で守るべきものを失うのはもう沢山だ。サレスティル女王も恐らく奴の元に……」
    夜空を見上げるヴェルラウド。守るべきものという言葉に、レウィシアは思わずサレスティルでの出来事について振り返ってしまう。そう、シラリネの死であった。
    「……レウィシア。あなたに謝らなくてはならない事があるんだ」
    「え?」
    ヴェルラウドはクレマローズを襲撃した敵の事を話す。ゲウド率いるクレマローズ襲撃部隊の狙いはヴェルラウドであった事や、母国であるクリソベイアが滅びたのも闇王がヴェルラウドを討つ為に魔物を利用して陥落させた事、そして闇王一番の狙いは自身を倒した赤雷の騎士エリーゼの子であるヴェルラウドだという事を全て打ち明ける。
    「なんて事……闇王はあなたを狙う為にそんな事まで……」
    レウィシアは言葉を失う思いで衝撃を受けていた。
    「俺は闇王を討つ為にこの神雷の剣を使える資格を得た。神雷の剣がないと闇王の元へ辿り着けないと聞かされたからな。これ以上、俺のせいで犠牲を生まない為にも……」
    ヴェルラウドはレウィシアの方に視線を移す。
    「……レウィシア、本当にすまない。俺のせいであなたの国までもが……」
    頭を下げて詫びるヴェルラウド。
    「何故詫びる必要があるの?あなたを責める理由なんて何処にも無いわ。それに、私が戻って来るまでの間にクレマローズを敵の手から守ってくれたのもあなた達なんでしょう?」
    レウィシアはヴェルラウドの近くまで歩み寄る。
    「私はいつでもあなたの力になる。今あなたは私の力を必要としているのでしょう?あの時、何もしてやれなかったから……」
    ヴェルラウドの前で穏やかな微笑みを浮かべるレウィシア。その表情はどこか切なげであった。
    「あの時って……シラリネの事か?」
    レウィシアは俯き加減になる。
    「私にはあなたの悲しみがよくわかるから。大切な人を失った悲しみが……」
    レウィシアの目から僅かに涙が零れ落ちる。かつてシラリネの死によって悲しみに暮れるヴェルラウドの姿を見た時、ネモアの死を目の当たりにしていた時の自分の姿と重ねてしまい、大切な人を救えなかった無力感に打ち震えると共に心の底では何か力になりたいと考えていたのだ。
    「待てよ、それはあなたが気にする事では……」
    「いいのよ。もっと私を頼っても。これからは共に戦う仲間だから。戦いましょう、私達と」
    目を潤ませつつ、切なくも優しい笑顔を向けながら手を差し伸べるレウィシア。ヴェルラウドはそんなレウィシアを見ていると、思わずシラリネの姿が浮かび上がる。
    「……俺は人を守る騎士として戦う身だ。あなたがどれだけの力を持っているのか知らないが、もしあなたを守るべき時が来れば、命を掛けてでも俺が守る。騎士たる者は人を守るという使命があるからな」
    「ヴェルラウド……」
    「……こんな俺の為に、ありがとう。レウィシア」
    ヴェルラウドはそっとレウィシアの手を握る。柔らかくも不思議な暖かさを感じる手の温もりに、ヴェルラウドは何とも言えない気持ちになっていた。自分の手を握るヴェルラウドと見つめ合っているうちに、レウィシアは不意に胸の中が熱くなるのを感じる。お互いの手が離れると、ヴェルラウドは表情を綻ばせ、レウィシアも笑顔で応えた。


    レウィシア……何というか、太陽のような慈しみ深い心を持つ王女だ。優しさだけではなく、瞳の中に底知れない強さを感じる。

    もしかすると、あの時からレウィシアと共に邪悪なる存在と戦う運命だったのかもしれない。

    闇王や、その背後に存在する敵に挑むにはレウィシアの力を必要としている。だが、彼女にとっても赤雷の騎士として選ばれた俺の力も必要になる時が来るかもしれない。

    もし彼女が俺を必要とする時があるとしたら……。


    真夜中のバルコニーでそれぞれの想いを馳せながらも闇王やケセルに戦いを挑む決意を固めるレウィシアとヴェルラウド。その様子を陰でこっそりと眺めている者がいる。スフレであった。
    「な……何なのよあれ。あいつ、何様なのよ!闇王との決戦前夜だっていうのに、あたしがいないところでこっそりと二人きりで!レウィシア……よくも……!」
    レウィシアに敵意を露にするスフレ。レウィシアがヴェルラウドに手を差し伸べ、握手を交わしているところもしっかりと目撃していたのだ。
    「許さない……クレマローズの王女様だか何だか知らないけど、ヴェルラウドに手を出すなんて絶対に許さないんだから!」
    スフレは怒り心頭のままその場を去る。


    バルコニーに突風が吹き付けた瞬間、ヴェルラウドは不意に背後を振り返る。
    「どうしたの?」
    レウィシアも思わず背後を振り返るが、背後には開かれた出入り口があるだけだった。ヴェルラウドは出入り口の方をジッと見つめている。
    「何かあったの?」
    「……何でもない。まさかと思ってつい」
    「え?何の事?」
    「いや……どこぞの騒がしい女かと思ってな」
    騒がしい女、という言葉にレウィシアの頭に浮かんできたのはスフレであった。
    「あのスフレっていう子?」
    「ああ……もしあいつがこの場に来たら色々面倒な事になりそうだからな」
    レウィシアはいきなりスフレに眼前で迫られた事を思い出してしまう。あの子ってもしかしてヴェルラウドの事を、と思いつつも出入り口を見ていた。
    「あの子もあなたの仲間なのよね?」
    レウィシアの問いに対してヴェルラウドが頷く。
    「あなたと仲良く出来ればいいんだが……あいつにも助けられた事だってあったからな。そこは素直に感謝しているから」
    「そう……私だって仲良くしたいところね」
    ふとスフレの事を考えると、レウィシアはどこか不安な気持ちになっていた。
    「私はそろそろ戻るわ。明日に備えて寝なきゃ」
    「ああ。俺ももう少ししたら床に就くところだ」
    レウィシアはその場から去り、寝室へ戻って行った。ヴェルラウドは軽く息を吐くと、再び夜空を見上げる。
    「……バランガ。せめて供養しておこうと思ったが」
    ヴェルラウドはふとバランガの事を考える。敵対した相手とはいえ、元は自分が来る前は長年シラリネを守り続けていたサレスティルの近衛兵長という事もあり、自らの手で止めを刺した事に後ろめたさを感じていたのだ。
    「それにしてもサレスティルは……」
    失踪事件が起きているというサレスティルの現状を気にしつつも、ヴェルラウドは再び街並みを見下ろした。

    レウィシアが寝室に戻った時、いつの間にか起きていたルーチェが待っていた。
    「あらルーチェ。あなたも目が覚めたの?」
    「うん……。お姉ちゃん、さっきまでどこ行ってたの?」
    「ちょっと風に当たってたの。ごめんね、黙って抜け出しちゃって」
    再び床に就こうとするレウィシアにルーチェが抱きつき始める。思いっきりレウィシアに甘えるように、胸に顔を埋めている様子であった。
    「ルーチェ、どうしたの?」
    「……お姉ちゃん。ぼくの傍を離れないで。何だか……お姉ちゃんがいないと眠れないんだ」
    不安そうにルーチェが言うと、レウィシアは優しい微笑みを浮かべつつもルーチェを抱きしめる。
    「大丈夫よ、ルーチェ。あなただけはずっとお姉ちゃんが守ってあげるわ。何があっても」
    ルーチェの頭を撫でながらも、レウィシアはベッドの中に入る。心地良い温もりと優しい香りに満ちたベッドでルーチェを抱きしめたまま、レウィシアは再び眠りに就いた。


    翌日、アレアスに出発の挨拶を済ませたレウィシアは仲間達の元へ向かう。だが、仲間達の面々の中にスフレの姿がない。
    「おい、あのスフレという子はまだ来ないのか?」
    テティノが言った途端、スフレがやって来る。
    「遅いぞ。何やってたんだ」
    そう言ったのはヴェルラウドであった。
    「うるっさいわね!ちょっと念じていたのよ!」
    スフレは不機嫌そうに返答すると、軽くレウィシアを睨み付ける。その視線からは嫉妬心から来る敵意が感じられ、視線を感じ取ったレウィシアは思わず戸惑う。
    「あの子、やけにピリピリしてるな」
    不機嫌に振る舞うスフレの事が妙に気になったテティノがぼやく。
    「大きな戦いを控えているからでしょう。根は真面目な方であれば珍しくない事ですよ」
    ラファウスが冷静に答えると、スフレはヴェルラウドの隣に立ち、手を握り始める。
    「何だよいきなり」
    ヴェルラウドはスフレの手を払う。
    「ちょっ……払う事ないでしょ!ちゃんと手洗いはしてるわよ!」
    「そうじゃなくてだな。今はそんな事してる場合じゃねぇって話だ」
    「何よ!レウィシアだったら許せるとか言うつもり?」
    スフレの口から出たレウィシアの名前にこいつ見ていたのかと気になりつつも、ヴェルラウドはそんなわけねぇだろとぶっきらぼうに返す。そのやり取りを見ていたレウィシアはお願いだから面倒な事はさせないで、と心の中で溜息を付いてしまう。
    「くだらん奴らだ。いつまでじゃれ合っている。早く準備をしろ」
    ヘリオからの棘のある一言。スフレは膨れっ面になりながらもヴェルラウドの傍らに立つ。
    「ヴェルラウド、闇王の居場所は解るのかしら?」
    気持ちを切り替えたレウィシアが問う。
    「ああ、悪いが闇王のところへ行く前に一つ立ち寄るところがあるんだ」
    ヴェルラウドは賢者の神殿の事や、クレマローズでの目的を果たした後に賢王マチェドニルから必ず神殿に戻るように言われていたという事情を説明する。
    「そういう事よ。お初さんの面々はしっかりご挨拶しなさいよね!」
    スフレが威張るように言う。
    「賢者の神殿ならば私のリターンジェムがあれば一瞬で行ける」
    更にリランがリターンジェムについて説明する。
    「ほう、そんなものを持っているとは随分面白い奴だな」
    ヘリオが興味深そうにしている。
    「皆の者、私の元へ集まるがいい。そして私に掴まるのだ」
    リランが所持するリターンジェムで賢者の神殿へ戻る事になり、全員がリランに掴まる。
    「こんなので本当に大丈夫なのか?」
    テティノが不安そうにする。
    「た、多分大丈夫なはず。良いか、絶対に手を離すなよ」
    大人数によって掴まれているリランは窮屈な思いをしながらも念じつつ、リターンジェムを天に掲げる。一行は一瞬で賢者の神殿の前にワープ移動した。
    「凄い……これがリターンジェムなのね」
    レウィシアにとってリターンジェムはかつてメイコが使用していたところを見た事があった故に存在を知っていたが、初めて経験したリターンジェムでの移動に驚きを隠せない様子であった。
    「賢王様は渡したいものがあるとの事だが、一体何を渡すつもりだろうか」
    オディアンが呟く。
    「賢王様の事だし、闇王との戦いが有利になるって事だからきっと心強いアイテムに違いないわ。早いところ頂きに行きましょう!」
    スフレがさっさと神殿に向かって行く。
    「ちょっと待てよ」
    ヴェルラウドが後を追うと、一行も付いて行く。神殿の地下の大広間では、マチェドニルと賢人達が待っていた。
    「おお、よくぞ戻って来た!そしてその者達は……」
    「はい。クレマローズ王国の王女レウィシア・カーネイリスです」
    マチェドニルとは初対面となるレウィシア、ルーチェ、ラファウス、テティノはそれぞれ自己紹介をする。
    「成る程、そなたからはガウラの血筋どころか、太陽のような輝きを感じる。そなたはこの世に巣食う巨大な闇を全て滅ぼす希望の太陽となるかもしれぬ」
    マチェドニルはレウィシアの瞳から大いなる太陽の力を感じ取っていた。スフレはレウィシアの底知れない実力を評価しているマチェドニルを見て不満そうな表情を浮かべる。
    「ところで賢王様、渡したいものというのは?」
    「うむ、たった今完成したばかりじゃ」
    賢人の一人が掌程の大きさの宝玉を運んで来る。マチェドニルは宝玉をヴェルラウドに差し出す。
    「これは破闇のオーブと名付けられたもの」
    ヴェルラウドは破闇のオーブと呼ばれた宝玉を手に取る。マチェドニルを始めとする神殿の賢人達によって造られた、あらゆる闇を吸収する力を持つオーブであった。
    「闇王の元へ辿り着くまで何があるか解らぬ上、そいつがあれば闇王の力を抑える事が出来るかもしれぬ。どうか役に立てておくれ」
    「……解った。ありがとう」
    ヴェルラウドは感謝の意を込めてオーブを懐に忍ばせる。そしてマチェドニルが闇王の居城について説明する。闇王の居城は世界の中心に位置するダクトレア大陸に存在し、大陸を覆う闇の結界は神雷の剣の力で破る事が可能だという。
    「神雷の剣が使えるようになった今こそ、闇王の居城へ向かうチャンスという事じゃ。ダクトレア大陸は闇を司りし者達が住む場所なだけあって何があるか解らぬ。気を付けていくのじゃぞ」
    マチェドニルを始めとする賢人達に見送られながらも、一行は神殿を後にする。
    「何にせよ、神雷の剣が使えなかったらどうにもならなかったって事ね。ヴェルラウド、頑張りなさいよ。あんたがうまくやらなかったらどうにもなんないんだからね」
    「ああ、解ってるよ」
    スフレの一言を受けたヴェルラウドは気持ちを落ち着けようと軽く深呼吸する。闇王の居城の場所について聞かされた一行はダクトレア大陸へ向かおうとする。レウィシア、ルーチェ、ラファウス、テティノはヘリオの空飛ぶ絨毯で、ヴェルラウド、スフレ、オディアン、リランは飛竜ライルといった二つの移動手段を利用する事になった。
    「やっぱりあいつも同行するんだな……」
    テティノは内心嫌っている相手であるヘリオの同行に激しく抵抗を感じる。
    「仕方ありませんよ。私達にはヘリオさんの絨毯が必要ですからね」
    「それはそうだが……」
    「さあ、行きますよテティノ」
    ラファウスがヘリオの空飛ぶ絨毯に乗ると、テティノは渋々と後に続いて乗り込んだ。同時にスフレに呼び出された飛竜ライルにヴェルラウド達が乗り込むと、一行は世界の中心地へ向かう。暫く経つと、一行は黒い結界に覆われている大陸を発見する。険しい岩山に囲まれた大陸———そう、ダクトレア大陸であった。
    「間違いない。あれがダクトレア大陸だ。ヴェルラウド、準備は良いか?」
    リランが言うと、ヴェルラウドは緊張した顔で神雷の剣を取り出す。
    「ヴェルラウド。あの結界を破るにはあなたの剣が必要なんでしょう?大丈夫なの?」
    隣に飛んでいる絨毯に乗ったレウィシアが声を掛ける。
    「素人は黙って見てなさいよ!大事な事なんだから、変な邪魔したらタダじゃおかないわよ!」
    喧嘩腰でスフレが言う。
    「そ、そんな言い方しなくても……」
    レウィシアはあからさま自分に敵意を持っている節のあるスフレの態度がどうしても気に掛かり、少し苦手意識を抱くようになっていた。
    「さあヴェルラウド!自慢の神雷の剣で思い切ってあの結界をブチ破っちゃいなさい!」
    何でお前が仕切るんだよと内心思いながらも、ヴェルラウドは神雷の剣を両手で掲げ、意識を集中させる。刀身が赤い光に包まれ、やがて激しい稲妻となり、ヴェルラウドの全身が赤い雷を纏ったオーラに包まれる。
    「おい、今すぐ結界の近くまで行ってくれ」
    ヴェルラウドの一言に、スフレはライルに結界の近くまで向かうように指示する。絨毯に乗っているレウィシア達は静かに見守るばかりであった。
    「神雷の剣よ……今こそ力を!うおおおおおおお!!」
    ヴェルラウドが渾身の力を込め、結界に向けて勢いよく剣を振り下ろす。次の瞬間、赤い雷を伴った衝撃波が結界を貫き、迸る雷の光が辺りを覆う。そして結界に罅が走ると、ガラスが割れたような音を立てて砕け散った。
    「……やったぁー!結界突破大成功!さっすが赤雷の騎士ヴェルラウドね!」
    スフレがはしゃぐように歓喜の声を上げる。
    「凄い……あれが神雷の剣の力……」
    レウィシアは神雷の剣の力に驚くばかりであった。大陸を覆う結界が完全に消えた事を確認した一行はすぐさま上陸を試みるが、突然激しい気流が襲い掛かる。
    「ダメだ!大陸上は気流のせいでまともに飛べそうもない。降りれそうな場所に降りるぞ」
    ダクトレア大陸の上空は気流の乱れが激しく、空から直接闇王の居城へ向かう事は不可能であった。気流に苦しめられながらも、一行は辛うじて大陸内に降り立つ事に成功した。
    荒廃した都市闇王ジャラルダを始めとする闇を司りし者達———人々の間では世界に災いと破滅をもたらすと伝えられていた種族『人魔族』と『魔族』が住んでいる世界の中心に位置する小さな大陸ダクトレア。まるで外界を遮断するように大陸の周囲を覆う険しい岩山。空からの来訪を拒むように荒れ狂う乱気流。そして大陸全体を包む熱風と黒い瘴気。至るところに湧き上がる毒の沼。並みの人間が立ち入るだけでも危険の一言で語られる地獄のような荒野に、レウィシア達は立っていた。
    「此処に闇王の本拠地が……」
    まるで別世界に来たかのような異質な空気を肌で感じ取ったヴェルラウドは思わず息を呑む。
    「うわー、なんてやな空気。さっすが闇王の住む場所なだけあるわね」
    大陸中の澱んだ空気にスフレが嫌悪感を示しつつも辺りを探る。
    「此処からは完全な敵地だ。闇王の居城までの道のりは遠くなりそうだが、気を引き締めて行かなくては」
    リランは杖を地面に突き立てると、先端に魔力を集中させる。迫り来る戦いに備えての前準備であった。
    「フン……確かに禍々しい気配が伝わるな。まあ良い。私も力を貸してやる」
    ヘリオが扇を手に軽く息を吐き、大きく振り上げる。
    「あなたが一緒だと心強いわ」
    レウィシアが声を掛けると、ヘリオは無愛想な態度で返事した。
    「何だか思っていた以上に恐ろしい相手が控えてそうだな」
    周囲を伺いながらぼやくテティノ。
    「だからこそ皆さんで力を合わせる必要があるのですよ。テティノ、しっかりと頼みますよ」
    ラファウスからの一言に解ってるよと返答するテティノ。
    「闇王の居城は……」
    一行が上陸した場所は大陸の最南端となる場所であった。前方にうっすらと黒い瘴気に覆われた城のような建物が聳え立っているのが見える。あれが闇王の城だと確信したリランだが、城までの道のりはかなり遠く、周辺には岩山が囲んでいる。空から突入しようにも大陸の領域内の上空は乱気流のせいでまともに飛ぶ事が出来ず、徒歩で向かうしか他になかった。
    「えー結局歩いて行かないといけないって事?めんどくさいわね」
    「仕方ないわよ。ここまで来た以上、自分の足で前に進むしかないわ」
    「ふん、いちいちあんたに言われなくてもわかってるわよ。あたしの足を引っ張るような事はしないでよね」
    声を掛けてきたレウィシアに対して攻撃的に振る舞い、鋭い目を向けるスフレ。
    「な、何なのよ……可愛げがないわね」
    腑に落ちない様子のレウィシア。スフレは先立って前に進もうとする。
    「おい待てよ」
    ヴェルラウドが後に続く。
    「スフレの様子……何か妙に引っ掛かるな」
    オディアンは密かにスフレの様子が気になっていた。
    「うーん、出来ればあの子と仲良くしたいけど……」
    穏やかではない空気感にレウィシアは困惑しつつも足を動かし始める。
    「何だかあのスフレっていうお姉ちゃん、レウィシアお姉ちゃんの事嫌いなのかな」
    ルーチェがこっそりとラファウスに言う。
    「あまり気にしない方がいいですよ。私達が下手に首を突っ込む事ではありませんから」
    「でも……」
    「本当にそれでいいのか?こんなところで女同士の揉め事とか勘弁してくれよ」
    レウィシアとスフレのやり取りを陰で見ていたテティノもルーチェと同じように気に掛けていた。
    「今はそんな事を考えている場合ではないでしょう。行きますよ」
    冷静に振る舞いつつも足を進めるラファウス。
    「くだらん話している暇があるなら足を動かせ。足手纏いになりそうなら別だがな」
    高圧的な態度で一言言い残して足を進めるヘリオに、テティノが頭に血を登らせる。
    「お前は黙ってろ!全く、誰が足手纏いになるものか」
    テティノはルーチェの手を引いて歩き始めた。大陸内を進む一行に、湧き上がる毒沼と足場の悪い砂地、熱風竜巻といった障害が行く手を阻むものの、それぞれ力を合わせて乗り越えていく。
    「みんな、気を付けて!」
    一行の元に現れたのは、シャドービースト、シャドーデーモンといった影の魔物と剣を持った機械兵の群れであった。
    「こんなザコ、さっさと片付けてやるわよ!」
    魔物達が一斉に襲い掛かると、スフレが魔力を集中させる。機械兵はレウィシア、ヴェルラウド、オディアンによって破壊されていく。
    「エクスプロード!」
    スフレの爆発魔法によって吹き飛ばされる影の魔物の群れ。現れた魔物達は難なく退けられ、更に進む一行。半日程経過すると、一行は荒野を抜け、黒い瘴気に覆われた岩山地帯に辿り着く。岩山を探っていると、巨大な洞窟の入り口を発見する。
    「つまりこの中を通れって事か」
    洞窟を通る以外にこの先の道はないと確信した一行は洞窟に突入する。
    「うっ……!」
    思わず立ち止まる一行。瘴気が漂う洞窟内には腐乱死体が転がっており、腐敗臭が漂っているのだ。
    「な、何なのよこれ……さっさと抜け出しましょうよ!」
    スフレが酷い臭いの余り口を抑えながら足を速める。
    「おい、気を付けろよ」
    ヴェルラウドが後を追う。腐敗臭漂う洞窟を進んでいくと、水路が設けられた空洞に出る。更に足を進める一行だが、レウィシアと手を繋いでいるルーチェが突然待ってと呼び掛け、立ち止まる。
    「ルーチェ、どうしたの?」
    レウィシアが声を掛ける。
    「……聞こえるんだ。魂の声が」
    ルーチェは救済の玉を手に念じ始める。
    「なーに?ボサッとしてると置いてかれるわよ?」
    何のつもりだとルーチェに近付こうとするスフレを遮るヴェルラウド。
    「おいおい、いきなり何だって言うんだ?」
    テティノはルーチェの救済の玉をジッと見つめる。
    「みんな、静かにして。此処には魂が彷徨っている。そして聞こえるんだ。魂の声が」
    この場に存在する魂の声———それは怨念の類ではなく、ルーチェにしか聞こえない魂の負の力が発する悲しみの声であった。ルーチェは意識を集中させながら救済の玉を握り締め、強く念じた。


    ……ニンゲンニ……滅ボサレタ……

    ニンゲン……正義……ニンゲンノ正義デ……我々ハ……


    魂の声はそこで途絶える。更に意識を集中して声を探ろうとするルーチェだが、何も聞こえて来なかった。
    「ねえ、一体何なのよ。魂の声だか何だか知らないけど、幽霊でも呼び出すつもり?」
    ジッとしていられなくなったスフレがルーチェの元へ寄ろうとするが、オディアンに止められてしまう。ルーチェは一先ず魂を浄化させようと救済の玉に祈りを捧げる。浄化された魂は静かに昇って行った。
    「むむ……ルーチェと言ったな。今のは?」
    魂が昇って行くのを見たリランが興味津々に尋ねると、ルーチェは自身の聖職者としての使命について話す。
    「成る程、まだ幼いのにそんな使命を背負っているとは……」
    リランはルーチェの手元にある救済の玉をずっと見つめていた。
    「ねえレウィシア。さっきから気になってたんだけど……あんた、今までずっとこんな小さい子を連れ回していたの?」
    スフレは腰に手を当てながらレウィシアに詰め寄る。
    「連れ回していたって……そんな人聞きの悪い事言わないでくれる?この子は……」
    レウィシアはルーチェの事情について全て話す。
    「あのね。よく考えてみなさいよ。この子はまだ子供でしょ?今まではあんた達が上手くやってたからいいにしても、これから控えている大きな戦いにまでこの子を連れて行く必要あるわけ?みんな無事で生きて帰れるかどうか解らないのに、今回は危険だからお城でお留守番させようとか考えなかったの?」
    「うっ……それは……」
    思わず返答に戸惑うレウィシア。ルーチェはスフレのレウィシアに対する掴み掛りように不快感を覚えるようになり、鋭い目で見据える。
    「ま、何があっても責任を負うってならそれ以上は言わないでおくけど。王女様だったらよく考えなさいよ」
    至近距離で迫るスフレに何も言い返せず黙り込んでしまうレウィシア。
    「おい、いい加減黙れよ」
    ヴェルラウドが苛立った調子でスフレに言う。
    「ちょっと、そんな怖い顔しなくていいじゃない」
    スフレがその場から離れると、レウィシアは安心すると同時に心の中でヴェルラウドに礼を言う。
    「ところで、君は魂の声を聞いたとの事だが」
    オディアンがルーチェに問い掛けると、ルーチェは聞き取った魂の声の内容を打ち明ける。
    「人間に……滅ぼされた?」
    ルーチェが頷く。
    「ルーチェ、魂の主となる者は解る?」
    横で話を聞いていたレウィシアが問う。ルーチェ曰く、何者かまでは判別出来なかったものの、彷徨っていた魂は嘆きと悲しみを象徴する深淵の色に覆われた魂であり、この地に住んでいた者———つまり闇を司りし者である事は確実だという。
    「この地に住む者は闇を司りし者と呼ばれているけど、闇王って一体……」
    レウィシアはルーチェが聞き取った魂の声の意味が気になりつつも、再び歩き始める。
    「あなた、ルーチェ君だっけ?本当にそんな声が聞こえたの?」
    スフレも問い掛けるが、ルーチェは睨み付けながら黙っている。
    「な、何その目?」
    「……ぼくはお姉ちゃんに意地悪する人は嫌いだから」
    「あーっ、生意気な子!」
    思わず言い返そうとするスフレだが、流石に子供相手に怒るのは大人げない上に説明しても面倒だし理解されないと考えてしまい、黙って引き下がる。
    「……色々面倒な方ですね」
    やり取りを見ていたラファウスもスフレは手の掛かる相手だと感じていた。
    「何処までも下らん」
    ヘリオは呆れた様子で言い放ち、レウィシアの後に続いて歩く。
    「あれじゃあレウィシアとヴェルラウドも大変だな。ま、とりあえず行こうか」
    「そうですね」
    テティノとラファウスが歩き出すと、ヴェルラウドは鋭い目でスフレを見る。
    「何なのよ、ヴェルラウドまでそんな目で見て」
    「……もうこれ以上余計な面倒事を増やすな。お前が何を考えているのか知らんが、闇王との戦いを控えているんだからな」
    「そんな事ぐらい解ってるわよ!今は決戦前だし、一先ずあんたを信じる事にするわ」
    ヴェルラウドはウンザリした様子で溜息を付く。再び洞窟を進み、更に時間が経過すると、一行は突然立ち止まる。無数の魔物の骨が転がる広場に、半分機械の身体を持つ魔物が数体彷徨っているのだ。魔物達は一行の来訪に気付くと、唸り声を上げながら口から瘴気を放ち、目を光らせる。それはまさに現れた獲物を狙う目であった。
    「みんな、気を付けろ!」
    魔物達が一斉に襲い掛かると、一行が即座に武器を構える。燃え盛る炎を吐く魔物をオディアンの戦斧が打ち倒し、冷気のブレスを吐く魔物をヴェルラウドが迎え撃つ。電撃を放つ魔物が荒れ狂うものの、風円刃を手にしたラファウスとテティノが応戦する。魔物の群れは力を合わせた一行の敵ではなかったが、レウィシアは戦いの中で何かを感じ取っていた。まるで何かに苦しみ、深く嘆き、悲しんでいるような。狂ったように襲い掛かる魔物達の目から様々な負の感情が伝わって来る感覚に陥っているのだ。同時にかつての出来事が頭に浮かび上がる。ケセルの卑劣な手によって醜悪な魔物に変えられた人間と戦わされ、自らの手で殺してしまった忌まわしい記憶である。妙な予感を覚えたレウィシアは一旦戦いを止めさせようと考えたが、魔物達は既に倒されていた。
    「やれやれ、こいつらは一体何者なんだ?何やら機械のような身体をしているが」
    テティノが倒された魔物の姿に疑問を抱く。現れた魔物は、何者かの手によって改造を施された機械兵だったのだ。
    「もしや、あのゲウドに……」
    魔物の死骸を見たオディアンはパジン同様、ゲウドに改造された魔物だと考えていた。
    「さてはこいつらも奴の仕業か?」
    オディアンから改造されたパジンの事を聞かされていたヴェルラウドも、倒された魔物の姿を見てゲウドによる改造だと推測していた。
    「もう敵は全滅したはずだ。先へ進むぞ」
    一行が再び足を動かすと、レウィシアは煮え切らない胸中の余り立ち止まってしまう。
    「お姉ちゃん、どうしたの?」
    ルーチェに声を掛けられると、レウィシアは我に返ったように足を急がせる。
    「ねえ、ルーチェ。今現れた魔物の魂からも何か聞こえなかった?」
    魔物の群れを見ている時に生じた不思議な感覚の答えを導き出そうとルーチェに尋ねるレウィシア。だがルーチェは魔物からは魂の声を感じなかったどころか、魂すらも存在しないと言うばかりであった。
    「魂すらも存在しない?一体どういう事なの……」
    「わからない。ぼくにはよくわからないけど、さっきの魔物達からは魂の力を感じなかった。もしかすると誰かに動かされているのかもしれない」
    レウィシアは魔物の死骸をよく見ると、身体のところどころが機械化している事が伺え、破壊された機械部分から僅かに音声が聞こえて来る。コロセ、コロセという機械音声であった。
    「そうか……この魔物達は身体を改造した何者かによって動かされているのね。それにしても……」
    レウィシアは魔物達から感じ取った負の感情が何を意味しているのか、この魔物達は何を思っていたのか考えつつも足を速めた。険しい道のりを乗り越え、洞窟を抜けた一行が目にしたものは荒廃した都市だった。
    「これは……!?」
    リランが廃墟となった都市の状況を探る。数々の破壊された建物。中心に設けられた道を囲うように並ぶ無数の朽ちたエンタシス。まさに昔の時代にて一つの王国が繁栄していた事を物語っていた。道の向こうには黒い瘴気に覆われた巨大な城がある。
    「あれが闇王の城だな」
    聳え立つ巨大な城は間違いなく闇王の居城だと確信したヴェルラウドが険しい表情を浮かべる。だがレウィシアはどこか気持ちの整理が付かず、先へ進む事に躊躇を覚えてしまう。
    「如何なされました?レウィシア王女」
    様子が気になったオディアンが声を掛ける。
    「あ、ごめんなさい。何でもないわ。えっと、あそこにあるのが闇王の城なのね」
    あの魔物達から私は一体何を見ていたの?この落ち着かない心のざわつきは何なの?とレウィシアは自分に言い聞かせながらも、深呼吸をして一生懸命気持ちを切り替えようとする。
    「ねえあんた、さっきから変じゃない?さては怖くなったの?」
    妙に落ち着かない様子のレウィシアに見かねたスフレが絡んでくる。
    「別に怖いわけじゃないわよ。ちょっと気分が優れないというか……」
    下手に相手すると面倒なので上手く誤魔化そうとするレウィシアだが、スフレは納得いかなさそうに顔を近付けて来る。
    「あのね。さっきも言ったけど、足手纏いになるようならすぐ帰ってもらうわよ。この戦いは私達にとって重要な戦いだし、あんた達は大事な助っ人なんだからね?解った?」
    顔に吐息が掛かる距離でスフレに詰め寄られたレウィシアは内心苛立ちを覚え、反射的に顔を逸らす。
    「わざわざ顔を近付けてまで言わなくていいでしょ!?あなた達の助けにならなきゃいけない事は解ってるし、足手纏いにはならないわよ!」
    半ば感情的にレウィシアが顔を逸らせたまま反論する。
    「待て。お前達、気を付けろ」
    不意にリランが場を鎮める。
    「クヒヒヒヒ……ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」
    響くように聞こえ始める下卑た笑い声。ゲウドであった。一行が身構えた瞬間、空中浮遊マシンに乗ったゲウドが上空に現れる。
    「貴様はゲウド!」
    「クヒヒヒ、やはり来おったなヴェルラウドよ。有象無象どもも連れて来るとはのう」
    醜悪な表情で見下ろしながら笑うゲウドに、ヴェルラウドは剣を構える。
    「ヒヒヒ、赤雷の騎士ヴェルラウドと愚かな人間の諸君よ。本当の恐怖はここからじゃよ。今からワシの精鋭の兵器どもがお前達を血祭りにあげるのじゃからなぁ……我々の王国へ来たからには総動員で歓迎してやろう!」
    ゲウドが水晶玉を取り出すと、玉から黒い瘴気の塊が次々と飛び上がる。巨大な瘴気の塊が前方に落下すると、それに続いて後方に次々と瘴気の塊が落下していく。現れたのは、かつてアクリム王国を震撼させていた醜悪な烏賊の魔物クラドリオであった。
    「あれは……あの時の魔物!?」
    アクリム王国を訪れた際に戦う事となったクラドリオの姿を見て驚くレウィシア。しかもその姿は触手と半身が機械で改造されている。
    「囲まれたぞ!」
    振り返ると、後方には無数の機械兵が立ちはだかっていた。機械兵達は亡者の群れのような唸り声を上げている。
    「ヒャーッヒャッヒャッ!これで貴様らに逃げ道は無い!己の愚かさを悔い改め、そして死ぬがいい!」
    機械兵達が一斉に襲い掛かり、クラドリオが目を光らせながら触手を唸らせると、ゲウドはマシンに乗ったまま城へ向かって行く。
    「待て、ゲウド!」
    ヴェルラウドが後を追おうとするが、クラドリオが立ち塞がっている。クラドリオの触手がヴェルラウドに向かった瞬間、一閃で斬り飛ばされる。レウィシアであった。
    「レウィシア!」
    「ヴェルラウド、此処にいる敵は私達に任せて。あなた達は闇王を倒すのが目的なんでしょう?」
    そう言い残すと、レウィシアは炎の魔力を呼び起こし、果敢にクラドリオに挑む。
    「後方はお任せ下さい」
    後方の機械兵達はラファウス、テティノ、そしてヘリオが迎え撃っていた。
    「ヴェルラウド、オディアン、リラン様。ここはあいつらに任せてあたし達は闇王のところへ行きましょう」
    「何だと?しかし……」
    オディアンとリランはレウィシア達の奮闘ぶりを見て躊躇する。
    「あいつらも凄く強いんだし、きっと何とかしてくれるわよ。あたし達まで下手に消耗したら却って奴らの思うツボよ」
    「……致し方無いか」
    スフレの考えに賛同したオディアンとリランは隙を見つけて敵を振り切り、闇王の居城へ向かおうとする。
    「ヴェルラウド!ボサッとしてないで行くわよ!」
    足を急がせるスフレ。ヴェルラウドは醜悪な魔物と戦っているレウィシア達に感謝しつつも、闇王の居城へ向かう事にした。動き始めたヴェルラウドの背後をクラドリオの触手が狙う。
    「はああっ!」
    間髪で触手を切り落とすレウィシア。
    「俺の為に済まない。此処は任せるぜ」
    走りながらレウィシアに礼を言うヴェルラウド。暴走するクラドリオは切断された触手を再生させると、口から水色の液体を吐き出す。強酸の液だった。咄嗟に盾で強酸の攻撃を凌ぎ、反撃に転じようとした瞬間、二本の触手がレウィシアを捕える。
    「うっ……があぁぁぁあっ!!」
    触手は凄まじい力でレウィシアを締め付けていく。触手から逃れようとするレウィシアだが、更に電撃が襲い掛かる。
    「がはああぁぁぁっ!!」
    電撃を受け、叫び声を上げるレウィシアは地面に叩き付けられ、口元に運ばれていく。
    「うぐっ……ああぁぁぁっ!!」
    力を込めて炎の力を最大限に高め、真の太陽の力を目覚めさせたレウィシアは捕えているクラドリオの触手を焼き尽くしていく。身体の自由を取り戻したレウィシアは地面に落ちた剣を拾い、両手で構える。ふと後方の様子を見ると、ラファウス、テティノ、ルーチェ、ヘリオが次々と機械兵の群れを打ち倒していた。
    「シャイニングウォール!」
    ルーチェの光魔法による光の柱に飲み込まれる機械兵。
    「ウォータースパウド!」
    「ハリケーンスパイラル!」
    テティノの水魔法とラファウスの風魔法による連携は巨大な螺旋状の水竜巻による真空波を生み、機械兵の群れをズタズタに切り裂いていく。
    「そこを退け」
    ヘリオは機敏な動きで舞い上がり、空中で扇を振り翳す。熱風と共に荒れ狂う無数の炎の蛇が機械兵を食らい尽くしていく。多くの機械兵が倒され、敵の数は残り僅かとなっていた。
    「……今は戦うしか他に無いわね」
    レウィシアはラファウス達が挑んでいる機械兵の正体が妙に気になり始めるものの、直ぐに考えを押し退け、クラドリオとの戦いに集中させる。

    浮遊マシンに乗ったゲウドは、レウィシア達の協力で敵の群れを振り切り、闇王の居城へ向かって行くヴェルラウド達を見下ろしていた。
    「ヒヒヒ……ヴェルラウドめ。仲間を捨て石にして闇王様に殺される事を選びおったか。まあ良い。奴ら等完全な復活を遂げた闇王様には敵うまい。ワシはもう少し街での戦いを楽しもうかのう」
    ゲウドは再びレウィシア達が挑んでいる敵兵の元へ向かって行く。
    「ほほう、あの小娘がケセルの言っていたレウィシア王女か。ヒヒヒ……確かに奴はヴェルラウド以上に脅威になりそうじゃな。そうとならば……」
    クラドリオとの戦いを繰り広げているレウィシアの姿を見ながらも、ゲウドは水晶玉を手にニヤリと笑みを浮かべていた。
    魔の傀儡闇王の城の奥深くに設けられた玉座の部屋は、力の暴走によって苦しむ余り凄まじい勢いで周囲の物を叩き壊し、荒れ果てた部屋となっていた。濃い闇の瘴気に覆い尽くされ、蹲るように壊れた玉座に腰を掛けている闇王はヴェルラウド達の気配を感じていた。
    「……この気は……とうとう来たな。忌まわしき赤雷の力を受け継ぎし者、ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……」
    赤く濁った目を光らせ、憎悪を滾らせる闇王。瞳の中からも憎悪の炎が燃え盛っていた。

    都市部を抜け、瘴気に満ちた道を走り抜けると、ヴェルラウド達は闇王の城の入り口に辿り着いた。入り口は巨大な扉で閉ざされていたが、扉はまるで歓迎するかのように開いていく。
    「へえ、つまりあたし達に来て欲しいって事?上等だわ」
    強気に振る舞うスフレ。ヴェルラウド達は恐る恐る城の中へ侵入していく。黒光りする宮殿を思わせるような造りをした内装に加え、邪悪な空気に満ちた城内はあらゆる場所に闇の炎が灯され、雷鳴が定期的に鳴り響いていた。
    「闇王……絶対に倒してやる。どんな奴であろうとな」
    止まらない緊迫感の中、決意を固めるヴェルラウド。
    「行くぞ。闇王は近い」
    大剣を手にしたオディアンはヴェルラウドと共に前に進む。
    「待て、ヴェルラウド」
    リランが呼び止める。
    「確か君はマチェドニルが造ったオーブを持っていたな?それを私に預けさせてくれないか」
    「ああ。解ったよ」
    ヴェルラウドは懐に忍ばせていた破闇のオーブをリランに手渡す。
    「すまない。このオーブはあらゆる闇を吸収する力を持つとの事だから私が持つ方が良いと思ってな」
    「なるほど!リラン様の力と併せると心強そうだもんね!」
    スフレの言う通り、リランは自身の魔力と合わせる事でオーブが持つ闇を吸収する力を最大限に発揮させようと考えていた。
    「どうやら、あんたが俺達に付いてきてくれたのは正解だったようだな。感謝するぜ」
    ヴェルラウドはリランの存在が頼もしく思えるようになり、笑顔で礼を言う。城内を進み、暗闇に包まれた回廊を歩くと、魔物の唸り声が聞こえ始める。
    「やはり城にも魔物どもがいるようだな」
    敵の気配を感じたヴェルラウド達が武器を構えると、醜悪な魔物の群れが立ちはだかる。魔物の群れはヴェルラウド達の姿を見ると、獲物を狙うかのように襲い掛かる。
    「ふん、ザコに用は無いわよ!」
    スフレが魔力を集中させると、ヴェルラウドとオディアンは襲い来る魔物の群れに挑む。多くの魔物を軽く蹴散らし、とどめの魔法攻撃を放つスフレ。敵はあっさりと全滅し、倒された魔物の口から黒い瘴気が吐き出され、姿がみるみると変化していく。次の瞬間、ヴェルラウドは愕然とする。
    「な……何だ……と……?」
    オディアン、スフレ、リランも愕然とし、我が目を疑っていた。なんと、倒された魔物の群れは惨い人間の死体へと変化していたのだ。
    「こ、これは一体……!」
    予想外の出来事に言葉を失うオディアン。
    「な、何よこれ……どうして人間に!?」
    余りの惨さに思わず口を押え、考えられる事実を全力で否定しようとするスフレ。一瞬幻かと思ったものの、魔物だったものは全て何者かによって姿を魔物に変えられ、城に侵入したヴェルラウド達を狙うように操られた生身の人間であった。
    「……これはまやかしの類ではない。魔物に変えられていた人間だ。今現れた魔物は全て人間だったのだ」
    リランの言葉にヴェルラウドは思わず膝を付き、床に拳を叩き付ける。
    「嘘でしょ……?あたし達、まさか人を殺してしまったの?こんな事……」
    身震いさせ、放心状態になるスフレ。オディアンはその場に立ち尽くし、やるせなさと怒りに拳を震わせていた。リランは破闇のオーブを握り締め、強く念じる。オーブからは神聖な光が溢れ出し、死んだ人間達は光の中で浄化されるように消滅し、辺りに漂っていた瘴気はオーブに吸い込まれていく。リランは気付いてやれなかった事への後悔に打ち震えつつも、我々に出来るせめてもの償いだと心の中で呟く。
    「……許さねぇ」
    光が消えた時、ヴェルラウドがそっと立ち上がる。その表情は激しい怒りに満ちていた。
    「みんな、行くぞ。今は後悔している場合じゃない。俺達にはやるべき事がある。あの人達も犠牲者なんだ。あの人達の分まで戦うんだ」
    剣を手に、ヴェルラウドが再び歩き出す。スフレ、オディアン、リランはヴェルラウドの言葉に心を震わされ、お互い見つめ合っては頷き、ヴェルラウドと共に闇王を倒す決意を固めつつも後に続いた。


    荒廃した都市で改造された魔物クラドリオとの戦いの中、真の太陽に目覚めたレウィシアは太陽のように光輝く炎のオーラに包まれていた。更に暴走するクラドリオは次々と強酸の液を吐き出すが、太陽のオーラは強酸を遮断していく。両手に剣を構えたレウィシアが懐目掛けて飛び掛かり、次々と斬りつけていく。クラドリオの巨体は一瞬で切り裂かれ、傷口から炎が発生する。醜悪な鳴き声を轟かせたクラドリオは最後の力と言わんばかりに、力任せに触手を地面に叩き付ける。
    「ぐっ……!」
    地響きを伴う衝撃波がレウィシアを襲う。咄嗟に防御するものの、衝撃によって吹っ飛ばされ、背中を強打してしまう。
    「がはっ!くっ……」
    咳き込みながらも立ち上がるレウィシア。倒れたクラドリオは火花を放ちながらも身体を小刻みに動かすものの、直ぐに動きは停止し、そのまま息絶えた。敵が倒れた事を確認したレウィシアは思わず後方を見る。ラファウス達が挑んでいる機械兵の群れは全滅寸前となっていた。
    「ガストトルネード!」
    ラファウスの風魔法による竜巻が巻き起こると、水の魔力を最大限に高めていたテティノが飛び出す。
    「タイダルウェイブ!」
    水の魔力によって生み出された津波が竜巻と共に機械兵達を飲み込んでいく。ラファウス達によってゲウドの機械兵達は全て倒された。
    「よし、これで全部片付いたな」
    全ての敵が倒され、勝利を確信するテティノ。
    「みんな、無事だったのね」
    レウィシアがラファウス達の元へやって来る。
    「所詮は雑兵。この程度など相手にならぬ」
    冷徹な物言いのヘリオを横に、レウィシアは倒れている機械兵の姿をジッと見つめる。既に動かなくなっていた機械兵は身体の一部が機械に改造された魔物と魔族の民であり、洞窟の中で彷徨っていた機械兵と同類だったのだ。
    「レウィシア、どうかなさいましたか?」
    ラファウスが声を掛けるものの、レウィシアは洞窟で遭遇した機械兵達から感じ取った様々な負の感情の意味がどうしても気になるばかりであった。
    「ルーチェ、この魔物達からも魂の声とか感じなかった?」
    思わずルーチェに問う。
    「……魂の力は全く感じない。でも、魔物から何か声が聞こえた気がする。魂の声とは違う何かの声が」
    機械兵から聞こえたという声は、ニンゲン、セイギ、コロセ、ホロボセといった言葉が繰り返されている声であった。声の内容を聞かされたレウィシアは何とも言えない気分になる。
    「どうした?敵はもう全滅したんだろ?ヴェルラウド達の後を追うぞ」
    テティノの一言を受け、レウィシアは腑に落ちない気持ちのまま歩き始めた。
    「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!!」
    響き渡るゲウドの笑い声。レウィシア達が一斉に見上げると、上空に浮遊マシンに乗ったゲウドの姿があった。
    「ヒヒヒ、なかなかやりおる。ワシの精鋭の機械兵どもを全部倒すとは」
    ゲウドが水晶玉を手にすると、レウィシア達を見下ろしながらも嫌らしい笑いを浮かべる。
    「この魔物達を改造したのはお前の仕業なのね。お前も闇王の部下なの?一体何が目的でこんな事を!」
    レウィシアが問う。
    「ヒヒヒ、如何にも。奴らはワシの手で改造された機械兵であり、元々闇王の部下だった存在。そしてこのワシも闇王の部下じゃよ」
    更にゲウドが語る。機械兵は闇王が治めていたジャラン王国の民であり、かつて闇王に挑んだ人間の戦士達によって殺された人魔族、魔族であった。人間との戦いで倒れ、死体となったジャランの民は全てゲウドに改造され、ゲウドの兵器として利用されているのだ。
    「何ですって!?そんな事……」
    愕然とするレウィシア。荒廃した都市は闇王との戦いに挑んだ人間によって滅ぼされた王国であり、機械兵は人間に倒された王国の民の死体が改造された存在という事実に言葉を失っていた。そして洞窟での機械兵から感じた様々な負の感情が伝わるような感覚の正体は、人間に命を奪われた事による嘆きと悲しみの心、そして命を失っても機械兵という傀儡で動かされている苦しみの心であった。
    「クヒヒヒ……機械兵はまだまだいるぞ。次の相手は闇王の眷属となる者ども……奴らも闇王の首を狙う人間どもに倒された哀れな手駒じゃよ」
    ゲウドが水晶玉を翳すと、玉から三つの瘴気の塊が飛び出す。瘴気の塊が落下すると、三体の機械兵が出現する。一人は赤い甲冑に身を包み、大剣を手にした重装兵、蝙蝠の翼に半身が機械化した逞しい肉体を持つ魔族の大男、顔が機械化した醜い悪魔といった姿を持つ魔物———人魔族の男であった。
    「さあ眷属どもよ。今此処にいる愚か者どもを八つ裂きにし、人間どもへの恨みを晴らすがいい」
    重装兵はバウザー、魔族の大男はマドーレ、人魔族はビゴードという名前で、三人の眷属が一斉に襲い掛かる。バウザーの大剣が振り下ろされた瞬間、レウィシアは剣で受け止める。
    「……ニンゲン……コロス……ニンゲン……ホロボス……」
    レウィシアはゲウドの非人道な行いに対する怒りと同時に、機械兵達への憐みの感情が湧き上がる。
    「あなた達も哀れな人達なのね。今すぐ楽にしてあげるわ」
    再び炎の魔力を高めたレウィシアはバウザーの大剣を押し退け、反撃に転じる。
    「オオオオオォォッ……ニンゲン……コロス……ホロボス……ウオオオォォォッ!!」
    雄叫びを上げながらも次々と大剣を振り回すバウザー。襲い来るバウザーの大剣による攻撃を自身の剣で対抗するレウィシアは激しく切り結びながら飛び上がり、回転蹴りをバウザーの顔面に打ち込む。その一撃で尻餅を付いたバウザーに剣を突き立てるレウィシア。
    「ゴアアアァァァッ!!ア……アァッ……」
    機械音が混じったような叫び声を轟かせるバウザー。苦痛のように聞こえるその叫びに思わず剣を引き抜き、顔を背けるレウィシア。
    「もう立ち上がらないで。あなたは……犠牲者なんでしょう?」
    憐れむように呼び掛けるレウィシアだが、傷を負ったバウザーはまだ立ち上がろうとしている。レウィシアは剣を手にバウザーを見下ろしていた。


    翼を広げて飛び掛かるマドーレに襲い掛かる炎の蛇。空中から扇を振り上げたヘリオの攻撃であった。
    「騒がしい奴だ。貴様は私が相手してやる」
    マドーレは機械音声が入り混じった怪物のような雄叫びを上げながらもヘリオに襲い掛かる。肉体を活かした力任せによる一撃を次々と繰り出すが、ヘリオの機敏な動きには掠りもしない。空中回転しつつも炎を放つヘリオ。
    「グオオオオオアアアア!!」
    炎に包まれたマドーレが更に雄叫びを上げる。身体に炎を残しつつも大暴れするマドーレ。ヘリオは扇に息を吹き掛けると、素早く後方に飛び退いた。
    「一気に決めてやる」
    ヘリオは扇を天に掲げ、勢いよく振り下ろすと、巨大な炎の衝撃波が巻き起こる。炎の衝撃波を受けたマドーレは叫び声を上げながらも炎に焼かれていく。燃え盛る炎に近付いていくヘリオ。
    「ガアアアアア!!」
    マドーレが炎の中から飛び出し、凄まじい勢いでヘリオに殴り掛かる。
    「何ッ!?」
    不意を突かれ、回避に出遅れたヘリオはマドーレの拳を顔面に受け、腹に一撃を受ける。
    「ごぼぉっ……」
    目を見開かせ、苦悶の表情で胃液を吐き出すヘリオ。更にマドーレの体当たりを受けたヘリオは建物の壁に叩き付けられる。
    「がはっ!うっ……ごはっ」
    ヘリオは咳き込みながらも、腹を抑えながら立ち上がる。口からは血が流れていた。
    「グアアアアアアアッ!!ニンゲン……コロス……ホロボスウウウ!!!」
    マドーレは雄叫びを轟かせ、猛獣のように自身の胸を叩くドラミングを始める。
    「私とした事が油断をするとは」
    手で口からの血を拭い、扇を手に構えるヘリオ。その目からは闘志は全く失われていない。マドーレが大口を開くと、燃え盛る黒い炎が吐き出される。闇の炎であった。
    「バケモノが。小癪な真似を」
    ヘリオは扇を激しく振り翳し、追い風を起こす。追い風は強風となり、辛うじて闇の炎を凌ぐ事に成功した。反撃に転じるヘリオだが、マドーレは荒れ狂った猛獣の如く暴れ出し、再びドラミングをしていた。


    ラファウス、テティノ、そしてルーチェはビゴードに挑んでいた。目から次々と光線を放つビゴード。光線が地を這うと、一気に炎となって燃え上がる。
    「こいつはむやみに近付くと危険だな」
    テティノは魔法で応戦しようとする。
    「ルーチェ、離れていなさい。何があっても余計な手出しはするんじゃありませんよ」
    ラファウスの一言にルーチェは黙って頷き、その場から離れる。
    「テティノ、手早く片付けますよ。無駄な時間を掛けている場合ではありませんから」
    「解った。同時に行くんだな」
    ラファウスとテティノが同時に魔力を高めていく。二人による連携攻撃で一気に勝負を決めようとしているのだ。二人の魔力が最大限まで高まろうとした瞬間、ビゴードが口から巨大な光線を放つ。闇の力を帯びた極太の光線であった。
    「いかん、離れろ!」
    即座に回避する二人だが、爆発によって吹っ飛ばされてしまう。
    「うぐっ……」
    直撃は避けられたものの、爆発でダメージを受けたラファウスとテティノが立ち上がろうとする。
    「ニンゲン……ニンゲン……コロス……ホロボス……」
    譫言のように呟くビゴードは目を赤く光らせると、次々と稲妻が降り注ぐ。闇の魔力による稲妻であった。辺りを薙ぎ払うように唸る稲妻の攻撃で更にダメージを受けるラファウス達。
    「くっ……強い」
    全身に痺れを残しつつも、反撃に転じようとするラファウスとテティノ。そこにルーチェがやって来る。
    「ルーチェ!」
    「こんな時にジッとしてなんかいられないよ。せめて回復だけでもさせて」
    二人に回復魔法を掛けるルーチェ。目を光らせながら近付いてくるビゴードだが、ルーチェの魔法によってダメージが回復したテティノが立ち上がり、槍を投げつける。槍はビゴードの左肩部分に突き刺さっていた。
    「ギャアアアアア!」
    左肩部分を槍で貫かれたビゴードが叫び声を上げる。刺された個所からはドロドロとした血液が流れ、火花が生じていた。二人の回復を終えたルーチェは直ぐにその場から離れ、ラファウスが魔力を集中させる。
    「テティノ、あなたは敵を食い止めて下さい。予定変更です」
    「何だって?」
    「あのような攻撃があると解った今、隙を与えてはなりませんから」
    真剣な表情でラファウスが言うと、全身が激しい風のオーラに包まれる。風の魔魂の力と合わせた魔力を両手に集中させているのだ。
    「そうか、解ったよ」
    テティノはラファウスを信じつつも自身も水の魔魂の力で魔力を高めていき、数々の水魔法でビゴードを食い止める行動に出た。


    その頃、闇王の城の奥深くへ進んだヴェルラウド達は大広間に出る。大広間には、無数の魔物達が立ち塞がっていた。魔物達はヴェルラウド達の姿を見ると醜悪な唸り声と雄叫びを轟かせ、今にも飛び掛かりそうな雰囲気を放っている。
    「くそ、まだいるのか!こいつらも恐らく……」
    魔物の群れを前にしたヴェルラウドは正体が人間である事を考えてしまい、思わず躊躇する。
    「待て!私に任せろ」
    破闇のオーブを手にしたリランが前に出ると、魔物達が一斉に襲い掛かる。
    「もしかするとこのオーブの力があれば……!」
    リランは破闇のオーブを握り締めながらも、自身の魔力を集中させつつ念じる。すると、オーブから眩い光が溢れ、辺りが光に包まれる。
    「ウオオオオオオオオオォォ!!」
    神聖な光の中、魔物達が苦しみ出す。痛々しい程に苦しみの声を上げていく無数の魔物達から黒い瘴気が漏れ始め、オーブに吸い寄せられていく。
    「オーブの力で元に戻れるというのか……?」
    あらゆる闇を吸収する力を持つという破闇のオーブによって全ての闇の力を吸収と共に浄化すれば元の姿に戻れるという事に期待してしまうヴェルラウド達。苦しんでいる魔物の姿がどんどん変化していく。全ての闇の瘴気が吸収されると、魔物達は人間の姿へと変わっていた。闇の力を失った事で元の姿に戻った人間達は全員その場に倒れてしまう。
    「やはり……そうだったのか」
    思わず倒れた人間達に駆け寄るヴェルラウド達だが、一人一人が息をしておらず、魂を抜かれた抜け殻の状態となっていた。
    「何て事だ。魔物に変えられた人間達はもう既に……」
    後悔の念と共に嘆くリラン。次の瞬間、ヴェルラウドは驚愕する。人間達の中にはサレスティルの兵士が混じっているのだ。
    「まさかこの人達は……」
    そう、魔物に変えられた人間はゲウドによって浚われたサレスティル王国の人間であった。
    「サレスティルの人々が行方不明になっていたのは、こういう事だったの?どうしてこんな……」
    信じられないと言わんばかりに驚くスフレを横に、ヴェルラウドは俯きながら拳を震わせる。
    「……この者達を救う為にも、闇王を倒さなくてはならぬ。急ぐぞ」
    オディアンが言うと、ヴェルラウドは無言で足を進める。リランは倒れている大勢の人間達の姿をジッと見つめていた。
    「リラン様。この人達を帰る場所へ送り届ける事は出来ないの?」
    「残念ながら私にはそこまでの事は出来ない。しかもこれだけ数えきれない程の人数となればな。救う方法としてはまずは闇王を倒すしか他になかろう……」
    浚われた人々を救う為にはまず闇王を倒すしかないと悟り、その場を後にするヴェルラウド達。その様子を目玉が浮かぶ球体が遠い位置で静かに眺めていた。ケセルの分身である黒い影であった。黒い影の存在に気付く事なく城内を進むヴェルラウド達は大広間を抜け、暗闇の回廊を進む。
    「ねえ、ヴェルラウド」
    スフレが声を掛ける。
    「魔物に変えられていた人達は、闇王を倒したら救われるのかな。でも、あたし達が倒したのは……」
    ヴェルラウドは返すべき答えが見つからず、無言で応える。
    「あ。ごめんなさい……今はこんな事考えてる場合じゃないわよね。とにかく、あたし達に出来る事をやらなきゃ。そう思うでしょ?」
    黙って頷くヴェルラウド。
    「スフレよ。我々は今、己の信じるがままに進むしかない。我が手で罪無き人々の命を奪う事になったのは心苦しいが、犠牲となった人々の無念を晴らす為にも戦うのだ。死力を尽くしてでもな」
    オディアンが冷静な声で言う。
    「そうね。あの人達の事を考えると、絶対に負けるわけにはいかないわ。あたし達の手で必ず……!」
    スフレは決意を新たにすると、拳に力を入れる。
    「あれを見ろ」
    邪悪な色をした闇の炎が灯された台座が並ぶ広間の突き当りには、巨大な扉が設けられている。雷鳴が鳴り響き、紺色に輝く台座の炎は静かに揺らめいていた。
    「肌で感じるぜ。間違いなく、あそこに闇王がいる……!」
    扉の向こうに闇王がいる事を確信したヴェルラウドは剣を握り締める。
    「いよいよ来たわね。闇王め、あたし達の怒りを思い知らせてやるわ!」
    意気込んでスフレが言うと、ヴェルラウド達は扉の前まで向かって行く。扉からは僅かに瘴気が漏れ、禍々しい闇の力が漂っていた。
    「皆、覚悟は良いな?相手は闇を司りし者の王。決して気を抜くな」
    オーブを手にリランが言うと、ヴェルラウド達は目の前の扉を開けようとする。扉はいとも簡単に、重々しい音を立てながらゆっくりと開き始めた。
    正義という罪「来たか……赤雷の騎士と忌々しき人間どもよ」
    轟く雷鳴。天井が突き抜け、暗黒の空が見える荒れ果てた玉座の間に、ヴェルラウド達がやって来る。
    「貴様が闇王か?」
    ヴェルラウドが問う。漂う瘴気の中、壊れた玉座に腰を掛ける闇王が重々しく口を開く。
    「……我が名はジャラルダ。闇を司りし者を統べる闇王と呼ばれし者。ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……赤雷の騎士エリーゼと同じ輝きを持つその目……実に不愉快なものよ」
    闇王がゆっくりと立ち上がると、ヴェルラウド達は一斉に身構える。
    「闇王。お前達は俺の母国クリソベイアを滅ぼし、多くの人々を犠牲にした。そして俺の父ジョルディスと、守るべき者達の命を奪った。お前だけは必ず倒す」
    神雷の剣を手にヴェルラウドが戦闘態勢に入る。
    「犠牲だと?愚か者めが。それが貴様等人間への裁きだ」
    「何?」
    裁きという言葉に眉を顰めるヴェルラウド。
    「貴様等人間が信じる正義こそが愚の骨頂。正義という罪が滅びを生んだのだ。このジャラン王国は、人間どもの正義によって滅ぼされたのだからな」
    闇王の言葉に共鳴するかのように鳴り響く雷鳴。
    「何だと……どういう事だ!?」
    言葉の意味が気になり、返答するヴェルラウド。
    「ならば教えてやる。人間どもが招いた我々の忌まわしき運命を」
    闇王は語る。荒廃した都市のかつての姿———世界では主に魔族と呼ばれる闇を司りし者達が暮らすジャラン王国。古の時代にて世界を大いなる闇で支配していた邪神が生みし種族となるのが闇を司りし者であり、人間にとって恐怖の対象とされている悪魔の姿と闇の力を持つ事もあって人間とは一切関わりを持たず、闇王が治める闇を司りし者達の王国として繁栄していた。だがある時、一つの大陸が強大な力を持つ魔物の脅威にさらされ、それを打ち倒した人間———赤雷の騎士エリーゼ率いる英雄一同が王国に現れ、闇を司りし者達に戦いを挑んだ。それは未来永劫世界の平和を守る為であり、この世を再び闇と脅威に支配されてはならないという正義のままに、災いの根源となるものを全て淘汰しようとしていた人間達が闇を司りし者を災いを呼ぶ存在と認識していたが故の事であった。人間と相容れない立場であり、数々の人間の愚行を聞かされていた事で不信感を募らせていた闇王は人間の英雄と死闘を繰り広げた末、ジャラン王国共々滅びの運命を辿った。そしてケセルの手によって蘇った闇王は人間と正義への憎悪を滾らせ、地上の人間全てに裁きを下そうとしているのだ。
    「貴様等に解るか?愚かな正義のままに災いを呼ぶ者と認識され、そして滅ぼされた我々の悲しみを」
    闇王が事の全てを語り終えると、言葉を失うヴェルラウド達。重い静寂が支配すると、一筋の風が吹き付ける。
    「問おう、我を討たんとする人間どもよ。貴様等も闇の力を持つ者は全て世界に災いをもたらすものだと信じているのか?それを全て根絶やしにするのが人間の役割だというのか?」
    過去の出来事を考える余り言葉を詰まらせるヴェルラウドだが、リランが前に出る。
    「お前の問いに返答するならば、確かにその通りであろうな。我々人間は古の時代に起きた大いなる災厄の再来を恐れる余り、闇の力を持つ者は全て災いの根源だと認識しているところがある」
    闇王がリランに視線を向ける。
    「だが、お前達闇を司りし者は古の邪神によって生み出された存在だと聞く。お前達は地上で我々と共に生きる事を望んでいたというのか?」
    リランが問い掛ける。
    「古の……邪神……」
    闇王は憎悪に満ちた目をリランに向ける。
    「……残念だが、例えお前達がそう望んでいても、邪神が生んだものは決して人とは相容れられぬ定め。いずれ人と争い、世界に脅威をもたらす事になる。それ故に地上に留まる事は出来ない。我々の本意でなくともな」
    半ば心苦しい様子で、杖を握る手を震わせながらもリランは言葉を続ける。
    「許せ……闇王よ。お前達を討つ事は、お前達を救う為でもあるのだ。それに、今のお前から感じるものは邪悪なる力でしかない。このままだとお前は人間だけではなく、世界そのものを破滅に導くのが見えている。お前を救う為にも……」
    闇王の表情が険しくなると、更に雷鳴が轟く。
    「もういいよ、リラン様。綺麗事みたいな無駄話はいらねぇから」
    ヴェルラウドが遮るように言う。
    「闇王。お袋や親父達はお前にとって愚かな正義の為に戦ったのかもしれないが、俺はそうじゃない。俺は正義の為だとかいった理由で戦っているわけじゃない。お前は生きている限り、俺の命を狙い続けるんだろう?今のお前は、討たなくてはならない。俺のせいで、これ以上大切なものを失いたくないからな」
    剣を構えるヴェルラウド。続いてスフレが出る。
    「所詮あんた達とは何をやっても解り合えないのは見えてるし、あんたが何を言おうとあたし達は戦うわよ。その為に此処まで来たんだから」
    スフレが強気に言い放ち、魔力を高めていく。
    「闇王よ。お前達の運命が人間に与えられた使命と正義が招いた犠牲だとしても、今のお前からは邪悪な意思しか感じられぬ。邪悪な意思こそが災いを生むものだと俺は考えている。俺は己の信じる道を選ぶ」
    オディアンが大剣を構える。
    「……何処までも愚かな事よ。災いへの恐れ、そして正義という戯けた思想が生んだ罪を省みぬのが人間だというのならば、まずは貴様等から裁きを与えてくれる」
    闇王の手元に禍々しい形の大剣が現れる。闇と憎悪の力が武器と化した魔剣であった。
    「来るがいい、罪深き人間達よ。そして思い知れ。正義という大罪の愚かさを」
    魔剣を構える闇王の周囲から強風と共に闇の瘴気が迸る。圧倒的な威圧感を前に戦慄を覚えるヴェルラウド達。
    「行くぞ、闇王!」
    神雷の剣を手に、果敢にも闇王に斬りかかるヴェルラウド。続いてオディアンが飛び掛かる。
    「全力で行かせてもらうわよ」
    魔力を全開にしたスフレの全身が黄金のオーラに包まれると、両手から魔力のエネルギーが燃え上がる。リランは破闇のオーブを取り出し、魔力を集中させると同時に念じ始める。
    「うおおおおおお!!」
    激しく振り下ろされる闇王の魔剣。それは目にも止まらぬ勢いによる連続攻撃となり、咄嗟に剣で防御するヴェルラウドとオディアンだが一撃が重く、吹き飛ばされてしまう。
    「ぐあっ……」
    吹き飛ばされた二人が壁に叩き付けられると、闇王は魔剣を深々と突き立て、衝撃波と踊り狂うように唸る黒い雷を発生させる。
    「があああああっ!!」
    衝撃波と黒い雷の同時攻撃を受けたヴェルラウドとオディアンが絶叫する。
    「バーントルネード!」
    スフレに魔法による巨大な炎の竜巻。一瞬防御態勢に入る闇王だが、闇の魔力を高めては気合で竜巻を消し飛ばしてしまう。
    「ぜ、全然効かない……!?」
    驚くスフレに、闇王の反撃が襲い掛かる。魔剣を大きく振り下ろす事で巻き起こる真空波であった。
    「きゃあああああ!!」
    真空波の攻撃を受けるスフレ。マントは一瞬でズタボロに引き裂かれていた。
    「くっ……赤い雷よ!」
    ヴェルラウドは神雷の剣を握り締めながら、自身の赤い雷の力を呼び起こす。それに応えるように刀身が赤い電撃を纏い、全身が赤い膜のようなオーラに包まれる。同時にオディアンが立ち上がり、ヴェルラウドと共に立ち向かう。
    「翔連覇斬!」
    オディアンが斬撃の嵐を繰り出すと、ヴェルラウドが背後に回り込み、一撃を加えようとする。
    「邪魔だ」
    闇王の魔剣による薙ぎ払いが二人を蹴散らす。闇の魔力によるオーラで覆われた魔剣による一撃はかなりのダメージとなり、オディアンの鎧は大きく抉れる形で損傷していた。
    「ぐっ、げほっ……」
    流血する胸元を抑え、血を吐くヴェルラウド。闇王の力は圧倒的で、正面から立ち向かっても太刀打ち出来ない程であった。
    「強い。まさかこれ程までとは」
    闇王の強さを前に膝を付くオディアン。
    「みんな、諦めちゃダメよ!」
    励ますように言うスフレは、次の攻撃準備に取り掛かっていた。炎の魔力によって生み出された多大な炎の力———クリムゾン・フレアを放とうとしているのだ。
    「待て、ここは私に任せろ」
    破闇のオーブを持ったリランが声を掛ける。
    「リラン様!もしかして?」
    「うむ。闇王は想像以上に強い。いくら君達でもこのまま立ち向かったところで勝てる見込みは極めて薄いだろう。その為にも……」
    ヴェルラウドとオディアンはリランが手に持つオーブを見て即座に理解し、すぐさま距離を取ろうとする。
    「小賢しい。消え去れ」
    魔剣を手にした闇王が突撃してくる。
    「いかん!」
    襲い来る闇王の怒涛の攻撃を食い止めようとオディアンが前に出る。防御態勢に出るオディアンだが、闇王が繰り出す激しい攻撃を全て凌ぐ事は不可能であり、闇の雷を帯びた斬撃を受けてしまう。
    「がっ、がはっ……」
    鎧を砕かれ、深い傷を負ったオディアンは血反吐を吐きながら倒れてしまう。
    「オディアン!」
    思わず駆け寄るヴェルラウドとスフレだが、オディアンは立ち上がれる状態ではなかった。怒りの余り視線を闇王に向けるヴェルラウド。闇王は魔剣を掲げ、魔力を集中させていた。
    「闇王、そこまでだ!」
    リランが破闇のオーブを掲げると、オーブから眩い光が溢れ出し、玉座の間の瘴気を吸い取っていく。
    「……ウッ、グオオオオオオ!!」
    闇王の全身から溢れ出る瘴気と闇の光。それは闇王の力の源であった。闇王の力となるものは全てオーブに吸い込まれていき、玉座の間を覆い尽くしていた瘴気は完全に消えていた。リランの光の魔力と併せた事によってオーブで闇王の力を吸収する事に成功したのだ。
    「我が闇の力が……」
    力の源を吸収された闇王から感じる圧倒的な闇の力は失せていた。
    「すごーい!もしかして賢王様のオーブで闇王を大きく弱らせたっていうの!?」
    スフレが驚きと歓喜の声を上げる。
    「確かに……これならやれるかもな」
    ヴェルラウドは再び剣を両手で握り締め、赤い雷を纏わせる。
    「……人間どもがァッ……!!」
    激昂する闇王は魔剣を手に斬りかかる。ヴェルラウドは闇王と激しく剣を交えた。闇の力を失っているとはいえ、怒り任せに次々と斬撃を繰り出す闇王の攻撃は防御するのも精一杯になる程激しいもので、まともに食らうと大きなダメージは免れない勢いであった。だがヴェルラウドは剣に赤い雷の力を集中させ、闇王の斬撃を受け止めながらも反撃に転じようとしていた。


    父さん……母さん……今こそ俺に力を!


    闇王の渾身の一撃を剣で抑えた瞬間、ヴェルラウドは距離を取り、赤い雷の力が込められた神雷の剣を両手で構えながらも息を切らせる。同時にスフレも全魔力を集中させていた。



    その頃、レウィシア達はゲウドが放った闇王の眷属達との戦いを続けていた。
    「グオオオオオオオ!!オ……オオオオッ!!」
    レウィシアと戦うバウザーは怒り狂ったかのような雄叫びを上げながらも、大剣を手に斬りかかっていく。
    「あなたはこんな姿にされてまで戦う事を望んでいたの?そんな事……ないわよね」
    レウィシアは剣を両手で構え、バウザーの大剣を受け止める。そして剣を交える二人。バウザーの攻撃には戦略の欠片をも感じさせない、ひたすら力任せの攻撃を繰り出すだけであった。幾度か剣を交えたレウィシアは一度距離を取り、両手で剣を掲げる。すると、刀身が炎のオーラに包まれ、輝くように燃え始めた。
    「安らかにお眠りなさい」
    レウィシアが空中からの一閃を繰り出すと、バウザーの肉体は大きく裂かれ、黒く染まった血が噴き出した。
    「グァッ……ギャアアアアアアアァァッ!!」
    バウザーの断末魔が響き渡る。返り血を浴びながらも目を瞑り、思わず顔を逸らすレウィシア。その場に倒れたバウザーは「ニンゲン、コロス」と呟きながら息絶える。戦いに勝利したものの、レウィシアは後味の悪い気分に陥っていた。


    マドーレとの交戦を続けるヘリオは、全身が汗に塗れていた。口からは血を流しており、スタミナが消耗しているが故に息を切らせている。マドーレはドラミングをしながらも襲い掛かろうとしていた。
    「クッ……しぶとい奴だ。このままではマズイな」
    攻撃を加えても倒れる気配のないマドーレを前に、ヘリオは次第に劣勢を感じるようになっていた。口元の血を拭い、構えを取ろうとした直後、マドーレは闇の炎を吐き出した。
    「しつこい奴め」
    扇で追い風を起こすヘリオ。炎は凌いだものの、瓦礫がヘリオに向かって飛んで来る。
    「がっ……!」
    瓦礫の直撃を食らい、唾液を撒き散らしながら頭を大きく仰け反らせるヘリオ。マドーレが手当たり次第に瓦礫を投げつけているのだ。ヘリオは次々と来る瓦礫を間一髪で回避しつつも、マドーレの背後に回り込もうとする。
    「ウオオオオオオオオ!!」
    マドーレが雄叫びを轟かせながら巨大な瓦礫を投げつけた瞬間、ヘリオが巨大な炎の衝撃波を巻き起こす。衝撃波がマドーレに命中すると、更に扇を振り翳し、炎の蛇を放つ。
    「ゴアアアアアアァァァッ!!」
    炎の中でもがきながらも、耳障りな叫び声を上げるマドーレ。奴に決定打となる一撃を、と考えるものの、直接近付くのは却って危険だと判断したヘリオはその場で身構える。
    「グアアアア!!」
    翼を広げて飛び上がるマドーレが空中から闇の炎を吐き出す。即座に追い風を起こそうとするものの、体力の消耗で不意にバランスを崩してしまう。
    「しまった……!」
    防御が間に合わないと悟ったヘリオは目を瞑る。だがその直後、ヘリオの前に何者かが立ちはだかる。レウィシアであった。レウィシアはヘリオを守るように、燃え盛る闇の炎を盾で防いでいた。
    「貴様……レウィシアか」
    「何とか間に合ったようね。後は私に任せて」
    助太刀に現れたレウィシアがマドーレに挑もうとする。
    「フン、余計な真似をしてくれる」
    素直になれない態度で応えるヘリオを背に、レウィシアは空中にいるマドーレに鋭い視線を向けつつも構えを取る。
    「グオオオオアアアア!!」
    マドーレが翼を大きく広げ、レウィシアに向かって突撃を始める。


    剣を、放て———


    突然、レウィシアの頭から聞こえて来る声。それは、ブレンネンの声であった。


    真の太陽に目覚めたお前に与えられし戦神アポロイアの剣は、お前の魂と我の魂が力の根源となる。剣を放つのだ———


    レウィシアは声に従うがままに、マドーレに向けて剣を投げつける。剣はマドーレの右肩を貫くと、明るい色の炎に包まれていく。すると、レウィシアの中に入り込んでいたソルが突然顔を出し、マドーレに突き刺さっている剣に向かって飛び込んで行った。
    「グアアアアアアアアアア!!!」
    ソルが剣に触れた瞬間、炎は太陽の光のように輝き始める。
    「こ、これは……!?」
    驚愕の表情を浮かべるレウィシア。ヘリオも驚きの表情であった。輝く炎の中、マドーレの巨体は溶けるように消えていき、剣がソルと共にゆっくりと下降していく。
    「ソル!」
    レウィシアの元に駆け寄るソルはきゅーきゅーと鳴き声を上げ始める。その鳴き声は、いつになく活発な様子であった。地に落ちた剣を手に取ると、レウィシアは今のが真の太陽による力だと悟ると同時に、魔魂の力と合わせる事で途轍もない力を発揮するものだと思い知らされる。
    「成る程……それが真の太陽の力か」
    レウィシアの力を目の当たりにしたヘリオが脱帽したように呟く。
    「真の太陽……か……」
    複雑な想いを抱えるレウィシアは、気持ちを落ち着ける為に大きく息を吐いた。


    一方、テティノはラファウスの攻撃準備の時間稼ぎをすべく、数々の水魔法でビゴードを食い止めていた。
    「くそ、ラファウス!早くしろ……!」
    テティノの攻撃によるダメージが重なったビゴードは暴走し、目からの光線や稲妻による攻撃を次々と繰り出しているのだ。激しい風がラファウスの周囲に巻き起こる。魔力が最大限まで高まる目前であった。
    「……キエサレ……ニンゲン……」
    ビゴードが口から極太の光線を放つ。
    「カタラクトウォール!」
    咄嗟に水の壁で光線を塞ごうとするテティノだが、光線は防壁にすらならず、いとも容易く突き抜けてしまう。
    「しまっ……ぐあああああ!」
    光線によって吹き飛ばされるテティノ。
    「テティノ!」
    思わずラファウスが駆け寄る。
    「ぐっ……身体が……」
    全身を焦がしたテティノは立ち上がろうとするが、身体が付いて行かない程のダメージを負っていた。更に目を光らせ、稲妻を起こすビゴード。
    「ああああぁぁっ!」
    稲妻の攻撃を受けたラファウスはその場で膝を付いてしまう。
    「くっ、あと少しなのに……」
    ラファウスは再び立ち上がり、風の魔力を高めようとする。
    「ラファウスお姉ちゃん、ここはぼくに任せて」
    物陰に隠れていたルーチェが現れる。
    「ルーチェ!あなたは下がっていなさい」
    「嫌だ!こんな時にいつまでもジッとしてなんかいられないよ」
    ラファウスの制止を聞かず、ルーチェは光魔法で攻撃を仕掛けようとする。ビゴードはルーチェの存在に気付くと、狙いをルーチェに定めた。
    「いけない!早く逃げなさい、ルーチェ!」
    危機を感じたラファウスが止めようとすると、ルーチェは構わずに光魔法を発動させる。
    「ホーリーウェーブ!」
    光の波がビゴードを襲う。
    「グオオオオオオオ!!」
    ビゴードがけたたましい叫び声を轟かせると、ルーチェは更に光の波を放つ。
    「ルーチェ、あなたは……」
    ラファウスは自分の制止を聞かずに力になろうとしているルーチェの心意気を感じ取り、全力で風の魔力を高める。
    「シャイニングウォール!」
    ビゴードに襲い掛かる光の柱。ルーチェの光魔法による攻撃を次々と受けたビゴードは怒り狂ったかのような奇声を上げ、目を光らせながら稲妻を呼び寄せた。
    「わあああああ!!」
    迸る稲妻がルーチェに降り注ぐ。
    「ルーチェ!!」
    稲妻の攻撃を受けたルーチェは全身を焦がし、倒れてしまう。
    「うっ……お姉……ちゃん……」
    全身に痺れを残したルーチェは立ち上がる事が出来なかった。
    「……許さない」
    ラファウスは最大限まで高まった魔力を両手に集め、ビゴードに鋭い視線を向ける。その時、ビゴードに炎の蛇が次々と襲い掛かる。ヘリオの攻撃であった。
    「ヘリオ!」
    ヘリオの攻撃を確認したラファウスは助太刀に現れたと確信する。
    「フン、情けない奴らだ」
    辛辣な物言いで現れるヘリオ。傍らにはレウィシアがいた。
    「みんな、大丈夫!?」
    レウィシアがラファウス達の元へ駆け寄ろうとする。
    「レウィシア、下がってなさい!」
    両手が激しい風の渦に覆われたラファウスが飛び上がると、レウィシアはすぐさまその場から退く。
    「聖風の神子の名において、今こそ我が風の力の全てを呼び覚ます時。風の神よ……魔を絶つ大いなる螺旋の風となりて呼び起こせ———ヴォルテクス・スパイラル!」
    唸る巨大な螺旋状の衝撃波がビゴードに向かっていく。
    「グギャアアアアア!!」
    衝撃波に飲み込まれたビゴードはおぞましい程の叫び声による断末魔を轟かせ、全身がズタズタに引き裂かれていく。毒々しい色をした血飛沫が舞う中、ビゴードは螺旋の衝撃波の餌食となり、息絶えた。
    「何とか……やりましたね」
    ビゴードを撃破した事を確認したラファウスは軽く息を吐き、その場に座り込む。
    「ルーチェ!」
    状況を確認したレウィシアが倒れているルーチェの元に駆け寄る。
    「ルーチェ、大丈夫!?」
    レウィシアの声に気付いたルーチェは安心したような表情になる。
    「お姉ちゃん……やっと来てくれた」
    「ルーチェ、ごめんね。もっと早く来ていたら……」
    レウィシアはそっと顔を寄せ、ルーチェの頭を軽く抱きしめる。
    「全く、この子は随分無茶をしたものですよ。下がってなさいと言ったのに」
    ラファウスがルーチェの奮闘ぶりを説明すると、レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
    「そう……ルーチェも頑張ったのね。本当に大丈夫?」
    「うん、ぼくは何とか。それよりも、傷ついたみんなを治さなきゃ」
    全身の痺れが治まったルーチェはゆっくりと立ち上がり、ラファウス達の負傷を回復させようとする。
    「私は構いませんよ。まずはテティノを治してあげなさい」
    ルーチェはラファウスの言葉に従い、倒れているテティノに回復魔法を掛ける。
    「済まないな、ルーチェ。もう大丈夫だ」
    負傷から回復したテティノが礼を言う。
    「レウィシア、急ぎますよ。ヴェルラウド達は今頃闇王のところにいるかもしれません」
    「……そうね」
    半ば心が晴れないまま、レウィシアは全ての敵が倒れた事を確認しては闇王の居城へ向かおうとする。
    「クヒャーッヒャッヒャッヒャッ!!」
    ゲウドの笑い声が響き渡る。一同が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドの姿があった。
    「ヒヒヒ、流石じゃのう。眷属どもを倒しおったか」
    嫌らしく笑うゲウドを見たレウィシアは怒りに震える。
    「答えなさい!何故お前はこんな非人道な事を……!」
    感情的に声を荒げるレウィシア。ゲウドは醜悪な笑みを浮かべるばかりであった。
    「クヒヒヒ……奴らは同族といえど、所詮はワシの手駒でしかない。闇王の奴もいずれ手駒になるんじゃからのう」
    「何ですって!?」
    非道なゲウドの言葉にレウィシアは剣を構える。
    「ヒヒヒヒ、レウィシアよ。ヴェルラウドを助けたければ今すぐ城に来るが良い。貴様が助太刀に来ると有難いぞ」
    そう言い残し、去って行くゲウド。
    「待ちなさい!」
    後を追うレウィシアだが、ゲウドを乗せた浮遊マシンは勢いよく城の方へ向かって行く。
    「あいつの口ぶりからすると、まさか闇王も利用するつもりなのか?」
    テティノの一言。
    「あの男も敵である事に変わりないでしょう。早く私達も行きましょう」
    ルーチェの回復魔法で全快したラファウスはテティノの傍らで、闇王の居城をジッと見つめていた。
    「……もしかして……闇王も本当は……」
    俯き加減にレウィシアが呟く。
    「どうした」
    ヘリオが声を掛ける。
    「ううん、何でもない。ヴェルラウドを助けなきゃ」
    レウィシアは気持ちを切り替え、振り返らずに足を進める。
    「……フン、真の太陽に目覚めても甘さは消えていないというのか」
    続いてヘリオが歩き出す。
    「お姉ちゃん、待って」
    ルーチェがレウィシアの元へ駆けつける。
    「どうしたの、ルーチェ?」
    足を止め、ルーチェの方に視線を移すレウィシア。ルーチェの表情は何処か浮かない様子であった。
    「お姉ちゃん……ぼくと手を繋いでもいい?」
    「え?」
    「何だかわからないけど、怖いんだ……。でも、お姉ちゃんが傍にいないともっと怖い。だから、お姉ちゃんと歩きたいんだ」
    不安そうにルーチェが言うと、レウィシアは笑顔で手を差し伸べる。ルーチェはそっとレウィシアの手を握る。心地良い温もりが伝わるレウィシアの手を握っているうちに、ルーチェの心が次第に和らいでいった。
    「ルーチェ……大丈夫よ。何があっても、お姉ちゃんが守ってあげるわ」
    レウィシアはルーチェを抱きしめる。
    「何をしている。此処は敵地だという事を忘れるな」
    怒鳴りつけるようにヘリオが言うものの、レウィシアはずっとルーチェを抱きしめていた。その様子を静かに見守るテティノとラファウス。
    「下らん、勝手にしろ」
    付き合ってられんと言わんばかりにヘリオはそっぽを向く。レウィシアはルーチェの手を握りながらも再び歩き始める。都市を抜け、瘴気に満ちた道から闇王の居城へ向かうレウィシア達を迎えるかのように、雷鳴が次々と鳴り響いた。
    破滅の王闇王の魔剣による激しい斬撃を凌ぎながらも応戦するヴェルラウドを見守りつつも、負傷したオディアンの回復に専念するリランは思う。

    父から聞かされていた事———冥神と呼ばれた古の邪神は完全に滅びたわけではない。冥神は神に選ばれし者によって封印されただけに過ぎず、地上を支配していた頃から神格となる者が持つ創生の力で魔の種族を創り出していたという。その末裔が闇を司りし者である事。長い年月を経て、闇を司りし者は人間が寄り付かない場所で暮らすようになったが、冥神の創生の力で生み出された存在なだけあっていつかは冥神による邪悪なる意思と力が目覚め、人と争い、そして冥神に並ぶ脅威が生まれ、冥神そのものを目覚めさせると言われている。人と相容れぬ魔は、人との争いは避けられぬ宿命。

    神や英雄に選ばれし人間の使命は、地上の光と平和を守る事。一寸の光も無い、地上の全てが暗黒に支配されていた魔と破滅の時代を繰り返してはならない。その為にも、地上に災いを呼ぶ者は滅ぼさなくてはならないのだ。

    歴戦の英雄に倒され、邪悪なる存在によって復活した闇王は人間と正義への憎悪を糧とし、邪悪な力を思うが儘に振るい、完全なる憎悪のままに人間に裁きを下そうとしている。彼らも我々人間と共に地上に生きる事を望んでいたのなら、闇を司りし者に挑んだ英雄、そして人間達の選択は間違っていたのだろうか?

    冥神に生み出された存在といえど、罪が無くとも彼らは滅ぼさなくてはならないのだろうか。


    「うおおおおお!!」
    闇王の魔剣を抑えながらも、ヴェルラウドは剣に力を込める。刀身から溢れ出る赤い雷が迸り、魔剣を伝って闇王に雷が襲い掛かる。
    「グオオオオアア!!」
    闇王が絶叫すると、燃え盛る巨大な炎の玉を掲げたスフレが飛び上がる。
    「クリムゾン・フレア!」
    スフレが放った巨大な炎の玉は一瞬で闇王を飲み込んでいく。
    「グアアアアアアアアアアア!!」
    炎の中で更に絶叫する闇王。着地したスフレの元に、リランの回復魔法によって傷が癒えたオディアンが大剣を手にやって来る。
    「オディアン、大丈夫なの?」
    「うむ、リラン様のおかげで大丈夫だ」
    スフレの攻撃で闇王がもがいている中、ヴェルラウドは剣を構えたまま負傷から回復したオディアンの様子を伺う。
    「オディアン、スフレ。後は俺に任せろ。奴の一番の狙いは俺だ」
    いつ反撃が来ても応戦出来るよう、常に攻撃態勢を崩さないヴェルラウド。
    「解った。お前にとっては因縁の戦いだからな」
    快く承諾するオディアン。
    「全く、無茶だけはするんじゃないわよ」
    スフレはヴェルラウドの意思に応えるようにその場から下がる。
    「来いよ闇王。まだ終わりじゃないんだろ?」
    両手で剣を構えながらもヴェルラウドが言い放つ。
    「……おのれ……ヴェルラウド……」
    燃え盛る炎の中、闇王は憎悪の目を光らせながらも魔剣を構えていた。


    闇王の元へ向かおうとするレウィシア達は、闇王の城に潜入していた。
    「なんて禍々しい空気……」
    闇の炎が揺らめき、定期的に鳴り響く雷鳴の中、城内に漂う邪気を肌で感じ取ったレウィシア達は緊張感に襲われていた。城内を進もうとした瞬間、ルーチェが突然震え始める。
    「ルーチェ……?」
    思わず声を掛けるレウィシア。
    「……魂の声が……たくさん聞こえる。ここにいる魂の声が……」
    「え!?」
    レウィシアは驚きの声を上げる。ルーチェは城内に佇む無数の魂の声を聞いていた。それは王国に住んでいた闇を司りし者達による闇王を称える声、人間への怒り、滅びの運命を辿った事による嘆き、そして悲しみの声であった。
    「うっ……あああぁぁあっ!!」
    ルーチェは頭を抱え、蹲りながら叫ぶ。
    「ルーチェ!!」
    レウィシア達はルーチェを支えようとするものの、ルーチェは苦しそうに叫んでいた。


    ジャラルダ王万歳!ジャラルダ王万歳!

    ジャラルダ王万歳!ジャラン王国に栄光あれェェ!!

    ニンゲン……おのれ、忌まわしきニンゲンめェェ……

    忌々しいニンゲンどもめ……エルフを滅ぼしたのもニンゲンども……

    ニンゲンは正義と平和の為に我々を滅ぼした……

    ニンゲンは正義トイウ罪ヲ背負イシ生キ物……正義トイウ罪ガ王国ヲ滅ボシタ……


    多くの魂の声を聞き取ったルーチェは呼吸を荒くしながらも、魂の声の内容を全てレウィシア達に伝える。自分達を滅ぼした人間に強い憎悪を露にする声、正義と平和の為にという理由で王国共々滅ぼされた事への恨み、そして人間こそが真の災いの根源であり、正義こそが真の罪と主張する声も存在するという。
    「何ですって……本当の事なの!?」
    愕然としつつも声を荒げるレウィシア。
    「……今、全ての魂を浄化させる」
    ルーチェは苦しそうにしながらも救済の玉を取り出し、強く念じながらも祈りを捧げる。
    「オ……オオ……アアァァァ……」
    怨霊のような声が響き渡り、無数の霊魂が次々と昇って行く。
    「な……これだけの数が……?」
    城に佇んでいた魂の数を見て驚くレウィシア達。全ての魂が昇って行くと、ルーチェはフラフラとレウィシアに寄り掛かった。
    「ルーチェ!」
    「ぼくは大丈夫……今まで聞いた事のない声だったから……」
    発作を起こしたかのような過呼吸で言うルーチェの表情を見て、レウィシアはルーチェをそっと抱きしめる。
    「どういう事なんだ……この国に存在していた奴らは人間に滅ぼされた恨みを持っているというのか?」
    ルーチェの話を聞いているうちに、テティノは何とも言えない気分に陥っていた。
    「人間への恨み……」
    ラファウスの脳裏に浮かんできたのは、人間への復讐に生きるエルフ族の末裔セラクの姿であった。人間の愚行によってセラクという復讐鬼が生まれ、そして人間の正義によって生まれた多くの憎悪が此処にある。ラファウスは人間の在るべき姿について再び考え始める。


    セラク……あなたの深い憎悪と悲しみは決して忘れていない。いえ、忘れてはならないもの。

    あなたが人を憎悪する理由は、許されざる人の罪によるもの。

    憎悪、復讐といった負の思想を生むのは、人の罪だけではない。人の行いによっては、様々な負を生む事にもなる。

    人への憎悪という負は、人が存在する限り決して消えないのかもしれない。


    だけど……私は正しい心を失うわけにはいかない。正しい人の在り方を知っているのだから。


    「どうした、ラファウス?」
    テティノに声を掛けられると、我に返ったような反応をするラファウス。
    「……何でもありません。この国の民も、呪われた運命の中で生きている。私達の手で救わなくては」
    ラファウスの言葉を聞いたレウィシアはルーチェを抱いたまま振り返る。
    「行きましょう、みんな。私達に出来る事は……戦うしか他に無い」
    レウィシアの一言に全員が頷く。そして一行は足を進ませる。邪悪な雰囲気が漂う暗黒の回廊では、ひたすら雷鳴の音が鳴り響いていた。回廊を抜け、大広間に出たレウィシア達は足を止める。レウィシア達が見たものは、魔物に変えられていたところをリランの破闇のオーブによって元の姿に戻り、魂を抜かれているが故に抜け殻の状態で倒れているサレスティル王国の人間達であった。
    「これは一体!?どうして此処に人間が?」
    レウィシア達は人々の様子を確認するが、全く反応を示さないどころか息をしていないという事実に愕然とする。
    「まさか、全員死んでいるのか……?」
    青ざめるテティノだが、ルーチェが静かに念じる。
    「……この人達は死んでるわけじゃない。魂を抜かれているんだ。魂の力を感じない」
    ルーチェの言葉によって更に驚くレウィシア達。
    「魂を抜かれている……?何があったというの?」
    事態が理解出来ないまま戸惑うレウィシアはひたすら辺りを見回す。


    ———クックックッ……その通り。そこにいる人間どもは皆、我が腹心に浚われたサレスティルの民だ。


    不意に響き渡る声に、レウィシア達は一瞬身構える。
    「その声は……貴様、何処にいる!」
    声の主がケセルだと確信したレウィシアが剣を手にした瞬間、ケセルの分身となる巨大な一つ目の黒い影が現れる。


    ———クックックッ、貴様らも来るとはな。レウィシアよ、あれ程の力の差を見せつけられた上に打ちのめされても、まだこのオレを倒そうとしているのか?


    嘲笑うようにケセルが黒い影を通じて言い放つと、レウィシアは怒りを滾らせる。
    「黙れ!今の私はあの時とは違う。貴様だけは必ず倒してやる!」
    レウィシアの声に応えるように、ラファウスとテティノ、そしてヘリオも戦闘態勢に入る。


    ———フハハハハ、それは面白い。だが、オレはまだ貴様らの相手をしている暇はないものでな。オレを倒したければまずは闇王を倒してみる事だ。ヴェルラウドという虚け者もいずれ闇王の餌食になるのが見えているからな。


    黒い影の目が大きく見開かれると、倒れている人間達が突然宙に浮かび上がる。目は巨大な口に変化し、人間達は次々と黒い影の巨大な口に吸い込まれていく。
    「貴様っ!!」
    阻止しようと剣を手に食って掛かるレウィシアだが、黒い影が放った強烈な闇の衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。
    「ぐっ!やめろおおおっ!!」
    再び突撃するレウィシア。ラファウス達も向かうものの、倒れていた人間達は全員黒い影に吸収されてしまった。
    「そ、そんな……」
    黒い影の行いを止められなかったレウィシアはガクリと膝を付いて落胆する。


    ———クックックッ……無駄な事だ。如何に貴様が力を付けたとしても救えぬものがあるのだよ。貴様の太陽の力であろうとな。フハハハハ……レウィシアよ。近いうちに再び貴様と直接会う事になるだろう。無力の余り、絶望に打ちひしがれる貴様の姿を拝む為にな。


    嘲笑いながらも消えていく黒い影。
    「レウィシア……」
    膝を付いているレウィシアにラファウスがそっと声を掛ける。
    「……ケセル……絶対に許さない」
    立ち上がるレウィシア。その表情は激しい怒りに満ちていた。
    「行くわよ、みんな」
    心配する仲間達の顔を見る事なく、レウィシアは再び足を動かす。重苦しい空気の中、ラファウス達は黙ってレウィシアの後に続いた。



    ヴェルラウドと闇王の死闘は続いていた。剣と剣の激突は幾度となく繰り返され、激しく散る火花と轟音が一撃の重さを物語っていた。
    「があああっ!!」
    闇王が飛び上がる。上空で魔剣を掲げると、ヴェルラウドは赤い雷が帯びた剣を構えての防御態勢に入る。空中からの渾身の一撃であった。ヴェルラウド目掛けて振り下ろされる一撃。耳に響く程の轟音が轟くと、思わず目を覆うスフレ。闇王の一撃は、ヴェルラウドの剣によって抑えられていた。だが、闇王は更に力を込める。
    「おおおおおおおお!!」
    魔剣から伝わる凄まじい力によって押され気味になるヴェルラウド。顔が汗に塗れ、剣に力を込めながらも必死で闇王の魔剣を抑え続ける。
    「邪神が生んだものは人とは相容れられぬ定めだと……実に愚かしい。定めなど所詮は貴様等人間の正義がもたらす思想によるものだ」
    譫言のように闇王が呟く。両者の激しい力比べはまだ続いていた。
    「それとも……貴様等の言う定めは人間を創りし神の望みだと言うのか?」
    闇王の力押しに、ヴェルラウドは自身の力で魔剣を抑えるのに限界を感じるようになる。
    「ヴェルラウド!」
    スフレが飛び出そうとするが、オディアンに止められてしまう。
    「ちょっと、何するのよ!」
    オディアンの制止を聞かずに加勢しようとするスフレ。
    「スフレよ、ヴェルラウドを信じろ。これは奴の戦いだ」
    「でも……」
    「お前が信じなくてどうするというのだ」
    真剣な眼差しでオディアンが言う。
    「今はヴェルラウドに任せるのだ、スフレよ。余計な手出しをすると却って危険だ」
    続いてリランが言う。
    「……ヴェルラウド」
    スフレは全力で闇王の魔剣を抑えているヴェルラウドの姿を見る。
    「……定めだとか正義だとか……知った事じゃない」
    「何?」
    「俺はただ、お前が許せない。お前はこれからも多くのものを壊そうとしている。俺はそんなお前が許せないから、お前を討つんだ。ぐっ……おおおあああああ!!」
    闇王の魔剣を押し退ける勢いでヴェルラウドが叫ぶと、神雷の剣から激しい光が発生する。それは赤い雷光となり、周囲を薙ぎ払う勢いで闇王に襲い掛かった。
    「ガアアアアアアアアアァァァッ!!」
    赤い雷光を受けた闇王が苦悶の叫び声を轟かせる。ヴェルラウドは赤い雷光に覆われた神雷の剣を構え、闇王に突撃する。
    「闇王、そこまでだ」
    雷を伴う赤き一閃。その一撃は闇王の黒い甲冑を砕き、肉体を切り裂くという深手を与えた。同時に闇王の右腕が切り飛ばされ、多量の赤黒い血が迸る。
    「ゴアアアアァァァァァァ!!!」
    大きなダメージを受けた闇王は絶叫しながらも膝を付き、血を流しながらも苦しそうに喘ぎ出す。
    「やったあ!闇王に勝ったのね!?」
    歓喜の声を上げるスフレだが、ヴェルラウドは苦痛に喘ぐ闇王の姿を見つめていた。
    「ググ……この我が、二度も人間に……」
    立ち上がろうとする闇王だが、傷の深さでよろめくばかりであった。
    「ふん!もうあんたの負けよ、闇王。観念して成仏なさい!」
    腰に手を当てて強気な態度で言い放つスフレ。
    「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!!」
    突然響き渡る笑い声。ヴェルラウド達が見上げると、浮遊マシンに乗ったゲウドが戦いの結果を見下ろすように笑っていた。
    「ゲウド!」
    「ヒャッヒャッ、なかなかやるのう。まさかここまでやるとは驚いたぞ」
    致命傷を負い、苦しんでいる闇王の姿を見るゲウドだが、その表情は醜悪な笑みを浮かべたままであった。
    「ヒヒヒ……これで闇王様を、いや。闇王を倒したつもりか?ヴェルラウドよ」
    「何だと?」
    「ヒヒ……バカめが。貴様らはあくまで力を制御している闇王に勝っただけに過ぎぬのじゃ」
    嘲笑うようにゲウドが言う。
    「力を制御だと?どういう事だ!」
    「ヒヒヒ……言わずとも、今から思い知る事になるじゃろうて。真の恐怖をな」
    ゲウドが去って行くと、思わず闇王に視線を移すヴェルラウド達。闇王は傷口を抑えながらも激しい憎悪を燃やし、悪鬼のような表情を浮かべていた。
    「こいつ、もしかしてまだ……」
    闇王の表情を見たスフレは冷や汗を流す。
    「……赤雷の騎士ヴェルラウド……そして人間ども。我々を滅ぼした貴様らへの裁きを下す為ならば、最早手段を選ばぬ。己の心を……己の全てを捨ててでもな」
    闇王は左腕で魔剣を手にすると、自身の胸に突き刺した。突然の行動に驚くヴェルラウド達。
    「ウグッ……ガ……アアアアァァァァアアアッ!!」
    苦痛に満ちた咆哮。魔剣が引き抜かれると、闇王の口から大量の黒い瘴気と無数の魂が吐き出される。完全なる復活の為にケセルから与えられた暗黒の魂による力の暴走を抑える為の生贄となった魂であり、それが全て吐き出されているのだ。
    「な、何だ……?」
    ヴェルラウド達は戦慄を覚える。魂が全て吐き出された瞬間、闇王の全身から闇の瘴気が発生し、凄まじい闇の力に覆われる。
    「グオオオオアアアァァァァアアアアア!!ウガアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!」
    激しい苦痛に蝕まれ、更に咆哮を轟かせる闇王。崩れた表情のまま頭を抱え、蹲る闇王の姿に立ち尽くすヴェルラウド達。
    「な、何なのよ?一体何があったっていうのよ!?」
    苦痛の咆哮を上げる闇王を前に、スフレは恐怖を感じていた。
    「……ヴェル……ラウド……ニンゲン……キサマらヲ……全て……ホロボス……ガアアアアァァァァァアアアアッ!!!」
    禍々しく光る濁った目と化け物のように崩れた顔で叫んだ瞬間、闇王の甲冑がバラバラに砕け散り、血管が浮き出た肉体が露になり、徐々に膨れ上がっていく。切断された右腕が再生し、手足共々筋肉質となり、背中から巨大な翼が生え、悪魔のような醜悪な魔物の顔に変化していく。
    「ゴアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」
    変化した闇王の姿から黒い瘴気が巻き起こる。
    「あ……ああ……」
    黒い瘴気の中、現れたのは逞しい肉体を持つ異形の巨大な悪魔へと変身した闇王であった。
    「グオオオアアアアアァァァァァァッ!!」
    床に落ちた魔剣を踏み砕いて壁を破壊し、凄まじい咆哮を上げる闇王。その巨体は禍々しい闇のオーラに覆われていた。
    「こ……これが闇王の真の姿!?」
    戦慄の余り立ち尽くすヴェルラウド達の姿を目にした闇王は、力任せに両手の拳を床に叩き付ける。
    「うわああああ!!」
    地響きと共に凄まじい衝撃波が襲い掛かり、大きく吹っ飛ばされるヴェルラウド達。その威力は城全体を震撼させる程の恐るべきものであった。
    「くそ……もう一度オーブを!」
    リランは破闇のオーブを掲げる。光と共に辺りの瘴気を吸い取り、闇王の全身から放っている瘴気と力の吸収が始まるものの、オーブに罅が走り、砕け散ってしまう。巨大な悪魔と化した闇王はオーブでは吸収出来ない程の凄まじい闇の力を解放していたのだ。
    「破闇のオーブが……」
    リランが愕然としていると、闇王の口から激しく燃え盛る闇の炎が吐き出される。炎は巨大な渦となって巻き起こり、玉座の間全体を覆い尽くした。
    「あああああああああああぁぁぁ!!」
    闇の炎による攻撃を受けたヴェルラウド達は一瞬で大きなダメージを受けてしまう。
    「くっ……!」
    炎の中、赤い雷光を纏った剣を手にヴェルラウドが突撃する。同時に大剣を持ったオディアンも駆け付ける。ヴェルラウドの一閃とオディアンの剣技が決まるものの、闇王はおぞましい雄叫びを上げ、剛腕を振り回す。
    「ぐああ!」
    剛腕の一撃を受けたオディアンが倒されてしまう。炎が消え、空中から一撃を繰り出そうとするヴェルラウドだが、闇王の拳がヴェルラウドの身体に叩き込まれる。
    「ヴェルラウド!!」
    拳の一撃を受けたヴェルラウドは勢いよく壁に叩き付けられる。
    「がっ……げぼっ」
    大量の血反吐を吐き、全身に響き渡る激痛に苦悶の声を上げながらも倒れるヴェルラウド。
    「……う……あぁっ……」
    ヴェルラウドとオディアンをも軽く捻る程の圧倒的な闇王の強さを見せつけられたスフレは、恐怖の余り足が竦んでしまう。闇王は濁った目を見開かせ、ひたすら咆哮を轟かせていた。リランは闇王の攻撃で倒れたヴェルラウドとオディアンを回復させようとしていた。
    「うくっ……ま、負けてらんないのよっ!」
    スフレは必死で恐怖感を払い除け、魔力を高める。
    「や……やめろスフレ……がはっ」
    応戦しようとするスフレを止めようとするヴェルラウドだが、一撃によってアバラを数本折られ、ろくに身体を動かす事が出来ない状態だった。スフレは残る魔力の全てを集中させ、巨大な炎の玉を作り出す。クリムゾン・フレアであった。炎に気付いた闇王は視線をスフレに移す。
    「クリムゾン・フレア!」
    巨大な炎の玉が闇王の顔面を捉え、激しく燃え上がる。
    「グオオオオオオオオオオ!!!」
    雄叫びを上げながらも、顔の炎を消し飛ばす闇王。手応えは殆どない様子だった。
    「そ、そんな……」
    たじろぐスフレに襲い掛かる闇王の攻撃。咆哮と共に降り注ぐ黒い稲妻であった。
    「きゃああああああ!!」
    稲妻を受け、倒れるスフレ。
    「ぐはあっ!!」
    闇王の足が、うつ伏せで倒れているスフレの背を踏みつける。スフレの口から血が吐き出されると、背を踏みつけている闇王の足に力が入る。
    「がっ……あああああっ……!!」
    背骨の折れる音が響き渡り、苦悶の声を漏らすスフレ。
    「貴様っ……!」
    オディアンが立ち上がり、スフレを助けようと闇王に立ち向かうものの、剛腕による一撃で返り討ちにされてしまう。闇王はスフレから離れては翼を広げ、空中に飛び上がる。上空に浮かぶ闇王の両手が闇の渦に覆われ始める。魔力の渦であった。
    「ぐっ……何という力だ。このままでは……」
    リランは魔力の渦を両手に纏う闇王の姿を見て恐怖感を覚える。咄嗟にヴェルラウド、スフレ、オディアンの状態を確認するが、三人は既に動けない程の満身創痍であった。
    「……キ……エ……サ……レ……」
    闇王の両手に渦巻く魔力は巨大な闇の力と化し、双方同時に螺旋状の衝撃波となって放たれる。勢いよく唸る双方の衝撃波が迫る中、動けないヴェルラウド、スフレ、オディアンを背にリランが立ちはだかる。
    「ヒヒヒヒヒ……ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!これが破滅の王へと進化した闇王の力か。想像以上に恐ろしく凄い事になりそうじゃのう」
    遠い位置でヴェルラウド達の戦いの様子を監視していたゲウドは、闇王の凄まじい力を見て驚喜していた。
    冥神の力

    ニンゲン……ホロビヨ……

    スベテ……キエサレ……


    己の全てを捨て、心も捨てた闇王は人間への深い憎悪、全ての破壊という形の破滅を呼ぶ異形の悪魔と化し、本能のままに暴走を繰り広げ、そして両手からの荒れ狂う闇の衝撃波。圧倒的な闇王の力に打ちのめされたヴェルラウド達を死守すべく、リランは全ての魔力を防御の力へと変え、身を挺して立ちはだかっていた。


    最早お前の運命は破滅でしかない。憎悪に捉われる余り、破壊の悪魔と化したお前は光ある者に必ず滅ぼされる。お前の犠牲になるのは私で最後にしたい。彼らまでも死なせるわけにはいかないのだ。


    唸る螺旋状の衝撃波が迫り来ると、リランは最大限まで高めた魔力を解放させようとする。
    「リラン様、逃げろ!」
    激痛に苦しむヴェルラウドが叫ぶものの、リランは微動だにしない。次の瞬間、衝撃波が突然爆発を起こす。その衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるリラン。ヴェルラウドは驚きの表情を浮かべる。太陽を思わせる光に包まれたソルの姿とレウィシアの盾が浮かんでいるのだ。爆発は、レウィシアが投げつけた盾と同時に飛び込んできたソルの力が闇王の衝撃波と激突した事によるものであった。
    「あれが闇王……?」
    現れたのは、剣を手にしたレウィシアであった。続いてラファウス、テティノ、ルーチェ、ヘリオがやって来る。
    「待てよ、あんな化け物が闇王だというのか?」
    上空に佇む闇王の姿を見たテティノは戦慄する。盾を運ぶソルがレウィシアの元へ帰って来ると、レウィシアは盾を手にし、ソルはレウィシアの中に入り込んでいく。
    「レウィシア……来てくれたのか。ぐっ、ごぼっ!」
    ヴェルラウドは血を吐きながら立ち上がろうとする。
    「ルーチェ、ヴェルラウド達を頼むわ」
    「う、うん」
    ルーチェは満身創痍となったヴェルラウド達の回復に向かう。
    「レウィシア……君達ならば闇王を……」
    リランはよろめきながらレウィシアに声を掛けるものの、その場に倒れてしまう。全身に闇のオーラを纏う闇王が降り立つと、レウィシア、ラファウス、テティノの三人は魔魂の力で全ての魔力を覚醒させる。
    「はあああああっ!!」
    レウィシアが飛び掛かり、闇王に一閃を繰り出す。
    「トルメンタ・サイクロン!」
    ラファウスの風魔法によって、闇王の周囲に激しい風と鋭い真空の刃による巨大な渦が巻き起こる。
    「ウォータースパウド!」
    テティノの水魔法による巨大な水の竜巻が闇王に襲い掛かる。
    「ゴオオオオオオオオ!!」
    闇王が雄叫びを上げると、ラファウスとテティノの風の渦と水の竜巻を吹き飛ばしてしまう。更に剣で攻撃を加えていくレウィシアだが、鋼のように頑丈な剛腕で受け止められ、反撃の拳が襲う。
    「ぐっ!」
    拳の一撃で殴り倒されるレウィシア。おぞましい咆哮が響き渡る中、レウィシアは口から流れる血を軽く手で拭いながら立ち上がり、炎の魔力を最大限まで高めようとする。
    「くそ、何なんだこいつは……!」
    テティノは冷や汗を掻きながらも槍を手にする。
    「濫りに正面から向かっては危険だ」
    そう言ったのはヘリオであった。
    「レウィシアよ、奴の隙を見つけて渾身の一撃を与えろ。他の連中は余計な手出しをするな」
    ヘリオは軽く息を吐き、素早い動きで大きく飛び上がっては扇を激しく振るう。巨大な炎の蛇が闇王の顔面に向かって行く。顔面が炎に包まれた闇王は暴れるように地団駄を踏むと、レウィシアは両手で剣を構え、闇王の懐に飛び込む。
    「グオオオオオオオオ!!」
    闇王の胸元にレウィシアの剣が突き刺さると、剣から炎が溢れ始める。そして真の太陽の力を目覚めさせたレウィシアは剣を引き抜き、大きく目を見開かせる。
    「ギャアアアアアアア!!!」
    眩く輝く炎に包まれた闇王が苦痛の咆哮を上げる。
    「す、凄い……これが太陽の力というものなのか」
    リランはレウィシアの真の太陽による力に驚きを隠せない様子だった。炎が消えた時、闇王は煙を発しつつも唸り声を上げながら蹲っていた。レウィシアが闇王に近付くと、不意に足を止める。


    ———ニンゲンは正義と平和の為に我々を滅ぼした———


    闇を司りし者達が抱く嘆きと悲しみ、そして人間への激しい憎悪———今此処にいる闇王もまた、闇を司りし者の国を治める王として正義と平和の為に滅ぼされた事による憎悪と悲しみを抱いている。そんな事実が頭を過ると、攻撃しようとしていた手を止め、構えを解いてしまう。
    「おい、何をしている!」
    ヘリオが怒鳴りつけると、醜悪な顔を浮かべた闇王が立ち上がる。思わず構えようとするレウィシアだが、怒りに満ちた闇王の体当たりがレウィシアの身体を撥ね飛ばした。直撃を受け、壁に叩き付けられるレウィシアに更なる攻撃が襲い掛かる。
    「ぐぼおっ……!」
    闇王の拳がレウィシアの脇腹を抉ると、レウィシアは大量の胃液を吐き出す。胃液の中には血が混じっていた。脇腹を抑え、ゲホゲホと苦しげに咳き込んでいるところに闇王の巨大な手がレウィシアの頭を掴み、身体ごと持ち上げる。
    「があああぁぁぁぁあっ!!ごあああああぁぁぁぁ!!」
    闇王に頭を鷲掴みにされているレウィシアが苦痛に満ちた形相で叫び声を轟かせる。このまま頭蓋骨を砕き、頭を握り潰してしまう程の恐るべき握力であった。
    「レウィシア!」
    「チッ、馬鹿めが」
    ヘリオが大きく扇を振り下ろし、炎の渦を発生させる。渦巻く炎が闇王の顔面を焼き、頭を掴んでいる闇王の手から解放されるレウィシア。だが次の瞬間、レウィシアとヘリオの元に黒い稲妻の嵐が降り注ぐ。
    「あああぁぁぁぁあっ!!」
    稲妻の攻撃を受け、焦がした全身から黒い煙を発しながら倒れるレウィシアとヘリオ。
    「レウィシア!!」
    ルーチェによって負傷から回復したヴェルラウドが駆け寄る。同時にラファウスとテティノも駆け付けた。
    「グオオアアアアアアア!!グアアアアアアアアアア!!」
    闇王が両手に魔力の渦を纏い始める。
    「いかん!闇王の奴、またあれを……!」
    リランが冷や汗を流しつつも、レウィシアの様子を伺う。
    「ぐっ、みんな……ここは私が……げほっ」
    レウィシアは頭を抑えながらフラフラと立ち上がると、剣を手に闇王の元へ向かおうとする。
    「テティノ、全力で援護しますよ」
    魔力を最大限まで高め、風の魔力のオーラに包まれたラファウスが両手に魔力を集中させる。
    「僕は逃げやしない。こんなところで死んでたまるか!」
    テティノもラファウスに続いて魔力を最大限まで高める。闇王の両手に纏う魔力の渦は大きく広がり、螺旋状の衝撃波となって放たれようとしていた。
    「……う……どうなったっていうの?」
    ルーチェの回復魔法で全快したスフレとオディアンが戦況を把握しようとする。
    「ゴオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
    闇王の両手から凄まじい勢いで渦巻く衝撃波が放たれる。
    「ヴォルテクス・スパイラル!」
    「タイダルウェイブ!」
    ラファウスとテティノの同時による魔法が闇王の衝撃波を抑えつける。大波と共に唸る風の渦と闇の渦の激突は周囲を吹き飛ばす程の勢いであった。だが、威力は闇王の放った衝撃波が僅かに上回っており、押し返された瞬間、大爆発を起こした。
    「うわあああああああ!!」
    大きく吹っ飛ばされ、倒れるレウィシア達。玉座の間は瓦礫の山と化していた。
    「グググ……オオオオオオッ……」
    呻き声を上げながらも床を殴り付ける闇王。部屋全体に振動が伝わる中、ヴェルラウドが神雷の剣を手に立ち上がる。刀身は赤い光に覆われ、光はやがて激しく迸る雷となる。
    「……俺のせいで……これ以上失いたくない」
    ヴェルラウドの全身が赤いオーラに包まれ、周囲に稲妻が走る。ヴェルラウドの姿に気付いた闇王は濁った目を光らせ、猛獣のように唸り声を響かせる。
    「刺し違えてでも、お前だけは倒してやる。来い、闇王」
    鋭い牙を剥き、崩れた怪物の形相で闇王が襲い掛かると、ヴェルラウドは剣を両手に構えつつも飛び掛かる。赤い雷を纏う一閃は雷光となり、胴体に深い傷を刻み、そして左腕を切り飛ばす。
    「おおおおおああああああああっ!!」
    ヴェルラウドが闇王の左足に剣を突き立てると、赤い雷が剣を伝い、闇王の全身を焼き尽くすように巻き起こる。
    「グギャアアアアアァァァァァアアアア!!ウガアアアアアアァァァァァアアアッ!!」
    全身が雷に襲われている闇王は暴走し、ヴェルラウドに剛腕を叩き付ける。
    「が、はあっ……」
    血を噴きながらも倒されるヴェルラウド。
    「ヴェルラウド!」
    スフレとオディアンがヴェルラウドの元に駆け付ける。
    「ヴェルラウド……」
    倒されたヴェルラウドの姿を見たレウィシアは再び立ち上がる。血が多く混じった唾を吐き捨て、よろめきながら剣を構えては闇王の前に飛び出す。
    「お前は、心も失っているのね」
    闇王に鋭い視線を向けたレウィシアの全身が真の太陽の象徴となる眩い炎の光で覆われる。真の太陽の力を目覚めさせたレウィシアは地を蹴り、暴走する闇王に立ち向かう。
    「はああぁぁぁぁぁっ!!」
    「グアアアアアアアアア!!」
    レウィシアが動き始めたと同時に、口から激しく燃え盛る闇の炎を吐き出す闇王。
    「レウィシアーーーッ!!」
    渦巻く闇の炎の中に突撃するレウィシア。闇の炎は更に大きく広がり、レウィシアを完全に飲み込む程の勢いで巨大化していった。
    「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
    闇の炎の渦に焼かれながらも、レウィシアは真の太陽の力を更に高めていき、咆哮を上げる。
    「何なのよあいつ。あんな炎の中で何をやろうっていうのよ!?」
    スフレはレウィシアの様子が気になりつつも、倒されたヴェルラウドを気に掛けていた。
    「どうやら、闇王を倒せるのはレウィシアしかいないようだ。闇王の強さは我々の想像を遥かに超えていた。彼女を信じるしかあるまい」
    汗ばんだ表情で戦況を見守るリラン。
    「レウィシア王女……まさかこれ程の力を持つお方だったとは」
    オディアンはレウィシアの底知れない力に言葉を失っていた。
    「テティノ、まだ余力はありますか?」
    ラファウスが倒れているテティノに声を掛ける。
    「残念ながら今のでもう限界だ。君はどうなんだ」
    「私も……余力は尽きました」
    フラフラと立ち上がるラファウスだが、闇の炎による温度と空気に圧倒され、膝を付いてしまう。
    「お姉ちゃん……」
    ルーチェは心配そうに戦況を見守っている。
    「……うっ……おおおおああああああぁぁっ!!」
    闇の炎から光の柱が立つ。光の柱は全ての闇を照らすかのように、太陽を思わせる輝きを放っていた。柱が消えると、光のオーラに包まれたレウィシアが立っている。真の太陽の力を最大限まで解放したのだ。
    「ググ……ウオオオオオオォォォッ!!」
    雄叫びを轟かせる闇王。だがその雄叫びは、何かに怯えているかのような声であった。
    「……闇王。これで終わりにしましょう」
    レウィシアが剣を手に飛び上がり、渾身の一閃を振り下ろす。
    「グアアアアアアアアアアアアアアアアァァアァッ!!ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
    凄まじい咆哮と共に迸る血。レウィシアの一閃が闇王の肉体を大きく引き裂いたのだ。口から血を吐き出し、崩れ落ちる闇王の巨体。苦しげに唸り声をあげる闇王。傷口から溢れ出る大量の血は止まる事無く流れ続けていた。レウィシアの全身を覆っていた光のオーラは消えていく。闇王は立ち上がる事なく更に血の塊を吐き出し、レウィシアは倒れた闇王に近付く。
    「ちょっと、何してんのよ。今のうちに早くとどめ刺しなさいよ!」
    スフレが怒鳴りつけるものの、レウィシアは闇王の表情を見つめていた。深い憎悪に捉われる余り濁った目から僅かに宿る光を見つけては、闇王の持つごく僅かな悲しみの心を感じ取っていた。そしてレウィシアは振り返る。
    「勝負は付いたわ。とどめは敢えて刺さない。どの道彼はもう長くないから」
    そう言って剣を収めるレウィシア。
    「あんた何言ってるのよ!?こいつがどんな奴なのか解ってるの!?」
    「解っているわ。敵は敵でも、可能な限り救いたい気持ちがあるのよ。彼も……自分の運命に苦しみ続けていたから」
    レウィシアの言動に納得がいかないスフレは直接問い詰めようとするが、不意に全身が凍り付くような感覚を覚え、足を止めてしまう。レウィシアは表情を険しくさせ、剣を構える。
    「……姿を見せなさい。いるのは解っているのよ」
    レウィシアの言葉に全員が驚く。
    「ほほう……容易く気付くとはな。レウィシアよ。やはり貴様は生かしておいて正解だったよ」
    黒い瘴気が空中に集まり始め、上空に現れた空間の裂け目からケセルが姿を現す。
    「ケセル!」
    「クックックッ……ご苦労な事だ。実に素晴らしい戦いだったよ諸君」
    倒れた闇王の前に降り立ち、余裕に満ちた不敵な笑みを浮かべるケセル。一行は即座に戦闘態勢に入る。
    「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!全てはケセル様の計画通りという事ですかのう」
    更に浮遊マシンに乗ったゲウドがやって来る。レウィシアは怒りに震え、剣を握る手に力が入る。
    「フハハハ、貴様達のおかげで想定通りの素材を造る事が出来た。レウィシアよ、貴様が手にした真の太陽の力で素材ごと消されるかと思って少しは焦ったが、貴様の甘さに助けられたよ」
    「何ですって!?」
    ケセルは倒れた闇王に向けて手を翳すと、闇王の身体から禍々しい炎に包まれた魂が浮かび上がる。
    「ククク……これが闇王の魂であり、我が主の力となる素材。憎悪と破滅の魂だ」
    ケセルは語る。闇王が抱く人間への憎悪を最大限まで引き出し、ヴェルラウドやレウィシアと戦わせる事で闇王の持つ憎悪を極限まで高める事が狙いであったと。歴戦の英雄に倒されたところを蘇らせたのも、冥神の力の源となる素材『憎悪と破滅の魂』を生み出す為。闇王の憎悪の力は全て魂に蓄積され、大いなる闘志の力に満ちた剣聖の王であるブレドルド王の魂を暗黒に染め、憎悪の力に満ちた闇王の魂と融合させる事で破滅を呼ぶ巨大な力を生み出し、更に最大限の憎悪の念を魂に蓄積させる事を想定していたのだ。
    「貴様……今何と言った!」
    ケセルの口からブレドルド王の魂という言葉を聞かされたオディアンが声を荒げる。
    「そうか、貴様は確かブレドルド王に仕える騎士だったな。クックックッ、残念だったな。王は魂共々我々のものとなった。我が主を蘇らせる為の生贄となったのだよ」
    「……貴様あああッ!!」
    激昂し、大剣を手に斬りかかろうとするオディアンだが、ケセルは醜悪な笑みを浮かべながら闇の力を解放する。次の瞬間、一行の全身が黒い鎖に縛られ、身動きを封じられてしまう。浮かぶ憎悪と破滅の魂はケセルの手元へ移動した。
    「クックックッ、これから更に面白い事になるぞ。冥土の土産に良いものを見せてやろう」
    魂を手にしたケセルがルーチェに視線を向けると、三つの瞳が妖しく光る。
    「うっ……あああぁぁぁぁぁっ!!」
    突然、全身を締め付けるような感覚に襲われ、苦しみ出すルーチェ。
    「ルーチェ!?」
    思わずルーチェの元へ駆け寄ろうとするレウィシアだが、身動きが取れない状態であった。ルーチェはケセルの力によって宙に浮き、ケセルの元まで引き寄せられる。
    「ケセル、貴様あっ!!」
    ルーチェの危機を目の当たりにし、必死で身体を動かそうとするレウィシア。
    「無駄だ。この小僧もたった今、このオレの手中に収まった。例え貴様が動けても、この小僧がいては手も足も出ないだろう?貴様が甘さを捨てぬ限りな」
    ケセルが醜悪に笑うと、ゲウドは水晶玉でルーチェを吸い寄せる。
    「ルーチェ!ルーチェッ……!いやあああああああああ!!」
    ゲウドの水晶玉に取り込まれていくルーチェの姿を見せられたレウィシアは悲痛な声を上げる。
    「ヒヒヒ……ケセル様。この小僧も素材ですかな?」
    「そうだ。丁重に扱わなくてはな」
    ゲウドとケセルが会話を交わしている中、レウィシアは怒りを最大限まで滾らせ、ケセルの闇の力による拘束を解こうとする。
    「貴様がどう足掻こうと無駄な事よ。これを見ろ」
    ケセルが掌に水晶玉を出現させると、玉から四つの魂が現れる。
    「これが何だか解るか?素材として選ばれた、貴様らがよく知る者達の魂よ」
    その言葉でレウィシア達の頭に浮かんだものは、ガウラ王、聖風の神子エウナ、サレスティル女王、アクリム王女マレンであった。
    「おのれ……よくも……よくもぉっ!!」
    レウィシアが怒り任せの咆哮を上げると、全身を縛る闇の鎖が吹き飛ばされ、真の太陽による輝く炎のオーラに包まれる。同時に仲間達の拘束も解かれ、身体の自由を取り戻した。
    「フハハハハ、オレの力による戒めを解くとはな。貴様の大切な者達がどうなっても構わぬのなら少しだけ相手してやっても良いぞ?」
    余裕の態度を崩さないケセルは四つの魂をちらつかせながらも、右手に浮かぶ憎悪と破滅の魂を口に運ぶ。すると、ケセルの全身から凄まじい闇の波動が巻き起こり、まるでレウィシアと対になるような黒く輝く闇のオーラに覆われる。
    「うっ……!」
    恐ろしく禍々しい力を肌で感じ取ったレウィシアは思わずその場に立ち尽くす。邪悪な波動から感じられる力は、普段のケセルとは比べ物にならない程であった。
    「オレは冥神の力そのもの……それが今、憎悪と破滅の魂との融合によってこれ程の力を得た」
    光る三つの目は不気味に輝き続け、醜悪な笑みを浮かべるケセルが空中に上昇し、暗雲が渦巻く空まで浮かび上がると、周囲に黒い稲妻が纏い、黒く染まった巨大なエネルギーの玉を作り出す。全ての闇の力が結集されて出来上がった魔力のエネルギーであった。
    「う……あぁっ……」
    「な、何なのよあれ……冗談じゃないわよ!」
    戦慄を通り越して心の底から恐怖を感じる仲間達を背に、レウィシアは表情を引き攣らせる。
    「ひっ、ひぃぃぃ!!ま、巻き添えは御免じゃああ!!」
    ゲウドが一目散にその場から去って行く。


    見るがいい。これが冥神の力だ———


    レウィシア達がいる玉座の間に向けて巨大な魔力のエネルギーを放つケセル。
    「うわあああああああああ!!」
    恐怖の余り、叫びながら後退りするテティノ。
    「だ、誰か何とかしてよ!こんなところで死ぬなんて嫌よぉぉっ!!」
    スフレが頭を抱えながら叫ぶ。
    「くそ……こんな事って……!」
    自分の力ではどうにもならないという事態に直面したヴェルラウドは悔しさに打ち震える。
    「レウィシア!」
    ラファウスが呼び掛けるが、レウィシアは剣を構えたまま微動だにしない。
    「くっ……このまま死ぬわけには!」
    リランが徐に飛び出し、レウィシアの前に立つ。
    「リラン様!?」
    「一か八かの賭けだが、私の全魔力で結界を張る。私の命がどうなろうと、お前達を死なせるわけにはいかない。お前達は……地上を守る光なのだ」
    魔力を解放させたリランの全身が光のオーラに包まれる。
    「リラン様!」
    「構うな、レウィシア!どうか……どうか未来を守ってくれ」
    リランを包む光のオーラが更に輝き始める。


    我の中に宿る全ての光よ。忌まわしき闇の力から守る結界となれ———


    世界の中心地となる場所から黒い閃光が見える。ケセルが放った巨大な闇のエネルギーによる大爆発であり、その威力は玉座の間のみならず、闇王の城共々完全に吹き飛ばしていた。


    その頃、クレマローズでは謁見の間が騒然としていた。なんと、アレアス王妃が突然眩暈を起こし、倒れたのだ。王妃の部屋に運び出されたアレアスは安静にしていたが、すぐに意識を取り戻す。
    「王妃様!気が付かれましたか!」
    トリアスが心配そうに声を掛ける。
    「ああ、トリアス……。私は何とか大丈夫よ。疲れが溜まっていたのかしら」
    僅かに頭痛を感じながらも、ベッドから起き上がるアレアス。
    「ご無事で何よりです!王妃様にまで何かあったら姫様に何とお告げして良いものか……」
    トリアスの言葉に、アレアスは何とも言えない胸騒ぎを感じる。
    「レウィシア……」
    アレアスは気分を落ち着かせる為、ベッドから抜け出しては風に当たろうと窓を開ける。窓から見える城下町の様子。そして曇り空。窓から伝わる風は、まるで何かを訴えているかのように強く吹き始めていた。
    闇を司りし者達
    太古へと遡る時代———皆既日食が訪れた時、世界の全ては暗黒の闇に包まれた。それは死を呼ぶ深き闇の力『冥府』を司る邪神の力『エクリプス』で創り出された冥蝕の月が太陽の前に現れた事で日食となり、冥蝕の月からは冥府の闇が生み出され、世界全体を闇で覆い尽くしていった。邪神は冥神と呼ばれ、地上の全てを冥が支配する死の世界に変えようとしていた。冥神は創生の力で闇を喰らう魔物や悪魔、そして闇に生きる魔の種族を創り、一寸の光も存在しない絶望、恐怖、混沌、破壊で世界が死に絶えようとしていた時、神の子となる戦神達、そして神に選ばれし人間達が冥神に立ち向かった。冥神に挑みし者達は大いなる光となり、壮絶なる死闘の果てに冥神を封印した。冥蝕の月は消え去り、幾千年の時を経て地上は光を取り戻し、蘇る自然と共に新たなる人類が生み出され、冥神が生んだ魔の種族には末裔となる者が多く存在していた。地上が光を取り戻した後、魔の種族の末裔となる者は闇を司りし者として人と関わりのない場所で生きていた。

    我々は邪悪なる神に生み出された悪魔だ。人間とは決して相容れられぬ化け物。

    闇を司りし者達を束ねる王ジャラルダは、自身は邪神によって生み出された悪魔であり、人間とは関わってはいけない化け物だと理解していた。だが、闇を司りし者達は生への執着を抱き、冥神の意思とは関係なく、光溢れる地上に生きる事を望んでいた。ジャラルダは人間が寄り付かない世界の中心地でジャラン王国を建国し、闇の王国として繁栄させた。


    ジャラルダ王万歳!ジャラルダ王万歳!

    ジャラルダ王万歳!ジャラン王国に栄光あれェェェ!!


    民の数は数百程であったが、民の全てがジャラルダを闇の王として称えていた。


    ある日、ジャラルダの元に一人の道化師が現れる。ケセルであった。
    「お初にお目に掛かる。闇王ジャラルダよ」
    不敵な態度で挨拶するケセル。ジャラルダを護衛する二人の魔族兵がケセルの前に立つ。
    「何者だ貴様」
    「オレの名はケセル。お前とは兄弟のようなもの、と言ったところかな」
    「何だと?」
    ジャラルダはケセルの底知れない雰囲気を感じ取り、眉を顰める。
    「貴様、陛下に何用だ!?」
    魔族兵がケセルに攻撃を仕掛けようとするが、ケセルは一瞬で二人の魔族兵を拳で殴り倒す。
    「げほぁっ!」
    「ぐああ!」
    血を噴きながら倒れる二人の魔族兵。
    「安心しろ。死なない程度に留めておいた。闇王よ、オレは貴様にお告げしたい事があって来たのでね」
    ジャラルダは動じずに鋭い目を向ける。
    「お前はご存知かな?エルフ族の領域が支配欲に溺れた人間どもの王国の侵攻によって支配された事を」
    ケセルの言う王国とは、アクリム王国であった。支配欲の強い王が領土拡大を目的に、圧倒的な軍事力を駆使して大陸にあるエルフ族の領域の侵攻を行っていたのだ。支配されたエルフ族の領域はアクリム王国の支配下の街へと生まれ変わり、支配欲を極めた王は民を苦しめる独裁政治を行い、アクリム帝国を設立しようとしていた事、そして王は何者かの手で暗殺されたという事を話す。
    「クックックッ、愚かな事よ。エルフが住む領域は許されざる人間の罪によって滅ぼされたのだ。そしてこのオレは、数々の人の罪によって生まれた」
    ケセルは自身の正体を語る。自身は冥神の力の欠片となる『冥魂』であり、世界に存在する人が抱える悪意と愚行、そして罪によって生まれた負の思念を喰らい続ける事で化身となり、主である冥神の復活が目的である事を告げた。
    「そう、我が主はお前にとっての主でもある。お前達闇を司りし者を創ったのも冥神なのだ」
    邪悪に満ちたケセルの表情。ジャラルダの目が見開かれると、巨大な雷鳴が鳴り響く。
    「教えてやる。人間はいずれお前達を滅ぼしに来る。それは決して遠くない未来だ。人間の中には世界の光を守る使命、永劫の平和を守る正義のままに力を付け、そして光を奪いし邪悪なる存在となるものを根絶やしにしようとする輩がいるのだからな」
    ケセルの頭上に黒い稲妻を帯びた黒い影が現れる。影は球体と化し、巨大な口が開く。ケセルは表情を変えず、黒い影の口の中に入り込んでいく。
    「ではまた会おう、我が兄弟よ。オレはある計画の準備をしなくてはならぬ。オレの話を信じるか否かは自由だが、後悔する事になっても知らぬぞ。地上に生きる事を望んでいるのならばよく考える事だな」
    黒い影はケセルと共に溶けるように消えていく。雷鳴が鳴り響く中、ジャラルダは思う。


    人間とは一体何だ。邪悪なる神によって生み出された我々は、元来人間から恐怖の対象となる悪魔と呼ばれし存在。悪魔として生きる我々は人間とは相容れない存在だという事は理解している。

    だが……人間はエルフの領域を侵略という形で奪った。

    エルフの民も我々と同様、人間と相容れない種族であった。我々とは違い人の姿をした種族だが、異種族との交わりは災いを呼ぶとされ、民の間では禁忌となっている掟が存在していた。

    我々とはまた違う理由で人間を避けていたエルフ族が、人間の愚かな支配欲による犠牲となった。そして人間は我々を滅ぼす。使命と正義の為といった理由で我々を滅ぼそうとしている。その事を告げたケセルという男は、人の罪からいずる負の思念を喰らい続けて生まれた存在。

    奴の言葉通り、人間が我々を滅ぼしに来るのならば……やはり我々は人間と戦わねばならぬのか。我々がこの地上で生きるには、人間との戦いは避けられぬ運命なのか。


    それからジャラルダは、闇を司りし者の中で強い闇の力を持つ眷属を集め、精鋭の戦士として鍛え始める。人間は未来永劫、我々の敵である事に間違いない。いずれ滅ぼしに来る。未来に降りかかる出来事に備え、人間に立ち向かう兵力を育てていく。そして選ばれた眷属———凶暴な魔物の力を持つ魔族の戦士レグゾーラ。凄まじい頭脳と高い技術力を買われ、眷属の参謀を兼ねた妖技師ゲウド。闇の魔力で鉱石を魔物化させる力を持つ魔族の公女モアゲート。赤い甲冑で覆われ、魔族の剣豪と呼ばれる剣の腕を持つ剣士バウザー。強靭な肉体を活かした肉弾戦と闇の炎を操る魔族の闘士マドーレ。様々な闇の魔法を操る魔力を持つ魔導師ビゴード。六魔将と呼ばれる精鋭の戦士が誕生した。


    時は流れ、地上に人々を脅かす凶暴な魔物が現れるようになり、一つの大陸に強大な力を持つ魔物が君臨する。レドアニス大陸に現れた巨大な魔物、その名は鬼巨獣ゴリアス。古の時代、冥神の力を利用して世界を支配しようとしていた太古の帝王であり、冥神を崇拝する事によって手に入れた大いなる力の強大さに飲み込まれ、人としての姿を完全に捨てた魔獣と化した存在であった。冥神に挑みし者達に倒され、地底の奥底で息絶えたものの、突然の復活を遂げ、強力な闇の力で破壊の限りを尽くしていた。だが、ゴリアスの復活は不完全なものであり、人間の英雄達に再び倒された。ゴリアスを倒した英雄は、ブレドルド王国の剣士グラヴィルと妹となる騎士エリーゼ、戦乙女シルヴェラ、クレマローズ王国の戦士ガウラ、クリソベイア王国の騎士ジョルディス、賢者マチェドニル。英雄達は予言者から聞かされる。世界の中心地には災いの根源となるものが存在している。かつて世界を大いなる闇で支配していた古の邪神が生んだ闇を司りし者と呼ばれる、人間の間では魔族、悪魔と呼ばれる種族だ。世界に多くの魔物が現れるようになり、大陸に脅威を与える存在が蘇った今、この世を再び闇に支配されてはならない。未来永劫、平和を守る為にも全ての闇を淘汰しなくてはならない、と。
    「古の邪神が生んだ闇を司りし者だと?そいつらがあのバケモノを蘇らせたというのか?」
    「真実はどうあれ、災いの根源を呼ぶ存在とならばいずれ我々と戦う事になるのは間違いなかろう」
    英雄達は休息で戦いの傷を癒し、日を改めて闇を司りし者の王国ジャランが存在するダクトレア大陸へ向かおうとしていた。


    「クックックッ……闇王よ。予言は的中したようだ」
    ジャラルダの元に再びケセルが現れる。ジャラルダの傍らにはゲウドとレグゾーラが立っていた。
    「まさか……人間どもが我々を滅ぼしに来るというのか?」
    「その通り。古の帝王ゴリアスが蘇ったのもお前達が元凶だと思い込んでいるらしい」
    「何じゃと!?」
    ゲウドは驚きの表情を浮かべる。
    「愚かな人間どもめ。いずれは潰しておかなくてはならぬと睨んでいたが、やはり我々と戦う事を選んだのか」
    レグゾーラが忌々しげに言う。
    「兄弟達よ。人間どもは決して侮れぬぞ。我が主を封印した神に選ばれし者も人間だ。奴らの可能性は未知数であるが故、どれ程の力を生み出すか解らぬものよ」
    ケセルの忠告にジャラルダが眉を顰める。
    「ケセルよ、貴様は我々に協力するというのか?」
    「協力?悪いがお前達の面倒を見る程暇ではないのでな。オレの手を借りなくとも、お前達ならば十分に対抗出来るのではないか?」
    雷鳴が響く中、僅かな沈黙が支配する。
    「ククク、いい事を教えてやろう。闇王、貴様の力の源は人間への憎悪だ。闇の力は憎悪を含む負の心に反映される。貴様もバカな人間に不信感を抱いているのではないか?ゴリアスもまた、我が主の力を利用してまで世界を支配しようとしていた愚かな人間だったのだからな」
    人間は愚かな存在だと諭すように言うケセルは笑いながらも背後に現れた黒い影を出現させる。
    「健闘を祈るよ、兄弟」
    ケセルが黒い影と共に姿を消す。
    「全く、得体の知れぬ奴じゃのう。あのケセルとかいう奴は一体何を考えておるのじゃ」
    ゲウドが呟く。
    「……レグゾーラ、ゲウド。戦の準備をしろ」
    ジャラルダが重々しく口を開く。
    「ハッ。我々の手で愚かな人間どもを殲滅致します」
    レグゾーラとゲウドがその場から去ると、凄まじい雷鳴が轟く。それはまるで戦の始まりを意味しているかのような雷鳴であった。
    「人間……地上で最も愚かなのは、やはり人間だというのか……」
    ジャラルダはケセルの言葉の意味を考えながらも、杯に入った酒を飲み干した。


    城門の前に、六魔将が集う。
    「人間の英雄が我々を滅ぼしに来るだと?闇王様が我々を鍛えていたのはやはりその為だったのか」
    そう言ったのはバウザーであった。
    「かつてはエルフ族の領域を侵攻したと聞く。奴らの真の狙いは平和を守る為ではなく、我々の領域をも奪うつもりではないのか」
    ビゴードが続いて言う。
    「目的が何であろうと、人間など忌々しい事に変わりない。滅ぼすのが一番だ」
    更にマドーレが言う。
    「フッ、人間との戦争が始まるって事?面白そうじゃない。私の鉱石魔獣の実験台に丁度いいわ」
    鉱石を手にしたモアゲートが微笑みながら言う。
    「ヒヒ、始末した人間を機械兵に改造してやるのも一興かもしれんのう」
    浮遊マシンに乗ったゲウドも笑っている。
    「あのケセルという奴の話によると、人間の英雄は冥神の力を得た古の帝王を倒したとの事だ。決して油断は出来ぬ」
    レグゾーラが言い終えた瞬間、一人の魔族がやって来る。
    「レグゾーラ様。ダクトレア大陸に人間の集団が侵入したとの事です」
    「何だと?」
    レグゾーラは険しい表情を浮かべる。
    「現れたか、人間ども。レグゾーラよ。陛下は私がお守りする」
    「解った」
    六魔将は人間達との戦いに備え、それぞれの場所へ向かって行った。


    ダクトレア大陸に降り立ったのは、エリーゼを始めとする英雄達と世界各国から集まった多くの戦士だった。
    「成る程、確かに人間が寄りつけるような場所じゃないな」
    大陸中に漂う黒い瘴気にジョルディスは嫌悪感を覚える。
    「それにしても、この剣って結局何なんだ?俺達には使えないなんて、ただのお荷物じゃねえか」
    グラヴィルが背中から一本の剣を取り出す。ゴリアスが大陸に猛威を振るった時にブレドルド王から与えられた神雷の剣であった。使おうとすると全身が重くなり、激しい電撃が襲い掛かるせいで使う事が出来ないのだ。
    「……陛下が仰っていた通り、並みの人間には使えるものではない剣だろう。神の力が込められた剣との事だからな。その剣は私が持っておこうか?」
    「ん?ああ。構わんよ。使えない武器なんざ邪魔だからな」
    グラヴィルはエリーゼに神雷の剣を渡す。
    「ここからは敵地だ。気を引き締めて行くぞ」
    エリーゼの一言で人間の軍勢による進撃が始まる。洞窟を越え、ジャランの都市に出ると闇を司りし者達との激しい戦いが繰り広げられた。英雄と世界各国の戦士は力を合わせ、敵兵を退けていく。敵兵の中にはゲウドの機械兵とモアゲートによって生み出された鉱石魔獣もいた。
    「小賢しい、捻り潰してくれる」
    醜悪な魔物の姿となったレグゾーラがガウラとジョルディスに挑む。同時にモアゲートがマチェドニルとの魔法対決を行っていた。
    「な、何という奴らじゃ……このままでは……」
    英雄達の底力に劣勢を強いられるという戦況を見て恐れを成したゲウドは逃走を試みる。
    「ぐあああああ!!」
    「きゃああああ!!」
    ジョルディスとガウラの剣がレグゾーラの肉体を切り裂き、マチェドニルの最強の爆発魔法がモアゲートを吹き飛ばした。力任せの攻撃を繰り出すマドーレはシルヴェラに撃破され、エリーゼとグラヴィルは闇王の城に到着していた。
    「奴らの親玉は此処にいるんだな」
    二人が城へ入ると、ビゴードが立ちはだかる。
    「忌々しい人間どもが。貴様等こそ愚かな存在だという事を思い知らせてくれる」
    憎悪を露にするビゴード。戦いに挑むエリーゼとグラヴィルだが、様々な闇の魔法が襲い掛かる。
    「ぐああ!」
    闇の爆発魔法を受けたエリーゼは壁に叩き付けられる。
    「この野郎!」
    グラヴィルの衝撃波を伴った必殺剣がビゴードの左肩に深い傷を刻み込む。応戦するビゴードだが、反撃に転じるエリーゼの攻撃を受け、唸るグラヴィルの様々な剣技がビゴードを満身創痍に追い込んだ。
    「お、おのれ……」
    ビゴードの目が光ると、両手から灰色の波動をエリーゼとグラヴィルに放つ。
    「ぐうっ!?」
    波動を食らった二人は奇妙な感覚を覚える。
    「ククク……我が命の全てを費やして貴様等に呪いを掛けてやった。例えこの私が死しても、消える事の無い災いが貴様等に起きる。必ずな」
    「何だと?どういう事だ!」
    「フッ、フハハハハ!私の呪いがもたらす災いは死の運命でしかない。貴様等がどう足掻こうと、それは止まらぬの……だ……」
    そう言い残し、バタリと倒れるビゴード。
    「呪いだと……?こいつ、何が言いたかったんだ」
    言葉の意味が気になり、蹴りを入れるグラヴィル。
    「放っておけ。今はそんな事を気にしている場合では無いだろう」
    エリーゼが足を進める。
    「全く、気味が悪いぜ」
    得体の知れない不気味さが拭えないまま、グラヴィルはエリーゼの後を追う。
    「陛下の元へは行かせぬ」
    大剣を手に立ちはだかるバウザー。エリーゼとグラヴィルは力を合わせ、数多くの剣技を操るバウザーに挑む。
    「うおおおおおお!!」
    グラヴィルとバウザーが激しく剣を交える。実力はほぼ互角だが、グラヴィルの渾身の一撃に僅かに怯んだバウザーの隙を見つけ、グラヴィルが一閃を加える。
    「ごあああ!!」
    弾き飛ばされた大剣が床に刺さり、甲冑ごと肉体を切り裂かれたバウザーが膝を付く。上空から剣を振り下ろすグラヴィルの攻撃を受け、倒れるバウザー。
    「がはっ……陛下……申し訳、ありません……」
    辞世の句を残したバウザーが息絶えると、シルヴェラ、マチェドニル、ジョルディス、ガウラがやって来る。世界各国の戦士達は都市部での戦いで全滅していた。
    「お前達が無事で何よりだが、我々以外は全滅か」
    「そうだな……彼らは十分に頑張った。俺達だけでもやらなくては」
    決意を固めた英雄達は城の最深部まで進み、玉座の間へ突撃する。
    「来たか、人間ども……」
    玉座に佇むジャラルダが憎悪に満ちた表情を浮かべる。
    「貴様が闇を司りし者の王か。我々は世界の平和を守る為にも、災いを呼ぶ者は滅ぼさなくてはならない。今此処でお前を倒す」
    エリーゼが剣を突き出す。
    「我々は元来、貴様等人間とは相容れぬ。だが、貴様等こそ地上で最も愚かな存在であり、地上を守る為の使命や正義といった理由で我々を滅ぼそうとするならば、戦うしか他に無い」
    ジャラルダが立ち上がり、手元に現れた魔剣を振り翳す。英雄と闇王の戦いが始まった。戦いは激闘となり、憎悪が込められたジャラルダの攻撃によって次々と倒されていく英雄達。
    「ぐああああ!!」
    闇の雷を受けて倒れるジョルディス。
    「があああ!!」
    血を噴きながら壁に叩き付けられるガウラ。
    「ごぼおっ……!」
    拳の乱打を食らい、血を吐くシルヴェラ。
    「くっ、うおおおお!!」
    グラヴィルが全力で立ち向かうが、数々の剣技はジャラルダの魔剣で受け止められ、反撃として放たれた光線がグラヴィルの身体を貫いた。
    「兄上!」
    身体に風穴を開けたグラヴィルは倒れ、大量の血を吐いた。
    「いかん!このままでは!」
    マチェドニルはグラヴィルの傷を回復させようとする。
    「おのれ、貴様ぁっ!!」
    激昂するエリーゼはジャラルダに斬りかかるが、全ての攻撃を受け止められ、ジャラルダによる猛攻が襲い掛かる。拳の乱打、闇の雷、そして魔剣による斬撃と情け容赦ない攻撃が繰り出された。
    「がっ……げぼぉっ」
    ズタボロに打ちのめされたエリーゼは血反吐を吐く。吐き出された多量の血は一瞬で血溜まりとなった。マチェドニルはグラヴィルの回復を続けている。
    「……兄上……」
    倒れたグラヴィルの様子が気になりつつも、ジャラルダに挑むエリーゼ。渾身の一撃は受け止められ、反撃の一閃を受けるエリーゼ。体力は既に限界に達していた。
    「そろそろ消し去ってやる。愚かな人間よ……」
    魔剣に闇の力を込めるジャラルダ。口から血を滴らせ、血塗れの顔で息を荒く吐きながらも剣を構えるエリーゼは、不意に全身が熱くなるのを感じた。
    「う……おおおおおおおおおおおおあぁぁぁぁぁっ!!」
    エリーゼの剣から赤い雷が迸り、全身が赤いオーラに包まれる。
    「何ッ!?これは……」
    驚くジャラルダに、エリーゼが瞬時に斬りかかる。赤い雷を纏った一閃はジャラルダの甲冑ごと切り裂き、激しい電撃が襲い掛かる。
    「ぐあああああああああ!!」
    赤い雷を受けたジャラルダが叫び声を轟かせる。
    「な、何だあの力は……」
    ジョルディスはエリーゼの赤い雷の力に驚くばかりであった。
    「これは……私にこんな力が……」
    エリーゼは自身の力に戸惑いながらも、再び剣を構える。
    「うっ……おおおおおおおおおおおおおお!!」
    激昂するジャラルダが魔剣を手に、エリーゼに飛び掛かる。エリーゼは赤い雷を纏う剣でジャラルダの繰り出す剣技を次々と抑え、雷が斬撃を伝い、ジャラルダにダメージを与えていた。
    「この力……この力ならば奴を……」
    エリーゼは口に溜まっていた血を吐き捨て、両手で剣を持つ。剣を覆う赤い雷は輝く雷光となり、迸る雷は大きくなっていく。立ち上がるジャラルダは憎悪のままに表情が崩れ、凄まじい勢いで闇の力が宿った魔剣を振り翳した。降り注ぐ黒い雷の中、エリーゼは剣を手にジャラルダに立ち向かう。


    激闘の末、ジャラルダは敗れた。赤雷の力を帯びたエリーゼの剣に倒された。暗闇に閉ざされた中、ジャラルダは赤雷の騎士という言葉を耳にする。自身を打ち破った赤雷の力を持つ者———それが赤雷の騎士と呼ばれる存在である事を知った。


    ———ククク……無様だな、ジャラルダよ。どうだ、人間に倒された気分は?

    ———フハハハ、悔しかろう。無理もあるまい。人間どもの愚かな正義によって王国は滅ぼされ、己自身も滅ぼされたのだからな。貴様を倒した赤雷の騎士と呼ばれる者……奴は我が主に挑みし者の一人となる、裁きの雷光を操りし戦女神の力を継ぐ者だ。

    ———だが安心しろ。ジャラルダよ、兄弟として、このオレが一つチャンスを与えてやる。貴様に仕える眷属共々な。


    更に時は流れ、ジャラルダはケセルの手によって蘇った。死しても憎悪の精神が魂を地上に留まらせていたが故、魂を肉体に戻す事で生き返る事が出来たのだ。主を失ったゲウドは誘いを受けてケセルの腹心として仕える事を選び、レグゾーラ、モアゲートもケセルに魂を拾われ、蘇生を果たしていた。だが、バウザー、マドーレ、ビゴードの魂は既に地上から去っていた。復活を遂げたジャラルダは力を蓄えると同時に人間への憎悪を滾らせ、ケセルから与えられた魔物を利用しつつも復讐心を燃やす。都市は荒廃し、大陸はジャラルダが放った闇の魔力による結界に覆われ始める。戦いによる深手とビゴードの呪いが生んだ災いが影響してグラヴィルが死に、エリーゼも難病による死を遂げ、赤雷の力を受け継ぐ子が誕生したと知らされた時、ジャラルダの憎悪はより深いものとなっていた。

    そして今、ジャラルダは再び打ち倒された。赤雷の騎士の子と、太陽に選ばれし者の手によって。憎悪に満ちた魂は破滅を呼ぶ力となり、そしてケセルの力との融合によって全てを滅ぼす冥神の力と化した。


    ジャラルダ———哀れな男よ。地上に留まる事すら許されぬという運命のままに二度も滅びの末路を辿るとはな。だが、お前の魂は我々と共にある。兄弟よ、お前を生んだ我が主と一つになるのだ。


    ケセルが放った冥神の力によって吹き飛ばされた闇王の城は、瓦礫の山となっていた。その様子を見下ろしながらもひたすら笑うケセル。
    「こ……これが……これが冥神の……」
    瓦礫と化した闇王の城の無残な有様を見て、ゲウドは言葉を失っていた。
    「ふむ。奴らはまだ何処かにいるな」
    ケセルが指す人物は、レウィシア達の事であった。姿は確認出来ないものの、僅かにレウィシア達の力を感じているのだ。
    「まあいい。更なる絶望を味わわせてやるのも一興であろう。最後の素材を手に入れる事が先決だからな」
    ケセルの背後に黒い影が現れる。
    「ケ、ケセル様!ワシはどうすれば……」
    「奴らの相手をしてやれ。良い成果があれば貴様にも褒美を考えてやる」
    そう言い残し、ケセルは黒い影の口の中に入り込んでいく。黒い影共々消え去ると、取り残されたゲウドは再び闇王の城跡を見つめる。ゲウドは少し考え事をしつつも、その場から去って行った。


    あと一つ……あと一つの素材が手に入れば、我が計画が始まる。

    エクリプス・モースの始まりは近い。

    橘/たちばな Link Message Mute
    2020/10/20 22:25:13

    EM-エクリプス・モース- 第七章「憎悪と破滅の魂」

    第七章。レウィシア一行とヴェルラウド一行の共闘で闇王との戦いに挑む章です。ヴェルラウドにとっては因縁の敵との決戦という事で中盤最大の山場となる。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編 #R15 #ファンタジー #騎士

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