身勝手な主張
蒼炎の大剣を鞘に収め、静かに目を閉じるアルドの口元を見たセヴェンは、思わず息を飲んだ。
彼は何故、穏やかに笑っているのだろう、と。
大き過ぎる喜びを噛み締めているとでも云うのか、それは定かではない。
ただ、試練を乗り越え、更なる強い力を得た人間にしては、意外とその反応は薄くて。
それもまた、彼が成長した証なのだろうか。
出会った頃のアルドならば、幼さの残る笑顔を無邪気に弾けさせていたのかも知れない。
実際、新たなる一歩を踏み出す準備が整ったのであろう彼を前にセヴェンは、まるで自分のことでもあるかのように、内心大きなガッツポーズを取ってしまった程だ。
ただでさえ強く、逞しいアルドが著しい成長を遂げたことは、それだけ喜ばしいことなのだと。
ならば、祝福をしなければ。
頭では分かっている。
言葉も、見つかっている、筈だというのに。
「良かったね」
「セヴェンのおかげだよ」
「そんな訳ないだろ。だって、」
彼の力になるには、自分では足りなかったこと。
新たなる力を求めて奔走する仲間に、ついていく実力さえも持っていなかったことを、震える声で語るセヴェンは、そっと俯いた。
どこか自嘲めいた表情で、伏せつつある瞼の下で揺れる瞳を微かに潤ませながら。
「仕方ないで片付けるには、…歯痒い」
「セヴェン、」
「素材集めくらいなら、オレにもできるかな」
「セヴェン!」
「…ッ」
不意に、無意識に握り拳を作っていたセヴェンの両手が、何か強い力に捕らえられた。
否、何かではないことくらい、分かってはいるのだが。
その力が、自分の手を包み込むかのように大きく、硬く、温かいことさえも、全て。
ただセヴェンがそれを確認するには、その目に映る世界は、足元さえあまりにも酷く滲んでしまっていた。
だが、そんな自分にも、彼はどうやらお構いなしらしい。
「セヴェンはオレがこの旅で最初に出会った仲間だ」
「そ、うだよ。オレの方が、最初は強くて…」
「沢山、助けて貰った。ずっと、俺の隣で戦ってくれたし、いつも守ってもくれた」
「アルドは、オレが居ないと、だめ…だからっ」
「そうだよ」
嘘付き、そんなこと思っていないくせに。
そんな言葉など、今まで一度もくれなかっただろう、と。
本心ではなくともそう吠えてしまいたかったセヴェンは、いつの間にか頬を温かい滴が次々と濡らしていくのも構わず、顔を上げた。
そうすれば、歪んだ視界の中で、穏やかに微笑む男が存在していることを、認めてしまうと分かっていながら。
もう力になってあげられないかも知れない、自分では足りないかも知れない。
その自覚によって、辛くも楽しかったあの日々が色褪せてしまおうとしている、この瞬間で。
それだけは、避けなければいけないことだったにも拘わらず。
でなければ、セヴェンは改めて実感してしまうのだ。
己の力を、存在を、その誇りを認めてくれた目の前にいる彼が、新たな彼となって見えてしまった時から既に感じていた立場の遠さを。
いっそのこと、出会った時から遠い存在であれば良かったのだろうか。
「オレ、アルドと…っ、もっと、もっと…ッ、一緒に、居たかった」
「何でそんなこと言うんだ?オレは今でもセヴェンと一緒に居たいよ。
だってオレは、セヴェンのこの両手を放してあげられないから」
「…酷い、ズルい」
セヴェンは鼻の奥で増す痛みに耐えながら、冷えてきた頬を緩ませた。
もう無理だと、告げなかった大切な人の、次第に歪む微笑と。
己の手を強く握り込んでくる両手の、微かな震えによって。
「強くなったんじゃ、ないの?」
「そうだよ。だから今度は、オレがセヴェンを守る番なんだ」
「嫌だよ、そんなの」
「オレだって、嫌だ。大事な人に、守られ続けるのは」
嗚呼、そうか。
ずっと、そうだったのか。
セヴェンは知った。
今、自分を苛む絶望に近い感情を、アルドが既に抱いていたことを。
彼は、新たな力に喜んでいたのではなく、ただ『安堵』していたのだと。
だが自分は、その現実を拒み、認めようとしなかった。
置いていかれ、旅の続きを夢見るだけとなってしまうかも知れないと、勝手に恐れてしまったせいで。
セヴェンは掴まれていた手を引かれながら、目を閉じた。
「オレの腕の長さ、セヴェンは知ってるだろ?」
「うん…」
「届かないと、守れない」
守らなければならない存在が、数えきれない程ありながら。
その重責を背負ってもなお、自分を抱き締めてきたその太い腕を、この男はどこまでも、いつでも、いつまでも伸ばすと。
そう、きっと約束してくれるのだろう。
だからこそ。
「…分かった。出来るだけ、そう…、うん。これからも、その…」
「セヴェン!…本当に、ありがとう」
「あ、アルドだけ、だから」
「その方が、嬉しい」
いつの間にか交わった、その想いも。
真っ直ぐな優しさも。
底知れない強さも。
そして、隠そうとする痛みや苦しさも、全て。
珍しいワガママとして受け入れようと、セヴェンは心なしか厚く感じるアルドの広い背中に腕を回しながら、心に決めた。
全ては、心底嬉しそうな声で笑いながら、自分の爪先を地面から離してしまった男の為に。
END
2017.12.03
アルド☆5化記念に慌てて書き上げました。
喜びのあまり抱っこしてぐーるぐる!って、☆5アルドくんなら余裕でしょう。