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    特別な夜の終わりを二人で 共有ルームでプロセラルムのメンバーとひとしきり盛り上がった後、隼は名残惜しくも部屋に戻る。誕生日という特別な一日が終わるまでにはまだ小一時間もある。それだけの時間を残して解散となったのは、何も翌朝早いというわけではなく、仲間たちからのとっておきの計らいだった。

     隼はソファに座って足を組み、何をするでもなくぼんやりと瞬きをする。一時もすれば階段を上ってくる足音が聴こえた。やがてそれは廊下を心地良いリズムで鳴らしながらこの部屋へと近づいてくる。寮は防音設備が整っているので、静寂に満ちた真夜中であるとはいえ、部屋の扉や窓をきちんと閉めてさえいればそんなささやかな音など聴こえるはずはない。だけどこの耳には確かに聴こえる。何故ならそれがたったひとつ待ち望んでいた音だからだ。
     その音が自室の前で止まるとすぐに扉が控えめにノックされ、こちらの返事を待つ前に開かれたことに隼は口元に刷いた笑みを深くする。
    「隼」
     頭の天辺から爪先まで痺れたように身体が反応する。この声に名前を呼ばれるのはいつだって嬉しい。そして今きっと名前を呼ばれると分かっていたのに、この特別な日に紡がれる音はまた格別だった。息をしようとして失敗する。あ、と上擦った声を喉の奥から上げればそっと部屋に足を踏み入れた黒の侵入者は苦笑した。
    「誕生日、おめでとう」
     秘密を囁くような密やかな声音に胸がどきりと波打つ。いつだって心を激しく動かすのはこの愛しい声だ。喜びを隠さずにありがとうと応えれば、今度はふわりとした笑顔が返ってくる。そして彼は言うのだ。自分の出番は隼が一番祝ってもらいたい人たちに存分に祝われたあとで、と。
     特別な日の一番最後を彼と二人きりで過ごすだなんて、なんという贅沢なのだろう。それがどんなにとっておきの時間なのかを彼は、始は何一つ分かっていない。本人はただ単に遠慮しているだけなのだ。だから隼がこの時をどんなに楽しみにしていたのかなど、きっと知らない。分からない──彼らしいそれがまた愛しくて、大好きで、堪らない。
     思わず込み上げる喜びやその他諸々の思いでにやけながらソファに転がれば、綺麗な指先で前髪をさらりと撫でられた。猫のように喜んでみせれば、始は一瞬変な顔をしたあとでまた笑った。海にわしゃわしゃと豪快に髪を撫でられるのも大好きだけど、少し遠慮がちに柔らかく触れてくるこの指は、穏やかな幸福感を隼に与えてくれる。先程のパーティーの最後に幸せですか、と海に問われた。その時も答えた。本当に、幸せだ、とても。
     触れている指先と自分の境界が曖昧になる。現実と夢に揺蕩って溶けてしまいそうだ。そうなってしまってもきっと構わない。今この瞬間、自分は世界で一番幸せな存在なのだから。
     そう思っているとやがて指先が静かに離れていく。彼が離れていく時はいつだって寂しいと感じるけれど、この特別な日は幸せも格別ならまた寂しさもひとしおだった。隼は閉じていた目をうっすらと開け、指先を名残惜し気に視線で追った。
    「もう帰ってしまうの?」
     いつもよりずっと必死な声が出たかもしれない。始はそれが可笑しかったのか、ふふっと笑った。
    「いや、明日の朝は余裕があるからまだ大丈夫だ」
    「本当?! それならもう少し一緒にいてほしいな」
    「はいはい」
     小動物に言い聞かせるようなしぐさに心は淡くときめく。海が、彼の中で隼は猫の感覚だと言っていたが、始にとっても案外似たような感覚があるのかもしれない。いや、撫でて愛でて可愛がってくれるのならいつだって猫になるし、いっそ猫のままでいい。そんなことを口にしたらさすがに海や他のメンバーを嘆かせてしまうので胸の内で思うだけなのだけれど。
     今日がオフだった分、明日は朝から仕事が入っている隼はあまり遅くまで起きてはいられない。寝そべっていた身体をゆっくり起こしてソファから立ち上がる。ローテーブルに置いてあったタブレットを持って寝室へと移動すれば、始は何も言わずに着いて来てくれた。遮光カーテンできっちりと仕切られた寝室はまるで空間から切り取られているようだった。この隔離された箱の中、特別な時間の中で、特別な相手と二人だけ。自然と高揚するこの気持ちを何と言っていいのか隼には未だに分からない。懐かしいような、切ないような、身体を少しずつ浸すぬるい熱に身体の芯までじりじりと溶かされていってしまう。
     ベッドに座ってタブレットを起動させる。自分のために紡がれた沢山の言祝ぎを見に行くのだ。始は隼の隣に座って、手にしていた紙袋から文庫本を取り出して捲り始めた。隼がネットの海を泳いでいる間、本の続きを読むらしい。それからしばらく二人の間に会話は無かったが、隣合う気配に心は穏やかだ。やがて隼はとろとろとした眠気を覚え、ベッドサイドの時計に目をやれば時刻は深夜になっていた。
     もうこんな時間かと思った瞬間、始がおもむろに腰を上げて隼の手からそっとタブレットを取り上げる。
    「お前はそろそろ寝ないとな」
    「……うん」
     今度は素直に頷いた。本当はもっと一緒に居たいのだけれど、特別な日はもう終わってしまった。無条件に甘えられる、一年に一度だけの特権は終了したのだ。
     残念に思いながらごそごそと布団に入って目を閉じれば、始が笑う気配がする。そんなに残念な顔をしていただろうか、していたんだろうなと隼はちょっと切ない気持ちになる。始が好きだという思いはどうしたって隠せないし、いつだって顔に出てしまうけれど、猫になったらいつでも一緒で何処へだって連れていってくれるのだろうか?
     君の飼い猫になりたいだなんて伝えたら間違いなく引かれる。でも本当に猫になって縋り付いたら絶対に面倒を見てくれるのだろうなとも本気で思う。
     猫になること自体は可能なのだ──自分は。
     ぽん、と頭に触れる熱を感じて、隼は夢物語な思考を中断する。じわじわと温かいそれが始のてのひらの熱だなんて確認しなくても分かる。
    「お前が寝るまでここにいてやるから」
    「……うん!」
     いたわるように撫でられて全身から力が抜ける。先刻のように喉がゴロゴロ鳴ったりはしないが、その代わりにふわふわの布団にどこまでも沈み込んでしまうような心地になって指先ひとつ動かせない。
     やがて夢と現の境界が曖昧になった頃、触れていた熱がそっと離れる。そしてガサリという音と共に枕の隅が微かに沈んだ。
    「誕生日プレゼントだ。……気に入ってもらえると、嬉しい」
     ぶわ、と心に芽吹く喜びに目を覚ましたいのに、隼の身体は魔法を掛けられたようにやはり動かなかった。愛しい指先がもう一度額を撫でて、遠ざかっていく。
    「おやすみ、隼。良い夢を」
     今度は寂しいと思う暇も無く、優しいおまじないの言葉で隼の意識はあたたかな白い闇に落ちていった。
     朝、目が覚めればもう彼はこの部屋にはいないけれど、また新たな幸せが待っていてくれるから何も怖くなかった。

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    2023/07/22 21:12:42

    特別な夜の終わりを二人で

    #隼始
    2020/11/24公式ツイ、隼さん生誕祭の話。再掲。

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