イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    目は人の眼昼休みに、食堂から教室に戻ろうとしてふと目に入った校舎の陰に見覚えのある色が見えた。
    人の通らないそこで微動だにしないそれに、まさか倒れてるんじゃないか、と少しだけ不安になって近寄った。
    夏が近いとはいえ、まだ熱中症で倒れる生徒が出るほど暑さは厳しくないけれど、それでもその色の主の普段の様子を見ていればそういう心配も湧く。
    「あ、相澤先生…?」
    日差しの当たらないひんやりとした校舎の壁に凭れるようにある黄色い塊、もとい相澤先生in寝袋。
    近寄って声をかけても一切動かないそれに不安が募る。
    「大丈夫、です、か…」
    傍らに立って覗き込む。真っ黒い髪に遮られて顔が見えない。某映画の女の幽霊みたいでちょっと怖い。
    そよそよと風が流れて、日陰の空気を緩くかき混ぜていく。地べたに申し訳程度に生えた草が揺れて、同じように先生の髪も揺れる。
    怒られるかも、という不安より、先生の安否が知りたい気持ちと抑えきれない好奇心の方が強くて、鬱蒼とした黒髪に指を差し込んだ。
    体温が籠って外気より幾分温度と湿度が高い髪の中は、やっぱり見た目通りというか、指どおりが良いとは言えないパサついた感触だった。
    引っかかってしまわないよう注意を払いながら、両手を使ってゆっくり掻き分けると、血色の悪い肌が見えた。
    「…先生?」
    個性を使うと真っ赤になる黒目と、いつもひどく充血している白目は瞼に覆われて見えない。
    放置されて伸びた無精ひげと、目元の隈が青白い顔の中で目立つなぁ、と思う。
    すぅすぅと規則正しい微かな寝息を乾いた風が攫っていった。
    相澤先生の寝顔というのは1-Aのクラスメイトには勿論、雄英の生徒にはかなり馴染み深いというか、そんなに珍しいものでもないけれど、近寄ったり話しかけたりするとすぐに瞼が上がるので、こんな至近距離で見られるのは中々珍しいんじゃないだろうか。
    何だか滅多に見られない貴重な姿を見れている、という事実に少しヒーローオタク心が騒ぐ。
    敵の襲撃事件とかの影響で忙しかったんだろうか、と思いながら未だ持ち上がらない瞼を眺める。
    触れた指先から伝わってくる体温は温かいけれどほんの少しだけ冷たくて、とりあえず熱中症とか体調不良という訳でもなさそうだ。
    となると、心配よりも好奇心の方が勝ってくる。
    時間を確認すれば、午後の授業の予鈴まではまだかなり猶予があった。
    起こしてしまうのも何だか不憫だし勿体なくて、僕は彼のこの滅多に見られない姿を観察してみようと思い立った。



    案外快適なここは、時折風が吹いて周囲の木々を揺らす以外はほとんど音がしない。
    教室や食堂の喧騒とは隔離されたような空間で、すごく静かだ。確かにここなら昼寝やら読書やらに向いているかもしれない。
    分析ノート持ってくればよかったな、あと筆記用具も。
    まさか相澤先生の寝顔を観察することになるとは思ってなかったから、教室のリュックの中に入れたままだ。
    改めてじっくりと相澤先生を見て、気づいたことがいくつかある。
    まず一つは、先生はとても綺麗な顔をしているという点。
    小汚いとかそういう話じゃなくて、美人、美人って言ってもいいのか分からないけどそういう話。顔立ちの話。
    瞼が下りていて、充血したあの目が今は見えないからかもしれないけれど、すごく整った綺麗な顔をしているな、と思う。
    きっと無精ひげを剃ったり隈や充血を治したら物凄くモテるんじゃないかな。
    アングラ系ヒーローだからか、雑誌や週刊誌に取り上げられているのを見たことは殆どないけれど、モデルとしても十分通用しそうだ。
    二つめは、寝顔が幼いという点。
    いつも無気力そうな顔をしている先生だけど、寝ているときは何だか子供っぽい。
    敵と対峙している時や、授業中に説明している時とも違う、見たことのない顔。
    誰でも眠ったときは脱力して幼く見えるものなんだろうか。いやでもかっちゃんは寝てるとき物凄い顔だ。例えるなら…なんか…般若? みたいな?? 寝言でも僕のこと「デク!!!」って怒鳴るときあるし…。
    先生が寝袋で寝ているのは何度も見たことがあるけど、今日のはいつもとどこか違うような気がする。
    最後に三つめ、先生からはいい匂いがするという点。
    何だか僕が変な人みたいだけど、これは紛れもない事実だ。
    僕は今、相澤先生の左隣で壁に背中を預けて座っているのだけれど、時折風向きが変わって僕が風下、先生が風上になる。
    そのときに少しだけ、シャンプーの残り香のような不思議な香りが鼻をくすぐって去っていくのだ。
    本当にシャンプーなのかは分からない。もしかしたら香水か、それとも何か別のものなのかもしれないけれど、その香りは確かに先生から流れてくる。
    八百万さんや蛙吸さ…じゃなかった、つ、梅雨ちゃん…と擦れ違った時にもこんな風にいい匂いがすることがある。やっぱり相澤先生も髪が長いからだろうか。
    色々と新しい発見が出来て、早くこの発見をノートに書き込みたいと思う。
    けれどそのノートは今現在、僕の手元にはない。
    せめて少しでも記憶として残しておきたくて、どうにかならないかと考えを巡らせた。



    先日の敵襲来事件の後始末やら、通常の担任としての雑務、さらに昨夜のヒーロー活動で、積もり積もった疲労がピークに達していたのは自覚していた。
    指一本動かすのさえ億劫だったが、生徒たちに要らぬ心配をかける訳にもいかず、何とか午前を乗り切ったがもう無理だった。
    今日は有難いことに珍しくオールマイトさんが遅刻せず、活動限界も残っているらしいので午後は授業を受け持たなくていい。
    昼食はいつも通りゼリー飲料でさっさと済ませ、愛用の寝袋を引きずりつつ半分眠りながら校舎裏にやっとのことで辿り着き、そのまま死んだように眠っていた。
    ざり、と髭に何かが引っかかるような感覚と、頬を撫でられるような感覚に重たく濁っていた意識がずるずると浮上する。
    もったりと引っ付く上瞼と下瞼をどうにか引き離すと、見覚えのある緑髪がもさもさと揺れていた。
    視覚に数拍遅れて目覚めた聴覚に、ブツブツと呟く声が響く。
    同年代に比べて少しだけ高音なそれに震える鼓膜が徐々に脳を覚醒させていった。
    「ん、ぁ……?」
    数度の瞬きの後、くっつきたがる瞼をどうにか引き離す。
    ばちり。と音がしたのかと錯覚するほど見事に視線がかち合った。
    「…み、どりや……?」



    メディアに出ないから、必然的にイレイザーヘッドに関する情報は少ない。
    ネットで検索してもほとんどヒットしないし、雑誌や週刊誌でもほんの数行の記事があればいい方だ。
    個性や戦闘スタイルについてもあまり詳細は明らかになっていない。ヒーロー分析ノートの、空白の多いあのページに書き込める情報は多ければ多いほどいい。
    少し躊躇ったけれど好奇心と探求心には勝てなくて、血色の悪い頬に再び手を伸ばした。
    (やっぱり一番気になるのは目だよな…)
    イレイザーヘッドの最大の武器である、"視界に入るものの個性を消す個性" を宿す瞳。
    瞼に覆われて見えないのが酷く残念だ。
    ざりざりとまばらに生えたひげが指先を擽る。
    まるで意志をもっているかのように変幻自在に動くあの捕縛武器も、首元に近い一部が露出しているだけで、大部分は寝袋の中に入ってしまっている。それも残念で仕方ない。
    オールマイトとは違って、がっちりとした鎧のような筋肉ではないけれど、決して貧弱なわけではなく、無駄なく鍛えられた肢体は戦闘の際に撓り、美しく夜闇を舞うのだろう。
    黒い髪とヒーロースーツは夜にうまく溶け込むよう考えられているんだろうか。
    ゴーグルの下で爛々と獲物を睨む赤い目を、見てみたい。いや、実際に戦闘している姿は一度USJ襲撃事件の際に見ているけれどそうじゃない。
    イレイザーヘッドの本来のスタイルで戦う姿を、見たい。
    「…み、どりや……?」
    掠れた声に視線を上げると、隠れていた双眸とぶつかった。
    よく黒目の人を褒める言葉に「吸い込まれるような黒さ」という言葉が使われるけれど、その時の僕は本当に吸い込まれていたんじゃないだろうか。
    無意識に伸ばしていた右手が、対象に触れる寸前で叩き落とされた。乾いた音と痛みでハッと我に返る。
    二、三歩離れたところで相澤先生がこちらを睨んでいた。流石はプロヒーロー、身のこなしが素早い。
    「緑谷、どういうつもりだ…?」
    まるで敵と対峙している時のように捕縛武器がゆらゆらと巻き上がる。個性こそ発動していないものの、警戒する野良猫のような視線が怖い。
    「っすみません! つい…」
    叩かれた手の甲がじんわりと熱を持つ。逆立てられた毛が元に戻るように、相澤先生の捕縛武器が元の位置に収まった。
    くしゃりと地面に落ちた寝袋を拾いながら気だるげに伏せられた目がじっとりとこちらを見据える。
    「研究熱心なのは構わんが、相手の許可を取らずに行うのはどうかと思うぞ」
    「っ、はい…すいませんでした……」
    氷を滑り込まされたように、背筋が冷えた。
    「もう予鈴が鳴る時間だろ。さっさと教室戻れ」




    冷や汗が出た。迂闊だったとしか言いようがない。
    生徒だから、と油断していた。
    寝袋に入ったままで手足が不自由な状態で、他人が顔に触れることを許してしまった。
    もし緑谷じゃなかったら、触れただけで傷を負わせられるような個性の敵だったら。
    無意識に噛み締めた奥歯がぎし、と口内で軋んだ。
    武器でありヒーロー生命そのものともいえる目に伸ばされた手を、正当防衛とはいえ叩いてしまったのも、教師として良くなかった。
    申し訳なさそうに下げられた眉と、キラキラと星屑のように光るエメラルド色のあの純粋な瞳を見つめられなくて、逃げるようにその場を後にした。
    時間としてはしっかり寝たはずなのに、相変わらず体中が鉛のようにずっしりと重い。
    知らず知らずにかいていたらしい汗で張り付く背中に不快感が積もる。
    仮眠室で寝直す気にもなれなくて、そのまま職員室へ足を向けた。




    手を伸ばした時、一瞬だけ見えた先生の顔。
    USJで敵の青年に肘を崩されたときや、脳無と呼ばれていたあの敵に襲われたときにも先生の表情はほとんど歪まなかった。
    けれど僕が伸ばした指先を見て、明らかに先生の表情は歪んでいた。
    銀行強盗に首筋に刃物を突き付けられた人のような、そんな怯えた顔だった……気がする。
    「…また、ノートに書き込むことが増えたなぁ」
    次は許可を取れば、あの目を見られるだろうか。今度はあの目に触れられるだろうか。
    ぞわ、と悪寒のような痺れが全身を走った。
    予鈴が鳴る。日陰から一歩出ると、眩い日差しが程よく冷えた手足をじんわりと温めていく。
    次はヒーロー基礎学だ。

    Link Message Mute
    2022/06/18 12:09:53

    目は人の眼

    #腐向け #出相 ##hrak腐
    どちらかというと出相よりも出+相、な話。
    緑谷少年がちょっと怖い。

    2016/08/07 支部投稿
    2016/09/19 加筆修正
    2022/06/18 GALLERIA投稿

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品