午前零時に魔法は解けず「いやはや、一時はどうなることかと思いましたが、他の皆さんとうまくやっていけているようで安心しました」
「お陰さまで──」
「と、く、に、ダイヤモンドくんとは『仲良く』やっているようですね?」
「あはははは……」
学園長がかけてくる圧に監督生は目を泳がせる。
「さてユウさん、ここで一つ良いことを教えてあげましょう。私、優しいので」
「何ですか藪から棒に……」
「──あなたを元の世界に返す方法が見つかりました」
「っ!」
目を見開く監督生に学園長は仮面越しににっこりと笑った。
同日の真夜中。
「この鏡を潜れば元の世界に……」
「ユーウちゃん」
「っ!」
振り返った先に立っていた人物を見て監督生は表情を強張らせる。
「ケイト、先輩……」
「元の世界に帰る方法、見つかったんだね」
「っ……はい」
「どうして教えてくれなかったの?」
「じ、自分もさっき、学園長に聞かされたばかりだったので……」
「ふーん……」
ケイトが向ける疑いの眼差しに監督生は少し怯えた様子を見せる。
「学園長も酷いよねー、お別れのパーティーすらさせてくれないなんてさー」
「そう──」
「だってそんなことをしたらお互いに名残惜しくなってしまうでしょう?」
「っ!」
「皆さんが悲しい思いをするのは私も心苦しいですからねぇ」
「うわー、白々しさマックスな言い分でマジさげぽよー……」
監督生の肩に手を置いて上っ面だけの笑みを浮かべる学園長にケイトは溜め息を吐く。
「でもさー、何の前触れも無くユウちゃんがいなくなったらそれはそれで大騒ぎになると思うんだよねー」
「……ハッ!それは確かに!」
「グリちゃんとエーデュースちゃんは間違いなく大暴れするだろうし、マレウスくんも黙ってないんじゃないかなー?」
「ど、ドラコニアくんまで!?」
「ユウちゃんもイヤでしょ?皆にサヨナラも言えずにお別れなんてさ」
「それは、そうですけど……」
「──ああいけない!もう時間がありません!」
わざとらしく会話を遮り、学園長は監督生の背中を押す。
「さぁユウさん急いで!後のことは私が何とかしておきますから!」
「で、でも……」
「ああもう、ダイヤモンドくんが来たせいでユウさんが躊躇を……いや待てよ?」
思案するような仕草を取った後、学園長は何か良からぬことを思い付いたような顔をする。
「そんなにお別れが嫌なら一緒に行けば良いじゃないですか!」
「……は?」
「いやぁ私も仲睦まじい二人を引き裂くのは非常に不本意でしたからね。これで万事丸く──」
「──何甘いこと言ってるんですか、学園長」
「へ?」
聞き慣れない低い声に学園長はキョトンとする。
「自分はたまたま運が良かっただけで、皆が皆うまく行くと思ったら大間違いなんですよ」
「ゆ、ユウさん?」
「好きな人と一緒ってだけじゃどうにもならないことなんて山程あるんですよ!なのにそんな能天気なことをよくもいけしゃあしゃあと!」
「ストップストップ!ユウちゃん落ち着いて!」
自分を抱きすくめて宥めるケイトの声で監督生が我に返るのと同時に鏡から輝きが失われる。
「……ああ、時間切れですね。残念ですが──」
「良いですよ、この世界と自分が元いた世界を行き来する方法を学園長が見つけてくれれば」
「なっ!?」
「うわー、ユウちゃんすごい無茶振りするねー」
「それくらいやってもらわないと割に合いませんから」
「うぐぐぐ……仕方がありませんね……」
学園長が大袈裟に苦悶する様子を見せてもなお監督生は立腹の表情を崩さなかった。
「──それにしても何がダメだったんでしょうかねぇ。私の作戦は完璧だった筈なのに……」
監督生をオンボロ寮に送り届けた後、腑に落ちない様子で疑問を口にした学園長にケイトは白い目を向ける。
「いやいや、あんな茶番でユウちゃんに元の世界へ帰ることを諦めさせるとか無理ゲーも良いとこじゃない?」
「茶番!?」
「まーユウちゃんがあそこまで怒るのはオレも予想外だったけどさー……」
前髪を弄りながらケイトは溜め息を吐く。
──監督生を元の世界に帰す方法を学園長が見つけたというのは嘘であり、タイミング良くケイトが現れたのも仕込みだった。
一縷の望みを奪い去ってこちらの世界で生きることを甘受させるという学園長の目論見は思わぬ形で失敗に終わり、今に至る。
「好きな人と一緒ってだけじゃどうにもならないことなんて山程ある、か……」
監督生が怒鳴った言葉を反芻しながらケイトは真っ暗な空を見上げる。
「オレもユウちゃんぐらい真剣に考えなきゃダメってことかなー」