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    人のこころ知らぬ鬼「こんばんは。また、こちらにうちのアホがお邪魔してませんか」
    「庭園でうちの主人と談笑されていますね!」
     回答と同時に、目前の扉が勢いよく開け放たれた。脱走した始祖様を追って、逃走先の可能性が高い場所を転々としていた私──カルト・ゲシュプは当たりであることに安堵し胸が下りる。扉を開けたのは、こちらの使用人であるクラリッサだ。顔にはわざとらしい笑みを張り付け、その眼光には「早く連れて帰れ」という圧を感じる。うちのアホ……我が父にしてゲシュプ家が始祖、クラール様が事前の連絡無しに訪問したのだから当然の怒りである。こちらの主人、フローレスが始祖フェリシア様が歓迎している手前、叩き出せなかったのだろう。とにかく、早く始祖様を連れ帰らなければならない。怒りが尾を引かないよう、祈るように軍帽を取り軽く頭を下げた。
    「大変ご迷惑をお掛けしました。すぐに連れ帰ります」

     執事服の裾を泳がせ先導するクラリッサに付いてゆく。とうの昔に覚えてしまった庭への冷たく長い廊下を月光が照らす。響く二つの足音は気分を落ち着かせた。
     このやりとりも、今日が終われば当分行うことはないだろう。始祖様をようやく探し当てた体で此処を訪ねたが、御方の目的は分かっている。起きている者が数える程しかいない黄昏時、こそこそと贈り物を持って出掛ける始祖様に気付かないふりをしたのも、とっぷりと日が沈んだ後わざと不在であろう場所から訪ねたのも、外出の目的が別れの挨拶のためだと分かっていたからだ。近頃、水面下での駆け引きに留まっていたフラーウゥス派閥との小競り合いが頻発するようになった。商人に圧力をかけているのか、物流も滞り領内の人間の生活に影響が出始めている。刃を交わす日はそう遠くないだろう。吸血鬼の戦争被害は、人間のそれとは比べ物にならないほど大きい。それも複数の純血を交えるなると、戦闘は短くとも当面復興に注力しなければならないことは自明だった。次にこちらを訪ねることができるのは何十年後だろうか、とこれから私と始祖様の身に降り掛かる火の粉に想いを馳せる。
     ぎ、と音を立てた庭園への扉は現在へ私を引き戻した。クラリッサは生垣の間を慣れた足取りで進んでゆく。フローレス様はいつも庭園の奥に招待してくださるので、ここではまだお二人の姿は見ることができない。最初に来た時よりは幾分か慣れた足取りでクラリッサを追う。庭園に造詣の深くない私でも、此処の庭は見事なものだと思う。いつ来ても何らかの花が咲いているし、何も咲いていない場所は物の配置や手入れが行き届いており緑や土の美しさに気付かされる。……きっと、この庭が本当に出迎える対象は客などではないと悟る程の、意図。足を踏み入れるのを躊躇する程の、拒絶感。よくも始祖様は足取り軽く踏み込めるものだ。などと思っていると、丁度始祖様とフローレス様が談笑する声が聞こえてきた。ふと生垣の隙間から見えた始祖様の笑顔に足が止まる。
    「カルト様、なんでしょう?」
     気が付いたら、クラリッサの肩を掴んで引き留めていた。彼女は振り返り、訝しげな目で私を見る。すぐに手を除け、囁くような声でクラリッサに乞うた。
    「……申し訳ありませんが、どうかもう少し、月が傾いてあの高い木の天辺に触れるだけの時間、我が主人の好きに過ごすことを許してくださいませんか。我々には、主人をあのように癒すことは叶わないのです」

     背景事情を説明しなんとかクラリッサに話を飲ませることに成功した今、我々はフローレス邸で休息を取っている。クラリッサと距離を開け椅子に掛ける。潔癖症と体質から他人に出されたものを口にできない私を余所目に茶を口にする彼女との時間にもようやく慣れたのか、少し気を抜くことができるようになってきた。ぼんやりすると、今まで見えていなかったものが見えてくる。棚に並ぶ食器の収納法。見慣れたタイルの知らない柄。三分の一ほど減っているボトルに、並ぶ華やかなラベル。数本ワインのような顔をして並んでいるが、鮮度保持術式ラベルが貼られている全く別の液体。身長の低い使用人がいるのか、机の下に置かれた踏み台。時折、憎々しげに月を見上げるクラリッサ。その仕草に強い既視感を覚える。満月の日の始祖様に似ているのだ。
     いつだったか、始祖様に満月が憎い理由を問うたことがある。曰く、「人間としての生を奪われた日なのだよ」と。あの、何かへの愛しさを湛えた声と失ったものへの執着が滲む表情が、脳にこびり付いて消えない。口を開いたのは、無意識だった。
    「貴方は、元は人だったそうですね」
     彼女はカップをソーサーに置き、いつもの温度のない笑みを見せる。
    「……そうですが、何か?」
     どうも彼女は我が父と違い、人間であったことに旧懐の念は無いらしい。意図あっての発言ではなかったが、ゆくりなくも人間としての生態を背景とした価値観への興味が湧いてきた。彼女は我が父とは抱く想いが違う様子だがまあいい、私の知り得ないことを知っていることに変わりはあるまい。
    「人間として生きた者特有の価値観について興味がありまして。と申しますのも、時折クラール様の考えが理解できないことがあるのです。それはクラール様がかつて人間であったことに起因するであろうことも、私が実感を伴って感じる日は来ないであろうことも、ただそれだけを直観的に知ることができる。私は生来の吸血鬼ですが、主人の考えを知りたいと思うことは従者として当然でしょう。そこで、貴方に話すことで少しでも糸口を掴みたいと思うのです」
    「そういうことでしたらどうぞお話しください!恐れ多くもクラール様のお考えに繋がる何かをお教えすることができるとは思えませんが」
    「構いません。クラール様がおかしいだけの可能性は大いにありますので。
     ──最初の違和感は、自らに毒を盛った女をお許しになったときでした。クラール様は床に伏し回復までふた月ほど掛かりましたが、愛情ゆえのことだから、騒ぐほどの重症ではないから、と首を刎ねようとしていた我々をお止めになったのです。しかしながら当時は慈悲深すぎるのでは、と思った程度でした。クラール様の行動に原因の一端があることは確かでしたし、女が自供したことや以後距離を置くことになったこともあります。何より一切血の繋がりの無い、偶然人の中に生まれた吸血鬼の子供を保護し自分の子供として育てるような方であることも、いかなる理由があろうとも同族の死に悲痛な顔をなさる方であることも知っていましたから。
     違和感が浮き彫りになったのは、クラール様が子から呪術付きの宣戦布告状を送られたときです。これもまたクラール様はしっかりと受け、私を始め従者一同の苦心の末ようやく解呪しました。いくらクラール様でも、討伐命令を下されると思っておりました。しかし対立自体に反対されたのです。その時、私はようやく気が付いたのです。クラール様にとって、愛すべき対象はその血や善悪によって決まるものではないのだと。その愛の平等性を軽く見ていた。
     私には分からないのです。自分に益が無いにも関わらず、弱っている者を救う理由が。同族だというだけで、その死を悲しむ理由が。自分に対して取った行動の善悪を問わず、受容できる理由が」
     そうだ、私には分からない。不穏分子を生かしておく理由も、何の益も返ってこない者に手を差し伸べる理由も、自らの立場を確実なものにするため邪魔な者を消すことを許してくださらない理由も、吸血鬼に食われるだけの弱く短命な人間という生き物であった頃に焦がれる理由も、私のような、世界に不要な者も他の者と平等に扱ってくださる理由も。折節に生じた様々な思いが混濁し、口を噤む。少しの間を置き、クラリッサが口を開いた。
    「やはり一使用人として生きてきた私に言えることは無いようですね!クラール様に直接お聞きしては?」
    「要領を得ない回答しか返ってこないのです」
     相談相手を間違えているのは、恐らく気のせいではない。私の見解では、彼女は元来吸血鬼側の性質を持つ者だ。本当に父を理解したいと思うなら、経歴ではなく人間側の性質を持つ者に相談すべきだろう。それでも彼女を選んだのはきっと、彼女が我々の家と一切の関係を持たず、始祖に仕えていて、そして私と同じく父の考えを理解できない者だからだろう。私は自分が異端ではないと、実感したかっただけなのかもしれない。血だけが繋がった兄弟を殺すことに一切の罪の意識は無いが、きっと父は涙を流すから。
     目を逸らすように景色に目をやると、月がアーチの枠に収まっていることに気が付く。刻限が来たようだ。立ち上がり、庭への扉に手を掛ける。誰に向けるでもなく、ひとり呟いた。
    「刃を向けようと、どれほど尽くそうとも。我らが始祖は平等に愛を与える。与える対象が己にどのような情を持っていようと、害を与えようと益をもたらそうと、等量だけ。それがどれほど稀有なものか、奴らは分かっていない……」
     眉間に皺が寄り、声に怒りが滲むのが分かる。かの方へ続く道を歩む中で脳裏に浮かんだのは、遠い昔に見たフラーウゥスの姿ではなく、私の質問に困ったように笑い優しく頭を撫でる父の姿だった。

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    三冬さん宅フェリシアさん、クラリスさんお借りしました
    (どの程度の距離感から本名であるリヒターを名乗っているか分からなかったため、とりあえずフローレスで通しています)
    碧_/湯のお花 Link Message Mute
    2019/02/24 23:35:44

    人のこころ知らぬ鬼

    父が理解できない息子の話
    (途中から「始祖様」から「父」になっているのは故意)
    ##吸血鬼ものがたり ##ルナイル編
    話リスト(http://galleria.emotionflow.com/20316/537486.html

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