愚者の金 その手配書に書かれた人相は、良いとも、悪いとも、そのどちらにも傾かない、妙に中立な印象をマッドドッグに抱かせる。
しかし有力な手がかりになるとはいえこれはただの男を知らない者が描いた絵でしかない、本当に悪人らしくない面構えはしているかもしれないが、高額の賞金をかけられている男に善人などいたためしはないと、マッドドッグはグラスに残った酒を干すと自分を納得させた。そして結果的に二晩ほど世話になった耀くブルネットが美しく、さらに愛想のいい笑顔が眩しい娼婦に別れを告げることなく、酒場を出て外に繋いであった愛馬を撫でると鞍に飛び乗る。
二晩程度で失いたくない絆など生まれようはずもなく、蹄の音を殺さずとも女は出てこなかった。
集めた、あるいは自然と集まってくる情報によると、単独で五千ドルの首は相当に手強いらしく、返り討ちあったというちゃちな賞金稼ぎ、その首にかけられた金に目が眩んだ同類は数知れない。数を集めても、いや、下手に数を集めたろくに統率の取れない烏合の衆であるほど返り討ちに遭う確率は高くなっているらしく、数では圧倒できない事実に、マッドドッグは男を手練れだと認めないわけにはいかなかった。
マッドドッグはゴールドの手綱を操り、しばらく滞在していた街を出て、手配書の男——サンダウン・キッドの足取りを追うことにした。男は足跡を消す真似を一切しない。ただの死にたがりか、己の腕に少なくない自信があるのか。それともその双方かは、今のマッドドッグにはわからない。
だが集めた情報は、そこらのケチな賞金首とはその額も早撃ちの腕も次元が異なることを示していて、マッドドッグは紙をジャケットの懐にねじ込むと、愛馬を急かしてすこぶる腕が悪ければ頭の方もよろしくない賞金稼ぎを相手にして、乱闘騒ぎにまで至った街に真っ直ぐに駆けてゆく。
今空を焦がしている夕日は地平の果てに落ちるだろうが、淑やかな夜の帳が下りる前には街にたどり着くだろう。マッドドッグは、多少感傷的ロマンチックな言い方をすれば、そう、運命に突き動かされているような心地で、土を砕く蹄の音を聞いていた。
◇◇◇
負けた、と。変えようのない事実を突きつけられたマッドドッグを貫いたのは溶け果てて煮える鉄のような、憤怒に酷似した執念だった。マッドドッグの体に傷はない。それはそうだ、衝動に突き動かされるままその足取りを辿ったマッドドッグがとうとう追いついたサンダウン・キッドの銃弾は、寸分の狂いもなく弾丸を放つことさえできなかったマッドドッグの銃を撃ち落とし、二発目は愛馬ゴールドの手綱を千切り、音に怯えた馬はマッドドッグを振り落として何処かへと走り去った。
なんの情熱も歓喜もなく、ただ邪魔な路傍の石を脇に片づけたかのように去ろうとする馬上のサンダウンに、マッドドッグは吠えた。筈だ。身のうちで煮えたぎる灼熱おもいをそのまま口から放ったからか、それともその存在からもう目を逸らせられないと本能のうちで悟ったからか。
一瞬だけ目を見開いた男に、マッドドッグは追い続けてやると呪いのような言葉を吐いた。自縛のそれでしかないことに、今のマッドドッグは気づかない。
愚者は、黄金によく似た鉱石の輝きに惑わされる。幻の血を吐く心臓の高鳴りをマッドドッグは感じながら、太陽を殺めて宵の緞帳を下ろし始めた空に紛れるように去りゆく背中を、睨み続けていた。