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    EM-エクリプス・モース- 第九章「日蝕-エクリプス-」その2決戦希望の心最後の太陽神と人戦士の帰還決戦冥蝕の月の前にやって来たレウィシアは、月に引きずり込まれるように内部に入り込んでいく。その先に広がる光景は、まるで別世界に来たかのような錯覚を覚える異質な空間。冥蝕の亜空間に辿り着いたレウィシアは、肉塊や内臓のような物体に侵食された足場を見て一瞬不快な気分になる。足場の通路を進んで行くと、黒く燃える禍々しいオーラを放つ暗黒の球体が浮かび上がっているのが見える。思わず足を速めるレウィシア。暗黒の球体の前までやって来ると、球体の内部から二つの光が見える。


    六柱の神々の力を身に宿し、人としての己自身を捨ててでも我を滅ぼすつもりか———


    響き渡るように聞こえるハデリアの声。球体に罅が走り、吹き飛ばすように砕け散ると、黒いオーラを身に纏ったハデリアが姿を現した。目には邪悪なる神の力を象徴した赤紫色の光が宿っている。
    「……やはり此処にいたのね、冥神ハデリア」
    ハデリアと対峙するレウィシアは輝く炎のオーラを纏い、拳に力を込める。炎の光は太陽と聖光を併せ持つ黄金の光となり、ハデリアの表情が険しくなる。
    「神の忘れ形見よ。汝は最も滅ぼすべき存在。血反吐を吐く間も与えず、一瞬で打ち砕いてくれようぞ」
    ハデリアを覆う黒いオーラがレウィシアの光のオーラに対抗するかのように波動を巻き起こし、黒い稲妻が迸る球体状に変化した。光と闇の力が解放されると、両者は微動だにせず睨み合う。
    「……今までどれくらい傷付き、血反吐を吐いたか解らない。けど、血塗られた戦いもこれが最後。この命が尽きようとも、私は地上の全てを救う。貴様の肉体が弟の身体であろうと、貴様だけは私の手で滅ぼさなくてはならない。これが……正真正銘最後の戦い」
    レウィシアは気合と共に光の衝撃波を放ち、構えを取る。
    「来い、冥神ハデリア!地上を救う太陽として、貴様に引導を渡してやる!」
    気丈かつ力強さを感じさせるレウィシアの声が響き渡る。それが戦闘開始の合図となり、両者が同時に突撃する。光と闇の光球と化したオーラが激突すると、レウィシアとハデリアによる激しい拳の打ち合いが始まる。次々と繰り出される拳の応酬。両者ともほぼ互角で、レウィシアの拳がハデリアの顔面に叩き込まれ、ハデリアの拳がレウィシアの顔面に叩き込まれる。攻撃力はハデリアの方が若干上回り、一撃を加えられたレウィシアの口から血が流れる。だがレウィシアは舌なめずりで口からの血を拭い、ペッと吐き捨ててすぐさま反撃に転じる。
    「かあっ!!」
    黄金の炎に覆われた拳の一撃がハデリアに迫ると、ハデリアは暗黒の炎に覆われた拳で応戦する。拳と拳が衝突し、両者による力比べが始まる。眉間に皺を寄せ、凄まじい気迫で力を込めるレウィシア。ハデリアもまた、威圧するかのような殺気が込められた気迫でレウィシアの拳を抑え始める。激しい力比べの中、レウィシアはハデリアに顔を寄せるように近付き、大きく目を見開かせる。
    「……がああああっ!!」
    途轍もない咆哮を轟かせての気合と共に巻き起こる衝撃波の勢いに一瞬揺らぐハデリア。その隙を逃さなかったレウィシアは回し蹴りをハデリアの鳩尾に食らわせ、更に輝く炎の拳をハデリアに叩き付けた。
    「ぬ、ぐっ……」
    レウィシアの攻撃を受けてよろめくハデリア。攻撃の手を止めないレウィシアに対し、ハデリアは闇の衝撃波を放つ。衝撃波に吹っ飛ばされたレウィシアに襲い掛かるハデリアの闇の魔力による光弾の乱射。そしてレウィシアの前に現れては容赦なく襲い掛かる拳の連打。
    「ごあっ……!」
    拳の連打を受けながらも、レウィシアは防御態勢に入る。ダメージは最小限に抑えられたものの、再び口から血を流していた。拳で口からの血を拭い、空中回転しつつも後方に飛び退くレウィシア。
    「剣を使わず、己の拳で挑む……まるで戦神と呼ばれし者を思わせる。実に不愉快だ」
    ハデリアが呟くように言う。戦神とは、アポロイアの事である。古の時代におけるアポロイアとハデリアの戦いで、アポロイアは剣を所持しているものの、己の力を最大限まで高めて自らの拳のみでハデリアに戦いを挑み、激闘を繰り広げた。攻防の末、ボロボロとなったアポロイアは剣を手に、繰り出した渾身の一撃でハデリアに深い傷を与える事に成功した。古の英雄の中でハデリアに深い傷を与えたのはアポロイアのみで、ハデリアにとっては屈辱以外の何物でもない出来事であった。
    「アポロイア……」
    ハデリアの口から戦神という言葉を聞いた瞬間、レウィシアはふとアポロイアの事を思い浮かべる。


    恐れるな、レウィシアよ———


    アポロイアがレウィシアの心に語り掛ける。


    そなたの真の太陽は神々の力と一つになり、希望の太陽そのものとなった。最早我をも越える力を手にしたそなたこそが最後の希望。太陽は、決して燃え尽きない。太陽は、不滅なのだ———。


    太陽は不滅。その言葉を聞いた瞬間、レウィシアは全身の血が激しく滾るのを感じる。
    「……太陽は……不滅。私の太陽は……燃え尽きやしない」
    レウィシアを覆う太陽のオーラが更に輝き出すと、神の光を帯びた剣が現れる。アポロイアの剣であった。剣を手にしたレウィシアは再び構えを取ると、ハデリアは蟀谷を震わせる。
    「……虫唾が走る」
    ハデリアの手元に黒光りする剣が現れる。剣は禍々しい形状に変化していき、刀身は血のように赤く輝いている。それはまさに血塗られた魔剣であり、禍々しい冥府の力に覆われていた。
    「我が魔剣にて切り裂かれよ———」
    双方は太陽の光と冥府の闇の光球と化し、レウィシアとハデリアの剣が激突する。幾度も切り結び、飛び散る火花。止まらない金属音。力を込めた双方の一撃がぶつかり合い、力比べの最中、相手が更なる力を込めては対抗して力を込める。剣での戦いでも互角の勝負へと発展し、双方の激しい切り結びは何度も繰り返される。後方に飛び退き、両手で剣を持ち、渾身の一撃を繰り出そうとするレウィシア。太陽と神の聖光による輝く光の剣を手に突撃すると、両手で剣を構えていたハデリアが一閃を繰り出す。光の聖剣による一撃と闇の魔剣による一閃が交差した瞬間、レウィシアは片膝を付く。
    「……ごはあっ!」
    レウィシアの脇腹に傷が刻まれ、大量の出血と共に声を上げる。
    「……ぐおあっ!」
    同時にハデリアの右肩からも傷が刻まれる。傷口からの出血が止まらない中、ハデリアはレウィシアの方に視線を移す。レウィシアは脇腹の傷を抑えながらも、剣を手に立っていた。その目に闘志は全く衰えていない。
    「やはり……上手く行ってるようね」
    冷静な声でレウィシアが言う。
    「何だと?」
    「貴様も解っているはずよ。私によって冥蝕の月が封印されたという事を」
    ハデリアは僅かに顔を顰める。レウィシアによって冥蝕の月が封印された影響で月から発生している冥府の力が消え、ハデリアの全身を覆っていた結界がなくなり、何物も受け付けないような無敵を感じさせる雰囲気ではなくなっているのだ。脇腹に傷を負ったものの、自身の剣でハデリアの身体に傷を刻んだ事によって、レウィシアは勝機を見出し始めていた。
    「そして今解った事がある。貴様の中にいる魂は、決して死んでいない。貴様と戦っているうちに、魂の声が聞こえたのよ」
    レウィシアはハデリアと拳や剣を交えていた時、声を聞いていた。とても悲しげで、そして懐かしい声。ルーチェの声であった。


    ……姉ちゃ……お姉ちゃん……

    ……ぼくのことは……構わないで……


    ……

    ……ルーチェ!


    ルーチェの声が聞こえた時、レウィシアは僅かに感じ取っていた。ハデリアの中に存在し、ハデリアの力の暴走を抑えているルーチェ達の魂はずっと生きている。ハデリアの力を抑えながらも、レウィシアの力と共鳴するように抗していると。
    「……愚かな事よ。我の中にいる魂がどう足掻こうと、所詮は下らぬ悪足掻きでしかない。我の中の魂も、我の血肉と化したのだからな」
    口元を歪めるハデリア。
    「例え貴様の血肉となっても、必ず取り戻す。その為にも貴様を滅ぼすまでよ」
    レウィシアが再び剣を手に、ハデリアに挑む。
    「忌まわしき太陽よ……死して冥獄という名の深淵なる闇に落ちるがよい」
    ハデリアの魔剣は黒い稲妻が走る闇のオーラで覆われ、巨大な刀身状の闇のエネルギーと化していく。レウィシアは飛び上がり、剣を掲げると刀身が太陽の光のオーラに覆われた。


    一方、ラファウスとテティノはカイルを呼び出し、意識を失ったヴェルラウドを乗せては賢者の神殿へ向かう。ロドルとボルデ、フィンヴルの姿は結局発見出来ず、ハデリアの攻撃による影響で孤島アラグ全体に地鳴りが起き始め、これ以上島にいるのは危険だと判断して脱出を試みたのだ。冥蝕の月が封印された事もあって、地上を覆っていた冥府の力は消滅し、それによる悪影響は感じられなくなっていた。
    「さっきまでの嫌な感じがなくなっている。これもレウィシアのおかげなんだな」
    テティノは冥蝕の月を見上げる。月は淡い光の膜に覆われ、禍々しい気配が伝わらない状態となっていた。
    「レウィシア……」
    ラファウスは止まらない胸騒ぎの余り、レウィシアの事が気掛かりであった。
    「……心配ないさ。レウィシアならきっと勝つ。僕達が信じてやらなくてどうするんだ?」
    テティノはレウィシアの勝利を信じつつも、ラファウスにそっと声を掛ける。
    「勿論信じてますよ。でも……私達に出来る事は、本当にあれだけで良かったのでしょうか?もっと何か出来る事があれば……」
    胸騒ぎが抑えられないラファウスはレウィシアを勝利に導く為、何かしらの力になりたいと考えているのだ。
    「確かに、あれ以外に何か出来る事があればと思ったけど……」
    テティノの呟きを聞いた瞬間、ラファウスの表情が変わる。
    「間違っても、命を捨てるような事はしないで下さい」
    鋭い声で言うラファウスに一瞬驚くテティノ。
    「な、何を言うんだ。流石にウォルト・リザレイまで使うつもりはないよ。マレンを連れて帰って来るって父上と約束したんだからな」
    反論するテティノに、思わず自分の余計な一言で早まった真似をされるのではないかという心配をしてしまうラファウス。手綱を引こうとするテティノは突然眩暈がして、視界が僅かにぼやけ始める。思わず目を擦りつつ、頭を起こすと眩暈は治まり、視界も元に戻るが、何とも言えない気分の悪さを感じた。
    「テティノ、どうしました?」
    「あ、いや。ちょっと眩暈がしただけだ。疲れているのかもな」
    何事もないように返答するテティノ。ラファウスはテティノの顔を見ていると、顔色が若干悪いように見えてしまい、本当にただの疲労による眩暈なのか気になってしまう。
    「……う……ぐっ……」
    二人のやり取りの最中、ヴェルラウドが意識を取り戻す。
    「ヴェルラウド!」
    「……ここ……は……?うっ!ぐぼおっ!!」
    血塗れの顔で目が開かないまま声を出すと、大量の血を吐き出すヴェルラウド。
    「喋らないで下さい。今から神殿に戻ります」
    ラファウスが言うと、テティノは苦しそうに呼吸をするヴェルラウドを気遣いながらも手綱を引っ張る。カイルは勢いよく加速し、賢者の神殿の上空へ到達した。テティノは動けないヴェルラウドを抱えつつも、ラファウスと共にマチェドニル達が待つ賢者の神殿の地下へやって来る。
    「お前達……戻ったのか。レウィシアは?」
    マチェドニルに全ての出来事を説明するラファウス。テティノはヴェルラウドを治療室で安静にさせ、リランは回復魔法でヴェルラウドの負傷を治していく。
    「何と、そんな事が……最早レウィシアに世界の運命が預けられたというのだな」
    人としての自分を捨ててまで冥神ハデリアとの最終決戦に挑んだレウィシアの事を聞かされたマチェドニルは、もう自分達にはレウィシアの勝利を祈る事しか出来ないのかと思い始めていた。
    「お労しい事だ。全てを救う為にレウィシア王女は自身を犠牲にする覚悟を決められたというのか……」
    オディアンは自身の無力さに打ち震え、やり場のない悔しさを感じていた。
    「フン……そんな覚悟を決めて最後の戦いに挑んだとは。奴は、本当の意味で太陽になろうとしているのだ」
    そう言ったのは、椅子に座ったヘリオであった。
    「ヘリオ。足は……」
    「心配するな。足は動かなくともクチと手は動く。それに、奴の為にも私はまだこのまま朽ちるわけにはいかぬ」
    ヘリオは足の痛みを堪えつつ、拳に力を入れる。
    「この場から動かずとも、我々にだって出来る事は必ずあるはずだ。レウィシアを勝利へ導く為にな」
    ヘリオの言葉に、マチェドニルは心を動かされる。


    今出来る事……それは、皆の心を一つにする。

    そう、今こそ共に戦地を潜り抜けた者達の絆を大いなる力の源とする時。歴戦の英雄達のように。

    戦地に立つ仲間達の絆は、底知れぬ大きなものとなる。それがあれば、きっと———。



    ハデリアとの激戦を繰り広げるレウィシアは、攻撃の手を止めず数々の剣技を繰り出していた。剣から炎を天に放ち、次々と降り注ぐ輝く炎の矢。更に盾を投げつけると、盾は激しく燃え盛る炎に包まれ、炎は竜の形に変化していく。輝く炎の矢と竜の二段攻撃が襲い掛かる中、ハデリアは双方の暗黒の竜を放つ。ツイン・アポカリプスという名を持つ、暗黒の炎と黒い雷の力が竜へと変化したものであった。巨大な輝く炎の竜と暗黒の双竜が激突し、周囲に凄まじい衝撃を放つ程の攻防の末、暗黒の双竜は炎の竜を消し飛ばし、全てのものを喰らう勢いでレウィシアに襲い掛かる。だがレウィシアは動じずに目を閉じ、構える。
    「おおおおおおおおッ!!」
    両手で光り輝く剣を振り上げると巨大な閃光が迸り、暗黒の双竜を消し去って行く。魔剣を手に、黒い球体状のオーラを身に纏うハデリアは眉間に皺を寄せながら、レウィシアに鋭い視線を向けていた。
    「ハァッ、ハァッ……」
    荒く息を吐くレウィシア。素肌には無数の痣と傷が浮かび上がり、顔は汗に塗れ、頬には一筋の傷を刻み、口から流れる血は僅かに滴り落ちていた。一向に疲労している様子を見せないハデリアを見てレウィシアは思う。このまま戦い続けては勝てない。今こそ、全ての力を賭けた一撃を決めないといけない。真の太陽と神々の力を以てしても、己の肉体には限界がある。そして今、肉体は悲鳴を上げている。例え人の姿を捨てていても、自身の肉体には限界が存在するという事を知り、自身が果てる前にケリを付けなければならない。そう思うレウィシアだが、心の奥底ではハデリアの肉体がネモアのものであるという事実がいつまでも残り続け、倒すべき存在だと解っていても倒しきれないという本能を実感していた。
    「この我を震撼させるとは……神の忘れ形見というものは何処までも忌まわしきものよ」
    ハデリアの表情には焦りや動揺の色は全く見えず、感情すらも読み取れないものであった。
    「だが……妙な感覚だ。その気にならば汝の首など容易く撥ねられるものを、何故か思うようにいかぬ」
    ハデリアの言葉にレウィシアは一瞬驚く。それはルーチェを始めとする浚われた人々の魂の抗いによるものだろうか。それともネモアの意識が———。
    「……実に不愉快だ」
    魔剣を振り翳したハデリアは更に力を高めていく。球体状のオーラはより闇の力を増していき、迸る黒い稲妻の勢いは空間全体に鳴動として伝わる程激しくなっていく。
    「うっ……!」
    力を高めたハデリアを前に戦慄を覚え、身構えるレウィシア。
    「ぬおおおおおおおおおああああああああああああああっ!!」
    咆哮が轟くと、凄まじい衝撃波が周囲を襲う。防御態勢を取り、衝撃に耐え切ったレウィシアは思わず顔を上げる。次の瞬間、レウィシアが見たものは全身が黒く染まり、肌に赤紫色のゆらめく炎が浮かび上がる姿となり、黒いオーラに包まれた魔剣を手に見下ろしているハデリアであった。
    「……無力。愚か。そして不愉快。我が手で砕け散れ」
    ハデリアは魔剣を構え、レウィシアに突撃してくる。すぐさま剣でハデリアの攻撃を受け止めるものの、黒い稲妻が剣を伝ってレウィシアに襲い掛かる。
    「ごああ!!」
    稲妻によるダメージでバランスを崩した隙に、ハデリアの斬撃がレウィシアの右肩を捉える。だがレウィシアは間髪でハデリアの魔剣を左手で受け止めていた。
    「何だと……」
    魔剣に力を込めるハデリア。レウィシアの左手は特殊金属製のガントレットで覆われているものの、罅が走り、砕け始める。レウィシアは全身を嬲る黒い稲妻に耐えながらも左手に力を集中させると、太陽と聖光による眩い閃光が溢れ出す。閃光はハデリアの魔剣を持つ手を焼き尽くす程の途轍もない高温で、思わずその場から離れ、防御態勢に入るハデリア。レウィシアは傷付いた左手の拳に力を入れる。左手からは血が流れるものの、閃光によってすぐに蒸発していく。光る剣を掲げ、意識を集中させるレウィシア。刀身から太陽の光が溢れ出ては、巨大な光の柱となる。不意にレウィシアの頭に、ネモアと過ごした時の出来事が浮かぶ。最愛の弟が生まれた時———赤子である弟を抱きしめた瞬間、レウィシアは大きな感動を覚え、神から授かった新しい命であるという事を実感した。


    この子がわたしの弟……。

    神さま、ありがとう。わたし、この子をずっと守っていきます。


    弟———ネモアはレウィシアと共に王家の使命の下で鍛えられ、レウィシアからは姉として、母親としての愛を受けていた。城の中庭で遊んだ思い出は、ずっと忘れられないもの。シロツメクサによる花冠をプレゼントされた事も、一生分の宝物として残したい思い出だった。誰よりも大切な小さな弟だから、共に過ごしている時が幸せだった。抱きしめている時の心地良さと柔らかさ、そして暖かい感触。ネモアとずっと幸せに過ごしていけたら、と思っていた。

    運命はどこまで残酷なのだろう。こんな運命が許されてもいいのだろうか。ネモアを失うだけでも辛いのに、忌まわしき邪悪な神の器となり、今こうして自身の敵として、そして倒すべき敵として君臨している。ネモアの肉体だけど、その姿と顔には最早愛おしい弟の面影は何処にも無い。ネモアは死んだ。一度死んで、今は冥神として生かされている。だから、この一撃で苦しみから解放させてあげたい。ネモアは、私とは比べ物にならないくらい苦しんでいるに違いないのだから。


    姉さま……。

    なあに?

    ぼく達って、何のために強くならなきゃならないの?

    何のためって……国を守る為よ。私達は王国や人々を守る騎士として生きる使命があるんだから。その為に強くならないと。


    「……ネモア……」
    レウィシアの目から一筋の涙が溢れ出す。閃光が消えた時、ハデリアは空中で両手を天に翳し、黒い稲妻を帯びた巨大な球体を生み出す。全ての闇の力が結集した魔力による巨大なエネルギーの球体を放つ冥神の超魔法デッドリィ・ゾークであった。球体から伝わる闇の波動を受けながらも、レウィシアは目を見開かせ、剣を振り翳す。
    「……ハデリアァァァァッ!!」
    叫びつつも地を蹴ると、光の翼が広がり、ハデリアの方へ向かって行くレウィシア。剣を突き出しつつも、途轍もなく巨大なものとなった闇の球体に突撃すると、剣が眩く輝く太陽の光を放ち、そしてレウィシアを包むオーラは巨大な矢のような形となった聖光と化す。
    「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああっ!!」
    太陽と聖光の力と黒い稲妻を帯びた闇の球体が空中で激突し、凄まじい波動が周囲を襲う。その衝撃は空間全体を震撼させる程で、神と呼ばれる者同士の全力による死闘によって発せられるものであり、最早並みの人間が立ち入れるような次元ではなかった。


    神々よ……人としての己を捨てた、神の忘れ形見となりし太陽の子よ……何を想い、我に抗うのか———


    心に問い掛けるように聞こえるハデリアの声。視界に広がる巨大な闇を前に、レウィシアは気迫を込めて目を見開かせる。


    貴様を倒しても、人が存在する限り地上の闇は決して消えないと思う。でも……人が生む闇は人の手で正す事は決して不可能ではない。

    正しい心を持った人が……人を、世界の全てを正しい方に導くようになる為にも……私は貴様を討つ———!


    光の中、レウィシアは両手で剣を握り締め、渾身の力を込める。
    「神々よ……そして真の太陽よ。今こそ全ての力を!」
    巨大な光の矢と化したレウィシアのオーラは六柱のエレメントを象徴する色と、真の太陽を象徴する色が交じり合った虹色の光と化し、そしてレウィシアが剣を大きく振り上げる。


    「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


    巨大な虹色の閃光は闇の球体を貫き、ハデリアを飲み込んでいく。六柱の神々と太陽の神の力が一つになり、その力の全てが解放されたのだ。
    「グオオオオアアアアアアアアアアアア!!!」
    閃光の中、ハデリアの叫び声が轟く。そして太陽のように輝き、爆発を起こす。辺りに光の粒が降り注ぐと、レウィシアは息を切らせ、腰を落とす。ハデリアの姿は空間から消えていた。
    「……終わったの……?」
    光の粒が舞う中、レウィシアは辺りを見回す。同時に、ネモアの姿が再び頭に浮かび始める。
    「ネモア……」
    レウィシアは再び涙を溢れさせる。これで本当にハデリアを倒したのだろうか。一瞬そう考えるものの、冥蝕の亜空間には何の変化もない。ハデリアが倒れれば、この亜空間にも何かが起きるはず。だが、何か起きる気配は無い。それどころか、亜空間全体に漂う邪悪な雰囲気は一向に収まる様子がない。ハデリアはまだ生きている。そう確信したレウィシアは何が起きてもいいように再び戦闘態勢を取る。
    「……出て来い、ハデリア!貴様が完全に倒れるまで何度も戦ってやる」
    声を張り上げてレウィシアが言うと、黒い雷が走る空間が現れる。
    「忌々しい……実に忌々しい。我の中に妙な感覚が渦巻いていたのは……汝の光に共鳴し、我の中で抗い続ける者がいたからだ」
    影のように黒く染まったハデリアの姿が現れ、胴体に赤紫色の光に包まれた核のような球体と、周囲に六つの仄かな光の玉のようなものが浮かび上がる。レウィシアは緊張した面持ちで空中に佇むハデリアを凝視していた。
    「人の子は何処までも我に抗う。我が肉体となった者の心も僅かながら残っていた。どうやら我の全てを開放する必要があるようだ」
    ハデリアは目から邪悪な光を放ち、レウィシアに視線を向ける。
    「聞け、神々の力を得た太陽の子よ。如何に汝でも、全てを開放した我の前では無力に等しい。選ばれし人の子の魂は我の全てを制御する素材に過ぎぬ。今此処で我の全ての力を開放し、忌まわしき創生神が創りし地上の全てを死と破壊で覆い尽くす」
    ハデリアの身体に浮かぶ核のような球体は強い光を放ち、六つの光の玉は徐々に黒く染まっていき、球体に吸い込まれていく。次の瞬間、ハデリアの全身から放出された闇の閃光が辺りを覆う。閃光によって目が眩んだレウィシアは思わず目を閉じる。


    地上を救う太陽と称し、我に抗う愚かな神の忘れ形見よ。全てを開放した我の手で滅びるがいい———


    亜空間全体に伝わる激しい鳴動。荒れ狂う凄まじい波動。視界が戻ったレウィシアが見たものは、黒い球体状のオーラに包まれたハデリアが禍々しい異形の姿に変化していく光景であった。
    希望の心全てが完全なる闇に支配された空間。そこには、剣を手にしたレウィシアが身構えている。顔は汗に塗れ、表情は険しいものとなっている。突然見え始める二つの光。巻き起こる強風。後退りしつつも、レウィシアは戦闘態勢に入る。だが次の瞬間、雷を纏った巨大な光線がレウィシアの身体を貫いた。

    身体に大きな風穴を開けられ、血を吐くレウィシア。辺りが鮮血に染まり、苦痛と絶望に満ちた叫び声が轟く中、次々と閃光が降り注ぎ、爆発が起きる。


    レウィシアアアァァァァァアアッ!!


    その光景は、全て夢だった。強大なる存在によって惨たらしい形で殺されていくレウィシアの姿が、ヴェルラウドの悪夢となって出てきたのだ。
    「……ハァ……ハァッ……レウィシア……」
    悪夢から醒め、顔が冷や汗に塗れたヴェルラウドが起き上がる。止まらない鼓動の中、夢の出来事が頭から離れようとしない。
    「何故俺はこんな夢を見てしまったんだ。レウィシアは……」
    ベッドから出ようとするヴェルラウドだが、傷は完治しておらず、全身に激しい痛みが襲い掛かる。身体を動かす事もままならない状態であった。周囲を見回すと、折れた神雷の剣が置かれている。ヴェルラウドは折れた神雷の剣を見た瞬間、何とも言えない無力感に苛まれる。


    騎士として守りたいものを、この命に代えてでも守りたいと決めていたのに、それすらも叶わなかった。

    如何に邪悪なる神と呼ばれる存在が相手でも、俺にだって力になれるような事はあったはず。だが、それもろくに出来ないまま無様にやられてしまった。古の戦女神の武器だったはずの神雷の剣を折られ、このザマとなった俺にはもう何も出来ない。

    俺は何処まで無力なんだろうか。レウィシアまで失う事になったら、俺はもう———。


    込み上がる悔しさと止まらない無力感の余り、俯いた状態で涙を流すヴェルラウド。そんな中、リランがやって来る。
    「ヴェルラウド、気が付いたのか」
    リランが声を掛けても、ヴェルラウドは返事せず俯いたままであった。
    「かなりの負傷で危険な状態だったが、意識を取り戻したようで何よりだ。今はレウィシアが一人で冥神に挑んでいる。君もどうか、彼女の勝利を祈って欲しい」
    ヴェルラウドはその場から動こうとせず、全身を身震いさせている。
    「聞こえたな?返事くらいはしたらどうだ?」
    返事しないヴェルラウドの様子が気になったリランが更に声を掛ける。
    「……黙っててくれ。今は一人にさせて欲しい」
    「何?どういう事だ」
    「一人にさせて欲しいって言ってるんだよ」
    ヴェルラウドの引き攣った表情を見て思わず面食らうリラン。
    「……解った。気持ちが落ち着き次第、顔出しして頂きたい。動けるのならな」
    リランはそっと部屋から出ると、ヴェルラウドは折れた神雷の剣を手に取る。
    「古の戦女神とやらはこの剣で冥神と戦ったんだろう?本当にこれで終わりなのか?」
    呟くように剣に語り掛けるヴェルラウド。その問いに答える者は誰もいない。静寂が無力感を募らせ、時は静かに過ぎていく。


    冥蝕の亜空間全体を襲う鳴動はやがて凄まじい揺れとなり、変化したハデリアの姿は徐々に巨大化していく。戦慄の余り立ち尽くしていたレウィシアは波動に吹き飛ばされ、おぞましい咆哮が響き渡る。
    「ぐっ……う……」
    脇腹を抑え、よろめきながら立ち上がるレウィシアが見たものは、幾つもの玉が埋め込まれた巨大な翼を持ち、無数の突起物を持つ禍々しい形状の肉体と剛腕、腹部分に浮かぶ巨大な目玉とそれを取り囲む六つの玉、三つの目を持つ醜悪な顔———それはまさに異形の生命体。自我を保つ為に力を制御させる形で利用していたルーチェ達の魂を冥府の力で闇に塗り替えて自らの核となる魂に吸収してから全ての力を開放させ、極冥神と呼ばれる姿へと進化したハデリアであった。


    ……我……ハ……全テヲ……破壊……死ト……破壊……ハカイ……


    ハデリアが再び咆哮を轟かせると、その衝撃でレウィシアは身をも凍り付く感覚を覚える。同時に冥蝕の月の封印が解け、再び月から冥府の力が溢れ出すようになる。
    「うくっ……!」
    冷や汗に塗れ、唇を噛みしめながらも剣を構えつつ力を全開にさせる。虹色に輝く巨大な光の矢として突撃するレウィシアは剣を大きく振り上げると、光の一閃と共に炎が巻き起こる。だがその一撃はハデリアの肉体を傷付ける事無く、ハデリアの瞳はレウィシアに向けられる。そしてハデリアの剛腕による攻撃がレウィシアを上空に吹っ飛ばし、更に重い一撃が決まる。
    「ごっ……」
    頭を大きく仰け反らせ、口から血を噴きながらも吹っ飛ばされていくレウィシアは数回バウンドしつつ倒れる。ダメージは全身に響く程で、激痛が一気に襲い掛かる。
    「それが……それが貴様の本当の姿だというの」
    激痛を抑えつつも口内の血を吐き捨て、反撃に転じようとするレウィシア。ハデリアはレウィシアの姿を見るなり力任せに剛腕を足場に叩き付け、腹部分の目玉から巨大なエネルギーの波動が放たれる。波動の攻撃を間髪で回避したレウィシアは剣を掲げ、力を集中させる。刀身が虹色の輝きに溢れ、神々の力が込められた斬撃を繰り出す。
    「グ……オオアァアアア……ゴアアアアアアア!!」
    斬撃はハデリアの肉体に一筋の傷を刻み、傷口を伝って燃え上がる黄金の炎。攻撃が決まり、レウィシアが足場に着地した瞬間、ハデリアの剛腕がレウィシアに襲い掛かる。
    「ぐぼぅうおあっ……!!」
    その一撃を受けたレウィシアは苦悶の呻き声を漏らしつつ大量の血を吐き出し、柱にめり込む形で叩き付けられる。めり込んだままのレウィシアを襲う更なる攻撃は、ハデリアの口から放出された無数の闇の光弾であった。次々と光弾の攻撃を受けているうちに柱は砕かれ、蹲るレウィシアは息を切らせながらも立ち上がろうとする。口を抑えている手からはボタボタと血を滴らせていた。
    「負け……られない……」
    重い攻撃を次々と受け、肉体のダメージが多大なものとなっていたレウィシアは立ち上がるのもやっとの状態であった。極冥神へと進化したハデリアの強さはレウィシアを圧倒する程で、力の差は歴然としていた。剣を構え、ふら付く身体のまま攻撃しようとすると、ハデリアは全身から冥府の力を溢れさせ、放出された力は空中に集まって行く。黒い稲妻を帯びた巨大なエネルギーの球体へと変わり、更に球体からは怨霊のような顔が次々と浮かび上がる。デッドリィ・ゾークの球体が進化したものであった。無数の顔が浮かぶ闇の球体がレウィシアに向けて放たれると、レウィシアは自らのオーラを光の矢に変えて突撃する。球体に浮かぶ怨霊はますます増えていき、より巨大化していく。両手で剣を突き出しつつ、レウィシアは光の矢と共に闇の球体に挑むものの、周囲の黒い稲妻は薙ぎ払う激しい雷光となり、更に巨大化した闇の球体の勢いに飲み込まれ始める。
    「ぐっ……おおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!」
    渾身の力を込め、球体を押し返す勢いで剣を振り上げようとするレウィシア。光の矢状のオーラの輝きはより増していき、徐々に闇の球体を押していく。光の矢と闇の球体の激しい衝突の最中、ハデリアは天に向けて咆哮を轟かせる。口からの衝撃波が天を貫くと、空間が暗黒の雲で覆われていく。雲からは次々と黒い雷が降り注ぐ。ハデリアは黒い雷を浴びると、雷の力を吸収していく。レウィシアは危機を感じ取り、全ての力を開放させる形で闇の球体を押し退ける。結果は相殺となり、大爆発に吹っ飛ばされたレウィシアは足場に叩き付けられる。黒い雷を吸収したハデリアの全身が荒れ狂う黒い稲妻に覆われ、レウィシアに突撃していく。振り回される剛腕に張り飛ばされ、破壊された柱の残骸である瓦礫の中に埋もれたところに次々と襲い掛かる暗黒の雷光弾。
    「ぐうあああぁっ!!」
    暗黒の雷光弾による攻撃は絶え間なく続き、全身を焦がしつつも傷だらけとなったレウィシアを覆うオーラの光は弱まり始めていた。それでも立ち上がろうとするレウィシアに繰り出される攻撃は、黒い雷の力を帯びた剛腕による拳の乱打であった。一撃一撃の重さで多大なダメージを受けたレウィシアは血反吐を吐きながら叩き伏せられ、更に拳からの黒い雷が全身を嬲る。
    「がはああぁぁっ!!」
    のたうち回りながらも叫び続けるレウィシア。
    「は……ぁっ……あ……」
    倒れたレウィシアは吐血で血塗れとなった口を大きく開かせたまま喘ぎ、身体はピクピクと痙攣していた。オーラは消え、目の光も消え始めている。それは生命力が尽きかけている事を意味していた。ハデリアは倒れたレウィシアを見下ろしていると、二つの目から光線が放たれる。光線はレウィシアの右肩を貫き、更に左肩を貫く。
    「……う……あああぁぁああああああっ!!」
    風穴を開けられた両肩からの大量出血と共に断末魔の叫び声を轟かせるレウィシア。ハデリアはレウィシアを見下ろしつつも空中に上昇し、魔力を高めていく。黒いオーラは稲妻が迸る球体状のオーラへと変化し、闇の力によるエネルギーの柱が昇り、天を貫いていく。


    ……神……地上……全テガ滅ビル……行キ着ク先ハ……死ト破壊……


    ———ドゥーム・カタストロフィ———


    天から次々と降り注ぐ黒き炎に覆われし闇の隕石。それは、全てを破壊し尽くす極冥神の超魔法であった。隕石は亜空間に存在する全ての足場を破壊していく。
    「……ゴアアアアアアアアアアアァァァァァアアッ!!」
    勝利の雄叫びを意味しているかのような咆哮。ハデリアは空間に開かれた穴を抜け、下界に出る。冥府の力が放出された冥蝕の月は黒い瘴気に覆い尽くされていた。全ての足場が破壊され、無数の瓦礫が奈落へ落ちていく中、小さな光が飛んで行く。


    世界中の人々は冥府の力の影響で様々な身体の異変に襲われながらも、只ならぬ予感を感じていた。この異変は世界の最後となる日を表しているのではないか。今、世界が滅びる時なのではないか。そう悟った人々は絶望の淵に立たされていた。
    「わ、私達……もう終わりなんですね……世界は滅びるんですね……」
    トレイダの街にて、レンゴウの元にいるメイコは絶望の表情を浮かべていた。
    「バ、バッカ野郎!そんな事があってたまるか!世界が滅びるなんてあり得るわけがねぇ!あり得るわけがねぇよ……」
    強気に振る舞うレンゴウだが、表情は半ば引き攣っていた。ランは悲しげに鼻を鳴らし、メイコの傍で座り込んでいる。
    「まだお嫁に行ってないのに!まだファーストキスの経験もないのに!酷いです酷いです!どうして世界が滅亡しなきゃいけないんですかあああ!!」
    メイコが取り乱したように喚き散らす。
    「う、うるせえ!そんな事が……あってたまるかよ……」
    レンゴウは拳を震わせながらも悔しげに呟く。地上に降り注ぐ冥府の力で精神的な悪影響を受け、心が絶望に支配されかけているのだ。その時、地鳴りが起き始める。突然の地鳴りに思わず外に出るレンゴウとメイコ。闇に包まれた空には巨大な渦があり、絶え間なく鳴り響く雷鳴。そして黒い瘴気で覆われた冥蝕の月の前に佇む、球体状のオーラに包まれたハデリアの姿。ハデリアは空中で再び魔力を解放させると巨大な闇の球体が現れ、球体は一つの陸地に巨大な大穴を開け、地鳴りは激しくなる。
    「あ……ああ……」
    「冗談じゃねえぞ……本当に世界の終わりなのか……」
    地上に降り注ぐ冥府の力と併せ、ハデリアの力を見たレンゴウとメイコは死の恐怖を抱き、深い絶望に襲われた。


    地鳴りは世界全体を襲い、ハデリアのおぞましい咆哮も世界中の人々に聞こえていた。クレマローズ城ではベッドで安静にしているアレアス王妃を守り続けていたトリアスはレウィシア達の帰還を信じ続けていたが、冥府の力の影響を受け、恐怖と絶望に苛まれていた。
    「最早どうする事も出来ぬ……どうしようもない……滅びの時が来てしまったのだ……姫様……陛下……王妃様……どうか無力なこの私をお許し下さい……」
    トリアスを取り囲む兵士達も絶望の余り無気力となり、王国の人々も絶望に満ちていた。

    風神の村、サレスティル王国、ブレドルド王国、アクリム王国———闇と絶望に支配されていく世界各地。ハデリアの力によって、とある大陸に降り注ぐ隕石。破壊を呼ぶ闇の雷。嵐となり、荒れ狂う竜巻。まさに世界の終焉ともいう状況であった。


    氷の大陸チルブレインでは激しい地鳴りと共に大陸中の氷が割れていき、所々に亀裂が発生していく。聖都ルドエデンでも至る所に亀裂が生まれ、崩壊の道を辿っていた。
    「みんな、神殿へお逃げなさい!」
    デナはパニックに陥るマナドール達を叱咤していた。亀裂が次々と発生していく中、神殿へ逃げ込むマナドール達。止まらない地鳴りの中、収まらない亀裂。このまま聖都が崩壊していくのは時間の問題であった。
    「どうしてこんな事になってしまいましたの……リラン様……」
    リランの安否を気にしつつも、デナはかつてない大陸中の異変に恐怖を感じていた。そして落雷による轟音。マナドール達も世界の最後を予感していた。


    「クッ、これは一体……」
    賢者の神殿の地下にいるラファウス達は止まらない地鳴りと響き渡るハデリアの咆哮に不安を覚え、外に出ようとする。
    「待て!今は外に出てはならぬ」
    マチェドニルが声を張り上げて阻止する。
    「外は危険だ。この恐ろしい程の力……冥神が地上を攻撃しているのかもしれぬ」
    リランが青ざめた様子で言う。
    「何だって!?レウィシアは……レウィシアは一体どうなったというんだ!?」
    テティノが問うものの、リランは言葉を詰まらせていた。
    「む、あれを見ろ」
    オディアンが指す方向に全員が振り向く。なんと、そこに現れたのは仄かな光に包まれたソルであった。
    「ソ、ソル……?」
    突然のソルの出現にラファウス達は驚く。レウィシアの中に宿っていたはずのソルが何故単独でやって来たのか?という疑問から生じるのは、まさかレウィシアの身に何かあったのだろうかという考えであった。
    「何故ソルが私達の元に……レウィシアは!?」
    ラファウスが切羽詰まった様子で言うと、ソルを包む光が強まっていく。次の瞬間、テティノとラファウスは鼓動が高鳴り始め、身体が熱くなっていくのを感じる。
    「くっ、ああああぁぁぁ!!」
    全身が焼け付くような感覚に襲われ、テティノとラファウスは頭を抱えながら叫ぶ。
    「テティノ!ラファウス!」
    リランが駆け付けるものの、テティノとラファウスの身体から激しいオーラが噴き上がり、その勢いは周りを寄せ付けない程であった。


    我が同士達よ、よく聞け。これが最後の賭けだ———。


    テティノとラファウスの頭から声が聞こえ始める。声の主は、炎の英雄ブレンネンであった。


    冥神は更なる進化を遂げ、レウィシアはその圧倒的な力によって倒れた。だが、レウィシアに宿る太陽は決して滅びない。我々の力の適合者となりし者、そして冥神に挑みし同士となる者達の心を一つにする時。皆が希望を信じる事で、太陽はずっと輝き続ける。

    我が魔魂に皆の想いを伝え、希望の心を託せ。皆の希望を声とし、レウィシアの太陽を輝かせる。希望の心は、太陽の輝きの源となる。そしてその輝きに限界は無い。希望の心が大きければ、その輝きは果てしなく広がる———。


    ブレンネンの声は、ラファウスとテティノの頭に焼き付くように響き渡っていた。そしてブレンネンの声を聞いていたのは、ラファウスとテティノだけではない。ソルが神殿にいる皆に、声を届けていたのだ。


    希望の心。

    そう、如何なる絶望の最中でも、全ての希望を捨ててはいけない。それがレウィシアの太陽を輝かせる源となるのならば、私達に出来る事は———。


    テティノとラファウスは声に従うように、ソルに向けて両手を差し出す。レウィシアは必ず勝つ。どんな状況に置かれても、決して絶望はしない。絶望に負けない。もし何か力になれる事があれば、全てを託したい。勝利へ導く為に。二人は、心の中に抱いていた希望を託しているのだ。
    「そうか……そういう事か。希望……即ちそれは絆の力……」
    マチェドニルはソルに向けて両手を差し出す。
    「みんな、今こそ想いを伝えよ。そして希望を託すのじゃ。レウィシアを勝利へ導く為にも」
    その言葉を受けて、リランとオディアンがソルへ両手を差し出す。
    「レウィシアよ。私でも力になれる事があれば、全てを君に託す。希望は、決して失わぬ。私は最後まで希望を信じ抜く」
    「レウィシア王女。この世界の全てを救う為ならば、我が命に代えてでも……!」
    リランとオディアンがそれぞれの想いを伝える中、椅子に座っていたヘリオもソルに向けて両手を差し出す。
    「希望の心、か。それが太陽を輝かせるというのならば、黙っているわけにはいかぬ」
    「ヘリオ!」
    「つまらぬ心配は無用だ。例え我が命を捧げようと、それで全てを救えるならば本望だ」
    ヘリオが想いを伝える中、ヴェルラウドがやって来る。
    「全て聞かせてもらった。希望だろうと、命だろうと全てを託す。それに、スフレだってな」
    ヴェルラウドの手にはスフレのブローチが握られていた。ブローチのスファレライトは、まるでスフレの想いが宿っているかのように光り輝いている。ヴェルラウドはブローチを握り締めながらも、ソルに向けて両手を差し出す。マチェドニルはヴェルラウドが持つブローチを見て不意にスフレの姿が頭に浮かび、涙を流す。
    「スフレよ。もしあの世で我々を見守っているのならば、どうか想いを……希望の心を伝えてくれ……!」
    神殿にいる皆がソルに想いと希望の心を伝えていくと、ソルを覆うオーラが太陽のような輝きを放つ。輝きは眩いものとなり、その場にいる全員が視界を奪われた。


    皆の想い———それは、共に戦ってきた仲間としてレウィシアを信じ、命に代えてでも力になりたいという気持ち。

    そして最後まで失わない希望の心。絶望に負けない意思。勝利へ導く為の力を与えたいという想い。


    皆の想いと希望の心が今一つとなり、最後の太陽が輝き始める。



    その頃、レウィシアは何も存在しない完全なる闇の空間に辿り着いていた。暗黒の隕石によって破壊し尽くされた瓦礫と共に奈落の底へ落ちていく中、意識が吸い込まれるように遠のいていた。そして目を覚ませばこんな場所に来ていた。この何もない闇の空間には覚えがある。そう、かつてケセルとの戦いで死の淵を彷徨っていた時に流れ着いた、自身の心を蝕む闇の精神が生んだ世界であった。再び此処に来たという事は———。
    「全く情けないわね。人としての自分を捨ててまで最後の戦いに挑んだのに、結局負けちゃったなんて」
    響き渡るように聞こえる自分自身の声。現れたのは、心闇の化身の幻影であった。
    「……また……あなたなの……」
    両肩の風穴から多量の出血が溢れ出す中、体内から込み上がる血を吐き出すレウィシア。地獄のような激痛と出血の酷さで動く事も出来ず、意識も朦朧としている状態であった。
    「そう、あなたは負けたの。神々の力を宿しても負けたのよ。甘さを完全に捨てきれていなかったせいでね」
    心闇の化身の『甘さを完全に捨てきれていなかった』という言葉を聞いてレウィシアは動揺し始める。
    「……甘さ……ですって……」
    顎からも血を滴らせ、傷口からの苦痛で激しく息を吐きながらもレウィシアが呟く。
    「あなたは心の何処かでネモアやルーチェ達を救いたいという気持ちがあるせいで、ハデリアを倒す事に躊躇していた。それが敗因へと繋がったのよ」
    その一言にレウィシアが目を見開かせる。
    「甘い。何処までもあなたは甘い。あははははは!なんて悲しい運命なの……あなたの捨てきれなかった甘さが世界を滅ぼす事になる。あなたは全部自分の気持ちに嘘を付いていたのよ。もう迷わないとか、絶対に負けないとか。所詮は上辺だけの感情に過ぎなかったというわけよ。太陽と仲間の心って結局何だったのかしらねぇ」
    嘲笑うように言う心闇の化身の姿が徐々に薄らいでいく。
    「これで終わったのよ。あなたは本当によく頑張った……だから、もう休みなさい。レウィシア」
    そう言い残し、心闇の化身の幻影は消滅した。
    「太陽……仲間の心……」
    朦朧とした意識の中、レウィシアは仲間達の姿を思い浮かべる。大切な弟のような存在であり、自分を姉のように慕ってくれたルーチェ。非情になり切れない時や、罪の意識に苛まれる自分を叱咤して支えてくれたラファウス。己の命を削ってまで自分を救ってくれたテティノ。騎士として自分の力になろうとしているヴェルラウド、オディアン。嫉妬心による誤解から一時期衝突していたけど、打ち解けてからは仲間として受け入れてくれたスフレ。以前、死の淵を彷徨っていた時は仲間の心があったから救われた。もし今再び仲間の心が私を救うならば、命を救うだけじゃなくて、力を貸して欲しい。冥神を倒せる力じゃない。心の何処かで捨てきれない甘さに捉われない強さとなる力が欲しい。心闇の化身が言った通り、ルーチェ達の魂やネモアを救いたい気持ちがあるせいで、結果的に全ての力を出し切れなかった。甘さを捨てたと思っていても、心の何処かではまだ残っていた。それは感情ではなく、自分の中に備わっていた本能なんだ。


    レウィシアよ、目を覚ませ。これが最後の太陽だ———。


    突然、レウィシアの前に現れる三つの光。その光は神々しく、神の力そのものともいう光であった。
    最後の太陽

    レウィシア……レウィシア……


    暗闇の中、突然現れた三つの光。同時に聞こえる仲間達の声。最後の太陽の輝きの源となる『希望の心』としてソルに伝えられたそれぞれの想いが声となって響き渡る。

    そして三つの光の正体は、創生神モルスと女神レーヴェの子となる三本柱の戦神———太陽の戦神アポロイア、月神ルイナ、戦女神ヴァルクであった。
    「レウィシアよ。そなたと共にある太陽の力の根源は、仲間の心……そして希望の心。そなたの中にある最後の太陽を輝かせ、そして我々も太陽の一部となる時が来た———」
    アポロイアの言葉を聞いたレウィシアは血が騒ぐのを感じる。
    「六柱の力を宿したそなたは今や我々と同じ地上の神であり、太陽の女神となる者。かつての我々のように地上を救う神として立ち上がり、最後の太陽を目覚めさせん。これは、我々にとっての決着を付ける為でもあるのだ」
    ルイナはそっとレウィシアに手を差し出すと、レウィシアの全身が黄金のオーラに包まれる。
    「我が赤雷の力を受け継ぎし者ですら戦いに敗れた今、冥神を完全に滅ぼせるのはお前しかいない。お前も聞いただろう。彼の無念の声を。そして彼の想いを」
    ヴァルクの一言にレウィシアは聞こえて来たヴェルラウドの声を思い返す。


    レウィシア……俺は命に代えてでも君を守りたかった。もうこれ以上、俺の前で誰かの命が奪われるのを見たくなかった。今まで俺がいるせいで多くの命が失われたり、目の前で何度も大切な人を失ってしまったから……。

    冥神は、俺の力でどうにかなるような相手じゃなかった。それでも俺は命を失う覚悟で君を守る為に戦うつもりだったけど……君はきっとそんな事は望んでいないだろう。

    だから俺は……俺の全てを君に託す。希望の心とやらが君の力になるというのなら、俺は君を信じる。例え何があっても、俺はずっと希望にしがみ付く。俺だけじゃなく、皆やスフレも……。

    君に宿る太陽とやらを、俺達の想いで輝かせる。共に戦う事が出来なくても、俺達はいつだって君の力になる———!


    アポロイア、ルイナ、ヴァルクのそれぞれの言葉、そして仲間達の想いに触れたレウィシアの目に再び光が宿り始める。その光は炎となり、身体を覆う黄金のオーラが輝き始める。


    皆が……私を信じている。

    皆が……私の力になろうとしている。

    この滾るような感覚……私を信じてくれるみんなの想いが、心に伝わって来る……


    そう、戦っているのは私一人じゃない。

    私の中に宿る神々の力が最後の太陽となり、希望の心と仲間達の想いが太陽を輝かせる。

    そして———。


    レウィシアはゆっくりと立ち上がり、両肩の傷口から走る激痛を堪えながらも力を高めていく。
    「最後の太陽に……全てを賭ける」
    黄金のオーラは光の球体と化し、神々しく輝く太陽の光そのものとなった。
    「うおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!」
    咆哮を轟かせるレウィシア。両肩の風穴はオーラによる焼灼で止血され、傷口も塞がっていく。光の中、浮かび上がる仲間達の姿———ラファウス、テティノ、ヴェルラウド、スフレ、オディアン、リラン、ヘリオ、そしてルーチェ。激痛の中、激しく漲る力。希望の心として伝えられた仲間達の想い、三戦神の力が一体化し、最後の太陽が覚醒した。


    行くぞ、レウィシアよ。最後の太陽を手に、冥神ハデリアを滅ぼすのだ———



    空に渦巻く暗黒の渦は巨大な闇の雷を呼び寄せ、一つの島を破壊していく。極冥神の力で次々と地上の陸地を破壊していくハデリア。一つの街が完全に破壊され、世界中の人々はハデリアの強大な力に成す術も無く恐怖と絶望に怯えるばかりであった。賢者の神殿の地下にいるラファウス達は居た堪れなくなり、犠牲を覚悟で神殿から出た瞬間、球体状の黒いオーラに覆われたハデリアの姿を見て愕然とする。
    「まさか……あれが冥神!?」
    異形の生命体と化したハデリアの姿に立ち尽くすラファウス達。瘴気で黒く染まった冥蝕の月から放出されている冥府の力によって、力を奪われるような感覚に襲われていく。
    「くっ……レウィシアはどうなったんだ!」
    テティノは脱力感を抑えながらも、手にした槍を握り締める。
    「みんな、戻れ!このまま外にいても危険なだけだ」
    リランが呼び掛けるものの、ラファウス達はその言葉に従おうとせず、ヴェルラウドは空中に佇んでいるハデリアを見ながらも拳を震わせていた。
    「せめて俺に、もっと力があれば……!」
    自分の力ではどうにも出来ない相手だと理解していても、自分では何も出来ない現状というやるせなさに打ち震えるヴェルラウドは、やり場のない感情を必死で抑えていた。
    「……信じるのですよ。レウィシアを」
    そう言ったのはラファウスであった。
    「希望を絶やしてはならぬ。ヴェルラウドよ、レウィシア王女の力になる事を望むならば、最後まで希望を絶やすな」
    続いてオディアンが言うと、ヴェルラウドは返答せず、渦巻く闇の空を見上げる。
    「レウィシア……!」
    ヴェルラウドが空を見上げていると、一つの小さな光が凄まじい速度で飛んで行く。ソルが冥蝕の月へ向かっているのだ。



    破壊……滅ビ……死ノ世界……スベテ……ハカイ……


    ハデリアは魔力を解放し、闇のエネルギーが天を貫いていく。極冥神の超魔法ドゥーム・カタストロフィであった。天から降り注ぐ闇の隕石は一つの島を完全に破壊し、海に直撃していく。無数の隕石によって破壊し尽くされる島。水温が急上昇し、地上全体に伝わる地鳴りと共に、巨大な津波となって荒れ狂う。津波は一つの大陸を飲み込み、更に激しい揺れが大陸全体を襲った。
    「うわああああああ!!」
    「きゃあああああああああああ!!」
    ある街では地割れと陥没が起き、ある村では津波に飲み込まれ、次々と死んでいく人々。最早逃げ場どころか、安全な場所は何処にも存在しない状態であった。


    ……ハカイ……全テ……ホロビヨ……


    地上を揺るがす雄叫びは人々に恐怖心を植え付け、それに応じるかのように鳴り響く雷鳴。その時、冥蝕の月から眩い光が溢れ出す。光によって浄化されていく瘴気。それは、太陽そのものの光であった。ハデリアの前にやって来る眩い光の球体。それは、最後の太陽を宿らせたレウィシアであった。光の翼はより輝きを増し、両肩の傷穴は塞がっている。現れた七色に輝く神の光を帯びたアポロイアの剣を手にし、構えを取るレウィシア。
    「おい、あれを見ろよ」
    テティノが空中にいるレウィシアに気付き、声を上げる。ラファウス、ヴェルラウド、オディアン、リランは球体状の光のオーラを纏うレウィシアの姿を見ると、驚きの余り言葉を失っていた。


    レウィシアよ、冥神と戦うのはお前だけではない。我々と仲間の心、そして希望の心だ。我々を含むお前と戦う者達は、最後の太陽としてお前の中にいる。全ての力を込めるのだ———


    自身の中から聞こえる戦神の声を胸に、レウィシアは光の翼を広げ、ハデリアとの最後の決戦に挑む。光の球体と闇の球体が激突すると、周囲に凄まじい波動の渦が巻き起こる。黄金の炎を纏うレウィシアの数々の剣技が繰り出されると、ハデリアは剛腕を振り回し、腹部分の目玉から黒い閃光を放つ。剛腕の攻撃を回避しつつも閃光を全力による気合いで消し飛ばし、反撃の一閃を放つ。その一閃は巨大な鳳凰を模る光となってハデリアに飛んで行く。ハデリアはそれに対抗するかのように、咆哮と共に黒い稲妻に覆われた巨大な暗黒の竜を呼び寄せ、光の鳳凰と激突する。光の鳳凰と闇の竜がぶつかり合う中、レウィシアは剣を握る手に渾身の力を込める。鳳凰は竜を押し退けるように勢いを増し、激突の末、爆発を起こす。
    「あああああぁぁぁあっ!!」
    地上全体に凄まじい衝撃が走ると、戦いの様子を見守っていたラファウス達は衝撃によって吹っ飛ばされてしまう。
    「うう……」
    数メートルに渡って吹き飛ばされたテティノは痛む頭を抑えながらも立ち上がる。
    「何という戦いだ。次元が違い過ぎる……」
    オディアンは空の上で行われているレウィシアとハデリアの死闘を目の当たりにして、最早自分が入れるような次元の戦いではないと痛感していた。
    「レウィシア……君はもう本当に……」
    ヴェルラウドは今のレウィシアの状態を見て、もう人間ではない存在だという事実を思い知ると同時に何とも言えない気分になる。だがすぐさま気持ちを切り替え、レウィシアの勝利を祈るかのようにスフレのブローチを握り締めた。


    ……レウィシア。俺は最後まで希望を信じる。スフレだって、あの世で希望を信じている。俺にはそう感じるんだ。

    俺の想いがほんの僅かな力に過ぎないとしても、君を勝利へ導く為ならば———!


    ヴェルラウドが想いを捧げる中、レウィシアはハデリアの操る闇の雷の猛攻を凌ぎつつも、再び一閃を繰り出そうとする。だが、ハデリアの剛腕は既にレウィシアに向けられ、剛腕による拳の一撃は回避しきれずレウィシアの脇腹を大きく抉る。
    「げぼぅおぁっ……」
    血が混じる大量の胃液がレウィシアの口から吐き出されると、片手の拳がレウィシアの顔面を叩き付ける。血を噴きながらもめり込む形で岩場に叩き付けられるレウィシア。
    「ぐっ……は」
    岩にめり込んだレウィシアは口から血を垂れ流しながらも飛び出し、再び空中でハデリアと対峙する。乱れる息の中、剣を構えるレウィシアを前に、ハデリアは周囲に七つの球体を出現させる。七つの球体は黒を基準とした様々な色合いのオーラに包まれていき、球体から次々と稲妻が発生する。稲妻は中心に集中していき、やがて巨大な鳳凰を模る暗黒のエネルギーを生み出していく。レウィシアの光の鳳凰と対になる、極冥神の強大な冥府の魔力と我が物にした全ての魂の力が生み出した暗黒の鳳凰であった。レウィシアが剣を両手で構えた瞬間、暗黒の鳳凰は黒い雷を纏い、翼を羽ばたかせながら襲い掛かる。
    「うおあああああああああああっ!!!」
    光の翼を広げ、全力で一閃を繰り出すレウィシア。一閃は光の鳳凰と化し、暗黒の鳳凰と激突する。
    「がああああああああああああああああああっ!!」
    レウィシアは剣を突き立てながらも、光の鳳凰に向けて突撃していく。光の矢と化したレウィシアが鳳凰と一体化し、迸る黒い雷の中、暗黒の鳳凰に一撃を加えていく。衝撃は地上を大きく揺るがす鳴動となり、渾身の激突は陸地の森林や岩山をも吹き飛ばす程であった。
    「ぐおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!!!」
    喉を潰す勢いで叫び声を上げるレウィシアは気合いを込めつつも力を込める。ハデリアは醜悪な表情を浮かべたまま咆哮を轟かすと、二つの鳳凰は巨大な爆発を引き起こした。爆発は、周囲の大陸の陸地を大きく抉り取っていた。その衝撃は半壊している賢者の神殿にも伝わり、次第に建物が崩れていく。空中での死闘を見守っていたラファウス達は衝撃で大きく吹き飛ばされていた。
    「う……げほっ」
    背中を強く打ち付けたラファウスは咳き込みながらも周囲の状況を確認する。
    「もう此処にいるだけでも危険だ。早急に避難しなくては」
    この場所にいるだけで巻き添えを喰らう危険があると判断したリランが言う。
    「いや……俺はこのままでいい」
    ヴェルラウドはリランを制する。
    「何を言う!君もよく解るだろう?どれ程の凄まじい死闘なのかを」
    「解っているさ。だからこそ、動くわけにはいかねぇんだ。レウィシアに伝えた希望の心を絶やさない為にも、この戦いを最後までこの目で見届けたい」
    スフレのブローチを見せつつもヴェルラウドが言うと、リランは思わず黙り込んでしまう。
    「ヴェルラウドよ。お前がそう考えているならば俺も此処で戦いの行方を見届ける。レウィシア王女の勝利を信じる為にな。全てが救えるならば、この命を捨てたも同然だ」
    オディアンがヴェルラウドの元へやって来る。
    「……僕達も同じだ。レウィシアが勝つには、僕達は此処から離れてはいけない。そんな気がする」
    「レウィシアを勝利を導く為にも、死をも覚悟の上で勝負を見届けるまでです」
    テティノとラファウスもヴェルラウドと共にこの場で戦いの行方を最後まで見守る考えであった。更にマチェドニルと賢人達が地下からやって来る。
    「リラン様。覚悟ならばわしらも十分に出来ておりますぞ。これは世界の運命を賭けた最後の死闘。戦っているのは、決してレウィシアだけでは無い」
    「マチェドニル殿……お前達も……」
    マチェドニルやラファウス達の強い意思に満ちた目を見ていると、リランは軽く息を吐く。
    「恐れ入ったよ。確かにその通りだ。今戦っているのはレウィシアだけではなく、我々もレウィシアと共に戦っているのだ。希望の心としてな」
    リランは空中で行われているレウィシアとハデリアの戦況を確認する。今見えるのは、ぶつかり合う光の球体と闇の球体。大陸中に伝わる衝撃。衝突する球体の中では、レウィシアとハデリアの激しい攻防が繰り広げられていた。
    「おおおおおおおおおおっ!!」
    羽ばたく光の鳳凰と共に、ハデリアの腹部分の目玉を剣で深々と突き刺していく。
    「……グ……ゴ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
    目玉から凄まじい閃光が巻き起こり、視界を奪われたレウィシアに襲い掛かる拳の乱打。一撃一撃が重く、絶え間なく繰り出される攻撃。拳の乱打を受けたレウィシアは大きく飛ばされ、海に落下していく。僅かな間を経て、海中から飛び出したレウィシアは血に塗れ、肉体のダメージは多大なものとなっていた。ハァハァと息を吐き続け、顎からは血が滴り、口からの出血は止まらない。激痛が止まらない中、レウィシアは血を垂らしたまま口を動かし始める。
    「……もっと……力を貸して……」
    レウィシアが声を出した瞬間、ハデリアは醜い唸り声を上げながらも魔力を放出し、暗黒の炎に包まれた黒い竜を生み出していく。乱れる呼吸の中、レウィシアが両手で剣を構えた瞬間、漆黒の獄炎を纏う暗黒の竜が舞い上がる。大きく開かれた竜の口目掛けて剣を手に突撃するレウィシア。獄炎の中、レウィシアは魔力を最大限まで高め、巨大な光の矢に変化させたオーラを纏いつつも暗黒の竜を切り裂き、ハデリアの懐に一閃を加えていく。だがその一撃は決定打に至らず、ハデリアの反撃の拳がレウィシアの腹に叩き込まれ、血反吐が舞う中、振り回された剛腕によって薙ぎ払われる。
    「がっ……はあ……うっ」
    腹部を抑え、目を閉じたまま苦痛の喘ぎ声を漏らすレウィシアは、流れる血によって視界をも奪われていた。肉体のダメージは最早限界に達しており、体力も殆ど残されていない状態であった。絶体絶命の状況の中、レウィシアは心から呼び掛ける。それは、共に戦ってきた仲間達だけではなく、希望を信じる全ての人々に向けた言葉であった。


    ……どうか……私に力を貸して……!


    戦況を見守っていたヴェルラウドは不意に顔を指で拭う。指に付着していたのは、血。それは、ハデリアの強烈な攻撃を受けて吐血したレウィシアの血であった。ヴェルラウドは目を凝らし、空中に佇むレウィシアとハデリアの姿を見る。ヴェルラウドの視界には、レウィシアを纏う光のオーラが弱まっているように見えていた。
    「レウィシア……!」
    情勢は悪いと感じ取り、ラファウス達の方に顔を向けるヴェルラウド。ラファウス、テティノ、オディアン、リラン、マチェドニル、そして賢人達は真剣な様子で勝負の行方を見守っている。
    「ヴェルラウド……何があっても信じるのです。希望を」
    ラファウスが冷静に言う。内心不安を感じているのか、声は僅かに震えていた。
    「今、レウィシアの声が聞こえたような気がした。冥神を倒すには、もっと希望の心が必要なのかもしれぬ」
    マチェドニルはレウィシアの姿を見つつも呟くように言う。ヴェルラウドはざわつく心を落ち着かせ、拳に力を入れながらも再びレウィシアとハデリアのいる空を見上げる。
    「……俺は最後まで希望を信じる。何があってもな」
    自分に言い聞かせるように呟くヴェルラウドは、手に握るスフレのブローチを天に翳す。
    「うぐっ……!」
    突然、テティノが眩暈に襲われ、膝を付いてしまう。
    「テティノ、どうしたのです!?」
    ラファウスが駆け寄る。
    「だ、大丈夫……眩暈がしただけだ。僕の事は気にするな」
    ふらつきながらも立ち上がろうとするテティノは顔色が悪く、様子を見て心配になるラファウス。オディアンは具合を悪くしているテティノを支えつつも、ラファウスに顔を向けて無言で頷く。
    「テティノ……」
    ラファウスはテティノを気に掛けつつも、再び空を見上げる。戦いは、ハデリアの操る巨大な闇の球体を抑え込みつつも、レウィシアが反撃に転じていた。その反撃はハデリアの片腕を深々と斬り込む事に成功したものの、ハデリアの全身から放出された闇の閃光を受け、繰り出される剛腕の一撃を受けるレウィシア。血に塗れ、ズタボロの姿となったレウィシア。体力、生命力共々限界を迎え、全身を覆う光のオーラが消えていく。


    お願い……力を……力を貸して……

    私は、希望の太陽……

    希望の心が、私の力……


    どうか、私に希望の心を……希望という名の想いを……伝えて———!



    レウィシアは心から想いの全てを叫ぶ。その想いに応えるかのように、レウィシアの胸元から光が溢れ出る。光には、ソルの幻影が浮かび上がっていた。



    その頃、クレマローズ城ではトリアスが数人の兵士と共にバルコニーで空を見上げていた。絶望感に襲われている中、不意にレウィシアの声が聞こえた気がして即座に駆け付けたのだ。トリアスは空に佇むレウィシアとハデリアの姿を望遠鏡で凝視する。
    「あれは……姫様!?」
    短髪となり、光の翼を広げたレウィシアの姿を望遠鏡で確認したトリアスは驚きの声を上げ、現状を察する。
    「……姫様は今、この途轍もない出来事を生んだ元凶となる存在と戦っている」
    兵士達が愕然とする中、トリアスはレウィシアの声について話す。
    「姫様は希望の心と仰っていた。我々も姫様の力にならなければならぬようだ。そう、姫様の戦いを心から応援しつつも、希望という想いを伝えるのだ。姫様が勝利する為にも、我々は希望を絶やしてはならぬ。今こそ姫様に、希望の心を伝えるぞ」
    トリアスの言葉を受けた兵士達は一斉に敬礼する。
    「姫様……我々は最後まで貴方様を信じています。もし我々の希望の心が貴方様の御力になるのでしたら、この命の全てを捧げます。どうか、我々の想いを……!」
    トリアスと兵士達はレウィシアに希望の心としての全ての想いを伝えた。


    風神の森では、ウィリーとノノアが村人と共に、レウィシアとハデリアの死闘が繰り広げられている空の様子を望遠鏡で見ていた。
    「お兄ちゃん、今の声って……」
    「……ああ。聞いた事ある声だと思えば、あの時の旅人だったんだな。まさかあんな凄い人だったなんて。あれは最早神……いや、女神様だ」
    ウィリーとノノア、そして村人達もレウィシアの声を聞いていたのだ。村全体に地鳴りが響き渡り、村人達は世界の終焉を思わせる異変、冥府の力の影響もあって恐怖に怯えていた。
    「みんな、聞いてくれ!今、空の上で女神様が戦っているんだ。女神様は力を貸してくれとか、希望の心がどうとか言ってた。女神様は……エウナ様を救う為にラファウスと共に邪悪なる存在に立ち向かう人だったんだ」
    ウィリーが言うと、村人達は騒然となる。
    「私とお兄ちゃんは女神様を応援する。私達は今まで希望を忘れないで生きていたから、今此処に命がある。みんなもどうか、最後まで希望を捨てないで女神様を応援して欲しいの」
    ノノアの言葉に、村人達は互いに見つめ合う。
    「微力ながら俺達に出来る事があれば……どうか俺達の想いも受け取って下さい。俺達だって、最後まで希望を捨てはしない……!俺達は、貴方様の勝利を心から祈っています」
    ウィリーとノノアは心からレウィシアの勝利を祈りつつも、希望という形で想いを伝え始める。激しい戦いによって爆音が響き渡る空。更に村全体に響く地鳴り。それでも動じずに祈るウィリーとノノアの姿に、村人達はレウィシアの戦いを応援し始めた。


    ブレドルド王国では、アイカがベティと共に家の窓から空の様子を眺めていた。アイカの両手には、スフレの似顔絵が描かれた画用紙がある。二人はレウィシアの声を聞き、空の上で行われている戦いの様子を見て心の底から恐怖を覚える中、一人の女神が異変を生んだ存在と戦っている事を悟ったのだ。そしてその女神がレウィシアであるという事を、アイカは察していた。
    「わたしにはわかる。あれはレウィシアお姉ちゃんだって。レウィシアお姉ちゃんは今、すごく頑張ってる。わたし、レウィシアお姉ちゃんのこと、応援してるよ。スフレお姉ちゃんだって、きっと頑張ってるから……」
    アイカは込み上がる恐怖心の中、レウィシアを心から応援した。
    「アイカ、外に出ちゃダメよ。私達に出来る事は、女神様が救ってくれる事を祈るくらいだから」
    ベティが言うと、アイカは黙って頷いた。


    アクリム王国では、ウォーレン率いる槍騎兵隊が謁見の間に集まっていた。
    「お前達も……聞いたであろうな?」
    王と王妃、そしてウォーレン達もレウィシアの声を聞いていたのだ。
    「今、レウィシアは世界の運命を賭けた戦いに挑んでいる。レウィシアが今求めているのは希望の心。レウィシアが勝利を掴めるよう、希望の心を想いとして伝えるのだ」
    「ハハッ!」
    王の言葉にウォーレン達が一斉に城の外へ向かう。
    「希望の心……それがレウィシアの力の源という事ですの?」
    王妃の問いに王は険しい表情を浮かべていた。
    「希望……か。素晴らしい言葉だ。あの時テティノが『ウォルト・リザレイ』を我が物とし、レウィシアを救う事が出来たのも、希望の心が備わっていた故かもしれぬ」
    王はテティノの事を思いつつも、王妃と共にレウィシアの勝利を心から祈る。ウォーレン達は戦いが行われている空の様子を見ながらも、レウィシアの勝利を願う形で希望の心を伝えた。


    トレイダでは、レウィシアの声を聞いていたレンゴウとメイコが外でレウィシアの戦いを見つめていた。二人は望遠鏡でボロボロになっていたレウィシアの姿を凝視していると、熾烈なる死闘に発展していたという事を悟る。
    「レ……レウィシアさーーーん!!わ、私達はずっとレウィシアさんを信じてますから!だから!必ず!勝つんですよーーー!わ、わ、私だってお嫁に行きたいんですからねーーー!!」
    恐怖で少々どもりながらも、メイコが想いの全てを声に出して叫ぶ。
    「全く……あの子がこれ程のとんでもねぇ戦いを繰り広げていたとはな。こうなっちまったらいつまでもガタガタ震えてらんねぇな。オレは……あの子に賭けるぜ」
    レンゴウとメイコはレウィシアの勝利を信じ続けるという形で希望の心を伝えていく。


    地上の全てが冥府の力に覆い尽くされ、恐怖と絶望に捉われる人々の中には、心の中に希望を抱く者がいた。ほんのごく僅かな希望でもレウィシアの声に触発され、空の上で邪悪なる存在と戦い続けている女神の存在を知り、勝利を願い、心から祈る者、ひたすら応援する者が続々と現れる。

    感じる希望の心。伝わる様々な想い。その数は計り知れない。
    絶望に支配されても、最後まで希望を信じる者がいる。それも決して少数では無い。

    湧き上がる熱い感覚。漲る力。奪われた視界の中、光を感じる。次の瞬間、現れたのは———。


    ———汝は希望の太陽。そして光ある者、光を信じる者が持つ希望の心もまた、太陽なのだ。汝は今、この地上に存在する全ての希望の心を太陽として受け止めた。


    神々しい輝きに包まれた神の幻影。六柱のエレメント神でも、三戦神でもない。神々の上に立つ存在のように見える。


    太陽の子として生まれし者よ。地上に光を与えし希望の太陽となれ———


    目を見開かせた瞬間、レウィシアは太陽のように輝く巨大な球体状のオーラに包まれる。数々の深いダメージによって全身が傷だらけで血に塗れたまま、剣を両手で掲げる。ハデリアはそんなレウィシアを前に驚愕するかのような唸り声を上げる。
    「……感じる。世界中の人々の想いを。それが力として伝わって来る」
    レウィシアを覆うオーラの輝きは更に増していき、ハデリアは輝きによって視界を奪われたのか、瞼を閉じる。
    「全ての希望の心……そして私の命そのものを……我が剣に託すわ」
    剣からも太陽の輝きが生まれ、やがて光は空を大きく照らし始める。
    「……オ……オオオオオオオオオオオオォッ!!」
    ハデリアはおぞましい咆哮を上げながらも闇の力を放出していく。天を貫くエネルギーの柱。ドゥーム・カタストロフィであった。レウィシアの元に降り注ぐ闇の隕石。地上に全ての隕石が落ちた瞬間、広範囲に渡る壮大な爆発が起きる。海面に大きな穴が開き、破壊し尽くされた陸地の一部。だが、光は消えていない。ハデリアの前にいるレウィシアは、闇の隕石を受けつつも剣を掲げていた。大いなる力が蓄積されていく剣に少し罅が入ると、口から血の塊を吐き出すレウィシア。極限に達した生命力をも力に変えているのだ。
    「ゴオオ……アアアアアアアァァッ!!」
    ハデリアが巨大な闇のオーラを纏い、レウィシアに向かって突撃していく。
    「……おおおおおおおおおおおおおお!!」
    剣を手に、ハデリアに挑むレウィシア。球体状のオーラは黄金の鳳凰に変化し、ハデリアの闇のオーラは暗黒の鳳凰に変化していく。双方の全てを賭けた一撃がぶつかり合うと、レウィシアは剣を握る手に全身全霊を込める。暗黒の鳳凰が齎す強烈な闇の雷が纏う破壊のエネルギーの中、レウィシアはハデリアの肉体を深々と切り裂き、傷口からも光が溢れ出す。
    「あああああああああああぁぁぁぁああああああああああああっ!!!」
    「グオオオオオアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアア!!!」
    レウィシアがハデリアの肉体を両断した瞬間、剣は音と共に折れ、暗黒の鳳凰は消えていく。光の矢と化したレウィシアと共に空を舞う黄金の鳳凰は、両断されたハデリアの肉体を冥蝕の月へ運んで行った。


    ……キエテ……イク……

    ワレノ……スベテ……ガ……

    ……ホロビ……ハカイ……ワレ……ハ……



    地上の全てを覆い尽くす閃光の輝き。空全体に響き渡る衝撃。閃光が消えると、光の粒が降り始める。それはまるで粉雪の如く、世界中に降り注いでいた。冥蝕の月は消滅し、晴れ渡る青空。地上を覆い尽くしていた闇は、跡形も無く消え去っていた。
    神と人

    女神となった太陽の子は、地上に存在する希望の心を太陽の源とし、光を生んだ。

    その光は女神の力となり、己の命と血肉をも力に変え、冥府を司る邪神をも凌駕する程の力を生み、そして全ての闇を葬り去った。

    光は希望の欠片となって地上に降り注ぎ、『恐怖』『絶望』という名の泥で汚された世界が洗い流されていく。

    荒れ狂う海は穏やかさを取り戻し、大気は穏やかなものとなり、太陽が照らす晴れ渡る青空。


    邪神は完全に滅ぼされ、女神も世界から姿を消した。



    ───姉さま……!


    幼くも懐かしい声が聞こえる。それは愛しい弟の声であった。
    「ネモア……?」
    暗闇の中、うっすらと浮かび上がる弟の姿。その表情は穏やかで、悲しげであった。
    「姉さま……ありがとう。ぼくは……悪い夢を見ていた」
    「ネモア!?」
    「あの時からぼくは、ずっと暗いところに閉じ込められていた。それで……だんだんぼくがぼくじゃなくなっていくような感じがしたんだ。まるで消えていくような……」
    ネモアの言葉に衝撃を受けるレウィシア。二年前、死を迎えたネモアが城の中庭の花畑に埋葬されてから数日後、ネモアの遺体はケセルに回収されていた。ハデリアの新たな肉体として選ばれたネモアは肉体が既にケセルの侵食の魔力に蝕まれ、魂は魔力の影響で天に昇る事が出来ず、肉体の中に作られた深い闇に封印されていた。
    「ぼくにはわかる……姉さまがバケモノになったぼくを救ってくれたことを」
    ネモアの口から出たバケモノという言葉に、レウィシアは驚愕する。ネモアには、ハデリアとしての記憶が僅かながら存在し、夢という形で出ていたというのだ。
    「……姉さまのおかげで、ぼくは助かったんだ。これで……ぼくは眠れる……」
    「ネモア!」
    レウィシアは思わずネモアを抱きしめようとする。だがその小さな身体は触れる事が出来ず、幻影のような存在となっていた。
    「……さようなら、姉さま……」
    ネモアの姿が光の粒と化して消えていく。下半身が消えると、ネモアの目から涙が溢れ出す。
    「……ネモアァァァァァ!!」
    悲痛な叫び声を上げるレウィシアは止まらない涙を溢れさせる。消えた弟の姿。辺りに舞う光の粒。レウィシアはその場で泣き崩れていた。


    ずっと忘れられない思い出。最愛の弟と過ごした日々。

    姉として、稽古を付けた時。母として、愛情を注いだ時。花畑で一緒に遊んだ時。数々の思い出が蘇り、儚く消えていく。

    最愛の弟は、本当の意味で旅立った。死を迎えた後、忌まわしき冥神に肉体を利用されるという呪われた運命から解放され、永遠の眠りに就いた。




    ……此処ハ……何処ダ……。

    コノ忌マワシキ光……我ハ……何故此処ニイル……?


    暗闇の中、邪悪な輝きを放つ一つの魂。それを覆い尽くす光の球体。冥神の魂であった。太陽の女神としての力、全ての希望の心によって覚醒した太陽の力でハデリアとしての肉体は滅ぼされ、魂は女神の力が生み出した球体に閉じ込められていた。


    最期の時だ、ハデスよ───。


    現れたのは杖を手に、神々しい光を纏う神の幻影———創生神モルスであった。
    「コノ輝キ……忘レモセヌ。モルス、貴様……!」
    冥神の魂が忌々しげな様子で声を上げる。
    「無駄な事だ。如何に貴様でもその光の拘束からは逃れられぬ。余は太陽の子によって縛めから解放された。そして我が子達の意思を聞いた。己を犠牲に貴様を封印するとな」
    縛め───それは、冥神の力による魂の封印であった。かつてモルスの弟であるハリアの肉体を奪い、冥神ハデリアとして冥界で力を蓄えたハデスの攻撃によって肉体を失い、魂となったモルスとレーヴェは冥府の力による縛めを受け、冥神の力が生み出した闇の拘束に封印されていた。だが、レウィシアによってハデリアが倒された事で縛めは解け、モルスの魂は精神体と化していたのだ。そして冥神の魂を捕えている光の拘束による球体は、女神の力となった三戦神そのものであった。三戦神は、光の拘束として冥神の魂を永遠に封印しようとしているのだ。


    あの時、貴様を地上の奥底へ封印する事を選んだのは、貴様の魂の中にハリア様の魂が残っていたが故の考えであった。

    だが、それは大きな過ちであった。ハリア様の魂は既に貴様に喰われていた。我々の甘さが貴様を再び蘇らせ、繰り返させてはならぬ災いを引き起こしてしまった。『エクリプス・モース』という名の災いをな。

    精神体として存在していた我々は、同じ過ちを繰り返さぬよう、太陽の子の力そのものとなった。我々は貴様を永久に封印する。そして共にするのだ。貴様が生まれた冥界の奥底へ───


    三戦神の声を聞いていたモルスが神の杖を掲げると、冥神の魂を覆う光の球体が浮かび上がる。
    「グオオオオアアアアアアアアア!!ア、熱イ……ウオオオオオオオオオ!!熱イイイイイ!!ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
    球体は眩い光を放ち、冥神の魂は苦痛の声を轟かせる。
    「我が子達が地上を守る神としての使命を果たした今、我々の手で貴様を完全に葬り去る。未来永劫、地上に君臨する事が無いようにな」
    モルスが掲げる神の杖から放たれる光は辺りを照らし、暗闇は光溢れる空間へと変わっていく。それは、神の力が生む聖の領域であった。
    「ウオオオオオォォオオアアアア!!忌マワシキ神ノ子メ!ヤメロ……ヤメロオオオオオオ!!グオアアアアアアアアアアァァァァッ!!」
    冥神の魂の声が響く中、輝く光の球体を中心に、巨大な魔法陣が現れる。
    「去らばだ、我が子達よ……」
    モルスの言葉で光の柱が立つと魔法陣の中心地に穴が開き、無数の黒い手が現れ、光の球体を引きずり込んでいく。
    「ヌオオオオアアアアアァアアアアアアアアアアアアア!!」
    それは神々の力によって生み出された次元の穴。冥神の魂が引きずり込まれる場所は、生まれた世界となる場所であった。


    我ハ……渇キト……空腹ヲ満タス世界ガ……欲シカッタ……

    我ニハ……生キル事モ……許サレヌ……ノカ……

    我ノ……行キ着ク先……ハ……?


    次元の穴は魔法陣共々消え、冥神の魂は三戦神そのものである光の拘束が齎す神の光に焼かれながらも冥界の奥底へと送られ、終わりのない永劫の苦痛を受ける事となった。そして三戦神も冥神の魂と共に消滅した。
    「アポロイア、ルイナ、ヴァルク、そして我が弟ハリアよ……許せ……余は無力であった」
    沈痛な面持ちのモルスの元に七つの魂が浮かび上がる。冥神の生贄となった魂であった。闇に染められていた七つの魂は綺麗に浄化され、光り輝いている。
    「……冥神の力の糧に選ばれた魂よ、地上へ帰るがいい。まだ此処に来る時では無い」
    モルスは七つの魂を地上へ導こうとするが、魂の一つは光が弱まっている。
    「これは……闇の魂と融合しているのか」
    光が弱まった魂は、憎悪と破滅の魂と融合したブレドルド王の魂であった。魂の中に残る闇の力が抵抗しているのだ。
    「少々手が掛かりそうだが……お前達も協力して欲しい」
    モルスが呼び掛けている相手は、六柱のエレメント神であった。六柱の神々がモルスの元に集うと、ブレドルド王の魂の浄化が始まる。



    一方その頃───。


    ……レウィシア。

    目を覚ましなさい……太陽の子よ。


    穏やかで暖かな雰囲気が漂う声。目を覚ますとそこは、全てが光に溢れた見知らぬ世界であった。正面には虹色に輝く大階段があり、雲が広がっている。レウィシアは今いる場所が何処なのか答えを見出そうと、辺りを見渡す。


    此処は神界……その階段を登るのです───。


    神界という言葉を聞いた瞬間、レウィシアは愕然とする。私、死んでしまったの?冥神はどうなったの?そんな事を考えながらも、階段を登り始めるレウィシア。階段を登り終えた先には、巨大な神殿が聳え立っていた。レウィシアは息を呑み、神殿に入って行く。広い神殿の内部は荘厳かつ美しくも、人の気配がなく静まり返っていた。
    「よくぞいらっしゃいました……」
    巨大な神の像が聳え立つ祭壇が設けられた大広間に出ると、神々しい雰囲気に満ちた女性の幻影が現れる。
    「私はレーヴェ。創生神モルスと共に、『グラン・モース』と呼ばれる世界に存在する全ての種族を創生せし者……」
    目の前に現れた女性の幻影が女神レーヴェだという事に驚くレウィシア。
    「レウィシア・カーネイリス。貴女のおかげで冥神は滅びました。グラン・モースは救われ、私達は冥府の縛めから解放されました。貴女には感謝しています」
    冥神は完全に滅びたという事実を聞かされたレウィシアは思わずこれまでの旅を振り返る。多くの仲間と出会い、様々な困難を乗り越え、自分自身を犠牲にしつつも仲間達の想いや世界中の希望の心を胸に最後の戦いに挑み、全てを救う事が出来た。戦いが終わった事に感極まり、溢れ出る涙を拭うレウィシア。更にレーヴェは語る。自身は冥神によって肉体を失い、精神体となった魂である事を。魂だけとなったレーヴェとモルスが封印されてから、眷属である六柱のエレメント神は地上の均衡を保つそれぞれのエレメントを司る故に冥神と戦う事は出来ず、地上を守る為にそれぞれのエレメントを司る特殊な人間を生み出していた。地上に降り立った冥神に立ち向かうべく、現れた神の子アポロイア、ルイナ、ヴァルクとエレメント神によって生み出された英雄達。地上の光となった者達は冥神を地底の奥底へ封印する事に成功し、戦いで深手を負っていたアポロイアは未来の災厄に備えて自身の力と炎の神の英雄の力を併せ持つ子孫を遺す為、命と引き換えに炎の神の英雄ブレンネンに太陽と戦神の力を与え、ルイナは叡智を司る子を生み、天性の魔力を司る子と未来を予知出来る力を持つ子を遺し、自らの命を費やして神の遺産を守る使命を受けた人間達に加護を与えた。ヴァルクもまた冥神との戦いで深い傷を負い、自身の武器である神雷の剣を封印し、残された生命力で自身の裁きの雷光と呼ばれる赤雷の力を継ぐ特殊な人間を地上に遺した。地上の神となった三戦神は光を守る為に神の意思を持つ子孫を遺して死を迎え、幾千もの時の中、魂を精神体に変えて世界の行く末を見守り、冥神との決戦を迎えた際にレウィシアに全てを捧げていたのだ。太陽と戦神の力を与えられた事によってアポロイアそのものとなったブレンネンの子孫がクレマローズの王家であり、ヴァルクの力を継ぐ人間の子孫がエリーゼであり、ヴェルラウドであった。
    「貴女は冥神に挑みし神々の全てを受け入れ、私達の子のように地上の神となりました。そして貴女は今、私達と同様、精神体となった魂として此処にいるのです」
    「え!?」
    レウィシアは衝撃を受ける。
    「あの時……貴女は命をも力に変えて冥神を倒しましたね。冥神が滅びてから、貴女は全ての力を使い果たし、肉体の生命力は尽きたのです」
    次の瞬間、光に包まれたレウィシアの肉体が現れる。その姿は血に塗れ、損傷が激しいものとなっていた。
    「……じゃあ私はもう……」
    自分は死を迎えていた。そんな事実を知り、再び涙を流すレウィシア。
    「レウィシア……貴女はこの神界で地上を見守る神となるのです。そう、太陽の女神として……」
    自らの肉体を前に、涙を零しながら項垂れるレウィシア。そんなレウィシアを見守るレーヴェの表情は悲しげであった。
    「待て、レーヴェ」
    突然の声。現れたのは、モルスであった。
    「よくぞ来たな、太陽の子よ。余はモルス。グラン・モースを創生せし者……全ての創生を司る者なり」
    現れたのが創生神モルスである事にレウィシアは驚愕する。
    「レウィシア・カーネイリス……我が子が遺した太陽の子たる者がグラン・モースを救うとは。よくやってくれた」
    モルスが感謝の意を述べると、レウィシアは複雑な心境のまま跪く。
    「レーヴェから聞かされた通り、お前は我々と同様肉体の生命力を失い、魂だけの存在となった。お前が精神体としてこの場にいられるのも、人を捨て、神となったが故。本来ならばお前は太陽の神として地上を見守る役目を与えるべきなのだが……全ての災いは我々の甘さが招いた事でもあった。お前に力を与えた我が子達も己を犠牲にして冥神の魂を封印したのだ……」
    モルスの言葉を聞いて何とも言えない気分になるレウィシア。
    「レウィシアよ、問いに答えよ。全ての戦いを終えたそなたは今、何を望んでいる?偽りなき心で答えて欲しい」
    モルスが問う。レウィシアは半ば緊張感を覚えながらも、モルスの表情を真剣な様子で見つめる。静寂が支配する中、レウィシアは立ち上がる。
    「……私は、地上の太陽になる事を望んでいます。人々に希望を与える太陽として、人として地上に生きる事……それが私の望みです」
    率直な気持ちのまま回答するレウィシア。その瞳には偽りをも感じさせない。モルスはそんなレウィシアの瞳を見つつも、レウィシアの肉体に視線を移し、考え事をする。重い空気に包まれるものの、レウィシアは表情を変えずにモルスの姿を見つめていた。そしてモルスの口が再び開かれる。
    「……僅かな太陽を感じる」
    モルスの言う僅かな太陽とは、レウィシアの肉体に宿る太陽であった。
    「死したはずのレウィシアの肉体から、僅かな太陽の源が残されていた。この太陽を再び輝かせ、生命力に変える事が出来れば、お前は人として地上に生きられるかもしれぬ」
    「ええっ!?」
    思わず声を上げるレウィシア。
    「だが……これは危険な事でもある。太陽の源を生命力として輝かせるには、魂の中に宿る精神力の全て……つまりお前自身を力に変え、輝かせた太陽と一体化して魂に変化させるというものだ。もしお前の魂の精神力が太陽を輝かせるのに不十分とならば、力となった精神力は燃え尽きてしまい、魂そのものであるお前は完全に消滅する事になる。それに……如何にお前でも成功率は極めて低い上、完成させるには長い年月を費やす事となる」
    レウィシアは愕然とする余り、言葉を失う。精神力は魂のエネルギーの源であり、それが尽きると魂は消滅してしまう。地上に生きる望みを叶えるには、危険な賭けを強いられる事となる。そして自身が消滅する事になればどうなってしまうのか。更に太陽を魂に変化させるには、長い年月が必要だと言われている。しかもその成功率は極めて低い。理想を選ぶか今を選ぶか。そんな選択肢を迫られたレウィシアの心に不安と恐怖が圧し掛かって来る。
    「神として生きる道を選ぶか、人として生きる道を選ぶかはお前の意思が決める事だ。我々は神の間にいる。よく考えて決めるがいい」
    モルスとレーヴェはレウィシアの肉体と共にその場から姿を消す。一人取り残されたレウィシアは決断に悩み、立ち尽くしていた。
    「……人として地上で生きたくても……私は……」
    答えが見出せないまま身震いするレウィシア。


    やっぱり悩むのね?まあ、こればかりは無理もないよね。失敗したら完全に無になるんだから。


    突然聞こえる自分自身の声。レウィシアが見たものは、心闇の化身の幻影であった。
    「あなた、こんなところにまで……!」
    「あら、そんな顔しなくてもいいじゃない。私はあなたなんだから」
    不敵に笑う心闇の化身だが、その表情はどこか悲しげであった。レウィシアはやれやれとばかりに苦笑いする。
    「……だったら聞くわ。あなただったらどちらを選ぶ?」
    「何?」
    「神として生きるか、人として生きるか。あなただって悩むでしょう?」
    レウィシアの問いに、心闇の化身は表情を険しくさせる。
    「……そんな問い自体が無駄だという事が解らないの?」
    更に表情を歪めていく心闇の化身。
    「言わせないで!私はあなた自身。あなたの決断は私の決断でもある。あなた自身の意思で決めるべき事を、他者の意見で答えを見つけようと考えていたの!?」
    感情的に怒鳴る心闇の化身にレウィシアは思わず目を見開かせる。
    「心に少しでも迷いがあるなら、失敗する末路しかないのが見えている。あなただって薄々そう思ってるんじゃないの?」
    レウィシアは何も言い返す事が出来ず、その場に立ち尽くしていた。
    「……ま、あなたがどちらを選ぼうと、私は決して恨まないわ。あなたは私なんだから。生半可な気持ちじゃなく、迷いの無い心で決断する事よ」
    そう言い残し、心闇の化身の姿が消えていく。
    「ま、待って!」
    呼び止めようとするレウィシアだが、心闇の化身の幻影は消滅していた。
    「心闇の化身……」
    レウィシアは心闇の化身の言葉の意味を考えつつも、自分が今望んでいる事について改めて考える。


    私の望み……それは、希望の太陽として人々に光を与える。それは神としてではなく、人としての太陽になる事。

    私の太陽の力は、光と希望を与えるものだと言われていた。私の肉体に宿る僅かな太陽が光と希望を与えるものになるのならば、その太陽で世界に悪しき闇を生まないようにしたい。

    冥神が滅んでも、人間が存在する限り、世界中に存在する罪は決して消えない。罪は悪しき闇を生み、災いと悲劇を生む。冥神を蘇らせる悪魔が現れたのも、人が生んだ多くの罪によるものだと言われている。

    もう、闇による忌まわしき災いと悲劇を繰り返したくない。

    私には、数々の罪や争いを生まない平和な王国にする為に王位を継ぎたいという気持ちがある。そして、世界の全てを変えなくてはいけない。人々の罪が生んだ大いなる災いを生まない為にも。


    心の整理をしたレウィシアは大きく息を吐き、正面にある神の像をジッと見つめる。レウィシアの頭に次々と仲間達の姿が浮かんで来る。ルーチェ、ラファウス、テティノ、ヴェルラウド、スフレ、オディアン、リラン───冥神との最後の戦いの時に伝えられた仲間達の想い。世界中の人々の希望の心。そう、私は決して一人じゃない。私に力と勇気、そして希望を与えてくれた仲間達や、希望の心を絶やさないでいてくれた人々の心を決して無駄にしない。


    レウィシアよ───。


    声と共に現れたのは、ブレンネンの幻影であった。
    「レウィシアよ、お前の想いに偽りが無ければ、お前の意思のままに決断を下す事だ」
    力強い眼差しでブレンネンが言う。
    「お前の意思による答えは、お前自身の心が見出すもの。心に迷いが無ければ、恐れる事は無い」
    ブレンネンの言葉を受け、レウィシアは黙って頷く。
    「行け、レウィシアよ。お前の心は答えを導き出しているはずだ。迷い無き心が揺るがぬうちに、有りの侭の意思を示すのだ」
    「……はい!」
    力強く返事し、レウィシアは大広間の奥にある階段を登り、神殿の最上階にある神の間へ向かう。


    私は、希望の太陽になる。

    冥神が滅びてからが、本当の始まり。

    多くの災厄によって失ったものは数知れない。でもそれは、人が生んだ罪と悪しき闇が生んだもの。

    そう、災厄が生まれない世界にする。その為にも、私は希望の太陽になる。


    神の間───光に覆われたレウィシアの肉体を見守るモルスとレーヴェ。モルスは考え事をしながらもレウィシアの肉体を見つめていた。
    「来ましたね、レウィシア」
    レーヴェに迎えられ、緊張した面持ちで入るレウィシア。だがモルスは振り返らない。沈黙が支配する中、レウィシアは一呼吸置いて口を開ける。
    「……創生神モルス様。今こそ私の決断をお伝えします」
    レウィシアが決断を伝えると、モルスの目が大きく見開かれた。


    太陽が照らす青空の中、地上の全てに降り注ぐ光の粒。鳴動は止み、嵐も完全に収まっている。光の粒は冥府の力の影響で絶望に襲われていた人々の心を照らし始め、災いの根源となる存在が滅び、世界に平和が戻ったという事を悟り始める。

    レウィシアの戦いを見守っていたヴェルラウド達は、ハデリアが発動したドゥーム・カタストロフィによる隕石の巻き添えを受け、ボロボロの状態で意識を失っていた。だが、降り注ぐ光の粒がヴェルラウド達の傷を癒していく。同時に七つの光と、淡く小さな光がやって来る。七つの光は破壊された賢者の神殿跡へ向かい、光は地面に落ちると、ソルの姿に変化していく。ソルは苦しそうな様子でフラフラとしつつ、ヴェルラウドの元へ向かって行く。近くには、折れたアポロイアの剣の残骸が落ちていた。
    戦士の帰還


    私は地上の生きとし生ける者全てを創生せし者。

    全ての災いの根源は、太陽の女神の手で葬られました。

    悪しき闇が消えた今、正しき光と共に生きるのです。


    地上に生きる者達よ───あなた方の心に、希望の太陽があらんことを。


    光の粒が降り注ぐ中、人々は女神の声を聞いていた。それは穏やかな響きで、全てを包み込むような安らぎを感じる声であった。
    「なあ……今のが女神様だったのか?」
    「信じられない。まさか女神様が本当にいたなんて」
    世界中の人々は地上を救った女神の存在、そして女神の声についての噂で持ち切りであった。
    「レンゴウさん。レウィシアさんは勝ったんですよね?」
    「そうに違いねぇだろうよ。お前さんも聞いたろ?女神様の声をよ」
    トレイダの住民が大騒ぎする中、レンゴウとメイコはずっと空を見上げていた。


    地上に降る光の粒が収まった頃、ヴェルラウドは意識を取り戻す。
    「何だ、やけに眩しいな……」
    不意に飛び込んできた光に思わず立ち上がるヴェルラウド。辺りを見回しつつも空を見上げると、広がる青空に太陽が照らしている。
    「まさか……レウィシアが勝ったのか」
    冥蝕の月は疎か、空を覆い尽くしていた闇は完全に消えており、晴れ渡る空を見てはレウィシアが勝利したと確信したヴェルラウドは高揚する感情を抑えながらも、仲間達の姿を探し始める。森林の焼け跡を探る中、倒れているテティノの姿を発見する。
    「テティノ、しっかりしろ!」
    ヴェルラウドが声を掛けると、テティノが目を覚ます。
    「う……夢か?明るい……」
    「夢じゃない。空を見ろ」
    ヴェルラウドに気付いたテティノは起き上がり、すぐさま空を見上げる。
    「これは……戦いが終わったのか?みんなは!?」
    「今探している。無事だといいが」
    テティノとヴェルラウドが辺りを探していると、倒れているラファウス、オディアン、リラン、マチェドニルを発見していく。それぞれ服装はボロボロであるものの、光の粒を浴びた事で全てのダメージは回復していた。二人が声を掛けた事で意識を取り戻した全員が起き上がる。
    「良かった、みんな無事で何よりだ」
    皆の無事に安堵の表情を浮かべるテティノ。
    「そうか、とうとうやったのだな。レウィシアはどうなったのだ?」
    リランの問いに全員が顔を見合わせる。レウィシアの行方はまだ解らないままであった。
    「レウィシア……」
    ヴェルラウドはレウィシアの行方が気になる余り、空の太陽に視線を移す。雲一つ無い青空に存在するのは眩しい日光が照らす太陽のみで、人影すらも見えない。
    「皆さん、あれを!」
    ラファウスが指す方向には、ソルがふらつきながらも歩いていた。
    「あいつは、ソル?」
    テティノが声を出した瞬間、ラファウスとテティノからエアロとスプラが飛び出し、ソルの元へ駆け寄る。エアロとスプラがやって来ると、ソルは倒れてしまう。
    「ソル!」
    異変を感じたラファウスとテティノが飛び出すと、倒れたソルの身体が仄かな光に包まれ、同時にエアロとスプラの身体も仄かな光に包まれる。三体の魔魂の化身が天に昇って行き、三色の輝きを放つと姿が変わっていく。魔魂の化身は、魔魂の主である古の英雄───ブレンネン、ベントゥス、アクリアムと化した。
    「魔魂に選ばれし者達よ……お前達のおかげで我々は使命を果たした。冥神は、レウィシアと神々の手によって完全に滅んだ。そう、全てが終わったのだ……」
    優しい笑みを浮かべるブレンネンの姿が薄れていく。
    「僕達の使命は、我が力に選ばれた者達を導きながら冥神を滅ぼす事。僕達では成し遂げられなかった事を、あの子は成し遂げてくれたんだ。勿論あの子にそれが出来たのは君達がいたからこそ。これで僕達も心置きなく眠れるよ」
    穏やかな表情を浮かべるベントゥスの姿も薄れ始める。
    「俺達は神々によって生まれた古の民。全ての使命を終えた俺達は今、この地上から去らなければならない。俺達は眠りに就く。お前達は未来の光となるのだ」
    僅かに笑みを見せるアクリアムの姿も薄れていく。
    「レウィシアは……レウィシアはどうなった!?」
    ヴェルラウドが尋ねる。
    「……レウィシアは……神界にいる。言える事はそれだけだ……」
    薄らぐブレンネンの姿が眩い光に包まれる。光が収まるとブレンネンの姿は消え、小さな赤い石が残されていた。ヴェルラウドはブレンネンの言う神界という言葉が気になりつつも、赤い石を手に取る。
    「それはブレンネンの心が緋石となったもの。心の欠片といったところかな」
    ベントゥス曰く、全ての使命を終えた神に選ばれし者の魂が地上を去る時、精神体に存在する心の欠片を石として残していくという。石には魔魂のように力は宿っておらず、宝石と同等のものであった。緋石は火のように赤く輝いている。
    「寂しくなるけど、お別れの時だ。君達がいなければこの世界は完全に滅ぼされていた。君達には本当に感謝している。ラファウス……光ある新たな英雄達。ありがとう……」
    ベントゥスが眩い光に包まれ、緑色に輝く小さな石となる。翠石と呼ばれる石であった。ラファウスはベントゥスの翠石を手にすると、様々な想いを馳せながら握り締める。
    「我が力に選ばれし者……テティノ。そして希望の光を齎す英雄達よ。世界を頼んだぞ……お前達と、世界の未来に光を……!」
    光と共に、青色の輝く小さな石───蒼石に変化していくアクリアム。テティノは手にしたアクリアムの蒼石をジッと見つめながらも、心の中で礼を言う。ありがとう。僕達を導いてくれたあなた方の事は忘れない、と。使命を終えた魔魂の化身は、古の英雄として地上を去ったのだ。
    「未来の光……か」
    ヴェルラウドはブレンネンの緋石を握り締めながらも、ぼんやりと空を見上げていた。
    「レウィシアが神界にいるというのはどういう事だ?」
    リランが問うように言うが、誰も答える者はいない。
    「考えたくはないが、レウィシアは最早……いや。必ず戻って来るはずだ。みんなは先に神殿へ戻っていてくれ。俺はもう少しこの辺りを調べて来る」
    そう言い残し、ヴェルラウドはその場から去る。
    「……レウィシアの事も気になるが、わしらは一先ず戻る事にしよう。神殿の者達は地下に避難させてある。神殿は壊されてしまったが、地下は大丈夫のはず。捕われていた者達の様子も気になるからの」
    マチェドニルの一言で、ラファウス達は賢者の神殿跡へ向かう。神殿は破壊されているものの、幸い地下へ運ぶ祭壇は機能していた。

    それからヴェルラウドは、辺りを探索していた。レウィシアは神界にいる、というブレンネンの言葉が頭から離れられず、その言葉の意味が解る何かがあればと考えているのだ。一時間近くに渡る探索の中、ヴェルラウドは立ち止まる。
    「これは!?」
    ヴェルラウドが見たものは、レウィシアの武器である折れたアポロイアの剣であった。柄を握ると、僅かな温もりが感じられる。
    「バカな……レウィシアの剣までもがこんな……」
    折れたアポロイアの剣を手にしているうちに、自身が使っていた神雷の剣と同じ運命を辿ったという事実に何とも言えない気分に陥るヴェルラウド。
    「レウィシア……!」
    ヴェルラウドは行方が解らなくなったレウィシアの事を想いつつも、アポロイアの剣を手に賢者の神殿跡へ向かって行く。


    完全に破壊し尽くされ、瓦礫だけしか存在しない孤島の中、ボロボロの装束を纏った一人の男が立ち尽くしている。ロドルであった。ロドルの前に飛び出したトレノは光に包まれ、主であるトトルスの姿に変化していく。
    「どうした……俺の中に居れなくなったのか?」
    血を流しつつも、ロドルが無愛想に尋ねる。
    「フッ、そういう事だ。俺はもう、役目を終えたのだからな」
    トトルスは笑みを浮かべる。
    「お前は色々ひと癖のある輩だったが、相棒としては悪くはなかった。だが、最後の時が来た。俺は神に選ばれし者として生まれた古の民の一人。冥神を滅ぼす為に長年に渡り、精神体として存在していた。冥神が滅びた今、お前と共にするのはここまでだ」
    薄れていくトトルスの姿。ロドルは表情を変える事無く、黙って見据えている。
    「ロドル。お前はこれからどうするのだ?母親を救う目的を果たしても、金で動く暗殺者として生きるのか?」
    ロドルは僅かに眉を顰める。
    「最後までお節介のつもりか?俺は俺でやる。何者であろうと口出しは無用だ」
    「そうか」
    トトルスの姿が眩い光に包まれていく。
    「お前がこれからどう生きるつもりか知らぬが……母親に顔を見せるのも悪い事ではなかろう。例えお前が何者であろうとな……」
    そう言い残し、紫色に輝く小さな石に変化していくトトルス。


    さらばだ。我が力に選ばれし相棒よ……


    ロドルは地に落ちたトトルスの紫石をそっと手にする。
    「……これでは金にすらならんな。世話焼きで鬱陶しい奴だったが、取っといてやる」
    風が吹く中、ロドルは懐にトトルスの紫石を潜め、ボロボロのマントを脱ぎ捨てて歩き始める。


    俺は金と引き換えに、数え切れない程の人を殺した暗殺者として生きる身。そんな俺の姿を母は知らん。

    母に望む事は、俺のようになるな。それだけだ。


    俺がこれからやる事───殺しても殺し切れない奴を、この手で殺す。奴が最後のターゲットだ。

    一度殺した奴とはいえど、俺の中では殺し切れていない。ターゲットは絶対に仕留める。奴のいる場所が死後の世界であろうと。



    賢者の神殿の地下の大広間に戻ったヴェルラウドは、折れたアポロイアの剣を差し出しつつも、レウィシアに関する何らかの手掛かりは得られなかったと仲間達に報告する。
    「レウィシア……本当にどうなってしまったんだろうな。神界にいるという事はつまり、神の世界に行ったって事なんだろう?」
    アポロイアの剣を見つめながらもテティノが言う。
    「神界……つまり太陽の女神になったという事か。奴はこれから太陽の女神として我々を見守っていくのかな」
    椅子に腰掛けるヘリオが脱帽したような様子で呟く。レウィシアはいつか帰って来るのか。それとも、もう二度と帰って来ないのか。全員がそう考えている中、一人の賢人が慌てた様子でやって来る。
    「賢王様!たった今、冥神に魂を抜かれていた皆様がお目覚めに!」
    「何だと!?」
    賢人の報告に驚くマチェドニル。冥神ハデリアが倒され、モルス神の導きによってルーチェ達の魂が無事で肉体に帰還したのだ。ヴェルラウド達は一斉に奥の部屋へ向かう。部屋には目を覚ましたルーチェ、ガウラ、シルヴェラ、エウナ、マレン、ブレドルド王、リティカがいた。
    「母上!ルーチェ!」
    「女王!」
    「マレン!」
    「陛下!」
    それぞれが名前を呼びつつ駆け付ける。
    「ラファウスお姉ちゃん……みんな……ぼくは助かったの?」
    「ラファウス……此処は?」
    戸惑うルーチェとエウナにラファウスは全ての出来事を説明する。
    「ヴェルラウド、私は今まで何を……?」
    ヴェルラウドを前にしたシルヴェラは辺りを見回しつつも、状況を確認している。ヴェルラウドはシルヴェラに敬礼しつつも、これまでの経緯を話す。
    「陛下!ご無事であらせられましたか!」
    「……その声はオディアンか。何も見えぬが……」
    オディアンの姿を確認しようとするブレドルド王の目には光が無い状態であった。闇王ジャラルダの魂である憎悪と破滅の魂との融合でブレドルド王の魂は深い闇に染められ、魂を浄化するにはジャラルダの魂だった部分を削り取らざるを得ない状況となっていた。六柱の神々との協力を得たモルス神の力で完全な浄化は成功したものの、肉体面においては視力が戻らなくなるという影響を及ぼしており、身体状況も不自由なものとなっていた。
    「陛下、もしや目が……!?どうかご無理なさらぬよう」
    状況を察したオディアンはブレドルド王を支えていた。
    「お兄様!」
    テティノの姿を発見したマレンが颯爽と抱きつく。
    「わ、バカ!いきなり抱きつくなよ」
    「お兄様……助けてくれたのね。うう……」
    テティノに抱きつきながらも涙を流すマレン。
    「ああ。僕だけじゃなく、みんなのおかげさ。お前が無事で本当に良かったよ」
    テティノはマレンを抱きしめると、無事でマレンを救い出せた事に感極まり、涙を浮かべていた。
    「久しいな、ガウラよ。暫く見ぬうちにお前さんも随分と老けたな」
    マチェドニルはかつての戦友でもあるガウラに声を掛ける。
    「ふむ……お前はマチェドニルか。あそこにはシルヴェラも……どうやら私は長い間、闇に捕われていたようだ」
    「そういう事じゃな。お前さんを含む此処にいる者達と、この世界を救ったのはレウィシアじゃ」
    「何と!?」
    ガウラとマチェドニルが会話している中、リティカは今いる場所や今置かれている状況が把握出来ず、戸惑いながら辺りを見回していた。
    「あなたは……」
    リティカの事が気になったリランが声を掛ける。
    「あの……此処は?私、今まで何を?」
    「此処は多くの賢人や賢者と呼ばれる者が住む場所。あなたは邪悪なる存在に捕われていたところを、光ある者達によって救出されたのだ」
    リランが説明するものの、リティカはますます戸惑うばかり。
    「戸惑うのも無理はなかろう。私は光ある者達と共にしていた僧正のリランという者だ。あなたが何者なのか教えてくれないか?」
    「はい。私はリティカ……」
    リティカは自身の経緯───故郷であるライトナ王国から逃げ、鍛冶師ジュロと共にトレイダへ駆け落ちした事や、伝説の武器を生み出す執念の余り闇組織との取引を始めた事で歪に向かって行くジュロの元から逃げたところにケセルと出会い、意識を奪われた事。そして、息子であるロドルをジュロの元に残していた事を話した。
    「何と、そういう事であったか……」
    リランは現在のロドルについては話さない方が良さそうかと思い、言葉を詰まらせてしまう。
    「ジュロとロドルの事で何か知っているのですか?」
    「……いや。兎に角、あなたは行き場がないのであろう?此処で暮らしてはどうだ?賢人達には伝えておくぞ」
    哀れに思いながらもリティカの助けになろうとするリラン。リティカは何も答えず、表情を暗くさせたまま項垂れていた。


    皆が再会を喜び、全てを救ったのはレウィシアによるものだとマチェドニルから伝えられる。だが、レウィシアの復帰については誰にも知る由はなく、ラファウス達は冥神に捕われていた人々と共に、それぞれの帰る場所へ向かう事にした。地下から出ると、オディアンは盲目となったブレドルド王を支えながら、一行に顔を向ける。
    「皆には本当に世話になった。国王陛下を救い出せたのも皆のおかげだ。本当にありがとう」
    オディアンが一行に感謝の意を述べる。
    「目が見えないせいで英雄達の姿が拝められぬのが残念だが、そなた達には心から感謝している。いつでもブレドルドに訪れると良い」
    ブレドルド王が一行に礼を言う。
    「賢王様。リラン様もお世話になりました。スフレの事はとても残念ですが、命を落とした彼女の分まで希望の光を胸に、誇り高き剣聖の王国ブレドルドの平和を守り抜いてみせます」
    胸に手を当て、マチェドニルとリランに向けて深く頭を下げるオディアン。二人が笑顔で応対すると、オディアンとブレドルド王は帰路に就く。
    「オディアン!」
    ヴェルラウドが声を掛けると、オディアンが立ち止まる。
    「……もしよかったら、また俺と剣を交えたい。赤雷の力に頼らない真剣勝負でな」
    オディアンはヴェルラウドの頼みを無言で聞き入れ、ブレドルド王を支えながら再び歩き出す。
    「さあ、僕達も帰るか。アクリム王国のみんなは無事だろうか」
    テティノが飛竜カイルを呼び出す。
    「お、お兄様……これって飛竜!?」
    「ああ。手懐けたのはごく最近だが、オルシャンみたいに利口な奴だ」
    「す、凄い……お兄様ったら他の飛竜まで……」
    「乗る時はしっかり掴まってろよ」
    テティノとマレンがカイルに乗り込む。
    「母上。あの飛竜に乗る事になりますが……」
    飛竜に乗っての空の旅の経験がないエウナの事でラファウスが心配そうに言う。
    「まあ……私の事は心配しないで。きっと大丈夫、のはず」
    恐る恐る飛竜に乗り込むエウナ。
    「ふむ、心配無用じゃぞ」
    そう言ったのはマチェドニルであった。マチェドニルは杖を手に念じると、カイルの周囲が薄い光の膜に覆われる。光の結界であった。
    「これは?」
    「うっかり落っこちぬよう結界を張ったのじゃよ。この結界は壁として機能しておる。即ち落下の心配がない結界というわけじゃ」
    「本当ですかぁ……?」
    半ば信じられないと言わんばかりの表情になるテティノ達。四人を乗せたカイルは鳴き声を上げながら翼を広げ、ゆっくりと飛び立っていった。
    「俺は出来るだけあれには乗りたくないが……」
    飛んで行くカイルを見ていたヴェルラウドが呟く。
    「何だ?もしや我々もあのような飛竜に乗って行くという事か?」
    シルヴェラが問い掛ける。
    「いや……私のリターンジェムがあればクレマローズには瞬時に行ける。サレスティルは残念ながら訪れた事がない故に不可能だが」
    リランがリターンジェムを取り出す。
    「クレマローズに行く事が出来れば問題ない。遠距離といえど、馬を借りれば済む事だ。ガウラよ、貴国の馬を借りる事に問題はなかろう?」
    「うむ。断る理由など無い」
    シルヴェラとガウラのやり取りになるほどなとリランが納得すると同時に、ヴェルラウドは安心した様子になる。
    「ルーチェ。君の帰る場所もクレマローズだったか?」
    リランがルーチェに問う。
    「うん……でも、ぼくが住んでいた教会はもうない。だから、ここに残る。お姉ちゃんが帰って来るまで」
    ルーチェが住んでいたクレマローズの教会は完全に破壊され、家族のような存在だった神父ブラウトと教会の修道士もこの世を去っている。帰る場所がない故にレウィシアの帰還を待つ目的で賢者の神殿に残る事を選んだのだ。
    「そうか……確かに帰る場所がないとならば此処で過ごすのが賢明であろう。レウィシアならばきっと帰って来るはずだ」
    「うん。ありがとう、リラン様」
    リランはルーチェの頭を軽く撫で、ヴェルラウド、シルヴェラ、ガウラと共にリターンジェムでクレマローズまでワープ移動した。


    ヴェルラウド達がそれぞれの帰路に就き、地下の大広間にいるのはルーチェ、リティカ、マチェドニル、ヘリオ、その他賢人一同となっていた。その場に居る全員が会話の無い静かなひと時を過ごしている中、マチェドニルが首飾りを手にルーチェの元へやって来る。首飾りには神秘的な輝きの宝珠が埋め込まれていた。
    「君は聖職者として育てられたのじゃろう?君には道に迷いし人々に光を与える賢者……いや、聖者としての素質がある。この賢者の神殿を我が家として過ごすといい」
    そっとルーチェに首飾りを与えるマチェドニル。首飾りは聖者の証と呼ばれ、光を司る者が装着すると聖なる加護が施されるという。
    「えっと……私も、本当に此処で暮らして良いのですか?」
    リティカがマチェドニルに問う。
    「勿論じゃ。リラン様から全ての事情は聞いておる。そなたも色々苦労しておったようじゃからのう」
    「はい……ありがとうございます」
    深々と頭を下げて礼を言うリティカ。
    「やれやれ、賢王よ。家族が増えた気分ではないか?」
    ヘリオが笑みを浮かべながら言う。
    「そうじゃな。スフレとマカロを育てた頃を思い出すわい」
    マチェドニルは穏やかな表情を浮かべていた。


    リランはヴェルラウド達をクレマローズに送った後、リターンジェムを利用して氷の大陸チルブレイン───聖都ルドエデンを訪れる。そこでリランが見たものは、無残にも破壊された聖都の姿であった。神殿は瓦礫と化し、廃墟でしかない有様に愕然とするリラン。おまけに氷である陸地の所々が地割れになっており、時が経てば大陸ごと崩壊するような状況となっていた。
    「何て事……聖都ルドエデンが完全に崩壊するとは」
    リランは廃墟となった聖都を回りながらもマナドール族を探す。
    「誰か!誰かおらぬか!」
    リランが大声で呼び掛ける。
    「……その声、リラン様ですの?」
    声の主は、デナであった。
    「デナ!無事だったのか!?」
    リランが返事した瞬間、デナを筆頭とするマナドール達が一斉にやって来る。
    「リラン様!」
    「おお、お前達……無事だったのだな」
    マナドール達の無事にリランが歓喜する。
    「リラン様もご無事で何よりですわ。このデナ、聖都をお守り出来なくて申し訳ありませぬ」
    聖都を死守出来なかった事を詫びるデナ。
    「気にする事では無い。我が祖先が治めていたというこの聖都ルドエデンも、きっと大いなる災いに挑む為に存在していたもの。災いの根源となるものが滅びた今、使命を果たしたと見てよかろう。お前達もよくやった」
    リランが賛辞の意を述べる。
    「そこで、お前達に頼みたい事がある。どうか、賢者の神殿の復旧を手伝って頂きたい」
    破壊された賢者の神殿の事を伝えると、マナドール達は快く承諾する。
    「お任せ下さいまし!わたくし共が団結すれば、神殿の一つや二つくらいの復旧など訳はありませんわ」
    「ありがとう。お前達に感謝する」
    リランは礼を言い、マナドール達を賢者の神殿跡まで連れて行く。
    「おお!?リラン様、もしやその者達はマナドール族ですかな!?」
    マナドール達と共にリランが地下の大広間へ戻ると、マチェドニルが興味深そうに見つめている。
    「うむ、神殿の復旧を引き受けて頂いた。こう見えても色々頼りになる。仲良くして頂けると幸いだ」
    「初めまして。私はリラン様の忠実なるしもべ。マナドール族の闘士デナと申します」
    デナが礼儀正しく自己紹介する。
    「ふむ、宜しく頼む。一気に大所帯となったもんじゃ」
    マナドール達は挨拶を終えると、一斉に神殿の復旧作業に取り掛かった。
    「全く、これでは当分の間賑やかになって落ち着けそうにないな」
    ヘリオがぼやくように言う。
    「そう言うな。行き場を失った者が安心して暮らせる場所を作らなくてはならぬからな」
    「フン、あまり騒がしいのは得意ではない」
    リランとヘリオが会話を交わしている中、ルーチェは首飾りの宝珠を見つめながらも想う。


    お姉ちゃん……

    ぼくがこうして生きていられるのも、お姉ちゃんがいたからこそ。

    お姉ちゃんはずっとぼくを助けてくれた。ぼくだけじゃなく、この世界を救ってくれたんだね。

    ぼくはずっと待っている。お姉ちゃんが帰って来るのを。

    お姉ちゃんが帰って来る事を、ぼくはずっと信じてるから───。


    それぞれの帰る場所に帰還した戦士達───ヴェルラウド、シルヴェラ、ガウラがクレマローズ城の謁見の間にやって来ると、トリアス率いる兵士達、そしてアレアスが待っていた。発作を起こしてからベッドで安静にしていたものの、冥神が滅びてからアレアスの容態は回復していたのだ。
    「あなた!」
    「おお、アレアス……心配かけて済まなかった」
    再会を喜び合うガウラとアレアス。ヴェルラウドが全ての事情を話すと、アレアスは項垂れながらも玉座に腰を掛ける。
    「ガウラを助け出せたというのに、今度はレウィシアがいなくなるなんて……」
    レウィシアが消息不明になったという知らせを聞かされ、兵士達も不安な表情を浮かべていた。
    「大丈夫だ。王女ならば必ず帰って来る。親であるお前達が信じてやらなくてどうするのだ?」
    シルヴェラが激励の言葉を投げ掛ける。
    「ガウラ、アレアス。お前達の子は我々にとっても誇りだ。冥神の力として利用されていた我々のみならず、この世界の全てを救う太陽となったそうだからな。かつての我々では到底成し遂げられぬ事だ」
    シルヴェラの言葉を聞き、ガウラはかつて戦士の一人として多くの邪悪なる存在と闇を司りし者との戦いの日々を思い出してしまう。そして、戦友であったエリーゼ、グラヴィル、ジョルディスはもうこの世にいないという事を改めて知る。
    「エリーゼ……グラヴィル……ジョルディス……誠に惜しい奴らを亡くしたものだが、奴らもきっと浮かばれるであろう。ヴェルラウドよ、そなたも我が娘レウィシアの力になってくれた事に感謝しているぞ」
    「ハッ、有難きお言葉に恐縮の限りです」
    深々と頭を下げるヴェルラウド。
    「では、我々はそろそろ失礼する。もしレウィシアが帰還すれば、その時は……」
    シルヴェラはヴェルラウドに視線を移しつつも、すぐさまガウラに視線を向ける。
    「どうかしたか?」
    「ああ、何でもない。行くぞ、ヴェルラウドよ」
    ヴェルラウドは胸に手を当ててお辞儀をすると、シルヴェラと共に謁見の間を後にした。


    レウィシアよ。お前がいつ帰って来るのか解らぬが、我々はいつでもお前の帰りを待っている。お前がどのような存在になろうとも、お前は私達の子だ。ネモアだって、お前の帰りを願っているはず。どうか、必ず帰って来てくれ……

    レウィシア……あなたは私達の誇りです。いつかあなたがこのクレマローズに帰って来る事を、私達はずっと信じています。


    ガウラとアレアスは心の中でレウィシアの帰還を願い続けた。


    テティノが操るカイルによって風神の村付近まで送られたラファウスとエウナは、テティノとマレンに別れの挨拶を始める。
    「テティノ。こうしてお別れするのは名残惜しいですが……また会えますよね?」
    「ああ。そんな事は当たり前だろう?その気になればいつでも会いに行けるからさ。別に寂しくもないよ」
    まるで本心を隠すかのように気取った振る舞い方をするテティノ。ラファウスは涙ぐみながらも、本当は寂しい心情のテティノを見てふふっと微笑む。
    「兄が、本当にお世話になりました。レウィシア様が此処にいないのが残念ですが、あなた達にはとても感謝し切れません。またいつでもアクリム王国へ遊びに来て下さいね」
    マレンが深々と頭を下げつつ礼を言う。
    「……じゃあな、ラファウス。母上様を大事にするんだぞ」
    テティノとマレンがカイルに乗り込むと、ラファウスの目から一筋の涙が零れ落ちる。けたたましく鳴き声を轟かせながらも飛び立っていくカイルを、ラファウスとエウナはずっと見守っていた。
    「良いお友達を持ったのですね、ラファウス」
    「そうですね。共に苦難を乗り越えた大切な仲間ですから」
    爽やかな風が吹き付ける中、ラファウスとエウナは風神の村へ向かう。村に辿り着くと、ウィリーを始めとする村人達が一斉にやって来る。
    「ラファウス!エウナ様!」
    「ラファウス様とエウナ様が帰って来たぞおおおお!!」
    ラファウスとエウナの帰還に喜ぶ村人達。村は異常事態によって荒れてはいるものの、村人達は皆無事であった。
    「無事で本当に良かったよ、ラファウス。ノノアもすっかり元気になったからな」
    ウィリーの傍らにはノノアが笑顔で立っている。
    「まあ。ノノア、お身体の方はもう大丈夫ですか?」
    「はい!何だか嘘みたいに病気が治っちゃって。きっと女神様が助けてくれたんですよ!」
    女神様という言葉を聞いたラファウスの頭に一瞬レウィシアの姿が過る。これもレウィシアが齎した奇跡だろうか。そんな事を考えつつも、ラファウスはエウナ、ウィリー、ノノアと共に聖風の社へ歩き始める。
    「約束通り、とっておきの七草粥を御馳走してやるよ。エウナ様も宜しければ!」
    「まあ、ウィリーの七草粥……楽しみですね」
    和気藹々とした雰囲気に心が和みつつも、ラファウスは再び笑顔になる。日は暮れていき、夕焼けとなった空は黄金色に染まっていた。


    アクリム王国へ帰還したテティノとマレンはウォーレン率いる槍騎兵隊に迎えられ、周囲が歓喜の声に包まれる。
    「テティノ様!マレン様あああ!!」
    「テティノ王子万歳!マレン王女万歳!」
    王都の人々が、王宮の兵士達がテティノとマレンの帰還を大いに喜び、手厚い声援を送る。
    「みんな……何だか夢みたいだ……」
    人々の声援が送られる中、飛竜オルシャンがテティノの前にやって来る。
    「オルシャン!お前もずっと待っていてくれたんだな」
    思わず感極まり、涙を流すテティノ。
    「もう、お兄様ったら涙なんてまだ早いわよ」
    からかうようにマレンが言う。
    「う、うるさいな。最近涙腺が緩いんだよ。お前はこんな時でも涙を流さないのか?」
    「私は後で思いっきり泣く事にしてるんだから!」
    そんなやり取りをしながらも、二人は謁見の間へ向かう。玉座に腰掛けている王と王妃を前に跪くテティノとマレン。
    「戻ったな、テティノよ。マレンも、よく無事で帰って来てくれた」
    優しい眼差しで王が言葉を送る。
    「父上。母上。私はレウィシアとの出会いや、この旅を通じて多くの大切な事を学びました。マレンを救い出せても、これからが本当の始まりであると私は考えています」
    テティノが顔を上げ、真剣な表情で見つめる。
    「それは……世界の崩壊を招く災いと悲劇を生まない為にも、正しき光を絶やさぬ世界に変えていくという事。このアクリムもエルフ族を犠牲にした大罪を背負う国であるが故、人としての大いなる過ちを繰り返さぬよう世界中に伝えていく。それが、我々に与えられた使命だと思います。その為にも……!」
    偽りの心を感じさせない真剣な眼差しのテティノの主張に、その場にいる全員が思わず心を打たれていた。
    「テティノよ。お前の言いたい事はよく解った。だが……レウィシアは何処にいる?」
    王がレウィシアについて問うと、沈黙による重い空気に支配される中、テティノは心を落ち着かせる。
    「……レウィシアは、神界にいるとの事です。マレンと、この世界を救ったのもレウィシアです。レウィシアは、全てを救う為に……」
    僅かに震えた声でテティノが返答する。
    「レウィシアも、使命を果たしたのだな。贖罪を背負う必要など無かったものの……」
    王はレウィシアが打ち明けた胸中についてテティノとマレンに話す。ケセルの幻術に嵌められる形で港町マリネイの住民十数人の命を奪ってしまい、その罪の意識を背負っていたという事を。
    「レウィシア……そんな事があったというのか!?でも、だからといってレウィシアが悪いわけでは……」
    事情を初めて聞かされたテティノとマレンは驚きはしたものの、レウィシアを悪く思う気は全くなかった。
    「彼女はとても心優しい。それ故に敵の卑劣な罠によるものであっても、己の手で人を殺めたという事実が耐え難かったのであろう。だからこそ、命に代えてでも使命を果たそうとしていたのだろう……」
    思わず黙り込んでしまうテティノとマレン。
    「……お前達も疲れたであろう。少しばかり休むと良い」
    王の言葉に甘え、テティノとマレンは夕食時まで休息を取る事にした。二人は心を落ち着かせようと、バルコニーに出る。夕焼けに染まった空に、吹き付ける潮風。テティノはかつてこの場でレウィシアと口論になり、頬を引っ叩かれた事を思い出していた。そして過去の言動を振り返り、心の中で自らを戒める。あの時の僕は本当に馬鹿だったな、と。
    「レウィシア様……帰って来るよね?」
    王都の光景を見下ろしながらもマレンが問う。
    「当たり前だろ。神様のところにいるとか言われてたけど、ちょっとした用事で行ってるだけだよ。すぐに帰って来るさ」
    テティノは半ば切ない気分になりながらも空を見る。不意に視界がぼやけ始め、得体の知れない違和感を覚えるものの、表に出さず夕焼けの空をずっと見ていた。
    「レウィシア様には本当に感謝しなきゃあね。レウィシア様が帰って来たら、たくさんお話したい。私の憧れのお方だから」
    マレンはテティノの隣で空を見上げる。
    「……何だか眠くなってきたな。色々な事がありすぎて疲れてるのかもな」
    眠気に襲われたテティノはバルコニーから去ろうとする。
    「まあ、それならひと眠りする?夕食時までまだ時間あるから」
    「ああ。そうさせてもらうよ」
    テティノは自室へ向かって行く。
    「レウィシア様……兄の心を救ってくれた事や、私達を救ってくれた事……そしてこの世界を守ってくれたあなたには本当に感謝しています。私は兄と共に、このアクリムを過ちの無い平和な王国に導いていきます。どうか、帰って来て……」
    マレンはレウィシアの帰還を祈りつつも、空に向けて想いを打ち明けた。


    自室のベッドに入るテティノは、猛烈な眠気に襲われていた。


    あの頃はどうしても父上から一人前として認められたくて必死だったけど、今はそれ以上のものを得られた気がする。まるであの頃の自分が嘘みたいに。

    人としてまだ未熟だと思うけど、決して悪くはないと思う。命を捨てる覚悟で幾多の困難を乗り越え、やるべき事を全てやり遂げたのだから。

    ……僕はもう、堂々と胸を張ってもいいんですよね。水の神に選ばれしアクリムの王子として。

    父上……母上……マレン……

    ……僕は……もう……

    ……


    暫く経つと、マレンがノックしながらもテティノの部屋に入る。
    「お兄様!いつまで寝てるの?夕食の時間よ!」
    テティノが眠るベッドの前にやって来ては、揺すって起こそうとするマレン。だが、テティノは目を覚まさない。
    「ねえお兄様!起きてってば!お兄様!」
    何度も呼び掛けながら起こそうとするマレン。一向に目覚める気配がなく、思わずテティノの寝顔を見るマレン。次の瞬間、マレンの表情が凍り付いた。
    「お兄……様……?」
    マレンが見たものは、血色が失せたテティノの寝顔であった。死んだように眠っているテティノの姿を目の当たりにしたマレンは口元を抑え、涙を浮かべていた。


    沈み行く太陽は黄金に輝き、黄金に染まった夕闇の空の中、微かな光が見える。月が出る頃になっても、微かな光はまだ空の上に残っていた。光はゆっくりと消えていき、星空が輝く夜を迎えた頃───。
    「こ、これは……!?」
    マチェドニルが驚愕の声を上げる。台座に神雷の剣と共に保管されていたアポロイアの剣が砂のように崩れ始めているのだ。音も無く、砂と化して散って行く剣。突然の出来事に、マチェドニルは言葉を失っていた。
    橘/たちばな Link Message Mute
    2021/02/15 20:37:32

    EM-エクリプス・モース- 第九章「日蝕-エクリプス-」その2

    第九章後編。世界の運命を賭けた光と闇の最終決戦です。
    ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編 #創作 #ファンタジー #オリジナル #オリキャラ #R15

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