狂気と確率|千字越え版②懺悔の期限※謎時空のやっさんとしげる(概念アカ平)
「今、平山の家に住んでるんだ」
その言葉は俺の時間を数秒止めるような言葉だった。
どうしてアカギの奴が平山と?
確かに、浦部戦の後の平山をどう処遇するかの権利はアカギが持って行ったので俺は何も知らない。
組長とも平山とも。あれっきりで連絡など何一つしていない・・いや、出来なかった。
浦部との一戦はそこにアカギが居たから乗り越えられたもので、俺と平山はそれに運よく救われただけだ。
組長も奴がアカギや浦部の中にあって欠けるものを見せつけられた手前、もう傍には置けなくなってしまった。
アカギは目の前のグラスに入っている酒を緩やかに回しながら、そこに目を向けている。
氷がからりと音を立てるのに、俺は唾を飲んで動揺を消そうとした。
「アイツ・・あれから大丈夫そうなのか?」
出てきたのはそんな大したことも無い、薄い言葉。
平山がどうなっているか。それを俺は今更知ろうとは思ってなかったが、アカギの話の手前そう言わざるを得ない。
アカギの目線がふっと上がって視線が交わる。
「出てけだとか、いつまでいるとか・・そういう事言えるくらいには大丈夫そうだよ。平山は」
「そ、そうか・・なら、良かった」
「会ってやらないの?」
あいつは安岡さんに会いたそうにしてるけど。と、アカギはそこまで口にするとグラスを回すのを止めて酒を含んだ。
対して俺はその言葉から口にしようとしたビールジョッキを宙に留めて、テーブルに少しばかり力を入れて戻した。
目立つ事は無いが、俺とアカギの間にだけは響く程度に音を立てる。
溜息が一つ、自分の口から大きく出ていった。
アカギには、とても隠せない。
「アカギ・・俺は後悔してるんだ。あいつに、お前の偽をさせちまった事を。今なら分かる。あいつに・・お前の偽なんてやらせるべきなんかじゃ、なかったって」
「そんなのもっと早く気づかなきゃ・・意味のない話だよ。安岡さん」
終わっちまったことだ。もう、この世界からアイツは足を抜け出すことは出来ずに行くよ。と、アカギが告げる目があまりにも氷のようで。
許されたい。
そんな自分の心を、アカギは見抜いているのだろう。
そして、アカギの話から察するに平山の奴は微塵も俺が心の中でこんな糞のような懺悔を抱えていると知らないのだろう。
だからだ。だからお前は本当に、この世界には向いてないんだ。平山。
俺はお前を利用したんだ。お前も、そんなの・・最初から知っていたはずだろう。
そういう関係だったろう。
なのに、どうして・・お前はまだ、俺に心を許そうとするのだろう?
「平山は、俺じゃないし・・だから当然、俺にはない考えをするよ」
「・・・ああ」
「まあ俺なら到底、こんな事になった相手には会おうとしないけど・・それが平山だってこと」
これでまだこの世界に居るんだから、アイツは面白いしもう少し見て居たいって思うよ。
そうアカギが付け加えて話し、再びその口の中に酒が放り込まれ消える。
空になったグラスの中で氷が一つ音を高くして崩れる。
グラスがテーブルに着いた瞬間から、アカギとの目線を俺は離せずに息を呑んだ。
「アンタがこっちに招いた人間なんだ。そこから都合よく逃げれるなんて、思わない方がいい」
アカギが突き付ける俺が招いた結果と、平山が見せる他人へのありふれた思慮は
自分がどれだけ低俗で、最低にまみれてるのかを思い知らせるには十分すぎた。
その日の酒は、もうどれだけ飲もうが喉に苦さと渋みが絡む酷い味をしていた。
END
毒は甘き地獄なり※ついったの媚薬飲ませるタグの結果。
「最初に言った通りだ。お前たち二人は決まりに則って、この液体の入った瓶を二つ飲んでから卓に着く」
あとは半荘までは通常通りだ。絶命したりはしない。その合間まではただの飲み物。そういう薬だ。
その説明を聞いた俺は下らない遊びだなと感じていた。
しかし、サシ勝負の相手である長い黒髪束ねたの男は神経を尖らせているようだった。
勝負は失う物や、奈落に落ちる事を考える方がよっぽど足を巣食われるというのに。
俺はこの勝負で手に入る解毒剤にも、多額の金にも興味がまるでなかった。
ただ、飲んだ"薬の正体"に多少の興味があったくらいで。
甘い匂いがする。
気のせいかとも思ったがどうやらそうじゃないと気づいたのは、身体半分に布団の上から何かがのしかかる重みを感じてからだ。
徐々に眠気の深い所から意識が起き上がり始めて目元を擦った。
暗がりの中、薄いカーテンの向こう側から街灯の光は薄っすらと室内を照らす。
自分ではない銀糸の頭髪が見えて、それがアカギだと分かる。
夜の空気がひやりと感じる中で、漂う甘さを感知した時だけ妙に熱を感じるような気がした。
その匂いの発生源がこの男なのだと、眠気眼で目を細めながら思った。
ぴくりとも動かない男の肩を揺らして意識を確かめてみる。
「あかぎ・・?さけでものんで、きたの・・か?」
「・・・」
返事は無いがどうにも様子が変な事に気づいて、目が覚め始める。
もう一度その肩を同じように揺らしてみる。
少しだけ、呻くような声と息を吐き出す様が聞こえてとりあえずホッとした。
しかしアカギが息を吐いてから、一気に自分の傍に今まで嗅いだことのない菓子とも花とも違う甘い匂いに一体何をしてきたのだと不安になる。
ゆらりと。
影が覆いかぶさるように自分の真上にやってくる。
息が、心なしか上がっているように感じた。
「絶命はしない薬・・か。なるほどな」
解毒剤がないと、こうなるわけか。と、呟く内容があまりにも不穏すぎて俺は思わず布団を胸いっぱいに引き寄せた。
分かる。碌でもない、手に負えない何かをやってきた後なのだ、と。
俺は血の気がさっと引いて、それまで温かさと夢見心地に包まれていた布団の上が逃げ場のない地獄と化したのを感じる。
畳が小さく軋む音が、アカギがゆっくりと動いた音なのだと気づいて身体がぎこちなく凍り付いた。
暗い影に、鋭い目が二つ。
この甘い匂いに反して似つかわしくない程、獰猛な鋭さを見せていた。
そしてこちらを品定めするように見下ろしていて、一体自分はどんな目に遭わされるんだ。と、胸中で荒れ騒ぐ。
両腕が徐々に肘を曲げ、その囲いに自分の首までが捕まり、顔が近づいた。
ひらやま。と、名前を温い吐息を吐き出して獣が呼ぶ。
「悪いけど、今苦しくてさ・・身体、思うように動かないんだよ。俺」
俺の頼み。きいてくれない・・?
その言葉はとても身体の自由が無いようには聞こえなくて、いつもの悪魔染みた悪巧み描いている時のように聞こえる。
けれども動きが明らかにおかしいのは事実で、それを俺も理解していた。
嘘じゃない。
だが、まだ何かありそう。
その予感が胸を渦巻いて鼓動がどんどん早まる。
そして匂いに中てられるように、自分の体温が高まっていくのが分かり、唇を噛んだ。
ああ、これは巻き込まれている。
「なんだよ・・たのみ、って」
俺が渋々小さな声で訊いたその言葉にアカギが笑った気配だけが、閉じた視界の向こうにあった。
END
僕らは正しい関わりを知らない※暴力表現あり
ああ、本当に間が悪い。そう自分を遠くから見て居た。
普段なら勘に触るアカギの言葉二、三つくらいは簡単に流せるはずなんだ。
伊達に居座られてこの環境に慣れている訳じゃないのだから。いつも通り受けて少し苛立つくらいで済めばよかったんだ。
その日は二人で安酒を少し煽っていたのも勿論起因していると思う。別に互いに正気がなくなるまで飲んだ訳でもない。
俺はともかくアカギは酒を飲んだとしても、その顔色が変わる事がまずないのでどちらかと言えば俺の理由になる。
ほんの少しの酒を、気持ちの踏み台にしてしまったんだと思う。
珍しくアカギの胸倉を掴んで声を荒げてしまったんだ。理由は覚えてない。けれど兎に角苛立つ波の起伏が激しくて、抑えきれなかった。
アカギの何もかもがその時は気に入らなかった。言葉も、目線も。
いつもどこかで敵わないと胸中に居座る大岩が、その時に限って見えすぎてしまっていて、邪魔で仕方なかったんだ。
苦しい。煩わしい。なんで。どうして。
その全部がせり上がっての勢いが、アカギの胸倉を掴んだ腕に乗ってしまった。
「今日はこうなんだ。ま、俺はいいけど」
手加減しないからな。と、言葉の最後に付け加えられた台詞の後に凄い勢いで畳に伸されたのだけは覚えている。
地面じゃなくて良かったなと今になれば思う。
室内を満たす寒々しい蛍光灯を背に、自分を見下ろすアカギの目が笑ってはいなかった。
馬乗りにされたあとは、俺はじたばたともがく虫が羽を引き千切られるが様に叩き、殴られた。思えばアカギに殴られるのは初めてだったと思う。
自由だった手をあっと言う間にまとめ上げられ、後は情けなく好き放題にされてしまう。
口の端と鼻の奥から流れ、滲む血を匂いと味で感じ取る。鈍い痛みが頬に張り付き剥がれない。泣いたりはしない。
兎に角、痛いという感覚と腹立たしいという気持ちが渦巻いて仕方なかった。実際は掴みかかって殴り飛ばしたいのに。
それもこれも人を見下ろすアカギの目が、人を何とも思わないと言わんばかりに無感情に眺めていたからだろう。その手は休まずに人を痛めつけるのに。
いつまで暴力を振るわれるのだろうかと、意識がぼんやりとし始める頃に今度は俺が胸倉を掴まれた。
アカギの背後で蛍光灯の間から垂れ下がる細紐が少し揺れている。
「アンタはもう気が済んだかもしれないけど、俺は済んで無いよ。今度は俺に付き合って貰わないと・・だろう?」
この言葉にう。とか、あ。とかしか俺は返せなかったと思う。
意識が辛うじて保ててるのが少し奇跡の様に感じるくらいには、アカギに殴り飛ばされていたのだから。
それまでとは違って、漸くアカギは麻雀で人を追い詰める時に見せる不穏な笑みを見せた。
このまま眠ってしまいたいと思う中で、そんなアイツの表情を俺はぼんやりと眺めるしかできない。
何をされるのだろうか。と、考えるよりも先に視界がアカギの顔でいっぱいになると同時に、口元に生温かさを感じた。
口をこじ開けられたのが分かって、意識は一気に色を付けて戻る。
幾らなんでもそれはしないだろう。と、どこかで思っていたせいもあって声にならない。
口内に厚みのあるぬめりが侵入して、思わず胸倉を掴むアカギの腕を掴んで押し退こうとするがまるで無意味だった。
自分の舌が絡みとられ、ざらりと舐め撫ぜられる。切れた口の端から滲む血を時折吸われ、痛む。
その動きは恐ろしいくらい緩慢で、口内のあらゆるものを確かめるように嬲ってきた。
不快感と同時に、人の背に嫌にでも堕落させる粟立ちを寄越してくる。意識と腰が痺れ始める。
不意に何度か舌を甘く噛まれるのが嫌で、薄目でアカギの様子を見やるとその目は最初から俺の様子を見てたらしい。
気づくとそこから目を離せなくなってしまう。
「はっ、あ・・っ」
目が合ってから急速に体温が上がって、押し退く為の手はただただその手を掴む為の物に変わっていた。
長く口付けられるのに対しても、いつまでされるのだろうと不安にこそ思っても、止めて欲しいと思わなくなっているのに自分が麻痺しているのが分かった。
舌を合わせ、交わらせるのを気持ちいいとすら思い始めてしまっていたのだから。
殴られた相手にその痛みを打ち消すための快楽を委ねるなんて、なんて愚かで馬鹿なのだろうと思うのに、止められない。
鉄の味を広げながら、その酷く人を傷つけた目が離れて行くのを、ただ大人しく見上げる。
アカギの舌先から、透明な線が自分へと流れ落ちたのが見えてしまう。
掴む手に少しだけ力が入ってしまった。
「覚えるのが早いのも考えものだな。凡夫」
そんなんじゃこの先、先手打つなんてまず無理だぜ?と、話してくるのその顔は人を嘲笑っているのが分かった。
五月蠅い。と、頭は思うのにその意に反して身体は成す術もなく次の気持ちよさを探そうとしている。
言葉を発しようとは思わなかった。ただ、その目線を離さず交わらせてしまえばいいと思う。
はやくこのまま、何も感じなくさせて欲しい。そう願った。
END