Raison d'etre誰おま強め。
満点の星空の下は、戦いを忘れてしまいそうになる程の静寂に包まれていて。
そのような中、ぽつぽつと微かに聞こえてくる、低くも透き通った美しい弦心の歌声に、十夜は閉ざしていた瞼をゆっくりと開いた。
一体、聴き慣れたそれは一体どこから聞こえてくるのか。
辺りを見渡せば、近くの丘には小さな影。
彼は足が長いからか、腰掛けてしまえばシルエットはやけに小さい。
否、控えめな性格と、今は丸まっているであろう背中はやけに釣り合ってしまうのだが。
十夜の知る男は時々、離れたところで歌を口ずさむ。
だがその歌を最後まで聴いた者は誰一人居ない。
特殊な血族の末裔である彼の歌には、破壊の力を秘めているのだ。
その力は同時に、何度も『黒の国』の人々を、そして自分達を救ってくれてきたというのに。
彼にとってそれは、疎ましさしか残らないのだ。
(勿体無いな)
面と向かって言ったことは一度も無いのだが。
それでも十夜は、弦心の歌に温かな感情を抱いていた。
否、彼自身に特別な感情を抱いているといっても過言ではないが。
その想いを言葉にすることを、自分自身が許すことの出来ない十夜は、寄り添っていくしかないのだ。
夜空を見上げながら、時折悲しげに歌う彼と。
近付いたことでようやく耳に届いた、響くことなく消えていく儚げな旋律に。
(この歌の終わりを、俺は知らないが。今なら、聴けるのか)
息を殺し、十夜は見守る。
弦心の美しいアメジストが、穏やかにゆっくりと細められる中。
この身が、彼によって滅ぼされるのであれば、それはそれで構わない、などと考えながら。
だがその瞬間。
バサバサと風を切り裂く音が乱入してきたことに、十夜は思わず腰に携えていた剣の柄を反射的に握った。
その正体は、ただの梟だったことによって、抜刀せずには済んだが。
あろうことか、その梟は弦心の頭の上にポフッと落ち着いた。
歌が動物達にとって心地の良いものだとは聞いていたものの、それが小柄とはいえ、まさか頭の上に乗っかるとは。
十夜は思わず、微かに震えた声を漏らした。(今、この場に居た者が千紘であれば、今頃深夜に大爆笑が響いていたことだろう)
「ッ!?」
案の定振り返った彼に、十夜は我慢できずに片手で口元を覆う。
いかんせん、梟が彼の頭から降りようとしないのだ。
今は誰もが寝静まっているとはいえ、闘いの最中であるにも拘わらず、彼は一体自分になんて光景を見せつけてくれるのか。
(油断したな)
ただ、歌が聴きたかっただけだというのに。
もうそのような気持ちは、一体どこへ行ってしまったやら。
今は、すぐにでもその己よりも細い体を強く抱き寄せてしまいたい、そんな衝動が込み上げて。
十夜は緩んだ頬をそのままに、逞しくも引き締まった両腕を伸ばした。
流石に引き寄せた弦心が腕の中へ雪崩れ込んだことに驚いたのか、梟は羽ばたき始めたが。
「羽が沢山付いたな」
「え、あ、の…、色々と状況が…」
「取ってやる。それまで、歌っていろ」
「それは…出来ません」
「…そうか」
例え、途切れ途切れの歌では、どんな旋律を紡いでいたかさえ分からなくとも、と彼は言いたいのだろう。
それは温かな心から漏れ出す優しさが、誰よりも強いからこそ。
存在することによって既に罪を背負ってしまった弦心の、揺るぎない意志だった。
むしゃくしゃしてファンタジー書いたら力尽きた。
軽い設定
弦心→黒の国の歌姫♂。彼の紡ぐ歌詞は全てを破壊する。
十夜→黒の国の騎士。弦心を戦争の兵器にする国を変える為、王の座を奪おうと独り奔走する。
出てきてないけど
千紘、安吾→黒の国の騎士。十夜の良き理解者でありズッ友。十夜が道半ばで倒れたら役割を継ぐつもり。
雅楽→白の国の歌姫♂。彼の作る音楽は全てを癒やす。
弦心の心の傷を癒したくて密かに歌を彼に送っていたが、黒の国に悪用される。
何も知らず弦心は自分を裏切ったと嘆いた彼は、黒の国を滅ぼそうとする。