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    僕のために、忘れていて【4】 俺の退院まであと数日となったころ、突然そいつはやってきた。

    「おにぃ〜〜〜〜お見舞いに来てやったぞ〜〜〜〜!!!!」

     ここがどこだか分かっていないようなトーンの声を出し、ノックもせずに勢いよくドアが開かれた。そして中学生の俺の妹の香奈が顔を覗かせた。肩まである黒い髪は横で二つに縛られていて、相変わらずザ・中学生という出立ちだ。スカートの丈も膝下でセーラー服のタイはきっちり結ばれており、見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない。そう、見た目だけは。
     久しぶりに聞いた声に懐かしさを覚えたのは一瞬で、こいつといると強制的に体力が消耗していくことを思い出してげんなりした。

    「香奈、ここ、病院だから」
    「知ってるよ〜! だからこうやってお見舞いに来てあげたんじゃん!」

     元気が良いと言えば聞こえはいいが、世間知らずなのは困る。
     俺がもうちょっと声落として、と注意するとあっという顔をした後に口を両手で押さえて辺りを見回した。

     「って言うか、何で今更お見舞いなわけ?」

     何度も言うが、俺はあと数日で退院予定だ。俺が入院している間、両親はお見舞いに来たが、香奈は一度も顔を見せに来なかった。薄情なやつだな、と思っていたところだ。

     「部活が忙しくて中々来れなくてさー! ママから聞いたらあと少しで退院だって話じゃん! このままお見舞いに行かなかったら一生嫌味言われ続けられそうだから帰ってくる前に来た!」
    「お前は俺のことそんな人間だと思ってたんだな」
    「うん!」

     元気良く返事をされてしまえば怒る気にもなれない。なんだかんだで部活が忙しいのも知っていたので、それでもギリギリで来てくれたのが内心嬉しくて、ふと空気が緩む。

     「おにぃは病気で入院してるわけじゃないから何でも食べていいんだよね?」
    「え、あ、まぁ、普通には」

     そう答えると、香奈はにっと笑って四角いタッパーに入った大きなプリンを差し出してきた。

    「え、何これ」
    「プリン!」

     そんなことは見れば分かる。俺が聞きたいのはどう見てもプリンの入っているタッパーは家で使っていたもので、おまけに中のプリンは既製品のものとは違う雰囲気をしているということだ。

     「おにぃプリン好きじゃん? 事故る前、あたしがおにぃのプリン食べちゃったから、」

     香奈が言葉を区切った。その一瞬の間で色々な思いが込み上げてきて不覚にも泣きそうになる。

    「だから作ってきた!」

     なんだかんだで昔から妹に甘いと両親から言われ続けてきた。喧嘩もするし、口を聞かない日もあったが、兄妹の仲は良かった。加えてこんな事をされてしまったら邪険にできる兄が居るんだろうか。

    「え、すごい嬉しい」

     思ったままに口に出すと、香奈は少しだけ照れたような表情をして、照れ隠しのようにカバンの中を漁り始めた。

    「おにぃ腕痛むんでしょ? あたしが食べさせてあげるよ!」

     そう言うと、カバンからスプーンを取り出しベッドに腰掛けた。

    「え」

     いくら仲が良くても妹に、所謂あーんをしてもらうのは恥ずかしい。俺は慌てて香奈の手を止めた。

    「いや、腕も身体ももう痛くないから! 自分で食べられるから!」
    「そんなこと言って〜恥ずかしがらなくていいんだよ〜〜」

     なんでこいつはこんなにノリノリなのか。
     普段お世話されている側だから、弱っている俺を見て構いたくなったんだろうか。
     香奈はにっこり顔のまま、スプーンでプリンを掬い、ほぼ乗り上げるような形でベッドに体を預け、俺に向かって手を伸ばしてきた。
     と、ガサッと何かが落ちる音がした。
     え、と2人して音のした方を向くと、ドアの前で固まるアキの姿があった。いつもは猫背気味で気にならなかったが、固まって背筋を伸ばしている今は病院のドアの上の部分に頭がかなり近くなっている。やっぱりアキは背が高いんだな、少し分けてくれないかな、とどうでもいいことを考えていると、掠れた声でアキが言葉を発した。

    「浮気は……よくないよね」

     俺も香奈も同時に首を傾げる。

     浮気って…………誰が?

    「浮気って……おにぃ浮気してるの!?」

     香奈の絶叫にも近い大きな声が室内に鳴り響く。さっき注意したのに、もう忘れてしまったらしい。

    「おにぃ?」

     何故か剣呑な雰囲気を出していたアキは眉をひそめるのをやめて俺を見た。

    「そうそう、こいつ、妹の香奈」

     香奈は何故かじっくりアキを見たあと、ハッとしたようにベッドから飛び降り、お辞儀をした。

    「初めまして、香奈です」
    「え、あ……妹さんだとは思わなくて、突然ごめんね?」

     アキは膝に手をついて腰を下げ、香奈の目線の高さで笑顔をつくった。すると、みるみる香奈の顔が赤くなっていくのが分かった。あれだけ大きな声で喋っていたのにしどろもどろになり、手はスカートを強く掴んで離さない。
     その光景がなんだか少しムッとした。

    「香奈」

     俺は手招きして香奈を近くに呼んだ。香奈は言われるまま近づいて来て興奮したように俺の耳に手を近付けて喋り始めた。

    「え、え、おにぃの友達!? あたしあんなイケメンの友達がいるって知らなかったんだけど!」
    「…………最近知り合ったんだよ」

     本当は恋人らしいが、今は友達ということになっているから嘘はついていない。香奈には俺の今の状況を知って欲しくなくて、逃げるように目を逸らした。香奈は俺のことはどうでもよさそうにアキを盗み見ては視線を泳がせていた。流石に兄妹だけあって、好みが似るらしい。俺がアキのことを見た目がいいと思ったように、カナもアキの顔を気に入ったようだ。

    「あ、そう言えば、さっきの浮気ってどういうこと?」

     空気の読めない香奈はもう流れたと思った話題を急に持ち出してきた。

    「あれは、その、冗談だよ」

     怖くてアキの方を見れない。それでも香奈に変な誤解はされたくなくて俺は続けた。

    「アキは冗談言うのが好きでさ」

     何も言わないアキの微かな呼吸音ですら気になってしまう。

    「なんだそっかー! でもそうだよね、おにぃには瑠璃華ちゃんがいるしね! あっ、そう言えばさっき瑠璃華ちゃんに会ったんだった!」
    「えっ」
    「おにぃってば病室でイチャイチャしてないでしょうねー?」
    「してねーし! っていうか瑠璃華来てたの……?」

     瑠璃華という名前に部屋の中の温度が更に低下したような気がした。アキにしてみたら自分の恋人に元カノが近づいたかもしれない状況で面白くないかもしれない。

    「? 瑠璃華ちゃん、おにぃのお見舞いに来たわけじゃ無かったのかなー?」

     瑠璃華は一度顔を見せに来てからは一切尋ねて来なかった。もう別れたんだし、いつまでも思い続けるのはよくないと、瑠璃華のことは極力考えるのはやめようとしていたのに。

    「別に、病院なんだし他の用事だってあるだろ」
    「でもおにぃがいること知ってるんだし、顔見せに来てくれても良くないー?」

     食い下がる香奈に俺は強引に話を変えた。

    「あ、香奈! もうそろそろ帰らないと、お前の……何だっけ? なんとかっていうアイドルの番組始まるぞ!」
    「なんとかって! いくら興味ないからって酷いよ! あたしの推しの名前くらい覚えてよ!」
    「ほら、怒ってる暇があったら早く帰った帰った」

     しっしっと手を払うと、香奈はむうっと頬を膨らませ、乱暴にカバンを掴んでドアまで大股で歩いた。そしてくるっと向き直る。

    「もうお見舞い来てあげないから家まで元気で帰って来るんだぞばーーーーーか!」

     それだけ言い残すと廊下へと消えて行った。
     あまりにも、らしい、捨て台詞に思わず笑みが溢れ、アキの存在を一瞬忘れていた。不意に視界の端に映ったアキの方を見ると、しっかりと目があってしまった。気まずい雰囲気が流れる。

    「妹さん……可愛いね」

     アキがおもむろに喋り始めた。

    「えっ、あーまぁ、可愛いところもあるけど、基本鬱陶しいよ」
    「僕一人っ子だから兄妹がいるって羨ましいよ」
    「そっか」

     アキは一人っ子なのか、と今日初めて知った。相変わらずアキは自分のことを喋りたがらなかったから、何気ない話でも詮索するようで気が引けて、アキのことを聞けないでいた。

    「俺、アキのこと何も知らないなぁ〜」

    俺は茶化すようにそう言ってみる。これはアキのことを聞くいいタイミングかも知れないと思った。
     アキは少し眉を寄せたものの、そうだっけ?とだけ答えた。

    「俺、アキのこと知りたいんだけど」

     アキのはぐらかそうとする雰囲気を察して、俺は少し踏み込んだ。自分がムキになっているのには気付いていたが、どうしても止まらなかった。
     俺の真っ直ぐな問いにアキはため息をついた。怒らせたかもしれないと感じて少し勢いが削がれる。

    「何が知りたい?」
    「え、」

     想像していた答えとは違い、穏やかな声でそう言われた。アキは俺のそばまで寄って来ると、ベッドの傍に置いてある丸椅子に腰掛けて俺を見た。

    「あぁ、えーと…………」

     どうせ拒否されるだろうと思っていた俺は咄嗟に質問が出てこなかった。すると、俺が喋り出すのより早くアキが口を開いた。

    「黒咲アキ、AB型で一人っ子。誕生日は8月21日星座は獅子座。身長184センチ。体重60キロ。これは知ってると思うけどリュージと同い年で同じ学校。部活は入ってない。好きな食べ物は特に無くて、嫌いな食べ物は野菜全般。あとは、」
    「ちょっと、待てって!」

     早口で捲し立てるアキに俺は割って入った。
     確かにアキのことを知りたいと思った。だけど、これは何かが違う。こんな情報は一緒に過ごしていけば自ずと分かることだ。俺が知りたいと思ったのはこんなデータのようなステータスでは無かった。だけど、この気持ちをどう伝えたら良いのか分からずに、結局口籠ってしまう。

    「あの……ごめん急に訳分からないこと聞き出して…………なんか、焦ってたみたい、だ……」

     焦っていた、という自分の言葉にこれでもかと言うほど納得してしまった。
     俺は焦っていた、アキとの関係に。
     本当なら積み重ねてきていたはずの関係が俺たち、……俺には無かった。アキのことを何も知らないんだと感じてしまえば寂しい気持ちになった。そんな気持ちを紛らわせたくて、つい、アキに詰め寄ってしまった。
     アキは急に黙った俺の様子を見て、そっと俺の手を取った。

    「なんでも良いよ、聞いて」

     優しい声で投げかけられ、胸の奥がぎゅっとした。

    「…………やっぱり、いいや。ちょっとずつ知っていくことにする」

     こんな質疑応答みたいなやり取りに価値なんてないと思った。大事なのは知っていることの数じゃない。
     俺の答えにアキは少し驚いたように瞳を開いて、そしてクスッと笑った。

    「じゃあこれだけ、知っておいて欲しいんだけど」

     そう言ってアキは俺の耳に顔を近づけて来た。さっき香奈が同じことをしてきたのと比べ物にならないくらい心臓がうるさくなる。

    「僕はリュージが好きだよ」

     聞こえるか聞こえないかの声で言われたのに、何故か真っ直ぐ伝わってきた。どんどん顔に熱が集まるのを感じるが自分ではどうしようもない。
     俺が何か口に出そうして空回り口をパクパクさせているのを見て、アキは声を出して笑った。心底幸せそうな顔で。

    「伝わったみたいで良かった」

     アキはその笑顔のまま、もう帰るね、とだけ言って部屋を出て行ってしまった。
     残された俺はアキの笑顔を思い出し、1人悶々としながら手で顔を覆った。
    ことわ子 Link Message Mute
    2022/06/24 23:30:10

    僕のために、忘れていて【4】

    #オリジナル #創作 #創作BL #学生

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