それは、恋をしているから
恋人同士と呼ばれる関係になり、二週間ほど経った頃。
不意に、面白おかしくこぼれた碧鳥の言葉に、蓮は首を傾げた。
「周りが、俺のことを『最近綺麗になったね』って言うんです」
「…ふーん?」
「男相手に、変ですよね」
「…別に?」
むしろ、それは事実だろう。
周囲の目を惹くほどの美貌と、飲み込まれてしまうような柔い雰囲気は、誰よりも常に際立っていて。
気付いていないのは、恐らく本人だけに違いない。
彼の性格上、気付くことはまず無いのだが。
そんな所が蓮にとっては好ましく、また少し危うげだとも思った。
自覚の足りなさは、今に始まったことではないというのに。
「先輩も、そう思うんですか?」
「はっ!?ば…ッ、ンな恥ずかしいこと聞くなよ!」
「え?すみません…?」
ただでさえ、人生で初めての恋人が出来て舞い上がってしまっている男に対し、なんと酷い問いを投げかけてくれるのか。
蓮は熱くなる顔を片手で隠し、口を噤んだ。
碧鳥が下から覗き込んでこないよう、ほんの少しだけ距離を置きながら。
広くはないソファーの上で、その距離はおよそ十センチ。
(あー…くそっ、伝えられる訳ねぇだろ…!)
例え、綺麗で、愛らしくて、年下とはいえ同じ男でありながら、守ってあげたいと思っていようとも。
長年味わうことなどなかった、擽るような胸の熱さは、残念ながら蓮の中では羞恥へと変換され、結局喉を詰まらせてしまうのだ。
しまい込みたくはない想いを、常に抱いているというのに。
役として演じているのであれば、きっと伝えられるのだろうが。
『出会った頃よりもずっと、綺麗になった』と。
だが本人を前にすると、どうしても筋書き通りとはならなかった。
「…、だろ」
「え…?加賀谷先輩…?」
「ッ、す、きだから…ンなの、当たり前だろ!」
相手の、美しいエメラルドを見つめた瞬間。
交わる視線に高鳴る胸から、移り変わることなどない唯一の感情が、とめどなく溢れるせいだろうか。
まるで見つけ出された答えのように浮かび上がったその言葉に、思考は停止するものの。
気が付けば、溢れてこぼれ出た愛情を一言。
もしも、顔を逸らし続けていたら、飛び出ることはなかったのだろうか。
衝動とは、恐ろしいものだ。
「あ…!いや、今のは…っ」
「…っ、先輩って、ずるいですね」
「は…!?」
「だって、周りに言われるよりも、ずっと嬉しい言葉を、くれるじゃないですか」
「ッ、お前のせい、だろ。つーか、お前に言われたくない」
きっと、自分達は分かっている。
愛おしいと思える互いが向き合うことで、言葉一つ一つに意味と温かさが生まれること。
そして、時には凶器にもなる人の言葉と感情が、今は互いの顔をいとも容易く、真っ赤に染め上げてしまうことを。
何よりも嬉しくて、堪らないと言わんばかりに。
だが、相手はその美しい顔を、どこか泣き出してしまいそうなほどに歪めて。(それでも、不細工にならないとは)
「その顔は、ずるいだろ」
「どの顔ですか」
「うっ、それだよ…!」
碧鳥の心なしか潤んでいるように見える瞳に、蓮は再びたじろぎながらも、後ずさりたい気持ちを抑え、両腕を伸ばした。
否、そうすることしか、出来ないのだろう。
結局、明確な理由を言葉が詰まってしまう自分では、行動で示すしかないのだ、と。
互いの距離を詰め、おずおずと、壊れ物に触れるよう優しく。
その薄い背中を抱き締める腕に、どれ程の力を加えことが出来るのか、確かめながら。
首筋に熱を帯びた柔らかい頬がするりと擦り付けられる、その時まで。
彼曰く、安心するとつい、そうしてしまうらしい。
(くっそ、可愛い…)
真っ赤になった顔も、潤んだ瞳も、その仕草も。
まるで、相手が蓮だからこそ見せるのだと、彼もまたそうして示してくれているのだろうか。
その姿の、なんといじらしいことか。
思わずその小さな頭を抱えるように、己の大きな掌で引き寄せては、何度も髪を撫でてしまったのは言うまでもなかった。
遂に、どうしようもないほど緩んでしまった頬を、そのままにしながら。
((キス、したい))