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    生きるをするティーンエイジャー、13ティーンエイジャー、18サイドストーリー:船乗りの唄夕日/20・イヤーズ・オールド晴れ/21・イヤーズ・オールド前日時々曇り/23・イヤーズ・オールドサイドストーリー:亡者の箱晴れのち晴れ/25・イヤーズ・オールドティーンエイジャー、13 ねえ、どうか笑わないで聞いてほしいんだ。おれが「ジム・ホーキンズ」として生まれたのは二回目だってことを、どうか真剣に聞いてほしい。生まれてしばらくして、あれはたしか――おれが三歳ごろだったかな。家族と、ついでに幼馴染の一家と一緒に海に行ったとき、大波にさらわれてそのまま海に流されたことがあって、前世から変わらない性格をしている母さんと、今世は海軍で働いている、前世とは違って健在な父さんとが泡をくって海に飛び込もうとして、幼馴染のリリーなんか、おれが死んじゃうよどうしようどうしようなんて泣き出してしまったちょっとした大事件のとき、おれは前世の「宝島を目指したジム・ホーキンズ」だったことを思い出したんだ。そして、憧れで、それを壊された憎悪で、おれにももう抱えきれないほどに多くの感情を投げてよこして、いつだっておれの心を愛で憎悪で揺らした男のことも思い出した。何が何でもジョン・シルバーを探さなきゃ、なんておれの決意は三歳の時からできたもので、もういっそ、前世からの呪いなんて言葉で片づけてしまいたくなる時もあるんだ。

     まあ、おれを攫った大波はちょいと浅瀬におれを押し流しただけだったから、あっさり泳いで戻って波からけろりと帰ってきて、ねえシルバーはどこときいたおれに、母さんたちがぽかんとしていたことを細部の輪郭はおぼろげになっていっているのに、なんでか印象によく残っていて、思い出とすべてを簡単に片付けるには少し確かすぎるほどに実体のある記憶として、おれの中に残っているんだ。
     そのあと、探せる範囲なんてたかが知れてるけど子供の足で時に母さんをまいて町中を探し回って、シルバーはもしかして同じ時間にいないんじゃないかなんて決めつけて、これは父さんと母さんにそれ以上の心配はかけたくなかったから、という建前をもらって、シルバーのことを考えないために勉強に打ち込んだ。それでグラマースクールに入れる程度の学力が付いたのは、まあ理由は不純だけれど、学校に通うのにかかる学費やなんだのもろもろを考えれば、いいことに間違いない。貧乏ではないけれど、地元じゃ知らない人がいないほど、他所の国でも名が知れた会社を持っているから、今世でもお金持ちのトレローニさんや今世も変わらず医者をしているリブシー先生みたいに、いつでも潤沢にお金があるってわじゃないしね。
     それに、別に学校に通うのは、そんなに苦じゃあない。じゃあないんだけど、たまにシルバーを探しに母さんをまくことを、あの日冒険を夢見て、夢の現実を見た時と同じ、十三になったおれはずっとやめられないでいる。会って何を言いたいのだろうと思っても、宝島の冒険、そしてそれ以降のおれの人生にずっと居座っていた男に何を言いたいのか、実はおれ自体もとらえきれないでいる。

     その日は、シャーベット・レモン、中にラムネの粉末が封じられたレモンの形と味をした飴玉を口の中で転がしながら、おれはまた母さんをまいて、シルバーを探していた。悪い癖だと何度も何度も叱られてもやめられないのだから、もうやめてやるもんか、シルバーを見つけるのがおれの望みさ。そもそも一向にシルバーが見つからないのが悪いんだいと、すごく勝手に意地になっていたんだと思う。そんな中ふと、どこかできた覚えのある何かの鳥の声を聴いて、おれは声に導かれるまま大きな木を左に、犬の看板を掲げた店と年配の女性向けのブティックらしい店、その真ん中にある、遠眼鏡屋という看板を見た、見つけてしまった。思わずつばと一緒に飲み込んでしまった黄色の飴が喉をふさいで、それのせいで苦しくて苦しくてせき込んでいると、遠眼鏡屋の扉が開いた。
     意思の光がともる大きな青い目、ゆるく結んだ鈍いこげ茶色の、少し長い髪。足は普通にみえる、一本足と呼ばれるには、彼は二本の足でしっかりと地面を踏みしめている。義足なのかな、と思ったのが精いっぱいで、せき込むことしかできないおれは、あんなに会いたい会いたいと切望したシルバーをまともに見つめられない。

    「おいおい大丈夫かよ、ほら水だ。ゆっくり飲みな、よしよし、その調子だ」

     背中を遠慮なしにたたかれて、飴玉を街路に吐き出したおれに差し出された水は、柑橘のいい香りがした。そういえば、シルバーのコックとしての腕だってなかなかだったことを思い出して「美味しい、レモンのにおいがする。これ、特別な水?」といえば「果物の皮をつけただけのただの水だよ」とシルバーは大きく口を開けて笑う。この笑顔が曲者だというのを、前世でさんざんおれは思い知らされている。

    「ねえ、名前は?」
    「俺のか? 俺はシルバー、ジョン・シルバー。しかしお前さん……なんでたってこんなところにいるんだ? その校章、すこしばかり遠い進学校のだろう?」
    「まあ、そうだけど」
    「そもそも親はどうしたんだ。あ、まさかお前……」
    「ま、まあちょっと探し物あって……その、」
    「付き添いの親をまいたってのか! なあんだ、大した悪ガキじゃあねえか。まあ店に入んな、ケータイ持ってなきゃ、店の固定電話使わせてやるよ。おっかさんの電話番号はわかるな?」
    「え、」
    「えじゃねえよ、今頃必死に探し回ってるだろうぜ。場所を伝えて安心させてやんな」

     招き入れられた店内は、店主の反映したのか、やや武骨な印象がある紺色をベースに、使い込まれている木の家具特有の飴色をしたテーブルと椅子、カウンターの奥には様々な酒があって、酒場なのと聞けば、夜はなとだけ帰ってきて、子供にそれ以上言うつもりなんてないというような態度に少し腹は立ったけど、おれを探している母さんのことを思えば、そこを指摘している時間はない。持たされいているケータイの充電が怪しかったから、電話を借りて母さんに、母さんおれは遠眼鏡屋っていう店にいるよといえば、母さんはすぐにいくからねと疲れがにじんだ声を出す。

    「心配してたかい」
    「当り前さ! おれの母さんはいい人だもの」
    「いい人だってわかってんなら、もう二度と心配かけるような真似はするんじゃねえ。……俺の言ってることは、わかるな?」
    「わかってるって! けど、さ」
    「どうした?」
    「あのさ。また、さ。ここ来てもいい? 今度は、母さんも、あと父さんも一緒に」
    「ん? そうだなあ、おれには断る理由なんざねえな」

     おれが電話をしている間、ずっと素知らぬふりをしてコップを磨いていたシルバーは、しばらく考え込むそぶりを見せた。閉じた眼のふちを彩るまつげは相変わらず長く、そして目を開けた時に見せた青に宿る少しいたずらな光が、たまらなく懐かしいと感じる。シルバーはもとから曇りなんて一つもない、よく磨かれたコップを棚に戻すとおれにこういった。
    「客としてくるなら、おれは別に構わんぜ。夜はバーだが、昼間はカフェだしよ。家族連れは……そんなに多かないが、普通に来るしな。ま、期待しないで待ってるとするか」
    「ダメって、言わないんだ」
    「何がダメなんだよ、俺は客を拒みゃしねえよ。それに新しく常連になってくれるチャンスを逃すほど、俺の商魂は薄かねえんだ」
    「へっ、へへ。商魂たくましいんなあ」
    「そうさ、せっかく出せた俺の城だ。俺がくたばるまでは必ず残すって決めてんだよ」
     そんなことを話していると、遠眼鏡屋のドアが開いた。ジムと声をからした母さんに、おれはごめんよと言って「じゃあねシルバー、また来るから」と声をかける。そんな俺の頭を母さんは少しはたいて、シルバーに丁寧に何度も何度も頭を下げると、母さんはおれの手を引いて帰路を辿る。ねえ、あのお店、カフェなんだってというと「お前を助けてくれたお礼をしなきゃだよ、たくさん注文しなきゃねえ」と母さんはいつもの、少し困ったような声を出した。

    ◇◇◇

     数日後、家族全員で訪れたカフェは盛況で、シルバーは厨房に引っ込んでいるから話すことなんてできやしない。数名の店員が店の中をせわしなく動いて商品を置いて、去ってゆく。
    「……おい、お前――ジムか?」
    「へ? あ…………グレーなの!?」
    「ばっ、声が大きい……!」
    「ジム、知り合いなのかい?」
     前世より、ちょっとばかり健康そうな顔色をしたグレーは、慌てて「あ、や。息子さんのこと、シルバーから聞いてて、」と少し怪しい言い訳をする。
    「店主から?」
    「ああ、シルバーとは親戚なんです。俺はあいつの甥で……忙しいと、駄賃は弾むから来いって、よく」
    「グレーは本名なのかい?」
     片方の眉を不審げに釣り上げた父さんに、グレーは「いいえ、あだ名です」と返す。
    「シルバーより華がないないからグレーだと、親父が言い出しやがりましてね。ああ、仲が悪いわけではないんですけど」
    「いや、すまない。こちらこそ疑ってしまってすまなかった、妻がもう伝えているが、おじさんにジムを助けてくれてありがとうと伝えおいてほしい」
    「それはもう……ジム、後で話せるか」
    「そりゃあもちろん!」
    「なら……そうだな、なら後で店の前に来てくれ。話したいことが色々ある」

    ◇◇◇

    「ええ?! ハンズさんがグレーの父親で、ハンズさんがシルバーの弟だって?!」
    「声がでかい! 俺だってなんでハンズの野郎が父親なんだとずっと思ってるさ。記憶が無いのに兄貴兄貴とべったりだしな」
    「ハンズさんとシルバーは血は繋がってない、んだったっけ?」

     俺はレモネードを、グレーはただの炭酸水を飲みながら、店の前に椅子をおいて互いの事情を伝えあっていた。椅子はこそこそ店を出ようとしたらシルバーが椅子くらい持ってきなといったから、ここにある。その時のグレー、言っては悪いから言ってないけど、すっごく苦い物を飲み込んだ顔をしてた。すこし笑ってしまった俺にもグレーは苦い顔をすると、じゃあといって空いてる席の椅子をもらって、ついでにグレーが注文してくれた飲み物をもって、俺たちは互いに驚きあっていた。

    「シルバーは親父の親父……爺さんの後妻の連れ子でな。同い年なんだが、シルバーの方がハンズの面倒をよく見てたんだと。それに、この店を設計したのは今は建築士してるハンズでな。仲良くやってるよ、互いに記憶がないのが嘘みたいにな」
    「へえ、シルバーって今いくつなの?」
    「40。俺? 俺は今20だな」
     そう言って、グレーは炭酸水を飲み干すと、大きな大きなため息を吐いて空のグラスを振った。俺は一番聞きたかったのはシルバーに恋人がいるかどうか、だったんだけれどなかなか言い出せなかった。それを口にしてしまえば、何が変わってしまう。そんな気がしたんだ。うまくいえないけど、感情の意味が、がらんと変わってしまう気が。

    「シルバーに、恋人はいないぜ。多分今はな」
    「へ?」
    「言いたいことがだいたいわかってな。まあ何かとモテる野郎だし、紹介されたらキリがない。俺は知らないってだけかもな」
    「グ、グレー!」
    「はは、悪かったよ。店んなか戻ろうぜ、俺の飲み物ももうないしな」

     グレーがそう言った途端に、とっくに飲み干したレモネードの氷がカタンと鳴った。なぜなにどうして、それに答えを出せないおれは、帰り際に菓子をくれたシルバーの顔を、まともに見れやしなかった。なぜなにどうして、どうして俺はシルバーのことばっかり考えるんだろ。憎悪の熱さも憧れの輝きも知ってる、けど、この感情が何なのか、母さんに手を引かれて店を後にした今のおれの中に、答えは一つもないでいた。
    ティーンエイジャー、18 人生を決めるGCSEもなんとか乗り越えて、そして四苦八苦しながらファンデーションコースを終えて大学に入って。シルバーを見つけてからも勉強を続けたおかげで学力はそこそこよかったから学業の方はなんとかこなせて、そしてふと立ち止まって気づけば俺は18になっていた。今はグレーが一人で住んでいる、ハンズさんが設計したという家に居候して、時たまシルバーの店のバイトもこなして、家族に極力学費以外の面倒をかけないために色々頭を回しながら生活してた。生きるって、いつもやたらと難しい。そう思えるのは、大人になりかけてる証拠、なのかも。

     そんなことを考えてふと思うことが、13の時グレーに今世の父親が彼だってことを告げられてから、未だにハンズさんに会ったことはないんだってこと。別に避けられているんじゃないよ。ハンズさんは今とっても売れっ子の建築士で、アメリカでかなり大きなプロジェクトに携わっているからだ。国と国の間に物理的に距離があるのはしょうがない。でも、いくら成人してるとはいえ、一人息子を数年間もほったらかしっていうのは、俺はどうかと思う。とはいえ、グレーは過保護にされるのなんて嫌だろうから、俺からは何にも言わないけど、さ。
    「ジム。悪いんだが、寝る部屋変えてもらっていいか?」
    「え、どうしたんだいグレー?」
    「ハ……親父が帰ってくるんだ。お前のことはもう伝えてあるから問題はないんだが……家主をゲストルートに押し込むのもなあ」
    「はは、それはそうだ。気にしないで、他の部屋もベッドはあるんだから」
     助かると呟いた、俺より先に卒業して、今は教師の卵をしているグレーは、微妙な感情を押し流す様にビールを飲んでつまみを口にする。そしてそれを平らげビールを干すと、厨房に引っ込んでいるシルバーにそろそろ帰るから会計頼むと声を張る。

    「こいつはどうも……そうだグレー、ハンズに店にも顔見せろって言っておいてくれよ。飯食いに来いってな」
    「あのな、俺が言わなくてもあいつは勝手に来るだろうよ」
    「まあまあ、そういうなって。なんだかんだ理由がないとなかなか動けねえし変な遠慮ばっかりしやがる男ってのは、お前だってよおく知ってるだろ? それに、あいつが変に遠慮するせいで他所で深夜に深酒してお縄……なーんてのは立場的にも避けてえだろ、な?」
    「……まあ、それでお袋に愛想尽かされた訳だしな。いいぜ、言うだけ言っておく。期待はすんなよ」
    「ああ、頼んだぜ」
    「頼まれたくはねえんだけどな」

     そう言うと、グレーは「先帰ってる。鍵はいつもんところに置いとくからな」とおれに声をかけて、まだ勤務時間内の俺に一言添えて出ていった。俺はわかったと声を張って、酒が目当てなのかシルバーが目当てなのか、いつも判然としないマダムたちの注文をとるために彼女たちに近づいて、来るたびにシルバーに向ける彼女らの視線の熱さにもやもやして、でもいつのまにかそれも仕事の忙しさにのまれた俺の頭から帰ることにはハンズさんがいることが、次第にすっぽ抜けてしまったんだ。

    ◇◇◇

     ようやっと帰路につけたのはそれから数時間のことで、シルバーが持たせてくれたグレーの分も含んだまかないを手にしていつもより何だか光が多い気がする外装も内装も家具も洒落た一軒家の、ポストに入れられた鍵を手にする。グレーはなんだかんだ危機感ってものが割と薄い気がするのは、ポストに鍵っていう、防犯にそんなに気を使ってない事実のせいなんだろうか、それとも大概の問題は今世の腕っ節でものせてしまうからかな、と思いながら鍵を開けて「グレー、やっぱり鍵はもっと大事にしたほうがいいよ」と声を張るとジム、とおれを呼ぶ声が二つ重なった。
    「あ、は、はじめまして。グレーから紹介されてました? おれがジム・ホーキンズです、その、」
    「は……?」
     そんな呟きを一つこぼして、全ての言葉を無くしてしまったかのように無言のハンズさんを訝しんでいるのは、グレーも同じだ。おい、と父親に向けるにしてはとってもぞんざいな声をハンズさんにかけるグレーに、なぜかハンズさんは驚愕に満ちた視線を向けて油の切れた機械みたいなぎこちない動きでおれに視線を向ける。
     おかしい、と思った。そう思いつつおれが一歩前に出て声をかけようとすると「ゲェッ! てめ、ジム!」とハンズさんは叫んでうずくまって「なんでったって今更思い出しちまうんだ! それに、グレーが俺の息子だぁ?!」と言って、記憶が蘇ったせいで痛んでいるらしい頭に、両手を当てていた。

    ◇◇◇

    「チクショウ、なんで黙ってやがったんだグレー‼︎」
    「あのな。言ったって分からなかったろ、記憶がなかったんだ。それにな、言ってもアンタは夢でも見てんのかってなるだろうよ」
    「そりゃ……だあー! 大体船長が義理の兄弟だってのもキャパオーバーだってのに、グレーが実の息子でジムを居候させてるだあ?!」
     叫んでは頭を抱えるハンズさんに、グレーは完全に呆れ返った顔をしている。思わずまあまあ二人とも落ち着いてと言いそうになるけれど、グレーはいずれはこうなることを予見していたらしく、とても落ち着いてる。ハンズさんの送る恨めしい視線にびくともしないで、ソファに座って「他に聞きたいことはないのか」なんていう。

    「ありすぎて何から始めりゃいいかわかりゃしねえよ!」
    「ま、それはそうだな。なら、遠眼鏡屋に行く前に、すこし寝ちゃあどうだ。記憶がねえシルバーの前でボロ出さねえ程度に頭の中整理しとけ」
     そう言って、グレーは寝室のある二階へ繋がる階段を指し示しす。ハンズさんはずいぶん唸ってから、二階の階段を登っていく。自分で設計までしたテリトリーのはずなのに、見覚えがないみたいに視線を右往左往させながら、ハンズさんは階段を登り切って、そして戻ってきた。
    「…………おいグレー、」
    「なんだよ」
    「俺の部屋はどこだったんだ?」

     俺はグレーと目を合わせる。ひょっとして、ひょっとしてだけど。もしかしたら溢れ出す記憶の洪水のせいってだけかもしれないけれど、今のハンズさんには海賊だった記憶しかないんじゃあないだろうか、って。
     グレーはキッチンからラムの瓶とグラスを持ってくると、キッチン近くに設置されたテーブルに置いた。何から聞きてえ、なんて発音はひどくそっけないのに、していることは混乱するハンズさんへの気遣いのそれでしないことには、俺は何にも言わないことにして、おれもいっしょにテーブルを囲んだ。

    ◇◇◇

     次の日の朝、おれの作ったスクランブルエッグとベーコンをトーストした食パンに挟んで食べているハンズさんは、だいぶ落ち着きを取り戻して、まだ現在と過去の記憶に戸惑っているものの、彼なりに今は今、過去は過去とすることができたらしい。
    「おいジム、おまえ船長のところで働いてんだったか?」
    「そうだよ」
    「……前世じゃなくて今世でも惹きつけんのも大概罪ってやつだよなあ」
    「え?」
     思わずフォークごとベーコンを皿に落としたおれに、ハンズさんは同情にも、あわれみにも、どちらにも見える表情を浮かべた。どうしたんだろう、おれなにか気に触ることでもしただろうか。でもシルバーが古い仲間といったほど、気心の知れた仲なのがハンズさんで、なら散々あの宝島でシルバーの邪魔をしたおれに何か思うことなんていくらでもある。

    「まあ、相手が俺たちのジョン・シルバーおかしらだからなあ。そんな人が戸籍上とは言え今は兄貴なんだ、まあ、それ自体は嬉しいことではあんだが」
    「ハンズさん、なにを言いたいんだよ。おれには何を言いたいんだかさっぱり……」
     戸惑うことしかできない俺に、ハンズさんは「今はちげえが元は敵だ、俺はお前にあんまりヒントはくれてやりたかねえんだよ」とだけいって、食事に戻ってしまう。
     シルバーが、シルバーがなんだっていうんだ、とはおれには言えない。13の時に再会して、そして今はそばで働いてるおれに、そんな事は言えっこないんだ。動揺が深すぎてつい早食いをしてしまって、先に朝食を平らげたおれは大学に行く準備をする。
     今日は少し寝坊をして、慌ただしく階段を降りてきたグレーに、ハンズさんが夜に顔見せに行くって伝えといてくれと言うのにもまともに反応できない。
     おれ、おれ。シルバーのこと。考えないようにしていた、宝箱にずっと封じ込めていた荒波が、錠を壊そうとしている感覚が怖くて、その時の俺は、見ないふりをしようとしてた。

    ◇◇◇

     大学が終わって、それから遠眼鏡屋に足を運ぶのはいつものことなのに、朝にしたハンズさんとのやりとりのせいか、やたらと前に進まない足が重くて重くてしょうがない。従業員用のバックヤードにつながる裏口から中へ入ると、遠眼鏡屋は普段より繁盛してる気配がある。支給されている給仕用のエプロンをつけて、おれが店に出るとバーカウンターで酒を作っているシルバーの前には綺麗な女の人がいた。あの日見た、一緒に逃げた奥さんとはぜんぜん違うタイプの女の人。俺より少し上、でもまだ社会人なりたてって感じの、どこかまだ所作に背伸びしてる感じのある美人はシルバーに粉をかけて、シルバーはそれを軽くあしらっている。
    「ねえ、あたしってそんなに魅力的じゃないの?」
    「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんが粉かける相手にちょうどいいのが二人はいるぜ?」
    「やあねえ。あたし、あんたにいってんのよ。他の男を引き合いに出さないでちょうだい。傷つくわ」
    「おいおい、酔いすぎだぜ嬢ちゃん。これ飲んだらそろそろ帰ぇんな。この一杯はサービスしてやるからよ、な?」

     なによ、相変わらずつれないやつとシルバーをなじる声と瞳に宿る灼熱を見て、凍てついたように動けないおれは、なんとか足を動かして、こっそり遠眼鏡屋を出た。

     おれ、好きなんだ。シルバーのことが好きなんだ。肉欲すらともなう、恋を、してるんだ。

     裏口に近くに座り込んで、おれは誰もおれを見つけてくれるなと身を縮める。知りたくない、はずなのに。自覚した恋の熱さによく似た温度の吐息を、おれは夜の喧騒に紛れさせるように、静かに吐き出していた。
    サイドストーリー:船乗りの唄 俺が物心ついた時には既に毎夜のことである夢が、片足の海賊ジョン・シルバーの夢が、前世の名のつく過去なのかもしれねえと思いながら、だが確証の一つもない事柄に長く足を取られるほど、記憶に残る海賊だった俺も、いま現在を生きてる俺も、そうは夢見がちな少年ではなかった。
     奪い奪われ、血に塗れた夢ばかり見てほとんど綺麗な夢を見ないのはそもそも生まれた環境が、といえばまあそれまでなんだがよ。歳を食っても無駄に警察に絡まれ、困った時の点数稼ぎの対象でしかないケチなギャングになっちまった同年代の友人も、悲しいことに少なかねえんだ。そして、そういうやつらの頭目の真似事ってのは、海賊の船長の人生を毎夜見る俺にはそう、難しい話ではなかった。俺はそいつらに、無意味な夢を見させちまったのかもしれねえ。けどな——人生の選択肢を他人に押し付けるほど、惨めなもんなんかありゃしねえんだ。

     俺の夢は、俺に夢を見た野郎どもが宝を求める死人をうたう古い船歌、ラム酒の味。胸の内のどこかにあった虚無。七つの海の色彩。フリントの宝にかけた情熱の熱すら明確な夢に、一つだけ見えない影に塗りつぶされた、少年の顔と名前。そんな感じのもんで構成されている。
     今日は俺の手をちっちゃな両手で包む少年に、どこまでも気安くよう、また会ったなお前さんは誰なんだ?と笑えば、少年は何かを言ったように思えるんだがよ、その声が俺に届いたことは一度もないんだ。そして、それは俺が四十になった今現在でも変わることはなく、ああなんだよまたあの夢かという感慨にもならない事実になるには、既に十分すぎる時間が経っていた。

    ◇◇◇

    「へえ、今度はカナダかい。この前行ってやがったのは……確か日本だったか? お前さんもずいぶん出世したもんだなあ」
    「へへ、幾つになっても兄貴の褒め言葉は嬉しいもんだ。グレーのことは……まあほどほどに使ってやってくれりゃあいいんで」
    「……お袋が出てった理由を表に出す必要はねえだろ、ハンズ」
    「グレー! そもそもお前もハンズだろうが! 親に対する敬意ってやつが……!」
    「仕事と義理の兄にばっかり時間使って愛想つかされるのを見てりゃ、んなもんは消えてくだろうよ」
    「おいおい二人とも落ち着けよ、なーにをそんなにカッカしてやがるんだ」

     変わらない毎日なんてもんは、この世のどこにも存在しない。建築の腕を培った義弟がそのセンスと技術を見込まれて日本やらカナダやらにいくのも、そんな毎日の証明ってやつでもある。しかしまたしばらくハンズが来ないとなれば、酒の入荷量は少し控えめにしないといけねえなあと思いながら、義理の弟の息子、ならまあ呼び名は甥でいいだろう。そいつのグラスに水を足してやる。
     親に対する態度を万年反抗期、というには何かちがうものを感じさせる甥はシルバーより華がないからグレー、なんていう父親がつけた愛称とは言い難い呼び名の由来をグレーは好き好んでる訳ではねえらしいが拒絶はしない。なんなら知り合いにもそう呼ばせているし、一度ポツリと「この呼ばれ方がしっくりくる」と、そんなことも言っていた。その時のグレーの顔にあった、何か複雑な陰影は、なぜか今でもはっきりと思い出せる。というのも、グレーと瓜二つの男も、俺の夢に出ててくるのだ。そいつの顔にも、そんな感じの感情が絡み合った色がある。

    「グレー、鍵渡しとくぜ。女引っ張り込むなよ、ベッドは一つしかねえんだからな」
    「はっ、その言葉全部アンタに返すぜシルバー」
    「おうおう、そう怖え顔すんなよ。悪かったよグレー。そうだ、言い忘れる前に言っとかなきゃならねえな、今日はカフェの時間が終われば店じまいだ。食いたいもんはあるか? 冷蔵庫は空でな、買い足さなきゃならねえ」

     俺が渡した鍵を手に、さっさと出て行こうとしたグレーは少しだけ迷った様子を見せてから「シェパーズパイが食いてえ」と返してから出ていった。生まれも育ちもイギリスで、アイルランドにはいったこともないはずのグレーの言葉には時折その土地の訛りとかなり古い言い回しがふと浮かぶことがある。好みもアイルランドの料理が大半で、数年前に義弟と離婚したグレーの母親も、別にアイルランドの人間ではない。誰も彼も大層不思議がっているが、夢の中のグレーは愛国心の強いアイルランドの人間であったせいか、俺には特別不思議ではなかった。

    「じゃあ、オレもこれで。飛行機は明日なんですが、まだ荷物が整理できてねえので」
    「おいおい……変わんねえなあハンズ。成人してる息子を一旦家から追い出したのはそのせいかい」
     へへ、とばつの悪そうな顔をしたハンズがやにこそこそと店を出る。宿題も溜めがちで、ハンズはいっつも母親にどやされていたが母の思いというものは大抵実を結ばないらしいと思う。

     とりあえず食器は後で洗うと決め、頭上の棚から吊り下げたワイングラスを拭きながら俺は夢で何遍も聞いた歌を口ずさむ。亡者の箱までにじり登った十五人、一杯やろうぜヨーソロー。船歌を歌うとき、欠けた何か埋まるような心地がする。だが、何が欠けているのはわからない。答えにつながるピースは、何一つ俺の手元にないと、確証のない確信は、いつも俺の中にある。
     他のやつは、そう歌い続けようとした時、外から大きく咳き込む音が聞こえた。大方老人が誰かが難儀してんのだろうと思いながら、水を入れたグラスを持って店を出る。
     すると、ふと視界が鬱蒼とした木々に覆われ、水と潮の香りが鼻を満たす。質量をもった幻は、夢の中で何度も訪れた、フリントの財宝が眠る宝島とまったく同じで、らしくなく狼狽えて瞬きをすると、幻は消え去った。
     制服を着た少年の背を叩いて喉に詰まった飴玉が地面に転がるのを見て、水を勢いよく飲む様を見て、何かよくわからない、安堵が浮かぶ。■■と俺の声がする。
     ねえ、名前はと問う少年の声に、何故か二度目の名乗りのような心地で、俺は俺の名前を告げた。
    夕日/20・イヤーズ・オールド「よおジム、一年ぶりくらいか? 医者の卵はずいぶん大変らしいなあ」
    「……ああ。まあ、そう、だね。今はまだ基礎の段階なんだけど、それも覚えることがありすぎて」
    「まあほどほど…は無理だろうな、よそ様の命を預かるんだ、そんな調子でいれやしねえよな。メールに書いた通り、今日は俺の奢りだ。ジム、何か食いてえもんはあるか?」
    「あ、ああ。ローストビーフのサンドイッチ、からしは……」
    「多め、マヨネーズは控えめ。だろ? あとは紅茶でいいかい?」
     うなづきを返すと、シルバーは軽いウィンクを俺によこして、厨房に引っ込んだ。すぐ帰ってくるだろうけど、この程度の不在が少しばかり、辛い。そんなことを思うのも、おれはシルバーのことが、そう、恋愛の対象として、なんなら性愛すら感じるものとして、好きだからだ。

     シルバーの厚意で、今日の遠眼鏡屋は貸切だ。昼間の掻き入れどきではあるけれど、そういうわけでおれとシルバーしかいないこの店で、自覚してもう二年間は経つ、宙ぶらりんの慕情が揺れる。厨房から聞こえる音に耳を澄ましながら、シルバーの足音を聞いて、なんで、なんで。こんなにも好きなのだろうと思っても、理由は自分の中に山のようにあって、とてもじゃないけど、直視するには恥ずかしすぎるんだ。

    「ほらよ、出来たぜ」
    「ありがとう、シルバー。ほんと、久々に食べるな、うん、うまい」
    「そいつはどうも、多めに作ったんだ。帰る時に持たせてやるよ」
    「そんな、奢りなんだろ? 悪いよ、」
    「ハンズから、部屋に篭りっきりで飯も食いやがらねえって聞いてるぜ? いいから人の好意ってやつは受け取っときな」

     好意。その言葉を聞いて、むせなかったおれを褒めてほしい。そして、悲しくもなる。シルバーにとって、俺はいつでも子供だ。もう二十になった。でも埋まらない二十年以上の年齢の差は、たかだか二十の若造としておれを扱うには充分な根拠になってしまう。
     対等に、なりたい。けれどどうすればいいっていうのだろう、宝島のあの時も、ほんの一瞬だけ運命が交差したあの瞬間も、面影を追って夕凪を知ったあの時も、俺がシルバーと対等だった時は、あったろうか。
     恋を知ってほしい、愛を突きつけたい、おれの、全てを。あの時と今この時のおれは違うものだと知っているけれど、全て知って、全てを受け入れてほしい。

    「シルバー、」
    「なんだい、紅茶じゃ足らねえか?」
    「…………いや、なんでもない」

     おれがつげられない恋の表皮をずっも撫でていることを、シルバーは悟っているのだろうか。グラスを磨く分厚い働き者の手を見つめながら、シルバーが何も言わないことをいいことに、シルバーだけを見ていた。

    「そうだ、ジム」
    「? なんだよシルバー」
    「たからじま……大海賊フリントのお宝ってお前知ってるか?」
    「え————」

     思いがけない言葉を聞いて、手にしていたサンドイッチをおれは皿に落としてしまった。落ちるサンドイッチの儚い音を聞きながら、おれはシルバーの青い目をじっと見る。シルバーは磨いていたグラスを置くと「夢をな、見るんだよ。ガキの頃から、ずっと」と声を放つ。

    「夢の中では、俺は海賊でな。一本足の海賊、ロング・ジョン・シルバー。なんか記録は残ってねえもんかと調べたりはしたが……まあ、何にも残っちゃいねえ」
     そう言って、シルバーは一度言葉を切ると、おれを真っ直ぐに見つめる。
    「お前を見てると、妙に懐かしくてな。初めて会った時もそうだった」
    「シル、バー」
    「…………それだけだ、なんだか、そいつをお前さんに伝えたくてよ」

     シルバー、シルバー。熱く慕っても強く憎んでも、結局おれのものじゃなかった、おれのシルバー。なんで、が頭の中に反響する。夢、夢にあの時を見ているのか。おれのことも、ゆめに、見てくれているの?

    「シルバー、」
    「……どうしたい、ジム」
    「その夢の話、してほしい」
    「いいぜ。後でつまねえ夢だとか、文句の類は言いっこなしだ」
    「いうわけない。…………いうわけ、ないよ」

     おれの詰まった言葉に宿る熱量をまだ、知らないでほしい。心の準備は、おれの方にできてない。シルバーの方にあるかだって、分かんないけどさ。それに、好意の種類は違うんだ。宝島の冒険をどこから話すか迷っているらしいシルバーに、冒険の支度から話してよと声をかける。

    「あー……なら、ビリー・ボーンズってやつを探すところからにするか。実働は手下を使って、俺は地図を手に入れるまで、海賊なのを隠して堅気の仕事をしてた。遠眼鏡屋は、その時の酒場の名前でな」
    「…………そう、そう、なんだ」
    「ああ。で、だ。手下どもは返り討ちにあって地図は奪い取れなかった。地図を持って、島を目指した金持ち……トレローニに……」
    「シルバー?」

     シルバーの言葉が少し澱んで、おれは思わず椅子から立ち上がって、シルバーの手を握っていた。視線をほんの少しだけ彷徨わせたシルバーは「いや、な。一人だけ、顔も名前もわからねえ子供がいてよ」と霧のような言葉を連ねる。おれはシルバーの手を握った力を強くして、シルバーと名前を呼ぶ。
     どうしたよとおれの言葉から溢れる熱を知らないふりをするシルバーに「好きだ。ええと、その冒険の、話が」なんて。意気地なしの、今は精一杯告白に、シルバーはおれの手を払うようなことはしないまま「なら続きを話してやるよ」という。
     核心を貫くことはまだ、できない。夕日の光が遠眼鏡屋の店内に満ちるまで、おれは、シルバーの手を離すことすら、できないでいた。
    晴れ/21・イヤーズ・オールド前日 好きであるだけで苦しみは生まれて、好きであるだけで楽園が生まれることも往々あるというのは、古今東西の神話でも、文学でも、なんなら営みそれ自体でも証明されていることだ。……だから何、って話だけれどおれにはそれが若干、うれしい。この苦しみがおれ一人のものではない、過去も今も誰かが背負ったものなんだ、なんて意気地なしって言われても仕方のないことを思ってしまう。誕生日の前日になってもこれなんだ21になるのに、男気ってものはないのかと言われれば、苦く笑うしか、今のおれにはできはしない。
     ハンズさんとグレーの家には相変わらず世話になっているし、ずっとずっと揺れてばかりの恋心を指摘されないのをいいことに、遠眼鏡屋に赴いては、シルバーと確信からかなり離れた場所から会話をして、シルバーの作った料理を食べて、満たされるごとにまた痛み出す吐き出せない告げられない恋がつける傷跡を、何度だって持て余す。

     彼のことが好きだ、感情に名をつけるには、愛なのかがわからない。恋ではあるのかもしれない。でも、はるか昔に尊敬と憎悪の双方を植え付けた彼という存在に対する想いは大きく深くなりすぎて、それはおれの足をいつだってすくませる。
     あの瞬間の港で知らぬ間に訪れた決定的な別れが、あの夜の再会と永遠のすれ違いが、おれを知らずに臆病者にしてる。かもしれない。
     おれはシルバーのことが、好きだ。燃え盛る全てを、受け止めて。溢れ出す思慕の全ては、すでにシルバーに向けられていた。街路を歩んで遠眼鏡屋に向かいながらおれは、あの時の蛮勇にもよく似た勇気はどこにいつまでしまったのかと、ため息と一緒に言葉をこぼして、そんな自分にまた苦くわらった。

    ◇◇◇

    「シルバー、新メニューできたってグレーから聞いたんだけど」
    「おう、シェパーズパイだ。焼くのにちょいと時間はかかるぜ」
    「いいよ、大丈夫。今日はもう大学の授業は終わったからさ、ガッツリしたものが食べたい」
    「そうかいそうかい、なら、なおさら腕を振るわなくちゃあな?」

     水を出して、厨房に引っ込んだシルバーの背中をじっと見つめるのをやめられない。きっと、いや確実に、シルバーはおれの視線に乗った熱が何から発せられるものかを、悟っていると思う。核心からずっと遠い場所で会話をしているのも、思い直せと暗に言われているようで、おれはどうしたらいいか、わからなくなる。

     しばらく、調理場から聞こえる音に耳を澄ませていた。そして思う、今のシルバーが過去を思い出せないのは「一本足のジョン・シルバー」ではないから、じゃないかって。失ってほしいなんて、思わない。けれど記憶を夢としてずっと見ているのは、そういうことなんだと、勝手に思ってる。シルバーは夢の中のおれのことが見えないと言っていた。全てを思い出したら、シルバーはまた消えるのだろうか。わからない、けれどそうする男である確信もある。
     今生のおれは海の男として生きるのをやめた、陸にシルバーがいるから。けれどきっと、シルバーは海へ行くだろう。夢と憧れが消えた海へ、一人で行ってしまうだろう。

    「ほらよ、できたぜ」
    「…………あ、ああうん。美味しそうだ」

     出来立てのシェパースパイを食べすすめながら、シルバーとたわいない会話を投げ合う。18のおれは、どうやってシルバーと話をしていたっけ、それ以降のおれは、どうして顔を突き合わせられたっけ?
     破裂寸前になっている恋は、おれの視界をぐるりと回す。美味しいシェパースパイがゆらゆら揺れて、おれの視界は暗転した。

    ◇◇◇

     気がつくと、見知らぬ部屋の、ベッドの上にいた。ここは一体どこだろう、ハンズさんの家じゃない。もしかして、何かとんでもないことをして酷い過ちを犯してここにいるんじゃないか、って悪い予想がハイスピードで入れ替わり立ち替わり脳裏をよぎる。
     ふとサイドテーブルを見ると、写真立てが飾ってあった。二人の少年と、母親らしい女の人、父親らしい男の人が写ってて、おれはしばらく写真立てのガラスをなぞっていた。きっと、幼少期のシルバーとハンズさんと、二人の父と母なんだろう。母親はハンズさんの手を取って、父親は妻の肩に手を当てている。
     この中で一人だけ、血を誰とも分かちってないシルバーはどこかよそよそしい距離に立っていた。

    「お、気がついたか。栄養ゼリーに頼りきりなんざ、よくねえとは医者の卵が一番わかってんだろうに」
    「う……痛いところつくなあ、ここは、シルバーの家?」
    「一番近くてな。今晩は泊まってきなよ、ハンズの家はここからは少し遠いしな」

     目が眩むのはベッドに腰掛けるシルバーのせいだ。どうして、どうして。恋をしているおれで遊んでいるか。どうして優しくするんだ、今も過去も、シルバーという嵐に揺れ動いてしまう心拍が、今ばかりは疎ましい。
    「シルバー、」
    「どうした」
     いっそ憎らしいほど、シルバーはいつも通りだ。口を何度も何度も言葉にならない激情を吐き出したくて開けて閉めて、それをシルバーは見ている。

    「どうして、優しくするんだよ」
    「しちゃあ悪いのかい」
    「悪い、悪いよ」
    「ジム、おれは」
    「すきなんだ、すきなんだよシルバーのことが。優しくされる度に、おれは勘違いをするんだ。優しくしないでくれ、頼むよ。頼むよ……」

     張り裂ける胸は言ってしまったもう戻れないと泣き喚いている。でも、告げれないと思っていた感情を口にして、自分でも情けないと思う脆い言葉を吐き出せて、ほんのすこし、気は楽になっていた。家から出て行け、と蹴り出されるだろうか。遠眼鏡屋に二度と足を運ぶなと言葉をぶつけられるだろうか?
     絶望と、同じくらいの希望が吹き荒ぶ心中に、おれは頭を抱える。ジム、とおれの名前をシルバーが発音する。

    「ジム、聞かなかったことになんざ、いくらでも出来るんだ。どうする」
    「え、」
    「聞かないふりはいくらでもしてやれるぜ。だがよ、恋人の素振りはしてはやれねえ」
    「それ、は」
    「好きだってんなら、俺を惚れさせてみな。そんときゃ、俺も腹を括ってやるさ」

     思わずおれはシルバーの手を握った。抵抗のない大きな手と、おれの手はいつのまにか同じくらい大きさになっている。後悔しないのかと聞けば、俺がそんなことするように見かえるかと言葉が帰ってくる。
     手を握りながら、溢れる溶岩のような感情にブレーキを効かせずにキスをしていいかと問えば彼は目を伏せて、欲のねえ野郎だと楽しげに笑った。
    時々曇り/23・イヤーズ・オールド 基礎医学の部分がほぼ終わり、リブシー先生の務める大きな病院で実習をするようになってから、それなりの時間が過ぎた。その、それなりの時間の間、シルバーとのその、仲は進展していない。これっぽっちも。
     言葉を違える男ではないから、単純に惚れたという境地におれは彼を導けていない。進展しないのに遠眼鏡屋にくる女の子とかに粉をかけられるのは良く見る光景だから、おれは本当に気が気じゃない。かといって、贈り物や薄っぺらい甘言をシルバーへ注ぎ込もうなんて思わないんだ。そんなことをしたら、関係が全て崩れると、おれも知っているから。

     休憩時間に、コーヒーを買って思うことが、患者じゃなくてシルバーのことなのは、少しばかり問題かもしれないけれど、頭の中に誰かは踏み込めないし、頭の中で何を考えようが実習でミスを発生させるほど、深く沈み込まないようにしてる。コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて、おれは実習にまた思考を向けた。
     真実としておれにはシルバーへの恋があって、けれど愛かはわからないそれをシルバーはどう見ているのか、そんなことがふと頭に浮かんで、おれは両頬を叩いて思考を無理やり制御し直して、上級医への問診と身体診察のプレゼンをどう行うかに、思考の全てを向けた。

    ◇◇◇

    「なるほどいい観点だ。ジム、君が医者になると聞いた時には随分驚いたが……思いやりもある、身につけた知識を扱える。君は良い医者になれるよ」
    「ありがとうございます、リブシー先生」
    「ああ、身内の贔屓目ではなく、本心からそう思っている。このまま実習で経験を積んでいってほしい」

     ここでは気心の知れた父の友人と友人の息子である以前に、経験をつちかいに来た実習生とそれを監督する医師という立場がおれたちのそれぞれにはある。あるけど「そうだ、父さんは元気にしているかい?」とやや心配そうな色を宿した言葉に「元気です、また任務で海に行ったみたいですけど」と返さないのは、おれにはちょっとできない。

    「そうか……そうか、カレンさんは元気かね。航海の時はいつもどんと構える人だ、今更亭主がいないからと心細い思いはしないだろうが」
    「ですね。海の男の妻なんだから、が口癖ですし」
    「ははは、そうだった。そうだ、リリーとはどうなのかね?」
    「え?」

     どう、と言う言葉の意味がわからないわけじゃない。リリーとは前世で結婚したし、それにリリーについて小言を言われるのは今世でも別に初めてじゃないんだ。そういえば、リブシー先生に過去の記憶があるのかと尋ねたことはない。もしかして、覚えているのだろうか。
     確かめたい。その一心でおれはあえて「いえ、おれはシルバーのことが好きなんです。……リリーは気心の知れた幼馴染ってやつで」と声を放つ。
     その時の、リブシー先生の顔をなんて表現したら良いんだろうな。目を忙しく白黒させてようやく絞り出せた声は「は、はあ? あのシルバーか?」って、明瞭な言葉とはいえない音の連なりだったものだから。

     気が動転してうまく言葉を紡げないままでいるリブシー先生におれは「覚えてるんですね」とだけ言った。自分でもびっくりしたくらい静かに部屋の空気を揺らした言葉でいくらか冷静を取り戻したのか、渋い顔をしたリブシー先生は「ああ、覚えている。あの、宝島の冒険も全て」と言った。

    ◇◇◇

     今日の実習を終えたおれは、まだ片付けないといけない案件が残っているリブシー先生を待っていた。今世では、心臓の手術をする医師の中では指折りの名医である先生にはなにかと依頼が殺到する。そりゃあそうだ、だって助かりたいから手術を受けるんだから。
     ふと震えたケータイを取り出すと「すまない、急なオペが入った。今日のところは遠眼鏡屋にはいけそうもない」とメッセージが来ていた。しょうがないやと思っているともうニ通メッセージが来て「なにかまた騙されているわけではないのか」と「頼れる大人は遠慮なく頼りなさい」とある。
     おれはただ大丈夫ですとだけメッセージを返して、遠眼鏡屋に向かう。騙されていないか本当に大丈夫かなんて、惚れされてみなよと言われたおれが一番聞きたい。そう思ううちに季節はいつの間にか冬に近づいていて、そういえばシルバーはあの防寒具を持っていないと以前言っていたことを思い出した。
     以前って言ってもその話をしたのはたしか13の時だ、もうとっくの昔に持ってるかもしれない。というか、持っている確率の方がずっと高い。
     母さんが編んでくれたマフラーに、良いもん着てんなといったシルバーの声色と表情は今でもやにはっきり思い出せる。おれはあれでもないこれでもないと店を渡り歩く。さっきも言ったと思うけど、媚びであればシルバーはたちまち見抜く。だこらもうずっと、拒絶の恐ろしさに苛まれてプレゼントができてなかったんだ。
     途中、別の場所で別の贈り物を買った俺は、南の海の色をしたマフラーがいいだろうか、シルバーは案外青が似合うとか思案を重ねていた。それとも、そう思っているとある色が目に飛び込んでくる。夕日、これは夕日の赤だ。過去のオーバーラップが現在を揺らすのを、おれは黙って受け止めて、そのマフラーを買った。
     その色を選んだのは何か、記憶として思い出すかもしれないという淡い期待もあったと思う。プレゼント用の紙袋に入ったマフラーを持ちながら、おれは遠眼鏡屋のドアを開ける。

    「だからさあ恋人候補にしてよお、こんなに情熱的なのわかんないの?」
    「わかるさお嬢ちゃん、だから断ってんだ」
    「はあ? なにそれ?」
    「一晩限りじゃねえ恋人候補になりてえんだってなら、今は受けられねよ」
    「あ、わかった。誰か好きになったていうんでしょ。騙されないわよシルバー、そう言ってあたしを自然と諦めさせようとしてるんだ」
    「まあ大体違わねえさ。ジム、入り口に突っ立ってないで入んなよ。お嬢ちゃん、口説きってのは酒が入ってない時にやるもんだ。深酒で捕まる時間になる前に帰ぇんな」

     唇を噛み締めて出ていった女性の目には、透明な雫が溢れかえっていた。おれはシルバーの前、彼女が座っていた椅子に座ると「これ、使って」と言って紙袋をシルバーに渡す。

    「開けていいのか?」
    「ああ、うん。変なものは入ってないし」
    「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぜ…………マフラーか」
    「ああ、持ってないかと思って」
    「確かに持ってはねえな、ありがとよ……しかし、なんでわかったんだ?」
    「13の頃にした会話を、今も覚えてただけだ。なあ、シルバー」
    「……なんだい」
    「少しは惚れてくれた?」

     そう言ったおれの額を、シルバーは指で弾く。受け取ってもらえて調子に乗ったのがバレてしまったのだと痛みはおれの愚行を笑う。

    「いたた、少しは手加減してくれよ」
    「はは、ま、俺を惚れさせるにはまだまだ足りねえよ。贈り物はありがたく受け取るけどよ」
    「それなんだけどさ、シルバー。中身よく見て」
    「あ?」

     シルバーは袋からマフラーを出しカウンターに置き、紙袋を眺める。なるほどな、と笑う声に「そこにデートにいこう、シルバー。絶対惚れさせてみせるけど、その前に、お互いのこともうちょっと知るのも大事かなって」というとシルバーは二枚のキューガーデンのチケットに「冬近くの植物園に野郎二人でいくのかよ」と言ったが、その一枚を服の胸ポケットに大事そうにしまう。

     まだ曖昧が残る関係に、終止符を打つ勇気はあまりない。けれど、けれど。彼の横に立つのが自分以外の誰なんてことは、夢であっても嫌だ。
     いったら温室に行こうと言いながら、その時贈ったマフラーをつけてきてくれるのか、それが変に頭を支配しているのを感じる。好きは人を愚かしくする、なんて言葉にしてしまえばまた額を弾かれるのは目に見えていたから、それは言わないでおいた。
     外は雪がちらつく気温ではない、そんな言い訳を一つ用意してまう弱さを、きっとシルバーはわかっているんじゃないかって。俺は確かに、思ったんだ。サイドストーリー:亡者の箱 随分と、自分らしくないことをしている。そしてその自覚は俺にとっては重くもないが、かと言って軽くも受け止めていない。温室の中、共に植物を眺めているジムを、本当はどうしたいのかを考えると、俺の中に、酷くらしくない戸惑いの様な、けれどもそれとは輪郭が決定的に異なる様な。なんとも不可思議で複雑な感情が生まれては、漣のように俺の心を揺らす、

    「これとこれ、もうここにしかないんだって。野生では絶滅した植物らしいよ」
    「ああ、ここにゃ、そういうもんもちらほらあるみてぇだな。ああ、なんだったか……シードバンクか? 種の貯蔵庫兼、植物研究機関でもあるんだろ?」
    「うん、そうだ。あー……もしかして調べた?」
    「ま、多少はな」

     多少、という言葉で済ませたのは現地集合のつもりで行き方と温室の場所をある程度把握していたからだ。それをそのまま言わないのは、それを知られてはデートなのになんでだよと拗ねられるということが大きい。
     まあ、時間自体はひどく和やかに、気温に反して温かく過ぎてゆく。死んだ妃の名を冠した温室に向かうために足をすすませながら、自分自身よくわからないまま、けれど、こいつを受け入れてやりたいという不自然な心持ちを悟られない様に、俺はジムの隣を歩く。

     全ての温室を見に行くわけではなく、とりあえずいくつか巡って最後に死んだ妃の名を冠した温室に行く予定になっている。挙動や声色がややおかしいジムを見て、こいつが何を計画しているかを察せないほど、俺は人の機微に疎くない。
     植物たちの美しさは、何度も何度も夢で見た、長い年月をかけ、犠牲も払い、そして至ったフリントの財宝が月明かりを反射していた光ほどに綺麗だとは感じない。あの財宝の光りは「俺」が追いかけていた夢の輝きだったのだ、比べる方がおかしくはあるが。

    「……シルバー、シルバー!」
    「聞いてるっての、心配するな…………言いてえことが、あるんだろ?」
    「……あ、う、うん。その、さ。手、握っていい?」
    「……しょぼくれた顔すんなよ、ジム、お前の好きにしな」

     タイミングがいいのか悪いのか、温室には俺とジム以外、誰もいない。熱を帯びた視線、惑う口。発される問いは一つしかなく、そして、返す答えも一つだけだ。

    「そ、の。好きなんだ、シルバー。おれのシルバーに、なってほしい」

     俺の握られた手を覆うジムの手は、こんなに大きかったろうか。そんなことを思いながら、脳裏に反響する夢の風景が現実を少し曖昧にしてゆく。あれは長年連れ添った女を失い落ちぶれた時のことだった、そうだ。この手はあの時も、こんなに厚く大きな手になっていた。ジム、と過去の俺と今の俺が同時に言葉を発する。

     お前だった、あの少年はお前だったのか。記憶が洪水の様に溢れかえって、視界を揺らす。数十年の記憶の大波に耐えきれない脳は勝手に視界を黒く塗りつぶす。
     倒れる寸前、ジムの襟を掴み、噛み付く様なキスをやった。全ての答えの代わりに、愛しているという言葉の代わりに。

     シルバーと叫ぶジムの声が遠く感じる。まさか、お前さんに愛やら恋やら、青い感情を全部向けるなんてよ。しばらくうずくまっていた俺を、包み込む熱がある。離れろよとは言わなかった、そう言うには、少しばかり、俺の感情は揺れすぎていた。

     じょじょに明るくなる視界に温室に夕陽が差し込んでくる。同じ色をしたマフラーも目に映る。ジム、と呼べばシルバーと濡れた響きを持つ言葉が返る。
     そう抱きしめられちゃ、立ち上がれねえよといえばもう少しだけこうさせてほしいと返ってきて。家でなら、好きなだけさせてやるといえば真っ赤にゆだった耳が、さらに色を濃くしていた。
    晴れのち晴れ/25・イヤーズ・オールド その日は、多忙な日々をほんのりと癒してくれる、綺麗な夕陽が登っていた。今世でははじめての恋が成就して、それから少し経ってから同棲を始めて、すでに数年が経った。経ったのはいい、だってその年数、シルバーはおれの恋人で、おれの恋人はシルバーだっていう事実がちゃんとあるから。
     問題は、まあ、おれの方にある。医師になれたのはいいのだけれど、大きな病院の勤務になってなかなかに忙しくって忙しくって、ろくに恋人として彼のそばにいられないしイベントをとすることもできない。

     それでもシルバーがおれのそばにいてくれているんだ、という事実は慰めになるけど、恋人らしいことの一つや二つ、おれはしたい。その、なんだろ。こんなこと、なんて思うけど、数年経ってるのに、大失敗の初夜から、そもそもベッドを共にしたことすらないんだ。

     勤務時間が終わったから、遠眼鏡屋に足を向けながらどうしたらうまいことシャープにベッドに誘えるのだろかと思うけど、そもそも失敗に初夜はおれが興奮しすぎて鼻から血を出してお流れになったんだ、恥ずかしいけどそれまで行為なんて及んだことなどあるはずもなく、知識と現実の反比例に自然と肩が落ちてしまう。

    「だからさあ、愛人にしてってシルバァー」
    「お嬢ちゃん、」
    「わかってるわよぉ、あんたもあたしも連れがいる。でもさあ、あたし本気よ」

     ドアに手をかけると、店の中からそんな言葉が聞こえる。怯える必要なんてないのに、自然とドアノブから離れる手に、意気地なしとおれはおれを罵って、ドアから離れた。
     一、二分だったろうか。少し建物の近くでどうしようと悩んでいると、怒気を孕んだ大股で遠眼鏡屋に近づく男性がいた。見た覚えがある、そうだ、宝島でシルバーに挑んでは失敗していたジョージだ。彼に記憶はないのだろうか、そう思いながら怒声が響いた遠眼鏡屋に、おれは慌てて滑り込んだ。

    「てめえ! 人の女とろ、うと……」
    「あ? お前……ああ、ジョージか?」
    「て、てめ、シルバー⁉︎」
    「よお、ジョージ。嬢ちゃん、お前の旦那かい?」
    「違うよお、シルバー。あいつはセフレ」
    「お、おい!」

     今世では片目を覆う眼帯のないジョージは、自分をセックスフレンドだと言い切った女の子と、まさか会うとは思っていなかったらしいシルバーの前で右往左往する。
     それに何か情熱が冷めたのか、女の子は帰ると言って俺の横を通り過ぎた。ジョージは一瞬迷ってから、シルバーから逃げるように足早に店を出た。女の人はどうか知らないが、ジョージは多分もう遠眼鏡屋にくることはないだろう。

    「お、帰ったか。食いたいもんはあるかい」
    「軽いものがいいな、お酒はいらない」
    「そうかい、ジャケットポテトでいいか?」
    「ああ、頼むよ」

     出された水を飲みながら、調理場に引っ込んだシルバーにどう言葉を放てばいいか考えて、結局は、シルバーが言葉をむやみやたらに飾ることを好む男じゃないことに行き着く。
     しばらくして出てきたジャケットポテトの、チーズとポテトとトッピングのチリコンカーンを次から次に口にして、あっという間になくなったポテトの皿を下げようとしたシルバーの手に俺の手を滑らせて「今晩、部屋に行くから」と告げる。

    「そうかい。なら、寝ずに待ってるさ。ティッシュは何箱か用意しとくか?」
    「こ、今回は成功させるって!」
    「ははは、悪い悪い……だがよ、無理はするなよ」
    「無理なんて、」
    「野郎を抱きてえって心意気は認めるがよ、第一」
    「男を抱きたいんじゃなくて、シルバーを抱きたいんだよ、おれは」

     そう言葉を放って、おれはシルバーの目を真剣に見つめ返す。逃してやれる余地なんて、どこにもないと暗に視線で告げれば、シルバーは少し呆れた様に目を伏せて「そうかい」とだけいった。
     今日店は早めに閉めると決まっていたから、片付けを手伝いながらおれは思考を巡らせる。外のメニューを書いた置き看板を下げるために店外に出ると、夕日は夜に座を明け渡そうとしている。
     しあわせだ、そう思いながら、おれはメニューを店内へ下げる。空にならない隣にシルバーがいることが、とてつもなく嬉しくて。俺たち以外しかいない店内で、おれはほとんどの店じまいを終えたシルバーを、衝動のまま抱きしめて、大好きだと囁いた。
    夜船ヒトヨ Link Message Mute
    2022/06/19 19:24:09

    生きるをする

    現代転生パロのジムシルになるまでの話。完結してます。
    #宝島
    #ジムシル
    #腐向け
    #現パロ

    感想等おありでしたら褒めて箱(https://www.mottohomete.net/MsBakerandAbel)にいれてくれるととてもうれしい

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