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    紅に溺れる紅に溺れる


    カイレイ様は病気だ。

    それを知ったのは"初めて"のときだった。
    いや、それより以前だったか。
    手首に幾重にも巻かれた包帯を見て心がざわついた。

    そうか、あれは病気なのか。

    心の病気だと聞いたときにはそんな馬鹿なと鼻で笑った。
    しかしすぐに手首の包帯を思い出す。
    ……そして、あのとき感じたあの身体。

    あれは病気だ。

    心には複雑な感情が渦巻いた。
    あれが時々見せる遠くを見るような目、その意味を知って。

    どうしよう、始めに違和感を覚えた時点で逃げるべきだった。
    何故逃げなかったんだろう。

    その答えは自分が一番知っているくせに、後悔する。

    「ずるいなあ、アタイってやつは」

    カイレイ様は病気だ。
    あれは多分摂食障害、テレビで見たことがある。
    それのせいで痩せ細っていて、今にも折れそうな身体をしている。
    また体調も崩しやすいのも多分そのせい。

    そして、その病気がまた新しい病気を引き起こしたらしい。

    「カイレイ様!カイレイ様っ!」

    「…っ!ゲホッ…!ハァ……う、ぇ…!……はぁ…はぁ………」

    「大丈夫だからな。まだ何も出ないか?」

    そう、カイレイ様が突然苦しみ始めたときだった。

    「ヨウ、ユウ、心当たりあるか?」

    「いや…最近ちょっと咳が出てたくらいですかね……」

    「咳か…アタイも気になってた」

    「あの咳……少し変でした…」

    「うん…何だろう、喘息みたいな、ちょっと違うかもしれないけど……」

    カイレイ様は辛そうにしているが一向に事態は変わらない。

    「……まだ何も出ないか?」

    力なく頷くカイレイ様。
    仕方がないからユウに水を取りに行かせた。
    と、その時だった。

    ーーカラカラ…コンッ…

    聞き慣れない乾いた音がした。
    何やら硬いものが落ちたような音だ。

    「……何だ?」

    カイレイ様が抱えてるバケツを覗き込む。
    アタイは目を疑った。

    「え……なんだ、こりゃ…………」

    「姐さん、どうしました?」

    「ヨウ……これは一体………」

    一体何なんだ…と言おうとしたが、カイレイ様の身体から力が抜けるのを感じたので遮られてしまった。

    「カイレイ様!?」

    「…………大丈夫、息はしてる。ちょっと気を失ったみたいだ」

    「そんな…カイレイ様ッ!」

    「ヨウ落ち着け!……それより、見ろ」

    アタイはヨウにバケツを見せる。
    ヨウの泣きそうな顔が一転、驚きと困惑が隠せないような表情になった。

    「なんで」

    「アタイが聞きてえよ」

    「……カイレイ様は、どうなっちゃったんですか…」

    バケツの中に入っていたそれは間違いなくカイレイ様が吐き出したもの。
    こんなものが出てくるはずがないんだ。

    こんな、こんな……
    こんな綺麗な……紅い宝石が…………。

    深夜、アタイは図書館に進入してあの不可解な現象を調べた。
    徹夜覚悟のつもりだったが意外とすぐに見つかった。

    あれは通称、宝石吐き病。
    正式名称は何だか長ったらしいので割愛。
    名前の通り宝石を吐くようになる奇病。
    病気が進行するにつれて意識のない時間が増えていく。
    末期になるともうほとんど目を覚まさなくなるらしい。
    原因は不明、治療法や特効薬は見つかっていない。

    カイレイ様はそんな病気になってしまった。

    「何だよ…こりゃあ……」

    この想いをどこにぶつければいいだろう。
    もうわけがわからなくなって、本を投げた。
    瞬間、黒い淀みに心が蝕まれそうになるのを感じて我に返った。

    「こんなことしても何にもならねえよな……」

    結局分かったのはこの病気の長ったらしい名前と、症状と、あとはほとんど何も解明されていないということだけ。

    「早く帰ろう、カイレイ様が寂しがってるかもしれない」

    アタイは無力感でいっぱいになった心に蓋をして帰路についた。

    「……そういう、病気だった」

    重い空気の中、3人で話をした。

    「そうですか…………」

    「……カイレイ様はもう助からないってことですか」

    「そうだな……」

    ヨウもユウも意外と冷静に見えた。
    まだ実感が湧いていないのかもしれない。

    「……こんなウソみたいな病気で死んじゃうんだってさ。馬鹿馬鹿しいって思うだろ?」

    「でも俺たちは……カイレイ様が何度も何度も死にかけてきたのを見てきたんです。今までの人生、いつ死んでもおかしくなかった……」

    「ああ。そう思うとこうやって眠るように死んでいくのが幸せなのかもしれないって……」

    2人はそう言った。確かにそう言った。

    「ヨウもユウも、馬鹿じゃねえの……?死ぬのが幸せなわけねえだろ」

    「え……」

    頭の中がぐちゃぐちゃで、何から言ってやろうかって考えてたんだと思う。
    ゆっくり、ゆっくりと絞り出すように話した。

    「分かってるか?カイレイ様が死んだら……お前たちは消えちゃうんだぞ?アタイだってどうなるかわかんねえ……。だから、そうなったらカイレイ様は…ひとりぼっちなんだぞ……?分かってんのかよ……」

    話してるうちに泣きそうになった。
    そんな未来がもうすぐそこに迫っていることを実感した。
    でもそう言ってもヨウもユウも冷静な顔をしている。

    「分かってますよそんなことは」

    「俺たちはそんなことはずっと前から覚悟してるんです。今更の話ですよ」

    「姐さんは何にも分かってない……」

    2人ともすごい迫力だった。
    こうなるともう何も言えない。

    「……今はそんなことより、もっと現実的なことを考えましょう」

    「そ、そう、だな……」

    「…………姐さん、今は休んでください」

    「で、でもさ」

    「ユウは姐さんに頭を冷やせって言ってるんですよ。冷静な判断ができるように」

    「ヨウ……」

    2人に圧倒され、その場を離れた。
    驚いた。2人があんな風に考えていたなんて。
    ……カイレイ様が、そんな風に考えていたなんて。

    カイレイ様が目を覚ました。
    気を失ってから丸一日経っていた。

    「……俺の身体は、どうなった」

    カイレイ様がそう言う。
    アタイはなんて言おうか迷った。

    「病気です。もう治りません」

    そう言ったのはヨウだ。

    「ちょ、ヨウ!」

    「何か文句ありますか?事実なんですから」

    アタイはまた黙らされてしまった。
    カイレイ様はそれでも表情ひとつ変えない。

    「……まあ、そうだろうな。どうせお前たちのことだから全部調べたんだろう。聞かせろ、事細かに」

    「分かりました、お教えします」

    詳細を話したのはユウだった。
    ユウの話をじっと聞いているカイレイ様を見ても、この人がもうすぐ死ぬなんて考えられなかった。

    「……ハッ、俺はようやく死ぬのか。残念だな」

    話を聞き終えてカイレイ様はこう言った。
    違う。アタイはそんな風に言うなんて思わなかった。

    「残念だなって……カイレイ様分かってんのかよ……ほんとに死んじゃうんだぞ?」

    「……」

    「カイレイ様が死んじゃったら…アタイはどうなる?もうカイレイ様の側にいられないんじゃないのか……?」

    カイレイ様は一瞬だけめんどくさそうな顔をする。

    「そうだな、俺が死んだらお前は自由だ。守護霊としての役割を失ったお前は俺のことなんか綺麗さっぱり忘れるだろう」

    「カイレイ様は…それでいいのかよ?死ぬのが怖くないのか……?」

    「怖い?」

    ピクリ、と反応するカイレイ様。
    まただ。またあの遠くを見るような目だ。

    「死ぬのが怖いわけないだろう?ようやく俺は…この世から解放されるんだぞ?」

    解放。
    カイレイ様は、アタイと一緒とか関係なしに、生きていることが苦痛で仕方がないんだ。

    「姐さん」

    ユウが心配そうな声を出す。

    「姐さんがいたから、カイレイ様は今まで生きてこられたんですよ」

    「そんなこと、言われなくても分かってる!」

    「でも、姐さんが悲しそうで……」

    「レイヤ」

    「!」

    カイレイ様が次に何を言うか、何故か怖くなった。
    カイレイ様はそんなアタイを気にせず口を開いた。

    「俺がこの病気で死ぬのはきっと寿命なんだ。俺が今まで自害に走らなかったことを、褒めてくれよ」

    「カイレイ様……」

    褒めろ、だって。
    カイレイ様の目は完全に生気を失っているのが分かった。

    「アタイには…………できない……」

    そう答えた瞬間、カイレイ様が再び苦しみ始めた。

    「カイレイ様ッ!!」

    「げほげほ、ゲホッ!」

    そうしてカイレイ様はまた、紅い綺麗な宝石を吐き出した。

    「昨日よりも数が多い……」

    肩で息をするカイレイ様はやがて眠りについた。
    宝石吐き病の発作が出ると必ず意識を失ってしまう。
    次に目を覚ますのはいつになるだろうか……。

    「カイレイ様…………」

    カイレイ様は1週間後に目を覚ました。
    顔色は悪くない。
    こうして見ていると元気そうで、不思議だった。

    「レイヤ」

    「……何、カイレイ様」

    「あの石、あの紅い石、名前はあるんだろうか」

    意外なことを口にするカイレイ様。
    カイレイ様は普段そんなことを気にしたことはなかった。

    「名前、か。そういえばそれは調べたことなかったな……。なんで急にそんなこと?」

    「……別に」

    それはあの宝石が綺麗だったからじゃないだろうか。
    そうだったら、良いな。

    「名前、調べとくよ。カイレイ様が次に起きるときまでに」

    「次はもうないかもしれんぞ」

    ぎょっとしてカイレイ様の顔を見た。
    いつもの無表情。
    これは冗談なのか本気なのか、全く読めない。

    「カ、カイレイ様!1週間前に言ってたこと覚えてる?」

    「1週間前?俺が前に気を失ったときか?」

    「そう、そのとき」

    カイレイ様はしばらく黙って思い出そうとしていたが、諦めたようにため息をついた。

    「…………覚えてない」

    「そうか……」

    しばらく沈黙が続いた。
    沈黙を破ったのはアタイ。

    「カイレイ様は本当に死ぬのが怖くないのか」

    「どうしてそんなことを聞く」

    「……別に」

    「怖くない。その時が来たら死ぬ、それだけだ」

    「そうか……」

    アタイには今までカイレイ様に何があったか、具体的にはわからない。
    ヨウもユウも、カイレイ様本人も教えてくれない。
    それはそれでいいと思ってたし、話したいときに話せばいいと思ってた。
    でも、カイレイ様はもうすぐ死んじゃう。
    カイレイ様はこのまま、アタイに何も教えてくれないまま死んじゃうんだろうか。

    「そんなに俺が死ぬのが嫌か」

    カイレイ様が急にそんなことを言う。

    「なっ……何だよ、急に……。嫌に、決まってるだろ……」

    「今死ななくてもいつかは死ぬんだ。変わらないだろう」

    「違う、アタイは…もっとカイレイ様と一緒にいたい……」

    「…………」

    カイレイ様は何かを言いたげにしている。
    必死に言葉を探してるような、そんな様子だ。
    やがてアタイのことを強く見つめた。

    「それを言うなら、俺は、生きたお前と……過ごしたかっ…た…………」

    「!」

    それを言われてしまっては、敵わない。

    「ごめん……」

    「気にするな」

    何だかそんな風に言われてしまうと、カイレイ様が死ぬことに対する不安がどこかへ行ってしまった気分だ。

    「ごほっ……」

    カイレイ様が咳を一つしたかと思えば、そのまま気を失ってしまった。
    畳には一つ、あの紅い宝石が転がっていた。

    ヨウとユウと一緒に宝石を磨く。

    「……綺麗ですね」

    「そうだな」

    「カイレイ様に聞かれたんですよね?これの名前」

    「あるのかどうかもわからないけどな」

    磨いた石を並べて、2人と一緒にパソコンの画面の眺めた。
    たくさんの宝石が載ったサイトを見る。
    赤い色の石のページに移る。

    「赤といえばルビーが真っ先に思いつくけど……」

    「うーん、これとは違うみたいですね」

    「だとしたらこれは?」

    「…………ガーネット、ですか。確かにこれが一番近いような……」

    「うーん……これ、だな」

    確信は持てなかったがおそらくこれだった。
    ガーネットという名の紅い石。
    アタイはもう一度宝石を手に取る。
    光に透かして見ると、キラキラと光ってとても綺麗だ。

    「名前覚えておこう。カイレイ様に教えるんだ」

    「カイレイ様……次はいつ起きますかね」

    「わからない…1日、1週間、意識のない時間がどんどん伸びてる……」

    次はもうないかもしれんぞ、と言っていたカイレイ様を思い出した。
    もし本当にそうだったらどうしよう……。

    「姐さん」

    考え込んでしまいそうなところをユウに呼び止められた。

    「姐さん、カイレイ様のお側にいてあげてください」

    「ユウ……」

    きっとアタイを気遣ってくれたんだ。
    そうだな、と返事をしながらもう一度宝石を眺める。
    やっぱり綺麗だ。

    「綺麗だよな……」

    ずっと眺めていると吸い込まれそうな印象を受ける。
    不思議な力を感じる。

    「カイレイ様の……力を感じる…」

    アタイは磨いた宝石を持ってカイレイ様の側に向かう。
    随分綺麗な顔をして眠っている。
    穏やかな顔だ。

    「カイレイ様…これの名前分かったよ。教えたいから早く起きて」

    カイレイ様は目を覚まさない。
    あれから2ヶ月が経っていた。

    「カイレイ様……」

    このところ力の弱まりを感じる。
    体にうまく力が入らない。
    1日に動ける時間が随分短くなったようだ。
    アタイたちはカイレイ様が生きているからこうして存在出来ている。
    だからカイレイ様の力が弱まることはアタイたちの力も弱まることを意味するらしい。

    「姐さん……休んでください」

    「いいんだ。さっき起きたばかりだし」

    「でも……」

    「……怖い。アタイも眠ってるうちにカイレイ様と一緒に死んじゃうんだ」

    「眠るのが怖いですか?」

    「まだ覚悟ができてないんだ。それに……」

    「それに?」

    「ガーネット。この石はガーネットっていうんだって、カイレイ様に……教えてあげたい」

    ヨウとユウも弱ってるくせに、アタイばかり休ませようとする。
    2人は顔を見合わせて、その後アタイの隣に座った。

    「姐さん、少し話をしましょう」

    そう切り出したのはヨウだ。

    「……ああ、いいぞ。何の話だ?」

    「思い出話、です」

    「……そうだな」

    アタイとユウは黙って目を閉じた。

    「カイレイ様が姐さんのことを初めて見たとき、じっと姐さんのこと見つめて目を離さなかったんです」

    「そうだな、アタイも覚えてる」

    あまりにもカイレイ様がアタイのことを見てくるもんだから、気になって声をかけたこと。
    そうしたらほとんど強引に口説かれてしまったこと。
    完全にペースを持っていかれたこと。

    「……姐さんは、どうして逃げなかったんです」

    「逃げる?」

    「カイレイ様のこと、嫌にならなかったんですか?自分勝手だしわがままだし、それに……」

    口籠ったのはおそらく病気のことだ。
    病気と、心の闇。

    「逃げようと思ったことはある。でも……逃げられなかった」

    「どうして?カイレイ様が怖かったから?」

    「違うよ。だってさ、カイレイ様が……可愛いって言ってくれたから」

    頬が紅潮するのを感じた。
    でもあのとき強引に口説かれた言葉が忘れられなかった。

    あれは呪いの言葉だ。

    アタイのことを一生……いや、アタイが一生を終えてもカイレイ様の側から離れられない呪い。

    「姐さんって、単純ですね。そういうところが可愛いのかも」

    「怒るぞ」

    この日は一日中思い出話に花を咲かせた。
    やっぱりカイレイ様は起きなかった。
    明日こそ、カイレイ様は起きるかな。

    早く、宝石の名前を…………。
    伝えたいんだ……。

    遠くで水の流れる音がする。
    目を開けるとどこかわからない場所にいた。

    「なんだこれ……」

    眠っていたはずの家ではない。
    水の流れる音と、花の香り。
    アタイは水の流れる方へ向かった。

    「川があるのか?」

    やがて広い場所に出た。
    名前もわからない花がたくさん咲いている。
    あたり一面花畑のようだ。
    花を踏んで前へ進む。
    そして大きな川を見つけた。

    「アタイは……ここを知ってる」

    一度来たことがある気がした。
    いつ来たのか、何故来たのか、その辺りは思い出せない。
    でも確かにこの場所は知っている。

    「なんだ…この感覚は………」

    呆気にとられていると、川のすぐ近くに誰かがいるのを見つけた。
    逆光でよく見えないが、2人の影。
    アタイは2人に近寄る。

    「誰だ?」

    声をかけると2人は振り返る。
    ……知った顔だ。
    だが思い出せない。

    「お前たち……誰だったっけ……」

    不思議な感覚だった。

    アタイはこの2人を……よく知っている気がする……。
    いや、そもそも。

    「アタイ、は……誰だ?」

    何もわからなくなってしまった。
    アタイは何をしていたのか。ここはどこだったか。何故来たことがあったか。2人は誰だったか。そしてアタイ自身は誰だったか……。

    「そんなことはどうでもいい」

    2人のうちの片割れが言う。

    「そう、それよりも見て」

    もう1人が川の向こうを指差す。
    そこで川の向こうに誰かがいるのに気づいた。

    「あれは……誰だ……」

    川の向こうにいる人も知っているように思えた。
    でもやっぱりわからない。

    「誰だっていい、でももうすぐ、あれがこちらに来る」

    「川を渡って、こちらに来る」

    「俺たちはそれを見守るだけ」

    2人が淡々と話す。
    対岸には小さな船がある。
    あれに乗ってこちらに来るのだろうか。

    「あいつがこっちに来たら、どうなる?」

    「さあ?」

    「せっかくだから、4人で遊ぼう」

    「うん、それがいいな」

    2人が急に無邪気な子供のように見えた。
    この2人を、渡ってくるあいつを、知っている、はず。

    「思い出さなくていい」

    「え?」

    「そうだ、過去のことなんてみんな忘れて、みんなで楽しいところに行こう」

    「待って、くれ。お前たちは……誰だ?アタイの、ことを知ってる、のか……?」

    「……知ってたような知らないような?あんまり昔のことは覚えてない」

    「それより見て!ついに船に乗るよ!こっちに来る!」

    「ああ、ついに……」

    向こうにいる奴はじっとこちらを見ている。
    何か言ったように口が動いた気がした。
    ……駄目だ、思い出せない。

    「……なんで泣いてる?」

    1人にそう言われて気づいた。
    アタイは泣いていた。

    「あ、あれ?なんでだろう……」

    何故か向こうにいるあいつを見てると涙が出て来ることに気づいた。

    「過去なんて思い出そうとするからだよ」

    「そうだよ、4人で一緒に楽になろう」

    トントン、と2人に肩を叩かれた。
    もう一度、2人の顔をよく見る。

    「お前たちも、泣いてるじゃないか……」

    「え?」

    向こう岸を見つめる2人もまた、涙を流していた。
    アタイと一緒。

    「なんでだろう……あの人がこっちに来てくれるのは嬉しいことのはずなんだけどな……」

    「早くこっちに来てって…思ってたんだけどな……」

    船の上に乗ったあいつは随分苦労しているようだ。
    うまく前に進めず、川の流れに邪魔される。
    漕いでも進まない。

    「戻れ!こっちに来るな!今ならまだ戻れる!」

    気づいたときにはそう叫んでいた。

    「早く戻ってー!こっちに来ちゃ駄目だ!」

    「来るなー!」

    隣の2人もそう叫んでいる。
    3人で泣きながら叫んだ。

    「……まだ」

    この声は誰の声だろう。
    ああ、船の上のあいつだ。

    「まだ行っては駄目か」

    小さな声だが確かに聞こえた。
    アタイはやっぱりあいつを知っている。

    あいつは……
    あいつは…………?

    「駄目だ!」

    「来ては駄目です!」

    「早く戻って!」

    あいつは……誰だったかな…………?

    「気がついたか」

    目が覚めた途端誰かに声をかけられた。
    何だ、アタイは何で泣いているんだろう。
    何か夢を見ていたような……何か悲しい夢でも見たかな?
    いや、それより。

    「カイレイ…様…………?」

    「寝ぼけているのか」

    カイレイ様が、目を覚ました。

    「カイレイ様……だよな……?」

    「何を言っている」

    慌てて辺りを見渡す。
    何も変わらないいつもの家だ。
    さっきまでどこか別の場所にいたような……。

    「全く、レイヤもヨウもユウも変なことを言いやがって」

    「カイレイ様ごめんなさい…!」

    「俺たち何か…夢を見ていたようで………」

    ヨウもユウも慌ただしく動きながらペコペコ謝っていた。
    ああ、みんないる。みんなここにいる。

    「レイヤ、ヨウ、ユウ、聞け」

    不意に名前を呼ばれて背筋が伸びる。
    ヨウもユウもそんな感じだった。

    「俺はどうやらまだまだ死ねないようだ」

    「え?」

    カイレイ様が眉間にしわを寄せて大きくため息をつく。
    なんか、こんなカイレイ様を見るのは随分久しぶりだ。

    「ど、どういう意味ですか!」

    「うるさいな。せっかく死ねると思ったのに馬鹿3人に引き戻されてしまった。…………お前たちのことだぞ」

    ヨウとユウとアタイは顔を見合わせる。
    何かしたっけ?さあ?と2人の顔に書いてあった。

    「一度呼んでおいてやっぱり戻れなんて言われた俺の気持ちを考えろ。頭を冷やせ」

    「……あ、あのう…カイレイ様、何の話ですか?」

    ユウが恐る恐る聞くと、カイレイ様はアタイたちを睨む。
    そしてまた大きなため息をついた。

    「もういい。俺は腹が減った。呼び止められた以上もう少し生きてやる。早く飯を持ってこい」

    「あ、あ、わ、わかりました!す、すぐお持ちしますね!」

    ヨウとユウはバタバタと台所の方に消えて行った。

    「カイレイ様…もう、体は平気か?」

    「……あの馬鹿げた病気はどこかへ消えた。もう死ねない」

    「え、なんで……」

    「知らん。うるさい」

    「あ、ご、ごめん……。あ、そうだ!」

    「……何だ」

    「あれ!あの紅い綺麗な宝石!あれの名前!ずっとカイレイ様に教えようと思ってて!」

    「ああ、あれか」

    「ガーネットだよ!ほら、みんなで磨いたんだ!綺麗だろ?」

    「……それ、俺が吐き出したやつだぞ。いいのか、お前」

    「えー、だって綺麗だろ!?」

    「…………レイヤの考えることはわからんな。好きにしろ」

    「えー」

    目を覚ましてから、カイレイ様はずっと眉間にしわが寄りっぱなしだ。
    多分困ってるんだと思う。
    こんなに困ってるカイレイ様を見るのは初めてかもしれない。

    「カイレイ様、これからもさ、もっと長生きして、いろんな表情をアタイに見せてくれよ」

    「…………お前そんなにうるさい奴だったか?病み上がりだぞこっちは」

    「だって嬉しくて……ほんとに治ったんだよな?」

    「……治ったと言ってるだろう。信用できんなら黙って経過でも見てろ」

    「そうする!」

    なんだかテンションがおかしくなってしまった。
    ずっと悲しい気持ちだったし、力が弱まってて本調子じゃなかったし、カイレイ様は死ぬかもしれないって思ってたから。
    それが全部なくなっちゃったんだ。

    「カイレイ様は絶対死なせないよ」

    「好きにしろ」
    すちゃと Link Message Mute
    2021/05/01 0:24:14

    紅に溺れる

    ##私立響星学園 ##えこすた小説

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